協たちと会い、話した翌日のこと。
一刀は改めて真桜の研究所を尋ねていた。
一刀が扉を開けば、既に所内で次なる発明を始めていた真桜からの声が掛かる。
「おっ、一刀はん。おはよーさん。
昨日の続きやんな?えぇっと、どこまで見せてたっけ?」
「おはよう、真桜。昨日はすまなかったな。
昨日は取り敢えず、以前に依頼したものが作れた、というところだけは聞いた。
なんで、今日は実際のものを見せてくれないか?」
「おお~、せやったせやった。
ほんじゃあの武器みたいなやつやけど……えっと、どこやったっけ?
…………っと、あったあった!ほい、これや!」
真桜が差し出したのは、どう見ても刀としか思えない代物だった。
見た目は文句無し。それだけは一目で判断が付く。
「一応図面通りには作っとるけど、一刀はんが所望する通りの動きになっとるかは正直分からん。
せやから、一回一刀はん自身に確かめて欲しかったんよ」
「それはそうだな。それじゃあ、試させてもらおうか」
一刀は真桜から刀を受け取る。
まずは改めて全体の外観を確認する。
こうして見て分かることとして、至近距離で見ればそうと知らないものでも本物でないことは分かってしまうかも知れない。
しかし、遠目に見る分には何も問題無いと思われた。
次にこの刀のメインとなる構造の確認に移る。
一刀は刀を片手で持ち、もう片方の手を刃引きされた刀身に軽く当てた。が、当然そこまでは何も起こらない。
次の瞬間、刀を持った手を思い切りよく引く。すると――――
「お、っと。ふむ……
うん、いい感じに出来ているな」
斬り付けた手が切れない代わりに、その圧力がキーとなって刀身から液体が飛び出して来た。
その様子や力加減などを数度確認し、一刀はOKを出す。
「せやろ~?今はまだ入っとるのは水やけど、一刀はんの要望通りのもんもすぐ作るさかい、そこは安心しとき!」
「ああ、頼む。これがあるのと無いのとでは策の成否が段違いだからな」
まだ完全な完成では無いのだが、一先ず残りの課題は問題無いだろう。
改めて真桜のチート振りを痛感させられる。
あと一度、そのチート振りの恩恵に預かろう。その思いも持って、今日一刀はここに来ていた。
「真桜、これを作製してもらってすぐで何なんだが、また頼みたいことがあるんだ」
「おお、ええでええで、何でも言ってや。
一刀はんからの依頼ってほんま作り甲斐があるから、楽しいねん!」
内容を聞く前からの即断。
今までに色々と頼んでいたことが、真桜にとってはかなりプラスになっていたということらしい。
少し真桜に頼り過ぎてはいないかと心配でもあった一刀としては嬉しい誤算であった。
「今回真桜に作ってもらいたいのは、これだ」
言って、一刀は図面を真桜に差し出す。
まずは確認を、と真桜も余計な口は挟まずに図面を読み込む。
一通り目を通してから真桜はまず一刀に疑問をぶつける。
「これって船やんな?それ自体は多分そこらの船大工に頼んだらええんやと思うけど。
せやけど、ここの部分。ウチが作るんはこの部分で合っとる?」
真桜は一刀が渡した図面の一部、船の胴体に当たる部分を指し示す。
そこには本来無いはずの穴が図で追加され、鎖が通っている様子が見て取れた。
「さすが真桜、話が早くて助かる。その通りだ。
説明にも書いた通り、そこには鎖を通して他の船と連結する。そうすることで船の揺れを抑えることが出来るはずだ。
実はそれだけなら別にわざわざ真桜に頼む必要も無いんだ。
だが、その連結に関して、すぐに外せるような仕掛けを施したい。
そういった仕掛けを作り上げるとなると、俺には真桜しか思いつかなかったんだ」
「まあ、ウチを頼ってくれるんは素直に嬉しいんやけど、なんで今の時期に船なんて改造するん?」
真桜の疑問も当然だろう。
まだ”あの戦い”の影も形も無い今の状態では、いかに優秀な軍師とて最終決戦の地を言い当てることなど出来はしないのだから。
真桜にこの仕事を頼む以上、さすがに何も話さないままではいられない。
一刀は簡単にこれからのことを説明することにした。
「もちろん、理由はある。但し、その理由に関しては誰にも言わないで欲しい。
どこで誰が聞き耳を立てているかも分からないのだから、今この場以外で口に出すことも出来ればやめて欲しい。
それを守ってはくれるか?」
「なんや物々しい話やなぁ。
まあ、一刀はんがそうするべきやって判断してるんやったら、ウチはそれに従うだけやで」
答えた真桜に、特に不審に思った様子もない。
それだけ信頼されているのだろう。
日頃の一刀がよく魏に貢献していることが功を奏した形であった。
「真桜も、近いうちに蜀と呉、そして俺たちの魏とが雌雄を決する大戦が起こるだろうという予測は聞いているよな?
