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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百二十六話

ムカミさん

第百二十六話の投稿です。


拠点回ラス2。

2016-11-07 01:44:44 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2712   閲覧ユーザー数:2205

 

一刀は久しぶりの一人きりの休日を過ごしていた。

 

特に当ても無く街をぶらつく。

 

今、許昌の民には笑顔が広がっている。街は活気で色付いている。

 

許昌ほどでは無いが、魏領内の多くの街でこれは同じ状態になりつつあった。

 

華琳の下、桂花が、零が、風が、稟が、詠が、そして蕙が。

 

治安の悪化を防ぎ、向上を目指し、様々な策を打ち立ててはこなしてきた結果が十二分に出ていた。

 

その一端には一刀も噛んでいる。それは密かに誇らしいこととして一刀の胸に刻まれている。

 

だからこそ、一刀はこうしてただ街を眺めているだけでも楽しいのだ。

 

そうして少し感慨に耽り気味だった一刀に背後から声が掛けられた。

 

「おぉ?これはこれは、お兄さんでは無いですか~」

 

「一刀殿、どうされたのですか、このようなところで?」

 

「やあ、風、稟。特にどうということも無いのだけど。

 

 今日は休日だからね、ちょっと街をぶらついてみていただけだよ」

 

声を掛けてきたのはいつも一緒にいる印象の凸凹軍師コンビ、風と稟だった。

 

但し、この二人の凸凹振りはすごいもの。互いに互いを補うことで全方面に有能を示すことが出来ているのだ。

 

知名度は桂花や零の影に隠れている印象だが、それでも風と稟無しに今の魏は成り立たない部分が多々あっただろう。

 

「そだったのですか~。

 

 ところでお兄さん、お暇でしたら是非是非~」

 

「あ~、アレね。分かった、いいよ。

 

 でも二人は仕事は大丈夫なのか?」

 

「ご心配無く、一刀殿。今日は私たちも休日ですので」

 

「そっか。なら安心だ。

 

 ん~……結構いい時間だし、どこかお店に入って話そうか」

 

「はい~、ではそれで~」

 

話題に挙がった”アレ”とは、風が定期的に一刀から聞きたがっていることである。

 

その中身に特に統一性は無い。ただ天の国の言葉と、それが持つ大陸での意味を教えているだけだ。

 

ただそれだけのことなのだが、大陸の人間にとって目新しいものであることには変わりない。

 

実際、風はそうして聞いた数々の単語とその意味を纏め、『天界語録』と題して本を出してすらいる。

 

魏の将の所持率はほぼ100%。魏の民も手が出せる者はほとんどが所持しているほどの大ベストセラーとなっていた。

 

なお、風の次にこの語録について詳しいのが稟。

 

今回にしてもそうなのだが、風が一刀から話を聞くときは稟も隣にいることが多く、本に載らないような細かい蘊蓄まできちんと聞いて覚えているからである。

 

そんなわけで、三人は連れだって街の飯店へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「ほうほう。”らっきぃ”が『幸運』、”あんらっきぃ”が『不運』、と。

 

 つまり、この間の菖蒲さんの時に馬騰さんが退いてくれたのはお兄さんにとって”らっきぃ”なことだった、ということですね?」

 

「おうおう、兄ちゃん。だったらよぉ、そもそも馬騰とやらがこっちの呼びかけに応じなかったのが”あんらっきぃ”ってやつなんだよな?」

 

「そうそう、そういう使い方で合ってるよ。

 

 この言葉は案外商人なら知っているかもね。大秦の方まで行く行商人なら、だけど」

 

風と宝譿がたった今聞いたことを実際の事例に当て嵌めて使い、一刀がそれに正否を出す。

 

この集まりがある度のそのやり取りは既に慣れたもの。

 

実際に正しく使ってみればそれ以外にも当て嵌めやすいとのことで、その意味でも一刀はなるべく直近の事例に当てられそうな言葉を選ぶようにしていた。

 

さて、他にどんな言葉がいいかな、と思案していると、稟がふと一刀に問う。

 

「一刀殿、以前に仰っていた”せぇふ”は今回の場合にも使えるのでは無いでしょうか?」

 

