No.97001

北郷一刀の本気 ―意地―

altailさん

ついに魏の本隊との真っ向勝負。
魏の精錬された兵の動きに、蜀呉の部隊は苦戦を強いられる。
そんな中、一刀たちは戦友のために、戦陣を直走る!
止まることを知らない戦乱活劇。
注目の死闘を目にせよ!

2009-09-23 21:24:30 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:11545   閲覧ユーザー数:8757

―― 本陣

 

 

「め、冥琳様! 前方に魏の軍勢が広域に――」

「わかっている。亞莎、直ちに本陣周辺の部隊を前面広域展開。なるべく深く構えろ。蓮華様はその部隊の後衛に後詰として配置を。もはや本陣に待っている必要もないでしょう」

「わかった。直ちに兵站を収集。全力で迎え撃つッ!」

控えていた兵もそれぞれの隊へと戻り、急遽前方へと大きく進軍準備を始める。

「冥琳、他の部隊の状況は……」

「……どこからも伝令がありません。恐らく魏の伏兵に襲撃された可能性が高いかと」

冥琳たちが伝令を各部隊に放ってから、誰一人として本陣に帰還したものは居なかった。

そのため、冥琳たちはここまで魏に接近されてようやく事態の把握に至った。何がしかの策を講じる暇も無く、迎え撃つ準備を整えられるかどうかさえ危うい。

そんな状況でも、蓮華が他の部隊を心配していることが、冥琳には不安だった。

「蓮華様、今は本陣を守り通せるかどうかだけお考えを。他の部隊はきっと大丈夫です。例え他の部隊が――、いえ。よしましょう」

他の部隊が壊滅していても、我々が勝って見せましょう。

そんな他人事みたいな言い方を、今の蓮華にはできなかった。

「ふ、ふふっ」

「……蓮華、様?」

何がおかしくて笑い出したのか、冥琳にはわからなかった。

「安心しろ、冥琳。確かに、他の部隊は心配だが、皆私の――こころ強気仲間だ。魏など相手に、劣ることはないさ。今は、我々がこの敵軍を凌ぐ方法を論ずる方が先決だ。そうだろう」

「……ふふ、まったくもって、その通りです」

そうだ。私は何を心配していたのだ。蛙の子が蛙ならば、虎の子もまた虎。幼き虎は、狩りで経験を積み、成長する。成熟した虎は、さらに爪を研ぎ牙を鋭くする。標的とされたものは、絶対に逃げられなくなるほどに。

そんな虎に、蓮華様は成長なされていた。

……雪蓮も蓮華様も、本当に恐ろしい方たちだ。

いつの間にか、自分が教えることが無いほどに成長してしまっている。孫呉は、この血さえ絶やさねば、安泰だろう。

冥琳が少し感傷に浸っていると、放った斥候が戻ってきた。

「報告。敵兵は少なく見積もっておよそ50万。さらに、広範囲に布陣している為、深さはわかりかねます。また、敵将は、許緒・典韋・張遼、そして曹操を確認しました」

「そ、曹操がここまで出ているのか!?」

「は。間違いなく、その方かと」

「……蓮華様」

「えぇ、わかっているわ。姉さまたちは、恐らく敵に襲われているはず。だが、わかったところで私たちには何も出来ない。……もどかしいっ」

蓮華は強く下唇を噛む。

「曹操を抜きにしても、三人も武将を率いているとはな……」

はっきり言って、戦力が違いすぎる。本陣の兵はおよそ20万。さらに武将は全員出払っている。

「圧倒的な戦力差。敵の接近と時間の無さ。まったく、厳しいな……っ」

さすがの冥琳も愚痴をこぼした。敵は本陣をまっすぐ攻めてきている。例え何がしかの策があったとしても、その時間すらない。他の隊へ援軍を要請しようにも、伝令は尽く潰される。

(万事休すか……)

自分が弱気になっていることに気づいて、蓮華はもう一度首をブンブンと振った。

そこへ、部隊を動かしに行ったはずの詠が戻ってきて、

「大変よ!袁紹たちが自分たちの兵を連れてすでに出ているわ!!」

「な、なにィ!?」

 

 

 

 

―― 本陣 前方

 

 

「おーっほっほっほ!今こそ我々の出番でしてよ!」

「おぉ、麗羽様が燃えている! 私もやりますぜ!」

「もぉ、文ちゃん、いいから早く隊の陣形整えないと……」

「そういうことは斗詩の仕事だろう。私は先頭で戦陣きって突っ込むのが仕事なの」

「なんでもいいですわ。本陣の危機を救い、曹操を討ち取ったとなれば、名を馳せるまたとない機会ですわ!」

「再び地位と権力を取り戻して、毎日おいしいもんたらふく食う!」

「夢ばかり語ってないで、現実見てくださいよぉ……」

敵軍50万を前に、自分たちは精々5万。相手の十分の一の勢力で、どうやって曹操までたどり着けというのか。斗詩は心底気落ちしていた。

しかし既に敵兵は目前。今からでは陣形も変えられず、後退もできない。それを唯一把握しているであろう斗詩には何の作戦権限もないため、やはり麗羽はこう告げる。

「華麗に雄雄しく、曹操への道を切り開くのです!」

「……はぁ……」

たまに何でこの人に仕えているのか頭を悩ませる自分が堪らない。

「文ちゃん、危なくなったら退いてよ。孫権さんの部隊にまで後退して戦線を整えれば、また機会はあるはずだから」

「何言ってんだよ斗詩。あたいらで全部やっつけるぐらいの気力でいかなきゃ勝てないぜ」

「気力だけじゃ駄目なんだってばぁ……」

斗詩の説得虚しく、猪々子は前へと進みでる。退き際を間違えないように斗詩も付いて行く。

結局いつもと変わらず、作戦など無いに等しい袁紹隊であった。

それでも麗羽はいつもどおり、高らかに戦いの幕開けだけを宣言する。

「やぁあーっておしまい!!」

 

 

 

 

―― 第四部隊 一刀一行

 

 

