No.867334

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百二十話

ムカミさん

第百二十話の投稿です。


最終章の入り。
まずは蜀から。

2016-09-05 01:14:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2955   閲覧ユーザー数:2392

今や大陸に現存する三大国家の一つとなった、大陸西方を広く領土とする蜀国。

 

その都たる成都の軍議室は現在、非常に重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「んんんんんん~~……」

 

国のトップたる劉備が気の抜けるような声で唸っていようと、その周囲の将たちが皆押し黙ってもいれば、自然空気は重いものとなる。

 

何故こうなっているのかと言えば、各人の配置を知ればすぐに分かる。

 

劉備の前には徐庶が拝手の姿勢を崩さず待ち続けている。

 

その背後にいる黄忠、厳顔、趙雲も同様。

 

但し、馬騰だけは随分と楽にしていた。

 

元々話が始まる前に劉備が、楽にしろ、と言っていたので馬騰が正解ではあるのだが、他の者は心情的にさすがにそれは出来なかった。

 

状況を纏めれば、要するに徐庶が先の上庸での一件を報告し、その処分を待っている状態、である。

 

徐庶は報告するに当たって、全ての行動は自身の独断で他者は何も知らなかった、とした。

 

そして、取り急ぎ戦の内容と結果として蜀が得られた事柄を示し、自らへの処分を待つと告げた。

 

普通に考えれば劉備を飛び越えて勝手に部隊を動員するなど、あってはならないことだ。

 

そして、そのように劉備を疎かにするような行為を極端に嫌う人物が蜀には存在している。

 

それは誰あろう、”美髪公”関羽だ。

 

少し前までであれば、徐庶の報告が終わるや否や飛び掛かるか、少なくとも大声での糾弾は行っていただろう。

 

ところが、今その関羽は非常に大人しい。

 

何か思うところがあるのか、目を瞑って腕組みをし、微動だにする気配が無いのだ。

 

その理由も結局は劉備にあった。

 

彼女は徐庶の報告を聞いても、悲しそうな顔やその類の色は見せなかった。

 

詰まるところ、劉備は現段階では特に裏切りを受けたとは考えていないようなのだ。

 

関羽はその劉備の様子をその眼で見て、結論が出されるのを静かに待つことに決めたのである。

 

少し話が逸れるが、関羽がこのように変わった、或いは変われたのは、以前に馬騰に痛烈に思い知らされたからであった。

 

馬騰曰く、『心から桃香の支えとなりたいと思うんだったら、まずは桃香の望むことを汲み取ってやりな。その上で、時には反対することも忠誠の内だ』。

 

それまではどこか劉備至上主義のような面のあった関羽だったが、馬騰に諭された日を機に少しずつ変わる努力をしていた。

 

それがここ最近、実りつつあるのである。

 

落ち着きを得た関羽は、同時にその武までもが大きく上昇した。

 

劉備への信頼の質を変えることで、戦闘中においても心に余裕が出来たのかも知れない。

 

ちなみに、張飛は元々関羽のような波は持っていなかった。

 

考えることは苦手だと自称している通り、思考を要する内容は劉備に任せ、頼まれた仕事をただこなす。

 

それが張飛が劉備に出来る最大の貢献だとずっと信じているからだ。

 

形はどうであれ、自らの中に揺るがぬ信念を持つ者は精神的に強い。

 

張飛は既にそこをクリアしていると見なされ、結果、馬騰は主に実戦形式での鍛錬を勧めて張飛の実力向上を図っていた。

 

このように、国主の義姉妹が黙ってどっしりと構えていれば、周囲も敢えて声を上げようなどとは思わなくなる。

 

結果、劉備の唸り声だけが議場に響くことになっているのであった。

 

 

 

やがて劉備の中で考えが纏まると、ずっと続いていた唸り声が消え、代わりに凛とした響きを含むようになった劉備の声が流れる。

 

「雫ちゃん、正直な報告ありがとう。

 

