―― 第四部隊
それは突然だった。
空を切り裂く音を引きつれ、矢が飛来する。
この生い茂った林の中で、的確に狙ってくる弓兵が待ち伏せしているとは思い至らなかったのだ。
その矢の行く先は――
「雪蓮ッ!!」
俺の中で何かが脳裏を焦がした。うっすらといつかのビジョンが重なる。
桃香の手を離し、出せる限界の速度で飛び出す。
(死なせない)
俺が雪蓮の名を呼んだとき、
彼女は、俺を見て、
笑った。
「――――ぉおおオオオオッ!!」
限界を超え、小烏丸を抜き放つ。
瞬速の太刀は、鏃から先を切り落としていた。
「か、一刀……」
「絶対、守ってみせるッ」
最初に一発を引き金に、大量の矢が放たれる。
まるで一個小隊並の矢の数にさえ思えた。
だが、今の俺に数など関係なかった。
後ろに居る雪蓮を狙う全ての矢を切り落とすことしか考えられない。
残酷なことに、矢は一方からだけではなかった。
俺が対処している方向とは逆からも矢は迫ってきた。
「雪蓮ッ!?」
「任せなさいッ!」
即座に雪蓮は一本一本、矢を切り伏せていく。
「隊長たちはやらせないっ!真桜、沙和!」
凪の言葉に打たれ、林の奥に潜む弓兵を排除していく。
俺も雪蓮も、あれだけの矢を全て切り落とし、無傷のままだった。
「ハァ、ハァッハァ……っ」
目と腕を酷使したため、疲労感が押し寄せてきた。
その場にしゃがみこんでしまった俺に、雪蓮が心配そうに駆けつけた。
「ちょっと一刀、大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫……。それより、雪蓮は大丈夫だったか……」
「一刀が守ってくれたじゃない。さすがに、あそこまで矢が迫ると寿命が縮むかと思ったわ」
「じゃ、何で……笑ったんだよ……」
名前を呼んだとき、振り返って笑ったのだ。
俺にはなにかを覚悟したようにさえ見えた。
だが、雪蓮はおどけた口調で、
「一刀が名前呼んでくれたから」
な、なんだよそれ……。
とんでもない返答に脱力してしまった。
っていうか、何でそういうこと臆面もなく言うかなぁ……。
「……雪蓮」
「……何?」
「俺、……なんか、見えたんだ」
「見えたって、何が?」
「雪蓮が、左腕に弓矢が刺さって、倒れる様な、そんな光景が……。だから俺、必死で……」
自分でもよくわかってもいないのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。
上手く呂律が回らず、目頭が熱くなってくる。
「バカねぇ。そんなこと、あるわけないでしょ。私はまだまだ生きるわよ」
雪蓮は笑って、俺の背中を叩いて立ち上がる。
「まだ敵が居るかもしれないわ。気を抜かないで頼むわよ」
「はっ」
凪は答えると周囲の警戒に集中する。
そのときだった。
俺が見ている方向―凪が倒した敵の中に、まだ意識があったらしく、その場に立ち上がって……、
「――ッ!!」
声にならなかった。再び雪蓮に声をかけようとしたとき気づいた。
弓は、俺を狙っていた。
そして、空気を切り裂く音を、確かに聞いた。
「……………………?」
矢は俺に当たってないようだ。だが何故。
確かめるために眼を開けて、何が起こったのかを理解した。
「……と、桃、香?」
桃香が俺を押し倒す形で覆いかぶさっていた。
その腕には、見慣れない傷があった。
「と、桃香っ! 大丈夫か!?」
桃香の体を軽く揺するが、返事が無い。
