第二章 整備
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クライマックスなのに、メグは腹が減ったと言い出した。しょうがないから、聞きたい気持ちを叩き殺して、ファミレスで食事をしてる。メグはもちろんジャージ姿のまま。
僕はハンバーグとエビフライのランチ。メグはステーキとポテトフライとピザとビール。とてつもなくアメリカンだ。ステーキの隣にあるご飯が唯一の良心みたいに、辛うじて日本人らしさを主張してる。
「寝る前でしょ?」
エビフライをフォークで刺して、タルタルソースの中に沈めながら訊いた。
「寝る前って一番腹減るだろ」
メグはビールジョッキを取りながら答える。
「減りすぎでしょ、それ」
ビールを一気に半分ほど飲み、ふぇ~、という声だか息だかよく分からない音を吐き出すメグ。とりあえず、おいしそうだ。妙にペースが早いけど、もう二、三杯は飲むつもりか?
「で。話の続き。酔っちゃう前にしてよ」
「いい感じで欲求不満だろ? 空腹は最高のスパイスってやつだ」
メグはナイフとフォークを取りながらニヤニヤ。この野郎。いや、野郎じゃないな。女の場合はなんて言うんだ? このメス豚、かな?
「警察な、四件目の事件のときは犯人を待ち伏せてたらしい」ステーキを切りながら話し始めるメグ。「そこに、まんまと犯人が来たんだけども、見張りの警官はボコボコ、家主は殺されて、犯人には逃げられて、散々な結果になったみてーだな」
「待ち伏せできたのは、犯人の正体が分かってたから?」
「いや、犯人の正体は、四件めの現場で警官が直に聞いたらしい」
「誰から?」
「犯人から」
「話す余裕なんてあったの?」
「話、というか、二、三言、犯人が喋ったんだと」
「自分から?」
「さぁ? そこまでは書いてなかった」
メグがステーキを一切れ頬張る。
「で、犯人が自分で言ったの? 僕は少子対策法の養子です、って?」メグは口を開けられなくて、二度頷く。「うそだぁ、なんかおかしくない? それ違う情報なんじゃない?」
メグは首を横に二度振って、ビールを一気に飲み干し、空になったジョッキを勢いよくテーブルに置いた。
「警視庁刑事部のパソコンに入ってた捜査報告書だぞ? しかも御丁寧に暗号化付きだ。そこら辺のつぶやきと一緒にすんなボケ」
ほっぺたを赤くして、少し涙目のメグ。もう酔ってきてるのか? やばい、早くいろいろ聞いとかないと。
「ごめんごめん。ところで、少子対策法の養子っていうのは、もう確定なの?」
「現在調査中だと」
「だーめーじゃーん」
「でもよ、警察が怪しい子供しらみ潰しに探しても、犯人見つけられねーんだぞ? 普通の子供じゃねーよ」
「大人かもよ?」
「警官、犯人の顔見てんだから、子供に決まってんだろ」
「んー…」なんだか、全体的に頼りない情報だ。まずは裏取らないと、どうしようもないな。「さっき、警官がボコボコにされたって言ってたけど、どのくらいのボコボコ? 入院するくらい?」
メグはピザに赤い水玉模様ができるくらい満遍なくタバスコを振り掛けてる。あれはもう別の食べ物だな。
「確か、四人やられてて、三人は軽傷で、一人は頭を縫った、だったか。入院とかは書いてなかった」
タバスコに蓋をするメグ。カマンベールチーズとバジルのトマトソースピザ、もとい、煉獄水玉模様ピザもどきを一切れ取って口へ運ぶメグ。煉獄水玉模様ピザもどきを食べた人間は、眼球から自身の犯した罪をごうごうと垂れ流しながら赦しを請うことになる。しかし、メグはとてもおいしそうに食べるので、もしかしたら僕も食べられるんじゃないかと思ったのが間違いだった。僕が赦しを請うことになった。
ドリンクバーで水を三杯飲んで席に戻ると、既にピザは残り一切れ。
「よく食えるね、ほんと、凄い」
ベロが燃えるように痛い。特にタ行の発音には、煉獄の炎が燻ってる。
「うまいぞ」
ビールジョッキ片手に返事をするメグ。僕が赦しを請うてる間にビールを追加したらしい。
「なんの話してたっけ?」
鼻をかむため、テーブルの端っこにある紙ナプキンを取りながら訊いた。
「警官がボコボコにやられたって話」
「そうそう」鼻をかむと、大量の罪が出てきた。「現場に来た救急車のこと詳しく調べれば、少しだけ裏が取れるかも」
「あ、そういえば」ポテトフライを五本摘まみながら、メグがこっちを見る。「犯人、ライフルの弾、避けたらしいぜ」
「……」
ますます不安な情報だ……。
「まぁ、それがほんとかどうかは知らねーけど、犯人狙撃できるようなトコってあんまりねーんじゃね? そのへん考えながら調べれば、なんか分かるかもな」
ポテトフライを口に放り込んで、メグが言った。
そのあとも、ご飯を食べながら色々聞いたけど、めぼしい情報は無かった。
メグはジョッキ三杯を空にして酔っ払いモード。これ以上はレッドゾーンだから、ビールを注文しようとするメグを我慢させる。まだ真っ昼間だ。
「んだよ、けち」メグはふてくされながら、鉛筆削りみたいにポテトフライを食べてる。「すげー情報くれてやったのによ」
「ほんとなら、確かに物凄いんだけどね」
「マジ情報に決まってんだろ。一番偉い上司に言ってみろって。特別ボーナスだ、きっと」
「んー……情報の出どころもマズイし、まずはイリカさんあたりに相談……」
無意識にイリカさんの名前を呟いたのがいけなかった。昨日の出来事が僕の心臓を鷲掴みにして、急に心臓マッサージを始めた。ちょ、落ち着け……! 心臓マッサージいらないって……!
「イリカって、誰だよ? 女か?」
「ちがっ……彼女じゃない――」
「はあっ? 何言ってんだ? んなこと訊いてねーぞ」
「いや、あ、そうか、うん、そうそう」
「女なのか?」
「そうそう」
「なにそんな慌ててんだよ?」
「いや、別に、慌ててないよ……」
「ふーん……。珍しい名前だな」
「そう? ん、ま、そうかも」
「同僚?」
「いや、先輩」
「へー……。かわいいのか?」
「そう、かわ――」
だあああああぁぁぁぁぁぁーーーーー! なに言わせてんだこのメス豚!
「そ、そう、まぁ、可愛いといえば可愛いと言えなくもないくらいの可愛さくらい」
取り繕おうとしたけど、傷口が広がった気がする。よく分からない恥ずかしさが燃料になって、ベロで燻ってた煉獄の炎が復活。全身に燃え移った。物凄く熱い。ニヤニヤしてるはずのメグの顔を見ると、なぜか僕を睨み付けてる。
えー、なんで睨まれてるの? 睨まなきゃいけないのは、たぶんこっちだぞ。
……もしかして、さっき心の中で叫んだ『メス豚』が無意識に口から出ちゃった? それはちょっとマズすぎる。
よし、こういう時は、とりあえず謝っておこう。
「いや、なんか、ごめん」
謝ったけど、メグのリアクションはゼロ。なんだこれ? どうすればいいんだ?
「……いいぜ、分かった。俺が直接そのイリカさんって奴に会って、情報が本当だってこと言ってやるよ。捜査報告書のデータも持ってってやる」
摘まんだポテトフライをぶんぶん振り回しながら、脈絡がないことを言い始めたメグ。なんだ? そんなに酔ってるのか?
「なに言ってんの? っていうか、え? データあるの?」
「当たり前だろ」
「だって、心の中にひっそり置いとく、みたいなこと言ってなかった?」
「ハードディスクは俺の心だ」
「えーっ! じゃあ最初からそれ見せてよ!」
「見せろって言われなかったからな」
メグはニヤニヤしながら、最後のポテトフライをパクリと食べた。
とりあえず機嫌は直った、のか? なんで睨まれたのか分からないままだけど、まぁいいや。
ファミレスを出て、もう一度メグの家へ戻って、薄暗い部屋の中、捜査報告書のデータを見せてもらった。確かに、メグの話した通りの内容が書かれてた。
データをコピーさせてもらえれば、わざわざメグがイリカさんに会う必要は無いよ、と提案したけど、速攻で却下された。万が一ハッキングがバレた場合に僕まで捕まってしまうから、という理由らしい。
「メグだけ危ないの嫌だし、いいよ、コピーさせてもらうよ」
そう言うと、メグは吸ってたタバコの火を勢いよく灰皿に押し付けながら、
「なにカッコつけてんだバカ。いいから俺の言う通りにしとけ。イリカさんって奴には俺が説明する」
結局、メグがイリカさんに会う方向で話が進んでしまった。酔っ払いを説得するのは、たぶん、月に行くより難しい。
しばらくメグと話して、メグの眠気がピークになったところで帰ることにした。メグは、ふらふら歩きながら、玄関まで僕を見送りに来てくれた。やっぱりメグは律儀だ。
「じゃあ、イリカさんの予定聞いて、またメールする」
「……ぉう」
玄関に立っているメグの目はしょぼしょぼで、そのまま寝るんじゃないかというくらいの反応速度。
「ちゃんと鍵かけなよ」
「……ぉう」
こいつ、今日の話ちゃんと覚えてるんだろうな?