 きっと、本当なら雫ちゃんの言う通り、雫ちゃんの今回の行動には罰を下すべきなのかも知れない。

 

 でもね、今回は雫ちゃんへの罰は無し!にしようと思うの」

 

「桃香様、理由をお聞かせ願えますか?」

 

すかさず関羽が劉備に問う。

 

それは糾弾と言うよりも、議事を円滑に進めるために敢えて口に出したようであった。

 

「うん、もちろん。理由はいくつかあるよ。

 

 中でも大きな理由は二つあって、一つは雫ちゃんが蜀に齎してくれた利がとっても大きいこと。

 

 私も曹操さんと争う心構えはしているつもりだけど、国力の差はどうしても簡単には埋められそうに無いから、孫堅さんの呉国と手を組みやすくなったのは大きいと思う。

 

 それと二つ目は、やっぱりまだまだ私は頼り無い国主だと思うから。だから――」

 

「そのようなことはありません」

 

劉備の言葉に割り入って、思わず徐庶が口を出していた。

 

割り入るタイミングはあまり宜しく無いが、それでも言わずにはいられなかったのである。

 

「桃香様は十分に御立派な君主になられております。

 

 今回、私が独断で動いた理由は、決して桃香様が頼り無いからなどではありません。

 

 むしろ、頼り甲斐があるからこそ、後々のことを朱里たちと共に桃香様に安心して任せられると思ったが故のことです。

 

 どうかそこだけは訂正させて頂きたい」

 

「うん、ありがとう、雫ちゃん。

 

 でもね、やっぱり私自身はまだまだだと思うんだ」

 

この時、劉備が脳裏に思い描いていたのは曹操であった。

 

黄巾の乱の際に、後に連合で、そして魏領抜けの際にそれぞれ目にした曹操の姿。

 

何事にも揺るがず、大きく構え、部下への信頼厚く、自身の信念を貫く。

 

考え方が劉備とは相容れないものであっても、その姿勢だけは確かに劉備の理想とするに十分なものであった。

 

「だから、雫ちゃんへの罰は無し!

 

 でも、どうしてもって言うなら、蜀国の基礎力を高めて孫堅さんの呉国と遜色ないくらいにまで発展させること。

 

 その為に尽力することを雫ちゃんへの罰とします!」

 

「桃香様…………はっ、承知致しました。

 

 この徐元直、今後はこの身命を賭して我が主とその国の為に尽すことを誓います」

 

「うん!よろしくね、雫ちゃん!」

 

劉備はこう見えて言い出すと聞かないところがある。それは君主としての自覚が芽生え、一回りも二回りも成長した今でも変わらない彼女の性質だ。

 

そして何より、劉備は仲間を大切にする。し過ぎると言っても良いくらいである。

 

その為、徐庶は今回の劉備の裁量を素直に受け入れることにした。

 

各方面に残るであろう不信にしても、今後の働きで少しずつ払拭していけば良い。

 

予想外に拾えた命を、文字通り尽すことを心に深く刻んだのであった。

 

「んん~~?」

 

「?どうしたのだ、鈴々?」

 

一連の話が終わったかと思った時、張飛の戸惑う声が皆の耳に届いた。

 

隣にいた関羽が様子を尋ねれば、張飛は首を傾げながら答えた。

 

「お姉ちゃんは不意打ちみたいな真似は嫌いじゃなかったのだ?」

 

至極シンプルな質問だったが、確かに見落としかけていた点でもあった。

 

徐庶が独断専行した理由の一つにも恐らく入っていたであろう事柄。

 

劉備が淀む事無くはっきりと自らの意志を伝えきっていただけに、瞬時にはそこに見落としがあったことに気付かなかったのだろう。

 

張飛の問いを受けて劉備はこの軍議が始まって初めて苦々しい笑みを浮かべる。

 

それでも、これまた淀む事無く劉備は自らの考えを示した。

 

「うん、そうだね。本音を言えば、今でもあんまり好きじゃ無いよ。

 

