また町を壊してしまったと思った。
私は眠っている間に怪獣になってしまい、町を壊してしまう病気があった。このことを誰かに相談したことはない。人に言うと今まで壊した家やビルの代金を払えと言われてしまいそうだから、私はこんな病気のあることは黙っていた。それで怪獣にならないようにならないようにと毎日数珠を繰って念じながら眠るのだけれども、結局最後は私の気の付かない間に怪獣になってしまって、家やビルやアンテナ塔を壊してしまうのだった。
怪獣になった私は身長は100メートルはあるのだった。映画で見たようなのとよく似たような怪獣で、足の一踏み一踏みがぴりぴりと地面の揺れる感触がする大へん大きなものになってしまうのである。そのたびに自衛隊が出動してきて、私に戦車やヘリコプターの鉄砲を浴びせてくる。けれども私は頑丈なのでびくともしない。それどころか口から炎を吐いて戦車もヘリもみんな灼いてしまうのである。怪獣の私は戦車やヘリを火だるまにするのはぜんぜん平気なのだけれども、怪獣でない方の私もぼんやりと間に挟まって思考していて、燃えて落っこちるヘリコプターの中にいる人のことを思うとぼんやりと悲しくなるのだったが、けれどもやっぱりその時は怪獣になりきっているから、そんな感情はそれ以上発展することはないのだった。町やビルを壊している間はそんなことは思わないのに戦車やヘリを壊している時にだけそういうふうに思うのが不思議だった。悲しくてぼろぼろ涙を流すのはいつも目の覚めた後で、そう言うとき私は数珠を繰って仏壇の中にいるご先祖様に申し訳の立たないことをしたと平身低頭あやまるのであった。そうなると一時間も二時間も職場に遅刻をしてしまうのだけれども、自分の精神を健康に保っておくためには何としても必要な儀式なので仕方ないのであった。
もうこんな生活は嫌だと思って私はとうとう死ぬことに決めた。
ある冬の寒い日に、私は指に出来たあかぎれに液体絆創膏を塗っていたのだけれども、塗った接着剤が早く乾くようにとふーふー息を吹きかけていたその時にふっと死ぬことに決めたのだ。
そうと決まれば支度は早かった。私は死のうと思ったのは一度や二度ではないので、もうあらかたの死出の準備は整っていて、服薬する薬や遺書や死に装束はタンスの一番下の引き出しの、その裏の奥のところに用意してあるのである。いよいよ来るべき時がきたと思った。それで私は心を落ち着けて水を飲んで、どうせならいい水にしようと思って改めてお茶を入れて一息ついて、さてこれからどうしようと思った。とりあえず十年来の友人に声をかけることにした。携帯を操作しながら、この通話が終わったら携帯の電源は落としておかないとな、さもないとワイファイの営業の電話とか、明日の仕事の電話とかが架かってくるものな、と思いながらコールすると、友人はもう近所まで来ていて、これからお前の家に行って京都で買った歓喜団というお菓子をくれてやろうということだった。
最後に食べるものが私の好物のあのお菓子なら幸いだ、と私は思った。そして口の中で独特の匂いのするあのお菓子の味のことを思い出しながら、私は友人が来るのを楽しみに待っていた。
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オリジナル小説です