「凪っ!あそこや!」
「わかっている! ハァアア――ッ!」
異変に気づいた真桜と凪が迅速に敵を排除する。沙和はすぐに桃香の元にかけより、腕の傷の手当てを始める。
俺は慌てて放たれた矢の鏃を確かめる。どうやら、毒などの類は付着していないようだった。
「よかった……」
桃香の傷も浅いらしい。瞳に意識が無いのは一種のショック状態だろう。
それだけ恐かったのに、俺を助けてくれたのだ。
「桃香、桃香っ」
頬をぺちぺち叩いて呼びかける。
突然「ひゃぁあ!?」と素っ頓狂な声を上げて桃香が飛び上がった。
「あ、あれ。私…………っ! そ、そうだ一刀さん、大丈夫ですか!?」
「あぁ。おかげさまで。ありがとう、助かったよ」
「そ、そんな……何だか人影が動いた気がして、次に一刀さんが目に入って、それで――」
「そっか。恐かっただろうに……」
桃香を抱きしめてその頭を撫でてやる。
その体は震えていた。
桃香はうっすらと目元に涙を浮かべていたが、それを必死に堪え様としていた。
だから俺は、立ち上がり桃香の手を取った。
「行こう。ここは危険だ」
「……は、はいっ」
桃香は少しふらつきながら立ち上がる。
「このまま、出口まで何も起きな……いわけがないよな……」
「向こうもそれだけ必死ってことね」
「えぇかげんにして欲しいわ……」
ゆく手にはまたしても敵兵が闊歩していた。
弓兵がいないことが救いだが、予想より多くの敵が待ち受けていそうだ。
「桃香、走れるわね?」
「は、はい。大丈夫です」
「一刀はもちろんやれるわよね?」
「あぁ、もう休憩はばっちりだ」
少し右腕が重いが、そんなことも言っていられない。
「真桜、沙和は桃香と一緒に後ろで待機しててくれ。俺と雪蓮と凪で強行突破する」
「下手にこだわってたら時間がかかるわ。前方の敵以外は無視していくわよ」
『応ッ!(はい!)』
「――では、仕掛けます」
直後、凪は上空へと跳躍し(恐らくあの跳躍力も気の応用だろう)、気を溜めた右足で、流星蹴りをくりだす。着地と同時に木の葉が舞い散り、視界が鈍る。すかさず雪蓮が忍び寄り、残った敵を切り捨てる。その斬撃のどれもが、首や腕を狙った致命傷となるものばかりで、地面はたちまち真っ赤に染まりだす。
その血だまりに、何故か目を奪われた。
この『道』の先に、何が待ち受けているのか、連想させられそうで。
……俺たちは何か一つ、重要なことを忘れている気がする。
――第二部隊
「……っ痛ぅ――っ。み、みんな大丈夫……?」
「何とか……。無茶するもんじゃないわい」
「まったく、その武器の威力は驚愕ものじゃ」
落石は本当に紫苑たちに直撃するコースで落下してきた。
しかし、紫苑たちにとってその罠は想定内のものだった。
相手が崖の上に潜んでいるとわかった時から、高低差を利用して何か仕掛けてくると考えていたからだ。
そのため、桔梗は常に上を警戒していた。そして落石が落ちてくると同時に、豪天砲でその中心を穿った。
「じゃが、如何せんこの状況は大丈夫ではないのぉ……」
豪天砲で砕けたとは言え、精々四散した程度。破片だけでもかなりの大きさがあり、その破片が道を塞いでしまったのだ。
「これじゃあ通れないわ」
「もう一発ぶっぱなせんのか?」
「……さっきのは特製で、あれ一発限りなんじゃ」
「なんじゃ、使えんのぉ」
「なんじゃとぉおッ!」
「こらこら、ケンカしてる場合じゃないでしょうが……」