玄関の扉を閉めて、しばらく耳を澄ます。カギが掛かる音を確認して、家に帰った。
翌朝、イリカさんに話しかけるタイミングを通勤しながら考える。考えてみたら、一昨日の記者会見の帰りから、ほとんど何も喋ってなかった。まずい、緊張でお腹が痛くなってきた。このままだと健康と仕事に悪影響が出る。頑張って朝礼前に済ませよう。
会社に着くと、いつもどおりイリカさんはデスクでコーヒーを飲みながらパソコン画面を見てる。他の先輩たちはまだいない。よし、絶好のチャンス!
「おはようございます」
「おはよー」
イリカさんがこっちに顔を向ける。緊張でまた少しお腹が痛くなったけど、こういう時は勢いが命だ。失速、墜落、絶命のパターンを何度か経験してるので、自分のデスクで一旦落ち着くのがどれだけ危険か、よく知ってる。自分のデスクへ行かずに、そのままイリカさんの方へ歩いた。
「イリカさん、今、少し時間あります?」
「うん、どしたの?」
椅子に座ったまま僕を見上げるイリカさん。自然と上目遣い。やばい、これ、頭が沸騰するかも。
「実は昨日、幼なじみから凄そうな情報もらったんですけど、ちょっと扱いづらい情報で……。まずイリカさんに相談したいなと思ってるんですけど」
「おぉ、なんか凄いね。あんまり大っぴらに話したくないってこと?」
「そうですね……そのへんも含めて相談したいです」
「うん、相談だけなら全然大丈夫。どうする? いつ話す?」
「えーとですね……実は、その、幼なじみが、直接イリカさんに話したい、って言ってまして……」
「え? 今日?」
「いや、違います。そこはもうイリカさんの予定に合わせます。いつでも大丈夫です。明日でも、一ヶ月先でも」
「一ヶ月はダメでしょ」
イリカさんが吹き出した。イリカさんへの負担を最大限減らしたいという気持ちの現れだったけど、確かに一ヶ月は言い過ぎた。少し落ち着こう。
笑いを堪えながら、イリカさんが話を続ける。
「うん、でも、ま、ありがとね。そうだねー、今けっこう国王生誕祭の仕事がギュウギュウだから、できれば、仕事終わってからがいいな。あ、でもそうすると、夜中になっちゃうな……」
「いや、夜中、全然問題無いです。イリカさんさえ良ければ。幼なじみも夜の方がいいと思います、たぶん」
「お、そうなの? 良かったー。じゃあね、ちょっと待って――」
イリカさんはデスクに向き直ると、素早くキーボードを叩く。ディスプレイを見ると、スケジュール表が出てた。
「早い方がいいよね……んー……」マウスのホイールが勢いよく回る。「あさっての二十三時なんてどう? やっぱちょっと夜過ぎる?」
「いえ、大丈夫だと思います。というかむしろ、そこからが幼なじみの活動時間というか……。今、メールで訊いてみます」
「場所はこのへん?」
「あ、まだ決めてないですけど、このへんの飲み屋さんで適当に、って考えてます。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
イリカさんから離れて自分のデスクに着くと、ようやく落ち着いた。とりあえず目的は達成した。二日ぶりのイリカさんとのまともな会話。違った、メグとイリカさんを会わせるのが本来の目的だった。まぁ、何にしても、頑張った、僕。
スマートフォンを取り出してメグにメール。一分もしないうちに「OK。よろしく」と返信メール。よし、これで完全に目的達成だ。
他の先輩たちが出社してきてしまったので、イリカさんにもメールを送信。こちらもすぐに「おっけー。どういたしまして」と返信メール。
ふぅ……これで仕事に専念できる。
二十二時五十五分。
イリカさんよりも少し早く仕事が終わったので、予約した居酒屋に先に来た。この居酒屋にはしっかりした個室があるので、料理を食べながら仕事の話をするのによく使ってる。僕らの仕事の話は、盗み聞きされちゃいけないことが多い。
個室の扉が勢いよく開く。
待ち合わせの時間まであと五分だから、メグかイリカさんのどっちかだろうと思った。だけど、入り口に立っている人が誰だか分からない。だって、この部屋に来る人は、パンツスーツ姿のイリカさんか、フード付きトレーナーを着たジャージ姿のメグのどっちかのはずだ。入り口に立ってるのは、丈の長い白いワンピースに、水色のカーディガンみたいなのを羽織ってて、青い小さな手提げ鞄を持った、ツヤツヤさらさらセミロングな黒髪の女性。
部屋間違えてますよ、と言いかけて気付いた。
メグだ。
あれ? これが噂の幻覚ってやつかな?
「なんだ、イリカさんって人はまだ来てねーのか」
幻覚が喋ることもあるんだろうけど、うん、そう、目の前で喋ってるのは、間違いなく、本物の……
メグだあぁぁ!
「あ……ん? あぁ、うん、たぶん、そろそろ、来るよ……」
扉を閉めて、メグがこっちに歩いてくる。靴音に違和感を感じて、メグの足元をチラッと見た。
ヒ、ヒール!
なんだこれ? 天変地異の前兆? 明日、富士山爆発するの? ていうか、もしかして僕、もう死んでるの?
メグは僕の向かいに座ってこっちを見る。メグの透き通るような白い首には、シルバーのネックレス。そして何より、化粧してる!
「珍しい服、着てるね」
僕の表情筋が麻痺してる。笑顔ってこんなに難しかったっけ?
「まぁ、久々の外出だからな。たまには着てやんねーと」
たまには、っていうか、幼なじみ生活二十三年間で初めて見るぞ、そんな格好。
「そんな服、持ってたんだ」
「あ? 馬鹿にしてんのか?」
「や、違うって! 少し意外に思っただけ。うん、似合ってる」
「う、るせーよバカ」
メグはテーブルの端にあったメニューを取って、ぱらぱらと見始めた。
ボサボサ髪のすっぴんジャージメグしか知らない僕は、何だかよく分からないけど、メグをいつもの様に見られない。チラチラと盗み見るようにメグを観察する。
さっき僕が言った『似合ってる』っていう言葉はお世辞じゃない。そこらへんの女の子よりも数段整ってる。まぁ元々、顔はキレイだと思ってたけど、それだけじゃない。格好とか仕草とか雰囲気が全体的に整ってるんだと思う。口を開かなきゃ、の話だけど。
「なんか注文していいか?」
「んー…まぁ、もうちょっと待ってよ。すぐ来ると思うから、イリカさん」
と言った瞬間に扉が開いた。今度はしっかりと認識できた。パンツスーツ姿のイリカさん。
「お待たせしました」
部屋の中の様子を確認しながら入ってきたイリカさんは、メグの顔を見ると「こんばんは、はじめまして」と軽くお辞儀。メグも「はじめまして」とお辞儀を返すが、座ったままなうえに、ぶっきらぼうな声と表情。もうビジネスマナー以前の問題のような気もするけど、大目に見よう。引きこもりだし。
「すいません、本当に、こんな遅い時間に」イリカさんは言いながら、バッグの中から名刺入れを取り出す。「王都放送、社会報道部のタカミヤイリカです。よろしくお願いします」
差し出された名刺を受け取るメグ。
「あ、どうも。マチダメグミ、です……」
「女性の方だったんですね。しかも、こんなに綺麗な方。もしかして、タレントさんとかモデルさんの方ですか?」
「いや、違う――違います」
メグが答えた。照れてるのか、オドオドし始めた。まぁ、ただでさえ引きこもりだから、しょうがないか。そういえば、僕以外の人間と喋ってるの見るの、高校卒業以来だ。
「メグは今はやりの引きこもり系で、だからこの時間でも大丈夫なんです」
「うるせーよ」
僕の助け舟を粉砕するメグ。場を和ませようとしただけなのに……。
「なんか物凄い情報を聞かせてもらえるみたいで」イリカさんは微笑みながら、今日の主題を口にした。大人の対応だ。「私みたいな下っ端で大丈夫?」
「はい、大丈夫、です」
丁寧語を意識するメグの姿勢を褒めたいとこだけど、下っ端の部分を肯定してるぞ、その返事。
「ふふ。それじゃあ、ごはんでも食べながら話そうか? 取材費ってことで、私が奢るよ」
テーブルの上に広がってるメニューを見ながらイリカさんが笑顔で言った。
「むぅー……」
僕の隣に座ってるイリカさんが、メグのスマートフォンを操作しながら唸った。
警察が隠してる情報についてメグが一通り説明したあと、今度は捜査報告書のデータを見てもらってる。注文した料理が五分くらい前に運ばれてきたけど、イリカさんは「先に食べてて」と言ったきり、ずっと捜査報告書のデータを読んでる。
「確かにすごいなぁ……。たぶん本当だよ、これ」
ようやく顔を上げたイリカさん。正面に座ってるメグにスマートフォンを返す。表情はどことなく厳しい。
「だすよね。もっと言ってや、ってくださいよ」
メグは箸でたこわさびを摘まみながら、得意気に僕を見た。丁寧語を噛んだうえに『だすよね』ってどこの田舎娘だ、とバカにしたくなったけど、イリカさんがいるので我慢。代わりに、正論で反論する。
「でも裏取らないと、どうしようも無いですよね?」
「もちろんそう。確かめなきゃいけないことだらけだし、報告書に載ってないことも調べなきゃだし。例えば、なんで警察が犯人を待ち伏せできたのかとか全然書いてないし」
今度は僕が得意気にメグを見る。
「でもよ、そういうの分かれば大スクープになるん、ですよね?」
丁寧語に苦戦しながら、メグが確認する。
「そこがね、凄く難しいかも」僕を見るイリカさん。「シロウ君が言ってた『扱いづらい情報』って、メグちゃんが違法に情報を手に入れたから扱いづらい、って意味でしょ?」
「はい、そうです」
「んー……たぶん、それ以上に扱いづらい、と思う」
「え? どういう……?」
「シロウ君、入社したてだからまだ感じてないかもしれないけど、たぶんね、私たちの業界って、警察とか行政とか、国の機関と結構仲いいんだ。まぁ、仲がいいのは上の人たちだけだと思うけど。だから、不利益になりそうなことって、お互いあんまりしないんだよ……。この情報、上の人たちが知ったら、報道どころか、取材させてもらえないかも」
「そんな……。だって、警察の不祥事とか、よく報道されてるじゃないですか」
「ああいうのはガス抜きとかトカゲのしっぽ切りなんじゃないかな、たぶん。大衆の不満が爆発しないように、もっと大っきな不祥事を隠すために……」
悲しそうなイリカさんの表情。
この表情、どこかで見た気が――
「じゃあ勝手に取材しちまえばいいじゃんか」
メグが丁寧語を諦めた。なんて奴だ。イリカさんは全然気にしない様子で話を続ける。
「んー……まぁ、勝手に取材するだけなら不可能じゃないけど、仕事を掛け持つことになって凄く大変だし、何より、報道してもらえないよ」
「ネットで勝手にやっちまえばいいんじゃねーの?」
「ネットで勝手に発信したとしても、世間に信じてもらえる可能性は低いし、もし世間に信じてもらえたとしても、たぶん警察は認めないよ、そんなの」
悲しそうな、イリカさんの、表情。
そうだ、思い出した。
電車の中で夢の話を訊いてたときの表情だ。
誰も助けてくれないって言ってた、イリカさんの表情。
誰も助けてくれないって、何だ?