「ん?ああ、そうだね。前に教えたのは定軍山の時だっけか。確かに今回にも使えるね」

 

「となると、馬騰殿に菖蒲殿がやられる前に”せぇふ”、でしょうか?」

 

「やられる前『で』の方が自然だな。大陸のものじゃない言葉を使うからその辺のニュアンスはちょっと難しいかも知れないけど」

 

「にゅ、にゅあ??」

 

「おっと、すまない。つい出してしまった。

 

 えっと、そうだな……言葉の意味、使い方……そんな感じで考えてくれたらいいと思う」

 

「なるほど。分かりました」

 

この集まりで偶に見られるのが今の一幕と同じ流れ。

 

普段、一刀はカタカナ語は封印している。通じないからだ。

 

が、この集まりではむしろそれを前面に出して教えている。

 

すると気が緩んでしまうのか、はたまた普段使えない反動か、まだ教えていないカタカナ語をポロリと漏らしてしまうことがあるのだ。

 

風や稟はむしろまた新たな事柄を知ることが出来て満足気なのだが、一方で一刀はやらかす度に反省している。

 

この気の緩みが他の場面にまで伝染してしまうと少しマズい事態になり兼ねないからだ。

 

許昌の中にいる限りはそれほど問題にはならないかもしれない。

 

外で出てしまった時が問題なのだ。

 

もしも、寸秒の判断を要するような戦場の、いざという場面でそれが出てしまったらと思うと……恐ろしくて想像もできない。

 

いや、むしろそんな時のためにも『天界語録』は普及してくれた方がいいのではないか。

 

とまあ、偶には思考が横道に逸れたりもするわけなのだが。

 

なんだかんだ、一刀もこの集まりは楽しんでいた。

 

「お兄さんお兄さん。ふと思ったのですが、ねねちゃんのよく使うきっくという技、あれも天の言葉なのでは無いですか~?」

 

脈絡の無い話題転換だったが、直前の話は途切れていたのでそれほど違和感は無い。

 

それに、言われて気付くが、どうして今までこんなに身近にある事例を見落としていたのだろうか。

 

そんなことも考えながら、一刀は風の問いの肯定を返した。

 

「ああ、そうだね。意味としては、”蹴り”だね」

 

「ほうほう~。それでは殴ることにも天の言葉があるのでは~?」

 

「その通り。そっちは”パンチ”だ」

 

こうして連鎖式に言葉が出て来るのは楽だ。

 

風と稟は知識欲を満たせて、一刀は言葉選択に迷わなくて済むのだから。

 

 

 

 

 

その後、更にいくつかの言葉を教えてこの日の集まりは終わりを迎えた。

 

「そう言えば、二人は最近の小競り合いへの出陣が多かったよな?

 

 体の方は大丈夫か?今はあまり無理して欲しく無い時期なんだが」

 

店を出てしばらく歩いたところで、ふと一刀が二人に問い掛ける。

 

一刀の言った通り、各地の国境付近で小競り合いが頻発していることは以前にも書いた通り。

 

武将の出陣は特に誰が多いということも無いのだが、軍師の方は別だった。

 

こうも各地でポツポツと攻められては、次の戦場を予測して地図を準備することもままならない。

 

そこで、旅の経験と知識から紙の上ではなく実体験として地形を知っている風や稟がよく出陣しているのだ。

 

ただ、あまり頻繁に出陣し過ぎて、いざという時に体調を崩してしまう、などとなっては目も当てられない。

 

それに二人の身も心配だ。

 

軍師の疲れは表面上には出てきにくい。

 

だと言うのに、大切な場面でひょっこり顔を覗かせ、致命的な打撃を置き土産にしていく。

 

それが起こってからでは何もかもが遅いのだ。

 

そうならぬよう、周りもその人物自身も気をつけなければならない。

 

「だいじょぶですよ~。

 

 確かに風たちはちょ~っとばかり出陣が多いですが、その分桂花ちゃんが休暇をくれますので~」

 

「桂花殿と零殿がよく調整してくださっていますので、心配はご無用です、一刀殿」

 