俺たちは既に抜け道から遠ざかり、第一部隊に近しい場所まで出てきていた。

「……で、この軍勢は一体なんの冗談かしら……」

「俺、ここまで熱烈な歓迎は初めてかもしれない」

「わ、私はこんな歓迎全力でお断りしたいです……」

見渡す荒野に、魏軍が広大に展開。ネズミ一匹通さない網が敷かれているかのようだ。

「そうも言ってられないみたいよ」

敵兵が真っ直ぐ俺たちを見据えて向かってくる。

敵は固まって突撃してくる。間違いなく攻防を一体にした動き。

「どこからこれだけの兵が――」

「敵本隊が本陣に向かってるんだから、第一部隊の兵をこっちに割いてるんじゃないか?」

「で、でも第一部隊には愛紗ちゃんも恋ちゃんもいるし、兵を分けるなんてことする余裕は……」

「だったら、予想通り愛紗と恋に何かあったと考えるべきか……」

「そうね。本陣も危ないし、他の部隊の安否も不明。どんな戦場よ、まったく……」

「う、うわわぁ。敵さん、来ますよ!」

津波のごとく押し寄せる敵は、さながら道を封鎖する壁の如くだ。

「迂回したり、やり過ごしたりしてる時間は無いわ。強行突破の中央突破。行くわよッ!」

「桃香は後ろで警戒。突っ込んだら360度敵だらけだ。気を抜かないで」

「は、はいっ。私もがんばります!」

雪蓮と俺は足並みを合わせ、最低限の敵を切り払う。

迫り来る槍と剣のいなし、叩き折り、薙ぎ払う。

「雪蓮、後ろだっ!」

雪蓮の後ろへと回り込んだ敵兵が、その背後を突こうとする。

「させません! やぁあ!」

その更に背後にいた桃香は相手の手首を殴り、膝を砕き、首を絶つ。刃がない剣でも、下手をすれば死ぬんじゃないか?

「ナイスだ桃香!」

「はいっ!」

ナイスの意味を知らなくても、褒められたことは察したようだ。

再び前方へ加速。一閃、二断、三激、四突と手を休めずひたすら敵を倒す。

「雪蓮、今なら一気に抜けら――ッ!」

俺の左前方で戦っていた雪蓮は、鬼人の如く振る舞いでその惨劇を繰り広げていた。

雪蓮に迫る敵は三人。突如雪蓮の姿が消えたかと思ったら、既に一人目の懐にもぐりこんでいて、その腹部を刺殺。更に足を切り払い、完璧に再起不能にした。二人目が背後から迫るが、既に雪蓮に隙など無く、横に回避しながら起き上がりざまに右腕を切り落とす。腕を失い正気を失った敵を掴み、三人目の敵へ放り投げる。敵は飛んで来る味方に動揺し、後ろに後ずさり視線を足元に向けてしまった。雪蓮は背後に迫り、容赦なく肩から足の付け根にまで大きく振りかぶった剣を振り下ろし、一刀両断。吹き出る血を拭うことなく、剣の血払いだけを済ませると、落ちていた剣を拾い前方へ投擲。敵がそれに気づき叩き落すが、避けるという選択をしなかったのが運の尽き。剣の影より迫っていた雪蓮は一瞬にして敵を斬首。邪魔だと言わんばかりに立ったまま硬直している体を蹴り、そこでようやく俺を振り向いた。

「何やってるの一刀!急ぐわよッ!」

「あ、あぁ……っ」

雪蓮は既に力のたがを解放していた。本陣の危機――仲間の危機が、雪蓮を突き動かしていた。

桃香にはあまり見せたくない光景ではあるが、その桃香も内心焦っていた。愛紗たちに何かあったと思うと、その焦る気持ちは止められない。今までよりも洗練された動きは、的確に人体の間接、急所を狙い、叩き伏せていく。

未だに、俺だけが覚悟してなかったのではないか。必要とした力は、今この時、仲間を救う為に鍛えたものじゃなかったのか!

「邪魔だぁああッ!」

突き出された槍を掴み、引き寄せる。一緒に付いて来た敵の腹部を刺し貫き、右手首を切り落とす。血錆びで切れ味が悪くなるのが心配なため、なるべく出血部位が多い場所は狙いたくないな。

「…………っ」

いつの間にか、敵を殺すことに違和感を覚えず、効率よく殺す方法を探す自分に気づき嫌になる。

でも、そんな自分すらも受け入れて、前に進むんだ。

「はぁあ――ッ!」

集団で襲い来る敵を、体を捻り、円を描くように回転し薙ぎ払う。致命傷は与えられていないが、今は前に進むことを優先する。

敵もさすがに力量差を感じたのか、一旦退き、冷静に構える。

ニ列が槍を構えその後ろに更に槍という、守りの体勢に入った。

「めんどくさいことをッ」

今は一分一秒が惜しい。臆することなく、俺も雪蓮も槍の林に突っ込んだ。

だが、槍の壁は厚く、一枚を破っても直ぐに二枚目が立ち塞がる。

抜けるに抜けなくなり、立ち往生してしまう。

焦る気持ちを置き去りに、時間だけが過ぎていた。

 

 

 

 

―― 本陣 前方

 

 

既に魏と袁紹の部隊は交戦を始めていた。

「おりゃあぁあ!」

猪々子は斬山刀を大きく振り回す。それだけで敵は吹き飛んでいく。ただどれも大振りな為たまに敵が接近してくるのだが、

「はッ――!」

その隙を斗詩がカバーする。大振りで隙がある猪々子を正確に連携できるのはやはり互いに信頼しているからだろう。

「なんだなんだ、この程度か! こりゃあ楽勝だなぁ!」

斬山刀を振り下ろし敵諸共地を砕く。足場が揺れ、不安定になったところを再び横に大きく薙ぎ払う。単純な動作だが、大勢を相手にするときにこれほど効率のよい攻撃はない。

斗詩は金光鉄槌で一人一人をその力で叩きのめす。相手のガードなど関係なしに、思いっきり叩きつける。あまり大きくは動けないが、一発に一瞬の破壊力が宿り、それ故、一対一ならば一般兵如きでは相手にならない。

