No.97039

~薫る空~28話(洛陽編)

薫る空28話です。
27話が飛んでいるのは、内容的にTINAMIで投稿できないと判断しましたので、自分のHPでのみ掲載しています。

27話⇒http://www2.hp-ez.com/hp/kaoru/page9/51

2009-09-23 23:19:03 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5145   閲覧ユーザー数:4085

 

 

 一刀たちが軍議を行っている間。

 

【関羽】「………。」

 

【琥珀】「………。」

 

 劉備の共としてこの場に来た関羽。そして同じく曹操の共としてここにいる琥珀。昨日の出来事の後に仲良くお話というわけにも行かなかった。

 

【関羽】「やはり、琥珀…なんだな。」

 

 ゆっくりと近づいて、関羽は琥珀に話しかけた。

 

【琥珀】「………。」

 

 琥珀は何も言わず、一度だけ頷いた。

 

【関羽】「今まで、何処にいたんだ。あれから私は……」

 

【琥珀】「………。」

 

 関羽の言葉を首を振ることで制止する。それ以上は聞きたくないといわんばかりに。

 

【琥珀】「あれから、コハクは曹の家にひろわれた。」

 

【関羽】「………。」

 

 琥珀の言葉に、こんどは関羽が黙りこんでしまう。

 

【琥珀】「”コハク”以外に名前も無かったから、あの人は仁という名をくれた。それが、当時死産で生まれるはずだった赤ん坊の名前だって知ったのは、最近。」

 

 いつも以上に、琥珀は饒舌になる。誰にも話さない過去をかつての姉に伝える。

 

【琥珀】「でも…この名前はもらっちゃいけない名前だから。コハクはコハクなんだ。愛紗姉」

 

【関羽】「………そうか。……琥珀…すまなか――。」

 

 絞るような声で関羽は琥珀に対して、謝罪の言葉をだした。そして、それに答えるように、琥珀は前へと足を踏み出した。

 

【琥珀】「………悪人のいない世をつくる……だったよね」

 

 小さな体で抱き寄せるように、関羽の背中に手を回す。

 

【関羽】「琥珀……。」

 

 なんども琥珀の名を呼び、関羽も琥珀の体に手を回した。

 

【琥珀】「………コハクは、コハクだよ。ずっと、愛紗姉に追いつくために……」

 

 妹は、ただ、姉にあこがれていた。夢をともに語っても、それを行ってきたのは姉だった。だからこそ、自分もいつかその隣で戦えるように。夢を叶えられるように。あの日、あの時が訪れても、何も変わることなく思い続け、妹は強くなった。犯されても、なじられても、穢されても、それだけが生きる目標だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 曹家に入ってからの琥珀は、ただの居候と言うわけではなかった。当時、曹の家には子が少なく、夏候の家からの子を頭首としようとするほどに切迫していた。だが、そんな中にひとつの希望が生まれた。直系ではないにしろ曹家の女が身ごもったのだ。誰もがその子に希望を抱いた。この子がこれからの時代を担ってくれると。

 

 しかし、その希望は絶望への布石でしかなかった。事は難産となり、赤子は母もろとも、この世を生まれる前に去ることになった。

 

 希望の大きかったその子は、生まれる前から名を決められていた。

 

 姓を曹、名を仁、字を子孝と。

 

 そして、すべての希望は流れ、夏候の血の入った曹操というものに、全てがゆだねられた。そして、数年が経ち。

 

 曹家に一人の女の子が養子として迎えられた。琥珀である。しかし、当時、琥珀にはただ非難の目が注がれた。ただでさえ目立ってしまう養子。それに加え、拾った男は琥珀に仁の名を与えた。かつて一同の希望を集めた名を与えたことに周囲の不満は見て取れた。

 

 そして、決定的だった一言を、女中の一人が呟いた。”賊に穢された女”と。

 

 いつの時代も噂が広まるのは速かった。

 

 一瞬にして、曹の家の中に琥珀の居場所は無くなった。そんな琥珀がまともに教育など受けることが出来るはずも無く、それでも琥珀は姉を追いかけた。追いつこうと、ただ鍛錬を重ねた。そんな琥珀を見かねたのか、誰も見ていないところで、ある男が琥珀に太刀を渡してきた。「この大きさなら、小さなお前にも扱えるだろう?」という言葉とともに。

