この作品は、主夫な武将とちょっと我儘な君主、最強の動物系武将に未亡人もいよいよ登場したほのぼのハートフルストーリーである。
………訳がない。
『孫呉の王と龍の御子・五~未亡人とコマンドー~』
反董卓連合は結局、董卓、漢帝といった重要人物達を見つけることができないまま解散。洛陽は領地の近く連合の盟主であった袁紹の管理下に置かれることとなった。
連合に参加した領主たちは各々の領地に帰り、いよいよ本格的に始まるであろう天下争奪戦に向けて士気を高めつつある。
孫策軍もまた、袁術からの独立を賭けたクーデターの時を間近に控え、着々と準備を整えつつあった。
今回の反董卓連合ではクーデターのみならずそれ以降における孫策軍の大陸での立ち回りを左右する収穫が幾つかあった。
一つはつい最近徐州の牧に任じられた劉備との同盟。そして龍泰提案するところの公孫賛との同盟に洛陽で周喩の客将となった仮面の男・阿毘主(アビス)の発議による涼州の雄・馬騰との同盟である。
地図をパッと見ただけでは気付かないかもしれないが、実は幽州、徐州と揚州は海路が開かれており、公孫賛との同盟は交易のみならず緊急時の脱出先を確保する意味でも重要であった。加えて揚州とは正反対の位置にある涼州を味方につけることで、中原に台頭した勢力(おそらくは曹操になるであろうと雪蓮達は睨んでいる)がどちらかを攻めた際に後方撹乱が期待できる。
三者との同盟は今後孫策軍が大陸で生き残るにあたり非常に意義あるものだ。
そして漢朝歴代皇帝の陵墓を修復したことによる名声、これは揚州という中原から離れた地にあって朝廷からの覚えのよろしくなかった孫家の名を大いに高めた。これにより親漢王朝の名士や豪族達の支持を集めることに成功したのである。
そして何より、龍泰、呂布、阿毘主といった優秀な人材を得た事。それが得た者の中で最も大きなこと。
『人は石垣、人は城』と言うといささか食い違いがあるが、優秀な人材は国家の柱である。
かくして孫策軍は小さな問題はあるものの順風満帆。いよいよ大陸に覇を唱えんとする群雄達の中にその旗印が翻る日も遠くない。そんな中で我等が君主。孫策は……。
「ふにゃ~~」
ぐずっていた。
「おい雪蓮。例の治水工事の件だが…」
「ああ、阿毘主が提案してたやつね…目を通して特に問題ないみたいがから印を押しといたわよ」
「……そうか」
中庭に恋と一緒にごろりと寝そべる親友の姿に軽い頭痛を覚えながらも、仕事だけはこなしている以上あまり強くは言えない冥琳。
ここのところ雪蓮は仕事はするもののどうも覇気がないというか…いや、兵達の前に出る時は王者の風格漂う君主としての姿なのだが、このように親しい者ばかりの時はひなたぼっこに飽きたが他にすることがないのでとりあえず陽だまりの中にいる猫のような有様だ。
「雪蓮…南斗が出ていてつまらないのは解るが、もう少ししゃんとしてくれ」
「仕事はちゃんとしてるじゃない~迷惑なら清十郎を荊州なんかに出さないでよ~」
現在、龍泰は荊州の南・長沙へと絶賛出張中だ。同地に事前に潜入している呂蒙と共に雪蓮達がクーデターを起こした際に荊州から横槍が入らないように工作をするべく数日前に建業を発った。
同様の理由で阿毘主も江夏に潜伏している甘寧と合流すべく建業を離れている。
(そう言えば、他にも色々とすることがあると言っていたな……まあ、あいつの立場からすれば当然か)
ふと、阿毘主の本名と号を重い出す。
「あ~ん。清十郎の膝枕が恋しい~」
「そんなことさせていたのか…」
「恋も清十郎に膝枕して欲しいよね~~」
「…………ん」
「ね~」
緑の上に転がる桜色の髪と紅蓮色の髪の乙女。
その光景に、冥琳は自分がそれを命じた本人だという事を忘れて思わず呟いていた。
「南斗…早く帰って来てくれ……」
荊州・長沙。長沙城から五キロほど離れた所にある宿場街。
「へぇ…結構賑ってますねぇ」
その中心地にある宿屋三回の窓から大通りを見下ろし、龍泰は感心の言葉を漏らした。
宿場街には派手派手しくはないが確かな活気が漂っている。
旅芸人が芸を見せ、行商人が品を売り、旅人を狙って宿屋や飯店、屋台がしのぎを削る。
「長沙の太守は中々に優秀な方のようですね」
この辺り一帯を治めている太守の名は韓玄。三国志演義では器の小さい暴主として描かれている人物である。