紫苑が二人をなだめていると、崖の上から小蓮たちが顔を出していた。
「大丈夫~?」
「私たちは大丈夫よ。ただ、このままじゃ進めないわ」
今度は焔耶も顔を出して、事態を把握する。
さすがの焔耶でも、あれを砕く自信は無かった。
「こっちから見たところ、その一番大きな岩さえどかせば通れそうです」
「どうやってどかすかが一番の問題よねぇ……」
このメンバーで恐らく一番力があるのが焔耶だが、他の四人には荷が重い話だ。
何か他に道は無いものかと紫苑は元来た道を辿って行く。
そのとき、遠くに何かが見えた。
「……あれは。鈴々ちゃん――!」
その輪郭がはっきりと目に映るころには、背丈の倍はある槍を振り回しながら走っているのがわかった。
「おぉ――――――――――い!」
叫びながら走って来ているかと思えば、すぐ目の前にまで来ていた。
「鈴々ちゃん、どうしてここに?」
「愛紗が、我々は余裕があるからあっちに応援に行って来いって言ったのだ」
「余裕があるって、中央が?」
おかしな話だ。これだけ用意周到に待ち伏せをしているような相手に、中央の戦況が優勢だなんて。
何かあるとしか思えないが。
「それにしても、どうしたのだ?こんなところで」
「見ての通りじゃ。岩で道がふさがっておる」
「じゃあ、どかせばいいのか?」
「それができんからこうして立ち往生しておるのじゃ」
「じゃあ鈴々がどかすのだ!」
「何?」
鈴々はすたすたと岩の前まで行き、丈八蛇矛を構えて、
「ちょりゃああああッ!!」
バコンッ! と凄まじく鈍い音がした。岩はというと、ひび割れてはいるものの、まだ砕けてはいない。
「ん~、予想以上に固いのだ……」
「いや、十分だ!」
「焔耶?」
崖の上にいた焔耶が飛び出す。そして、ひび割れをめがけて
「うおおおりゃあああああッ!!」
鈍砕骨によって今度こそ叩き割られ、残った破片を適当にどかすと、ようやく通れるようになった。
「よくやったぞ、焔耶!」
「は、もったいないお言葉!」
「むぅ~、鈴々にだってできたのだぁ……」
「ふふっ。鈴々ちゃんも、ありがとうね」
「あ、頭を撫でるなぁ~」
ついさっきまで生死の狭間で戦っていたわりに、今では和みムード全開である。
「まったく、いつまでやってるのよ。ほら、さっさと行くわよ」
「あれ、お前いたのか」
「いちゃ悪い? ていうか、最初の説明の時に私がここの部隊に入ってることは知ってるでしょうが!」
「そんなこといちいち覚えてないのだ」
「何を――ッ!」
結局、鈴々と小蓮をなだめるのに一番時間がかかったのだった。
それから合流した鈴々と一緒に山中を進んだ。
また敵が待ち伏せていないか警戒しながら臨んだが、取り立てて何も起きなかった。
「夏侯淵はどこに行ったのかしら」
「大人しく退いた、とも思えんが……」
「ですが、むしろこれは好機です。この間に急ぎ踏破すべきです!」
「焔耶の言うとおり。……だが、納得できんのも確かじゃな」
「らくちんなのは悪いのか?」
「あんたは何も考えてないだけでしょうが……」
ただ、紫苑は桔梗の言うとおり納得はできないでいた。
そもそも、主に奇襲が目的だった私たちが待ち伏せされていたのだから、第一部隊と合流することを検討すべきじゃないか。
だが、さきほどの伝令の話によれば、第一部隊は優勢も優勢。すでに長安は目と鼻の先ということだ。
予定より遙かに速い進行速度。そして、予定より遙かに少ない敵兵の数。
(考えられるのは…………まさかっ!)
