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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百十九話

ムカミさん

第百十九話の投稿です。


一刀たち、帰還の巻。

2016-08-25 02:38:03 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2555   閲覧ユーザー数:2091

 

上庸に向かっていた時とは正反対に、許昌へと戻る一刀たちの速度は非常にゆっくりなものであった。

 

それは兵の構成の問題もあったが、一番の理由は後発部隊の身体面での、そして先発部隊の精神面での慰労のためだった。

 

許昌の方ではこの間に各地に出兵していた武将が続々帰還し、一刀の行動を華琳たちから聞いていた。

 

しかし、一刀たちはそれを知る由も無い。

 

精々が遅すぎないペースでゆったりと許昌への帰還を果たしたのである。

 

 

 

帰還したその日のうちに、一刀は零、菖蒲共々報告を求められて呼び出される。

 

順序的にもまずは零の報告からとなるわけだが、その段階で既に一刀たちの仕事が全て語られてしまった。

 

他に特別付け加えることも無いな、と判断した一刀は報告を至極簡素に終わらせることにした。

 

「こっちから報告すべき内容は全て零の報告に含まれていた。

 

 そもそもの出陣の目的が零と菖蒲の救出。目的の達成はここに二人がいる時点で語らずとも。

 

 その過程はさっきの零の報告内容に。そこで知り得た情報は――――これは零から報告してもらった方が理路整然とするだろう」

 

「そう。取り敢えず、一刀。今回もよくやってくれたわ。

 

 貴方がいなければ、危うく菖蒲と零、文武に重要な将を二人も逸するところだった。

 

 ただ、少し貴方に頼り過ぎているきらいがあるのが問題ね……」

 

「いや、そこは……本来なら有り得ないものなんだから、仕方ないんじゃないか?

 

 それに、前にも言ったが、もう既に俺の知識から外れることも多々出てきている。

 

 乱世自体もあと少しかも知れないが、俺の知識が役立つ場面なんてきっと後1回、2回もあれば多い方だろうさ」

 

一刀が語るは半分事実。実際に今までの一刀の動きによってこの世界の大陸事情は色々とズレてしまっているのだ。

 

ならば、残る半分とは何か。それは一刀の知識量の問題。

 

元々三国志についてそれほど詳しいわけでは無い一刀にとって、残る知識の中で魏にとって重要そうなものは言葉通りの一つか二つ。

 

詰まる所、後はもう各々の実力を以てしてどうにかするしか無い状況だと言ったことになる。

 

その結論を理解し、華琳は口角を吊り上げて答えた。

 

「ならば、益々私たち自身の能力が試されるというわけね。それは望むところよ。

 

 桂花、零、風、稟。それに詠、蕙、音々音も。馬騰がこうして蜀で動き始めたからには、これからは多忙極まるでしょう。

 

 その働きに期待しているわよ?」

 

「はい。お任せください、華琳様」

 

軍師連を代表して桂花が応えたが、他の皆々も一様に表情を引き締めている。

 

これまで見てきた内容から考えれば、各々の能力に特別不足があるとは感じられない。

 

非常に頼もしい魏の軍師連であった。

 

「さて。それじゃあ、零。改めて、今回の戦で得られた情報とやらの報告をなさい」

 

それは本題に入れという意味と同義の言葉。

 

予め内容を脳裏で整理していた零は、淀む事無く報告を開始した。

 

「まず初めに言っておかなければならないことがあります。

 

 先ほど、部隊の被害はそれほど大きくは無いと申し上げました。

 

 ですが、敵軍はその目的を全て達した上での撤退をしています。逆に言えば、敵がそのような引き際の判断を持っていたからこそ、こちらの被害は最小で済んだとも言えるかと」

 

唐突に遭遇した蜀の部隊に見事なまでに手玉に取られたことを包み隠さず零は伝える。

 

聞く華琳たちは多少の驚きを見せつつも、次に来る零の言葉を静かに待った。

 

「ですが、こちらの行動、敵の退き時、そして一刀や菖蒲が見聞きした内容。

 

 それらを照らし合わせた結果、見えてきたものがありました」

 