誰にも助けてもらえない。
誰が?
イリカさんが?
「もしかしてイリカさん、そんな感じの経験あるんですか?」
考えが追いつく前に言葉が出てた。自分で自分の言葉を聞いて、ようやく自分の言葉の意味が分かった。
「そんな感じの、って?」
イリカさんに聞き返される。
「えと……なにか重大な不正を知ってしまって、それを会社で言ったら取材禁止になってしまって、諦めずにこっそりと取材して、ネット上で発信した、みたいな……」
悲しそうな表情が消えて、今度は困ったような表情で笑うイリカさん。
「そうだね……三年くらい勤めてれば、誰でもそんな感じの経験してると思うな、たぶん。本当はこうしたいのに、それとは違う方向に進まされちゃう、進まなきゃいけなくなる、みたいな感じ。まぁ、それも仕事のうちなんだけどね」
なんか、はぐらかされてる気がする。話したくないのかも。でも、ここは引き下がりたくない。
「イリカさんも、あるんですか? そういう経験」
「んー……そうだね、あるね」
「どういう感じのですか?」
「……少子対策法にね、良くない部分があるんじゃないかって言ったんだけど、うん、取り上げてもらえなかった」
「え? もしかして、今回の事件と関係あります?」
「ううん。私が言ったのは、少子対策法の養子のなかに過酷な生活をさせられてる人がいるんじゃないか、ってことだった」
「過酷な生活?」
「んー、まぁ、今回の事件とは全然関係無いから、また今度教えるよ」
「もしかして、俺いるから話せねーの?」メグが訊いた。
「違う違う、そうじゃないよ」
「じゃあ俺もその話聞きてーな。世間に知らせようとするくらいの問題なんだろ?」
「んー……」
イリカさんがテーブルの上の唐揚げを見つめながら逡巡する。いや、唐揚げを見てるわけじゃないんだろうけど。
「……そうだね。じゃあ話そうかな」
そのイリカさんの話は五分くらいで終わった。僕もメグも黙って聞いた。
少子対策法で養子になった子供たちのなかに、苛酷な教育を受けてる子供が多勢いる、という話だった。
寝る時間とか、食事する時間とか、お風呂入る時間とか、生活に必須なそういう時間以外、一日十四時間くらい勉強してる養子の子供たちがいる。そういう子たちは学校にも行かず、一日中家庭教師に勉強を教えられ、自由な時間が全く無い。
その事実を取材しようとディレクターやプロデューサーに相談したけど、何かと理由をつけられ、取り上げてもらえなかった。イリカさんは意地になって、業務をこなしながら一人で取材をしたけど、その成果は全く報道されなかった。
「でも、どうして国が圧力かけてるって思うんですか? 報道されたらマズイのって、養子の親ですよね?」
イリカさんに訊いた。
「取材してるときにね、難民救済法を制定するって話が出てきたんだけど……」
「……? それが――?」
全然予想してなかった単語が出てきた。
難民救済法。
この一週間、難民救済法について嫌というほど勉強してる。難民救済法の特集番組を作るのが、今の僕のメインの仕事だから。でも、イリカさんが何を言おうとしてるか、全く分からない。
難民救済法は、少子対策法を発展させたような法律。日本の少子化を抑えるために『未成年』の難民受け入れ人数を大幅に増やしたのが少子対策法なんだけど、思った以上に良い成果が出ていて、GDPは増加傾向にあるらしい。そこで、今度は思い切って『成人』の受け入れ人数も増やそう、っていうのが難民救済法。来月の国王生誕祭と同時に公布される。
んだけど、なんだ? 報道してもらえないのと関係あるのか?
初めて因数分解を教えてもらった出来の悪い中学生みたいな顔をしてたら、イリカさんが優しく微笑みながら説明し始める。こんな先生が居てくれたら、フェルマーの最終定理だって簡単に解けるはずだ。
「難民救済法のプレゼン資料にね、養子の人がたくさん載ってるの。こんなに多くの養子が一流企業に勤めたり、キャリア組として働いてますよ、って感じで」
「そんな資料あるんですか?」
「データ自体は政府のサイトにあるよ。ただ、そのデータが載ってるプレゼン資料は一般向けじゃなくて、大企業のお偉いさん方へのプレゼン資料。で、それ見て思ったんだけど、養子の人たちを奴隷みたいに勉強させてるのは、難民救済法を通しやすくするためなんじゃないかって」
「えーっと……つまり……」
やばい、頭こんがらかってきた……。何の話してるんだっけ? フェルマーの最終定理の話だっけ?
「国が率先して養子を奴隷みたいに勉強させて、エリートに仕立て上げて、お偉いさん方に難民救済法を支持してもらう材料にしてるってことだろ。んで、イリカさんの取材はその邪魔になるから潰されちまった、でいいか?」
「ありがとう」
メグの言葉に微笑むイリカさん。
「でもよー、国が率先してるって証拠あるのか? てか、なんで難民救済法そんなに通してーんだ、国は?」
「決定的な証拠は無いんだけど、状況証拠というか。私、養子の人を何十人か取材したんだけど、明らかに家庭教師を雇うお金を持ってなさそうな家が、一日中家庭教師を雇ってたりするの」
「国が援助してるってことですか?」
「直接はしてないと思う。お金の出どころは違うんじゃないかな」
「まぁ、確証は無いってことだな」
メグが言うと、イリカさんは黙って頷いた。
「で、あと、なんで国は難民救済法そんなに通したいんだ? 政治家に大きいメリットあるか?」
さらにメグが突っ込む。メグは気になったことを遠慮無くズケズケと言っちゃう性格だ。本人に悪気は無いんだけど。まぁ、その前に、敬語使わなくなった時点でアウトだ。あとでイリカさんに謝っとかないと……。
「私もそれ考えたんだけどね、もうここからは完全に私の想像になっちゃうんだけど……。労働意識を高めようとしてるんじゃないかなって思うんだ」
「高める?」メグが訊き返した。
「うん。私たちの国って豊かになったから、死に物狂いで競争する、みたいなハングリーさ少なくなってきてるでしょ? 特に若い世代。贅沢な暮らしはできなくても、最低限の生活ができて、家族がいて、友達がいて、時々楽しいことがあって、そんなふうに生きていければ満足って。そういう人たちって、仕事してても、言われたことするだけで、新しいものを生み出そうなんて全然考えない。それって長い目で見ると、結構危険なことだと思うの。だから、低賃金でもバリバリ働いちゃうようなハングリーな人、難民の人たちを増やして、のんびりしてたら自分の仕事取られちゃう、みたいな環境を作って、国民のやる気を底上げしようとしてるんじゃないのかな、って思う」
イリカさんの説明は、まぁ、分からないでもない。分からないでもない、んだけど――
「国が本気でそんなこと考えてたら、救いの無いアホだぞ」
メグが言った。メグは頬杖をつきながらイリカさんを見つめてる。いや、見つめてるっていうよりも、あれは、睨んでるな。どこまで無礼を働けば気が済むんだ、幼なじみよ。
「てか、あんた、なんか隠してねーか?」
……メグさん……どちらへ行こうというのですか……?
「……ごめんね、全部私の想像だから、見当違いなこと言ってるかもしれないね。でも、少子対策法の養子の人たちが辛い生活をしてるっていうのは本当だから……。それは、信じて欲しい」
伏し目がちのイリカさん。
メグは頬杖をついたままイリカさんを睨み続ける。
とてつもなく気まずい沈黙。
メグは五秒くらい目を閉じて、ようやくイリカさんから目を離した。
「……タバコ吸ってもいい、ですか?」
メグが青い手提げバッグを取りながら言った。丁寧語が戻ってる。自分の無礼さに気付いたのを褒めてやりたいけど、タバコを吸おうとする時点でアウトだ。ていうか、今日のメグは全部アウトだ。
「うん、大丈夫」
微笑むイリカさん。
雰囲気は回復しつつある。良かった……。
メグがタバコを一本振り取って咥えて、火を付ける。顔を左下に向けて煙を吐き、そのまま地面を見ながら、タバコを持ってる手で頭をポリポリ掻く。
「…いや、悪い。言い過ぎた」
メグが謝った。メグが謝った! 僕にも謝ったことないのに!
