No.959182

うつろぶね 第二十幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/958948

今回で海市から舞台は海に移り、ようやく終盤です。

2018-07-07 12:45:32 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:589   閲覧ユーザー数:576

 カクの言葉に、先代住職だったモノの動きが止まる。

 くくく。

 ややあって、それから、低い嗤いがこぼれた。

「流石は式姫じゃ……儂が思っていたより、遥かに切れるわえ」

 ぐねぐね動いていたそれが、人の形を失い、次第に崩れていく。

「じゃが、少し違う」

 どろりどろりと……崩れた体が、地面に吸い込まれていく。

「何だって?」

 カクの声に、最後に地面の上に残った、ひしゃげた頭に残る口が不気味に蠢き、言葉を発する。

「確かにわしの、この体は、蜃に、海市に『借りたモノ』じゃ……」

 じゃがな……まだ。

 まだまだ、それは、答えの全てではないぞ、式姫よ。

 その口が、にやりと吊り上がり、声を張り上げた。

「亡者ども、そ奴らから宝物の代価を受け取れ、受け取るまで逃がすでないぞ」

「貴様っ!」

「くはははぁ、人の欲は、自分も他人も地獄へ引きずり込む重石よ……そんな哀れな人間を救おうなどと考える貴様も、奴らに引かれ、諸共に海に沈むが良いわ、式姫!」

 風を切って振り下ろされた棍が、地面を叩く。

 先代住職だったモノは、完全に地面の中に消えていた。

 いや、違う。

 戻ったんだ。

 本来の姿に。

 その時、カクの足元が大きくぐらりと揺れた。

 カクは流石に踏みとどまったが、いかに揺れに慣れているとは言え、疲労の極みにあった漁師たちが、踏みとどまり切れずに、バタバタと倒れた。

 振動に続き、地の底にある何か大きな獣が呻くような、低い唸りと鳴動が続く。

 これは、まさか。

 見破られた幻は、覚めた夢は、その形を保てない。

 この海市も。

「皆、逃げ……」

 目を転じたカクが言葉を失う。

 揺れる大地にも頓着せず、再び幽鬼達がひしひしと押し詰めて来る。

 ゼニヲ、ダイカヲ。

 おうおうと泣き声を上げながら。

「ち……しつこいな」

 ぐっと棍を握り、カクは、漁師と幽鬼の間に立ちふさがった。

「おっちゃんたち……私が血路を開く、最後の力を振り絞って付いて……」

 だが、ここまで走り回り、恐怖にさらされ続けた、彼らの心身はもう限界だった。

 地震に倒れた体を起こす事も出来ず、カクの言葉に反応できず、呻くだけの人。

 カクの言葉に頷き返し、立ち上がろうと動く者は、ごく僅か。

 ……駄目か。

 

 生きようと、最後まで足掻く力を持つ人と、そうでない人を選別する、残酷な瞬間。

 

 御免よ。

 私は、生きようとする人を、生きる力が残っている人を。

 助けるだけの力しか、無いんだ。

 

 走り出そうとするカク。

 じわじわと包囲を狭める幽鬼の群れ。

 カクが息を詰める。

「今……」

「その銭、わっちが代わりに払ってやろう」

 

 その時、ゆったりとした声が、辺りを静かに圧した。

 幽鬼達すら声を出すのを止め、漁師達も、何事かと顔を上げ、その声の方を一斉に見る。

「……仙狸……さん?」

 ゆっくりと尾を揺らし、こちらに歩いてくる仙狸の手には、何やら壺が抱えられていた。

 ゼニヲ?

