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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百二十四話

ムカミさん

第百二十四話の投稿です。


拠点回その弐。

2016-10-16 07:11:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2546   閲覧ユーザー数:2106

 

数え役萬姉妹(sisters)

 

それは大陸初にしてきっちり大成功を収め、国を問わず大陸中の庶民に幅広く支持され、一世を風靡しているアイドルグループのこと。

 

本業は勿論のこと、アイドル。

 

その裏にはユニット名が示す通り、天の御遣い・北郷一刀がいて、それもまた人気に拍車を掛けていた。

 

そして、裏の稼業として、彼女たちに心酔してどこまでも付いてゆこうとする者を、魏の兵として徴用する。

 

その際、決して強要などしない。飽くまで本人に意志に任せている。

 

なのだが。

 

この時代、住み慣れた土地を離れて他へ移ったとて、そこですぐに次の仕事にありつけるとも限らないのが常。

 

手っ取り早くありつけられ、かつ給金もそこそこ以上に良い仕事、となると、最早兵士くらいしか選択肢が残っていないのだ。

 

こう書いてしまえば、三姉妹のやっていることは詐欺なのではないかとも思うだろう。

 

しかし案ずることなかれ、その辺りの説明は元の地を離れる前にきちんと説明しているのだ。

 

つまり、三姉妹の熱烈なファンは全て納得尽くで魏の兵となり、その国力の増大に一役買っているのだった。

 

 

 

さて、そんな国力爆増の着火剤となった三姉妹だが、つい先ほど許昌へと帰還を果たしていた。

 

ただ、今回はいつもと少し違う点がある。

 

三姉妹の全員が全員、妙に不機嫌そうな表情を隠しもしていないのだ。

 

何かあったのだろうか。三姉妹の表情を目にした者は皆そんな疑問を抱く。

 

しかし、面と向かってこれを聞く勇気は湧かない。

 

庶民を威圧してしまうという、普段であればアイドルならざる行為を行ってしまっているにも関わらず、そちらに気が行っていない様子の三姉妹であった。

 

「あの~、みんな~?

 

 もうちょっと、もうちょ~っとだけ、その不機嫌王羅を収めようなの~」

 

「今日はこれでいいのよ、沙和!

 

 今のちぃの怒りは天をも突き抜けてるんだから!

 

 この王羅でむしろ一刀を伸してやりたいくらいよ!」

 

地和が嚙みつかんばかりの勢いで沙和に反撃する。

 

いつもはここらでほんわりと空気をゆるふわっとさせる発言をする天和も、本日は頬を膨らませてだんまり。

 

人和に至っては話すまでも無いとでも言いたげな様子であった。

 

ちなみに『王羅』とは、お察しの通り”オーラ”のこと。

 

折角(?)なのだから、と三姉妹は自分たちに使えそうな天の国の用語は一刀に聞いたり風から又聞きしたりして積極的に取り入れていた。

 

そんなわけで、周囲の人にはちょっと意味が分かり辛い会話が時折混ざり始め、それが一層彼女達に声を掛ける気を無くさせていた。

 

「沙和さん、私たちも分かってはいるのですが、仕方が無いものと思ってください。

 

 下手をすれば数え役萬姉妹が解散の憂き目に合ってしまうかも知れないような事態になってしまったのですから」

 

人和が沙和に納得を促す。

 

沙和も一応理解してはいたので、黙って頷きだけを返した。

 

それと同時に、人和の声が聞こえた庶民の間に動揺が奔る。

 

その動揺は庶民にとって大きなものだっただけに、すぐさま広がり始めた。

 

あまりにも大きな衝撃は時に躊躇う人の背中を蹴り飛ばす。

 

今回もその例に従い、一人の庶民が転がるように三姉妹の前に出て来て話しかけた。

 

「あ、あの!か、か……解散って、本当のことなんですかっ!?」

 

「あ……」

 

しまった、と人和が表情を歪める。

 

それを見て飛び出して来た庶民は絶望に顔を顰めさせようとした時だった。

 

「あははっ、ごめんね~?

