蜀呉の策は完全に破綻していた。
恐ろしく正確な魏軍の兵の配置に、奇襲、陽動の全てが失策に終わった。
今や戦場にあるのは、ただの暴力のみとなっていた。
中央で敵を迎え撃つ第一部隊―
―関羽・張飛・趙雲・諸葛亮・呂布・陳宮・孫権・周瑜・呂蒙・賈駆(袁紹・文醜・顔良)
左翼にて山路を行軍し、虚を突く第二部隊―
―黄忠・厳顔・魏延・孫尚香・黄蓋・陸遜
右翼にて奇襲を仕掛ける第三部隊―
―馬超・馬岱・鳳統・周泰・甘寧・公孫賛
敵本陣のみが目標となる第四部隊―
―北郷・孫策・楽進・李典・于禁
各々が独自に判断を下さねば成らないこの戦場で、仲間たちの取る行動は――!?
「星、右翼はどうだ」
「こちらは問題無い。このまま押し上げられるだろう……が、おかしい」
「あぁ、私も思っていたところだ」
中央の部隊は疲労こそあるものの、兵力差があるにしては互角に渡り合っている。
だからこそ、おかしい。
「何故誰も武将がいない……中央を開けるにしても、兵の数と吊りあわん」
「だが、このままでは他の部隊がまずいな…っ」
先刻の伝令によれば、他の部隊は完全にしてやられたらしい。
策が完全に破綻したとなれば、そもそもこの戦線を維持している場合ではないだろう。
「どうする、星」
「ふむ……。ならば―」
「お、お伝えしますっ!」
血相を変えた伝令が肩で息を切らして駆けて来た。
「ぜ、前線にて夏侯惇を確認しました!」
「ふむ、やっと来たか――ならば、星と鈴々は別の部隊の増援に向かってくれ。馬で走れば半日もあれば着くだろう。私は夏侯惇を食い止める。奴さえ止めれば、この戦線は問題なかろう」
「……むっ、私の台詞が取られたな……」
「ん?何か異論があるのか?星」
「何でもない。では、我は第三部隊の方に向かうとしよう。翠たちは考えなしで危なっかしいからな」
「よかろう。鈴々なら山道でも速く行けるだろうし、奴は第二部隊に向かわせるとしよう。では、鈴々にこの事を伝えてくれ」
「はっ」
「では、我等も行くぞっ!」
愛紗と星は各々の方角へと走り出す。
ただ、この時愛紗は一つ肝心なことを忘れていた。
後方にて戦線を保ち続けている恋が、単騎で突出してきていることに。
―― 第二部隊
山中の行軍はどうしても低速になり、霧もかかっているという悪天候もあり、尚更進行速度は遅い。
さらに、何故か敵の弓矢だけは的確にコチラの位置を射抜いてくる。
飛んでくる矢に対処している間に、徐々に兵力をそがれていく。
「……おかしいわ。こうも的確に私たちを狙ってくるなんて……」
「何かあると考えるのが妥当か……」
「でも、敵の位置もいまいちわかんないのにどうするのぉ……」
「そうですねぇ~。さすがにこうも霧が深いと、地形すらわかりませんしぃ~」
「何で貴様はそんなにのん気なんだ!」
「えぇ~、これでも結構焦ってるんですよぉ~」
どこがだ!っと焔耶がうなだれる。
「ふむ……、わしに一つ提案があるのじゃが」
「その提案を検討するにはまずこの……っく! 弓を一時的にでもどうにかしないとっ」
「それなら、これを使っちゃうよ!」
「小蓮ちゃん、それは何なの?」
「一刀にもらったの。これを使えば多分ちょっとぐらい時間は稼げるとおもわぁああっ! 危ないでしょッ!」
小蓮は矢が飛んできた方向に乱射する。当たりはしなかったが、人影がうっすらと見えた。
「祭、これ上に投げて」
「ふむ、なんだかよくわからんが、っそれ!」
「そぉれ!」
祭が投げた玉を小蓮が打ち抜く。空中で霧よりなおも濃い白い煙が散布される。
矢が飛んでくるのはいつも自分たちより上からだった。それに気づいていた小蓮も、上に煙幕を広げることにより、敵の眼から逃れられると考えたのだ。
