(1)
「それじゃあ行って来るからな。この子達のこと頼んだぞ。」
肩に銀閃を乗せた翠が愛馬の手綱を蒲公英に手渡した。
「えぇ~。またお留守番?」
頬をプクッと膨らませながらも手綱を受け取る蒲公英に
「にゃはは~。もうちょっと強くなったら一緒に連れていくのだ」
とこれまた八丈蛇矛を振り回しながら鈴々は我先にと警邏に出て行った。
「もうちょっと強くったって蒲公英今でも十分強いもん。
そりゃあお姉様や星姉様や鈴々みたいな『筋肉†無双 ~ドキッ腕力だらけの蜀将達』と
比べると負けちゃうけど...」
「おい。た ん ぽ ぽ ?」
戦場でしか聞かないような声色に恐る恐る振り返るとそこには翠ではなく、
白銀姫錦馬超がいた。
「うわッ。聞こえちゃった?アハハ....い、行ってらっしゃ~い!!!」
既に麒麟に跨って遠くに逃げていた。
「ったく。しょうがない奴だな。」
悪態つきながらも翠は鈴々の走っていった方へ歩みを進めた。
(2)
「はぁ~びっくりしたぁ。お姉様ったらちょっと本気なんだもん。」
馬小屋に着き、飼い葉を与え終わった蒲公英はブラブラと城内を歩いていた。
とそこへ紫苑と詠が並び歩いてくるのが見えた蒲公英は
「ねぇ二人してどこ行くの?」
と声を掛けた。
「あら蒲公英ちゃん。これから詠ちゃんと街の西側にある
流民を受け入れる為の土地を見に行くのよ。」
「月は政務に就いてるバカチ○コと一緒にいるから私も紫苑と街に出るって訳。」
二人が成都に流れて来た民を受け入れる為の政策を提言・実行していることは知っていた。
三国が並び立つことで他国を窺う必要が必要がなくなり、細作の心配も殆どなくなっていた。
ただ先の戦の爪痕は全てを払拭するにはまだ時間を必要としており、被害の大きかった地域の民が
流れてきているのだ。
「私も手伝おうか?今日は時間もあるから。」
そう言う蒲公英に
「あらそう?でも今日は検地を兼ねた様子見だけだから大丈夫よ。」
紫苑は璃々に話すのと同じ様に蒲公英に行った。
「じゃあ私達は行くわね。夕刻には戻れると思うから。」
ひらひらと手を振る詠と紫苑を見送りながら
「そうだよね~。蒲公英にはまだ内政は難しいかもね~。」
とペロッと舌を出しながら自嘲気味にひとりごちた。
(3)
その後も騎馬隊の調練に向かう焔耶と白蓮に会い、
長老達との会合に向かう桃香と愛紗、そして朱里にも出会った。
そのいずれにも手隙である旨を伝えたが悉く断わられてしまった。
「みんな仕事しているのに私だけ何もしてない。
武も中途半端だし、内政も出来ないし、何の為にここにいるんだろう...」
その日静かに城下に下った蒲公英は結局帰らなかった...
(4)
「蒲公英がいない?」
翠から連絡を受けた一刀は手にしていた筆をおき、さらに問いかけた。
「いつからいないんだ?何か喧嘩でもしたのか?」
そうは言われても心当たりのない翠は首を捻るばかり。
どうにも状況の掴めない一刀は聞き込みがてら城内を見回る事にした。
だが誰に聞いてもこれといった情報はなく、より困惑するのみとなった一刀は
街へ出てみようと支度を始めたとき、全身土埃にまみれ、所々血が滲んでいる蒲公英が
帰城したとの報告が飛び込んできたことを知った。
(5)
「蒲公英ちゃ~ん。良かったよぅ~無事で~。」
「この馬鹿!どこほっつき歩いていやがるんだ!!」
目に涙を浮かべる桃香と翠に囲まれた蒲公英が大広間にいた。
「蒲公英!無事か!?」
物凄い勢い、いやおよそ神速と呼んでも差し支えない速さで飛び込んできた一刀は
蒲公英を見るや否や抱きしめた。
「こんなに汚れるまで...どこにいたんだ?それよりも何があったんだ?」
「あのね街外れの山奥に最近山賊が出たって言ってたから蒲公英退治してきたんだ♪」
「山賊?」
「そう、あとね~東の区画にも300丁位の区画が取れそうなんだけどあそこも
流民の受入れにはいいかもだよ♪」
得意そうに話す蒲公英と思わず目が点になっている一刀だが一人顔を赤くしている者がいて...