 

 人和ちゃんったら、ちょっと大げさに言っちゃう癖があるんだよ~」

 

天和がそれまでのむすっとした顔が幻であったかのように、瞬時に輝く笑顔を作り上げて割って入ったのである。

 

人を惹き付ける天性を持つ張三姉妹の中でも、特にそれが強いのが長女である天和。

 

その言葉は不思議とほとんど疑問も無くファンに受け入れられる。

 

「え?……えぇっと、それじゃあ、その……

 

 解散っていうのは……」

 

「うん、違うよ~。

 

 私たちはまだまだ現役っ!安心してねっ!

 

 華琳様や一刀の方針でちょ~っとだけの間来舞(ライブ)は出来ないかも知れないけれど、近いうちにちゃんと開くから、その時には来てね?」

 

「は、はいっ!もちろんですっ!!」

 

希望に満ちた表情で庶民は去っていく。

 

この一幕を周囲の民は遠からず近からず、されどしっかりと聞き耳だけは立てていて、先程の者と同じように天和の言葉に安堵したようであった。

 

「……ごめんなさい、天和姉さん」

 

「ううん、いいよ。

 

 それよりも、ありがとうね、人和ちゃん。

 

 さあ、文句を言いに行こうっ!」

 

少し言葉足らずな感はある。が、人和とそして地和にも、それだけで伝わっていた。

 

天和が口にした謝意。それは姉妹の憤りを簡潔に、しかし冷静に言葉にして表したことに対するもの。

 

これによって三人が何にどう怒っているのか、それがはっきりとしたのであった。

 

いつの間にか許昌の城間近まで来ていた三姉妹と沙和の四人は、そのままの勢いで文句を言うべき対象、一刀の下へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ちょっと、一刀ーーっっ!!」」」

 

謁見の間に入るなり張三姉妹は声を揃えて一刀を怒鳴りつけようとした。が。

 

「ちょっと!帰って来るなり騒々しいわね!

 

 一刀なら今はここにいないわよ!」

 

桂花からの怒声が代わりに返ってきた。

 

それと、もちろんこの人もいる。

 

「お帰りなさい、天和、地和、人和。

 

 急なことで悪かったわね」

 

「あ、華琳様。申し訳ありません、華琳様の御前で……」

 

人和が頭を下げるが、当の華琳には気にした様子も無い。

 

ただ面白いものが見れそうだ、と好奇心を掻き立てられたような表情をしていた。

 

「一刀なら真桜の研究所に行っているはずね。

 

 桂花、至急一刀をここに呼び出させなさい」

 

「はっ!」

 

華琳は一層意地の悪そうな笑みを深め、それだけを命令した。

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、華琳。急な呼び出――」

 

「おぉぉりゃあぁぁっ!!」

 

「おっと」

 

華琳の意向を汲んで、一刀はこの場に理由の説明もほぼ無しに呼び出されていた。

 

入室するや、まずはその理由を聞こうとした一刀に対し、扉から死角になる位置に潜んでいた地和が仕掛ける。

 

が、一刀は慌てるでもなく地和の拳を柔らかく包み込んで受けた。

 

「やあ、地和。おかえり。天和に人和、沙和も、おかえり。

 

 ってことは、呼び出しの理由は”そういうこと”なのかな?」

 

「ちょっ、一刀っ!は、な、せぇっ!!」

 

「おいおい、地和、あんまり無茶はするなって。

 

 今離すから力を抜くんだ。いいな?……はい」

 

一拍置いてから宣言通り地和の手を離す。

 

事前に一刀が声を掛けていたおかげで、地和がバランスを崩して倒れたりすることも無かった。

 

「一刀さん、貴方の言う通りです。

 

 今回の件、私たちは貴方が決定の大本だと聞いています。

 

 ですが、私たちは大事な興業の最中でした。これを強制的に辞めさせるに足る、納得のいく説明を聞かせてもらいたいのです」

 

再び地和が一刀に食って掛かる前に、と人和が一刀に対して滔々と疑問を突き付ける。

 