「祭、ここから長安までどのぐらいかかるの?」
「ここからだと、そんなにかかりませんな。恐らく――」
祭が言った予想経過時間を聞いて、ますます自分の考えに確信が持てて来る。
(このままだと、第一部隊と同時に城にたどり着く。いや、『着いてしまう』)
だが本当にそんなことが可能なのか。
すでにそれは立証済みである。この有り得ないまでの的確な待ち伏せがまさにそれだ。
紫苑は振り返り、
「皆、ちょっと聞いてくれるかしら」
「何だ、どうしたのだ紫苑?」
「魏は、とんでもないことをしようとしているかもしれないわ」
―― 第三部隊
策は完全に成功し、敵部隊全てを取り囲んでいた。
左翼と右翼からの挟み撃ちに加え、もうじき星たちによる後方からの後攻が始まる。
明命は右翼にて陣をまとめているが、違和感を感じていた。
「何故、武将が一人も居ないのだ……」
敵兵の数ばかりが多く、それに反して武将が見当たらない。
各部隊長が与えられた指示通りに個々で動いているかのようだった。
(左翼の方でも同じだとすれば、やはり後方の部隊にいるのか)
あっちは先ほど、馬超たちが向かう手はずだと聞いた。
ならば、私はこの陣を維持し続ければいい。
「全軍、深追いはせず徐々に圧力をかけるように徹底する」
控えていた伝令に用件を伝え、自分も前に出ることを決めた。
「ただ、孫呉の敵を切り刻むのみ」
明命の魂切は、鋭く四肢を切り刻んでいった。
―― 第三部隊 敵後方
「何だか今日は、予想外の出来事ばっかしだな」
「……まったくだ」
「私もう嫌ー……」
星たちが後方に回り込むところまでは成功した。だが、その更に後方に、同じく敵の部隊が待ち構えていたのだ。
(駄目押しのさらに5万といったところか)
となると、洛陽に至るまでで更に一陣ずつ待機していると考えられる。
「翠、蒲公英。一先ず目の前の敵を片付けるぞ。一度軍師どのたちと合流したほうが良さそうだ」
「おうよッ! いい加減本気で暴れ回りたかったところだぜ!」
「お姉さま! また出すぎて無茶しないでよー!」
翠と蒲公英は敵陣に飛び込み、馬上で槍を捌く。敵にはそれがまるで鎌鼬のように見えているだろう。通り過ぎざまに次々と切り、刺し、穿ち、薙ぎ払っていく。
ただ、星はそこには加わらず、敵兵を観察していた。
「これだけの部隊に、何故将が一人もいない……」
第一部隊のときからそうだ。兵の数に比例将の不在。例え後方に構えているとしても、これだけの戦場を管理、統括するなど無理なのだ。
(ならば、何か理由があるはず。……まず前提からおかしいのだ)
完璧な兵の配置に加え、こちらの動きを予測しているかのような陣の配置。その割にはあっさりと倒れていく敵兵。加えて将の不在に、潔い敵兵の後退。
「――そうかッ!」
気づき、至極単純な策だと理解した。
理解はしたが、納得はできない。到底実現可能ではないからだ。
(だが、今そんなことを議論している場合ではない)
星は、急ぎ雛里と合流しようと考えた。
だが今だ目の前には敵の壁。
「これら全てが計算の内というわけだな」
星は敵陣を、脇目もふらず駆け抜ける。敵兵は無視し、立ち塞がる者だけを吹き飛ばしていく。
翠と蒲公英を探そうかとも考えたが、今は時間が惜しかった。
(むしろ二人にはこのままここを任せた方がいいな)
少し遠くで砂塵が巻き上がっているのを確認し、さらに速度を上げた。
そして、最後の敵兵を振り切り、自陣へと駆け込む。
「軍師殿っ!」
「星さん! 今すぐ本――」
「私は直ちに本陣へ向かう。軍師殿はすぐに他の部隊に伝令を走らせ、隊を再編成し、本陣に増援を向かわせてくれ」
「で、でも星さん一人が先行しては――」
「今は兵を連れて歩くほど悠長な場合じゃない。なに、時間稼ぎくらいはしてやるさ」
