~真・恋姫✝無双 魏after to after~三国に咲く、笑顔の花
――ここは洛陽。
政務をこなす曹操――華琳は今、少しだけ頭痛がしていた。
「・・・なにが、〝遊びに行くわね♪〟よ。貴重な紙を使って何が書いてあるかと思えば・・・」
僅かにその一言、呆れかえってしまったぐらいだ。
天井を仰ぎ見ていたら、コンコン――とノックが聞こえたので確認もせずに室内に招き入れる。
「呼ばれたから来てみたんだけど・・・大丈夫か?なんか疲れているみたいだけど・・・」
「仕事のせいじゃないわ・・・これ、読んでみなさい」
心配する一刀の気遣いをやんわりと受け取りながら例の手紙を差し出す。
「手紙・・・いいのか?」
「いいから・・・読めば私がこんな顔をしている理由もわかる筈よ」
どれどれ・・・と一刀が裏返された手紙をひっくり返して読んだ瞬間、一気に肩の力が抜けてしまった。――なるほど、こんな内容を読んだならどことなく疲れが出るのも納得がいくというものだ。
「あのさ、これ・・・誰からの手紙?」
「雪蓮・・・孫策よ」
――何!この手紙を書いたのが、あの〝江東の小覇王〟とさえ呼ばれた孫策が書いたというのか!?
などと驚愕していると、一刀の反応を見た華琳がほほ笑む。
「本当だったら冥琳・・・貴方には周瑜といえば分かりやすいわね。・・・ま、とにかく、本来なら彼女が書くつもりだったんでしょうけど・・・・・・〝折角だから、私が書くー!〟とか言ったんでしょうね・・・」
「よく周瑜がこの手紙をわざわざ明命に持たせたね・・・」
「彼女は内容を知らないのでしょうね。でなければこんな手紙をよこすはずないもの・・・・・・・・・・?」
華琳の脳裏に何かが引っ掛かる。
が、それが何かはすぐには分からなかった。
一方の一刀はというと
これは珍しい・・・あの華琳が疲れ切った溜息を吐いてるではありませんか。
なんてことを考えながら、そんな珍しい光景に一刀が感心していた。
「明命の方はどうかしら?」
「ああ明命なら凪のとこにいるよ。鎮の事が気にいったみたいでさ・・・今頃、抱っこして破顔してるんじゃないのかな?」
一刀の台詞の一部に、聞き捨てならない単語が混ざっていたことを、この覇王様はようやく捉えた。先程引っ掛かっていたものもこれだったのだ。
「貴方・・・もう口説いたの?」
「違う!・・・って怖いってば華琳!」
ちょっとどころかかなり殺気がでて部屋が一瞬にして寒くなった気がして仕方がない。だって体が震えているもの。
あれだね、蛇に睨まれた蛙っていうのはこういうのを言うんだろうな。
逃げたいのに体が全く動きません!