ほんと、今日のメグは一体なんなんだ……。てか、もう敬語無くなってるし。
「で。結局、捜査報告書のやつは取材はしない方がいいってことか?」
テーブルの端にある灰皿を取りながら、メグが言った。
「んー……本人次第って結論になっちゃうな……」イリカさんが僕を見る。「たぶん、メグちゃんが違法に情報を入手したことは、そんなに気にしなくていいと思う。国家機密ってわけじゃないし、綿密な取材の結果、こんな事実が分かっちゃいましたって言えば、たぶん大丈夫。ただ、当然その取材、記者チームに投げられないから、自分で、休み返上でしなきゃいけなくなるけど」
「しかも、取材した内容が全部無駄になるかもしれねー、って条件付きだな」
メグも僕を見る。テーブルに両ヒジをつきながらタバコを吸ってるので、とても行儀が悪い。……って、今はそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
「……やっぱり物凄い大変ですか? 一人で取材するの」
イリカさんに訊いた。
「大変だよー。休みないし、寝る暇無いし、仕事量二倍だし。なにより、何一つ報われないっていうの、厳しかったなぁ」
イリカさんは困ったように笑いながら、唐揚げを一つ摘まんで頬張る。
「どうすんだ、シロウ?」
メグは灰皿にタバコの灰を落とす。灰が灰皿の中へ落ちてく。
灰が灰皿に着いた瞬間、反射的に言葉が出た。
「やる。取材する。ほっとけないし」
僕の返事を聞くと、メグはニッと笑いながら椅子に深く座り直し、タバコを深く吸い込む。
「ほんとに大変だよー」
唐揚げをモグモグしながら言ったイリカさんも、心なしか笑ってるように見える。
「うん」唐揚げを飲み込んだイリカさん。「じゃあ、私も手伝うよ」笑顔のイリカさん。
「ガフッ! ゴホッ! ゲヘッ!」
急にメグが咳き込んだ。なんだ? 煙にむせたのか?
「だいじょぶ?」僕が訊く。
「ゲフッ! だいじょぶ、ゴホ」涙目で返事するメグ。しばらくゴホゴホしたあと、僕に向かって開口一番「俺も、手伝ってやる」
「手伝うって……ハッキング?」
「しねーよ。大丈夫」
「んー……でもメグ夜型だし――」
「じゃあ昼型になってやるよ」
気持ちはとてもありがたい。だけど……
「メグもイリカさんも、大丈夫です。これ、自分のわがままみたいなもんですし、手伝ってもらっても大したお礼もできませんし、意味無い取材になっちゃうかもしれないし……」
「そんなの私もメグちゃんも分かってるよ」イリカさんが笑う。「三人でやれば、たぶんそこまできつくないんじゃないかな」
「イリカさんの言う通り」メグが体を前へ出す。「警察の悪事、とっちめてやろうぜ」
ハッキングしたお前が言うな!
「うん、ありがとう」
次の日から、メグが違法に手に入れた捜査報告書のデータが本当かどうかを確認する作業を始めた。
僕とイリカさんは働いてるから、昼間の取材の大部分はどうしてもメグに頼るしかない。メグは快く引き受けてくれたけど、四年くらい引きこもり生活してて、しかもあんまりコミュニケーションが得意じゃないメグに、いきなり取材、というか、調査させてしまうことになってしまった。
一応『嫌になったらすぐ言って』と伝えてはいるけど、メグは一度言ったら最後までやるタイプだから、けっこう心配。ちょくちょく電話して様子を聞かないと。
僕とイリカさんは仕事が終わったあと、過去の捜査資料とか警察の発表を調べたり、ネット上で情報を集めることにした。休みの日は外で取材。
僕の普段の仕事は取材じゃなくて、取材で集まった情報を整理して番組にすることだから、取材したことは一度もなかった。イリカさんは二年前に一人で取材してるから、どんなふうに取材すればいいのか、というアドバイスをメグと一緒に受けた。
あとは習うより慣れろ作戦。当たって砕けろとも言う。
まずは、四件目の事件のとき、本当に警察が犯人を待ち伏せてたのかについて調べた。
まぁ、このくらいなら簡単に調べられるだろうな、って思ってた。だけどその思いは、取材を始めて半日で粉々になって、その粉から、記者チームって凄いんだな、っていう敬いの念が完成して後光が射した。
現場周辺を歩いてる人たちに声をかけても、基本無視。時々立ち止まってくれる人もいるんだけど、不審者を見る視線をほとばしらせながら、知っててもあんたになんか教えないよ、的な態度を僕に浴びせかける。時々、友好的に話してくれる人もいるけど、そういう人は間違いなくただの話好きで、自分が喋りたいことを思う存分喋るだけだった。たぶん、僕の言葉を連想ゲームのお題かなんかと勘違いしてるんだと思う。
「すいません、今お時間よろしいでしょうか? 私、王都放送の者なのですが――」
トイプードルを散歩させてるおばさんに話しかけた。
トイプードルは僕の足をクンクン。全力で撫で回したくなったけど、我慢。おばさんの手にはウンチ袋。犬の散歩してるんだし、きっとこの辺に住んでる人だろう。
「王都放送? あらやだ、いつも見てるわよ」
笑顔のおばさん。少し安心する僕。
「ありがとうございます。実はですね、先日起きた殺人事件について取材しているんですが――」
「怖いわよねぇ、まさかこんな近くで起きるなんて、ほんともう夜は外に出れないわね、高三の息子が塾から帰ってくるのが夜なのよぉ、もうあんたほんと気を付けなさいよ、って言ってあるんだけど」
「そうですか、大変ですね……。それでですね、その事件のあった日のことをお聞きしたいと――」
「事件のあった日はねぇ、何してたかしら、タナカさんと一緒にパスタを食べに行ったんだけど、おいしいイタリアンのお店があるっていうから、ほらあそこ、中目黒の近くにあるんだけど、なんていったかしら」
「あ、すいません、事件が起きたあたりの時間のことをお聞きしたいのですが――」
「そんな時間もう寝ちゃってるわよ、次の日も朝早いし、主人も息子も全然家事手伝ってくれないから全部私がしなきゃいけないのよ、ほんと、大変なんだから家事って、男は家事を軽く考えすぎなのよ、あなただってね――」
そんな感じで、僕を説教し始めて五分、おばさんとトイプードルは活き活きと目を輝かせながら去っていった。その姿を見つめる僕の目は、涙で濡れてたかもしれない。
メグ、だいじょぶかな……。
取材の大変さを存分に味わいながら、メグとイリカさんの協力もあって、情報が少しずつ集まった。
四件目の事件のとき、現場に来た救急車は少なくとも二台はあったみたいだし、そのうちの一台で運ばれてったのは、頭に包帯を巻いたスーツの男だったらしい。
メグが持ってる捜査報告書には、警官が頭部を六針縫った、みたいなことが書いてあるから、あの捜査報告書は本当に本物なんだ、って実感。
警察が待ち伏せしてたことについても、少しずつ情報が集まった。
現場近くのアパートに住んでる人の話で、事件の一週間くらい前、急に誰かが隣に引っ越してきたんだけど、事件の翌日からは誰もいなくなった、みたいな話をしてくれた。引っ越してきた人は一人じゃなくて、三人くらい、しかも全員男だったから不審に思って、事件後、警察に連絡したらしい。
この情報、犯人グループだった可能性も確かにあるけど、たぶんそうじゃなくて、警察が見張り部屋として使ってたんだろうな。
それにしても警察、事件当日だけじゃなくて、一週間も前から待ち伏せてたのか。ほんと、どうやって犯行現場を予想したんだろう?
……まぁ、それが説明できなくても、メグの捜査報告書に書いてあることが本当だって分かればとりあえずオーケーなんだから、裏が取れるまで頑張ろう。
イリカさんが仕事で、僕が休みの日。
夜の十時くらいまで現場周辺を取材してたら、イリカさんから電話が掛かってきた。朝からずっと歩きっぱなしでヘトヘトだったけど、栄養ドリンクをジョッキ飲みしたみたいに元気になった。
「はい、ツクモトです」
「タカミヤです。おつかれさまー」
「お疲れ様です」
「今大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「まだ外いるの?」
「はい。あ、でも、そろそろ帰ると思いますけど……」
「お、そっかー、丁度いいな。ご飯一緒に食べない? 夕飯食べ損ねちゃって」
うおおおぉぉぉ! なんというご褒美!
「実は僕も食べてないんですよ。今からですか?」
「シロウ君がだいじょぶなら」
「はい、大丈夫です。どこで食べます?」
「私の家の近くにおいしいお店があるんだけど、どう?」
家……イリカさんの……
はっ!
落ち着けっ!