「そんなに負けたいなら、相手してあげるよ!」

「な、なんだぁ!?」

突如飛来する鉄球を、かろうじて回避する。

そしてその巨大な鉄球――岩打武反魔を軽々と拾い上げたのは季衣だった。

満足げに再び鉄球回し、遠心力を加える。

「悪いけど、これ以上は暴れさせないよ。そらぁッ!」

「へっ、相手にとって不足無しだ! おりゃあ!」

季衣が放った鉄球は、恐ろしいほどのスピードで猪々子に迫る。猪々子は斬山刀で叩き落として一気に接近しようと考えたが、予想以上に鉄球の勢いは速く強い。勢いを殺しきれなかった鉄球が命中する。

「ぐぅっ……こ、こんなもん、麗羽様のお仕置きに比べればなんてこと……ッ!?」

「なら、これも受けきれるよねっ!」

季衣は鎖で繋がれた鉄球を手元に引き寄せ、空中から落ちるように叩きつけて来る。

猪々子は急ぎ後方へ跳ぶ。だがそれすらも季衣にとっては予想の範疇。着地と同時に再び投擲。だが今度は直線的にではなく、鎖を使い大きく円を描くように横殴りを見舞う。後方へ跳ぶというミスをおかし、防ぐ間もなく鉄球は猪々子の左半身を直撃する。

「が、はっ……」

あまりの衝撃に意識が朦朧とする。その間にも季衣は接近。鉄球を猪々子の頭を砕くように叩きつけ――

「させませんッ!」

金光鉄槌が鉄球を叩き、鉄球はそのまま地面に直撃する。

「おしぃなぁ。もう少しだったのに」

「文ちゃん、大丈夫!?」

「あ、あぁ。ちょっと油断しちまったぜ……」

「あはは。強がり言って。フラフラじゃん」

「なぁに。こんなもん……」

パァアンッ!と猪々子は自分の顔を叩く。すると、脚の振るえも腕の披露も抜けていた。

「よっしゃあ! 今度はこっちの番だぜぇ!」

斬山刀を肩に担ぐと、意外なことに、身軽にも飛び跳ねながら季衣に迫る。

「いくぞぉお! 斬山刀、真・斬山斬!」

一際高く飛び上がり、斬山刀を季衣の頭上から振り落とす。

防いでも重いだろうと判断し、季衣は左に跳ぶ。

「まだまだぁあ!」

ここからが真・斬山斬の真骨頂。再び斬山刀を担ぎ飛び上がり、また振り下ろす。季衣は今度は右に回避。

「オラオラオラぁ!」

また跳び上がり、振り下ろす。それを季衣は後ろへ避けた。だが猪々子はそれを待っていた。

「そぉお、れッ!」

振り下ろす勢いをそのままに、前方宙返りをし、飛距離を伸ばし、斬山刀を叩きつける。

抱えていた鉄球が枷となり、連続で跳ぶことはできない。少しでも勢いを殺そうと鉄球を上へと放り投げる。もちろん、その鉄球を押し返し、ほとんど勢いを殺すことなく斬山刀は季衣へ叩きつけられ――

「させませんっ!」

横から大きなヨーヨーのようなものが飛んできて、斬山刀の軌道を横にずらした。

「助かったよぉ、流琉」

「まったく、勝手に突撃しておいて何やってるのよ!」

「ご、ごめん……」

「……で、予想外の敵がいるみたいね」

「うん。華琳様からも聞いてないし。多分忘れてたんじゃないかな」

「はぁ……。恐らくこの人たちが隊を維持しているはず。袁紹にそんな能力はないはずだし」

「やいやいやい。黙って聞いてれば、本当のこと言ってんじゃねーよ!」

「ちょっ、ぶ、文ちゃんっ!」

「麗羽様にだって、きっと、何か一つぐらい得意なものがあるんだ、多分!」

「もうお願いから恥をかかせないで!」と、斗詩が猪々子を止める。

「何だか、本当によくわからない人たちだね」

「とりあえず、私たちはやることやるだけよ」

季衣と流琉は武器を構える。

「悪いけど、さっさと終わらせて、華琳様に褒めてもらうんだ!」

「秋蘭様のお手を煩わせる前に、私たちが片付けておくんだ!」

季衣の岩打武反魔と、流琉の伝磁葉々が襲い掛かる。斗詩と猪々子お互い左右に回避すると、武器を構える。

「斗詩はそっちの奴を頼む。あたしはこの生意気なガキにおしおきしないとな!」

「ガキって言ったなぁ!」

「ガキって言われて怒るなんて、やっぱりガキだな」

「……絶対倒すッ! おりゃああああ!」

季衣は鉄球を大きく振り回しながら接近してくる。猪々子はそれにあわせて少しずつ後ろへと退く。

「……何も考えてないようで、私たちを分断するのが目的で挑発したのだとしたら、少し見直したかな」

「文ちゃんに限って、それは無いと思う……」

ふと、流琉は斗詩の目をじっと見る。

「な、何ですか……?」

「何だか、あなたはあんまり他人な気がしないわ。お互い、あんな親友がいる所為かな」

「そ、そうかもしれないです……」

はぁ……っとため息が重なる。

「でも、私も負けるわけにはいきませんよ」

「わ、私だってっ。負けたら文ちゃんや麗羽様になんて言われるか……」

「手加減はしません。いきますッ!」

「――はっ!」

再び轟音が辺りに響き渡り、死合いが始まる。

 

 

 

 

―― 第四部隊 凪一行 

 

 