 でもね、前に曹操さんの領地を抜けようとした時に北郷さんに言われたことも、正しいんだなって分かっちゃったから。

 

 為すべきことのためには出来ることは全部する。でも、自分の信念に悖ることだけはしない。

 

 曹操さんや北郷さんはきっとそこの線引きが明確で、だからいつもあれだけ毅然としていられるんだと思うんだ。

 

 そして、それは多分、孫堅さんも同じなんだと思う。

 

 そんな人たちと並び立つ為に、私も覚悟を決めることにしたの」

 

ここで劉備は苦笑を収め、真面目な表情に戻す。

 

そして、一層声を張って議場に集う者たちに向けて宣言した。

 

「丁度いい機会だと思うから、皆さんにお話ししておきたいと思います。

 

 私の最終的な目標は、この大陸を皆が笑顔で過ごせる国にしたいこと。それは変わりません。

 

 でも、その為の方策を今までは間違っていたことは認めたいと思います。

 

 今まではどんなことでも話し合いできっと解決出来るんだと信じていました。けどそれは幻想だと、北郷さんに言われました。対等な話し合いは見せかけだけのものだって思い知らされました。

 

 でも、全てが全て、幻想だとは私は思いません。

 

 私はあんまり頭が良くないからどうすればいいかなんてよく分からないけれど、きっと真に対等な話し合いも可能だと思っています。

 

 だけど、まずは私たち自身が力を付けなければ誰にも何も届きません。

 

 だから、私たちは、蜀は、今は力を求めようと思います。利用できるものは何でも利用して。飽くまで目標は変えず、そこに至るための手段として。

 

 そう思ってるんだけど……皆、それでも付いて来てくれるかな?」

 

途中までは凛としていたのだが、最後だけは不安そうに問うてしまう劉備。

 

その辺りはまだ君主として発展途上にあることが分かる演説だった。

 

この劉備の言葉に誰よりも先に反応を示したのは、やはりというか関羽、それに張飛であった。

 

「桃香様。元より私は貴女の剣となり盾となると決めて付き従っております。

 

 桃香様の目標がその先にあると申されるのであれば、私はただそれに従うまでです」

 

「お姉ちゃんが納得してるんだったら、鈴々はそれでいいのだ!

 

 鈴々はただ戦うだけなのだ!」

 

きっぱりと言い切った関羽と張飛を皮切りに皆がこれに続く。

 

結局、ただの一人として否やを申す者は出て来なかった。勿論、そこには馬家も含まれている。

 

「碧さん。これが私なりの答えです。

 

 もしかすると、まだ甘いと碧さんは仰るかも知れません。ですが、もう決めました。

 

 私の譲れないところ。それを見つけてそこに線を引いて、その上でたくさん考えて結論を出しました。

 

 どうでしょうか?」

 

「ああ、それでいいんじゃないか?

 

 別に桃香に月蓮や曹操の奴みたいになれって言ったんじゃないからね。

 

 あいつらのようにちゃんと現実を見て、その上で夢を語って目指すってんなら、あたいも文句なんて言わないよ。

 

 既に約は交わされてんだ。桃香の目標に向けて、あたいら馬家の力、存分に利用してくんな」

 

「おう、そうだぜ、桃香様!

 

 あたしも頭は弱いけどさ、武の腕と馬術なら魏の奴らにも呉の奴らにも負けるつもりは無いからさ!」

 

「蒼はお姉ちゃんやお母さんほど強くは無いけど、出来る限りのことはちゃんとやるよ~!」

 

「ありがとうございます、碧さん、翠ちゃん、蒼ちゃん」

 

かつて、劉備は馬騰が蜀に参画した直後に相談を持ち掛けたことがあった。

 

簡単に言えば君主としての悩みや方針の是非などを経験者に教わろうとしたわけだが、その中でお叱りを受けていた。

 