ただし、だからと言って人和が怒っていないということにはならない。

 

むしろ、淡々と言葉を並び立ててくる人和の方が、一刀的には先程の地和の激昂よりも恐ろしく感じられたほどだ。

 

「まあまあ、少し落ち着いてくれ、人和。

 

 興業の中断、と言ったけど、多少の間は持たせたんじゃなかったか?」

 

チラと桂花の方へと視線を送り、そのようになっていたはずだとの確認を込める。

 

これには目の前の人和がすぐに答えた。

 

「ええ、はい。確かに通達が来てから本当に中止となるまでに若干の期間はありました。

 

 ですが、私たちが今回計画していたのは大陸中を回る一大興行でした。

 

 つまり、その地や次の地での興行くらいなら問題無く出来ましたけど、全ての行程をこなすには到底足りないものだったのです。

 

 当然、興行は途中で中止、商人さんたちに頼んで先立って宣伝して頂いた地の方たちには約束破りの形となってしまったんです」

 

「大陸中を、か。なるほど、それは済まなかった」

 

「それで、一刀さん?

 

 帰還に先立って言伝を頼んだはずですが、改めてお尋ねします。

 

 ”どうして私たちの興行を強制的に止めさせるのですか?”」

 

「大事な君たちを死なせないためだ」

 

「…………?えっと、それだけ、ですか?」

 

つらつらと理由が並べられるものと考えていた人和は、一刀の非常に短い回答に数秒、間を空けてしまった。

 

そして、どうやらそれは天和も地和も同じであったらしい。二人は二人でフリーズしてしまっていた。

 

「それだけ、というが、それ以上に何がある?

 

 まさかいくら君たちでも例え死ぬとしても興行を続けたい、ってわけじゃないだろう?」

 

「ちょ、ちょっと!死ぬってどういうことなの?!」

 

地和がまたも食って掛かる。ただし、今度は意味合いが違った。

 

憤りからではなく、混乱から。

 

突然出てきた不穏なワードに処理が追いつかなくなったのである。

 

「今の大陸の情勢、人和なら分かってるだろう?

 

 近く、魏・呉・蜀の三国が雌雄を決する大戦が起こる。俺たちも、そして相手も、その見解を共通して持っている。

 

 となると、そこに向けての最後の追い込みの時期がまさに今、となるわけだ」

 

「それは分かってるけど!

 

 どうしてそれでちぃ達が死ぬことになるってのよ?!」

 

「三人には確かに興行で国内の民の慰安を任務としてもらっている。

 

 が、同時に兵力増強の第一線でもある。

 

 そして、少なくとも呉はこの情報を掴んでいる。恐らく蜀にも掴まれていると見ていいだろう。

 

 あれだけ幅広く活動してもらったんだ、そこは仕方無い。

 

 だが、それがバレているということは、魏の兵力の増強を阻止するために三人が狙われる可能性も高いと言う事だ。

 

 護衛を付けているとは言え、興行先ではさすがに支援が不十分になってしまう。

 

 だから、三人を確実に守るために許昌に呼び戻した。

 

 こんなところだが、それで納得してもらえるか?」

 

一刀の淡々とした説明が逆にそれが真実であると物語っている。

 

先程まで一様に憤っていた三姉妹も死が遂に現実味を帯びてきたことで黙り込んでしまった。

 

代わりに、というべきか、三姉妹よりも死のイメージをしっかりと持っていた沙和が言葉を継ぐ。

 

「じゃあじゃあ、一刀さん、数え役萬姉妹の次の興行の予定って決まってないってことなの?」

 

「すまないがそうなるな。

 

 尤も、あまり許昌から離れすぎない国内なら今まで以上の護衛付きで許可は出るかもしれないが」

 

そこでチラと桂花に視線を送る。

 

ここで諸々の調整を担うのは桂花であるのだから、桂花が許可を出さないと言えばそこまでの話となってしまうからだ。

 

視線を受けて桂花は予め用意していたのであろう回答を返す。

 