恐らくなんだが、俺はその最終決戦となる戦場がどこかを知っている。
だから、その戦に向けてこっそりと色々準備を整えているんだが、この依頼はその一環だ。
前の依頼は保険。今回の依頼は本命。だが、どちらも重要であることには変わりない」
一刀の説明を聞いた真桜は目を見開いて驚いている。
それもそうだろう。何せ、まだ華琳も桂花も零も、その他の魏の頭脳集団の誰も予測していないことを”知っている”と答えたのだから。
この時、真桜は改めて一刀が”天の御遣い”であることを実感させられていた。
そして、それはこの依頼に対する本気度を更に押し上げることとなった。
「なるほどなぁ。
よっしゃ、分かったわ!ほんならウチに任しとき!
すぐにでも作って、連結した船を用意したるわ!」
「ちょっと待ってくれ、真桜。
作るのは連結部だけにして、それを船に取り付けるのは待ってくれないか?」
「へ?何でなん?」
勢いのまま発明に取り掛かろうとした出端を挫かれ、真桜はきょとんとして問い返す。
これに一刀は少し歯切れ悪く、しかしなるべく簡潔に答えた。
「それはだな、えっと……
敵方にこちらの動きを悟られたくないんだ。準備が整っているとバレれば、戦場が変わってしまいかねない。
そうなると不確定要素だらけになって、あまりに不安なんだ」
「ん~?よう分からんけど、取りあえず連結部作って置いといたらええんやな?」
「ああ、すまないがそれで頼む」
「ほいほい、了解やで!
出来れば取り付けまでやりたかったけど、作るだけでも面白そうやしな!」
「すまない、真桜。ありがとう」
「ええてええて!ホンジャ、ウチは早速発明に入らせてもらうわ。ほな!」
色々と注目を後付けしてしまったにも関わらず快く引き受けてくれた真桜には感謝の念しか湧かなかった一刀なのであった。
裏で色々と動き始めていても、一刀の本業は武官。
当然ながら、毎日のように武の腕を磨いている。
そうして、今日も今日とて仕合を中心にした激しい鍛錬を行った後のお話。
皆の集まりが良かったためにこの日は鍛錬を始めるのが早かった。
となれば、それが終わるのもまた早くなる。
時間が出来たということで、一刀は春蘭、秋蘭と連れだって許昌の街を歩いていた。
「なあ、一刀。霞のような速度を手に入れるにはどうすれば良いのだ?」
「霞の速度はちょっと異常だからなぁ。あれは天性のものだと思うからどうしようも無いと思うぞ?」
「むむぅ……」
「それに、春蘭は別に速度に拘る必要は無いんじゃないか?
春蘭の持ち味は破壊力のある一撃なんだし、速度はそこそこで十分だと思うんだがな」
「そうだな。私もそう思うぞ、姉者。
恋を除けば、姉者は魏の武官で一番の破壊力を持っているんだ。
それを活かすのが一番だろうさ」
「そ、そうか?一刀と秋蘭がそう言うのなら、霞を気にするのは止めよう」
鍛錬の後だけあって、話題として上るのは基本的に武のことばかり。
今はのんびりしているとは言え、かだ仕事中であると言えばそうなのだから、それが自然であるとも言えるのかも知れない。
賑わう街を眺めながらブラブラと当てもなく歩く。
ただ三人でそうして歩くだけというのは随分と懐かしい感じがした。
あと幾度、こうして何も煩うことなく過ごすことが出来るのか。
この大陸に来てから幾年月、既に一刀も、いつまでも誰も欠けることは無い、などと安易には思っていない。
変わらぬ日々を過ごすための努力。
現代の人間が聞けば頭上に疑問符を浮かべそうなその表現の行動を、一刀は意識して行っていた。
未来の知識、大陸で築いた人脈、そして暗躍。全てを余すところなく活用し、志すは平穏、そして今隣にいる姉妹の悲願成就。
それら全てが叶う時も近い――――はず。
今が正念場。キツイ今を乗り越えればようやく――――
そんな物思いに耽っていた一刀の耳に、不意に懐かしい声が届く。
「お~~い、一刀~~!」
どこから呼びかけられたのか、と探してみれば、かなり前方、人混みの向こうに華佗の姿が見えた。
「華佗!来てくれたのか!」
「ああ、もちろんだ!一刀が使いを寄越してくれたんだろう?