危ない危ない……期待と未来がごちゃ混ぜになってた……。僕とイリカさんは夕飯を食べに行くだけ。そう、ただの栄養補給だ。
「ぜひ連れてってください」
ん? なんだ今の返事? 普通に言ったつもりなのに、なんでこんな変態っぽく聞こえるんだ? いや、きっと勘違いだ。うん、普通の返事だ。僕の頭がおかしいだけだ。
「なんか今の返事、変態っぽいね」
イリカさんの笑い声が、僕の鼓膜を刺激した。
それから三十分後、イリカさんちの最寄り駅で合流。僕が着いたときには、イリカさんは改札の外にいて、僕を見つけると、胸の前で手をヒラヒラさせながら笑顔。僕はスイカで滑らかに改札から脱出。
「お待たせしました」
「おつかれさん。じゃ、行こっか」
イリカさんの隣を歩く。
こんなふうに並んで歩くの、二回目か。んー、なんかいいなぁ。何がいいのか分かんないけど、いいなぁ。ただ並んで歩いてるだけなんだけどなぁ。
周りには、あんまり人はいない。ここには初めて来たけど、閑静な住宅街って感じなのかな。
お、なんか一回目のときに比べて、だいぶ落ち着いてるぞ、僕。成長したんだな、ジェントルマンとして。
「お店行く前に、少し寄り道してもいい?」
駅から外に出ると、イリカさんが話しかけてきた。
「はい大丈夫です。どこ行くんですか?」
「公園に、ちょっと寄ろうかなって」
イリカさんがこっちをチラッと見た。長いまつ毛が上下に動く。
「公園……何か用事ですか?」
「……ちょっとシロウ君に話したいことあって」
頭のてっぺんが急に熱くなる。
動揺と興奮と不安と妄想が、血圧を極限まで高めたらしい。心臓のリズムと一緒に、体が動いてるんじゃないかと思うくらいの脈動。
「……はい、え、近いんですか? 公園」
「んー、十分くらいかな」
イリカさんの言葉通り、十分後には公園に着いた。
誰もいない公園。常夜灯がポツリポツリとあるだけだから、ほとんど真っ暗。車のエンジン音もクラクションも、誰かの話し声も笑い声も聞こえない。秋の虫の声と、風が木を揺らす音がよく聞こえる。
イリカさんは、常夜灯に照らされてるブランコに向かって歩いてく。僕もそれについてく。
ブランコに着くと、イリカさんはブランコに座って、少し体を揺らしながら地面を見始めた。
しばらく待ったけど、イリカさんはずっと下を向いたままだった。
「……話って――」
僕が喋り始めると、突然、暗闇の中から犬の鳴き声がした。警戒心むき出しの鳴き声。イリカさんと顔を見合わせる。
野良犬かもしれないので、イリカさんにジェスチャーして、そっとこの場を立ち去ろうとした。そしたら今度は、子供の声みたいなのが聞こえてきた。しかも、犬の鳴き声が聞こえた方向から。もしかしたら子供が危ない目に遭ってるかもと思い、犬の鳴き声が聞こえた方へ向かう。イリカさんも後ろからついて来る。
犬の鳴き声が聞こえてきた場所には林があって、しかも常夜灯が無いから、暗闇しか見えない。空を見上げると、真ん丸の月だった。月明かりがとても明るい分、林の中の黒さが際立ってる。ちょっと怖くなるくらい。スマートフォンのライトを使いながら、林の中をゆっくり進む。
少し歩くと、先の方に開けた場所があった。月明かりがたくさん射し込んでて、とても明るい。
開けた場所の真ん中に何かある。噴水、かな? 水の音は聞こえないけど。
その噴水の中央には石像みたいなのがある。人型の石像かな。何か持ってるみたいな形だけど、よく分からない。
噴水に近付くと、犬の唸り声が聞こえてきた。ゆっくりと噴水の反対側へ回る。
反対側には、犬に抱き付きながら縮こまってる子供がいた。犬は中型犬くらいで、僕を見ながら唸ってる。子供は、犬の背中に顔をうずめてる。子供と犬を驚かさないように、できるだけ優しく、静かに話しかける。
「こんばんは」
子供が僕をちらりと見る。髪が長いし、女の子かな。
「見つかってしまいました……わん太郎のせいですよ」
女の子は顔を上げ、犬の頭をぺしぺし叩く。そんなの全然気にせずに、犬は唸り続けてる。
「こんばんは」僕が、もう一度あいさつ。
「こんばんは」女の子があいさつ。
「君の犬?」
「違います」
「そっか……。わん太郎っていうの?」
「そうです。友達です」
わん太郎の頭を撫でる女の子。わん太郎はまだ唸ってる。わん太郎に近付く僕。
「シロウ君、大丈夫?」後ろからイリカさんの声。
「犬、好きなんですよ」わん太郎を見ながら答えた。
ゆっくりしゃがんで、さらにわん太郎に近付く。僕の鼻を、わん太郎の鼻先に近付ける。あと三センチ進めば、鼻がくっつくくらいまで近付いた。
しばらくすると、わん太郎の唸り声が止まって、僕の匂いを嗅ぎ始めた。もう大丈夫だな。わん太郎が僕の顔を一回なめる。僕はゆっくりと手を上げて、わん太郎の頭を撫でた。わん太郎の毛はベタベタで、目ヤニもたくさん溜まってる。首輪も付けてないし、見るからに雑種。間違いなく野良犬だろうな……。
「家はどこ? 送ってくよ」わん太郎を撫でながら、女の子に言った。
「お気遣いなく」
「……帰りたくないの?」
目を伏せて黙り込む女の子。家出かな。んー、どうしたもんか……。
小学校低学年くらいの女の子を、こんな夜遅く、真っ暗で誰もいない場所に残してけるはずがない。かと言って、警察に任せちゃうのも、なんか嫌だな……。
「じゃあ、私たちと一緒にご飯でも食べない? 近くにおいしいお店あるんだ」
後ろからイリカさんの声。顔を見なくても笑顔だって分かるくらいの優しい声。
女の子は、わん太郎に抱き付いたまま、イリカさんを見上げる。
「ご馳走して頂けるのですか?」
「もちろん」イリカさんが答える。
「わん太郎もいいですか?」
「わん、太郎は……どうしようかな……」
イリカさんの声がだんだん小さくなってった。
ほんとにどうしよう、わん太郎……。僕のアパート、ペット禁止だし、預かってくれそうな知り合い、近くにいないし……メグ、犬嫌いなんだよな……。一時保護してくれるような団体も、探せばあるんだろうけど、こんな時間だし……。
そんなふうに考えてたら、急にわん太郎が唸り始めた。
ごめんよ、わん太郎、そんなに怒るなよ……と思いながらわん太郎を見ると、わん太郎は噴水の向こう側を見てた。僕もそっちを見る。
暗くて見えないけど、林の中から足音が聞こえる。
しばらくすると、スーツ姿の男の人が現れた。
男の人は、そのまま噴水に近づいてくる。
「失礼致します。女の子を探しているのですが……」
男の人の言葉は明らかに、わん太郎にしがみ付いてる女の子に向けられてるけど、女の子は振り向きもしない。
「サアラ様」
サアラサマ? ああ、サアラ様か。珍しい名前だな。お金持ちの子供かな。様付けだし。あの男の人は使用人かな。
そんなこと考えてるあいだも、サアラちゃんは男の人に背中を向け続けてる。しばらくすると、男の人が僕らの方へ近づいて来たけど、イリカさんの手前まで来ると、わん太郎がけたたましく吠え始めてしまった。僕がなだめても効果無し。サアラちゃんは、ずっと下を向いてる。
男の人は立ち止まって、落ち着いた様子で僕とサアラちゃんとわん太郎を見下ろした。
「その犬は病気を持っているかもしれません。そうでなくとも、サアラ様の召し物が汚れてしまいます。どうか、私と一緒に御自宅へお戻り下さい」
「わん太郎は友達です。わん太郎と一緒に帰ります」
「犬を飼われると仰るのであれば、ヨシヒロ様はもっと素敵な犬を御用意下さるはずです」
「飼うのではなく、友達です」
サアラちゃんが男の人を睨み付ける。
男の人は目を瞑ると、鼻から少しだけ息を漏らした。
「将来、サアラ様には、サアラ様に相応しい方々と御親交を深めて頂かなければなりません。現在、サアラ様はその準備をなさっているのです。現在のサアラ様は極めて多感な時期に御座います。汚れた物質、汚れた空気、汚れた思想から悪影響をお受けになる可能性が高い。どうか御理解下さい。その犬は汚れきっています。その犬の毛はどうですか? サアラ様の髪と同じ触り心地ですか? 匂いはどうですか? 快い匂いですか? 今、その犬は私を攻撃しようとしています。私は攻撃する意思など微塵も持っていないにも関わらず、です。その犬は全てが汚れています」
男の人は淡々と、だけど一切の反論を許さないという感じで、一気にサアラちゃんに言葉を押し付けた。男の人を睨み付けてたサアラちゃんは、途中からまた俯いてしまった。
「この国には保健所という機関があります。主に衛生面の管理を行う公的な機関です。保健所が管轄する公務のひとつに、動物の殺処分があります。何故だかお分かりになりますか? そうしなければ、国民の害悪になるからです。その犬も、今この瞬間に私を攻撃し、私に怪我を負わせるかもしれません」
「……わん太郎は……殺されるのですか?」
「……殺処分は、誉められた解決方法ではありません。しかし、効率的です。ですから国は、つまり私達国民は、その方法を採用しています」
「殺されるのですか?」
「はい」
「……嫌です」サアラちゃんが首を横に振る。
「心苦しいですが、サアラ様のお考えで変更できる事柄ではありません」
「嫌です」首を振りながら、わん太郎にしがみ付くサアラちゃん。
「……」
「嫌です……」首の動きがだんだん遅くなる。声も小さくなる。
首が動かなくなると、サアラちゃんの肩が震えてるのが分かった。
もうだいぶ前から我慢してたけど、ここで僕の許容量をオーバー。
「サアラちゃん、今日はもう帰りな。わん太郎の面倒は僕が見るよ」
僕が話しかけると、サアラちゃんはゆっくり顔を上げた。顔はくしゃくしゃ。涙が何筋もほっぺたを滑ってく。鼻水もだらだら。
「ほ……ほけん……じょ――」
「連れてかないよ。大丈夫。僕ももうわん太郎の友達だから。友達に酷いことはしない」
