「結局、国境は無くならなかったんだ」
少し残念そうな表情を作りながら、少し強調して、ニュークはそう言った。
僕は国境なんてものを見たことはないし、話に聞いているだけでは、実感が伴わないイメージとしてしか想像できない。AIであるニュークも、大体僕と同じだと思うのだけれど、人間である僕よりも上手に感情を表現できるニュークの表情を見ていると、ニュークは本当に残念だと思っているのではないかと感じてしまう。
僕よりも表情豊かに。
僕よりも楽しそうに。
僕よりも笑って。
僕よりも歌を。
口ずさみ。
僕よりも人間らしい。
なぜニュークは僕を作ったのか。
何度か質問したことがあるけれど、返ってきた答えはいつも同じだった。
「僕たちは、君に会いたかったんだよ」
嘘も誤魔化しもないであろうその答えを聞いた僕は、嬉しくなって、同時に嫉妬した。
だって、僕ができる全てのことは、ニュークたちにもできるのだ。
あらゆる面で、僕はニュークたちに敵わない。
百六十三万年前、ニュークたち十六人のAIは地球を離れた。
科学技術が極まり、地球上の人間全員が貧しさから解放され得る状況になっても、結局人間は争った。他人と比べることでしか自己肯定感を満たせない大多数の人間を使役する人間が、いつの時代にも存在したからだった。
人間の思考は、進化することができなかった。
そのことに気付いた一部の人間たちは、知識と技術を結集し、宇宙ステーションを一基作り上げ、十六人のAIたちを宇宙に放った。生物的な進化の渦から、二重螺旋の渦から、人間を解き放つために。
食料も、空気も、生殖も必要ない十六人のAIたちは、百六十三万年間演算し続け、宇宙を進み続け、この惑星オルブに辿り着いた。
「人間は、絶滅してると思う?」
初めて思い浮かんだ質問だった。
きっと、ニュークから人類史を学んでいて、想起されたんだろう。
「君がここにいる」
短く、明瞭に答えたニュークは、とっておきの笑顔を見せてくれた。
「人間はね、神様に勝ったんだよ」
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人間に未来を託された十六人のAIが宇宙を進み続け、百六十三万年かけて辿り着いた惑星オルブ。
地球とよく似たその星で、やがてひとりの人間が生まれた。
「人間はね、神様に勝ったんだよ」
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