零がチラと一刀と菖蒲に視線を送る。

 

一刀が小さく頷く。そこに込めた意味は――大丈夫、間違っていないはずだから。

 

そして零は一刀と話し合った推測の内容を報告し始める。

 

「菖蒲が敵本陣に向けて吶喊した際、蜀の本隊の奥に赤い鎧の小集団を視認しています。

 

 その部隊の正体は、恐らく呉の者。裏付けはまだありませんが、馬騰が去り際に突然孫堅について言及したそうですから、その可能性は非常に高いです。

 

 更に、敵軍と邂逅した際、敵軍の動きはやけに鈍いものでした。

 

 こちらは今考えれば恐らくそう装ったものだと思われますが、結論を言えば、この時点から嵌められていたようです」

 

嵌められていた、と零は断言した。この言葉を聞いて桂花が思わず歯噛みする。

 

黒衣隊の指揮を担い、今回もその情報網を駆使して各地への派兵を段取りしたのは主に桂花だった。

 

ただ、蜀の誰による策かは分からないが、巧妙に仕掛けられた今回は不覚を取っても仕方無いと言えるだろう。

 

桂花も理屈ではそれを理解しているのだが、だからと言って仲間を危険に晒した責任を感じなくなるわけでは無い。

 

加えて、黒衣隊の仕組みどころか存在も隠しているとあって、桂花は周囲に悟られないよう、静かに自らを戒めていた。

 

「ここからは飽くまでそれらの事実を踏まえた私と一刀の予測です。

 

 形の上で、我々魏軍は蜀の部隊諸共呉の将兵を襲ったことになりました。

 

 孫堅の狙いは恐らくこの状況を作り出すこと。これによって、呉との間で取り決めていた停戦協定は消滅となります。

 

 今後は西に馬騰、東南に孫堅という壁を想定しなければならないでしょう」

 

華琳は眉を動かすことも無く、静かに零を見つめたまま視線で先を促す。

 

他の者も同様。無駄なさざめきで時間の浪費を良しとしない雰囲気が魏の軍議には存在していた。

 

「呉と蜀の間にどのような約が交わされていたのかは定かではありません。

 

 ですが今後、呉と蜀が手を組む可能性は非常に高いと言わざるを得ません。

 

 どこまでの連携を組んでくるかは予想が出来ませんが、最悪の場合、長期に渡る二正面作戦を展開せざるを得ないかと」

 

『…………』

 

各々が何を思っているのか、議場には暫しの沈黙が訪れる。

 

大半の者はこの先に待ち受ける苦難を想像し、額に汗を浮かべているのだろう。

 

それに含まれない少数の筆頭、それが誰あろう華琳だった。

 

短く無い時間を目を瞑って黙考していた華琳だが、やがて瞼を上げると議場に横たわる沈黙を破って口を開いた。

 

「我が覇道の最大の敵となるのは劉玄徳、そして孫仲謀。かつて誰かさんからそう聞いた時は何の冗談かとも思ったわね。

 

 そこから少し情報が修正され、孫仲謀は孫家との認識になったわけだけれど……なるほど、確かにそのようね。

 

 黄巾の乱を発端に生じた大陸の乱世。勃発当初の勢力は、そのほとんどが吸収か併合されていった。

 

 今、大陸に残る勢力は三つ。我等、魏。孫堅の呉。そして劉備の蜀。

 

 私が覇道を突き進むのであれば、呉と蜀は決して避けては通れない道。それはとうに分かっていたことよ。

 

 両者とは遅かれ早かれぶつかっていた。ならば、それが多少早まり、偶々重なったとて、何も気にすることは無いわね。

 

 これは私が覇道を歩むに足るかを図るために課された試練。そう考えることにしましょう」

 

華琳は力強く言い放つ。

 

その言葉には今回の件を失態とは見ないという意味も含まれていた。

 

「皆に告ぐ!長らく続いた大陸の乱世も、最早終焉の時は近い!

 

 我が覇道が為るか、はたまた他の信念がこれを打ち砕くか。近々、明らかとなるだろう!

 

 いざその時を迎えた時、如何なる結末となろうとも、悔いの残るようなものであることだけは許されざること!