劉備の言葉の中にもあった通り、馬騰はその時、劉備の考え方が甘いことを歯に衣着せず指摘したのである。

 

奇しくもそれはかつての魏領抜けで苦汁をなめさせえられた際に一刀や華琳から言われた内容と多々被るところがあった。

 

それがきっかけとなり、遂に劉備が考え方を大きく変えることとなる。

 

同時に劉備の中ではまだフワフワとしていた覚悟も固まり始め、今となっては随分と立派なものに変容していた。

 

馬騰はその過程を間近で見ることとなっただけに、劉備自身も言ったようにまだ甘い部分はあると感じながらも、その夢のために力を貸すのも悪くないと感じるようになったのであった。

 

こうして皆の意見が出揃ったところで、再び劉備の凛とした声が議場に響く。

 

「皆さん!今聞いてもらった通りです!

 

 私たちはこれから、本格的に曹操さんと争っていくことになると思います!

 

 でも、雫ちゃんのおかげで場合によっては孫堅さんと協力出来るところもあるはずです!

 

 朱里ちゃん、雛里ちゃんの見立てでも、大陸の情勢がもう一度大きく動く時は近いです!

 

 私たち蜀はこのうねりに飲み込まれないように、乗り切って、そして民たちに、大陸の皆が笑顔に包まれるように。

 

 その目標に向かって一緒に頑張りましょう!」

 

劉備の宣言を受け、議場には将たちの鬨の声が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの軍議の後に早速といったように、成都の調練場では剣戟の音が鳴り響いていた。

 

今得物を打ち合っているのは張飛と馬超で、関羽と姜維はその二人の仕合を眺めながら雑談をしていた。

 

「はぁ~。それにしても桃香様、凄かったですねぇ」

 

「ああ。桃香様はここ最近で一層君主として成長されておられる。

 

 それに北郷や曹操の影響が大きいのは少々癪ではあるが、これもまた我等が力を得るために利用するものと考えるしかないのだろうな。

 

 それにしても、雫の奴、あのような策を一人で進めてこなしてくるとは……」

 

関羽の口から徐庶の話題が出るや、思わず姜維は口を挟む。

 

それはここ蜀に来てからの自らの師たる存在の一人を守りたいがための行動だった。

 

「あ、あの、愛紗さん!

 

 雫さんにはきっと深い考えがあってのことだと思うんです!

 

 その理由も何となく分かりはしますし、そこに並々ならぬ覚悟があったと思われるのですが……と、とにかく!

 

 雫さんは絶対に桃香様を軽くは見てません!それは私からも保証致します!!」

 

「あ、ああ。取り敢えず、落ち着け、杏。

 

 別に私も桃香様がお許しになった今、雫の行動を批難するつもりは無いぞ。

 

 だが。その理由と覚悟やらは少し気になるな。杏よ、それを教えてくれないか?」

 

前のめりに徐庶の援護をする姜維の勢いに関羽は思わず上体を仰け反らす。

 

が、その言葉を聞いて姜維も落ち着きをすぐに取り戻した。であったので、続けられた関羽の質問にもすぐに答えることが出来ていた。

 

「あ、はい。ただ、先に申し上げておきますが、全て私の推測に過ぎません。そこはご了承ください。

 

 桃香様が仰っていた大陸の情勢が大きく動く時。それは朱里さん、雛里さん、雫さんが共通して持っておられる見解です。

 

 しかも、その動きは今までで最大となるだろうと推測されています。

 

 ただ、それを乗り切るためには今の蜀では力が不足しています。だから、雫さんは多少無理にでも外部の力を味方に引き入れようとしたのだと思います。

 

 それが『理由』です。

 

 それから『覚悟』の方ですが……こちらは先ほどの軍議の様子から大凡は分かるかと思います。

 

 きっと雫さんは不敬罪で処罰される可能性を考慮した上で、蜀の今後の為にはあの作戦が必要だと考えたのだと思います。

 

 つまり、蜀のために文字通り命を賭けた。それが私の考える雫さんの『覚悟』です」

 

