「ちょっと、アンタね。何考えてんのよ。」
席を立って帰ろうとした良司にむかって大声で叫んだ。
今から大事なとこなのになんで「帰る」なんて言えるのか理解できなかったからだ。
「そっちこそ何考えてるんだよ。」
良司が私を睨んで言った。
お互いに睨みあっていると佳織さんが静かに言った。
「二人とも、大きな声ださないの。赤ちゃんビックリしてるよ。」
佳織さんに言われてはっとして、確かお腹の子どもは外の音を聞いているって言ってたっけ。悪い事したな。
「ゴメン」
私は文にわびて、席に着いた。
「ほら良司も座って、文さんはまだどうするか言ってないよ。最後まで話ぐらいききなさい。」
良司は納得しないというか憮然とした顔をしている。
「あのな俺は、そこまで鈍くない。文がどうしたいかわかったつもりだけど」
だったらなんで、帰るなんていえるかなって言ってやりたかったけどまた席立たれるのもいやだったので黙っていた。
それに対して意外にも文が反応した。
「良、最後まで聞くって約束。破るの?」
文、よくぞ言った。
その一言は、今の文にしては、会心の一言。
「……、ちぇ。そう言えばそんな約束したな。」
バツの悪そうな顔をし、頭を掻きながら座った。
「佳織、コーヒー追加。モカ100%の濃いやつ。」
煙草が吸えない反動かな。
「はいはい、文さんの話を聞いてからね。」
「お前、商売する気ある?まったく。」
そう言いながら、佳織さんは伝票に手を伸ばしボールペンを走らせた。
佳織さんと良司、この二人の関係は全く不思議だ。
詳しくは知らない。信頼という次元以外でつながっているそんな感じ。
「で、文さん。どうすることにしたの?」
佳織さんが文をうながした。
「あのね……」
話しだして、文の言葉が止まった。ふと、文の顔をみると涙がこぼれ落ちていた。
まだ、無理みたいだ。さっき良司を止めたときの勢いはすでに、なくなっていた。
「文さん、少し時間おこう。」
佳織さんは、そう言いながら席を立った。
「気持ちが落ち着くように、今いいものもってくるから。」
そういって、階段を降りていった。
「佳織、おれのコーヒーも……、もういない、なんて奴だ。」
そう言いながら、胸ポケットをさぐりタバコをとりだした。
「あんたさ、……」
何となく話しかけるタイミングが欲しかった私は話しかけようと、声をかけたが続かなかった。微妙な間のあと良司がポツリといった。
「火はつけないよ。お腹の子によくないだろ。ついでに料金倍宣言されたしな。」
返事を期待していなかったので、声が返ってきてビックリした。良司はタバコをくわえ、目を閉じ反り返った。
「どんな答えをはじきだすことやら。」
私は小さくごちった。
良司がタバコを口にするときは、自分の中で何やら考え答えをはじき出しているときだ。たぶん、返事はない。結論を出すまで、世界とのつながりを遮断する。
「答え?」
完全な独り言のつもりだったのに、文が聞いていた。
「ん、そう答え。私たちは答えが欲しいわけじゃなくて聞いてほしいだけなのにね。応援して欲しいのに、なんで男はこう答えを探すかな。」
そう言い、文の方を向いた。
文は何かを期待するような眼差しで良司を眺めていた。
「文。」
私は少しきつめに声をかけた。
「なに。」
文の返事は、私の感情に気づいたか気づいてないのかよくわからないものだった。
「昨日もいったけど、現実を見ないとダメだよ。」
「わかってるよ。そんなこと、でもどうして」
「ならいいけど、文の顔見てたら不安になっただけ。」
私は目を閉じ良司の答えの考えた。良司は赤ちゃんを中絶することに、怒りを示した。
そこから予想できる良司が出す答えは生命を誕生させること。文がほのかに抱いている、希望の答えだ。
でも文のため、いや文と良司二人の将来のためには、生まないという選択が一番なんだ。私はひそかに良司が示すだろう答えと戦う決意をした。二人のために、
そんなことを考えていたら、「ボコ」って音と同時に良司が声が聞こえてた。
「痛いいて。マジで、そんなんで頭叩くか普通。しかも曲りなりに俺は客だぞ」
「いやつい、タバコ見えたから。吸ってると思ってね」
「煙、見えたか。煙。火がついてると煙がみえるだろ。まったく」
どうやら佳織さんが戻ってきたらしい。タバコをくわえてる良司を見て制裁を加えたようだ。
「おまたせ、はい。これ、ちょっと熱いけどね」
そういいながら、佳織さんは文の前にカップを置いた。カップからシナモンの匂いが広がってきた。
「佳織、俺のコーヒーは?」
良司が不満げな声をあげた。
「ん、ああ。そんな注文も受けてったけ。でも今は話を聞くのが先でしょ。我慢しなさい。」
子どもをあやすような感じであしらい、佳織さんも座った。ふっと気になり、文の様子を見た。文は良司と佳織さんのやり取りを少し微笑みながらみていた。
これなら、もう大丈夫かな。でも一応念のために私は聞いてみた。
「文、私がやっぱり話そうか。」
「大丈夫だって、私が話さないといけないことなんだ。だよね、良。」
良司に視線を向けて問いかけ、良司が返事する間もなく、文が昨日私と話して決めたことを良司に伝えた。
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どこかで起きていそうで、でも身近に遭遇する事のない出来事。限りなく現実味があり、どことなく非現実的な物語。そんな物語の中で様々な人々がおりなす人間模様ドラマ。