「あれは……。真桜、沙和!」

「な、なんや凪。どないし…………なんやあれ」

「うわわ、何事なのぉ?」

凪たちの視線の先には、長安があった。

しかし、いつもと雰囲気がまるで違う。

「何故、警備の兵がいない……城門にもだ」

「そこまで兵力を搾り取ったっちゅーことかいな……」

「で、でもこれってやっぱり、最初から城を放棄するつもりだったってこと?」

「そうだな……」

むしろ城が襲われないと確信を持っていたのではないだろうか。本当に全兵力を投じたのならば、この静寂はなんだ。

「華琳様、民に負担かけられないと思ったんじゃ……」

「それはないんとちゃうか。民のことを思うなら、警備は残すべきや」

「……何にしても、城内に入ってみよう」

「だ、大丈夫なんか!? 一応わいらは魏の離反者やで……」

「華琳様のことだ。必要最低限の情報以外は伝えてないはずだ。無用な混乱は好まない人だからな」

「も、もし私たちが裏切者って責められたら……」

「そのときはそのときだ。とりあえず、城壁に上って状況を把握する」

「元自国に侵入するっていうのも、微妙な心境やな」

結局裏手に回り、警備口からの進入を試みる元魏軍三人の姿があった。

 

 

―― 本陣 やや前方

 

 

「明らかに兵力差があるな……」

「致し方ないこととはいえ、こうも防戦一方では……」

袁紹たちが前に出ているおかげで、予想より戦線は押し上げられていた。だが、脇から進行してくる兵は止め処がない。精鋭を本陣に固めているとはいえ、圧倒的物量差の前にはただの気休めでしかないとことは周知の事実だ。それでも士気が落ちていないのは、こうして蓮華が前に出てきていることにほかならない。

「……私も、この剣を振るわねばならないときが来たのだ」

「もう止めはしません。私も、いざとなったら本気をだします」

冥琳は愛用の白虎九尾を握りしめ、軽く振ってみせる。

冥琳は基本的に武器を使用することは殆ど無いが、自衛のためにと鍛錬はしばしば行っている。

蓮華が持っているのも、元は雪蓮が愛用していた剣であり、南海覇王に及ばずとも遅れをとらないほど匠な一品の剣となっている。

蓮華はそれを軽快に振るってみせる。

「やはり、少し軽い気もするが、他の剣よりは幾分ましか……」

蓮華が不評を呟くと、陣形の穴より飛び込んでくる敵があった。

「孫仲謀がその首、貰い受けるッ!」

押し寄せる敵の数は5人。陣の隙を意図して突いたのなら、その技量はなかなかのものだ。

直線的に振るわれた剣を左右に回避す。さらに追撃してきた攻撃を後ろに退き、余分に間合いを確保する。

「血気盛んなことだ。だが、虎を仕留めるつもりなら、まだまだ甘いッ!」

猪突猛進の猪武者一人を、造作も無く一太刀でねじ伏せる。すぐさま正眼に構え、飛び掛ってきたニ激を受け、弾き、返し切る。後方にいた二人が剣を振り上げたとき、蓮華は剣を収めていた。

「どうやら、久しぶりに武器を持った所為で暴れたいらしい」

何を言っているのかわからない敵は、無防備にも剣を振り上げながら走り寄って来る。

「もう少し周りが見えないと駄目ね」

「なッ!?」

「それに、鞭だからって舐めちゃ駄目よ。もしかしたら、剣よりも相手にし難いかもしれないわよ」

冥琳は鞭を叩きつけるように振るう。相手の手首を弾き、武器を落とす。すぐさま引いたと思いきや今度は首に巻きつけ、すんなりと締め上げる。

「締め付けの角度によっては、あまり力を入れなくても、あっさり落ちちゃうから気をつけなさい」

頚動脈から首の骨に引っ掛けるようにして縛り上げる。呆気なく敵は泡を吹きながら気絶してしまう。

「うおおおッ」

残った最後の一人は警戒してか、剣を低く構える。

「はッ!」

冥琳が鞭を振るうたび、その鞭はまるで生きているかのように俊敏に、予測のつかない軌道をとる。

鞭は剣に絡みつき、呆気なく冥琳の手へと引き渡される。その剣を力任せにブン投げる。クルクルと円運動をしながら飛んで来る自分の武器を、掴もうかどうか一瞬躊躇し、一度避けてから、落ちた剣を拾おうとかがむ。

「いい判断とは言えないわね。」

既に冥琳は背後に忍び寄っており、両手で担ぎ上げるようにして鞭で首を締め上げる。

「相手から目を離し屈むだなんて、自殺行為よ。覚えておきなさい」

その助言が、既に意識が飛んでいる敵兵の耳に届くことはなかった。

「まったく。何敵兵に助言なんかしてるのよ冥琳」

「いえ、少し若い頃を思い出しまして」

微笑みながら鞭をぴんっと張る様は、どこか恍惚としていた。

「……とにかく、一旦下がりましょう。再び隊列を立て直さねば、穴だらけになってしまう」

「そうだな。よし、全軍に通達ッ! 一時全力後退ッ! 下がりながらも敵兵に対処し、尚且つ隊列を整えろ! 負傷した兵を優先的に本陣へ運び、足りない武器は補充しておけ! 厳しいことを言うが、何としても押し負けるなッ!」

蓮華の号令は、すぐに各隊へと伝わり、後退が始まる。

最前線で戦っていた袁紹の隊も、少しずつ後退を始めていた。

 

 

 

 

―― 本陣 袁紹隊

 

 

