「すぐ戻る。」
建物の中へ入る際、クロエはそう言葉を残したのだが数分待っても彼女は戻ってこなかった。
何か登録するとか言ってたから多分、手続きとかやっているのだろう。
しかし、まぁ。そう思いながら俺は建物を見上げる。
鉄筋コンクリートの4階建の建物は俺が今まで見てきたものと同じでどう見ても人間が作った建物だ。おそらく俺のような人間から天使になったものが作ったのだろう。
そこでとある疑問が生まれた。ここにいる天使とは全て元人間なのだろうか?
あんまり実感が湧かないが俺は一度死んでいる。後ろから肺と脇腹を刺されて。
死因はなんだろう?出血死?それとも呼吸困難。あの時の状況から後者はないだろう。
そして、前者でもないだろう。俺の記憶通りなら血は思ったより出ていなかった。
あのまま放置されれば大量出血になったかもしれないがそれにしては意識の飛びようが説明できない。急所を外れたためか初めは意識がしっかりしていたのにいきなり飛んだ。
まるで無理やり気絶させられたかのように…。
今頃、学校はどうしているだろうか?俺の死体は出たのか?それとも行方不明?
いろいろな考えが頭をめぐる。しかし、幾度考えても答えは一つ。
わからない。今の情報では少なすぎる。もっと情報があればよいのに…。
そしたら、俺を殺した犯人も思い出せるかもしれない。
情報を集めるにはやはり人間界へ行くことは必須だが天使はここから出られるのだろうか。
そして、出られたとしても自由に行動ができるのだろうか。
本当なら死んでいるはずの人間が普通にほろほろしていたらまずい…よな。
そう、建物の前で考えに耽ってるとにぎやかな声が近づいてきた。
「でさ…そしたら……あれ?」
その声は俺の後ろ側で止まった。俺は後ろを振り向く。
どうやら、この建物に向かっている途中の人たちのようだ。
一人は背が高いちょっとハンサムな男。もう一人はちょっと背が低い小動物のような少年。
二人とも背の差はあっても年の差はないようだ。
「あれ?ねぇねぇ、タケト。ここに知らない人がいるんだけど。」
背の低い方が俺を見てしゃべる。
「ああ、多分。新しい講師か新しい天使じゃないか?」
背の高い方が答える。俺が目の前にいるのにそんな話をするのはどうかと思う。
「ねぇ、君は新しい講師?それとも新しい人?」
背の低い方が俺に話しかけてくる。
「とりあえず講師はできそうもないよ。さっきここに来たばかりだから。」
「ってことは君は新しい人だね。来たばかりってことは登録しに来たんだね。」
「多分、いまやってると思う。」
「登録って意外と時間かかるからなぁ。あ、そうそう。僕はここの生徒のクリストファーだよ。クリスって呼んでね。で、こっちの背が高いのが…。」
「タケトだ。よろしく。」
「えと、よろしく。」
タケトが右手を出してきたので俺も右手を出して握手する。
「で、君の名前は?」
「俺はミライ。苗字はまだない。」
「ん、ミライね。覚えましたし。」
そう言ってクリスは胸を張る。
「そういえば、生徒って?」
「んと、それはね。ここが天使になるための学校だからだよ。ここでは新しく来た人を登録して天使になる最低限の勉強をさせるんだ。ただ、学校といってもちょっと特殊でね勉強は基本的に自習制。でも最初の三日間だけは必修で基本学習があるんだ。卒業は卒業試験に合格すればOK。その卒業試験も基本学習さえやっていれば受けることができる。ただ受かるかどうかでいうと無理だろうね。それこそ天才でも難しいんだ。今まで最速で卒業したのは一週間。僕はまだ見たことないけど今は天界の偉い人になってるって。」
クリスのおかげで大体のことはわかった。つまり、ここは天使になるための第一関門。
俺は別に天使になりたいわけではないが天使にならなければ死ぬかもしれない。
そう思って俺は知らぬ間に両手を握りしめていた。
「ねぇ、まだ時間がかかると思うから僕たちがここを案内させてあげようか?」
クリスからの申し出に俺はコクリと頷く。
「よし、なら善は急げ。良い所、教えてあげる。」
「おい、クリス。まさかあそこに行くのか?」
喜んで走り出そうとするクリスをタケトが止めた。
「ん、そうだよ。」
「危険だ。今の時間帯は特に。」