「煙玉っていうんだって。お手軽だから持っておいてよかった」
「なら、なるべく音を立てずに移動しましょう。そこに大きな山の谷間を見つけたわ。そこまで行きましょう」
紫苑がその場所へ先導するように前に出る。
「――ッ!紫苑!」
「えっ」
煙幕に安心しきってしまった紫苑に、放たれた矢が――、
「はぁああ!」
焔耶が飛び跳ね、矢を叩き落とす。
「お怪我はありませんか」
「え、えぇ……ごめんなさい、油断してたわ……」
「今のはまぐれだろう。他の矢は全然的外れじゃ」
「……本当にまぐれだといいのだけど……」
上を見上げて眼を凝らすが、やはり何も見えなかった。
「……煙幕とは、小ざかしいマネを……。弓兵、無駄な矢は使うな。煙が晴れたら再び準備しろ。……さすがに、この煙は私でも見えんな……」
―― 第三部隊
「実は、相手の部隊の配置が穴だらけなんだ。近づいて見ないとわからなかったんだが、どうやら相手はこういう陣になっているみたいなんだ」
翠が地面に相手の陣形を描く。
「これは、偃月(えんげつ)の陣ですか……。でも、それにしては、陣が広い気がしますが……」
「問題は、その先頭の部分が欠けてるんだ」
「ほ、本当ですか!?それだと、全然陣の利点を生かせないはずなのですが……」
「でもこれなら、中央突破すれば敵兵を無視して行けるんじゃ――」
「むしろそれが敵の狙いと考えるのが妥当だろう。敵兵の少なさからして、その更に後方に陣を構え、挟み撃ちにするという策だと思うが」
「私も甘寧さんと同じ考えです。罠としか思えません……」
「でも、この陣の先に敵が構えているとは決まってないぜ?」
「それはそうですが……」
相手の兵が裏にいるかどうか。中央突破するかどうかに大切な問題はそれだけなのだ。
仮に、敵が居なかった場合は、後方を駆除しながら騎馬の速さで振り切ればいいし、兵力的にも勝っているので恐れることは無い。
しかし、敵が後方に陣を構えていた場合、そのまま偃月の陣は鶴翼へと変貌し、完璧に包囲されてしまう。そうなった場合、突破に時間がかかれば全滅の可能性もある。
(でも、このまま真正面から戦っては、消耗は免れない……。城まで辿り着けるかどうかも……)
「なら、こういうのはどうだ。騎馬隊を中央突破させて、左右翼にも部隊を伸ばす。もし敵が後方に居たとしても、後ろを包囲されることはなくなる。悪くないと思うんだが」
「悪くはないですね……。ただ、後方に敵が多数居た場合、確実に状況は不利に成ります。あともう一手欲しいですね……」
雛里がこの事態に苦々しく顔をゆがめる。
「ふふふ……私に一つ、策があるのだが」
「……白蓮さん?」
「雛里、敵部隊が居るとしても、この距離で目視できない距離だ。加えて、我等は騎馬隊の精鋭だ」
「……そ、それも考えましたけど、ただ本当に速さで勝てなかったら……」
「大丈夫さ。私たちは最速の騎馬隊だ!敵の速さなんかには負けないさ!」
「なるほどな……。私は公孫賛の策に賛成だな。上手くいけば、こちらが鶴翼となり包囲することができる」
「な、何だ何だ。どういうことなんだ?」
「もぉ、お姉さまには後で私が説明するから、とりあえず急いで足の速い騎馬を選りすぐるよ!」
「お、おう……。何だかよくわかんないけど、駆け抜ければいいんだな!」
「……何だか、心配になってきたぞ……」
甘寧が気だるそうに肩を落とす。
「大丈夫でしょう。白蓮さん、中央突破を計る騎馬隊の指揮をお願いします」
「あ、あたしが!?」
「そもそも提案したのは白蓮さんですし、翠さんたちに機を読めとは言えません」