――だが、窮鼠猫をかむって言うことわざもあるんだぜ!以前の俺とは違うってことを教えて・・・
「全て話しなさい」
――もう二つ返事で真名を預かるに至った経緯を、洗いざらい華琳に話した一刀であった。
「・・・で、それだけなの?」
「彼女の方でどういう判断がされたのかなんてことまでは聞いてないからね。でも、あの子なりに判断して預けてくれたんだと思うよ」
「それは当然よ。真名の価値はそんなに安くないもの・・・・・・まぁいいわ、下がりなさい・・・・・・」
声の落ち着きに安堵した一刀が踵を返すと、華琳の声が一刀の足をとめた。
「今日は私と寝る日よ・・・忘れたりしたら許さないから」
微かな恥じらいの顔がたまらなくかわいいな、と一刀は思って彼女の隣まで歩み寄って軽いキスを交わした。
「必ず行くよ。それじゃあまた夜に・・・ね?」
今度こそ一刀は執務室を後にする。
一刀が去った後も、華琳の顔には笑みがあった。
「そういえば、桃香たちも来るってことを伝え忘れていたわね・・・まぁ少しぐらい秘密にした方が面白そうだし、放っておいても勝手に耳に入るでしょう」
気を取り直して仕事を再開する華琳であった。
――いつもの、日常の光景のひとつだった。
場所は変わって街の食事処
「は~・・・赤ちゃん可愛いです」
ふにゃっとした笑みで抱かれた赤子を見つめているのは、周泰こと明命だ。
そして、明命が見つめる赤子を抱えるのは魏の将たちの中で最初に母となった楽進こと凪である。
「抱いてみますか?」
「は!?いいのですか!?」
吃驚仰天、と思わず声を張ってしまったことに縮こまってしまったが、鎮を抱えた凪が明命の隣まで来て、どうぞ、と愛娘を明命に抱かせる。
小さく、そして軽い――されど重みのある命の温かさを直に感じて破顔する明命。
「これが赤ちゃんなのですね・・・とても心地よい重さです」
「この子・・・一刀様に似たのか、行動力が凄くて」
少し困ったような顔をする凪だったが、明命には困っているようには見えなかった。むしろその逆、元気な姿を見せてくれることにこの上ない幸せを感じているように見えていた。
(私も・・・赤ちゃん欲しいです)
しかし相手がいない――だが、先んじて魏に来ている自分に親身にしてくれている一人の異性が頭に浮かび、頭の中が沸騰してしまう。
(いけません、いけません、いけません・・・・・はう・・・逢ってまだ数日ほどしかたっていないというのに、一刀様のお顔が離れてくれません)
――早くも明命は陥落しつつあった。そして凪は、明命が恐らくは一刀に思いを寄せているであろうことを察していた。
(はぁ・・・その内・・・・いや、よそう。考えても変に疲れるだけだろうし)
「おお?凪ちゃんに鎮ちゃんに明命ちゃんではりませんか、風はこれからお昼なのですが、ご一緒してもよいでしょうか」
横から聞こえる声に振り向いてみれば、そこには風が立っていた。
まだまだ幼さを持つ彼女ではあるが、彼女も微かに雰囲気が変わっていた。その象徴ともいえるものがあるとするなら、それは傍から見るとわからないものだが、妊娠していることだろう。
「はい、私は全く構いません・・・はい、鎮ちゃん・・・お母さんですよ」
と、言いながら母親に向かって手を伸ばす鎮を母親の腕に返す明命。凪は、鎮を抱えつつ風に尋ねる。
「どうも・・・ところで風様、お体は良いのですか?」
「流石に、お部屋でじっとしているわけにもいきませんし・・・凪ちゃんもしょっちゅう散歩していたではありませんか」
――確かに、と凪は思った。警羅などの仕事こそ休まされたものの、一刀の仕事が終わった後などによく一緒に街を歩き回ったものだ。
「よっこらしょ・・・真桜ちゃんと沙和ちゃんも誘おうかとも思ったのですが、真桜ちゃんは霞ちゃんといましたし、沙和ちゃんは流石にまだ無理だと言われまして」
「まぁ、そうでしょうね」
つい半月ほど前に真桜が、そして明命が洛陽を訪れる数日前に沙和が、それぞれ出産したばかりなのだ。