「――わかりました。なら、すぐに出せる騎馬隊を一個小隊連れて行ってください」
「感謝する。こっちの戦線も気をつけろ」
苦笑気味に微笑むと、星は背を向け自陣を後にする。雛里からは見えなかったが、その表情は固く嶮しいものだった。
―― 第一部隊 最前線
愛紗は後退した春蘭を追い詰めるため部隊を前進させたが、明らかに敵の後退の手際のよさに違和感を感じ、城を目前にして戦線は停滞していた。
しかし、突如再び魏の軍が前線を押し上げてきたのだ。
「全軍、微速後退! 距離を測り出方を窺うッ!」
再び出てきたからには何かある。そうふんだ愛紗は一時後退を指示した。
だが、そこに一人の将が飛び込んできた。
「れ、恋!? お主、どうしてここに――」
「敵、いない。だから、探しに……」
愛紗は頭を抱えた。恋をそのまま放っておいたことを心底後悔した。
恋は陳宮と一緒に後方で待機していたはずなのだが、敵の猛撃――捨て身の攻撃に対処している間に、徐々に前に出てきてしまっていた。
恋の側にいたはずの陳宮は、その戦闘を避け、今は後方に置き去りである。
「あれ、やっつければいいの……?」
「そ、そうだが……」
「じゃあ、やっつける」
ダッ! と恋は突出してきた敵へと突貫する。豪ッ! と一閃。砂塵と一緒に敵兵も吹き飛ばしてしまう。一般兵程度では恋を止められないと相手もわかってはいる。だが、負傷している春蘭に頼れるわけもないため、それこそ必死で剣を振るっている。
その光景を呆然と眺め、どうすればいいか苦悩していると、伝令がやってきた。
「諸葛孔明殿より言伝です。『急ぎ軍を退き、本陣に駆けつけよ』とのことです」
「な、どういうことだ!」
「は、はっ。なんでも、この敵軍全ての役割が――」
―― 第四部隊
「時間稼ぎ!? この待ち伏せ全部がか?!」
「一刀、声が大きいわよっ」
先ほど突如送られた伝令はそう告げた。
朱里や冥琳と、伝令を俺たちに送るのは緊急事態のときのみだと決めていた。
その伝令が本陣より送られた。それだけで十分事の危険性が理解できた。
雪蓮は慌てることなく、周囲に敵がいないことを再確認し、
「他の部隊は?」
「は。他の部隊にも同じように伝令は走ってはいますが、第二部隊、第三部隊はどちらも遠方に位置しているため、ここと第一部隊よりも伝わるのが遅いかと……」
「なんやそれ! わい等の配置が全部裏目に出たっちゅーことかいな」
「そうなるな。だが、それ以前に全部相手にバレていたと考える方が妥当かもしれない……」
「ば、バレてたって……どうして?」
「……内通者ね」
「な、内通者って……そんな、一体誰が!」
「……これが、大体想像つくのよね……」
「俺もだ……」
凪たちも桃香もわからない顔をしているのに対し、俺と雪蓮は酷く脱力した。
雪蓮は吐き捨てるように言った。
「袁術の奴……」
「え、袁術ちゃんが?」
「他に心当たりがないわよ」と、雪蓮は頭を垂れて項垂れる。
「――っということは、袁紹もでしょうか」
「あぁ、それは無いでしょ。あの二人本当に犬猿の仲みたいだから。袁紹を出し抜くためにならなんでもしそうよね……。あぁ、やっぱり今度こそ殺しておくべきだったわ」
気落ちしていたかと思えば、今度は憤怒の形相でこんなことを言い出した。
そんなこと言っちゃダメです! と桃香は言いかけていたが、あまりの迫力に言葉は喉に詰まった。
「というか、何で真っ先に内通者がいるっていう線で疑ってなかったんだ?」
「疑ってはいたわよ。主に袁術を中心にね。ただあいつ、呉の領内にいるとは言え、四六時中監視なんてできないのよ。隙をついて密会するぐらいのことは案外簡単にやれるかもしれないわ。思春を監視につければ少しは違ったかもしれないんだけど」
それだけ思春の追尾・監視能力がずば抜けているということか。
