ユリアーノは書斎の鍵を開けて背表紙に見知らぬ文字で『近くて遠い場所』と書かれている魔導書を持って来ました。
「これは発禁になっている魔導書で、調合法は第一級魔術師内でも極秘扱いになっています。紙には書き写さず、記憶だけして欲しいのですが、かなり複雑なので記憶するのは困難でしょう」
「十年後に私がそれを間違わずに調合するなんて無理です」
「暗号にして残すなら大丈夫です。ただし誰でも簡単に解けるような暗号ではダメですが…」
「そんな複雑な暗号、私には解ける自信がありません」
フラウが困り果てていたので、ゲイザーが請け負いました。
「暗号は私が作りましょう。十年後でも解ける自信はあります」
「この魔導書はナターシャに遺すつもりだったから、いざとなったらナターシャに解読させなさい。ただし、妖精の粉の抽出法はここには載っていないから、今からよく見て覚えてください」
ゲイザーはユリアーノの教える手順を紙に書いて暗号を作りました。フラウも真剣に目で見て覚えようとしています。
「随分と温度調節が面倒なのですね」
「これを間違えるとちゃんと抽出されない。面倒だから、みんな妖精を無理やり縛り上げて瓶詰めして、酒を流し込んで溺死させたりする」
「人間はなんて酷い事をするのか…」
「他の者の命を奪ってまで、長生きしたいとは私は思いませんけどね」
「私もユリアーノ様と同じ意見です」
「だからお前たちにだけこっそり教える事にした。この調合は誰にも教えてはいけないよ?」
「はい、決してこの事は他言致しません」
「私は人間が嫌いだった。だから人間をやめてここでナターシャとずっと一緒に暮らすつもりだった」
「私もそうしたいと考えた事が何度かありました」
「でもナターシャは私ではなくゲイザー殿を選んで出て行ってしまった…」
「ユリアーノ様の大事な弟子を連れ出して、申し訳ありません」
「今ではなんとなくわかるんですよ。ナターシャがなぜあなたを選んだのか、がね」
…つづく
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書き残してしまったことを書きたくて考えた本編の続き第65話です。