もうすぐ大一番の戦があるそうじゃないか。お前との約束だったからな」
旅の途中で呼び寄せられたのだろうが、華佗には嫌そうな様子は一切無かった。
華佗の氣による治療術は非常に強大な戦力としてカウント出来る。
これだけでも蜀や呉に対してかなりのアドバンテージを得ることが出来るだろう。
積極的に、かどうかは分からないが、少なくとも消極的な態度では無かった。
「って、一刀、お前怪我しているじゃないか?」
「へ?」
突然華佗が口にした言葉を、一刀は瞬時に理解できなかった。
先程の鍛錬中に目立つような傷は作っていない。
幾度か打たれたことは打たれたが、全て服の上から。それ以外の攻撃はきっちりと受け流すか避けていたのだから。
「ほら、そこ!左腕の内側だ!」
「あれ?ほんとだ。いつの間に……」
華佗の指摘どおりに目をやれば、気付かない内に出血していた。
どうやら誰かの一撃が掠めてしまったようだ。
ただそれは掠り傷と言い切るには少し大きめ。
どうして今まで気づかなかったのかがむしろ不思議に思うほどであった。
「一刀、本当に気付いてなかったのか?」
「あ、ああ。自分でもびっくりしているよ」
「私たちも死角になっていて気が付かなかった。すまない」
「むぅ、一刀に傷を……誰だか分からんが、やるな!」
四者四様の表情を見せ、場に一瞬だけ沈黙が降りる。
取りあえずはその場の空気を変えようと、華佗は一刀をすぐに治療してくれたのだった。
「それにしても……一刀、お前どこかおかしな感じがしたりはしていないか?」
一刀の治療を終え、尚も一刀の様子を観察していた華佗が不意に一刀に問う。
医者として何か感じるところがあったのかも知れない。
そう思った一刀は改めて今現在の自身の状態を確認する。
先程こそ負傷に気付いていなかったのだが、それ以外には特に気になるところは無い。
かつて外史から弾かれそうになった時のような、不自然な胸の痛みも無ければ、普通の体調不良、ふらついたり思考が纏まらなかったりなどということも無かった。
「いや、いつも通りだと思うんだが、何かおかしいところがあるのか、華佗?」
「う~~ん……いや、少し気になることがあって、な……
さっき治療をするために氣を通してお前を診た時に分かったんだが、どうもお前の氣の流れがおかしい感じがするんだ。
まるでどんどんと流れ出していってしまっているような……
前に診た時よりも一刀の氣の量が少ないからそう感じただけなのかも知れないんだがな」
「あ~……もしかしたら、ここ最近凪とやっている氣の修練の所為かも知れないな。
ちょっと無理のある氣の使い方を練習しているんだが、氣の消費の仕方が馬鹿みたいに大きくてな……」
「なるほど。またお前らしい、無茶なことをやっているんだな。
それは本当に必要なことなのか、って質問は、きっと野暮なんだろう?」
「ああ。必須とまでは言わないが、無ければ困ったことになり兼ねない。そういう代物ではあるな」
華佗の、問い掛けというよりは確認の意味合いの強い言葉に、一刀は申し訳なさそうにそう返した。
「一刀が凪と何かしらの鍛錬を行っていることは知っていたが、そんなことをしていたのだな」
「んん?それはつまり、一刀も凪もさらに強い技を手に入れようとしているのか?」
華佗と一刀のやり取りを聞いて、秋蘭は納得を示し、春蘭は氣の鍛錬に対して興味を示す。
氣の扱いがどうこうという部分には最早驚きを示す者はいなくなってしまっていた。
「うまくいけば、の話だな。
成功するかは良く見積もって五分五分といったところか」
「むむぅ……なあ、私も氣を習得することは出来ないのか?」
唐突にそんなことを春蘭が言い出す。
一刀も秋蘭もこの発言には少なからず驚かされた。
というのも、魏の者たちには氣の存在やその使用者がいることは既に浸透している。と同時に、その扱いが非常に難しいものであるという事実も広まっているのだ。
今から氣の習得に向けての鍛錬をするくらいなら、もくもくと自身の武の鍛錬に勤しんだ方が良い。それが魏の武将の共通見解となって久しい。
だからこその驚きであった。
「やめておいた方がいいと思うぞ、夏候惇殿」
一刀や秋蘭が答えないためか、華佗が春蘭の問い掛けに答えた。
それはずっと魏の中でも言われていたことと同じであり、しかしだからこそ逆に春蘭は挑戦してみたくなったのかも知れない。
「お前までそう言うのか、華佗?!