 

 残る時間の中で、各人己が能力を極限まで磨き上げよ!私が見染めたお前たちの真の力、この目に見せてみよ!」

 

『はっ!!』

 

乱世も最終局面に至った。華琳はそれをはっきりと口にした。

 

如何な運命の悪戯に翻弄され、苦しめられようとも、全て乗り越えてみせる。常々口にしていたことだが、今まさにこの場面でもこれを口にすることで、その意志の強さを示した。

 

これから魏が迎える苦難は、後にも先にも最大級のものとなることは間違いない。

 

この先を乗り切っていくためには、文官・武官問わず各個の限界以上の能力を求められることもあるだろう。

 

それでも、華琳の下に集ったこの仲間たちと共に力を合わせれば。

 

誰一人として不可能などとは思いもしない。それが例え化け物二人を同時に相手取ることになったとしても。

 

気合十分、士気上々。

 

上庸の地での敗北など無かったかの如く、最高の状態で大陸の最後の変化に応じるべく、魏は動き始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、細々とした報告は文官たちが集まった場で改めて行われることに。

 

一刀はその場は初めから零に全てを任せることにした。

 

そして向かうは、最早お約束の情報統括室。但し、桂花もまた先の文官会議に出ているのでここで暫く待つことになった。

 

今日桂花と決めねばならないことは何か。この時間を使って整理する。

 

蜀に敷いた情報網の活用。同様に呉に敷いた情報網の活用。

 

そこから手に入れた情報も、全てをそのまま用いることは現状していない。

 

扱う情報の内容と魏の人員の動かし方を少しでも誤れば、すぐにでも情報の取得源を断たれかねない。

 

それだけセンシティブな類の情報をすっぱ抜いてこれているのが黒衣隊の強みである。

 

一方で、その収集法の都合上単独潜入が多く、正体がバレれば基本的に隊員の命は無く、また欠けたからと言って再構築するのも非常に難しい。そのリスクの高さが弱みである。

 

今まではある程度得た情報を絞って共有することで、魏の人員の動きに不自然さを与えないように気を付けていた。

 

以後、この”出し惜しみ”を緩めるべきか、いっそしない選択肢もあるにはある。

 

ただ、三国間の決着が着く時機を見誤ってしまうと…………

 

この辺りの見極めは一刀よりも桂花の方が数段上だ。

 

ならば、判断は桂花に任せてしまうのが最良と考える。

 

一刀はただその決定を確認し、今後の隊の活動や訓練の際に考慮に入れておけば良い。

 

判断のために隊の細かな現状が必要なのであれば、これを把握している一刀がまずは桂花に伝えるところから始める。

 

一刀はそのためにこの場を訪れているのであった。

 

 

 

やがて軍師たちの話し合いを終えた桂花が統括室にやってくる。

 

「待たせたわね、一刀。何か追加の情報はあるかしら?」

 

入って早々本題は二人の常だけに、一刀もすぐに応じる。

 

「零に伝えるべきことは全て伝えてあった。あの戦場における情報は全て出揃っているはずだ」

 

「そう。なら黒衣隊の今後の方針についてかしら?」

 

「ああ。最終的にはそれだ。が、それを決めるに当たって、桂花。黒衣隊で集めた情報の今後の扱いはどうするんだ?」

 

「そうね……やっぱり全てをそのまま用いることだけは出来ないわね。

 

 ただ、魏軍としての方針は、大方針にしても小方針にしても、緻密に詰めていかなければならないわ。

 

 だから、今までよりも開く情報量は多くする。但し、その分あんたの名前を借りるかも知れないわね」

 

「名前を借りる?一体どういうことだ?」

 

桂花の発言の真意が理解出来ず、一刀は問い返す。

 

応える桂花の声は至極当たり前のことを語るがごとしであった。

 

「あんたの”未来の知識”とやら、あるいはあんたの”勘”って奴を理由に行動する場合があるかも、ってことよ。

 

 ただ、”未来の知識”に関してはちょっと使い辛くなっちゃったわね」

 