「な、何気にサラッと酷いこといって無いか?」
「と、ともかく、移動中を相手に詰められたら終わりですから、そこは気をつけてください」
「あ、あぁ……。こ、これって、カナリ重要な役割だよな?」
「はい。部隊の勝機が白蓮さんにかかってます。が、がんばって下さいね」
「お、応っ……!」
白蓮は翠たちに詳細を伝える為に立ち去る。
「甘寧さんと周泰さんは、右翼と左翼の展開をそれぞれお願いします。特に騎馬隊の退路を塞がれないように注意して下さい」
「心得た。展開するのは、騎馬隊が出てからだな」
「はい。敵に軍師でも居ない限り、すんなり行くと思うのですが、一番心配なのは敵の所在と数ですね……」
「我々が蹴散らせばいいだけのことだ。では、一旦後方で待機するとしよう。明命、全軍に陣形と移動の準備を伝えておけ」
「はいっ!」
明命はすぐに部隊班の隊長を集め、策の説明と指示を始める。
(武将は恐らく後方だろうな……。何故前に武将が一人も居ないのか気になるな……。ここは……)
思春は自分の部隊の副隊長を呼び、話を始める。
―― 第一部隊 後方 本陣
本陣の冥琳は、この事態に対して何も手が付けられないと悟っていた。そもそも、本陣待機の自分たちにできるのは、援軍の要請と、兵糧などの兵站の補充などを手配することぐらいで、策が失敗に終わった今、ただ伝令からの連絡を聞き、事態を把握することだけだった。
「何だってこんなわけわからない状況になっちゃったのかしら……」
亞莎が一人愚痴をこぼすが、誰一人としてそれに答えることができるものはいない。
偶然兵が構えているところに遭遇しただなんてものじゃない。相手は周到な準備をして我等を待ち構えていた。となれば、下手をすればこの本陣も危ないかもしれないな……。
「冥琳、私たちはどうするべきなのかしら」
「……ただ、何か起きるのを待つしかありません。今下手に動けば、かえって相手の策におぼれるかもしれません」
「……ただ指を銜えて見ているしかないだなんて……っ」
蓮華が悔しそうに下唇を噛む。
こうしている間にも、魏は迫っていた。
―― 第四部隊 抜け道
「こうも都合のいい道があると、フラグにしか思えないんだが……」
「何か言った、一刀?」
「い、いや。何も……」
相変わらずの地獄耳だな……。
「それにしても、よくこんな道知ってたな凪」
「はい。以前、我々は色々と歩き回っていまして、その時に行商人などから色々な情報を仕入れていたのです。こういった抜け道もその一つです」
「へぇ。で、この道を他人に教えるのは初めてってことか」
「そういうこっちゃ。道はそれなりに広いのに、道かどうかもわかりにくいから知る人ぞ知る道ってわけや」
真桜は辺りを楽しそうに見渡しながら答えた。
簡単に言えば、林の中に出来た自然な道で、中には竹も混じっており、足元にじゃ枯葉や落ち葉などがたくさんあり、想像していたのと大分違ったため、最初は本当に抜け道かどうか疑った。
でも、ここまで本当に敵に遭遇していないとあっては、信じるしかないだろう。
「でも、なんかおかしぃのぉ」
「おかしいって何がだ?」
「ん~、いつもと違うっていうか。とにかくおかしぃのぉ」
そんな危険なこと言わないで欲しいのだが……。
「か、一刀さん……い、今何か聞こえませんでした?」
「え?」
「……桃香やるわねぇ。あんな小さな音を異変だと感じるなんて」
「雪蓮も何か聞こえたのか?」
「一刀もいい加減集中しなさい」
「――ッ隊長!」
「だから何なんだ!」
いくら俺が少しぐらい気配がわかるようになったとは言え、この林で木々のざわめきの中、音を聞くなんてとても無理だ。