やはり一刀や凪にしか扱えないというのか?!」
差が開く可能性を恐れたか、いつになく春蘭が食い下がる。
その言葉にはどこか恨めしさも込められているように感じられた。
ただ、そんな春蘭に返された華佗の答えは、彼女にとって予想外のものだった。
「いや、そうでは無い。
勘違いしている奴が多いんだが、氣ってものは実は誰しもが持っているものなんだ。
ただ、それをどう使うのがその人物にとって最良であるのかは別の話になる。
さっき夏候惇殿の話に挙がった一刀や楽進殿。この二人は氣を内に込めたままにするよりも外に出してくる方に適性があった、というだけの話だ。
この二人や、俺みたいに無理矢理にでも氣を外に出してこなければならない場合を除けば、ほとんどの者は氣を自らの内に留めていることが最良になる。
まあ、これは俺が医者として数多の患者を氣を通して診てきた経験から立てた推測でしか無いんだがな」
華佗が語った内容は春蘭を説得するよりも、むしろ一刀の興味を惹く効力の方が強かった。
誰しもが氣を持っている。氣には適性がある。その辺りは一刀も凪と推測を立てたりしていた。実際に試したりもしている。
一刀の気を惹いたのは、華佗が自らの氣の使い方を無理矢理だと表現したことだ。
その表現はまるで、ここ最近一刀や凪が必死になって会得しようとしている技の出し方の説明なのだ。
以前、華佗から軽くだが氣による治療の技術を聞いたことはある。
しかし今、改めて華佗にそれを聞いてみたいと思い始めていた。
華佗の話を詳しく聞くことで、最強の切り札獲得への大きなヒントを得られるかも知れない。
或いは間違ったアプローチを修正する程度のものでも良い。
とにかく、今は少しでも情報が欲しいのであった。
「なあ、華佗。今、時間あるか?
大丈夫なようだったら、ちょっとお前の話を聞きたい。
頭が計画を練るよりも早く、一刀の口は動いていた。
華佗は一刀の要望を快く聞き入れてくれた。
そこで語ってくれた内容は、そのままで一刀たちの氣の鍛錬に活かせるとも限らないものだったが、しかし確実に何等かのヒントにはなり得るものであった。
「ありがとう、華佗。この情報はきっと為になる。
すまなかったな、時間を取らせてしまって」
「何を言う、一刀。この程度のこと、何てことは無いさ。
お前の頼みならなおさらな」
そう答える華佗の笑顔は眩しいほど。
今回のことに限らず、華佗にはあまりにも世話になったことが多い。
改めて考えてみれば、本当に華佗には頭が上がらないほどであった。
「おっと。そろそろ診療所に行っておかないといけないな。
それじゃあ、一刀。またな!」
「ああ、また後日、飯でも食べながらゆっくり話そう」
最後に手を振り合ってから去っていく華佗。
彼の背を見送りながら、疑問を口にしたのは秋蘭だった。
「なあ、一刀。診療所というのは?華佗のものなのか?」
「ああ、そうだよ。桂花に用意してもらったものだ。
結構な長期に渡って華佗ほどの医者に来てもらうんだから、最低限の用意はしておかないと、って話になったからな」
「なるほど。それにしても、着々と準備の方は進んでいるようだな。
こうして鍛錬から離れて街を見回してみると、それがよく実感出来る。
その分、私の武の伸びが心許ないことが気掛かりになってくるのだがな」
「魏には飛び道具を主武器とする将がいないからなぁ……
月は一応その部類に入りはするんだが、今となっては月の戦闘法は火輪隊仕様に特化し過ぎて鍛錬には向かないしなぁ……」
秋蘭の軽い愚痴ののような言葉の内容には一刀も悩んでいるところがあった。
今現在の、武官勢の激しい鍛錬が始まってから、一刀は秋蘭に教えられるだけの歩法は教えてきた。
しかし、逆に言えばそれくらいしか教えられることが無かったのである。
現代にいた頃でも、弓術はほとんど触れたことが無かった。
そのため、どのような技術があるのか、どうすればより良くなるのか。そもそも秋蘭に改善すべき癖があるのか、それ以前に秋蘭の弓術のレベル自体が。
何もかもがはっきりとは分からないのだ。
他の将であれば、近接武器でさえあれば大凡の戦法を立てたり、自身の技術から有効そうなものを伝えたりも出来るのだが……
それが余計に秋蘭に対して申し訳ない気持ちになってしまう要因ともなっていた。
「いや……すまない、一刀。そんなつもりでは無かったのだ。
いくら一刀でも出来ることと出来ないことがあるのは私も理解している。
お前という人間を知ってからも弓を主武器として使い続けると決めたのは他ならぬ私自身なんだ。
伸び悩んでいることも全て私自身の問題。私は自分が情けなかっただけなんだ」
「いや、そんなことは無い。
残念なことに、魏には秋蘭の師になれる人物も、弓術の舞台で切磋琢磨出来る人物もいないんだ。
それでも秋蘭は自ら試行錯誤を繰り返して着実に実力を上げていっている。
それはとても凄いことだ。情けなく思う必要なんて無い。むしろ、誇っていい」
「……ありがとう、一刀。その言葉、今は素直に受け入れさせてもらうとしよう」
完全には納得したわけでは無いみたいだが、それでも多少なり秋蘭の表情は緩んだ。
他人がどう言おうと、最終的には秋蘭が自分をどう評価するのか、それが全て。
最終決戦を控えた今、どんな理由があろうとも伸び悩むことがよろしくない。
それが秋蘭の考えなのであった。
一刀も、そして春蘭も、その考えを理解している。
立ちはだかる敵はあまりにも強大なのだから、生半な強化では無事でいられない。
温いことを言っている暇は、本当のところは無いのかも知れない。
「一刀!秋蘭!そろそろ城に戻ろう!