 幽鬼の群れの中から、数人が彼女の前に歩み出す。

「おお、たんと払ってやろう」

 ほれ、これにある。

 壺の中に手を突っ込んだ仙狸が、しゃらしゃらとその手から銀の板や黄金の粒や、銅銭を零す。

「だ、駄目だぁ!」

 それを見た漁師の中から、絶望の声が上がる。

「んだぁ、そいつらは、その銭じゃ、満足しねぇだよ!」

「そうなの?」

 慌てるカクに、漁師たちは頷いた。

「あれは網元が持って来た銭だよ……だけど、あいつら、いくら払っても、銭を払え、銭を払えって」

 あの時の不気味さを思い出したのか、漁師たちが身震いする。

「仙狸さん!」

 声を上げるカクに、仙狸はちらりと一瞥をくれた。

「案ずるでない、カクよ」

 そう、低く口にしてから、仙狸は幽鬼達に顔を向けた。

「して、値はいか程じゃな?」

 まるで、その辺の市で、大根や魚の値段を聞く程度の様子で。

 コレガ、ツリアウダケ。

 幽鬼が、件の秤を手にして、それを仙狸に示す。

 それを見て、仙狸がにこりと笑った。

「おお、左様か左様か、良心的な価格じゃな」

 仙狸は銭を壺から掴み出した。

「これが、通用しなかったのは当然じゃ」

 その銭を載せて掲げた仙狸の手に、青白い炎が灯る。

「ただ、それは銭が悪かったのではない、お主らの払い方が悪かっただけじゃよ」

 その火に向かい、仙狸がふっと唇をすぼめて息を吹きかけると、その炎に包まれた銭が、一瞬で溶ける様に消えた。

 

 かたり。

 

 その時、幽鬼の手にした秤が、僅かだが、確かに傾いた。

 オオ……。

 それを見た幽鬼達から、歓喜の響きを帯びたどよめきが上がった。

 ゼニジャ。

 モット、モット。

 コレガツリアウダケ。

「急くな急くな、ちゃんと払ってやるでな」

 次々と仙狸が銭壺に手を入れ、銭を火にくべる度に、秤が釣り合って行く。

 魅入られたように、その不思議な光景に釘付けになる漁師たちの中で、カクは一人頷いた。

 

「そっか、冥銭」

 冥銭。

 文字通り、それは冥界で通用する銭の事。

 常なら、冥銭は、術の心得がある道士や陰陽師が、紙に書き付けて作る物。

 遺族から死出の旅に出た故人に送る、手向けの銭。

 それは、火にくべる事で、死者の手元に送られる。

 

「知ってたなら、早くやってよ!」

 安堵の余りか、カクが不平らしく口を尖らせるのに、仙狸は肩を竦めた。

「勿体ぶっておった訳では無い、わっちもつい先ほど気が付いたんじゃよ」

 この亡者たちを、夜摩天の炎で焼き払って貰えたら、と……そう思った時。

 自分の操る程度の炎でも、銭程度なら焼ける事に思い至った。

「これで最後じゃな」

 ほぼ釣り合った天秤を見て、仙狸は、こちらも随分軽くなった壺の中から、底に残る砂金を掬い、それをさらさらと火にくべた。

 さらり、かたり。

 砂金が炎の中に消える度に、秤が釣り合って行く。

「のう、お主ら」

 彼女は幽鬼達に、横顔を見せた。

 纏めた髪に、紅く輝く珊瑚の髪飾り。

「髪にすんなりと馴染み、色の品も良い、良い品を商っておるな」

 さらりと手から黄金が零れる。

 かたりと天秤が傾き、水平になった。

 

 商いは、成った。

 

 オオオ。

 しばしのどよめきの後、幽鬼達が、仙狸に顔を向けた。

 黒く虚ろにぼやけたそれでは無い。

 たくさんの、人の顔。

「御客人、我らが宝をお買い上げ頂き、ありがとうございました」

 そう……穏やかにほほ笑んで、彼らは一つ頷くと。

「……あ」

 あれほど沢山いた幽鬼達の姿が、かき消す様に居なくなった。

 まるで、全てが幻だったかのように。

 

(だが、幻ではない)

 仙狸の手の中で燃えていた炎が消えた。

 彼らは、確かにここに居たのだ。

 海市に商品を並べ、訪れぬ客を待ち続け。

 その願いを、卑劣にも利用されてしまった……。

 

「礼はこちらが申すべきであろうな」

 ふっと、仙狸はどこか寂しげにほほ笑んだ。

 これが、本当の彼らの望み。

 苦労して手にいれた物を、欲しいという人に渡し、代わりに銭を受け取る。

 働いた証に、代価を受け取る。

 そんな、人として当然の……本当にささやかな願い。

 その思い半ばで海に散った人々が、この世に残した。

「良い商いをさせて貰うたよ」

 

 ありがとう。

 

 さぁっ、と。

 彼らに払いきれず、仙狸の手から零れた砂金の粒が、吹いて来た風に乗って、海市の空に、きらきらと散った。


 
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