No.909386

真祖といちゃいちゃ 3-1

oltainさん

2017-06-09 14:49:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:534   閲覧ユーザー数:530

晴耕雨読、という言葉がある。意味は大体、文字の通りだ。

晴れた日には耕作に精を出し、雨の日は読書に耽る。

それに倣って、俺は自室で読書を愉しんでいた。外の天候については、語らずとも分かるだろう。

 

「…………」

勿論、これは俺の本ではない。師匠が買ってきた後、主の目に留まる事なく

そのまま埃を被り続けるまで放置された、哀れなうちの一冊である。

別に師匠が買ったものを師匠がどうこうしようが、俺の口の出すところではない。

よく本を集めてくるくせに、自分では殆ど読もうとしない。蒐集家というヤツだ。

したがって、今も倉庫や空き部屋に眠っている本達の運命は、買ってきた当の本人以外の者の手に握られている。

供養する、というのも変だが、こうして誰かが読んでやらねば本も浮かばれまい。

 

「ねー、マドカー」

「何だ?」

「暇ー」

 

後ろでひっくり返っている真祖には、どうやら読書は合わなかったようだ。

俺はそのまま本から目を離さずに適当に受け答える。

 

「こっちは暇じゃないんだよ」

「うー」

「もうちょっとだけ待って」

 

夕べから降り続いてる雨は、一向に弱まる気配を見せない。

こういう日は読書が捗る。蒐集家の師匠は、自室で何をしているのだろうか。

 

 

 

数分後、ようやく読み終えた一冊を俺はぱたんと閉じた。

それを待っていたかのように、真祖がささっと隣へ移動してくる。

「終わった?」

「あぁ、終わったよ。待たせたな」

俺は閉じた本を真祖と反対側の山に積み上げ――

 

「さぁ次の本だ」

「ええー!?」

 

何食わぬ顔で次の本へと手を伸ばした。

 

「がぶ」

「あ"い"ーーーっ!?」

 

俺は叫び声を上げて取ったばかりの本を投げだした。

こんにゃろう、本気で噛みやがった。真祖が口を離すと、腕にしっかりと傷痕が残っている。

 

「ってぇ……分かった分かった、読書は止めるって」

「私を怒らせると、怖いよー?」

「悪かったって。よーしよしよしよし」

噛まれなかった方の腕で、真祖の頭を撫でてやる。

「えへへ……」

 

途端に、不機嫌だった顔が一瞬で綻んだ。尻尾でも生えていれば全力で左右に振れているだろう。

彼女には今のところ、これが一番効く。

お腹がすいていようが、疲れていようが、とりあえず撫でられると喜ぶのだ。

種族としての威厳はどこへいったのやら……だが、可愛いのでそんな事は殆どどうでもよい。

 

「んーっ……ふーっ」

読書を中断して、俺は思いっきり伸びをした。肩のあたりが、ぱきぽきと小気味いい音を立てる。

文机の隅には、ぬるくなった湯飲みが置いてある。俺はそれに手を伸ばして、真祖に尋ねた。

「すず、何したい?」

「んー……昼寝」

「一人で昼寝すればいいじゃないか」

「マドカと一緒に寝るのー」

 

ぶふぉっ!

 

「ごほごほっ、げほぉっ」

「汚いよー」

「おまっ、なんてことを、げほげっほっ、言うんだ」

「だってー、昼間は真祖、力出ないんだもんー」

いやいや、ついさっき思いっきり噛みついてましたよ貴方。

 

咽せかえっている俺をよそに、真祖は勝手に布団を敷いていく。こうなったら止めても無駄だろう。

そうこうしているうちに、さっさと先に布団に入っていってしまった。

 

「くるしゅうない、ちこうよれー」

ぽんぽんと布団を叩いて、真祖が誘っている。

「何だそれ?」

「さっきの本にー、描いてあったのー」

「いや、それは昼寝に誘うような台詞じゃなくてだな……」

「はーやーくー」

 

俺は気恥ずかしい思いをしながら、諦めて同じ布団に潜り込んだ。

少し疲れてはいたが、真祖と違って眠気は殆どない。

傍からみれば、昼間から情事に励むふしだらな人間に見えてもおかしくない光景である。

 

『阿呆、自分の式姫との貴重なスキンシップの機会を逃す奴があるか』

師匠なら、そんな事を言いそうな気がする。

 

 

 

枕を真祖に譲ってやり、俺は自分の肘を頭に当てがった。

こんなに間近で真祖を眺めるのは、契約した時以来かもしれない。

やや白っぽい肌に、綺麗に整った睫毛。

穢れを知らぬ子供のような瞳が、今の俺と同じようにくるくると動き回っている。

そういえば、羽は痛くないんだろうか。

 

……ごそごそ。

 

「何で逃げるのー?」

「恥ずかしいんだよ」

背中から、真祖の不満そうな声が追ってくる。とてもじゃないが、向き合ったままでは寝られるどころの話ではない。

俺の心中では、平静だった海がざわざわと波打っていた。

 

……ごそごそ。

 

むにぃ。

「!?」

 

背中に柔らかい感触が加わった。

 

「……こら、離れなさい」

「やーだー」

「主の言う事が聞けないのか?」

「今度は首筋に噛みつ――」

「あっスイマセン」

 

噛まれるよりは、抱きつかれている方が良い。当然の判断である。

決して、背中に押し付けられた胸の感触を愉しもうなどという不埒な欲望に負けたわけではない。

 

 

 

「マドカ」

「ん?」

「血は、大事にしてねー」

 

真祖が喋るたびに、首筋に息がかかってくすぐったい。

 

「すずに言われなくても、自分の身は大事にするよ」

「もし何かあったらー、私が助けるからねー?」

「うーん、できたら何か起こる前に助けて欲しいなー」

「…………」

「…………なんちゃって」

 

ふざけて答えてみたが、俺の内心は波打ちを通り越して大嵐に発展していた。

激しく荒れ狂う海の真っただ中で、頼りない小さな舟が右に左に煽られている。

まだ、俺はかろうじてしがみついている。上空には、今にも今にも雨をまき散らしそうな黒雲が鎮座していた。

 

「ふふふー、おねーさんに任せなさい」

「!?」

舟が大きく揺れた。

 

 

 

その言葉を最後に、真祖は寝入ってしまった。

すーすーという可愛い寝息と、首筋を撫でる吐息が舟を揺さぶり続けている。

俺はどうする事もできずに、ひたすら嵐が過ぎるのを祈った。ここで雨にでも降られると転覆は免れない。

 

 

 

しかし、数分後にその祈りは水泡へと消える事になる。


 
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