「大丈夫、大丈夫。逃げればいいし。それにミライにも知っておいた方が良い場所だしね。」
「え、まぁ。そうだな。俺たちにとっては非常に良い場所だかんな。」
クリスに押されたのかタケトは納得する。
まぁ、なんだかんだありつつも俺たちはどこかへ進み始めた。
最初、俺たちがいたのが建物の正面玄関。俺たちはその裏側にまわり裏口がある方へ向かった。そして、そこから建物から離れるように進み別の建物に向かった。
そこは鉄筋コンクリートの建物とは違い木造の建物だった。
三階建ての木造の建物。それは学校の校舎というよりは宿屋と言った雰囲気だ。
クリスたちはその建物(クリス曰く寮)には入らず近くの茂みに入った。
茂みの中を通り抜けさらに背の高い茂みに進入する。
その茂みを進んでいると突然、二人は止まった。クリスは懐から紙切れのようなものをだし、タケトは茂みからどこかを見ているようだ。
「クリス、首尾は上々。今日もばっちりだ。」
何がばっちりなのだろう。俺はそう思っているとクリスが手招きをした。
「ミライ。君に本当の天国というものを見せてあげよう。」
そう言ってクリスは紙切れを持ちながらタケトのように茂みからどこかを見ていた。
俺もつられてそこから見ている方向へ向いた。
そして、俺は絶句した。なぜなら、そこにはクリスの言うとおり天国があったからだ。
茂みからは建物の窓がみえておりその中にはなんと女性が着替えていたのである。
しかも、複数。おそらく更衣室なのだろう。女性と言っても年齢はまちまち20代くらいの若い女性がいたかと思えば50代くらいの女性もいた。
「どうだ、ミライ。これが俺たちの楽園だ。」
タケトがそう言った。まさか、タケトがそんな人だなんて少しショック。もう少し、硬派かと思った。しかし…。俺はあることに気付いた。なぜこんなに堂々と見えるのだろう。
茂みに身は隠してはいるものの顔はあそこ(楽園)から丸見え。誰か一人でも窓の外に顔を向ければばれるだろう。
「ねぇ、クリス。なんで俺たち…ばれないんだ。」
不思議に思ったので聞いてみた。クリスは目を逸らさないまま俺に言う。
「これがあるからだよ。」右手を差し出す。
右手には紙切れのようなものが握られていた。さきほどから持っていたものだ。
「それは術符だ。法術が込められた紙だ。今クリスの持っているそれには気配や姿を隠す意味を持っている。」
タケトが説明してくれたが意味が分からない。法術とか術符とか言うからRPGとか漫画みたいに魔法のようなものなのかな。俺が生きてる時点で十分不思議だし、もう天使が使える魔法だと思っていればよいのだろう。
「それにしてもミライはすごいね。」
唐突にクリスが呟く。もちろん、目は茂みの向こうに向けたまま。
「だって、いきなりここに連れてこられて今も不思議なものを見たのに動揺一つない。僕なんか初めて来たときはすごい驚いたよ。」
俺は変なのかな?確かに不思議なことばかりで驚いていない自分もいるが実際は驚いている。今の術符…?にしてもそうだ。ただ適応が早いだけ。だって、あるものはあるのだからしょうがない。俺が死んだはずなのに生きているのだって生きているのだから不思議でもなんでもない。俺はリアリストで自分が見たものはなんでも信じる。それがたとえ宇宙人の襲来だったり幽霊に憑りつかれたりしても俺が経験のあることなら信じる。
逆に俺に経験がないことはあんまり信じられない。だから俺はリアリストだ。
しばらく、着替えを覗いているとタケトから声が発せられた。
「やばいっ。エリーゼだ。」
エリーゼ?女性の名前だろうか。俺はタケトの視線の先に顔を向けた。
たった今、更衣室に入ってきたばかりなのかその女性…いや少女は扉の前に立っていた。
見とれるほどの長い髪はちょっとボサボサ気味で身長はクリスと同じかそれ以下で見た目からして年齢はおそらく14~17あたり。目はとろんと半目だけど彼女は真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「逃げるぞ。撤収だ。」
「えっ!?どういうこと?なにか魔法かなんかで見えないんじゃなかったのっ!?」
「エリーゼは特別だよっ」
