――都・洛陽。
帝が鎮座するその街は、この国において、最も欲のはびこる街となっていた。
そしてそんな街は、一人の少女によって治められている。
【董卓】「へぅ………」
机に向かっていた少女は今にもオーバーヒートしそうな雰囲気だった。彼女の前には大量の書簡が並べられ、それはその影で彼女自身が覆われてしまうほどだった。
董卓という彼女が頭を抱えた時、扉の開く音がする。
【賈詡】「月~、そっちは大丈夫?」
賈詡。董卓を真名で呼ぶ彼女は、この宮中で唯一董卓が信を置く側近であった。董卓の頭から煙が出ていることを知ると、賈クは血相を変えて、董卓のそばへと駆け寄った。
【賈詡】「ちょっと月!?……この書簡、なんで月が処理してるの!?」
賈詡が指した書簡と言うのは、彼女が他の文官に処理を任せていたものだった。他にも積み上げられた書簡のほとんどがそういうものだった。董卓の気性を考えれば、頼まれれば断ることはまずないと、文官たちが押し付けていったのだ。董卓のことをよく知り、尚且つこの宮中に詳しい賈クにはそんな推測が容易にたった。
賈詡の立場ならば、彼らを粛清することもたやすいが、いかんせんその彼等という存在は数が多かった。下手を打って自分が返り討ちにあえば、そのしわ寄せは董卓へと向かう。そうなれば、噂とは裏腹に董卓こそが彼等の人形となってしまう。賈詡の行動を制限するには十分すぎる理由で、彼女達はただ、噂と実態との狭間で耐えるしかなかった。
董卓へとまわされた書簡は賈詡と共に処理することでなんとか片付いた。しかし、その中には押し付けられたものばかりではなく、無視できない内容のものも存在した。
【賈詡】「袁紹が、ね…。」
あれだけ大々的に動いた連合の存在を、都が気づかないはずも無かった。その報告がさきほど届けられたのだ。
【賈詡】「帝を傀儡と化し、私欲のために権力を振りかざす暴徒・董卓討伐のため…………。ふふ。笑わせないで欲しいわね。」
【董卓】「詠ちゃん………」
董卓は不安からか、賈クの真名を呟いた。
【賈詡】「大丈夫よ、月。噂に踊らされる馬鹿なんてこの僕が振り払ってあげるから。」
しかし、その噂の半分は事実である。董卓に関するものはでっち上げたものだとしても、都は衰退しているのは目に見えて明らかだった。ただ、それが誰のせいかという違いなだけ。そのことが董卓の不安をさらに駆り立てていた。
【陳宮】「呂布どの~」
【呂布】「ん?」
先日の陳留への訪問から数日が経過し、呂布、陳宮の二人はその任を終え、洛陽へと帰還していた。相変わらず深紅の馬にまたがるその姿は、飛将軍の名に恥じぬ風格を持っていた。
洛陽に戻った後、二人の下に届いたのは反董卓連合の話だった。
【陳宮】「馬鹿な話なのです。」
【呂布】「………月、悪くない。」
呂布の言葉は相変わらず少ないものだったが、それ故に彼女自身の本音をよく現していた。二人は兵舎へと向かう。
【張遼】「お、恋やん。おかえり~」
中に入ると最初に話しかけてきたのは藍色の髪をもった女性。張遼は、袴のような服装が特徴的で、みれば一目で覚えてしまいそうな雰囲気だった。
【陳宮】「――!」
【張遼】「ん?ねね、どないしたん?」
ずいっと、呂布と張遼の間に陳宮は体を割り込ませる。呂布のみに挨拶をしたのが不満なのか、はたまた呂布に挨拶したことが不満だったのか、とにかく、その顔は不機嫌そのものだった。
【陳宮】「ふんっ。なんでもないのです。」
それだけ言うと、陳宮は張遼の隣を通り過ぎて行った。
【呂布】「ちんきゅ………後で怒らないと」
【張遼】「ええてええて。それより、あの話聞いた?」
【呂布】「?」
呂布には指示語だけでは話が通じず、張遼は「あの袁紹の話」と続けることでようやく会話が成立した。
【張遼】「楽しみやなぁ~~。今から気がせってしゃあないわ。」
出撃が待ち遠しいと張遼はその瞳を光らせる。
【呂布】「………………ん」
どちらとも取れないような反応だったが、少なくとも、呂布は否定することは無かった。
帰還を果たした後、少しの休暇をもらった呂布はその間に、近くの森へと来ていた。晴れた空から日光が降り注いで、木の葉の間から光が差し込む。
近くに川が流れているのか、水の音も聞こえてくる。そんな中へ呂布は歩を進めていく。
やがて木々が開けてきたところで、小さな洞穴が空いている場所にでた。