「まあ、三国志演義なんて蜀善玉説に基づいて書かれた大衆小説ですからねぇ…」
余談だが三国志正史には韓玄が悪逆非道の暴君であったなどとは一言も書かれていない。
必然的に韓玄が魏延に斬られる話も創作であり、韓玄は劉備に降伏し配下の黄忠がそのまま劉備の旗下に入ったらしい(ちなみに正史での魏延の初登場は劉備の入蜀時に一部隊長としてである)
そんな事を考えながら龍泰がぼんやりと道行く人を眺めていると、ふと見覚えのある後姿が目にとまった。
「あれは…」
遠目にも解る艶やかな藤色の髪。それを彩る鳥の羽と色とりどりの数珠玉からなる髪飾り。肩に背負う袋はおそらく弓袋……。何より全身から漂う柔和にして上品な雰囲気。
おもむろに龍泰は貴重品と剣を手に部屋を後にして通りに出、先程の人影を探す。
さして労することもなく目当ての人物は見つかった。やや小走りに成りながら龍泰はその人物へと歩み寄る。
「紫苑殿」
「え?…あ、清十郎さん」
振り向いた女性の顔に、やはりそうだったと龍泰は口元を緩ませる。
女性の名は黄忠、字を漢升、真名を紫苑。
かつて龍泰に弓の手ほどきをしたことのある女性だった。
「改めてお久しぶりです。お元気でしたか?」
近くの茶屋で卓を囲み、茶の香を楽しみながら龍泰は紫苑へと微笑む。
「はい…最後にお会いしたのはもう五年も前かしら」
「そうですね…あれからご結婚成されたとお聞きしましたが?」
「ええ。尤も、三年程前に先立たれてしまいましたが…」
「…!!それは失礼を……」
「ふふ、お気になさらず」
頭を下げる龍泰を優しく起こす紫苑。
「それに…私こそ王老師の葬儀に行くこともできず……」
「ああ、それこそお気になさらず。連絡を出せなかったこちらにも問題がありました」
「……ふふ、変わりませんね。先程は背も随分伸びて、大人らしくなって一瞬誰か解らなかったけど。話してみると清十郎さんは清十郎さんね」
「紫苑殿こそ…時に、紫苑殿はどうしてここに?」
ぴくり。と紫苑の体が震え、僅かだが彼女の顔が強張る。その姿に「おや?」と龍泰は心の中で首を傾けた。
「ええ…昔この辺りで黄巾賊と戦ったものですから、旅のついでにちょっと見てみようかと」
「…そうですか」
気に成りはしたが、それ以上聞くことなく龍泰は茶を啜る。
「…っづあ!!」
「せ、清十郎さん!?」
…学べよ龍泰。
その後、取りとめない世間話をし、日が暮れ始めた所で二人は別れた。
五年もの空白は夜通し語っても語りつくせない程のものを二人に与えていたが、二人は席を立ち別々の方向に歩きだす。
紫苑の胸中に何があるのか龍泰は知らない。
ただ彼が気付いているのは。
茶屋からずっと自分と紫苑を観続けている一人の男の存在だった。
その夜。草木も眠る丑三つ時。
………。
宿屋の廊下を歩く影。
足音、息、そして気配を殺し、葬列のような静けさで影は行く。
やがて影は一つの扉に前で止まる。
……キィ。
微かな音を立てて開かれる扉。そんな小さな音にでも影はびくりと震えてしまう。
「………」
微かな沈黙。
やがて影はするりと隙間から部屋に入ると、部屋の主の眠る座臥へと向かっていく。
布団に包まれた主は動かない。寝息もほとんど聞こえない。部屋を支配するは沈黙のみ。
やがて座臥へとたどり着いた影は、懐から何かを取り出した。
それは窓から入る微かな月明かりに照らされる短刀。
その切っ先が震える。
今迄幾つもの命を奪ってきた影にとっても、今回の相手へとその刃を振り下ろすは躊躇われた。
しかし、せねばならぬ。
しなければ…影のささやかな幸せは失われてしまうのだ。
心を決めたかのように影は短刀を大きく振りかぶり……。
「……失礼」
「!!?」
背後から飛びかかってきた何者かに、座臥の上に組み敷かれた。
その時初めて影は気付く、今迄座臥に横たわっていた物が布を丸めた替え玉に過ぎないという事に。
しかしそれは遅すぎた。すでに影は完全に体の自由を奪われ、身動き一つままならない。
短刀が手から滑り落ち、床に刺さる。
まるで影の絶望、そして微かな安堵を表すかのように、それは乾いた音を立てた。
「……酷いじゃないですか紫苑殿」
「清十郎さん…」
自分を組み敷く男の言葉に、影―紫苑―は全てを悟る。