「す、翠ちゃ~ん」
どうにか桃香が宥めようとしているが我慢の限界とばかりに口を空けた翠は...
「馬鹿ッ!!!」
別の方から聞こえた声に驚き、そのままあんぐりと口を空けて固まった。
「ご主人様?」
まさか一刀から怒られるとは思っていなかった蒲公英はその声を主を見た時に更にびっくりした。
「たったそれだけの為にこんなになるまで...蒲公英に何かあったらどうするんだ?」
一刀は泣いていた。
(6)
「ごめんなさい...ご主人様。でも蒲公英も何か役に立ちたかったんだもん...」
じわっと大粒の涙を目にためた蒲公英が小さく呟いた。
「蒲公英...」「蒲公英ちゃん...」
気が付くとそばに星と紫苑がいて、大広間の外には全員がいた。
先程の一刀の声に皆集まってきたのだ。
「ごめんなさい、蒲公英ちゃん。そんなに思いつめているなんて思わなかったわ。」
「うむ...」
あの時一緒に連れて行けばと後悔の念に駆られた紫苑が蒲公英にそっと言った。
星は妹分でもある蒲公英の頭を優しく撫でている。
「蒲公英はちゃんと俺や桃香や皆の役に立ってい「でも蒲公英馬鹿だから分からないもん!!」るぞ?」
一刀の声を遮り蒲公英は流れる涙も拭わずに一刀に詰め寄った。
「鈴々や星姉様のような武もないし、朱里や詠みたいに内政も出来ない。」
「人よりはうまく馬にも乗れるけどそれだってお姉様がいれば調練も出来るし。」
「それなのに役に立ってるって何?蒲公英は何の役に立ってるの?」
知らなかった。
誰よりも明るくて決して笑顔が絶えることがない蒲公英がこんなにも自分を追い込んでいたなんて...
蒲公英の心の内をぶつけられている間に一刀は自分が一体どれだけこの子のことを理解していたのかと
自分を殴りつけたい気持ちに駆られながらもそっと蒲公英を抱き寄せて、でもしっかりと言った。
(7)
「まずはゴメン。」
「え?」
いきなり謝りだす一刀と訳の分からない蒲公英。
「何でご主人様が謝るの?」
「俺はさ、いつも蒲公英が元気で明るいからそれに甘えていたんだな。」
急に自分に甘えていると言われた蒲公英は瞬間湯沸かし器のように顔が赤くなった。
「蒲公英がずっとつけている腰のものってどうしたんだ?」
そういって腰に手を伸ばす一刀。
「これ?前に魏から来た行商の人が許昌で流行ってるって言ってたから蒲公英もつけてるの。
それがどうしたの?」
「それなぁ、魏の李典さんが工兵隊の用具を携帯させる為に作ったらしいよ。
最も今では装飾品にも使われているらしいけど。」
どうにも理解できない。
自分の身に着けているものが魏のものであり、元は工兵隊の為のものだった。
だからどうしたというのだろう。
それがどうしたのかと問いかける前に一刀は続けた。
「でね。五胡と設置しているところには蜀も工兵隊を出して防柵を築いているんだけど
その時に使ってみてようかって話が一昨日出たんだ。
曹操さんからの書簡もあったしね。」
「ほう。一昨日ですか。」
流石星だ。気付いたらしいな。
「やっぱりまだ分からない?」
一刀の問い掛けに蒲公英は頷いた。
(8)
「曹操さんからの書簡が来るまでこんなものがあるなんて誰も知らなかったんだよ。
一昨日初めて知ったんだ、蒲公英以外はね。」
「じゃあどうして蒲公英は知っていたか。それは街で魏の行商人から聞いた。」
「ここにいる人間は多かれ少なかれ街にはよく出向いている。俺も含めてね。」
「勿論その間に魏の行商の人にも会っている。でも誰も気付けなかった。」
「俺は蒲公英にはそういった情報を取り込んで貰う仕事をして欲しかったんだ。」
「情報授受の速さは魏が一番だね。呉もこの間の三国会談で孫権さんが言ってたけど周泰さんがその任に付いているらしい。」
「魏も呉も仕事としてそれを行っているそうだけど、うちはうちだからね。
そういうのは蒲公英が適任だけど仕事って言う枠に縛られないで自由に動いて欲しかったんだ。
だって蒲公英なんだからさ。」
もう駄目だ。
我慢できない。
誰も自分を必要としていないのではと思っていた蒲公英は一番に必要として欲しかった人が
一番必要としてくれていたことを知ってしまった。
「ごべ..ごめんなざい...ご主人様...ごめんなさい...」