すでにタケトとクリスは逃げ始めていた。そんなとき、俺はしっかりと彼女をとらえていた。半目ながらもしっかりこちらを見ていた。何か口元が動いた。目が良い俺はそれが言葉として意味のあるものでないことに気付いた。
彼女は何を言ったのだろう。そう思った次の瞬間。彼女が右手をこちらに向けた。
その光景に俺は目が離せないままでいた。
右手が白色に発光し瞬時に何か飛び出てきた。その飛び出てきた何かはやはり瞬時に窓に穴をあけ俺の頬をかすめた。まるで銃弾が通ったような感じ。俺はそこでようやく逃げ始めた。おそらくレーザーだろう。そして、あれも魔法なのだろう。
走って茂みを抜け出したらそこには先ほどの少女エリーゼが立っていた。
「覗き……許さない。フォンス・ベイオス・アンゲロス。」
右手が発光し再びレーザーが放たれる。
今度は俺を正確に狙ったらしく俺に真っ直ぐ飛んできたが彼女が右手を向けたと同時に左側へよけたので当たらなかった。
「???……逃げた?でも、まさかそんな……。」
彼女は何かぶつぶつとつぶやくと再び右手を向ける。
「フォンス・ベイオス・アンゲロス。」
それが魔法の呪文なのだろう。右手を向けてからの少しのラグ。俺はそれを読み取って避けたのだ。確かにこのレーザーは速いが真っ直ぐ飛ぶ。だから、軌道がとても読みやすい。
「ミライーっ!!」
クリスの声。クリスは俺の前に飛び出るとエリーゼに向かった。
「ミライを狙ったなエリーゼ。僕は許さないぞっ!!」
「どいてクリス……そいつは覗き。捕まえて堕天させる。」
クリスはエリーゼの言葉を聞くや否や懐から無数の紙切れを取り出した。
「私と闘る気なの…クリス?」
「もちろんっ!!」
クリスは紙切れを一枚だけ右手に持ちあとはすべて左腰についていたホルスターのようなものに収めた。
「後悔してもしらないからね。」
エリーゼが右手をクリスに向ける。戦うのだ。
「フォンス・ベイオス・アンゲロス。」
レーザーがクリスを狙う。真っ直ぐにクリスに直撃するコース。
「”弾く”、”力”、”解放”」
クリスがエリーゼと同じように呟いた。すると紙切れが光を帯びた。ただそれだけ。
しかし、それだけのはずなのにクリスはエリーゼの攻撃を払った。
まるで虫でも払うかのように手に持った紙切れで払い落したのだ。地面に穴が開く。払われたレーザーが下に向かったのだ。
すぐさまエリーゼが別の言葉をつぶやく。
「フォンス・メデイン。」
右手から発生した光が曲がりくねってエリーゼの周りをぐるぐる回る。
クリスは別の紙切れを取り出した。
「”燃える”、”燃えろ”、”燃やせ”」
今度は光は帯びなかった。そのかわりエリーゼの周りで異変が起きた。
突然、炎が吹きあられたのだ。エリーゼは「くっ」と口を噛み締めて後退。
そして、「 アンゲロスっ!!」と叫んだ。すると、エリーゼのまわりを回っていたレーザーがクリスに向かっていった。
クリスはそれを先ほどと同じように紙切れで払い落とす。同じように地面に穴が開いた。
「ちょっ。僕の炎無視って攻撃なんてっ……”踊れ”」
クリスの言葉に反応するように炎が位置を移動する。炎が発生した時点ですでに不思議な現象だが炎がエリーゼに向かって動くのはそれ以上に不思議なことだ。
すごいな。単純に。天使になれたら俺も炎を出したりレーザーを出したりできるのかな。
「アンゲロスっ!!」
エリーゼが再び叫ぶ。どこからともなく現れた光がエリーゼを包み炎からエリーゼを守る。
「小賢しいよ。”爆ぜろ”」
クリスの言葉。それに反応して炎は爆発的に燃え上がった。
すごい熱気が離れている俺にまで届き、かなり暑い。さすがの炎もこの爆発的な燃え上がりによって鎮火してゆく。それとともにクリスの持っていた紙切れが一枚崩れていった。
あまりの威力に俺はエリーゼという少女の身を案じた。確かに覗きをしていたのは俺たちだし非はあると思うがいきなりレーザーを撃つとは思わなかった。でも、やっぱり彼女に非はないだろう。だから、エリーゼは生きていることを祈った。心の中で。
ただ、こいつらは天使とかいう非常識な存在で法術とかいう魔法も使う。もしかしたら、この程度では死ぬこともないのかもしれない。
炎がかなり鎮火し、エリーゼの姿が現れる。予感が的中。エリーゼは無傷。