「国境付近や遠くでなければ問題無いわ。民のための慰安公演も必要になってくるかも知れないしね。

 

 ただし、講演予定の場所と日程は行く前に報告してもらうわ。

 

 情勢を鑑みてこちらで許可を出すことになる」

 

「う~ん……ちょっと残念だけど、一刀さんや桂花ちゃんが言うことも理解出来るの~。

 

 ということだから、天和ちゃん、地和ちゃん、人和ちゃん。大陸横断公演はちょ~っと我慢して欲しいの~」

 

「…………仕方無いですね。

 

 さすがに今の話を聞いてまで興行をゴリ押す気分にはなれませんから」

 

沙和の説得に人和が納得を示す。

 

「人和ちゃんがそう決めたのならお姉ちゃんはそれでいいよ~。

 

 いくら頑張っても死んじゃったら何にもならないからね~」

 

続いて天和も。

 

では残る地和はと言うと。

 

「ううぅぅ……活動規模が小さくなっちゃうぅぅ……」

 

と、頭を抱えていた。

 

「それは仕方無いわよ、ちぃ姉さん。

 

 一刀さん達も天和姉さんも言っていたけれど、死ぬことだけは避けないと」

 

「それは分かってるわよ!実際一度殺されそうになったこともあるんだからね!

 

 それでも、悔しいものは悔しいじゃない!」

 

それは分からないでも無い。誰もがそう思ったが、敢えて口にする者はいない。

 

地和も、誰も口にして同意しないからと言って、皆が同じように考えていないなどとは思っていない。

 

ただ、感情の八つ当たり先を見失ってしまっているだけだった。

 

「あ~、もうっ!分かったわよ!

 

 暫くは大人しくしてる!それでいいんでしょっ?!」

 

「すまないな、地和。

 

 お詫びと言ってはなんだが、一報亭で奢らせてもらうよ」

 

「えっ、ホント?!だったら焼売たっくさん頼んじゃおっと♪」

 

あまりにもコロッと変化した地和に一刀も思わず目を見張ってしまう。

 

「あっ、ずる~いっ!ねぇねぇ、一刀っ♪私と人和ちゃんにも、もちろん奢ってくれるんだよね?」

 

「あ、ああ、勿論だ」

 

そして天和も目ざとくこれに便乗する。

 

元々三姉妹を対象に誘ったつもりであった一刀に異論は無いが、先ほどまでの場の温度差に思わず言葉が詰まってしまった。

 

「えっと……す、すみません、一刀さん」

 

「いや、構わない。むしろこちらの都合で迷惑を掛けたわけだからな」

 

一刀の戸惑いをきちんと理解出来ていた人和は一刀に対して謝罪する。

 

ただ、これには一刀からも謝罪を返した。

 

アイドルと言えど、三姉妹は立場的には華琳の部下。そして一刀は華琳と同列の立場。

 

そこから考えれば、三姉妹の動向に対し、一方的に干渉する権利が一刀にはあることにはある。

 

だからと言って、それを実行した際に罪悪感を覚えないかと言えば、それはノーだ。

 

それが現代人である一刀の感覚。故に、謝罪を返したのであった。

 

「ところで、一報亭に行くのは今日でなくてもいいか?

 

 急な呼び出しだったもので、今日はまだ仕事が残っているんだ」

 

「うん、全然構わないよ~」

 

「ちぃも別の日でいいわよ。さすがに今日くらいは長旅の疲れを癒したいしね~」

 

「ということだそうです。また改めて日程を決めさせてください」

 

三姉妹は揃って承諾、これにて三姉妹ともやり取りは終了となった。

 

疲れたので、と三姉妹と沙和はすぐに退室する。

 

一刀も同じく仕事に戻ろうかとすると華琳に呼び止められた。

 

「ああ、一刀、少し待ちなさい。

 

 丁度良い機会になったのだから、蕙のところを尋ねてあげなさい。

 

 あのお二人もいらっしゃるわ。

 

 何でも、一度蕙が貴方に聞きたいことがあるらしいわ。

 

