No.84915

帝記・北郷:十八~二雄落花・四~


お久しぶりな帝記・北郷

言うまでもなく、オリキャラが苦手な方の閲覧はお勧めしておりません

2009-07-17 03:58:48 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3717   閲覧ユーザー数:3174

『帝記・北郷:十八~二雄落花・四~』

 

 

ギィン!ガキィン!

 

「あっはははははは!!凄い凄い。よく付いてこれましたねぇ今の動きに」

「…舐めるんじゃないわよ」

繰り出される雪蓮の鋭い剣撃。それを琥炎は外套を大きく振ることで受け流す。

続いて琥炎の攻撃。外套の陰から繰り出される三段の突き。

今彼が用いているのは何時もの二振りの鉤鎌刀ではない、一振りの片刃の刀だ。

雪…というよりも夜がそこだけに舞い降りたかのようにふわりふわりと舞う外套、雷光のごとくピシャリピシャリと繰り出される刃。

それらを雪蓮は後ろに跳び距離を取ることで辛うじて避けた。

「雪蓮!!」

「危のうございます閣下!!」

思わず雪蓮に駆け寄ろうとする一刀を、近衛副長が押しとどめた。

ちらりとその様子を横目で雪蓮は見て、小さく笑ってみせる。

「雪蓮…」

二人が剣を交え初めてまだ十五分程度。たったそれだけにも関わらず、見ている一刀の掌は汗でじっくりと濡れている。

 

パンパンパン

 

戦場に鳴り響く場違いなほどに乾いた拍手。

その主は刃を地にさし、まるで戯曲の幕間に感極まり立ち上がってしまった観客のように大仰な身振りで雪蓮を讃えた。

「素晴らしい。人間の身でありながらここまで私についてくるとは…実に素晴らしいですよお嬢さん。あなたのその太刀筋や身のこなしを見るに、おそらくは水鏡先生の薫陶を受けてきたのではないですか?」

「あら良く解ったわね」

「ふふ。私もあの方とは浅からぬ因縁がありましてね」

自嘲するように笑い、琥炎は肩をすくめて見せた。

それに合わせて彼の漆黒の外套が静かに揺れる。

彼の剣術はこの外套との併用に肝がある。通常の構えから外套で剣を隠し、相手に次の挙動を悟らせないまま嵐のような連撃を放つ。

そして時に外套を舞わせ、相手の刃をそらし幻惑する。

虚の中に実を潜ませ相手の命を奪う奇剣。それが琥炎の剣。

「しかし本当に素晴らしい。人の身でここまで本気を出した私とここまで渡り合うとは…龍志さんの言う人間の可能性とやらも捨てたものではないのかもしれませんね」

「まだまだよ!!」

右脚を大きく引き、切っ先を琥炎に向けたまま雪蓮は南海覇王を顔の横に構える。そして大きく右足を踏み出すと共に鋭い捻りを加えながらそれを離れた所にいる琥炎めがけて突きだした。

「む…」

 

ゴウッ!!

 

巻き起こる旋風。荒れ狂う風圧。乱れ飛ぶ鎌鼬。

琥炎は地に突き立てた刃を抜き放つやぐるりと廻し、巻き起こした剣圧で旋風の軌道をそらすことによってそれをかわした。

「へえ…そんなかわし方をするなんてね」

「よく見知った技ですから。『旋龍牙』瞬間的な剣圧と氣の放出により鎌鼬を伴った旋風を発生させ相手を抉り切り刻む…龍志さんの十八番ですよ」

「あら、それは知らなかったわ、失敗失敗。でもこれならどうかしら!!」

脚の踏み込みを無くし、今度は手の力の身で無数の旋龍牙を放つ。

一発一発の威力は小さいが、数だけは多いそれは各々がぶつかり合い複雑な軌道を描きまるで琥炎を閉じ込める檻のように彼を包む。

「ふむ、威力を落とした旋龍牙により相手の自由を奪い、そこに最大の一撃を放つ…」

「その通り、あなたを包む風の檻、しかもさっきとは違ってその軌道も複雑…逃れる術は無い!!」

再び右足を大きく引く雪蓮。その姿を琥炎は笑みを絶やさぬ瞳で見据え……。

「では採点しましょう……残念ながら落第です」

琥炎、静寂にて神速の刃の一閃。

 

ばしゃあ!!