それでも、鞘に手をかけ、意識を張ってみる。だがやはりいまいちわからない。
俺が雪蓮にもう一度声をかけようとしたとき、既に雪蓮は剣を抜いていた。
「囲まれてるわよ」
―― 第一部隊 前方 中央
「関羽ッ!」
春蘭の重い一撃は、上段から始まり、畳み掛けるように引いては薙ぎ、叩き、切り刻む。
愛紗はその全てを槍で受け続ける。春蘭の猛攻に、攻撃に切り返す機を待つ。
「何故、貴様一人がこんな軍勢を率いているッ!」
「今は戦っている最中だぞ!そんな妄言に付き合う言われは無い!」
言いながらも攻撃の手は休まない。
愛紗が一歩引くたびに、一歩踏み出し一撃を加える。
「――ッ」
春蘭の攻撃の単調さに確信を抱き、大きく後退する。
「逃さんぞッ」
春蘭がそれを追う様にして詰めるが、すでに愛紗は前進を始めていた。
「ハッ!」
前方に自ら進み出てきた春蘭にその攻撃を避ける術は無く、片足が地を離れている為満足に受けられるわけもなく、下からの突き上げを胸の前で剣によって受けるが、上に跳ね上がった青龍偃月刀は受けきれず、剣ごと押し返されて右肩に強烈な一撃が入る。
「どうした夏侯惇。以前より剣筋が単純だぞ」
「ほ、ほざくなッ!」
右肩を庇いながら必死に七星餓狼が振る。
しかし、肩というものは、腕の機能を中枢回路の様な物で、力も技術も一気に衰えた春蘭の剣は、愛紗にとって子供のごっこ遊びと同じぐらい簡単に避けられるものだった。
「何故貴様しか此処に居ないのだ!こんな大部隊、貴様が御しきれるわけがないだろう!他の将はどうした!」
「誰が答えてやるものか」
「――はぁ!」
「が……あぁッ!」
上がらない右腕の肘の関節を狙って叩いた。もう剣を持つだけでも痛いはずなのに、それでも春蘭は退かない。
「例え私がただの囮だとしても、貴様を通すわけにはいかん!」
…………………………………………。
「囮なのか」
「はっ、し、しまったぁああああ!」
「本気で口が滑ったのか……」
あまりの馬鹿さ加減にほとほと呆れる愛紗だった。
「ま、マズイ。華琳様に怒られてしまう……」
「断罪ものだと思うのだが……」
「お、己ぇえ……貴様、私が口を滑らすように謀ったな!」
「そんなわけがなかろう!」
「こうなってしまってはこのまま前線を押し上げても兵が疲弊してしまう……此処は退くぞ!」
「何で敵である私に向かって叫んでるんだ……」
「う、うるさい!伝令、全軍に通達しろ!退くぞ!」
全軍と一緒に退いていく春蘭を数分間放心状態で見送っていた愛紗は、正気を取り戻し、ようやく朱里に事態を伝え、追撃することに決めた。
この時既に、愛紗たちのすぐ後ろにまで恋は出てきていた。
―― 第二部隊
「で、でも祭。私にできるかなぁ……」
「きっと大丈夫のはずですぞ。それに、仲間も一緒です」
「その通りよ、小蓮ちゃん。私たちみんなで援護するわ」
「何より焔耶を側に置くのだ。全力で守ってくれるはずじゃ」
「き、桔梗様のご期待に背きはしませんとも!」
「では、作戦開始じゃな」
「みっしょんすたーと!」
一刀は小蓮に一体何を教えているのだろうか……。
煙幕の煙はすでに晴れてしまっている。霧も徐々に晴れてきている。それでもまだ敵の姿は目視できない。
「行くわよっ!」
紫苑の合図と共に、残った兵を分割し、前方と後方とを警戒する二つの部隊を編成する。
弓兵を守るように歩兵が陣取り、矢が飛んできた方向に速射出来得る体制を作る。
ただ、進軍速度は落ちるため、諸刃の剣でもある。
「桔梗ッ!四時の方向よ!」
一番視力の高い紫苑の指示通りに、桔梗の豪天砲が火を噴く。
弓なんかより威力範囲が高い豪天砲は欠かせない武器だ。
崩れた崖から兵が数人落下する。