 まあ、恐らくあのお二人が貴方に会いたいのが真相なのでしょうけれど」

 

「そういえば、最近会えていなかったな。

 

 分かった、戻る前にちょっと寄らせてもらうことにする。

 

 ありがとう、華琳」

 

「どういたしまして」

 

華琳の助言に従い、一刀は急遽向かう先を変更して退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許昌の城にいくつかある執務室の一つ。一刀が目指す部屋。

 

そこは蕙に与えられた部屋だった。

 

部屋の前に着き扉をノックすると中から不思議そうな声が聞こえてきた。

 

「えっと……どなたかいらっしゃるのでしょうか?」

 

「やあ、蕙。聞きたいことがあるって話だけど、今でも構わないか?」

 

「か、一刀様!お疲れ様です、わざわざすみません」

 

ガタッと椅子を鳴らして蕙が慌てて立ち上がる。

 

先程の言葉と合わせて一刀は、そういえば、と思い出したことがあった。

 

それはノックについてのこと。

 

元々許昌にいた者たちは皆一刀の習慣を知っている。なのでノックについても理解しており、むしろそれが一刀来訪の合図ともなっていた。

 

が、蕙はまだそのことを知らない。故に扉から突然生じた音に疑問を持ち、またノックの後に一刀が現れたことにも驚きを抱いたのである。

 

そして、蕙が知らないということは必然として――

 

「兄上、先程の扉の音は兄上が出されたのですか?

 

 一体どういう意図があってのことなのでしょう?」

 

協と弁も知らないということになる。こと、一刀に関する事には多大な興味を抱くようになった協はすぐにこれに食いついた。

 

なお、零が軍師として忙しくなってきた今、協と弁の内政に関する勉強と補助は零から蕙に引き継がれていた。

 

そのため、日中は専ら二人はこの蕙の部屋に詰めているのである。

 

「そう言えば、蕙だけじゃなくて白も朱も知らなかったか。

 

 さっきのはノックと言って、部屋に入る際に中にいる人に尋ねてきたことを知らせるための行為なんだ。

 

 大陸にはそういったものが無いらしいし、本当は必要ないんだろうけど、どうしても癖でね」

 

「の、野句?言葉は分からないのですが、意味は理解しました。

 

 そういうことだったのですね」

 

一先ずの好奇心が満たされ、協は笑みを見せる。

 

こういう姿を見ていれば、本当にただの少女だなあ、と改めて思わされる。

 

大陸的には、或いは遥か昔の時代では、このような子どもが重責を負う立場となるのはよくあることなのかも知れない。

 

今こうしてしっかりと働いていることだけでも驚くべきことではあるのだから。

 

「っと、そうそう。蕙、さっきも聞いたんだけど、改めて。

 

 聞きたいことがあるって華琳から聞いたけど、今でも大丈夫かな?」

 

「あ、はい。大丈夫です。

 

 えっと、その……」

 

肯定の返事はしたものの、そこから言葉が出なくなってしまう蕙。

 

そんな彼女に助け船を出したのは弁であった。

 

「すみません、一刀さん。

 

 実は本当に話したいことがあったのは私たちなんです。

 

 ただ、蕙さんには便宜を図っていただいただけでして」

 

「なんだ、やっぱりそういうことだったか。

 

 だったらさ、蕙。別に取り繕おうとしなくてもいいぞ?

 

 何なら、直接俺に話を持って来させればいい。立場とか世間体とか、内々で済ませられるのなら全く気にはしないからな」

 

「は、はい。すみません」

 

「いやいや、謝る必要は無いって」

 

反射的に謝罪を口にする蕙に一刀は構わないと手を横に振る。

 

それから、一刀は視線を振って協と弁を促した。

 

「兄上、御呼び立てする形になってしまい、申し訳ありません。

 

 それに、話したいことと言っても、私の我が儘なのです。

 

 ここ暫く、兄上が本当に忙しかったことは理解しています。

 

 ですが、その間、兄上とお話をする機会を得られなかったことが寂しかっただけなのです」

 

「一刀さん、もしよろしければ今暫くお時間をいただけませんか?