「そうか。なら良かった。一応言っておくが、無理だけはしないでくれよ?」

 

「はい~」

 

「ありがとうございます」

 

二人の回答に取り繕っている様子は見られない。

 

疲れる仕事が多い分、その疲れを抜くための休暇も多い。

 

当然のようだが難しく、そしてそれが非常に重要だった。

 

ただ、その分のしわ寄せが桂花や零にいっていそうでこれまた心配なのだが、これ以上は心配の連鎖で無限に続きかねない。

 

二人ならうまく調整しているだろうと信じることにした。

 

「そう言えば、お兄さん。最近、季衣ちゃん、流琉ちゃんとあまり遊んでいないのでは?

 

 お二人、寂しがっていましたよ~?」

 

ふと思い出したように風がそう告げる。

 

言われてみれば、確かに最近はほとんど休日に季衣・流琉の二人と過ごしたことは無かったと気付く。

 

大仕事の前にマイナスの感情を募らせるのはちょっとよろしくない。

 

一刀は教えてくれた風に感謝して二人の下へ向かうことに決めた。

 

「最近は鍛錬ばかりだったからな。ありがとう、風。

 

 これから二人のところに行ってみるよ」

 

季衣と流琉の今日の仕事は、午後はほとんど無かったはずだ。

 

きっと今頃の時間なら食堂で駄弁っている可能性が高い。

 

そう踏んで一刀は足を城に向ける。

 

また街を散策するという二人とはそこで別れの挨拶を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「季衣、流琉。いるか?」

 

食堂に着くなり一刀は声を掛ける。

 

昼飯時は過ぎているので声が通らないことは無いと思ってのことだった。

 

「あっ、兄ちゃん!ここ、ここだよ~!」

 

「兄様!こんにちは!」

 

果たして、推測通りに二人は食堂に居てくれた。

 

後は二人の予定を確認するだけ。

 

「季衣も流琉も、今日の仕事は残っているか?」

 

「ん~っとね~……ボクはもう無いかな」

 

「私は後は皆さんの夕飯の準備くらいです。どうかされたのですか、兄様?」

 

記憶が合っていて良かったと内心胸を撫で下ろし、誘いの言葉を口にした。

 

「なら午後は時間が空いているようだな。

 

 久しぶりに一緒に出掛けてみないか?」

 

「行く行く!絶対行く!」

 

「わ、私、すぐ支度してきますっ!」

 

「あっ、待って流琉!ボクも~!」

 

「そんなに急がなく――おぉ、速い……」

 

即答の上、返事と同時くらいの勢いで走り出す二人。

 

焦らずとも良いと声を掛けようにも、その間もなく食堂から飛び出して行ったのだった。

 

 

 

ちなみに、二人が身支度を整えて戻って来たのはそれから十分も経たない内という高速振りであった。

 

 

 

 

 

季衣・流琉の二人と出掛ける時は食べ物の店巡りが主となる。

 

特に、食べ歩きし易い屋台や軒先売りの店はほとんど必ずと言って良いくらいに寄る。

 

季衣はそれらの店で食べ物を買っては幸せそうに頬張り、流琉は美味しいものや興味を持ったもののレシピを解き明かそうとするのもいつもの光景。

 

なお、余談だが許昌の街の食べ物類の店は皆レベルが高い。

 

と言うのも、華琳が気まぐれで街中に現れてはレベルの低い店に情け容赦の無い攻撃を加えるからだ。

 

それがあるので食べ物系の店は皆必死。

 

既存のメニューはより美味しく作る方法を模索し、新たなメニューは試行錯誤を相当重ねてから出す。

 

おかげで料理人としてのレベルが相当高い流琉にも、まだまだ店屋物から学べることが沢山あるのであった。

 

そして、その中にはこの許昌ならではの名物を扱う店もあり――――

 

「おっ、北郷の旦那!丁度いいところに!