「霧が完璧に晴れるまで後一刻ぐらいかしら……ハッ!」
思考をさえぎるように飛来してきた矢を交わし、崩れた体勢から正確に敵を射抜くその腕前は恐るべきものだ。
「勿体無いなんて言ってられんのぉ。これで……どうじゃ!」
矢筒から何本もの矢を全て持ち、崖の上より更に上を狙い、さながら雨のように矢が落ちてくる。
上から悲鳴が聞こえてきたとき、「はっはっはっ!どうじゃ!」と高笑いした。
ただ、殆ど勘になり、精密射撃はできないため、矢の本数の限りを考えると、そう何度もできない。
「まだか焔耶……っ」
「焦らないで桔梗。私たちはこのまま進んで行くだけよ」
だが、確実に捌き切れない矢が少しずつ兵を負傷させていった。
「ちぃ、矢がもう殆ど残っとらんわい……」
「もう少しの辛抱ですよぉ。がんばりましょ~」
「お主はやはりもう少し緊張感というもの理解するべきじゃな」
その時――
ドオォオオオオオオン!!
「来たかッ!」
焔耶と小蓮は、いつの間にか敵が居る崖の上に登ってきていた。
先ほどの谷間の奥に、崖を上れるような窪みと道があった。ただ、高さ故に登るのに慎重にならざるを得ず、かなりの時間をかけてしまった。
だが、この奇襲は相手にとっては予想外だったようだ。
地形を調べて把握していたからこそ、こんな崖を登ってくるとは思っていなかったのだ。
「はぁぁああッ!貴様等、弓を射る暇を我が与えると思うなよッ!」
宣言通り、凄まじい速さで鈍砕骨で敵の骨を砕くほど叩っ切って行く。あまりの強さに、岩石が砕けるほどに。
「――ッ! 後ろに跳んで!」
その後ろで敵を見渡して回避の支持をだしながらも、敵を射抜いていく小蓮。
(それにしても、崖の上にこんな数が待機していただなんて……。一体いつから準備を始めていたの……)
それに、登って見てわかったことだが、崖の上には霧が全然無く、人影がゆらゆらと動いているのがわかっるぐらい見える。
(これじゃあいくら移動しても狙われるわね……)
「おい、小蓮っ!」
「え……きゃぁあ!」
考え事をしていた小蓮は、自分が狙われている事に気づいていなかった。
寸前のところで焔耶が矢を叩き落す。が、さらに連続して三本が飛んで来る。その三本全てが致命傷となる部分を狙ってきている。焔耶は、明らかに弓の精度が違うと悟った。
全ては捌き切れず、体を逸らして致命傷を避けたものの、左肩に命中してしまった。
いつの間にか自分たちの目の前に居る人物に気づいた。
「誰だ貴様ッ!」
「私は夏侯淵だ。それにしても意外だな。まさかこの崖を登ってくるとは」
「はっ。貴様のご自慢の弓兵はほぼ全滅。向かいの崖に居たとしても、そちらも霧が晴れればすぐに倒すできる。貴様の負けだな」
「……そうだな。このままでは私も討ち取られてしまうな。では、ここは退くとしよう」
「逃がすと思ってるの」
「違うな。貴様等が逃げられるかどうかだ」
「何を言って――ッ!」
焔耶は気づいた。夏侯淵の更に後ろにある大岩に。支えられてはいるが、今にも千切れそうだ。
「ま、待て――ッ!!」
「させないよっ!」
小蓮の弓をあっさり避け、秋蘭は弓を構えると、あっさりとその支えを打ち抜いた。
大岩が、下にいる紫苑たちに襲い掛かる。
―― 第三部隊
「オラオラオラァア!どけどけどけぇー!」
「ちょっとお姉ちゃん速すぎぃいい!」
「あーはっはっは!がんばって付いて来いよ蒲公英!」
「陣形崩れるでしょうがぁー!」
思いっきり駆け抜けていいと言われた翠は、本当に全力で駆けている。後ろを気にしないぐらい。
「おい、翠!そろそろ敵が見えてくるはずだ!注意しておけ!」
既に相手の陣の懐に入り込み、後は後方へと抜けていくだけ。