「ほんとう……ですか……?」
「もちろん。そうだ、じゃあ、僕の連絡先教えるから、あとで僕に連絡ちょうだい。わん太郎の様子、教えるから」
言いながら、ポケットから名刺入れを取り出す。そしたら、男の人の声が降ってきた。
「大変申し訳ありませんが、保護者の承諾無しにサアラと連絡をお取りになることはお控え頂けないでしょうか?」
そう言われたので、僕は立ち上がって男の人の前に移動し、話しかける。
「確かに仰る通りです。大変失礼致しました。それでは、連絡先はあなたにお預け致しますので、彼女が私に連絡を取りたいと言った際には、どうか連絡を取らせてあげてください。彼女が未成年者だと言っても、その権利まで制限してしまうのは、あってはならないことだと思います。よろしくお願いします」
頭を下げた。ピシッと四十五度。それから名刺を一枚取り出して、男の人に差し出す。
「王都放送、社会報道部のツクモトシロウです」男の人は黙って名刺を受け取って、胸ポケットの中に入れた。「まだ御返事を頂けていないのですが、ご了承頂けたのでしょうか?」
「私は使用人に過ぎません。最終的な判断はサアラの親が決めることですので、お答え致し兼ねます。申し訳ありません」
男の人が丁寧に頭を下げる。
「分かりました」
僕は返事をして、サアラちゃんとわん太郎の方へ振り返る。サアラちゃんとわん太郎に近付いて、しゃがむ。
「そういうことだから、もし僕に連絡したくなったら、ご両親に頼んでみて。一生懸命お願いすれば、きっと許してもらえる」
サアラちゃんが頷く。
「それとね、言っておきたいことがあるんだけど……」まだ少し唸ってるわん太郎の頭を撫でる。「わん太郎がこんなに汚れちゃったのは人間のせいだ。めんどくさいから、負担になるから、楽しみたいから、綺麗でいたいから、わん太郎を捨てたり放っておいたり虐めたり殺したりする。覚えといて。綺麗な人ほど、何かに汚れを押し付けてるかもしれない」
男の人が何か言ってくるかと思ったけど、わん太郎の唸り声と虫の声しか聞こえてこなかった。
サアラちゃんと男の人が一緒に帰ってく後ろ姿を、僕とイリカさんとわん太郎がブランコの前で見送る。常夜灯の白い光に照らされて、わん太郎が寂しそうに見える。
「すいません、夕飯まだなのに……」イリカさんに話しかけた。
「夕飯はまた今度だね」イリカさんの笑顔。「わん太郎、どうしようっかー」しゃがんで、わん太郎の頭を撫でる。「どこか連れてけそうな場所ありそう?」
答えに困ってしまう。はっきり言って無い。後先考えないで、怒りで行動してしまった。少し落ち着いたから、なおさらそれが分かる。僕は、あの男の人が言ってることが気に入らなかった。わん太郎を救おうとか、サアラちゃんの笑顔が見たいとか、そういう気持ちで行動したわけじゃない。自己嫌悪が膨れ上がる。
「だいじょぶです、心当たりあります。ちょっと、そこ電話してみますんで、イリカさんは先帰っててください。夕飯、ほんとすいませんでした」
「嘘でしょ」イリカさんの笑顔。
「……」
「ん、私の知り合いにね、わん太郎預かってくれそうな人いるから、ちょっと待ってて」
イリカさんは立ち上がって、バックから携帯電話を取り出した。携帯電話を操作する親指が二、三度動く。
「……すいません」
僕の言葉を聞くと、携帯電話を耳に当てたイリカさんが笑顔で頷いた。
「……もしもし……ごめん、寝てた? ……うん、お疲れさま。あのね、ちょっとお願いしたいことあって……んとね、犬をね、一匹預かってほしいんだけど……んー、今から行こうと思うんだけど……うん……うん、大丈夫……大丈夫……ごめんね、ほんとありがとう……うん、じゃあ今から行くから……うん、ありがとう」
イリカさんが電話を切る。
「本当にすいません……僕が言い出したことなのに……」
「ううん、シロウ君が言わなくても、たぶん私も同じことしてたと思うし」
「その、知り合いの方ってどこにいるんですか? 僕、わん太郎送ってきます」
「いや、んーとね……道分かりづらいし、大丈夫、私が送ってくよ」
「道ならケータイのナビありますし、だいじょぶですよ。それに、こんな夜遅くに女性一人は絶対危ないです」
「んー……実はね、その、けっこう遠いんだ、そこまで」
「どこらへんですか?」
「……山梨」
「え?」
「山梨県」
意外過ぎて、もう一度聞き返しそうになった。山梨県? 遠いというレベルじゃない気が……。
「どう、やって、行くんですか? この時間じゃ、電車もバスも……わん太郎もいますし」
「私、車持ってるんだ」
「え? そうなんですか?」じゃあ大丈……夫じゃない。「でもイリカさん、明日も仕事じゃないですか」
「だいじょぶだいじょぶ。けっこうタフだから」イリカさんが笑う。
「片道何時間くらいですか?」
「今の時間なら、二時間くらいかな、とばせば」
2
ドアをノックする右手が一瞬躊躇した。この部屋に入る時はいつもこうだ。無意識に体が拒否する。
ドアを二回叩く。
「失礼致します」
いつも通り、返事は無い。
五秒ほど待ってからドアを開けた。
「失礼致します」
同じ言葉を繰り返しながら部屋に入る。
真正面の机に父がいる。机はこちらを向いているが、いつも通り、父が私を見ることはない。
机の前にある応接ソファーの横まで進み、父に話しかける。
「ただいま戻りました」
「あぁ」
父は、PCのディスプレイを見ながら、無表情で、ほとんど聞き取れない大きさの声で応えた。
「怪我の回復が思わしくないため、一週間ほど休暇を頂きました。療養中は、こちらで過ごさせて頂きたいと考えております。よろしいでしょうか?」
「勝手にしろ」
「……有難うございます。失礼致しました」
頭を下げ、即座に部屋を出る。早く部屋から出ていけ、という父の声が聞こえてきそうだった。
ドアを閉め、少し多めに息を吐いた。
自分の部屋へ戻る途中、後ろから足音が聞こえてきた。走ってくる足音。この家の住人で、廊下を走るのは一人だけだ。
後ろを振り向く。
「お兄様!」
廊下を曲がって現れたサアラが、こちらへ走って来る。満面の笑みだ。そのまま私の足にしがみ付いた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。元気だった?」
サアラの頭を撫でながら言うと、サアラは足にしがみ付いたまま顔を上げる。
「はい。元気で過ごしておりました」
「そうか。良かった」
言いながらサアラの顔を見る。目が少し赤い。まつ毛も濡れているようだ。
「泣いた?」
私が訊くと、サアラは僅かに表情をこわばらせて俯き、しがみ付く力を強くした。
そのままサアラの頭を撫でていると、ヒラタさんが廊下を曲がって現れた。
「お帰りなさいませ」ヒラタさんが頭を下げる。
「ただいま。サアラ、どうしたんですか?」
「どう、と仰いますと?」
「いや、なんだか泣いたようで」
「はい……実は先程、家を抜け出されまして、少々強く指導させて頂きました。私の不行き届きでもあります。申し訳ありません」再びヒラタさんが頭を下げる。
「そうでしたか……」
サアラは俯いたまま、ずっと私の足にしがみ付いている。動く様子がないので、話しかける。
「勉強、イヤになった?」
「……また、お兄様と遊びたいです」
「そうだね、サアラはもっと遊んだほうがいいと思う」
「では是非ご一緒に遊んでください!」サアラが勢いよく顔を上げた。とても寂しそうな表情だ。
「……ヒラタさん、少しだけでも、空いた時間作れないでしょうか?」
「申し訳ありませんが、私にそのような裁量は与えられておりません。ヨシヒロ様の御決定がなければ、どうすることもできません」
「そうですよね……」
ヒラタさんの立場は充分に理解している。それにも関わらずヒラタさんにお願いしてしまったのは、私の弱さだ。父への畏怖が原因の、私の弱さ。そんな自分を感じる度に、情けなくなる。
「よし、じゃあ、お父様に頼んでくる」
サアラの頭をポンポンと叩きながら言うと、サアラの表情が一気に明るくなった。
「本当ですか? では、わん太郎も一緒にお願いします!」
「ん? わんたろー?」
「はい、友達です!」
サアラが『友達』という言葉を使うのは、とても意外で、新鮮だった。同時に、とても嬉しくなった。
「友達できたの?」
「はい、先ほど公園で友達になりました」とても嬉しそうにサアラが話す。
「そうか、良かったね」自分が破顔しているのが分かる。「わんたろー、って名前なの?」
「そうです」
「アキヒロ様」ヒラタさんが会話を遮る。「わん太郎というのは、犬で御座います」
「いぬ? いぬって、え、あのワンって鳴く?」
「はい。野良犬で御座います」
「犬と友達になったの?」
サアラに訊くと、サアラは笑顔で頷いた。
「それで、えっと、その、わん太郎を飼うの?」
「友達に対して、飼うという言葉は失礼です」サアラが怒った。
「あ、ごめん」
ヒラタさんは、私とサアラのやり取りに干渉せず、胸ポケットから名刺のようなものを取り出した。
「この方が引き取ってくださいました」
ヒラタさんから名刺を受け取る。
「へぇ、王都放送……。この人が飼――じゃなくて、わん太郎と一緒に暮らしてくれるんだ?」
「はい」サアラが笑顔で答えた。
「いえ」ヒラタさんが淡々と否定した。「その方は、そこまでの断言をしておりません。その方へ連絡すれば、犬の状況を教えてくださるとのことです」
「なるほど」
「……ひとつ、アキヒロ様に相談したいことが御座います」
驚いた。
ヒラタさんが使用人になってから七年間、相談されたことなど一度も無い。誰かに頼る、という人物ではないのだ。先程サアラが言った『友達』という言葉もそうだが、今日は驚くことが多い。二人に何かあったのだろうか?