 

 ちょいとこいつを試してみてくれねぇかい?」

 

そんな店の一つに声を掛けられた。

 

店主が差し出して来たのは熱々のご飯。そして添えた皿にはタレにとっぷりと浸かった叉焼。

 

叉焼の出来は見事なもので、見た目にも柔らかそうなそれに季衣が目を輝かせる。

 

対して流琉はその組み合わせに少し首を傾げていた。

 

一刀だけは次にどうするべきかを分かっている。

 

ただ、店主の狙いは聞くためと自らの意見を聞かせるために口を開いた。

 

「これはタレも全部掛ける予定なのか?それだと味が濃くなり過ぎるだろうから、タレの量は減らした方がいいと思う。

 

 それとこれを丼にするのはいいと思うけど、ネギもあった方がいいだろう。ネギでなくても、味が合う香草があればより独創性は高くなると思う」

 

「はぁ~、なるほど。さっすが旦那!

 

 すぐに用意しますんでちょいと待っててくだせい!」

 

そう言うや、店主は店の奥へと引っ込む。

 

そのタイミングで季衣と流琉がづ同時に問い掛けてきた。

 

「ね、ね、兄ちゃん!これ、まだ食べちゃダメなの?」

 

「あの、兄様。兄様と店主さんはこれをどのようにして?」

 

「ちょ、ちょ!同時に話さないでくれ、分からなくなるから。

 

 えっとな、もっと美味しくなるよう工夫してくれるから、少し待とうな、季衣。

 

 で、流琉。この店の名物にもなってる丼は食べたことがあるな?

 

 これも同じだ。叉焼をご飯に載せて叉焼丼にするんだ。美味いぞ」

 

二人揃ってへぇ~と声を漏らしそうな顔をする。

 

事の始まりは一刀が麻婆丼を食べたくなってご飯と共に注文したから。

 

その食べ方を店主が見て、そのまま商品化にこぎ着けたのだ。

 

今では麻婆丼の他、天津飯、牛丼、豚丼と色々載せるようになっていた。

 

そのどれも美味しい出来上がりであるのは店主の頑張りと華琳の無言の圧力のおかげだろう。

 

ちなみにここの店主の凄いところは、これらの料理を御遣い公認・監修として大きく売りに出したこと。

 

この謳い文句によって広く客を掴むことに成功していたのである。

 

季衣と流琉の問いに答えている内に準備を終えた店主が店の奥から出てきた。

 

「へい、旦那、お待ち!

 

 許褚将軍と典韋将軍も、是非感想をお聞かせくだせぇ!」

 

「もういいんだよね?ね?

 

 いっただっきま~す!」

 

「わ、私も。いただきます」

 

以前に一刀から聞いて以来食事時に使うようになった挨拶を皮切りに二人は叉焼丼を口にし始める。

 

わざわざ感想を聞かずともその味の程は二人の満面の笑みが物語っていた。

 

一刀もまた丼を口にする。

 

今回はすぐに用意出来たネギを使っているが、それでも十分に美味しい仕上がりだった。

 

このままでもメニューに加えることに問題は無いだろう。

 

が、それでは店主が一刀に試食を頼んだ意図の半分ほどしか満たせないだろう。

 

だからこそ、敢えて一刀は厳しめの意見を伝える。

 

「叉焼は以前からのもので十分に美味しい。そのタレも量を調整すればご飯とよく馴染んで最高だ。

 

 あとは彩と味の調整のために入れるものだけど、ネギ以外のものも試してみた方がいい。

 

 飽くまでネギは天の国で一般的に用いられていたもので、これ以外を使った叉焼丼も沢山あった。

 

 この店独自の、最高の叉焼丼を作り上げようと言うのならネギよりもこの叉焼の味にあうものを探し出して見てくれ」

 

「はぁ~、なるほど~。

 

 わかりやした!精進しやすっ!」

 

中々無茶気味なことを言ったつもりだったが、店主は非常に前向きな返答だった。

 

ここの店主が嫌そうな顔をしている場面は見たことが無い。

 

そんなカラッとした性格だからこそ、店の方も繁盛しているのかも知れない。

 

 

 

叉焼丼を思う存分堪能した三人はまた街巡りに戻る。

 

季衣は相変わらずの上機嫌で色々と店を覗いていたのだが、どうにも流琉が何かを言いたそうにしていた。

 

何かを聞きたいのにどうにも聞けないと言った様子。

 