だが、ここからが勝負所。予想通り、後方にも敵が居るようだが、まだ遠い為数まではわからない。これ以上進むとかえって離脱できなくなってしまう。
白蓮たちの更に前を走っていた翠が急に方向転換して戻ってきたのだ。
「お、おお……おい!なんだあの数!軽く50万はいるぞ!」
「な、何だその馬鹿げた数わ!この策が成功しても、その兵力差は不味い!」
「ど、どうするのぉ!」
とりあえず、敵を退きつけた後、左右の敵の間をくぐり抜けて退く。その後、構えていた左右翼で包囲殲滅しかない。
だが、兵力差は30万近い。となれば、本陣に援軍の手配を……いや、この状況ではむしろどの部隊も援軍が欲しいはず。ここはどうにか耐えるしかない。
「右に翠、左に蒲公英と私が退く。退いたあとは一先ず本体と合流するのが先決だ」
「わかった。それじゃあ、後ろからも敵が迫ってるわけだし、そろそろ動くか」
「限界まで惹きつけたいけど、これ以上は危ないかもしれないしね」
「いくぞっ!」
再び騎馬隊は、今度は敵中を抜け出すために走り出す。
遠くで旗が左右に分かれるのを確認する直前、雛里はすでに部隊を展開する支持を出していた。
思春と明命は迅速に動き、さらに敵との距離を完璧に保っていた。
後は、騎馬隊が問題なく抜けてこれるかどうかだけだった。
「蒲公英、もう少しだぞ!」
「もう少しって、もう敵に塞がれちゃってるよぉ!」
予想以上に速い敵の動きに対し、予定していた退路を塞がれてしまっていた。
「まだ薄い。今ならまだいけるかもしれない」
「そんな震えながら言われても……」
さっきから勇敢なことを言っていた白蓮だが、その実恐くて堪らないのだろう。
「こーなったら、力ずくで道を作ってやるー!やぁああ!」
向かってくる敵を槍で切り払う。速度を落とさずに的確に相手の攻撃をいなし、切り返す。馬上でこれだけ槍を扱える技術は、この姉妹をおいて上はいないだろう。
それでもやはり、徐々に速度は落ち、敵が集まってくる。
「こ、これは不味いっ!」
「星お姉さまー!助けてー!」
「はーっはっはっは!」
突如敵の背後から迫り来る騎馬が一つ。その手には龍牙。歩兵を次々に薙ぎ払い、やがてそれは、龍の昇る道となる。
「趙子龍、只今推参! ……仮面が無いのが惜しいな」
「星お姉さまー!」
蒲公英は感激し、星の元へと走り寄る。そこに、まだ残っていた兵が押し寄せるが、
「邪魔すんなああああ!」
先ほどよりも更に凄まじい槍捌きは、まさに影が閃くごとく一瞬の業だった。
「お姉さま、どうしてここに?」
「コチラの部隊は予想以上に手薄でな。愛紗を残して援軍に来たのだ。ある程度の兵は率いてきてはいるが、私が先に駆けてきたため、もう少し到着が遅れるが」
「全然問題ないです!星姉さまが居れば万人力です!」
「ははっ。して、手はずはどのようになっているのだ。これが策というのはわかるのだが」
蒲公英が星に簡単に説明すると、「その策に一つ決め手を加えよう」と言い出した。
「我々は後退するのではなく、このまま敵の後方へ回り込むのだ。兵力的にはまだ勝っている。相手の裏を突けばこの戦陣も崩れるだろう」
「でも、それならお姉ちゃんは―」
「翠なら大丈夫だ。我等が旗を持って退かずに迂回していれば、すぐに意図に気づくであろう。翠は馬鹿だが、戦の感性だけは十分に卓越している」
その後、すぐに伝令に言伝を頼み、急いで迂回を始める。
「星、私に対しては何も言わないんだな……」
「おぉ、居たのだな白蓮殿気づかなんだ」
「その言葉が止めになりそうだよ……」
―― 第四部隊
「なぁ、凪。この状況、俺としては想定の範囲外なんだが……」