 

 私も協も、一刀さんとお話がしたいと思っていたのです」

 

協が申し訳なさそうに若干上目使いで尋ねる。

 

弁がにっこりと柔らかな笑みを湛えて尋ねる。

 

元々あまり断る気は無かった一刀であったが、そんな二人に聞かれては尚更断れるはずが無かった。

 

頭の中ではこの日に立てていた予定に若干日にちをずらして修正を入れつつ、一刀は諾で返していた。

 

「ああ、構わないよ。

 

 それじゃあ、何を話そうか。

 

 また前みたいに俺の国の話でもいいし、何ならついこの前の上庸の話もある」

 

「どちらも!どちらもお願いします、兄上!」

 

一刀から聞ける未知の事柄は何でも知りたい。

 

そんなことを協の輝く瞳は語っていた。

 

「そうか。だったら、話題の方向に統一性がなくなりそうだけど、なるべく繋がるような話題を探して話してみようか」

 

「はい!お願いします!」

 

協の元気な返事を合図に、一刀は雑多な話題を寄せ集めた話を始めた。

 

 

 

 

 

どういった話をしようか悩んだ挙句、一刀は現代の娯楽の話を選択する。

 

この大陸でも遊ばれているようなものから、概念を説明しづらい映画のようなものまで。

 

その映画の話題から過去・現在・未来と時間を問わず戦争を舞台としたものも多数あることに話を繋げる。

 

少し無理矢理な感はあるが、そこは仕方ないと笑って見過ごしてあげて欲しい。

 

ともあれ、映画で用いられる様々な戦術、それをこの大陸でのものに当て嵌めて有用性があるかどうか、そんな話から先日の蜀の戦術へと話を飛躍させる。

 

そうして苦しくもあの一戦を含めて一刀が語り終えた時、話を聞いていた三人は揃って詰めていた息を吐き出していた。

 

「菖蒲様が無事でよかったです。

 

 詠様がよく仰られています。魏の軍部は春蘭様、秋蘭様、菖蒲様があってこそ成り立っている、と」

 

「そこに兄上や恋さんは入っていないのですか、蕙?」

 

「えっと、実は私もそれを尋ねたことがありまして。

 

 詠様の返答は、お二人は軍の維持以外のところで重要な役割がある、とのことだそうです」

 

「詠の評価は正しいだろうな。俺も恋も、軍部の中心として構えるには少し自由に過ぎる。

 

 その点、さっき挙がった三人はどっしりと構えていられるし、本人・部隊員ともに実力も申し分無いわけだからな」

 

蕙の漏らした感想に協が疑問を抱き、その返答に一刀が補足する。

 

この一連の流れが一刀の話の終了の合図ともなっていた。

 

はぁ~、と満足気な溜め息を吐きながら、協はしみじみとした様子で誰にともなく呟く。

 

「あの碧さんを退けられたなんて……

 

 元々お強いとは思っていましたが、兄上は本当にすごい方です。

 

 まるで剣姫様を思い起こさせるような活躍ぶりです」

 

「馬騰が退いてくれたのは偶々だな。今の時点で戦闘になっていても、良くてギリギリ引き分けだろう。

 

 それと、剣気?いや、まだそれを出せるほどの域にまでは達していないんだが……」

 

「??剣姫様を、出す??」

 

一刀と協が共に頭上に疑問符を浮かべる。

 

どうにも会話が噛みあっていないぞ、と思うと同時、その理由は弁の補足が齎してくれた。

 

「一刀さん、協の言った”剣姫様”とは皇帝家に代々伝わる伝説のことなのです。

 

 四百年以上も続いた漢王朝の始祖、劉邦様のことだと言われています。

 

 何でも光り輝く宝剣を手に、この世の者とは思えない強さで劣勢を覆して大陸を統一されたのだそうです。

 

 その御容姿は大変麗しく、付いた二つ名が”剣を手にした姫君”、短くして”剣姫”様となったというお話です」

 