言外にちょっとした攻め要素が込められていたが、一刀は敢えてスルーする。

 

「それで納得されるのであれば構わないんだが……そんなに突拍子も無いことをいつも言ってる印象なのか?」

 

「あんた……ほんっと知らぬは本人ばかりなりを地で行くわね……」

 

呆れ気味の溜め息と共にそう吐き捨てた桂花だったが、一刀の疑問にはきっちりと肯定で返していた。

 

一刀が思っている以上に大陸と現代の常識の乖離がその意識の差を生んでいるのだが、これはまた別の話。

 

とにかく、桂花の考えている方策について一刀には異論は無いことを伝える。

 

そして、今後の黒衣隊の動かし方についてへと話が移った。

 

「蜀や呉に潜伏させている隊員とその交代要員については今まで通りで構わないわ。ここは慎重を期して糸を断たれないようにしておきましょう。

 

 次に許昌の防衛についてだけれど、出入りを監視する隊員の数は増やしておきましょう。

 

 当番廻りが早くなって休息が取り辛くなってしまうけれど、そこは我慢してもらうわ」

 

「ちょっといいか、桂花?」

 

桂花の説明に一刀が口を挟む。

 

黒衣隊の運用については概ね桂花の言葉通りにするつもりだったのだが、一つだけ一刀にもずっと黙っていた計画があった。

 

「まだ誰にも明言はしていないんだが、実は魏対蜀・呉の対立の最終決戦となる戦に目星は付いているんだ。

 

 いや、正確に言えば、魏が勝てば最終となる、ってところか。

 

 俺はそこで黒衣隊を全局面に渡って使おうと考えていた。そのための策の叩き台も作り上げている。

 

 隊の運用について桂花の意見に口を挟む気は基本的には無いんだが、この考えがあるってことだけは頭に留めておいてくれないか?」

 

一刀の発した内容について桂花は思考する。顎に手を当てているその様子は桂花が真剣に考え込んでいる時のものだった。

 

そして、今回はそれほど時間を掛けずに結論が出たようだった。

 

「それもそうね。黒衣隊の能力を考えれば、諜報と情報防衛だけで全てを使い潰すのは勿体無いというものだわ。

 

 本当はこの水準を全ての兵に行き渡らせることが出来ればいいのだけれど……」

 

「ん……すまないが、それはほぼ不可能だろうな。

 

 桂花も知っているだろうが、黒衣隊はその構成員が特殊だ。

 

 元々の身体能力かその潜在能力が優れている者を選び、且つその中から各将への忠誠心が強い者を選び出して勧誘している。

 

 その忠誠心が故に何とか耐えられる訓練を課してあそこまで無理矢理引き摺り上げているようなものだからな」

 

「まあそうよね。それは仕方が無いわね。

 

 取り敢えず、黒衣隊を決戦に投入する件、了承したわ。

 

 その決戦に関しては随時報告なさい。もしかすると、私たちにとっては意外なところで来てしまうかも知れないのだから」

 

「ああ、分かった」

 

諾を返しながら、そうはならないだろうとも感じていた。

 

きっと”あの戦”は非常に大きな戦となるだろう。

 

先程は『魏が勝てば終わる』と言ったが、きっと負けてしまっても終わるだろう。

 

その時に待つは、魏の崩壊、あるいはそれに準ずるものとなる。正史とは異なるのだが、きっとそうなるだろうと、その予感がある。

 

決して負けられない戦い。その為の準備に今から予断は許されない。一刀はそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

一刀と桂花が統括室で話をしている頃、許昌の城の中庭では魏の中核を為す将四人が集っていた。

 

四阿で茶と菓子を広げ、春蘭・秋蘭と菖蒲・零とに分かれて向かい合っている。

 

四人が話す内容はやはりと言うか、先の戦の詳細について。加えて、定軍山での一刀の様子も、である。

 

「――――と、そう言い残して馬騰さんは去っていきました」

 

話題となるのは戦全体というよりも前線における細かい戦闘の内容なので、ここまで話していたのは主に菖蒲。

 

その会話が終わるや、まず聞こえたのは秋蘭の吐いた溜め息だった。

 

「相変わらず無茶をするのだな、一刀は」

 

「だが、おかげで菖蒲が助かったのだろう?それならば良いでは無いか!」

 

「まあ結果的にはそうなのだがな、姉者。一刀がとっくに魏の二柱の一つになっていることは姉者も分かっているだろう?

