No.958948

うつろぶね 第十九幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/958749

2018-07-05 20:30:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:602   閲覧ユーザー数:590

 走るカクと漁師の男。

「……何だよ、この変な街は」

 背中から男が茫然と呟く声が聞こえる。

 そうだよね、正気に返って見てみれば、この街並みは滑稽極まる。

 のっぺりした建物に、取ってつけたような窓や戸口、芝居の書き割りみたいな……欲に眩んだ無明の目と、お宝の光の中でだけ、街に見える。

 惚れてしまえばあばたも笑窪ではないが、何かを信じ込みたい人の力に、優れた幻術が合わさった時、こんな事も起こるのだ。

 全く、悪質な同業者ながら、よくぞこれだけの舞台をしつらえ、大勢を騙したと、感心するしかない。

 そして、正気に帰った時、夢が覚めた時。

 人は今まで自分が騙されていた舞台や仕掛けや嘘の拙劣さに呆れ、自分は何故、こんな物が良い物に見えていたのか、過去の自分を責める。

 そして、反省や後世の為に文書や言葉を残すが、だが、後世の人がそれを受け取る事は殆どない。

 彼ら自身が、同じことを経験するまでは。

 

「どうだい、判ったかい、おっちゃん」

 この海市も、商人も、全部まやかし物。それを、残酷な程にありありと、この街並みは見せつけていた。

「……」

 漁師からの言葉は無い、だが、その無言の中に、過去の騙されていた自分を認めたくない悔しさを感じ、カクはそれ以上の言葉を掛けるのを止め、別の事を口にした。

「もう直ぐ浜さ、船に乗って逃げれば、当面は大丈夫だよ」

 これで、漁師達は助けた筈だが、さて、仙狸殿は無事かな。

 彼女の事だ、自分如きが心配するような事はあるまいが、それでも、気がかりではある。

 そんな事を思いながら、最後に砂防林に至る道へと、角を曲がったカクは、そこにありえない物を見た。

「な、何で!?」

 亡者たちに追われて、漁師たちの一団が向うから走ってくる。

「何で、まだ逃げてないのさ!」

 そのカクの姿を認め、先頭の何人かが口を開こうとするが、声を発することも出来ず、打ち上げられた魚のように、口をパクパクとするだけ。

 相当に走らされた様子がありありと見える。

 何故彼らが逃げずに、こんな所に居るのか、だが問いただしている暇は無い、浜の方からも亡者が迫る。

 逃げ道は無い。

 追い詰められた。

 漁師達はカクの姿を認め、すがる様にこちらに殺到してくる。

 それを追うように、呪詛の声と共に亡者も、こちらを押し包むように迫る。

「み、みんなもここに来てたのかよ……何が起きてるんだ一体!?」

 背後からは漁師のおっちゃんの狼狽し、裏返った声が、耳障りに響く。

 このおっちゃんは、この海市に巣食う奴にとっては、釣りの餌だった。

 漁師の仲間を誘い。

 カクと仙狸と漁師たちを分断し。

 そして今。

 

 何が起きてるのか……ね。

 