だったら促してやろうか、と思った時に、ようやく流琉が口を開いてくれた。

 

「あ、あの、兄様。少しよろしいですか?」

 

「どうしたんだ、流琉?何か聞きたいことがあった?」

 

「あ、はい。聞きたいことと言うよりお願いなのですが。

 

 久しぶりに私にも天の国の新しい料理を教えてもらえませんか?」

 

「あっ、それすごくいい!兄ちゃん!ボクも新しい料理食べたいっ!」

 

流琉のお願いに季衣が鋭い食いつきを見せる。

 

一刀の方に断る意志も理由も無い上に二人がこれだけ乗り気なのであれば、最早答えは一つだった。

 

「そうだな。だったら何がいいか……う~ん…………

 

 まぁ……時勢的に、アレかなぁ」

 

一刀の中で一つの結論が出たら、まずはそれを為すべく買い物を始める。

 

が、食材を買い集める途中、今更になって思うことがあった、と流琉に告げることになった。

 

「流琉。これから教えるものは高温の油を使った料理なんだ。

 

 ただ、こちらでは油の温度がどの位まで上げられるかが分からなくて、ちゃんとしたものが作れるか正直分からない。

 

 それでもいいか?」

 

「はい、大丈夫です!万一今回失敗したとしても、作り方さえ分かれば私が試行錯誤しますので!」

 

「そうか。頼もしいな、流琉は。

 

 でも、やっぱりそれだけじゃあアレだし……保険代わりに何か出来ないか……

 

 うん……ちょうど西の方の食材も欲しいし、そのまま露店の方を見て回ろうか」

 

一刀が提案して、三人は少し足を伸ばして露店商区画を見て回る。

 

まずは新しい料理に使う食材を購入。その後、何かいいものは無いかと区画をぶらつく。

 

と、一刀と流琉がほぼ同時にかなり良いものを見つけた。

 

「おっ、これは」 「あっ、兄様。あれを!」

 

思わず二人同時に相手を見つめてしまい、耐えきれずに吹き出す。

 

ひとしきり笑った後、季衣の不思議そうな顔に答える意味も込めて一刀がこう口にした。

 

「よし!それじゃあもう一品、カレーを作ろう!

 

 こいつがあれば、新しいのが成功すればより美味しくなるしな!」

 

「わ、わっ!かれぇだ!かれぇなんだ!やった!」

 

「えっと、これとこれと、あとこれと……これもくださいっ!」

 

季衣ははしゃぎ、流琉も嬉々として香辛料を購入する。

 

購入を終えたら食材は全て整った。

 

三人はそこから一直線に城へと戻る。

 

そのまま食堂へと直行し、早速カレーの下準備に入った。

 

以前の試行錯誤数を作っただけあって、流琉もカレーは一刀の指示無しで準備を進められる。

 

一通りの準備を終え、煮込む段階に移ったことで、ようやく新たな料理のレクチャーの時間となった。

 

「よし、それじゃあ新しい料理の作っていこうか。

 

 まずはパンを削る。削り方はなんでもいい。欠片があまり大きすぎなければ大丈夫だから」

 

「はい」

 

最初から変なアレンジを加えようとせず、まずは教わった通りにこなしてくれる流琉は、一緒に料理をするのに非常にやりやすい。

 

「次は卵を溶いて――――」

 

無用な心配もいらず、一刀は行程を説明していく。

 

もうお気づきだろう、一刀が流琉と作ろうとしているのはトンカツである。

 

カレーとの相性も良く、成功すれば皆が満足してくれるはずだ。

 

下準備は大陸の設備でも問題は無い。問題となるのはやはり油で揚げる行程。

 

こればかりはまたもや試行錯誤になるか、と思っていたのだが。

 

さすが流琉と言ったところか、油の温度の上がり具合をその様子から見事に予想出来ていた。

 

そのため、試作自体は非常に少なく済んだのである。

 

ただ、カツが成功しても残念ながらソースの再現までは出来ない。というより、一刀に一からソースを作るだけの知識が無い。

 

しかし、今回に限ってはそれも無問題。

 

カツの成功とほぼ時を同じくして食堂に、否、食堂を越えて広がっていく香しい匂いが全てを解決してくれる。

 

「よし、どっちもいい感じだな。

 

 それじゃあ、流琉。もう少しカレーの方を煮込んだら食べようか」

 

「あ、はい!えっと、この”とんかつ”の方は?」

 

「それはカレーと一緒に食べるとより美味しいんだ。

 

 ついでに験担ぎにもなる」

 

そのように流琉に説明をしていると、突然背中から声が掛かった。

 

「へぇ~?その験とやら、確か仏教の用語だったわね?