始めからばれていたのだと。
「どうして…」
「解ったのか。ですか?それは五年も離れていたとはいえ、あなたの様子がおかしいことぐらい解りますよ」
紫苑の上から体をどかし、龍泰は燭台に火をともす。
闇の中浮かび上がるは、髪を乱し半ば泣きそうな顔の美女の姿。
その姿に目を細め、龍泰はそっと彼女の乱れた髪を直しながら。
「何があったのか…教えてもらえますね?」
「……はい」
灯火の小さなともしびの中、紫苑がこくりと頷いた。
「夫を失ってから、私は荊州の劉表様の下で客将として働いていました」
座臥に腰かけた紫苑が語る姿を、窓際の椅子に腰かけた龍泰が見詰める。
「そこに先日、益州にいる友人から手紙が届きました。あちらではまだ黄巾賊の残党や地方豪族の争いが続いている…楽しめるぞ。という実に友人らしい手紙でした」
(剛毅な友人だな)
龍泰は心の中で苦笑した。
「それを見て、自分も劉表様に暇乞いをして益州に行こうと思い劉表様の元に参りました。戦いを楽しむためではなく、懐かしい友人の顔を見たかったから……そして劉表様は快く受け入れて下さり、酒宴を設けてくださいました…その晩の事でした」
紫苑の声が震える。
「私が家に帰ると…使用人達は殺されており、娘の…璃々の姿がどこにもなかったのです」
「娘さんの!?」
「そしてそこにいたには一人の男…その男は私にこう言ったのです『娘を返してほしければ、長沙太守・韓玄を殺せ』と」
「男…昼間、私達を見ていた男ですか?」
「気付いていたのですね…その通りです。私は断りたかった…ですが、娘の命を握られ……断ることができずに……」
「此処まで来た…と」
「はい。そして清十郎さんに会って…それを見た男はあなたを韓玄殿の密偵か何かと思ったようで…」
「貴女に殺すよう命じたわけですね…」
「はい…清十郎さん!!どんな理由があれあなたを殺そうとしたことに変わりはありません!ですが、せめて、せめて娘を助けるまで……」
「御心配無く」
「あ…」
ぽふっと龍泰の手が紫苑の頭に乗せられる。
「私が何とかします…娘さんは、必ず私が助けます…勿論、あなたもね」
ふっと優しげに微笑む龍泰。しかしその瞳は熱く燃えている。
何年振りだろうか、彼がこのような怒りを感じるのは。温厚という言葉が服を着て歩いているとも言われた男の心が沸騰するのは。
姉とも慕った人物の不幸。それを起こした者たちへの義憤。
「さて…どう料理してあげましょうか」
数分後。二人は夜の通りにいた。
あの後話しあった結果、ひとまず紫苑を見張っているという男から情報を聞き出す事が必要だという事になったのだ。
「では手筈通り、あなたが奴を油断させ私が部屋に入り確保します。それで良いですね?」
「ええ。でも、私一人でもどうにかなりますのに…」
「助けると言った以上最初から最後までお付き合いしますよ。これでも義理堅いつもりですしね」
そんなことを言いながら紫苑の止まる宿屋の前に来た時、宿の前に佇む人影がある事に二人は気付いた。
影もこちらに気付いたのか、小走りに歩み寄り。
「ああ、随分時間がかかったな。男一人殺(バラ)すのにあんたほどの奴がどれだけ……」
龍泰を見て、その顔を驚愕に歪めた。
「てめぇ…裏切ったな!!」
そう叫ぶや昼間に龍泰達を見ていた男は踵を返して闇の中へと逃げて行く。
その背を滑るようにして龍泰が追い、次いで紫苑が駆ける。
不測の事態ではあるが、まだ取り返しは付く…いや、むしろ龍泰にとっては望ましい事態。
何故なら、街の住民に悲鳴を聞かれずに済むのだから……。
「清十郎さん!どうします!?」
「確かこの先、街を少し出た所に崖があったでしょう。そこに追い込みます」
「ですが…どうやって?」
「こうやってです」
一閃。闇の中龍泰の手から放たれる一本のヒ首。
それは狙いあまたず男の頬をかすめる。
慌てて男は進路を右にずらした。
そこにさらに連撃、男は少しずつ進路をずらす。
右に行きすぎたら右に投げ、左に行きすぎたら左に投げ……。
狩りの獲物をいたぶるかのように龍泰は男を操る。
それを繰り返すうちに、男は龍泰の狙い通り崖へと追い込まれていった。
「!!?畜生!!」
月明かりの中目の前の崖を認知した男は、観念したのか剣を抜き放つや否や龍泰へと斬りかかる。
それを見て龍泰は……。