――そして、現在は沙和はまだ体力が戻りきってないため部屋を出ることは出来ず、一方の真桜の方はというと。
「おーよしよし・・・んで、姐さん・・・視線が痛いんやけど」
「いやな、別に睨んどるわけとちゃうんよ。ただ、ちぃーっとばかし羨ましいなぁ・・・と」
ようするに一刀との子供が自分も欲しいと言っているのだ。
「そないに心配せんでも、一刀の事やし・・・時間の問題やろ」
「せやな・・・・・・で、や。禎、抱っこさせてくれへん?」
「もちろん、構へんよ」
そっと禎を抱きかかえる霞はそっと腕の揺りかごを揺らし、禎は嬉しそうにはしゃいでいる。
我が子の笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになれる。だから真桜は笑っていて、禎を抱きかかえる霞は、いずれ授かるであろう我が子にもこんな風にしてあげようと思いを馳せていた。
――これらの時間も賑やかないつもの時間だった。
洛陽に至る道中で。
「もうすぐ洛陽ね♪」
「はっはっは。策殿は元気じゃのう」
「祭殿、元気なのはいつもの事でしょう。今回はいつにも増して元気な気がしますが」
周瑜・・・真名を冥琳という。――が、自身の友を見て心底疲れた溜息をつく。洛陽に行けば明命がいるとはいえ、この場にいるのは自分と前・王の孫策――雪蓮に黄蓋――祭と自分の弟子にも当たる呂蒙――亞莎・・・と考える限りで抑え役になりうるのは己だけという状況は冥琳に溜息をつかせるには十分な理由と言えた。するとそれを察したのか、亞莎が馬を寄せてきて。
「冥琳様、私も頑張ります。ですから元気を出して下さい」
ああ、弟子の優しさが心に沁みる。本当に自分は良い弟子を持てたと内心で感激していた。だが、それと雪蓮たちの抑え役が務まるかどうかは全くの別の話だ。
知りうる限りで、自分以外に可能なのは恐らく、現・呉の王を務める雪蓮の妹君の孫権――蓮華だけ。末の妹君の孫尚香――小蓮は、はっきり言って雪蓮側の性格のため当てには出来ない・・・尤も、この二人は呉に残っているため、当てにした処でどうにもなりはしないのだが。
「洛陽にいる華琳殿に期待するしかないか」
もう、それしか策が思いつかない自分がどことなく哀しかった。
(そういえば、天の御遣いは女性の扱いに長けていると聞く・・・成都で見かけた時は言葉を交わすことも出来なかったが・・・)
――可能性の一つとしてそのことを考慮しておくことにした冥琳だった。
彼女たちが洛陽に辿り着いたのは、それからほどなくしてだった。
そして、場所は再び洛陽。
凪、真桜、沙和と産休で仕事を休んでいる面子の分の書類を一人で片付け、灰になっていた一刀は、気分転換も兼ねて街を散歩することにした。その道中で肉まんを買い、折角なのでと思い風が色々と命名した猫の集会所に足を向けた一刀は、路地に入って程なくして強い殺気を背後に感じた。
「俺さ、華琳たちに怒られるようなことは結構してるけど・・・ここまで殺気を向けられるようなことしてないんだよな・・・多分だけど」
振り向かずに背後に声をかける。すると声の主はそれに応じた。
「貴様の普段の行いなど、俺の知ったことではない。俺はただ、貴様を殺したいだけだ」
男の声に一刀は何故か聞き覚えがあったような気がした。
「変だな、初めて聞く筈なのに・・・その声には聞き覚えがある」
「一度正史に戻ったのならば・・・全てでないにしろ、それぞれの外史の記憶が統合されても不思議はない。だが、これから死ぬ貴様には何の関係もないことだ」
殺気の主は一歩一歩と一刀に向けて歩を進める。
更に悪いことに散歩のつもりだったので、こういた事態に陥るとは考えていなかったため〝桜華〟は持っていない。
(さて、どうしたものかな・・・素手での実力ははっきり言って護身より少しマシな程度。刀がない以上、時間稼ぎのためには逃げるしかないんだけど)
最悪なことに逃げる余裕があまりない路地裏、こうなると自分の選択を少し呪いたくなる。