 

 琥珀はものすごく喜んだ。これでまた、愛紗に近づくことが出来る。もっと強くなれば、はやく見つけることが出来る。そう信じて、その太刀で鍛錬を続ける。

 

 そしてある日。別の男が琥珀に近づき、こういった。

 

【男】「手合わせしようじゃないか、子孝。」

 

 当然、琥珀は嬉しかった。自分の武が認められたんだと、喜んでその仕合を受けた。

 

 

 

 

 

 

【琥珀】「――がはっ……っ!」

 

【男】「どうした。あの方にもらった太刀を使ってその程度か。」

 

 しかし、そこで行われたのは仕合というものではなかった。男は強かった。初手で琥珀の太刀を奪い、後はひたすら嬲るだけ。仕合は相手に参ったと言わせるまで終らない。男は琥珀が話せなくなるまで、腹部に打撃を与え続けた。

 

 そんな光景がいつまでも見つからないわけが無かった。

 

 だが、同時にそれをとめるものが、今のこの家にはいなかったのだ。

 

【男】「ふん………やはり穢れた者よ。家の程度が知れるわ」

 

【琥珀】「――――……!」

 

 男が呟いたとき。琥珀の頭に大量の血液が流れ込み、脳が沸騰したように、怒りがこみ上げた。それに呼応するように、土をつかみ、地を蹴り、琥珀は立ち上がろうとした。

 

【男】「這い蹲っていろ、塵が」

 

【琥珀】「がっ……っは…はっ……ぁ」

 

 呼吸がおかしくなり、腹部に鈍い激痛が走る。ひどい嘔吐感が訪れ、気がつけば、自分の口元は赤く汚れていた。

 

【華琳】「もうやめよ!!」

 

 一人の声にその場にいた誰もが振り向いた。

 

【男】「曹操殿……」

 

【華琳】「戦闘不能者をいたぶる事が曹家の教えか!」

 

 華琳の態度にあちこちから声が上がる。華琳とて、夏候の家から来た者。それほど強い立場ではなかったが、その気質ゆえに、この状況では黙っていられるはずも無かった。

 

【華琳】「……………つかまりなさい。」

 

【琥珀】「………。」

 

 そして、集まった者達が散り散りになったところで、華琳は琥珀に手を伸ばした。その手をとり、琥珀は華琳に寄りかかる。

 

【華琳】「子孝、これからこういうことがあれば――」

 

【琥珀】「その名前で呼ぶな。」

 

 汚れた口で、琥珀は華琳の言葉を遮った。

 

【琥珀】「コハクは………コハクだ…。」

 

【華琳】「……わかったわ、琥珀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、琥珀が壊されてからの日々。愛紗には知っておいてほしかった。そして、自分はまだ壊れたままなんだと言うことも。

 

【琥珀】「……っ」

 

 関羽を抱きしめる力が強くなる。

 

【関羽】「……琥珀、私たちのところに来ないか?」

 

【琥珀】「………え?」

 

 琥珀のこれまでを聞いた関羽は、その妹に対して、そういった。

 

【関羽】「私たち………劉玄徳様の下でまた、夢を叶える為に。」

 

 その言葉は琥珀にとって、ずっと待ち望んだものだった。姉に追いつきたくて、一緒にいたくて、ここまで生きてきたんだから。

 

【琥珀】「あいs――」

 

【張飛】「愛紗~~~!!」

 

 琥珀が話そうとしたとき、大きな声に言葉を遮られる。そして、それと同時に関羽から身を離す。

 

【関羽】「鈴々、軍議はどうしたんだ。」

 

【張飛】「んー、なんかごちゃごちゃしてきたから、明日またやるぞーってことになったのだ。」

 

【関羽】「なんだそれは……」

 

 呆れ顔で関羽はぼやいてしまう。

 

【張飛】「ん?愛紗、こいつ誰なのだ?」

 

 張飛は琥珀を指し、関羽に問いかける。

 