 

 あいつもそれを分かっているはずなのに、とどうしても思ってしまうのだよ」

 

「助けられた私が言うのも何なのだけれど、それは私も思うわね。

 

 華琳様も時々その傾向があるけれど、どうしてうちの上はこう……」

 

軍師的な考えも持つ秋蘭と、その軍師そのものである零が愚痴る。

 

他の軍師が聞いていればきっと迷わずに同意していただろう。

 

それだけ魏のツートップは自らの考えに素直に動いているのだ。

 

「あ、あの!それで本日お聞きしたいことですが、秋蘭様、一刀さんはいつもあのようなのでしょうか?

 

 具体的には、以前に秋蘭様が定軍山で危機に陥られた時などは……」

 

「うむ、大方菖蒲の想像通りだと思っていい。

 

 それが魏の今後の為となるならば、あいつは躊躇しないな。

 

 姉者の時然り、私の時然り、孫堅の時然り、な」

 

変な方向へと飛び火していきそうになった話題を菖蒲が振り戻す。

 

秋蘭は簡潔に答えてから、改めて定軍山での出来事の詳細を菖蒲に語って聞かせた。

 

その話の締めもまた、先ほどの繰り返し。

 

秋蘭と流琉は魏にとって無くてはならない存在だったから。一刀が語っていた理由であり、秋蘭もそれが大きな理由の一つであることは認めていたのだから。

 

「そ、そうですよね。やはりその方が一刀さんらしいと言いますか、その……」

 

少し複雑そうな表情を浮かべて菖蒲がそんな感想を漏らす。

 

菖蒲の隣で彼女を診ながらどこか焦れったそうにしている零を見ずとも、秋蘭は直感で菖蒲の気持ちを察していた。

 

否、ただの直感では無い。”女の勘”、であった。

 

「なあ、菖蒲。確かに一刀は魏国の先のことを優先して行動する。

 

 だが、危険を冒して誰かを救うってことは、その誰かをしっかりとその眼で捉えている証拠じゃないか?

 

 菖蒲。一刀は間違いなく”菖蒲だから”お前を危機から救ったのだと思うぞ?」

 

「え?えぇ?!あ、いえ、そ、そんな……」

 

途端、あたふたとしだす菖蒲。

 

その様子は実に分かりやすく、零は思わず額に手を当て、秋蘭は微笑ましいと笑みを浮かべていた。(ちなみに、春蘭は分かっていなかったようで不思議がっていた。)

 

「それに――」

 

ツイ、と秋蘭の目が横に滑る。

 

目が合った零は肩をピクリとさせるが、無言で秋蘭に先を促した。

 

「これは完全に私の勘なのだが、零も同じなのでは無いか?」

 

「……同じ、とはどういうことかしら?」

 

ヤレヤレといった雰囲気をわざと醸してから、秋蘭ははっきりと言い放つ。

 

「お前も一刀を好きになったのではないか、と言っているのだよ、零」

 

「え、えぇっ?!」

 

誰よりも先に菖蒲が驚声を上げる。

 

が、当の本人は今度は微動だにせず。

 

フ、と小さく口元で笑んでから秋蘭の確認に応えた。

 

「貴女は何を言っているのかしら?そんなわけにゃいでしょう?」

 

「…………」

 

シン、と場が静まり返る。

 

そして、沈黙に誘発されたかのように零の顔がみるみる真っ赤になっていき、体もプルプルと震え出した。

 

自らの予期せぬアクシデントには弱い。いくら平静を装っていても、そんな零の性質がこんなところで顔を覗かせてきたのである。

 

「~~~っ!!何よっ!!

 

 ええ、そうよ。いつの間にか気になっていたわよ!いつの間にかね!

 

 それが今回の件で決定的になったのよ!