「そうだね、この悪趣味な舞台の終幕が近いのさ」

「へ?」

 慌てた様子の無いカクの声に、漁師が後ろで間抜けな声を出す。

 その終幕が下ろされるのは、このカクか、それともこの海市かは知らないが。

 いずれにせよ。

 殺到する亡者たちを睨みながら、

「この先どうなるかは判らないけど、ともあれ、あんたに一撃くれないと、腹の虫が治まらない」

「何を……言って?」

「はっ!」

 全くそんな気配も見せず、カクは、振り向きざまに跳躍し、真紅の棍を洟垂れの父親に向かって振り下ろした。

 境内に篝火が赤々と燃える。

 時代は乱世。

 今はまだ平和が保たれている、こんな田舎の寺だが、何かの折に備えて、夜戦の為の備えは為されている。

 寺が高台にあるというのは、僧が俗界から身を避けるのみならず、そういう事でもあるのだ。

 大して広くない境内に、近在の浜の住人がひしめく。

 晩夏の涼しい夜だが、人いきれがむわりと境内を包み、不快な事この上ない。

「妖怪が出ると言う話だが海は静かな物だ……わしらを夜中に叩き起こし、集めるとは、説明頂きたいな、ご住職」

 それぞれの浜の主だった者が、いらだった様子で住職を囲む。

 闇の中、篝火に照らされた顔が、赤と黒におどろに揺れる。

 だが、それを見返して、住職は静かに声を返した。

「説明、説明な……ふむ、無論してやろう」

 込み入った話となる、こちらに参られい。

 そう、主だった者を本堂に招き、扉を閉ざした。

 ひんやりとした本堂の中は、まるで別世界。

 灯明の中に、鈍い金色の光を纏い浮かび上がる仏がこちらを見やる。

 ぐびりと、生唾を飲み込んだのは、誰なのか。

「今宵の事を説明する前に、儂からもお主らに聞きたい事がある」

「なんなりと」

「そうか、では先ず、三日前に海で死んだと弔いを出した男が、実はまだ行き方知れずなだけ……という事から聞かせて貰おうかな」

 住職のさりげない言葉に、彼らの顔色が、さっと青ざめる。

「つまりわしは、お主らのたばかりで、偽りの葬式を行い、偽りの仏弟子(※)を作ってしまったわけじゃ……これは実に罪深い事じゃぞ、お主ら」(※人は死後、仏になるという考えに基づく発言。葬儀で戒名、つまり仏弟子としての名前を授けるのはその一環)

「ご……ご住職」

「他に、海市の事、そこでせしめた財宝で一稼ぎした事」

 住職が指を繰る度に、浜の主だった人々の顔色が青ざめていく。

「色々儂への隠し立てが酷いのう……お主ら、出来る物なら、それらを儂に説明せい!」

 ぎろりとこちらを睨みつけた住職の眼光と、腹に響く声に、彼らは抗しえなかった。

 山で呑気に暮らしている坊さんを、赤子の手を捻る様に騙しおおせたと思っていたのに、ここまで、ずばりずばりと言い当てられた。

 何をどこまで知られているのか。

 底知れない恐怖の余り、わなわなとふるえだした男衆を見て、住職は眼光を僅かに和らげた。

「お主らにしてみれば、富を独占し、浜を、ひいては己を富ませたいと言うのは、これは仕方なき事よ……なれどな」

 本堂の扉を静かに開く。

「あれを見よ」

 あの浜の女衆や子供、老人が額づき、必死で仏に祈る姿が見える。

 その中には、一心に祈りを捧げる、洟垂れ小僧の姿もあった。

 とと、かくねーちゃん……。

 無事で。

 