【関羽】「あぁ、紹介しなければな。琥珀、こいつは張飛と言って…まぁ、妹みたいなものだ。」

 

【張飛】「みたいとはなんなのだ!ちゃんとあの時に誓い合った姉妹なのだ!」

 

【琥珀】「妹…?」

 

 突然現れた張飛の存在に着いていけずにいる琥珀は、ただその会話を聞き続けるしかなかった。

 

【関羽】「あぁ。鈴々、こっちは琥珀といってな」

 

【一刀】「こはく~~~。軍議おわったぞー」

 

 関羽の声が、遮られる。

 

【琥珀】「もう、行かないとだから……じゃあね。」

 

【関羽】「あ、おい、琥珀!」

 

 関羽の声を無視するように、琥珀は一刀の下へと歩いていく。その途中一度も振り向くこともなく。

 

【鈴々】「……?変な奴なのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 関羽たちと別れた後、琥珀は一刀と共に天幕へと向かっていた。

 

【一刀】「あ~…、もしかして俺邪魔しちゃったか?」

 

【琥珀】「………。丁度良かった。」

 

 首を振った後、琥珀はそう呟いた。

 

 琥珀の歩幅に合わせて歩くと天幕までの道のりが妙に長く感じて、二人の間に遠慮と好奇の入り混じった空気が流れ込む。

 

 愛紗には、もう”妹”がいた。その事実だけが琥珀の頭の中を駆け巡る。

 

【一刀】「琥珀」

 

【琥珀】「……なんだ?」

 

【一刀】「飯食わないか?」

 

【琥珀】「………は?」

 

 突然の一刀の誘い。その意図が分からず、琥珀は呆けてしまう。

 

【一刀】「なんかああいう軍議の後って疲れるんだよな。腹減ったし。俺が適当に作るからさ。昨日の分も込めて」

 

【琥珀】「………お前阿呆か。どうみてもコハクは落ち込んでるだろ」

 

【一刀】「せめて馬鹿にしろ。愛がないぞ。落ち込んでるときは飯を食うに限るんだよ。昔変な爺さんに教わったが、案外気持ちが落ち着くぞ。」

 

 自分の肉親を変な爺呼ばわりする辺り、一刀の家庭環境が幸せだったことが伺える。

 

【琥珀】「………。」

 

【一刀】「な。」

 

 一刀の手が琥珀の髪をなでる。長すぎる毛だが、とても綺麗で触るだけでも気持ち良いものだった。

 

【琥珀】「食いすぎて華琳に怒られても知らないからな。」

 

【一刀】「どんだけ食べる気!?」

 

【琥珀】「………フフフ」

 

 不気味な笑いと共に、一刀の後悔の度合いが加速度的に上昇していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【華琳】「はぁ………」

 

【薫】「お疲れだね~」

 

【華琳】「当然よ。あれだけの時間を費やして決定したことが麗羽を総大将にすることだけなんて…」

 

【薫】「もともと烏合だし、それぞれで作戦考えたほうが早くないかな?」

 

【華琳】「………それもそうね。薫、桂花と一緒に考えてくれる?」

 

【薫】「今から!?」

 

【華琳】「……冗談よ。皆疲れているだろうし、明日からで問題ないわ」

 

 軍議を終えた華琳を迎えたのは薫だった。冗談のキレもいまいちといった感じで疲れをあらわにしていた。

 

 二人で天幕へ向かっていると、そこにまた向かえが来た。

 

【秋蘭】「華琳さま。お疲れ様です。」

 

【華琳】「あら、秋蘭。」

 

【秋蘭】「食事の準備をさせていますので、こちらに」

 

 秋蘭が示したのは華琳たちが向かっていた方向ではなく、別に設けられた天幕だった。

 

【華琳】「そうね、わかったわ。薫も一緒にどう?」

 

【薫】「ん~、いや、あたしは桂花の所に行ってくるよ。明日からでいいって言っても一応報告だけ。」

 

【華琳】「そう、分かったわ。では秋蘭、いきましょうか」

 

【秋蘭】「は。」

 

 華琳たちは食事の用意された天幕へと向かう。それを見届けた後、薫もまた歩き出した。

 

 

 


 
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