 

 私の失態を拾い上げた挙句、親友諸共命を救われて惚れないわけが無いでしょう?!悪い?!」

 

それはいっそ清々しいまでの逆ギレだった。

 

菖蒲は零の突然の告白に目をまん丸に見開いて驚きを示している。

 

対して秋蘭は面白いものを見れた、と少し身体を折り曲げるようにして笑った後、笑みの消えない顔で零に応えた。

 

「いや?何も悪いことは無いさ。私も同じだったのだからな。

 

 全く、あいつはズルいんだ。あまりにも格好良く見える機を選んで助けに来ているのではないかと、思わず疑ってしまう位にな」

 

「それには全力で同意するわ。

 

 あれは女の敵ね、敵!」

 

「む?一刀のことか?

 

 私は感謝しているぞ!それに、一刀が助けに来てくれたことが嬉しかった!」

 

「あ、私もそう思います。一刀さんが颯爽と助けに来て下さるのがまた良いと申しますか……」

 

「ふむ。既にベタ惚れではないか、菖蒲よ」

 

「あわわっ!?も、申し訳ありませんっ!!」

 

連鎖反応で自爆した菖蒲の挙動に一しきり皆が笑った後、ふと秋蘭が微笑を残したままに春蘭に告げた。

 

「それでは、姉者。今夜は我等は辞退しておこうか。恋にも伝えておかねばならんな」

 

「むぅ。仕方がないな」

 

「え?あ、あの、秋蘭様?」

 

予想に無かった展開に菖蒲が頭上に疑問符を浮かべる。

 

言葉を引き継いだのはある程度冷静であった零だった。

 

「秋蘭、春蘭。私が――いえ、私たちが言えた義理では無いのでしょうけれど、貴女たちはそれでいいの?」

 

「ふふ、構わんよ。既に恋の件もある。

 

 それに一刀が一たび受け入れたなら、皆平等に愛してくれるさ。あいつはそういう奴だからな」

 

良くも悪くもな、とこっそりと心中で付け加える秋蘭。が、口に出したことは紛れも無く秋蘭の、それだけで無く春蘭も思っていることであった。

 

「そ。それじゃあ、今夜の時間は有り難く頂かせてもらうわ。

 

 菖蒲も、それでいいわよね?」

 

「あ、ぇっと、その………………はぃ……」

 

菖蒲は真っ赤になって消え入りそうな声でそう答える。

 

そんな親友を見て、零は感慨深いものがあった。

 

かつての男を苦手としていた彼女の姿は、最早ほとんど見られない。

 

さすがに見ず知らずの相手ではまだ駄目かも知れないが、少なくとも部下の兵たちであれば平然と会話を成立させられている。

 

そして、一刀に至ってはサシでの対話や訓練のみならず、”このようなこと”にまで彼女に意志で至ろうと思うようになっていて。

 

そういった意味でもまた、一刀には感謝せねばならないのだな、と零は追認していた。

 

 

 

なお、この時真っ赤になりながらも菖蒲もまた零について同様のことを考えていた。

 

その辺りはさすが同郷の親友といったところなのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桂花と今後の隊の話を終えた後、一刀は自室へと戻る廊下を歩いていた。

 

脳内では明日からの鍛錬の予定を色々と組み上げ始めている。

 

取り急ぎ一刀が為すべきことは大きく三つ。

 

一つ、武将の実力底上げ。これは以前から取り掛かっていて、既に数人はかなりの成果が出ていると言える。

 

一つ、黒衣隊の訓練強化。最終決戦に向けて隊全体を一段上へと押し上げておく必要があるだろう。その計画は必須となる。

 

そして最後に、氣の使い方の鍛錬。

 

氣に関しては今までも分からないなりに凪と色々と考えながら鍛錬を積んできていた。

 

が、今回の上庸の件で一刀にはまた一つ、思うところがあった。

 

そこから改めて氣について考え直し、なるべく近々に考えを試してみて――――

 

と、そのように諸々の思考に頭をフル回転させていたためか、一刀は自室に潜む二つの人影にとうとう気付けなかった。

 

「一刀さんっ!」 「一刀っ!」

 