「…ふ」
突然男に背を向けた。
「清十郎さん!?」
「馬鹿め!!逃がすかぁ!!」
男の刃が龍泰のせいに吸い込まれる一刹那!!。
「はっ!」
「なっ!?」
男の体が宙を舞っていた。何が起きたのか男には解らない。しかし紫苑には見えていた。男の剣が龍泰を襲うその瞬間、龍泰は僅かに体を後ろにずらすや剣を振り下ろす男の力を利用して男を投げ飛ばしたのだ。
これぞ王老師直伝『炒飯返し(チャーハンがえし)』
「ぐ…お…」
背を大地に打ちつけもがく男へツカツカと龍泰は歩みを進め、その胸ぐらをつかんだ。
「…黄忠殿の娘さんがどこにいるか教えなさい」
「けっ誰がてめぇ何かに…」
「……良い忠誠心ですね。気に入りました。命だけは助けてあげても良いですよ?」
「ふざけんな!!」
「やれやれ…」
小さく肩をすくめ、龍泰はひょいと男を担ぎ上げる。
その細身のどこにそんな力があるのだろうか、思わず紫苑はそんな事を思ってしまった。
「な、何するきだ?」
「こうするつもりです」
「…うわああ!!」
おもむろに崖へと歩み寄った龍泰は、右腕で男の右足首を掴むや崖にぶら下げた。
不安定な視界の中、男の頭へと血が下がり、それ以上に暗闇の中底知れぬ崖下に血の気が引く。
「さて…話していただけますか?」
「あ…あ…」
「話すんだった早くしてくださいね。私の利き腕は左なんですから…あなたが話すより前に放してしまいますよ?」
誰が巧いこと言えと。
「お、俺は知らないんだ!!俺はあくまで黄忠の監視役で、娘の居場所は他の奴が知ってる!!」
「その方とは?」
「あ、明日の昼過ぎに長沙の飯屋で会う予定だった…場所は城門を入ってすぐのとこにある『宝飯宝飯(ほいほい)』って名前の飯店だ……」
「…では、あなた方の依頼主の名前は?」
「し、知らない…本当だ……」
「……そうですか」
男の瞳からおそらく本当にこれ以上の事を知らないと判断した龍泰はふうと息をついた。
その拍子に男が大きく揺れる。
「ひ…ほ、ほら話しただろ?早く放してくれ…」
「おや、放しても良いんですか?」
ブーラブーラ
「!!ち、違う見逃してくれ!!」
「話したら見逃すなんて私は一言も言っていませんよ?あなたが喋ってくれただけです」
「殺さないって言ったじゃねぇかぁ!!」
半ば悲鳴のような男の言葉に、龍泰はニコリと穏やかな笑みを浮かべ。
「あれは嘘です」
男の足を離した。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
底知れぬ闇の底に消えてゆく男の悲鳴。
それを聞き届け、龍泰は崖に背を向ける。
「聞いていましたね紫苑殿。早速長沙城に…どうしました?」
「いえ…結構怖い人ですのね」
「優しい男と言った覚えはありませんが?」
「……ふふ、それもそうですわね」
そして二人は並んでその場を後にする。
そこには何も残らない。ただ静かな暗闇だけが去りゆく二人と哀れ崖下に臓腑をまき散らした男を包むのみ。
~続く~
後書き
『作者を起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れている』
……はい。友人の影響でコマンドーの名台詞が頭から離れない作者です。
今回もやりたい放題…というか娘人質に取られてって、アニメでもあったような……ああ、自己嫌悪です。
最近、コメ返しができていなくてすみません。ちょっと色々ありまして…今回からまたきちんと返させて頂きます。
あまり今回は書くこともありませんね…次が帝記・北郷か孫龍かは私も解りませんが(目を離した隙にパソが再起動してえらい目にあったので)気長にお待ちください。
では、また次の作品まで
次回予告
璃々の居場所を探して東奔西走する龍泰と紫苑
一方、荊北でも運命の出会いが起ころうとしていた
愛を失い、一つの愛を得た男
知らないはずの愛を何故か知る女
ああ、二人は出会ってしまった
そして今宵も仮面が躍る
次回
孫呉の王と龍の御子~外史の天秤~
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孫龍第四話目
相変わらずネタ多め
この作品にはオリキャラ、パロディ、キャラ崩壊が含まれますので、苦手な方はお戻りください。