 

 それを担ぐことにどんな意味があるのか、私にも教えてくれないかしら?」

 

「か、華琳様?!す、すみません!もうお夕食のお時間でしたでしょうか?!」

 

流琉にとってはあまりに予想外の訪問者に冷静さを失って慌てふためく。

 

それを華琳が宥めるために口を開いた。

 

「安心なさい、流琉。まだよ。

 

 香りの凶器を振り回すそこの男にちょっと文句を言いに来ただけよ」

 

「香りの凶器とは……言い得て妙だな。

 

 この時間にカレーを作ったんだし、匂いに釣られて皆もじきに来るだろう。

 

 さっきの質問の答えはその時にでも話すよ」

 

「あら、そう。ならば楽しみにさせてもらうわね」

 

聞き分けよく頷いて華琳は厨房から食堂へと移ろうと踵を返す。

 

その背に一刀が声を掛けた。

 

「華琳。卵はいるか?」

 

「…………お願いするわ」

 

少しの沈黙の後、振り向かずに一言だけ。

 

この時華琳が何を思ったかは定かでは無い。

 

ただ不機嫌になったわけでは無いことだけは、その後の食事時での様子からも明らかであった。

 

 

 

 

 

それからものの10分、20分の内に今許昌にいる将が皆集まってきていた。

 

以前に披露したカレーの味を皆忘れておらず、今か今かと待ちわびている。

 

やがて皆の前にカレーが配膳されると一部から歓声まで上がった。

 

が、直後にこんがりさっくり揚げられたカツが並べられると、一様に疑問符が浮かぶ。

 

そのタイミングで一刀が口を開いた。

 

「皆に俺の国の新しい料理を紹介したい。

 

 たった今皆の前に並べられたもの、これはトンカツというものだ。短くカツとも言う。

 

 この読みは勝利を意味する『勝つ』と音が同じということから、ここ一番の前に食べる縁起の良い食べ物としても有名だった。

 

 今、我々魏は蜀・呉との決戦に向けて邁進しているわけだが。

 

 ここらで一度、このカツを食べて必勝祈願でもしておこうと思った次第だ。どうだろう?」

 

「なるほど。カツで勝つ、ね。

 

 冗談の類なのでしょうけど、少しくらいは気が楽になりそうね」

 

華琳が最初に反応を示す。

 

気休め程度でも少しくらい効果はあるだろうとの反応。

 

「勝負事は事前の準備が物を言うのよ。

 

 そこが不十分だったら負けるのだし、十分整っていれば勝てるものよ」

 

桂花を筆頭に軍師陣はこのような意見。

 

ロジックを武器にしているのだから、迷信なんかの類は受け付けないのだろう。

 

「なあなあ、一刀!このかつとやらはかれぇと一緒に食べると美味いというのは本当なのか?!」

 

一方で武官の多くは蘊蓄には然程興味も無く、専ら早く食べたいとの空気を醸していた。

 

主に春蘭、季衣、恋、猪々子の辺りからの、早くしろ、という圧力が凄い。思わず怯みそうなほどだ。

 

それが普段の仕合でも常に出せたらなぁ、と苦笑しつつ、これ以上待たせるのは体に毒だな、と。

 

「それじゃあ、皆!カツカレー、存分に味わってくれ!」

 

食事の開始を宣言した。

 

待ってましたとばかりにかっ込み始める武官陣。

 

やれやれといった面持ちで一刀も腰を下ろし、食事を始めた。

 

実に数年ぶりのカツカレー。

 

それは非常に懐かしく、涙が出そうなほど美味しい味なのであった。

 


 
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