事前に推測だ、と言っておきながら、姜維の言葉にはどこか確信を抱いている節があった。

 

だからか、関羽は素直にその内容を受け入れてくれた。

 

何より、姜維の話した内容の中に、内心では関羽も焦燥を感じていたことが含まれていたこともあった。

 

「我々が力不足、か。

 

 さすがは雫、よく冷静に分析しているものだな。いや、朱里や雛里もその辺りは承知していたのかも知れないな。

 

 単純に将の力だけを見ても我々は魏に劣っていたのだろう。

 

 私は虎牢関において呂布に手も足も出なかった。それも、他勢力の将と協力しても、だ。

 

 だが、あの時点でも北郷の奴は呂布に単体で対抗出来るほどの力を有していた。

 

 我等が魏領を抜けようとしたあの日も、呂布が発した威圧に 私も鈴々も、それに星も、揃って動くことが出来なかった。

 

 更に聞けば、そんな呂布を碧殿は下したと言うし、孫堅殿はそんな碧殿と同格だと言う。

 

 我々蜀の将だけが頭一つ下であったことは間違いないだろう。悔しいがな」

 

そう語る関羽の表情には、意外にも悔しさはそれほど見られない。

 

その理由は二つほどあった。

 

一つは関羽の言葉が過去形であることから察せるように、馬騰に鍛えられたことで元来の蜀の将の武もまた、確実なステップアップを果たしている実感があったからである。

 

そしてもう一つの理由だが、これは先述した関羽が心に余裕を持つに至ったことに起因する。

 

事実を事実として認めた後になっては、悔しいと過去を見るより未来を見つめて鍛錬を、と考えるようになっていたからである。

 

この姿勢は他の将にも伝染している。

 

今、蜀の武将は皆こぞって馬騰に扱き上げられ、今までから見れば異常なほどの速度でその力を伸ばしていたのであった。

 

ここまで話した時点で、丁度張飛と馬超の仕合が終わりを迎える。

 

さて、と一言置いてから関羽は改めて引き締めた視線を姜維に向けた。

 

「雫が示した覚悟に我々も応えなければならんな。

 

 杏よ、今日はいつもより気合を入れていくぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

仕合を終えて下がって来る二人と入れ替わって、関羽と姜維が調練場の中央へ。

 

そして一定の距離を取って互いに武器を構えると、数秒の間の後に仕合が始まった。

 

 

 

「まだまだいくぞ、杏!はああぁあぁぁぁっ!!」

 

「くっ……!!やあぁぁっ!!」

 

既に数十合打ち合い、体力的には姜維の方に限界が見えている。

 

しかし、肩で息をしつつも、姜維はへこたれない。

 

関羽もまたその根性を買っていて、手を抜く様なことはしなかった。それは彼女の台詞にも表れている。

 

気合と共に関羽の青龍偃月刀を弾くと、その反動を利用して姜維は距離を取ろうとする。

 

しかし、今の関羽はこれを易々と許すほど甘くは無かった。

 

「油断大敵だぞ、杏!」

 

「ひゃっ!?」

 

距離を取れた、とほんの一瞬の心の隙に付け込まれ、姜維は僅かに反応が遅れてしまう。

 

十分な迎撃が出来なかった姜維は自然、態勢を崩されてしまい――そこからは防戦一方の展開が待ち受けていた。

 

疲労が上限に達しかけたその状況でこれは精神的に非常に辛いものがある。

 

それが証拠に、どうにかこうにか防いでいるものの姜維の顔は苦渋に満ちていた。

 

「うっ……くっ……こ、のぉっ!!」

 

このままではじり貧だと理解し、一か八か、姜維は連続攻撃の中の一撃に的を絞って関羽の得物を強く弾く。そして再び距離を取りに掛かった。

 

「甘いっ!!」

 

しかし、まるで先ほどの再現でも見ているかのように、再び関羽は即座に距離を詰める。が、そこからが異なる展開となった。

 