【呂布】「セキト。」
その穴に向かって、呂布は声をかける。すると、中から複数の足音が細かく近づいてきた。そして、姿が見えたと同時に甲高い鳴き声と共にそれは呂布の胸に飛び込んできた。
【呂布】「っ!こら、セキト~。」
その態度とは違って、それを受け止める力は優しかった。わんわんと鳴いていたセキトも呂布に抱かれたと単に甘えた声を出す。
【呂布】「もう………ん」
セキトをその場に下ろして、呂布は手に持っていた食料を、その場に並べた。
【呂布】「お食べ…」
そこにはセキト以外にも何匹かの動物がいた。名前がついているのがセキトだけだったが、呂布自身それほど気にしているわけでもなかった。
呂布に差し出された食料にその場にいた動物達はいっせいに食べ始める。それを見ていた呂布の顔はその通り名にはとても不釣合いなほど、優しく微笑んでいた。
【陳宮】「呂布どの~~。」
しばらくの間、呂布はセキトたちと過ごしていた。そんな静かな空間に陳宮の声が響く。その声を聞いて、ほとんどの動物は穴の中へと入っていってしまった。
【呂布】「ぁ……」
【陳宮】「あ、呂布殿。やはりこちらでしたか。探しましたぞ~」
小さいその胸を目いっぱい張り、陳宮はやってきた。
【呂布】「………む」
驚いて洞穴の中に入ってしまった動物達をみて、呂布の表情が歪む。
【陳宮】「さぁ、呂布どの……?あれ、呂布d――あだっ!痛い痛い!」
陳宮の頭に呂布の拳がぐりぐりと沈んでいく。
【呂布】「驚かしちゃだめ。」
【陳宮】「あぅう………ごめんらさいれす……」
半泣きになり、図らずも陳宮の言葉が舌足らずになってしまう。
【呂布】「……どうしたの?」
【陳宮】「あぅ…そ、そうなのれす!反乱軍に迎え撃つために召集がかかったのです!」
【呂布】「……そう…わかった。」
怒ったり、笑ったりしていた表情が消え、呂布は立ち上がった。
――洛陽。
【賈詡】「大体集まったわね。」
一同が集った広間で、賈詡が声がだした。その後ろには董卓が控えている。
【賈詡】「さて、皆も知ってると思うけど、あの袁紹が我らに反乱を起こしたわ。」
【華雄】「ふん。あのような烏合の衆。わが武で蹴散らしてやればよいのだ。」
【張遼】「………賛成って言いたいけど、猪すぎるなぁ…」
張遼は苦笑いになりながら、華雄の言葉に反応する。
【賈詡】「はぁ………。連中の進路を考えると、おそらくこことここを通るはず。」
【張遼】「そんなでっかい関二つもある道通ってくれるんかなぁ」
【賈詡】「洛陽までの道のりを考えればこれ以外の道では時間がかかりすぎるわ。連合軍だと言うのを考えれば他の道は不可能に近いわね。」
地図を拾げ、それぞれが話を進めていく。そして、張遼のいった大きな関―汜水関と虎牢関―を拠点とすることになった。
【賈詡】「汜水関にはそうね。華雄、任せてもいいかしら」
【華雄】「当然だ。連合など私一人で蹴散らしてやる。」
【張遼】「は!?ちょ、賈詡っち、待ちぃや!華雄一人ってせめてうちが…」
【賈詡】「霞、あんたには別の役目があるの。」
【張遼】「別の…?」
【賈詡】「えぇ、それは後で伝えるわ。それで、虎牢関には恋とねね、頼むわね。さすがにここを突破されるようなら、もう僕たちに打つ手はほとんどないわ。」
【呂布】「………だいじょぶ」
【陳宮】「呂布殿が負けるはずないのです!」
軍議は順調(?)に進み、連合を迎え撃つ編成が決まった。
その後、張遼と賈詡は別の部屋にいた。
【張遼】「どういうことや。いくらなんでも華雄一人なんか数日も持たんで。」
【賈詡】「数日もてば十分よ。これはあんたにしか出来ない役割だから、仕方がないのよ。」
【張遼】「うちは何したらええの?」
【賈詡】「ここを攻めてもらうわ。」
【張遼】「ここって…………」
【賈詡】「言いたいことはわかるけど、だからこそ失敗なんて許さないわよ」
【張遼】「面白いやん……。こんなんたしかに、うちしか出来へんな」
【賈詡】「お願いね。あんたの働き次第で、華雄の命がかかっているんだから。」
【張遼】「あいあい。」
賈詡の話を聞き、張遼は最後には笑っていた。
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薫空29話
さて、薫の出番が減ってきたとの声もありますが、これからもう少し薫は裏方ですw