しかし、さっきとは違った感覚が感じられる。右手はフリーハンドではなくノート。
ノートの表紙には神聖法術、光の書と書かれていた。
「あれは…法術書だな。」
左からタケトの声。いつの間に立っていたのだろう。
「法術書?」
質問して欲しかったようなので聞いてみる。あんまり興味はないが。
「言霊を定義する書だ。あれに定義された言葉が意味を持つ。ちなみに彼女が持っているのは教書だ。教書とは簡単に言えば学生に与えられる練習用の法術書。あれには光を扱う法術が100以上定義されている。」
ご丁寧な解説だが今の俺にはちんぷんかんぷん。
「げ、法術書っ!?反則だよっ!!」
「反則なんてない。私はただ変態を捕まえるだけ。」
エリーゼがノートを開き言葉を紡ぐ。
「神聖法術、光の書。第2節の3番。拘束せよ、我が光っ。」
彼女が立っている場所の地面が光り輝きそこから光でできたロープのようなものが無数、発生する。
「大丈夫…殺さないから。」
ロープの頭部分が蛇のように一斉にクリスに向かって飛んでいく。その数はパッと見10本以上。ほかにもまだエリーゼの下でのたうちまわってる。
クリスは左腰のホルスターから素早く紙切れを取り出し言う。
「”裂”、”風”、”解放”」
紙切れには何も変化はない。しかし、クリスの前…詳しく言うと紙切れの前から何かが飛ばされた。それは光のロープを切り裂いた。待機してらしいほかのロープがクリスに襲い掛かるが見えない何かにすべてが切り裂かれた。全て切り裂いたと同時にクリスの紙切れが崩れた。どうやら、何度か使うと崩れるらしい。
「まだまだ…神聖法術、光の書。第12節の9番。万物を切り裂け、光の剣。」
エリーゼの次の攻撃。さっきよりも強そうな呪文。
エリーゼがノートを掲げると空からレーザーブレードのようなものが彼女の前に落ちてきた。彼女はそれを右手で持ってに構える。ちなみにノートは左手に持ちかえたようだ。
タッと彼女が地面を蹴ってクリスとの距離を詰める。
ありえない脚力でクリスとの距離は一瞬にして詰まった。しかし、それをただ見ているだけのクリスではなかった。クスリと笑うとホルスターから紙切れそして、言う。
「”飛べ”、”炎”、”解放”」
紙切れが言葉に反応して光を発生させ前方から炎の玉が生まれ、エリーゼに向かって飛ぶ。
エリーゼはシュンッとレーザーブレードを振るい炎の玉を真っ二つ。そして、次の踏込でクリスの喉元へ剣を突きつける。
「これで私の勝ち。」
勝ち誇ったようにエリーゼは微笑む。
「へへ、どうかな…”爆ぜ——」
クリスの言葉は最後まで続かなかった。
「え、ぁあ?」
俺はあまりの出来事に声を出すこともままならない。
赤。クリスから噴き出るように赤色が出てきた。
「ぁあぁああ!!」
クリスに何が起きたのか。答えは明白だった。エリーゼだ。
エリーゼは炎の玉を切る時のようにクリスを切ったのだ。
しかも、場所は喉。急所。クリスは一撃で死んだ。
クリスは力なく地面に倒れた。赤が地面に広がりこれが現実であると知る。
「ク、クリス……。」
そばに近寄りクリスの息が完全に切れていることを確認した。
「さぁ、観念して、変態。おとなしく私に捕まりなさい。」
エリーゼは知り合いを切った。感傷なんてないのだろう。普通の態度で俺に語りかける。
なぜ、なのだろう。なぜ、世界はこんなにも理不尽なのだろう。
強い奴が勝ちそれを正当化し、弱い奴は負け忘れられる。
気が付いたときには俺は暴れていた。無力な俺はただ腕を回した。
「煩い。」
エリーゼの一言。その一言を聞いた瞬間、後頭部に痛みが走り視界がブラックアウトする。
何が起こったのだろう。そんなことを思いながら俺の意識は途切れた。
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1話の後編です。今回から重要なキャラクターが多々登場します。
まだ、あらすじを書くというほど話を書いているわけでもないので詳しくはプロローグから見てください。
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2話です↓
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