「……住職、あれは」

「男衆が海市に行ってしまった、南の浜の家族じゃよ」

「海市に!?」

 驚きの声の中に、あいつら、上手い事やりやがって、という言葉が混じったのを聞いて、住職の眉が、またキリリと吊り上がった。

 後ろ手に扉を再度閉めてから、住職は男衆を睨みつけた。

「うつけ共が!」

 ひっ、と首を竦める一同に、住職は厳しい声を続けた。

「ただ同然の値で宝物を得られる等という話が、この世にある訳が無かろうが!」

 それはいつ代価を支払うか、という問題でしかない。

 住職は、一同に座る様に促してから、自身も腰を下ろした。

「あれはな、一歩間違えれば、お主らの女房子供の姿じゃ」

 ふぅ、と息を吐く。

「今より海市の事、儂が知るだけの事は話してやろう……お主らはな、騙されておるのじゃ」

 ぎぃん。

 形容しがたい、澄んだ、硬い物同士がぶつかり合う音が、亡者の呪詛や、漁師たちの苦しげな喘鳴を圧して、海市に響く。

 洟垂れの父親の後ろに、いつの間にか現れ、網元の首を食いちぎった時のように大口を開いていた、先代住職の禿げ上がった頭を、カクの棍が強かに打ち叩いた音だった。

「ぐむっ!」

 凄まじい力に叩かれ、その頭がひしゃげ、目が飛び出し、首が、次いで頭が、胴にめり込む。

「まだだっ!」

 その頭を叩いた棍の反動を使い、カクの小柄な体が、空中で更に一回転する。

 その回転の力を与えられ、大きく振るわれた棍が、次はその体を下から抉る。

 逆袈裟気味に叩き付けられた棍の一撃で、腰骨が砕け、二つに折れひしゃげた体が吹き飛ばされ、海市の建物に、轟音と共に叩き付けられた。

 華麗なる空中での身のこなしから繰り出された妙義は、流石に戦する猿神の一人というべきか。

「ふぅ、これでちっとは気が晴れたよ」

 何が起きたか理解も出来ず、目を見開き口をパクパクさせている漁師の隣で、着地したカクが、壁の方に目を向ける。

「流石に丈夫だね、まぁあれで仕留められるとは思ってなかったけどさ」

 その視線の先には、濛々と上がる土埃と、有ろうことかその中で蠢く人影があった。

 ぐにゃりぐにゃりと動くそれは、人の名残をとどめているだけに、なお一層不気味な、悪趣味な姿。

 だが、その霊体にまで打撃を与える、カクの霊気を帯びた棍の一撃は、流石に堪えたらしい。

 彼が操っていた幽鬼達が、指示する力を失ったか、戸惑ったように動きを止める。

「なぁぜじゃ?」

 砕かれ、ひしゃげた口が、辛うじて、聞き取りにくい人語を発する。

「何がだい?」

「儂のぉ、けはいはぁ……誰にも読めぬはずじゃあ」

 実際、あの浜に潜んでいた時も、カクに気付かれる事は無く、彼女が去った後、悠々と網元の首を食いちぎった。

 儂は、自由自在に、この海市内を移動し、好きに相手を襲える。

 なのに……何故。

「そう、確かにあんたからは、気配も妖気も感じない、今に至ってすら……ね」

 カクは頷いた。

 それはずっと、言葉にしなかったが、カクも仙狸も共有していた懸念。

 何者かの悪意も、邪悪な意図も感じるのに、その存在の気配を感じない。

 この悪趣味な舞台の座頭は、どこかで私たちを見ている筈なのに。

 だが、自分も仙狸も、注意していたにも関わらず、その視線も気配も捉えられなかった。

 だが、間違いなく存在はして居る筈……。

 焦れながらも、二人はそれを悟っている事を面に出さずに動いて来た。

 二人とも、当面はこの悪趣味な芝居の役者として動き、状況を動かす中で活路を見出そうと。

 あの浜から漁師が脱出できなかったというのは、相手の強大さを見誤った故の、誤算だったが。

「だから発想を変えたのさ、このカク、気配を読むのではなく、あんたの悪趣味な台本を読む事にしたんだ」

「台本、じゃと?」

「そうさ」

 この一連の事件には、ずっと芝居掛かりの何かが通底していた。

 人の欲を、あがきを、妬みを、努力を、誰かを助けようとする行為を、それらが全て無益な事だと嘲る為の。

 では、私に無力さを叩き付け、絶望させる。そんな、悪趣味な台本を自分が書くとしたら、何処で仕掛けるか。

 カクの目が冷たく光る。

「だからさ、私が助けた筈のあの漁師のおっちゃんたちが、こっちに向かって走って来た時、驚いたけど、逆にそこで粗方察しが付いたよ」

 ここが、最後の舞台。

 もうすぐ逃げられるという浜の近くまで、必死に逃げて来た役者。

 そこに群がる敵、折角苦労して助けた人が目の前で襲われ、殺される。

 努力と苦労の果てに助かったと安堵した所で、どん底に突き落とし、絶望を与え、その姿をあざ笑う。

 なんとまぁ、判り易くて、薄っぺらい。

「こんな子供だましの舞台で、誰を悦ばせようってんだい……ねぇ」

 どん、と棍を大地に叩き付け、カクは声を張った。

「もう正体は判ってるんだよ、生臭坊主!」

「……むぅ」

「そうさ……あんたの気配が掴めない理由も、今は良く判る」

 気配を感じなかった訳では無い。

 それは、常にあった。

 だが、それを敵と認識するには、余りに巨大だっただけ。

「あんたは、この海市そのものさ!」


 
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