「……なでなで」
「えへへー」
背中の羽が、軽く荒ぶっている。
まだ少し恥ずかしいが、これからはなるべく意識して撫でてあげるようにしよう。
「質問を変えよう。すずはさ、どっちの姿で居たい?」
「んー?小さい方が楽だけどー。こっちがいいってマドカが言うなら、真祖、頑張るよー」
「いや、俺は別にどっちでもいいって――」
待てよ。
「すず、今何て言った?」
「小さい方が楽?」
「その次その次!」
「こっちがいいってマドカが言うならー」
頭の中に、言葉のピースが浮かんでくる。
『マドカ、お前にも出来る事だ』
『呪いで大きくしてやるだけよ』
『俺が好きなのは、胸の大きいかぶきりひめだ』
「どうしたのー?マドカー?」
真祖の声は、耳に入っているのに届かない。
『こっちがいいってマドカが言うなら』
もう少し、もう少しで届きそうな気がする。
考えろ考えろ考えろ。
陰陽師と式姫の関係ならば、言霊によってその姿を縛る事は容易いだろう。
しかし、それはかぶきりひめにとってその姿を象る理由にはならない。
それを象らせるには、かぶきりひめ自身がそうするように仕向ける他はない。
あの時、師匠は――師匠は――――。
「っくっくっく……そうか、そうだったのか」
俺は声を立てずに一人納得した。気付いてみれば、なんてことはない。
あれだけ頭を悩ませて挙句に掴み取ったのが、こんな単純な答えだったなんて。
「灯台下暗しってのは、こういう事か。ははっ」
「マドカー?」
「あぁごめんごめん。すず、ありがとう。お前のおかげで謎は全て解けた」
事情が呑み込めない真祖の頭を、俺は全力で撫で撫でしてやった。
「剣は持ったか?」
真祖を見送るのに、俺は縁側に出ていた。
「大丈夫、大丈夫ー」
撫で撫でが効いたのか、真祖はご満悦の様子。
「あんまり遠くまで行くんじゃないぞ」
「分かってるー」
「体調が悪かったら、無理するなよ」
「分かってるー」
「変な奴には付いていかないようにな」
「……もー、心配しすぎー」
真祖を修行に送り出し、再び寝室へと戻ろうとすると、
「どうやら、答えは出たみたいね」
かぶきりひめが、側柱へもたれかかっている。
「これはこれはかぶきりひめ殿。こんな夜更けにどちらまで」
「別にー?今頃、ハルさんが空になった私の部屋へ訪れている頃だと思って」
「師匠ってば……」
「そっちにお邪魔しても、構わないかしら?」
「ダメです。師匠にバレたら俺が殺されるんで」
「あら、私の事嫌いなの?ひどいわねぇ」
「ははっ、そうですね。師匠と同じくらい嫌いです」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、ゆっくりとこちらへかぶきりひめが歩いてくる。
「さて、お聞かせ願えるかしら?」
彼女と向き合い、俺は――。
「俺は――その姿が一番好きだな」
あの時、師匠はおそらくこう言ったんだろう。
「え?」
かぶきりひめが、一瞬きょとんとした。
「大体、こんなところでしょ?」
かぶきりひめが黙ったので、俺は追い打ちをかける。
「この言葉だけでは、言霊としての作用もなにもない」
けれど、おそらく師匠はその一言で彼女の姿を縛ったんだ。
「…………」
「何故なら、貴方は師匠の事が好きだから」
ピクリと、彼女の尻尾が揺れた。
言霊より強く、己を縛りつけるモノ。陰陽師でない俺でも理解できるモノ。
それは、俺の知りうる限り、恋愛感情以外に他ならない。
『それなりの条件と準備が整わないと駄目なんだが』
そもそも師匠に対して恋い慕う気持ちがなければ、この呪いは決して成功しない。
好きな人に、その姿が好きだと言われてしまったら最後、自分で自分に縛られるしかない。
たとえそれが、縛られるのを嫌うかぶきりひめであっても。
「…………」
かぶきりひめは、否定も肯定もしなかった。ただ、にっこりと笑っている。
「まぁそういうわけで、今夜は好きな人の所にでも行ってやって下さい」
俺は返事を待たずに、そのまま寝室へ入って戸を閉めた。
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
第二章終わり。かぶちゃん考察に対する私の答えは……?
1-1:http://www.tinami.com/view/906976
1-2:http://www.tinami.com/view/906978
1-3:http://www.tinami.com/view/906982
2-1:http://www.tinami.com/view/907917
続きを表示