「どりゃぁあああッ!」

「せいやぁあああッ!」

ガキィインッ! と剣と鉄球が火花を散らして弾きあう。

「はぁ、はぁ……ちょっと、厳しいなッ」

「ふふん、まだまだいけるよッ!」

頭の上で鉄球をブンブンと振り回す。必中の構えに気づいた猪々子は斬山刀を腰に引き気味に構える。

「ほら、受けられるなら受けてみてよッ!」

遠心力が加わった鉄球が壮大な空を裂く音を引き連れて襲い掛かる。

「おりゃああああっ!」

まるで居合い切りのように鉄球を真上へと弾き上げる。鎖の長さの限界よりも尚高くあがったため、鎖ごと季衣までもが上空へとひっぱられる。

「空中なら避けられないだろう。喰らえッ! 斬山斬ッ!」

猪々子は飛び上がり追撃を開始。切り上げから切り下ろし、加えて地面に叩きつける三連激を想定している。

しかし、季衣が自ら上へと飛び上がったことに猪々子は気づいていなかった。

「空中に飛び上がったりしたら、避けられないよね」

猪々子の言葉を真似ながら、季衣は自分の鉄球を腕力で引き戻すと、その鉄球に乗り、

「一緒に叩きつけてあげるよッ!」

「な、ちょっ嘘!?」

自分の体の重心移動だけで猪々子に狙いを定め、そのまま降下していく。

「うおぉあぁああッ!?」

重力と推進力には逆らえず、地面へと墜落し、大地を砕く一撃が猪々子の体を粉砕する。

「がはぁっ…………」

季衣は後ろに退き、鉄球を手元へと戻す。そのスパイクには、赤々しい血が滴れていた。

「木登りとかよくやってたから、高いところはなれてるんだ」

「……ど、どんな……理屈だっ……」

猪々子は這い蹲りながらも、斬山刀を支えに立ち上がる。

「さ、さすがに効いたぁ……こりゃあ、ちょっと無理っぽいぜ……」

「最初から言ってるじゃないか。僕には勝てないんだよ」

「ったく。……口の減らないお子様だ」

「何だとぉ!」

そんな口論をしながら猪々子は横目で斗詩を確認していた。

 

およそ五十メートル左に、その砂塵は巻き上がっていた。

 

「せいっ!」

「もう喰らいません!」

斗詩は流琉のヨーヨーを左右にステップを刻みながら鮮やかに避けていく。

流琉の攻撃はどうしても直線的になりがちで、例え変則的に動かしていったとしても、やはりその動きにもいくつかの法則性が生まれてしまう。そのため、斗詩も割りと簡単に避けられている。

「はぁっ!」

「こっちだって、喰らいません!」

斗詩の叩きつけるハンマーをあっさり後方に跳び回避。同時に曲線を描きながら引き戻したヨーヨーが斗詩を襲うが、これも斗詩は跳び上がりあっさりと回避してしまう。

「……はぁ、はぁっ……」

(……こ、これ決着着くのかな……)

どちらも一発にが重い突発型。しかも攻撃はどれも単純で、機転にも限界がある。季衣や猪々子より筋力が無い二人に武器の無理な扱いはできない。

「……そろそろ、本気でいきますよ」

「……え?」

まだ本気じゃなかったの? と聞き返す間もなく流琉は既にヨーヨーを放っている。だがやはりそれは今までのと変わらない。

「そこですッ!」

流琉はヨーヨーを放ち、斗詩が回避動作をとるのと同時に、その軌道を変更する。

「同じことを……っ」

斗詩はそれを更に回避。

しかし、

「やぁあああッ!」

「――ッ!?」

一度軌道を変えたヨーヨーを、力技でもう一度軌道を変えた。今まで一度しか軌道を変えていなかったので、斗詩は少し動揺した。だが、落ち着いて右に回避。

「もう一回ッ!」

「まだ……っ!?」

力技で何度も軌道を変える。ただでさえ慣性の力に逆らうのだ。相当な反発力だろう。それでも流琉は反撃の隙を与える間もなく、ヨーヨーはひたすらに斗詩を追尾する。

そして、背後から迫るヨーヨーに、斗詩は前方に回避。

そこで気がつく。

「しまっ……」

「遅いですよッ!」

流琉は無茶苦茶に斗詩を追随するようにヨーヨーの軌道を変えていたわけではない。斗詩の回避を制限しつつ、自分に引き寄せていた。時に遠ざけることにより、相手に不審がられることもなかった。

接近した流琉は、そのままショルダータックルをかます。吹っ飛ばされた斗詩は、回避運動の疲労が蓄積し、受身を取れなかった。

もちろん、流琉はその隙を逃さない。

手元に戻したヨーヨーを振り上げる。この至近距離で、外すことなど皆無。

「これで、終わりですッ!」

振り下ろされた最後の一撃。

だが、予想された爆音は、響かなかった。

「え……!?」

「な、何っ?」

斗詩と流琉の間には、伝磁葉々を喰い止めた、龍牙を持った星が立っていた。

「いささか、重い攻撃だったが、私にはまだまだ及ばんッ!」

「きゃぁあっ!」

ただ一閃。薙いだだけのはずなのに、猛烈な突風と衝撃が流琉を襲う。

「す、すごい……」

「感心してもらうのも結構だが、さっさと隊と一緒に下がれ。どう考えて前線が上がりすぎだ。後方と連携を取れ。……と言っても、袁紹の隊と連携なぞ取れるものでもないが……」