「では、敵は全てこちらの手の内をわかっており、完璧に待ち伏せをしていた。しかもそれは、単なる時間稼ぎでこちらを混乱させ、その間に本陣を狙うというもの。ということで間違いないでしょう」
「せやな。でも、一つ腑に落ちんのやけど……」
「何がだ?」
「そないな大量の兵を使ってまで『囮』が必要なんか?うちなら単純に手薄なところを叩いて一気に本陣まで突っ切る! とかのほうがしっくりくるんやけどなぁ」
「それもそうだな……」
情報と魏の動きが噛み合わない。というのも、魏は兵糧を欠いているにも関わらず、部隊を個別に編成し、各々を待ち伏せという消費的作戦に当たらせている現状からだ。もちろん成功すればそれだけで勝利に大きく近づくことになる。ただ、袁術からの情報をあの華琳が鵜呑みにするだろうか。百歩譲って、華琳が袁術の情報に確信を持ったとし、待ち伏せが全て成功したと仮定する。ならば何故、中央に春蘭だけを残した?魏の最たる戦力を堂々と囮に投じるその行為には一体何の意味が。
「とにかく、今は本陣が危ないわ。恐らく、一番早く辿り着けるのは私たちか第一部隊だけね」
「いや、本陣からの伝令が来る前に朱里や雛里が気づいている可能性もある」
「しゅ、朱里ちゃんたちなら、きっと気づいてるはずっ」
「だったら尚のこと、私たちはどうするべきなのかしら。ここから城まではもう少しだけど、元来た道を戻るか、本陣の援軍は他のみんなに任せるか。どうするの、一刀」
「そこで俺かよっ」
「だって、貴方がこの部隊の隊長みたいなものじゃない」
「そういう勘なら、雪蓮の方が鋭いだろう」
「私の勘はいわば直感。だから、こういうときは一刀に聞いた方がいい気がするっていうのが私の『勘』よ」
何だそれ。結局俺任せなのには変わりないじゃないか。
雪蓮は俺に期待の念を込めて一任してくれたのだ。。その期待に答えるべく、仕方なく真剣に考えてみることにする。
ただ、本陣の危機というのは何にも代え難いものだ。
それだけですでに俺の意見は決まっているようなものだが。
(…………本陣の危機?)
「待てよ……雪蓮、確か曹操は城に居るっていう話だったよな」
「えぇ、でもあくまでそれはこの戦いが始まる少し前の情報だから――」
『そうかッ!』
ほえ!? と桃香は驚いている。真桜と沙和もわかっていないようだが、凪はどうやら気づいたようだ。
つまり。
――大将が城に篭っているなんて保障はどこにもない!
「というか、そもそも篭城戦なんて想定してるはずがない!」
「こちらの手の内がバレてるなら尚のこと、偽の情報でも掴ませて、いくらでも雲隠れできるわ」
「それに、将が全然居ないことも頷ける。最初から捨て駒にするつもりなら前線に立たせるワケが無い。全勢力を奇襲に費やすはずだ」
「で、ですがそれでは、第一部隊と交戦した部隊に春蘭様がいたことの意味は――」
「思いきった発想だけど、それすら囮の可能性があるわ」
「魏の最強の武将が単独で戦場のど真ん中に、兵を従えていながらの単騎。こっちの注意を惹きつけるにはもってこいな状況っちゅーわけや」
「じゃあ、今頃魏の本隊が……」
「もう、本陣の目の前かもしれない……」
「そ、そんな……」
桃香がその事実に身を震えさせる。
「ですが隊長。一体本陣はどうやって奇襲を――」
「奇襲とは限らないわね。中央を堂々と来るかもしれないわ」
「わざわざ春蘭様まで囮に使ったのにか?」
「むしろだからこそなのよ。春蘭が傷を負って退けば、追撃するのが最良だわ。ただ、追撃するにあたって、後続との連携が切れる瞬間がある。まして本陣から遠ざかれば尚更危険は増す」
「……ってことは、今頃……っ!」
「あくまでも可能性の話よ。……でも、悠長にしてる場合じゃないわっ」