「私もです。そもそも、この道を知っているものが魏に居るとは思いませんでした……」
「ど、どどど、どうするの!なんかいっぱい敵さんが……!」
「慌てなくていいわよ桃香。この数凌ぐくらいならなんとかなるわよ。ただ――」
「この先も待ち構えていられると、さすがに厳しい……な」
俺たちはそれぞれ背中を合わせるようにして林の奥を見つめている。
敵らしき影は目視できる。ただ、正確な数まではわからない。
それ以上に、『囲まれている』というのがありえない。
完璧に待ち伏せしていないと、雪蓮や凪の感覚で、こんなに近づくまで気づかないなんてありえない。
「でも、俺たちに『戻る』なんて選択肢は最初から無いしな」
「ただ単に、どこかでこの道に入るのがばれた可能性もあります」
「だったら、さっさとここを切り抜けるのが一番やね」
「わ、私もがんばりますよっ」
桃香は靖王伝家引き気味に構え、それなりの覚悟を示している。
「いい加減かかって来なさいよ。来ないんなら、こっちから行くわよ!」
動いたのは雪蓮。進行方向に立ちふさがっていた五人に襲い掛かる。
相手は既に剣を抜いているが、雪蓮の太刀筋の速さに勝ることは無い。振り上げた剣が降ろされることも無く、手から零れ落ちていく。一人切られてから動き出した周りもやはり遅かった。
凪は右側の林に飛び込んで行き、気を込めた一撃を放つ。その一撃だけで呆気なく敵が吹き飛んでいく。
真桜と沙和は左側の敵を一人ずつ蹴散らしていく。決して強くは無い二人だが、自分たちが鍛える対象である魏の兵に遅れを取ることはまず無い。
あまりにも反応の良い三人が敵を倒している間に、雪蓮は既に前方の敵を全滅させていた。
俺も動こうと思ったのにな。
「はぁああ!」
声と同時に振り下ろされる剣を、声と同時に避ける。
「奇襲のつもりなら、声なんて上げちゃダメだろうよ!」
小烏丸を抜刀。隙だらけの脇腹、鎧の隙間に峰打ちを叩き込み、前に屈したところで首筋を柄で叩く。そして、その場に気絶した。
ただ、気を抜きすぎていたため、桃香が自ら相手に切りかかりに行っていることに気がつくのに遅れてしまった。
「桃香っ!」
「大丈夫、です。これぐらい、できなくちゃ……!」
本来、単なる家宝の宝刀でしかない靖王伝家には、戦闘を主にした武器ではない。だから、普通の剣を使うように薦めた。だが、桃香はあくまでもこれを使いたいと拒んだ。
何でも、持っていると安心するとか、集中できるとか。
訓練で同じものを使いつづけていれば、実践も訓練も関係なくなるのかな。とさえ半信半疑ながらに思っていた。
どうやら、それは本当だったようだ。
「おぉおおおおッ!」
「……っ!」
敵兵の剣は荒れている。しかし、速度にだけはキレがある。
だが、桃香は目を伏せることなく、一つ一つを右に左に後ろに、避けていく。
そして、相手が苛立ち始め、大きく上に振りかぶった時、詰めた。
威力こそないものの、だからこそ、俺はなるべく急所に当てられるように教えた。
だが、人間の急所は主にその中心部に位置している。内臓や間接などを狙うにしても、研ぎ澄まされた技術が必要だ。
だが、今の桃香はそれを的確に行っていた。鳩尾に打ち込み、武器を持っている右肘関節を叩き、心臓やや左上を叩くようにして切った。その衝撃は肺を圧迫し、意識を途絶させた。
正直、訓練でもここまでやったことはない。
ただ桃香は頑なに相手を殺したくないといい、だからこそ急所を狙うことを練習していたのだが。
「す、すご……」
思わず口からこぼれていた。
「で、できた……。あ、あははは。い、今になって震えてきちゃった……」
「何よ桃香、あんたいい腕してるじゃない」