結局、覚悟を決め応戦した後に奴の背後に廻り突っ走るしかないと結論付けた一刀は振り向き、敵の姿を捉える。
「ほう、どうやら死ぬ覚悟は出来たようだな」
余裕の笑みを浮かべる男の姿に、やはり一刀は身に覚えがあった。でもそれは、デジャヴに近いもので、ハッキリとしたものではない。それでも、この男が明確なまでに敵であることだけは、殺気を通してわかる。
「死ぬ覚悟は出来てないけど、生き残る覚悟は出来てる」
「ふんっ、その覚悟が如何に無駄なものか教えて・・・・・・!!ちっ!命拾いしたな北郷。だが、貴様の命は必ずこの俺が貰い受ける!!!」
そう言って、男は初めからそこにいなかったように姿を消した。
「助かったのか?でも一体どうして・・・」
考えてみても答えは出なかったが、とりあえず無事に事が済んだことを一刀は素直に喜ぶことにした。
一刀が去った後、近くの民家の屋根から人影が降り立った。その姿は、色んな意味で言葉を失くすものだったが。
「どうにか追い払うことは出来たみたいねん」
「そうじゃの、じゃが奴がこの程度で諦める筈がない。まだまだ気を抜くわけにはいかぬぞ、貂蝉」
「ああんもうっ、そんなことわかってるわよう。とりあえず警戒を続けましょ卑弥呼」
互いに頷いて、二人のマッチョもまた先の男のように姿を消した。
誰もいなくなった路地裏は、再び静けさを取り戻していた。
夕方時が近づき、夕飯の材料を買いそろえる民たちで賑やかさをさらに増していた。そんなにぎわう街中を沙耶は一人歩いていた。
「さて、今日は凪たちに杏仁豆腐でもふるまってあげるとしましょう。体に優しいですしね」
――もちろん最愛の夫である一刀にも。
と、自分の手作り杏仁豆腐を食べて〝美味しい〟と言って笑ってくれる一刀の姿を想像しただけで気合が入り笑みが浮かんでしまう。
さあ早く帰らねばと歩を進めた時。
――「左慈が北郷一刀と接触しました。貂蝉たちに感謝するといいでしょう、二人がいなければ彼の命はなかったでしょうから。彼を守りたいのであれば気をつけることです徐晃」
「!」
ついさっきまでの甘い気分が一気に霧散した。目をカッと見開き振り向いても、既に声の主の姿はなかった。
「于吉・・・」
恐らくは間違いないであろう声の主の名を口にした紗耶。
「・・・・・・左慈、貴方の好きになんてさせない」
そして、もう一人の名を口にした彼女の顔には先程までの〝紗耶〟としての面影など微塵もなく、ただ強い決意を宿した〝武将〟・徐晃の姿があった。
~あとがき~
えー・・・『三国に咲く笑顔の花』の第二弾をお送りさせていただきました。
明命やら呉のメンバーの出番が少ないですが、次回では可能な限り増やそうと思います。
ですが、次回作には蜀の方々も加わるので・・・作者の・・・私の頭のハードディスクはともかくメモリーがオーバーロードしそうです。ですが、書いていて楽しいので頑張ろうと思います。
以前の作品であのマッチョ二人と会話をしていた・・・かつて〝神仙〟だったものの正体が判明しましたが、いかがでしたか?彼女が何故否定者から肯定者になったのかについては物語の途中でちゃんと語ろうと思いますので、その時までお待ちください。
ここで一つお知らせを・・・。
以前のあとがきで申し上げました長編ものですが、構想が大まかな形になりましたのでこのシリーズと並行して少しずつ書いて行こうと思っております。投稿は恐らくですが現在のこのシリーズが終わってからになるとかと・・・
まだ続く『三国に咲く笑顔の花』とあわせて楽しみにしていただけたら嬉しいです。
Kanadeでした。
更にお知らせを・・・
After to after side storyもちょっと書きたいものがありますので、合間を縫って投稿しようと思いますのでそちらの方もよろしくお願いします。
では次回でまた――。
Tweet |
|
|
136
|
18
|
追加するフォルダを選択
〝三国に咲く笑顔の花〟第二弾をお送りします。
引き続き感想・コメント・誤字報告などお待ちしております
それではどうぞ。