「――あ、愛紗ちゃんたちが――っ!」
桃香の悲鳴が、林の中に溶け込むようにしてはじけた。
その声が大きすぎた。
まだ残っていた敵兵が俺たちを見つけ、仲間を呼んでいるようにすら見える。
「こんなやっかいなときにっ」
「仕方ないわ。どうするの一刀。敵兵を掃討してるような時間はないわよ!」
「――それなら、二手に分かれましょう」
突然意見を提案したのは凪だった。
「私たち三人が敵兵を惹きつけます。その間に、隊長たちは本陣の元へ急いでください」
「せやな。相手が魏の兵なら、わい等が負ける道理なんてないっちゅーもんや」
「くそやろうどもに、だれが教官か教えてやるのぉ!」
「真桜、沙和……」
二人はやる気満々とでもいいたげに、俺たちに背を向けるようにして前に立つ。
「隊長たちはお急ぎを。……そこに、華琳様がいるはずです」
「……わかった。ここは任せる」
「はい。この命、この力。『魏のために』」
凪たちは何も一刀のためだけにここにいるのではない。その信念は、魏の旗の下にある。
一刀力が、魏のためだと信じているからこそ、こうして任せられるのだ。
「ただ、一つだけ約束してくれ。……絶対、生きて会おう」
「あったりまえや! 死ぬのは魏が滅ぶ時だけや!」
「魏は滅んだりしないのぉ! 沙和たちが守るのっ!」
「ははっ。その通りだな沙和。私たちは、まだまだ死ねないな」
凪は恐らく初めて、戦場で笑って見せた。
信じる仲間が側にいるから。
「『凪』、『真桜』、『沙和』」
「えっ」「……んな」「ほわ」
凪たちは驚いた。雪蓮が自分たちの真名を呼んだことに。
雪蓮にとってそれは、敵であったことよりも、今仲間であることを認めた証。
「あなたたちが全力を出すのは今じゃない。魏の平和を保ち続けるときこそが、全力で戦うとき」
雪蓮の激励は、三人を奮い立たせた。
「王の身柄は確保してあげるわ。任せなさい。だから――」
「だから凪たちは、華琳の――」
「曹操さんの帰る場所を、――お願いします」
それは三人の願い。
今まさに戦っている者同士が望む、共に臨む、明日への願い。
具体的に言葉にせずとも、想いが乗った言葉は心に届いている。
凪たちは、天を仰ぎ応える。
『――はいッ!!』
そして、
凪たちは駆け出す。 決戦へと赴く仲間の邪魔をさせぬために。
一刀たちは駆け出す。仲間との誓いを果たすために。
「いくぞッ!!」
『応ッ!!!!』
―― 第一部隊
他の三部隊がほぼ同時に、事態の真相に気づいた時、愛紗はすでに後退を始めていた。
戦線を保つ為にもと、陳宮と合流したあとは、護衛をつけて恋のもとへやらせた。
そこからは隊を分断し、本陣の救援へと急いだ。
だが、すでに遅かった。
「な、何故ここに……貴様がいる!」
「さぁて、なんでやろうなぁ」
愛紗の目の前には、既に本陣を目の前に控えた魏の本隊があった。
「しかも――っ」
「あら、関羽。久しいわね。元気そうで何よりだわ」
一刀たちの予想通り、そこには華琳の姿もあった。
「悪いけど、あなたの出番はここまでよ」
「な、何が言いたいッ!」
「言葉どおりの意味よ。あなたはこの戦場で、あのお人よしの王の夢と一緒に、儚く消えるのよ」
「――ッ!!」
愛紗は場の状況など鑑みず、反射的に華琳に襲い掛かった。
「させんでぇッ!」
間に割り込んできた霞の飛龍偃月刀が青龍偃月刀と対峙する。
「うちはこの戦いだけを楽しみにここまで我慢してきたんや。全力でいくでぇッ!!」
「どけぇえええええええッ!」
王を笑われ、本陣が危機に瀕しているという状況下で、愛紗の頭は煮え繰り返っていた。
その槍裁きは荒々しく、何の緩急もなく力任せに振り下ろされていた。
「なんや関羽。その程度かいな!」
軽々と避け、横からの一撃。加え、瞬速の突きから切り上げ、下ろしの連撃。