 

水風船をぶちまけたような音と共に、琥炎を包む風の檻が壊される。

そう、それはまるで猛獣がその爪で自らを縛る檻を引き裂いたかのよう。

「な…」

驚愕に顔を歪めた雪蓮に琥炎は相変わらず微笑みながら。

「複雑…とはいえその軌道には一定の法則がある。つまり風の軌道は風と風がぶつかった時にしか変わらない。つまり任意に風に風をぶつければその軌道を操作することも可能……言ったじゃないですか、旋龍牙は龍志さんの十八番。ならばその派生などすでに見知ったもの」

高々と琥炎は剣を持たぬ手を高く掲げ。

「ましてや私も氣の使い手…高々数ヶ月の修行で五百を生きた私に及ぶとでも思いましたか!!」

それを手首を返しながら雪蓮めがけて降り出す。

「血潮薫る紅の風(ブラッディ・ウェーブ)……」

三筋の紅黒い刃が雪蓮めがけて襲いかかる。

「く…っ!!」

辛うじてそれを剣で受けた雪蓮だったが、その体はその衝撃で大きく後ろへ吹き飛ばされた。

「孫策殿!!」

その体を一刀の傍らにいた凪が飛び出し抱きとめる。

「…以上が解説です。何か御質問でも?」

 

 

「痛っ…」

「雪蓮!大丈夫か!?」

凪の腕の中、右腕を抑える雪蓮へと一刀と近衛兵が駆け寄った。

「大丈夫よ…心配しないで」

「そんなわけないだろ!!」

そう、そんなわけがない。彼女右手は誰が見ても解るほどに無残にも曲がっていた。

明らかに骨が折れている。剣で受け切れなかった衝撃は彼女の腕を襲い、その骨を砕いたのだ。

それでも折れていないのは孫家伝来の宝剣・南海覇王。そしてそれを握る主の心。

「大丈夫だって…まだ闘える」

折れた手で握り続けていた南海覇王を折れていない手に持ちかえ、雪蓮は気丈にも笑って見せた。

その額に隠しきれない油汗を浮かべて。

「無理です孫策殿!!その腕ではとても…」

「でも私以外に誰があいつと闘えるって言うのよ!!」

その言葉に凪も押し黙る。

そう、今この場で僅かでも琥炎を倒せる可能性があるのは雪蓮のみ。

尤も、その腕ではもはや勝率など万に一つといったところだが。

「…閣下、孫将軍、楽隊長。ちょっと聞いていただけますか?」

不意に今まで黙っていた近衛副長が口を開いた。

 

「……ご歓談はまだ終わらないのですか?」

一刀達から離れたところで、退屈そうに刀の峰で肩を叩きながら琥炎がぼやく。

「上演中の私語など褒められたものではありませんよ。しかも公然とそれをするなんて…そろそろ前座は終わりにしたいというのに」

やれやれと肩をすくめる琥炎。

先程もそうしていたが…それが彼の癖なのだろうか。

ポンポンとリズミカルに肩の上で白刃が躍る。

メトロノームか何かがあれば解ったろうが、それは綺麗な八拍子だった。

不意にその動きがピタリと止んだ。

「……来ますか」

急激に高まる自分へと向けられた殺気に、チロリと琥炎は紅い舌で紅い唇を舐める。

「はぁ!!」

始めに動いたのは雪蓮。折れた手とは逆の手で渾身の力で旋龍牙を放った。

利き腕でないのにも関わらず、その威力は先程をはるかに上回っている。

「火事場の馬鹿力…というやつですかね」

幾分冷めた口調で呟き、琥炎は刀を構える。

それも当然だ、どれだけ威力があろうとこんな単調な攻撃などそらしてくださいと言っているようなものだ。

最初と同じように旋龍牙の軌道をそらそうとして…琥炎は妙な事に気付いた。

「太さが増している?」

打ち出された当初よりも旋風の太さが明らかに増しているのだ。

「他所からの氣の供給…ああ、あの三つ編みのお嬢さんですか」

琥炎の推察したとおり、旋龍牙の根元では凪の放った無数の氣団が旋風に呑みこまれてはその一部と化していっている。

「一人の力で足りないならば二人の力を…ですか。ふふ、可愛らしいものですねぇ!!」

廻る琥炎の刃。揺らぐは紅蓮の炎。

「前座は終わりだ!!轟け閉幕の調べ(ファンファーレ)!!女優(アクトレス)の名演、観衆の悲鳴…悉く風前の塵と化せ!!そして鳴り響け開幕の音(ベル)!!」

炎が旋風に混ざりその動きを変える。静かに迅速に風はその向きを変えてゆく。

もしもこれが普通の旋龍牙だったら琥炎も気づいたかもしれない。もしも琥炎が始めから雪蓮達を殺しにかかっていれば話は違ったかも知れない。

しかし彼にとってこの戦闘は前座に過ぎないのだ。この後に彼を待っているであろうめくるめく殺戮の舞踏の。

それが微かな隙を生んでいた。だから気づけなかった。

旋龍牙に隠れて飛来する、無数の鉄矢に……。

 