最後に若干皮肉も含ませつつ、星は斗詩を下がらせる。

「うわぁあああっ!」

「文ちゃん!」

猪々子が斗詩目掛けて吹き飛ばされる。何とか抱きとめるが、その体はすでにボロボロで、斬山刀も刃毀れが目立った。

「ぶ、文ちゃん、大丈夫!?」

「……は、ははっ。ちょっと……ドジッた……」

「喋らないでいいから……」と、斗詩は猪々子に肩を貸す。

「け、剣が……」

地面に突き刺さったままの斬山刀を、拾おうとする猪々子を、斗詩は必死に止める。

「安心しろ。貴様の剣、必ず届けてやる。征け」

「…………頼んだぜっ」

猪々子は剣を、己の魂を星に託した。

「まぁ、ここからが私の見せ場だからな。見せ場は独り占めしたいものだ」

「誰の見せ場だって?」

「私に決まっているだろう。他に誰がいる」

「ボクだよ。このままあんたもやっつけて、本陣まで切り込むのがボクの見せ場なのさ」

「ほぉう。では、その見せ場を潰すのが私の見せ場というわけか。ふふ、おもしろい。いいぞ、かかって来い」

「流琉は手を出さないでね。いくぞぉっ!」

「ちょ、ちょっと季衣ッ!」

何とも荒っぽいものだな。と考えていると、既に季衣は眼前にまで迫っていた。

「せいやぁッ!」

「遅い」

一言。他に何も言わず、ただ回避する。

「まだまだぁッ!」

「まだ遅い」

さらに叩き付けられる鉄球は、星が避けた地面を抉る。

「悪いが、遠慮はせん」

「何を偉そうに……おりゃあああッ!」

季衣は一気にケリをつけるべく、鉄球を頭上で回転させる。猪々子が対処に困ったこの攻撃を星は、

「隙だらけだな」

一瞬で間合いを詰める。そして、一発の突きが季衣の胸を穿つ。

「がっ……!」

「駄目押しにこれも見舞いしてやろう」

もう一度、今度はさっきとは逆に、心臓よりやや右を穿つ。肺を圧迫され、空気が口を通り、むせる。

「ぐぅっ……」

これ以上この間合いにいるのは危険だと判断し、季衣は後方へと退く。だが、

「逃がさんッ!」

その距離すら星は一瞬で詰める。

「くっ、こ、このぉっ!」

「おっと。危ない危ない」

そしてまた、自分の槍が届くギリギリの間合いへと戻る。

季衣が殴るためには、この槍のリーチが勝る範囲に足を踏み入れなければならず、投擲しようにもこの間合いでは相手の槍が自分を襲う方が速い。

つまり、季衣と星では相性が悪いのだ。

「はいはいはいィッ!!」

なおも星の攻撃は加速する。突きを主体に連撃を繰り出す。季衣もなんとか鉄球で防ぐものの、その体力は徐々に消耗していく。

やがて、徐々にガードが下がりだす。

星はすかさず上部への――喉元への突きを放つ。

「終わりだッ!」

「――させないッ!」

何!? と横に目をやると、伝磁葉々が迫っていた。

「ちぃッ」

仕方なく槍を収め後方へ跳躍。

「る、流琉っ!何するんだよ!」

「私は、誇りだとかなんだとかは知らない。ただ、季衣はやらせないっ!」

「その意思の強さやよし。ならば、どうする?」

「もちろん、あなたを倒す」

「力の差は、あの時すでにわかっていると思うのだが……」

「それでも退けないときがあるわ」

あくまで流琉は退かない。季衣を背中に庇い、堂々と星を見据える。

「……まったく、誇りなんていうものより、よっぽどやっかいではないか。だが、力量差を考慮しないのでは、無謀なだけだッ!」

「それでもっ! 私は退けないッ!」

流琉は今までで一番鋭くヨーヨーを放つ。星は天高く跳躍しそれを回避。そのまま上空から落雷の如く槍が襲い掛かる。

ふむ、確か一刀殿は、こういう特殊な攻撃を繰り出す時は、名つけて叫ぶのがお約束だと申していたな……。

ならば、さしずめこの攻撃の名は――、

「雷牙ッ!」

龍の牙は、その姿を雷に変え、地へと降り注ぐ。

流琉は間一髪のところで横っ飛びで回避する。

流琉がさっきまで立っていた場所は、槍が突き刺さった衝撃で砕けた。

「ふむ。こういうのも悪くないな。気分が乗る。だが、いちいち叫んでいては、相手に手を読まれてしまうではないか……」

「何をブツブツ独り言をッ!」

流琉は既に手元に戻していたヨーヨーを手に突撃してくる。その巨大なヨーヨーを盾に用いた突進である。

星は限界までひきつけると、当たる直前に槍で止めるようにして後方へ跳び、すかさず前方へ跳ぶ。

前のめりになってしまっている流琉は、その衝撃を直に受けてしまう。

さながら、車の衝突事故の如き爆音が炸裂する。

「くっ……!」

流琉はその衝撃を緩和しきれず、たちまち吹き飛ばされる。倒れないように姿勢制御をとり、再び構えようとするが、それでも星の槍が流琉を襲う方が早かった。

技名を叫んで何を繰り出すか読まれるならば、読めても避けられない攻撃をすればいいだけのこと。

「瞬迅牙ッ!」

ただ早さを追求した猛烈、かつ強烈な一突きが、流琉の腹部を捉えた。体はくの字に折れ曲がり、五メートル近く吹き飛ばされてしまった。

「やぁあああああッ!!」

「――っ!」

流琉が作った隙を逃さず、後ろにいた季衣が岩打武反魔を投げる。

槍を突き出した直後の為、回避はできない。しかし、防御が間に合ったとしても、全力で投げられた鉄球の威力は計り知れない。

ならばっ!

「借りるぞッ!」

地面に突き刺さっていた斬山刀を引き抜く。その重さに驚いたものの、振りきれないほどじゃない。

「おぉオオオオオオオオオッ!」

左腕一本で、鉄球を叩き落としてしまう。

「えぇッ!?」

「どうやら、これで終わりだな」

斬山刀を再び地面に突き刺し、猛然と季衣目掛け突進する。

手元に武器が無いにもかかわらず、なおもあきらめていない季衣に、完膚なきまでに、この決闘に幕を下ろす一撃が繰り出される。

「牙連ッ!!」

超高速の切り上げ切り下ろしの連撃。迫り来る二つの牙に、季衣は成す術も無くその体を食い破られる。数メートル吹き飛ばされて、季衣は意識を失った。

「……なかなか厄介な相手だったな……」

すっ、と左手を見る。季衣の鉄球を叩き落した時、猛烈な衝撃が左腕を襲い、握力がほとんど失われていた。

ぐっ、ぱっ、としている間に、徐々に感覚が戻ってくる。

「力だけなら、愛紗にも劣っていなかったかもしれんな。……それにしても」

地面に突き刺さっている斬山刀を再び引き抜き刀身を確認すると、刃毀れどころではなく、刀身全体にヒビがいっていた。

「よくこれで砕けていないものだな……」

届けたとき何て言われるかわかったものではないな。

周りを見渡すと、後方とやや前方に旗が見えた。前方にはまだまだ魏軍が進軍してきていて、袁紹の部隊は徐々に退いている。

今は本陣へ後退し、戦線を立て直す方が先決だ。

「さて、私も退くか」

斬山刀を肩に担ぎなおし、颯爽と戦場へと走り出した。

 

 

 

 

―― 本陣 攻防戦線 

 

 