もう日が暮れるぞ!夕飯の時間だ!」
突然、春蘭の明るい声が上がる。
それは彼女なりに重くなりかけた場の空気を切り払おうとした結果だった。
「姉者……ああ、そうだな。今日も流琉が美味しい晩御飯を作って待っているだろう」
「それは確かに、早く帰らないとな。
さてさて、今日の献立は一体何なのやら」
秋蘭も一刀も、春蘭に乗る。
無駄に暗くなることはデメリットしか運ばない。
ならば、無理矢理にでも明るくしておかねば損なのだ。
「私は久々にアレが食べたいぞ!
前に一刀と流琉が作った、あの天の国の辛い料理が!」
「ん~……?あぁ、カレーのことかな?
残念だが、あれは天竺の香辛料が手に入る時じゃないと作れないものだな。
その代わりと言っちゃあなんだけど、今度流琉に別の天の料理を教えるから、それで我慢してくれ」
「ほう?姉者でなくともそれには興味を惹かれるな。
一体どのようなものなのだ?」
「それはその時まで秘密ということで」
「おい、一刀、秋蘭!さっさと帰ろうではないか!
私はとうにペコペコなのだぞ!」
「おっと、そうだな。よし、それじゃあちょっと急ごうか」
始めは無理に明るさを作っていたとしても、続ければやがてそれが本物になる。
気が付けばちょっとばかり賑やかに、三人は城への帰路についていた。
「ふぅ~ん。秋蘭の鍛錬相手を、ねぇ……
ま、確かにボクの知る限り魏には誰もいないわね。弓を主武器にしているのは」
火輪隊の訓練時、顔を覗かせた詠に先の内容を話した時の反応がこれ。
ここに一刀はちょっとした引っ掛かりがあった。
「主武器じゃなければ弓を扱える者を知っているのか?
ちなみに、月には無理だと思うぞ。悪いが一騎討ちには向いていないだろう」
「へぅぅ。秋蘭さんと一騎討ちなんて、私にはとても……」
例えとして出しただけであってもそれを想像したのだろう、月が縮こまる。
その一連に対して詠が牙を剝いた。
「違うわよ!月にそんな危ないことさせるわけないでしょ?!」
「だったらどういうことなんだ?」
「はぁ。あんた、本当に知らないの?
だったら教えてあげるわ。恋よ、恋。
恋の主武器は戟だけれど、弓を持たせても十分強いわよ」
「恋?…………あぁ、そう言えば……」
詠に言われて不意に思い出す。
正史の呂布は弓の腕が非常に良かったらしいということを。
こちらの恋もそうであるのかは分からない。だが、詠がこうまで言うのだ、きっとそこらの熟練の弓兵よりも余程良い腕なのだろう。
「ありがとう、詠。すっかり忘れていた。
恋の負担が増えてしまうのが気掛かりだが……一度頼んでみるか」
「ふふ。恋さんはきっと快諾してくださいますよ」
「そうね。それでも不安があるんなら、とっておきの一言を付け加えてあげればいいわ」
「とっておきの一言?」
「そ。あんただからこその、ね」
悪戯気な詠の笑み、慈しむような月の笑みを見て一刀は、なるほど、と悟った。
果たしてその悟りは正しかった。
恋は秋蘭の弓術の鍛錬相手を快諾してくれたのである。
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第百二十五話の投稿です。
拠点回はあとこれ合わせて3,4回かなぁ、と考えてます。