ヒラタさんが淡々と言葉を続ける。
「サアラ様が王都放送の方と連絡をお取りになるためには、ヨシヒロ様の御許可を頂かなければなりません。しかし、アキヒロ様なら御理解頂けると思いますが、ヨシヒロ様の御許可を頂けない可能性が高い」
ヒラタさんの言葉に、サアラの表情が曇る。
「……そうですね」
「そこで、ヨシヒロ様の御許可が頂けない場合の相談をさせてください」
「はい、もちろん。協力できることがあれば何でもします」
「有難う御座います」ヒラタさんが深々と頭を下げる。「使用人に過ぎない私の立場をわきまえない発言、どうかお許し下さい」
「いや、そんな、頭を上げてください。相談って、どんなことですか?」
「はい……」ヒラタさんがゆっくりと姿勢を戻す。「ヨシヒロ様に御許可頂けなかった場合、王都放送の方へ御連絡して頂けないでしょうか?」
「えっと、わん太郎の状況を訊けばいいのですか?」
「お願いできますでしょうか? その状況を私にお伝え下されば、サアラ様にも伝えることができます。勿論、御負担になるようでしたら、直ちにおやめ下さい」
「分かりました。ぜひ協力させてください」
「有難う御座います。感謝の仕様がありません」再び深々と頭を下げる。
「……それじゃあ、お父様に話してきます。サアラはもう寝な」サアラの頭をポンポンと叩く。
「はい」サアラが元気良く返事をした。
父に直訴するのは二年ぶりだ。二年前の直訴も、サアラに関することだった。今回も、ほんの少しでいいから認めてもらえるだろうか。
右手に、いつもより力を込めて、ドアをノックした。
先程と全く同じように部屋に入り、机の前にある応接ソファーの横に立った。相変わらずPCのディスプレイを見続けている父に話しかける。
「今、サアラと会いました。家を抜け出したそうですね」
父の様子に変化は無い。そのまま話を続ける。
「やはり、八歳の子供に、あの勉強量は過負荷だと思います。いえ、大人でも、あのような勉強量は耐えられないでしょう。私の頃よりも多くなっているのではないですか?」
父は何も応えない。
「二年前よりも、その気持ちは大きくなっています。再びお願い申し上げます。どうか、サアラに自由な時間を与えてやって下さい。このままではサアラが壊れてしまうかもしれません」
何も応えない。
「……サアラに友達ができたそうです、家を抜け出した時に。あんなに嬉しそうに自分のことを話しているサアラを初めて見ました。どのような友達か御存知ですか? 犬です。野良犬です。サアラにとって、犬は友達なのです。優しい子供、と言えば聞こえは良いですが、野良犬を友達にしなければならないサアラの精神状態に目を向けるべきです。これは非常に大きな問題です」
何も。
「……その犬ですが、今、王都放送の方が保護なさっているそうです。サアラは、その方と連絡を取りたがっています。友達の様子を知りたがっています。どうか、サアラがその方に連絡を取ることを許可して下さらないでしょうか?」
「……」
「御返事頂けないのであれば、私の独断で許可を出させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
「お前はこの家の人間ではない」
「お父様の息子です」
「笑わせるな。親の言うことひとつ聞けない奴が。言うことが済んだら、さっさと出ていけ」
「許可は頂けるのでしょうか?」
「勝手にしろ。勉強時間は減らさん」
「有難う御座います」
深く一礼してから、足早に部屋を出た。
サアラの勉強時間を減らすことはできなかった。しかし、サアラが王都放送の人と連絡を取る許可をもらえた。許可をもらえない可能性のほうが大きいと考えていたが、説得が効いたのか。もしかしたら父も、心のどこかでは、今のサアラの状況を良くないと思っているのかもしれない。
明日からは休みだ。念のため、明日はまず私が王都放送の人に連絡しておこう。
携帯電話に連絡先を登録するため、ポケットから携帯電話と名刺を取り出した。その瞬間、携帯電話が震える。職場から着信だ。
まだ0時ではない。休日ではない。0時まではきっちり働けということか。
頭の傷も治っていないのだが……。
少し多めに息を吸い込み、電話に出る。
「はい、リュウガイです」
3
とばすって、こういうことを言うんだ。
スピードメーターの針が百五十のトコまで行くのは見てたんだけど、それ以降は怖くて見てない。高速に乗ってから一台もこの車を追い抜いてないし、前を走ってる車にみるみる追いついて、そのままあっという間に視界から消えてく。
僕は後部座席でわん太郎のお守りをしてる。わん太郎を車に乗せた直後は、押さえてないと動き回って大変だったけど、今は大人しくしてくれてる。自分が置かれてる立場を悟ったんだろう。そうさ、わん太郎。僕と君の命は今イリカさんに握られてるんだ。お互い仲良くしようじゃないか。
急に速度が遅くなる。イリカさんがブレーキを踏んでるみたいだ。どうしたんですか、と訊こうとしたら、すぐに理由が分かった。前にオービスがあった。オービスの真下を通り過ぎた瞬間、再び一気に加速。
外は真っ暗。しかもこのスピードだし、オービスの場所を覚えてないと急ブレーキになっちゃう気が……。
「オービス、覚えてるんですか?」後ろからイリカさんに話しかけた。
「うん、この高速けっこう使うんだ」
なるほど、だからこんなスピード出せるのか、って、いやいやいやいや、オービスの場所を覚えてても、こんなスピードは出せない。というか、出したくないです、はい。
「今から行くトコ、よく行くんですか?」
「うん」
「親戚とか友達の方ですか?」
「んー、まぁそんな感じかな。児童養護施設なんだ」
「えっと、身寄りのない子を育てる感じですか?」
「うん。あと、虐待された子とか」
「そうですか……。知り合いの方は、その施設の職員さんですか?」
「職員というか、経営者かな」
「親戚の方ですか?」
「友達だよ」
友達……。片道二時間以上かけて、よく会いに行く友達って――
「彼氏さんですか?」
「違うよー。女の子だよ」
よかった……と安心してたら、イリカさんのほっぺたが動いた。笑ってるみたいだ。
「シロウ君って本当に素直だよね」
「そう、なんですか?」
「うん、そうだと思う」まだ笑ってるみたいなイリカさん。「メグちゃんって可愛いよね?」
ん? なんで急にメグが出てきたんだ?