「わっ!?――ぇ?わわっ!?」

 

反射的にか、姜維は自ら関羽の距離を詰めるように動こうとし、しかし無理のある態勢となって大きくバランスを崩したのである。

 

得物から思わず片手を外し、あろうことか両手でバランスを取り直しに掛かり。

 

結果、姜維の動きが予測出来ないものとなった。

 

「なっ?!つあっ!」

 

支えの半分を失った姜維の得物がその刃先を落とし、直後振られた片腕によって今度は刃先が跳ね上がる。

 

同時に姜維の身体は斜めに沈み、青龍偃月刀の軌道から外れていた。

 

関羽は突然姜維が視界から消え、且つ視界の下から予想外の攻撃が飛んできたとあって驚きを隠せない。

 

かろうじてこれを避けると、今度は関羽の方から距離を取っていた。

 

「ふぅ……今のは危なかった。

 

 杏よ、やはり狙っているのではないのか?」

 

「そ、そ、そんなっ!いつも言ってますけど本当に偶々なんですっ!」

 

「だが、お前はここぞという時に例の”幸運”が発生することがあまりに多くは無いか?」

 

「だから違いますよぅ……大体、本当に実力があればそんなことをする意味なんて無いじゃないですか!」

 

「む……確かにそうだが……」

 

どうにも納得がいかない様子の関羽。

 

というのも、関羽の言った通り姜維の武は非常に珍しい性質を有していた。

 

諸葛亮や徐庶の意向で姜維は軍師のみならず武将としての鍛錬にも参加している。

 

そこで執り行う仕合で、実に3回に2回ほど、危ないところで先ほどのような”幸運”が姜維には舞い降りていた。

 

ただ、それで勝ちきれるかと言うとそうでは無く、ほとんどの場合が押されに押されている状況を戻すに留まる。

 

今回もまた関羽は仕切り直しを余儀なくされ、今まで幾度も尋ねてきた内容を再び尋ねてしまったのであった。

 

「……まあいい。さあ、杏よ。そろそろ決着を付けてしまおうか」

 

「は、はい」

 

両者得物を握り直して睨み合う。数秒の沈黙の後、ほぼ同時に動き出す。

 

そこから決着までは大して時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうございました……」

 

結局、最後には負けてしまった姜維は、惜敗にも関わらず見た目はボロボロになってしまっていた。

 

しかし、終始押され気味に仕合を展開されてしまえばそれもまあ仕方無いのかも知れない。

 

「ああ、お疲れさま、杏。

 

 っと、星たちもいつの間にか来ていたようだな」

 

関羽が待機している張飛たちの方へと視線を向ければ、その視界には新たに数人の武将が加わっていた。

 

帰還したばかりにも関わらず、趙雲や馬騰が姿を見せ、馬騰が来るならばと本日は鍛錬は休みであるはずの魏延や馬休、華雄まで。

 

蜀の武将の半数以上がこの場に集っていたのだった。

 

「お主の仕合、見せてもらったぞ、杏よ。やはりというか、面白い武をしているものだ。

 

 次はこの私と、と言いたいところだが、その前に。

 

 馬騰殿、貴殿は直接目にする機会は少なかったかと思われますが、あれをどう思いますかな?」

 

趙雲が戻ってきた姜維に声を掛け、そのまま馬騰に問いを投げる。

 

問われた馬騰は少し考えてから意外な評価を下した。

 

「ふむ……あんたは変に鍛えると逆に武が落ちちまうかも知れないねぇ」

 

「へ?……えええぇえぇぇぇっ!?」

 

姜維は馬騰の言葉の意味を数秒考えてしまい、理解するや驚声を調練場に轟かせた。

 

質問した趙雲を含めて周囲の者たちも驚いた顔をする中、姜維が馬騰に食って掛かる。

 

「そ、それはつまり、私の武は今が頭打ちということなんでしょうか?!