一刀の首に抱きついた蒲公英は堰を切ったようにしゃくりあげながら泣き続けた。
(9)
「ふぅ、それにしても今回は参ったな。」
「へへぇ。もういいでしょ?ご主人様♪」
あれから紫苑が気を利かせてくれて湯を沸かしてくれて、これまた桃香が気を利かせてくれて
「じゃあ蒲公英ちゃん。ご主人様に綺麗にして貰ったら?」
と爆弾を投下してくれた。
「明日からが楽しみですね。ご 主 人 様?」
嫉妬神愛紗様の一言で全員からジト目で見られた一刀はいたたまれず蒲公英を抱きかかえて風呂へと向かい、
今は蒲公英の部屋で二人して寝床に転がっている。
「でも明命ちゃんと同じ仕事か~。」
「さっきも言ったけど周泰さんと同じである必要はないぞ?蒲公英は蒲公英だろ?」
まだ引きずっているのかと心配した一刀は蒲公英の方へ向き直った。
「知ってるよ。明命ちゃんと違って蒲公英は字もないしね~。」
どこかからかうように悪態ついた蒲公英に負けていられない一刀は反撃に出た。
「そうだな。字がないのを気にしているなら俺がつけてあげようか?」
「ホント?」
目をキラキラと輝かせながら一刀に乗っかってくる蒲公英に更に続けた。
「でも駄目だな。」
「えぇ~。なんで駄目なの~?」
膨れた頬を指で突付きながら一刀は、
「だって蒲公英の名前は蒲公英のご両親が心を込めてつけたんだから。
きっと字なんてなくても蒲公英なら立派に育っていけると思ったんじゃないかな?」
「そうかな~?」
なんだかうまくはぐらかされたような気がした蒲公英ではあったが次の一刀の言葉を聞いて至極ご機嫌になった。
「そうだな。俺は蒲公英に名前をつけることは出来ないけど、俺と蒲公英の子供になら名前をつけてあげられるな。」
自分で言ってて恥ずかしくなった一刀は明後日の方を向いたが内心してやったりとほくそ笑んでいた。
今までやり込められていた相手だ。
今日こそは主導権を握らねばと。
そう思っていた時期がありました。
「じゃあもうすぐだね。」
「え?それってどういう...?」
唇に艶のある笑みを浮かべた蒲公英が一刀に質問した。
「前にご主人様とこうして一緒に寝た日を覚えてる?」
「あぁ先月の今頃だな。確かあの日は孫権さん達と合同調練をやった日だから覚えてるよ。」
「ならその前は?」
「それは先々月の今頃だな。あの時は曹操さん達と学校制度について会談を設けた日だ...か...ら...」
そうだったのか。
一刀は気が付いた。
「へへぇ。気が付いた?なんで蒲公英がご主人様と一緒にいる日が同じ日なんだろうね?」
「朱里と雛里が言ってたけど女の子にはある一定の周期があって....」
だめだ...
俺は一生この子には勝てない...
脱力感と驚愕とこれから迎えるであろう嬉しい出来事に身を任せながら一刀は眠りに付くことにした。
<了>
(おまけ)
次の日星の一言でさらに一刀は驚愕する。
勧められるまま日付表(天でいうカレンダー)を作り、いつ誰と一緒だったか3ヶ月前から洗い直してみることにした。
「これって全員同じ周期なんじゃ...?」
(おまけ2)
どうやら天にはこの時代からの言葉が文字こそ違えて伝わっているものがあるらしい。
魔性の女:
蜀将馬岱を語源とする言葉。
男性を手玉に取り思うが侭操ってしまうような者の例え。
元は馬岱に準え、「馬将の女」であったがいつの間にか変わったとか変わらなかったとか。
馬鹿:
蜀将馬超を語源とする言葉。
先を見据えることもせず、周りを省みることもせず、ただ猪突に突き進んでいくことの例え。
元は馬超に準え、「馬家」であったがこれまたいつの間にか変わったとか変わらな...おや誰か来た様だ...
長々とありがとうございました。
今回は蒲公英にスポットライトを充ててみました。
連休中でアルコールと一緒に本作品を書いてみました。
誤字脱字等ありましたらご指摘お願い致します。
稚文・乱文失礼しました。
読んでくれてありがとうございましたm(_ _)m
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真・恋姫†無双の蜀が舞台です。
今回は蒲公英が主役となります。