「なるほど……勉強になったよ。

 

 でも、そうなると余計にそんな大層なものじゃあ無いよ、と言わせてもらおうかな」

 

劉邦。弁の説明にもあった通り、前漢の初代皇帝。

 

やはりこの大陸ではかの人も女性だったそうだが、その強さはまさに化け物級だったということなのだろう。

 

「実は剣姫様は劉邦様の一番の親友だった、という妙な噂も聞いたことがあるのですが、どちらにしても結末は同じです。

 

 どのような立場で語られようと、剣姫様はこの大陸に長く続く平和を呼び込んでくださったお方。

 

 ですから、やはり、私は改めてこう思います。兄上はまるで剣姫様のようだなぁ、と。

 

 いえ、どうか兄上には、私たちの”剣姫様”になっていただきたいのです。

 

 …………すみません。これも私の我が儘ですね。どうか今の言葉は忘れて――――」

 

「待て、白。いや、今ばかりは敢えてこう呼ぼう。九龍。

 

 君は大陸に平和を齎したいと思っている。それは間違いないな?」

 

協の言葉を遮って問い掛けてきた一刀の表情は余りに真剣で、協は思わずコクリと首肯のみで答える。

 

「その平和にしても、そこへ至る道のりには九龍なりに望むものがある。それも間違いないな?」

 

「はい。その通りです、兄上」

 

今度はきっちりと言葉も出せた。

 

一刀もまた協に頷いて最後の問い掛けを投げる。

 

「そして……九龍は、自身が望むその道を、俺ならば達成出来ると踏んだ。それで合っているか?」

 

「はい。私には兄上しか……いえ、正確に言えば、華琳さんと協力した兄上にしか、為せないのではないかと」

 

「なるほど。それは雲龍も同じ意見なのか?」

 

「ええ、はい。私も、一刀さんが道を為してくれるものと信じております」

 

「そうか…………」

 

暫しの沈黙が場を包む。

 

一刀はその間、協の瞳をジッと見つめる。続いて、弁の瞳も。

 

皇帝家としての真名を呼ぶことで二人の真意を引き出す。

 

二人の瞳から読み取れる意志は、確かに一刀ならばと信じているようだった。

 

「…………分かった。

 

 ならば、先ほどの言葉、取り消す必要は無いぞ」

 

「え?その、それはどういう――」

 

「さっき言っていた”剣姫様”――は無理だから”剣王”とでもなるのか?それになって見せようじゃないか。

 

 どの道、戦を終わらせたいのは事実なんだ。だったら、もののついでのようで悪いが、二人の望みも叶えよう」

 

「あ、兄上…………はい!ありがとうございます!」

 

協は驚きに目を見開いた後、満面の笑みでそう答えた。

 

弁もやはり柔らかい笑みを浮かべている。どうやら一刀ならばそう答えると分かっていたような雰囲気だった。

 

「っと。そろそろ俺も仕事の方に戻らせてもらうとするよ。

 

 白、朱。また会いに来るから、その時には色々別の話なんかもしよう。

 

 それから、蕙。桂花や零が君のことを高く評価していたぞ。

 

 軍師としては出ないと決めているのだとしても、その他の文官仕事を極める。

 

 それだけでも大変なのだし、それをよくこなしている蕙は既に魏にとって十分貴重な戦力になっているよ。

 

 だから、誇っていい。自身を持っていい。それだけは伝えておきたかったんでね」

 

「一刀様……

 

 はい……ありがとう、ございます」

 

蕙は未だに自分を責めているのだろうか。

 

桂花のその予想もあながち間違いでは無いのかも知れない。

 

今回、一刀が伝えた言葉。これが蕙にとって救いとなれば、と感じずにはいられなかった。

 

 

 

その後、一刀は執務室を後にする。

 

新たに双肩に掛かった希望をしっかりと受け止め、一刀は進み続ける。

 

最早、その足が止まることも鈍ることも無いだろう。

 

もしも止まるとすれば、それは…………――――

 


 
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