 

 もうこれ以上、成長することは無いのでしょうか?!」

 

「いやいや、そう言ってるんじゃないよ。落ち着きな、杏。

 

 ま、あたいなりの推測だから話半分にでも聞いといて欲しいんだが。

 

 あんたの”幸運”とやらだがね、あれはあんたが二足の草鞋を履いているのが原因なんじゃないかと踏んでいるんだ。

 

 基本的に武将って生き物はその場その場で直感で最善を感じて動く奴がほとんどだ。勿論、あたいもね。

 

 が、あんたはずっと次や更にその次を考えながら動いているんじゃないかい?

 

 結果、どこかで頭に身体が付いていかず、生じた齟齬が態勢を崩す。

 

 けれども、最善を狙って動き出していたわけだから、読みを外されて動揺した相手にそれが突き刺さる。そんなところじゃないかね?」

 

呆然としながらこれを聞いていた姜維は、しっかりと内容を理解してから表情を引き締めて問う。

 

「つまり、その齟齬が発生しないようにすれば私も……ということでしょうか?」

 

「ああ。そういうことさね。

 

 だが、あんたみたいなのは珍しいんでね。悪いが、あたいにはちょいと教え切れないよ。

 

 ま、今言えることがあるとすれば、もっと鍛えて身体能力を上げときな、ってことくらいさね」

 

「な、なるほど。分かりました!ありがとうございます!!」

 

勢いよく深くお辞儀をする姜維。

 

その顔には深い安堵の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「ふむ。では早速某がその成長の一端を担わせていただくとしようでは無いか」

 

「へ?」

 

姜維が間の抜けた声と共に振り返ると、既に側には趙雲の姿が。

 

そのまま彼女に腕を引かれて姜維は再び調練場の真ん中へと来てしまっていた。

 

「あ、あの、星様……?私、少し休憩を……」

 

「はっはっは!たった今、体力を付けよと言われたところであろう?

 

 ならば、疲れた身体を押して仕合に挑んでこそ、それが身に付くというものだぞ、杏よ。

 

 さて、御託はこの辺りにして、そろそろ行くぞ!」

 

「ひ、ひいぃぃぃん……」

 

今度は調練場に姜維の嘆きの叫び声が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

「碧殿。一つお尋ねしておきたいことが……」

 

「ん?愛紗か。どうしたんだい?」

 

「率直にお聞かせ願いたい。

 

 現状、我等は魏に対抗出来るだけの力を有すことが出来ているのでしょうか?」

 

緊張感を以て関羽は問うた。

 

しかし、返ってきた答えは内容とは裏腹に深刻なものだった。

 

「はっきり言ってしまえば、今の蜀が魏に対抗するのは無理だね。

 

 そりゃ、局所的に見れば何とでもやりようはあるだろうが、正面から全面的に争うとなりゃあ話は別だ。

 

 月蓮のとこと組んでようやく対等。そんなところさね」

 

「そう、ですか……」

 

ギリッと関羽は歯を喰いしばる。

 

それは彼女がこの日初めて見せた強い感情であった。

 

「まあそう悲観するんじゃないよ。

 

 曹操の奴が他の奴らが思った以上に強かで有能だったってだけのことさ。

 

 それに、何も今すぐ全面戦争が始まるってわけでも無い。

 

 ”それ”が起きる前に、少しでも差を埋めとくことを今は考えておくんだね」

 

その為に武将を呼び揃えたのだ、とその瞳は語っていた。

 

 

 

これからは恐らく馬騰による今まで以上に厳しい鍛錬が行われるのだろう。

 

しかし、それも関羽にとっては望むところだ。

 

かつて盃を交わし、共に強く願った姉と妹のために。

 

己に出来ることはどれほど辛かろうと乗り越え、やり遂げて見せる。そんな決意を新たにしていた。

 

 

 

近頃伸びの著しい蜀の武将たちが更に大きく成長を見せる、そんな切っ掛けの出来事である。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
16
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択