愛紗は防ぎこそはするものの、どれも体を徐々にかすめていき、体勢も崩れていく。
崩れた体勢で防ぐことで、さらに四肢に衝撃が直に伝わり、関節が軋みだす。
「……期待ハズレやな。前にやりあった時の方がわくわくしたわ」
「ならば霞。手加減は不要」
「本気じゃない相手なんか倒してもおもしろくもない。終わりにするでッ!」
愛紗が振り上げた青龍偃月刀を霞は懐にもぐり、下ろされる瞬間に、その柄を掴んだ。
「――なッ!」
すかさず鳩尾に膝を叩き込んだ。
「……が、はっ――――」
視界がぶれ、意識が揺れる。倒れまいと地に足で踏ん張ろうとするが、霞は後ろから首筋にかけて、その槍を容赦なく叩き落とす。
「――――っ」
頭部を激しく揺さぶられ、ついに愛紗は昏倒する。
奇しくもこの戦法は、一刀のそれに近いものだった。
「いっちょあがりっと……。それにしても、華琳も難しいことを頼むやっちゃなぁ。『なるべく傷つけないで関羽を捕獲しろ』やなんて」
「ふふっ。だからこそ少しでも楽に倒せるように挑発したんじゃない。関羽にはこれから役にたってもらうのよ」
「関羽を餌に脅す、ねぇ。うちとしては、あんまり気乗りはせぇへんのやけど……」
「さぁ霞、関羽を連れて急ぐわよ。腕は体の後ろで縛っておきなさい」
華琳は霞の言葉など耳にも入れず、外れていた本隊へと戻っていく。
「……ホンマに、変わってしまったんかいな……華琳」
それでも、忠義だけは果たす霞にとって、華琳の意に応えることだけが、今の自分の在り方だった。
――魏の本隊は、刻一刻と迫っていた。
【あとがき】
皆様、お久しぶりです。altailです。
今回はあまり間を空けずに、一気に書いてみました。
が。
その所為で少々文章が荒い気がします。しかも内容は前よりもさらに短め。
誤字脱字は愛嬌です。すいません調子に乗ってorz
さて、今回でようやく魏の策の全貌が……っていうほどすごい策じゃないですはい。むしろしょぼいです。ありきたりです。
さらに言うなれば、魏の本隊いつの間にこんなとこいるの?って聞かれたら、私は自信をもって「こうだ!」と答えられません。
第一部隊と第三部隊の間に潜んで進行してきていた。
っと考えていたのですが、よく考えるとこれも無理な気がします。
でも一応本編はこの考えで進行してますので、いつもどおり――
こまけぇこたぁ(うわ、何をするやめ―― ふぅ。
いつもどおりの愚痴と、お知らせ。
実は私、この二次創作を書いてある間に参考にする資料って、公式HPの内容だけなんです。
そのため、前にも言いましたが、一人称や各キャラの呼称について、ちっとも自信がありません。
前回の作品で、コメントでご丁寧に教えてくださった方、ありがとうございました(ペコリ。
さらに、若干恋のキャラがよくわからなくなったりしてます……。
むしろ強すぎるこの人の扱いに困ってますorz
そこで、初めて恋姫のWikiを見てみました。
詳しい情報に目を輝かせていましたが……桔梗の説明を読んで驚きました。
「武器「豪天砲」はパイルバンカーである」
Σ(゚д゚) ぱ、パイルバンカー!?
断言します。主はあの武器を「大砲的な何か」と思っておりました。なんか立ち絵がそんな感じだった気がしたからです。
そのため、桔梗が岩石を破砕したのも、この説明を知ってからの思い付きですw
Wikiを読んでみると以外におもしろいですよ。
さて、次回予告です。
次回でお話は佳境を迎えます(予定)。
捕まった愛紗。狙われる本陣。そして、一刀たちは間に合うのか!?
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一刀たちに忍び寄る敵の影。
そして、苦戦を強いられるそれぞれの部隊。
ついに、魏の策が明らかに!