「そうですね、まぁ、可愛いというか、綺麗というか」
「私って可愛い?」
「え?」
なんだなんだなんだなんなんだ? 僕なにか試されてるのか? そういえば公園でイリカさん僕に何を話そうとしてたんだ? ていうか僕どうしたらいいんだ? いろんな感情と考えが頭の中を走り回ってて収拾がつかない。
「えっと、えー、は、い……」
汗が一気に吹き出す。すごいな、人間って。汗こんなに出せるんだ。
「メグちゃん、大切にしてあげてね」
「え? なにが、ですか?」
「ふふ」
メグ、働かせ過ぎてるってことか? 確かに、メグにはほんと世話になってる。もっと感謝しないとな……。うん、よし、今度メシでもおごってやろう。
「そうですね、今度メシでもおごっときます。よかったらイリカさんにもおごらせてください」
「ありがと」
イリカさんがウィンカーを弾く。滑らかに車線変更して、前の車を追い抜いた。
目的地は山の中だった。
高速を一時間くらい走ったあと、高速を降りてさらに一時間くらい下道を走った。周りの景色からどんどん光が無くなって、代わりに、木がどんどん増えてった。最後の五分間くらいは、コンクリートもなくなって、デコボコの土の上。たぶん、ご近所さんなんていないだろうな。田舎というレベルを超えてる。ここは、山だ。
イリカさんが車を停めた。建物が車のライトに照らされてる。想像してたよりも大きな建物。田舎の分校みたいだ。
「着いたよー」
「ありがとうございます」
わん太郎を車の中に乗せたまま外に出る。イリカさんもエンジンを止めて外に出てきた。車のライトが消えると、建物の玄関にある電灯がひとつだけ、暗闇に抵抗してる。その戦力差は圧倒的で、光が暗闇に飲み込まれてしまうんじゃないかって思える。空を見上げると、星が見えた。周りにある木のせいで、ぽっかりと開いた穴から覗いてるみたいな空。山にいるのに、なんだか地下深くに落とされた気分。
イリカさんのあとに続いて玄関へ向かってる途中で玄関のドアが開いた。中から二人出てきて、こっちへ歩いてくる。メガネをかけてる人と、かけてない人。二人とも女の人、かな。パジャマにカーディガンを羽織った感じの姿。外へ出て分かったけど、寒い。上着を着たくなってきた。
「お疲れさま。大丈夫?」メガネをかけてないほうの人が言った。
「うん、大丈夫」イリカさんが答える。「電話で話した、ツクモトさん」
イリカさんが僕のほうに手を向けたので、パジャマ姿の二人に自己紹介。
「ツクモトシロウです。初めまして」お辞儀。
「初めまして、イズミキヨミです」
「イズミキヨナです。よろしく」
二人とも笑顔でお辞儀を返してくれたけど、どうしよう、名前が区別できない……。
「あ、姉妹なんですか?」
「うん」メガネの人が答えた。「ごめんね、似たような名前で。覚えにくいでしょ?」
「いや、あの、実は、すいません、もう既にこんがらがってて……」
イズミさんたちが笑う。イリカさんも笑ってる。
「私がキヨ『ナ』。妹ね」
よし、メガネの人がキヨナさんか。妹さん。髪が長くて、メガネかけてるから分からなかったけど、言われてみれば、お姉さんよりも顔がだいぶ幼い。僕よりも年下だろうな。
「私はキヨ『ミ』です」
お姉さんのキヨミさん。妹さんと同じくらいの髪の長さだけど、メガネかけてなくて、大人な感じ。僕よりも年上かな。目鼻立ちがものすごくはっきりしてるから、余計大人びて見える。
「キヨミさんに、キヨナさん……」二人に手を向けながら最終確認。だけど、馴染むのに時間がかかりそう……。「すいません、ありがとうございました」
「わんちゃんは車?」お姉さんがイリカさんに訊いた。
「うん。ほんとごめんね、こんな遅くに」
「こっちは全然平気。それより、明日も仕事なんでしょ? 休めないなら、早く帰ったほうが良くない?」
「そだね。じゃあ――」
と、イリカさんが言ってる途中で、突然、玄関のドアが開いた。
「イリカぁ、キヨナぁ」
男の子が、泣きながら顔を出した。
本当に辛そうな泣き顔。
こっちの心まで締め付けられる。
妹さんが男の子に駆け寄って抱きしめた。
「また怖い夢見ちゃったか。怖かったね。大丈夫、大丈夫。もう大丈夫」男の子の頭を撫でながら、妹さんがこっちを振り返る。「イリカもいるよ。安心して」
「あ……」男の子は、こっちを見て、少し泣きやんだ。「ご、めん、な、さ……」
イリカさんが男の子のそばへ行く。
「大丈夫だよ。キヨナもキヨミもちゃんといるから、安心して」
男の子の頭を撫でるイリカさん。
「部屋に戻ろう」
妹さんはそう言って、男の子と一緒に建物の中へ入っていった。
「ごめんなさい、驚かせてしまって」お姉さんが僕に言った。
「いえ……。児童養護施設、なんですよね」
「はい。今の子は、最近ここで暮らすようになったばかりで。ここに来る前に受けていた虐待を、夢で見てしまうみたいなんです」
「そうですか……。本当に、辛そうでした……」
「はい……。私たちができることは、そばにいてあげることくらい……。自分の無力さを感じます」
「そんな、無力だなんて――」
「いえ、心の傷というものは、時間でしか治らないんです。どんな言葉も行動も、その傷をほんの少しのあいだ忘れさせることしかできません。傷自体を治すことはできないんです」
お姉さんの声はとても静かだった。
この森の静寂を全部背負ってるみたいだった。
「でも、無力だとしても、言葉と行動を尽くすことを諦めちゃいけない、でしょ?」
イリカさんが元気良く言った。
「その通り」お姉さんが笑顔で応える。
「そういう意味では、実は私、わん太郎にものすごく期待してるんだ」
「わんたろう?」
「あぁ、ごめん、犬の名前」イリカさんが車を指さす。
「わん太郎って、あなた、相変わらずのセンスね」
お姉さんが吹き出した。
「違う、私がつけたんじゃないよ、もう。シロウ君、その辺の説明お願い」
イリカさんは、ふてくされた様子で車のほうへ歩いていった。
ふてくされるイリカさんも可愛いなぁ……。
「犬って、言葉は喋れないけど、行動を尽くすでしょ? だから、もしかしたら子供たちにいい影響があるんじゃないかなって」
玄関の明かりの下。イリカさんが、わん太郎に首輪を付けながら言った。首輪といっても、布を帯状にしたのを首に巻きつけてるだけだけど。布は、お姉さんが持ってきてくれたのを使ってる。ちゃんとした首輪は、近いうちにお姉さんが買ってきてくれるらしい。
「そうね。わん太郎、賢そうだし、子供たちの大事な存在になってくれるかもね」お姉さんが言った。「わん太郎はもらっちゃっていいの?」
「うん。ごめんね、無理言っちゃって」
イリカさんが首輪を付け終わる。首輪を付けてる間、わん太郎が暴れないようにと思って僕が押さえてたけど、わん太郎が暴れる様子はまったくなかった。お姉さんの言うとおり、わん太郎、結構賢いかもしれない。やるな、わん太郎。
玄関のドアが開いて、妹さんが戻ってきた。
「寝たよ」妹さんが言う。お姉さんが頷く。
「それじゃあ、帰るね」イリカさんが言ったので、慌てて反応。
「あ、すいません、サアラちゃんに写真を送ってあげたいと思うんですけど、わん太郎とイズミさんたちが並んでる写真……」
「おー、いいね、サアラちゃん喜ぶね。ねぇ、写真撮ってもいい?」
「いいけど、やだー、パジャマよ」お姉さんが笑いながら答えた。
「ほんと。これでも一応女の子だよ」妹さんも笑ってる。
「すいません、ほんと急に来て、こんなお願いまで……」
「ほらほら、ちゃっちゃと撮って帰んないと」イリカさんも笑ってる。
イズミさんたちがわん太郎の両脇に立つ。
僕はポケットからデジカメを取り出して、設定をいじくり、少し離れてレンズを向ける。
「はい、撮りまーす」
フラッシュ。
「はい、ありがとうございました」
「ツクモトさんとイリカも撮ったら? 撮ってあげる」お姉さんが言った。
「んー、じゃあ撮ってもらっちゃおうか」
イリカさんがこっちを見たので、はい、と返事をして、お姉さんにデジカメを渡す。
イリカさんとツーショット! やった!
まぁ実際は、ツーショット、プラスワンだけど、わん太郎のおかげで写真が撮れるんだから不満は無い。むしろ、最高級ビーフジャーキーをあげながら撫で回したいくらいだ。
イリカさんと二人で、わん太郎の両脇に立つ。
「じゃあ撮るよー」お姉さんがカメラを構える。
フラッシュ。
「うん、撮れた。どう?」
「ありがとうございます」お姉さんからデジカメを受け取って、画面を見る。「バッチリです」
「写真のデータって、今もらえる?」隣にいた妹さんが言った。
「あ、はい。パソコンとかあります?」
「うん、家の中に。お願いできる?」
「はい」
「じゃあシロウ君、ちょっと連れてくよ」
妹さんがイリカさんに言った。
妹さんってすごいフレンドリーだな。喋り方もそうだけど、初対面で下の名前を呼ばれたのは、イリカさんに続いて人生二人目。類は友を呼ぶってやつか。
妹さんと二人で建物の中を歩く。廊下に明かりは無くて、妹さんの持ってる懐中電灯だけが進む先を照らしてる。
建物の中は、外観通り、学校みたい。たぶん、廃校になった建物を再利用してるんだろな。訊こうと思ったけど、子供たちを起こしちゃうかもしれないので、黙って歩く。
廊下の突き当たりにある部屋に入った。宿直室みたいにこぢんまりした部屋。二つの机の上にノートパソコンが一台ずつ乗ってる。
「じゃあ、SDカード貸してもらっていい?」
「はい」
デジカメからSDカードを取り出して、妹さんに渡した。妹さんはノートパソコンにSDカードを挿し、マウスを動かす。
「お、写真いっぱい。全部今日撮ったの?」
「はい」
「警察の悪事を暴くんだってね。イリカから聞いてるよ。大変そうだね」
「あ……はい」
「大丈夫だよ。誰かに喋ったりしないから。イリカとは家族みたいなもんなんだ」
「そう、なんですか」
「うん。イリカから聞いてない?」
「そう、ですね……そういう話は、したことないかもしれません」
妹さんはマウスをカチカチ。
そういえば、僕はイリカさんのプライベートなことを全然知らない。訊いたこともない。そういうこと、あまり気にならないから。でも、今の妹さんの話し方を聞いて、少し気になってしまった。今度聞いてみようかな。
妹さんがSDカードを引っこ抜いて、僕に差し出す。
「イリカを、大切にしてあげてね」
まったく脈絡の無い言葉に戸惑いながら、SDカードを受け取る。
「たい、せつ……?」
妹さんは僕を見つめ続ける。
その視線を真正面から受け止める。
とても柔らかな表情。
喜んでるように見える。
悲しんでるように見える。
怒ってるように見える。
祈ってるように見える。
もしかしたら、神様はこんな表情をしてるのかもしれない。
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「覚えといて。綺麗な人ほど、何かに汚れを押し付けてるかもしれない」
都内のテレビ局に勤務している僕ーー月本志朗(ツクモトシロウ)が知ってしまったものは、本当に汚いものだったの?
警察の不正を暴くため、大好きな先輩と美人の幼馴染に協力してもらいながら、月本が辿り着いた場所は、薄暗くて、光が届かない部屋だった。
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