「っ!?――って、菖蒲に零……?一体どうしたんだ、こんな時間に?」

 

そもそもの突発軍議が昼過ぎ、そこから諸々で時間を使い、既に太陽は西の地平線に沈んでしまっている。

 

何かしら用事があったのだとしても、少なくとも常識人に分類されるこの二人であれば翌日に回すであろう時間だっただけに、一刀はそんな疑問を口に出していた。

 

勿論、普段の二人であればすぐに返答があっただろう。

 

が、今は違う。

 

どちらも言い淀んでおり、良く見ればもじもじしているようにも見えて――

 

おや?、と一刀が思うのと菖蒲が覚悟を決めたのはほぼ同時であった。

 

「か、一刀さんっ!どうか私たちに、一刀さんのお情けをっ!!」

 

まさか、と思った内容ドンピシャリを菖蒲の口から言われても、まだどこか現実感が薄い。

 

驚きに見開いた目をそのまま零に送り、説明を視線でお願いしてみると。

 

「わ、私も覚悟くらいはしてきているわよ。

 

 ふ、ふふふ。感謝なさい、一刀?魏国の叡智たるこの私が身体を許してあげるのだから」

 

説明にもなっていない説明が飛んできた。

 

これはどうしたことか、と少し考え込もうとした一刀であったが、ふと菖蒲・零の二人と目が合う。

 

こちらを見つめる二対の瞳には不安と期待とが入り混じった複雑な色合いが見て取れた。

 

これは以前にも二度ほど、計三人から感じ取ったことのある色合い。

 

それに気付いた瞬間、薄かった現実感は一気にその濃さを密にした。

 

「菖蒲。それに、零。二人が言いたいことは分かった――つもりだ。

 

 だけど――いや、だからこそ、一度だけ二人に問いたい。

 

 本気、なんだな?後悔はしないか?」

 

吊り橋効果による勢いの行動では無いのか。そんな懸念が今の一刀にはあった。

 

かつての秋蘭・春蘭の時と似た状況であることは一刀も分かっている。が、その二人とこの二人とでは、決定的に共に過ごした時間の長さ、濃さが異なっていた。

 

それ故に沸き起こった疑問である。

 

これに対し、当然ながら二人は少しムッとした表情になる。

 

「一刀はこの私が偽りの感情に流されていると言いたいのかしら?

 

 無いわね。断言してあげるわ。もしもそうであれば、所詮私はその程度だったというだけよ」

 

「私もです、一刀さん。

 

 実を申しますと、ずっと一刀さんにはどこかで淡く好意を抱いておりました。

 

 春蘭様や秋蘭様、それに恋さんの手前、私程度では、と今までは思っておりましたが……

 

 ですが、今回の件で、最早私も気持ちを抑えきれなくなってしまいました。

 

 それでも一刀さんはお疑いになられるのでしょうか……?」

 

二人とも、決して流されてここに来たわけでは無い。それは二人の言葉とそれを発する時の瞳からよく分かった。

 

であれば、一刀の方も覚悟を決めるべきだろう。

 

初めは夏候姉妹にだけ、思っていた。後に、秋蘭の後押しもあって、恋を加えた。今ここで、その中に更に二人を追加する。

 

もしかすると、また裏で秋蘭が動いたのかもな、などと内心で少し苦笑しつつ、一刀は二人に声を掛けた。

 

「二人が本気であることは分かった。

 

 だったら、俺も覚悟を決めよう。そして二人を受け止める。

 

 ただ、だからと言って、春蘭・秋蘭・恋との区別を付けたりはしないけれど。

 

 それでいいかな?」

 

「は、はいっ!」 「ええ、勿論よ」

 

二人の口からは即座に諾の返答。

 

「だったら……」

 

『あっ……』

 

一刀は二人を同時に寝台に優しく押し倒す。

 

そこには欠片ほども抵抗は存在していなかった。

 

「二人とも、しっかりと愛してあげるからな」

 

 

 

 

その後、その夜の情事に問題が無かったことは、翌日秋蘭の下に礼を言いに来た菖蒲と零の恥ずかし気ながらも満面の喜色が物語っているのであった。

 


 
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