星が猪々子に剣を渡した時、猪々子は悲痛な悲鳴を上げた。

「あ、あぁああアタシの斬山刀がぁああっ!」

「いやぁ、すまない。おかげで私も助かったのだ。誇っていいぞ」

「嬉しくないっての! あぁ……こんなにヒビがぁ……」

「ぶ、文ちゃん……」

本陣で大騒ぎする猪々子を斗詩がなだめる。

「まったく、結局何もしてないではありませんの!」

「そ、そういわないでくださいよ麗羽様ぁ。相手が悪いんだって」

「それに、結果的には、本陣防衛の役には立ったわけですし……」

「なぁああにを甘ったるいことを言っているんですの! もっと活躍しなければ意味ありませんわ!」

無茶言わないでくださいよぉ……。と二人がうなだれているのを後ろ目に見つつ、いい具合に武器の話から逸れたことを察した星は、そそくさと前線へと戻っていった。

 

本陣は既に背水の陣に至っていた。

一度前線から合流した星、加えて第一部隊後方より本陣の援護に来た朱里を加え、安定していたはずの戦況は、魏の伏兵――秋蘭によって脆くも崩れた。

第二部隊と交戦しておきながらのこの移動の手際のよさ。確実に魏軍がここまで戦線を持ってきているという信頼がなければ出来ることではない。

「弓隊、第二陣……放てぇ!」

雨のように降り注ぐ無数の矢。その一つ一つは確実に兵力を削いでいった。

「朱里、これでは兵がもたん!」

「……わかってます……!」

過酷な状況で知恵を振り絞り功を立てるのが軍師とは言え、圧倒的物量さに勝る方法など、そう簡単には思いつかない。

(……背後を突こうにもそんな穴がないし……作ろうにも、その間にも弓矢が……)

朱里は必死に突破口を模索する。

その頑張りを星もわかっている。だからこそ、自分はこの場を―最前線のラインを保たねば成らない。

「ちぃっ、またか!」

敵の弓は、矢の装填に時間がかかるのか、少し間を空けて大量に放たれる。むしろその間が、兵たちにとって好機でもあり、落とし穴でもある。

打ち続けていればどんどん後退していく隊を、攻めるチャンスを与えることによって、敢えて間を空けているかのようにも見えるからである。

(わかっていても、攻めなければ本陣まで一直線だ……どうにかして弓部隊だけでも……)

その時、音が聞こえた。

「……何だ、この音……」

狂気と絶望の悲鳴が満ちるこの戦場で、かすかに、されどはっきりと聞こえる音色。

「……冥琳、これ……」

「どうかしたのですか……?」

「冥琳には聞こえないのか、この音が!」

「音、ですか……」

やはり孫権殿にも聞こえている。しかも何か確証を持っている?

「そうよ。この音は、彼女の――」

そして、また一つ、響く

 

チリーン

 

「鈴の音は、黄泉路へ誘う道標と心得よ」

鈴の音はその足音を消し、殺傷音すらも消しさる。

ただ鈴の音が聞こえた者は、殺されることを自覚できずに倒れ伏していく。

「……ハァっ!」

弓部隊の中に潜り込んでいた思春は、愛用の鈴音で敵兵の首を掻っ切っていく。

それでも敵は、鈴の音が聞こえるまで思春の存在を認知できない。弓を構え、放つ直前には、首と胴体が決別している。

既に何十と切り捨てた。それでもまだ弓は残っている。

「――!」

言葉も発さず、ただ切り捨てるのみ。返り血を浴びながら、止まることなく疾走、殺戮。

だが、一人だけその姿を明確に捉えていた。

「――ッ!」

咄嗟に身を反転し、バック転をしながら回避。

敵を視認しようとするが、遠すぎてわからない。

あんなところから狙撃だと!?

「……ふッ!」

弓部隊を狩りつくしてはいないが、大方を削った。後は何とかするだろうと判断。自分は敵の大将を叩く。

「はっ!」

放たれる弓はどれも正確だが、この距離で思春が避けられないものではない。

そして、ようやく対等な距離で対峙する。

「やはり貴様か、夏侯淵」

「他にいないであろう。まぁ、甘寧が忍び込んでいたことに気づけなかった私も私だが」

「…………」

思春は第三部隊が交戦を始めた時、すでに部隊は副隊長に任せ、本陣近くで待機していた。

魏の本隊を見つけたところで、その隊に紛れ込んでいた。

仕掛けるタイミングを探りつつ、敵の動向も探っていたが、秋蘭の部隊の危険度は見過ごせなくなり、大将首――曹操よりもそちらを優先した。

「……御託はいい。鈴の音を聞いたからには、生きて返さん」

「殺意全開、か。……悪いが、ここは退かせてもらう。お前を相手にするには、少々部が悪い」

「何? 貴様――っ!?」

「ほらよっとぉッ!!」

「くッ!」

突如飛び出してきた飛龍偃月刀――霞の一撃を、寸前のところで防ぐ。

「上出来や。今の一撃防げんようじゃ、戦う価値がないからなぁ」

「……張遼」

「秋蘭、さっさと下がっときぃや。荒くなるからなあ」

「後は任せるぞ」

秋蘭は隊を簡単にまとめ退いていく。

思春は霞から目を離せない。その好きにいつ飛び込んでこられるかわからないからだ。

「ほんじゃ、いっちょ派手に殺り合うといこかッ!」

「……こいっ」

「いっくでぇええッ!」

瞬間、槍が飛んだ。

いや、飛んだように見えるほど早い突きが繰り出されたいた。

「ッ! だが、見える」

逆手に持った鈴音でその刃を叩き上げる。そして突進。切りかかりざま、防御を許さない蹴りを放つ。その攻撃を、霞は一振り薙いだだけで防いでしまう。

「うおっ! 危ない危ない……ぅ!」

「――瞬殺」

後ろに吹き“飛んだ”思春は反転し、再び側面からの斬撃を浴びせる。速さ、タイミング、威力完璧で、反応した霞も驚異的だが、それでも思春の戦闘センスの方が上をいっていた。