「そ、そうですか?じ、自分でも無我夢中だったんですけど……痛っ」
「だったら自分から相手に向かっていくな。襲われた時に対処できればいいんだから」
「うぅ……」
「もしかしたらうち等より強いんと違うか?」
「勝てる気がしないのぉ……」
「ただ、やはり危険な行動は避けるべきですね」
「はぁい……」
「とりあえず、さっさと行くわよ。どうやら、まだまだ居るみたいだしね」
さっきから聞こえている音はどうやら敵兵がこっちに向かって歩いている音らしい。
「急ごう。この抜け道を抜けてからが本番なんだ。こんなところでもたもたしているわけにはいかない」
桃香の手を引き、俺たちは走り出す。
もちろん進行方向にも敵が待ち構えていたが、雪蓮や凪がその都度薙ぎ払ってくれるので、俺は安心して歩を進めることができた。
ただ、予想外の自体が起きた。この生い茂る木々や竹林の中で。
矢が、飛んで来たのだ。
【あとがき】
まずは一言。
本当に、4ヶ月も間が空いたことを深くお詫び申し上げます。
さて、本作ははっきりいって今までのよりはるかに短いですね。
そもそも、この更新日の今日、朝から書き続けて作ったものです。
書いているとどうしても「この表現はおかしいのでは」と自信を消失しがちです。
中でも今回はぶっちぎりでテンション低めでやりました。
4ヶ月も空いたのに、自分が考えていた通りで書けているのだろうか、と。
プロットなどはメモってはいるのですが、やはり感性は徐々に変化するわけで……。
っと、何だか愚痴っぽくなってきたのでやめにしましょう。
本編の話。
桃香強すぎワロタw って人が続出すると思いますが、所詮相手はただの一兵卒ですので。
あと、急所がどうとか書いてますが、多分桃香の非力さじゃ、鍛えたところであまり意味はありません。相手を気絶させられる程度になるわけがないと思ってはいるのですが、不殺さずの念を彼女に捨てさせたくないので、泣く泣くっと言ったところですかね。
実際急所とか関節とかについてイマイチわかってない主が言うのもなんですよねorz
時系列については、視点が変わるごとに、少し時間が進んでいると考えてください。
星の移動早すぎない?とか思った人。
こまけぇこたぁ(ry
すいません調子に乗りましたorz
と、とにかく、時間の流れは大体で考えてください。
あと毎回苦労するのが、キャラ同士の名前の呼び合いです。
とにかく思い出せないし、思いつかない。
例えば――蒲公英が翠のことを何て呼んでたのか。お姉ちゃん?お姉さま?そこら辺すごくあいまいです。
孫呉の祭や小蓮なんかはもう本当にわからない。
苦肉の策として、名前を呼ばないような文章にしちゃってます。これも申し訳ない気持ちでいっぱい。
誤字脱字がありましたら容赦なく指摘してください。徐々に覚えていきますので(汗
最後に、あの終わり方。
もう思いつくのはあの場面だけですよねw
そうですとも。主は雪蓮スキーです。
恐らく、次回の更新も一月以上かかると思われます……。
調子がよければ一月以内に出来るかもしれませんが……望み薄です。
では、次回の更新まで、しばしお待ちを。
読者の皆様、本当にありがとうございます。
Tweet |
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追加するフォルダを選択
大変長らくお待たせいたしました。
前回の投稿からおよそ4ヶ月も間が空いてしまったことを深くお詫び申し上げますorz
今作から大きく動き出します。まだまだ戦いは始まったばかり。魏の策は!?蜀呉の策は!?
波乱の決戦。 開始です!