「ぐッ! き、効くわぁ……!」

「浅いか」

右肩への斬撃を、咄嗟に体を横倒しにすることで威力を殺していた。

「やっぱ、本気で殺り合うのは、血が滾るわぁッ!」

言いつつも槍を振るう。豪速と共に生まれた風圧が、思春の体に叩き付けられる。

(さすがに、距離を取られたらマズイ)

(さすがに、距離を取らんにゃキツイ)

そして、二人の壮絶な立ち回りが始まった。

思春はとにかく前に出る。フェイントを混ぜつつ、的確に一撃を入れていく。

かえって、霞はとにかく下がる。槍を振るい、距離を作り離れる。リーチで勝る場面も生まれ、その間に凄まじい槍術が思春に襲い掛かるが、やはりいつの間にか詰められていることが多い。

「ちょこまかと鬱陶しいやっちゃなぁ!」

また突進。が、今度は突如原則し、跳ね上がり、空中でアクロバットな切りつけを見せる。

「だったら、これでどうやッ!」

「なっ!?」

槍を地面に突き刺し、それを軸に半回転しながら空中で浴びせ蹴り。たまらず思春も吹っ飛ばされてしまう。

「どや! これで互角や!」

「……曲芸に付き合ってる暇はない」

「誰が曲芸じゃあ!」

ぼこっ と槍を地面から抜く。

「まぁ、時間が無いのはお互い様。ちゅーことで、次で終いにしようやないか。本当はもっと楽しみたいんやけどな」

「いいだろう。全力で来るがいい」

「相変わらず上から目線かいな……っその鼻っ柱、へし折っちゃる!」

霞はブンブンと槍を回転させだす。回す場所は一箇所に定まらず、頭上、右、左ところころ変わる。

「さぁ、どこから来るかわからない槍恐さ、見せちゃる!」

なおも回転速度はあがる。その回転速度を落とすことなく、霞は疾走する。

「そりゃぁあッ! 大・旋・風ッ!!」

そして、霞はその回転速度をすべて一撃に乗せようとする。

だが、

「なら、回転を止めればいいのだな」

ザッ! キィイインッ!

霞の最高の一撃は、振り払う直前、その回転の中心を鈴音で突かれ、回転が急速に停止。腕力だけで振るわれた一撃は、思春の左肩にダメージを負わせただけで終わってしまった。

「……んなっ」

「これで終わりだったな」

思春は再び鈴音を逆手に持ち帰る。

霞の方から接近してきたので、これ以上ないほどに必中の距離。

逆手に持った鈴音を霞腹部に沿え、

「――断罪ッ!」

腹部を鈴音で刺し貫く。そして、身を反転し、左手で押し込む。そして再び逆手に握り、引き裂きながら抜く。

本来そこまでやって技と成す思春暗殺術なのだが、本来背後から使う技なので、回避されやすくなってしまった。

「がぁ……っ! このッ!」

左手で押し込もうにも、先ほどの一撃で力が入らない。その隙に霞はすぐさま後退し、飛龍偃月刀を振りかぶっている。

「……くッ!」

殺りきれなかった悔しさを押し殺しつつ、後避けをする。

霞の槍は虚空を切り裂き、大地を砕いた。

そこで力尽き、倒れ伏した。

「……まさか、初見で、技を……み、見切られるとは……思わんかった…」

「それこそお互い様だ。最後まで尽く私の技を寸でのところで避けていたクセに……」

鈴音を順手に持ち変える。

「……とどめ、さしていきや……。まだ傷が浅いから、ほうっといたら生き返って、また……倒しに行くかもしれんで……」

「そうだな。私は、蜀のやつ等ほど、甘くは無い」

「は、ははは……ホンマになぁ……」

霞は、飛龍偃月刀を再び持ち直す。

「こいつだけは、離したく、ないんや……」

「武具と一緒に、黄泉へ送ってやる」

そして、振りかぶり――

ガキィンッ!!

「なっ……」

「……なんや、何でこっちに来たんや……華琳」

思春の握っていた鈴音は、華琳の鎌――絶によって弾き飛ばされた。

「――ッ」

慌てて事態が深刻化したことに気づき、後退し鈴音を回収する思春。

「霞が負ける可能性は低いとは思っていたけれど、まぁ予想の範囲内だったわ」

「…………っ」

今、霞は自分の主から間接的に『使えない』と言われたも同じだと、わかっていた。

「でも、やっぱりまだ霞は殺させるわけには行かないわ。大事な家臣だからね」

「………………」

思春は何も言わない。他国の主従関係に口を出す気はない。

「それより、あなたはいいのかしら。こんなところにいて。今頃本陣、囲まれてるわよ」

「……ッ」

懸念はしていた。

いつか物量に負けるかもしれないとは思っていたが、こうまで早いとは……。

「さぁ、私も早くあそこに行かないといけないから……あなた、狩るわよ」

ジャキッと鎌を構える華琳。

負傷した肩、疲労した足。そして何より本陣の状況。

結論は出ていた。

「…………っ」

思春はその場から砂塵と共に消え去った。

「……ふぅ。あぁ言えば逃げてくれると思ったわ。何より主君を大事にする武将だと知っておいてよかったわ。」

とりあえずは、霞を後方へ連れて行って治療させないと。私も一度退いて、兵を連れてまた出るとしましょう。

「それにしても……」

先ほどの自分の一撃。まるで自分で自分の体を使っていないような感覚があった。

(きっと高揚していた所為で、いつもより力んでいたのでしょう)

もっともらしい理由で納得させて、霞を連れて来た兵に任せ、再び本陣を見据える。

 

 

 

「さぁ、本陣攻略戦の開始よ――」

 

 

 

 

――あとがき

 

どうも、altailです。

ようやく白熱してきた感じの今作品ですが、

今回は戦闘描写を少しリアルにしてみました。

それでもわかりづらい表現などはありますが、雰囲気を楽しんでいただければいいかと……。

 

結構書いているつもりなのに、なかなか話が進んでいないのがつらいところです……。

あと何作品上げればいいのかわかりませんが、

末永く書いていこうと思うので、生暖かいお付き合いを、どうぞよろしくお願い致します。

 

 


 
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