 

「ぐあああああああああああああああ!!!!」

鉄矢が肉を抉り骨を断つ。先程の雪蓮のようにその衝撃で琥炎は後ろに吹き飛び…雪蓮と違い地面に倒れ伏した。

その身に長さ三十センチ程の鉄の枝を生やして。

「や、やったのか?」

雪蓮の後ろ、直径十二センチ程の円筒を抱えた一刀が呟く。

その隣で同じように円筒を構えた近衛副長が緊張した面持ちで地に横たわる琥炎を見つめてこう言った。

「流石に…あれだけ打ち込めば……」

二人が持っている者は蒼亀が設計し真桜が試作型として作った新兵器である。

簡単に言えばこれは強靭なバネで鉄矢を飛ばすという袖箭を大型化したものなのだが、大型化に伴い蒼亀の手で改良が加えられていた。

本来、袖箭というのは一つの筒につき一発しか矢が放てず連発にはそれだけと同じだけの本数の本体が必要とされるのだが、今回は大型化によって内部機構を複雑化することが可能となり、大きな円筒の中に仕込まれた五本の筒が円筒側面のハンドルに連動して円筒の中で『バネの収縮→次弾装填→発射』を自動でこなすという、言わばガトリング袖箭とも言うべき兵器が出来上がったのである。

構造上、量産や遠距離戦には適さないが、近中距離での掃討戦には絶大な威力を発揮する。

そんなものをまともに琥炎は食らったのである。

生きているはずがなかった。

「しかし…副長の作戦が当たったな」

「恐縮です。以前閣下が甘寧殿をお捕えになられた際の事を思い出しまして……」

「ふふ、近衛副長の名は伊達じゃないわね…ぐう!!」

笑みを痛みに歪め膝を付く雪蓮を慌てて凪が支える。

見れば彼女の顔は真っ青になっていた。

「雪蓮、とりあえず医局に行って傷の手当てをしてくれ」

「ごめんなさい…役に立てなかったわね」

「何言ってるんだ!雪蓮がいなければもっと早く俺達は殺されていたかもしれないんだから…感謝の気持ちでいっぱいだよ」

「ふふ…ありがと」

少しだけ厳しくそう言われ、雪蓮は少しだけ嬉しげに笑みを浮かべる。

その時だった。

「そうですよ…あなたがいなければ私ももっと退屈をしていたんですから」

あり得ない声がした。

数瞬の空白の後、弾かれたように同じ方向を見た一刀達の視線の先で、死んだはずの男の体が静かに起き上がっていた。

ぞぷりぞぷりという音と共にその体から鉄矢が抜け、カラリカラリと地に転がる。

そうして完全にその身を起こした男は、乱れた髪を手櫛で出直し外套を打ち鳴らして埃を払うとニコリと微笑む。

「おはようございます」

再び場を支配するおぞましい沈黙。

「……ば、馬鹿な」

始めに声を開いたのは凪だった。

「ど、どうして…」

「どうして死んでいないのか、仮に死なないにしても管理者ならばどうして消滅しないのか。ですか?ふふ、なぁにちょっと複雑で簡単な事ですよ」

人差し指をピンと立て、幼子にちょっとした知恵を教える保育士のようなノリで琥炎は言葉を続ける。

「人は何時『死』ぬのか。肉体的には心臓が止まった時、あるいは脳が活動を停止した時。概念的には人に忘れ去られた時、または死後にその存在が歪められた時…では精神的には?心が壊れた時?感情を失った時?各々答えはあるでしょうが、私はこう考えました。それは『自らが自らの死を許容した時』だと……」

「…まさか!?」

「お分かりのようですね…私はその死が他の死を凌駕しているのですよ。いか成る重傷を負おうと、肉体が欠損しようと、私が私の死を感じることができなければ私は生き続け傷も塞がり全てが元に戻る…そう、理想の死、自らが納得できる死に出会うまで私は死ぬことは無い!!」

高らかと歌い上げるかのように紡がれる絶望の言葉。

それはおおよそ一刀達の、いや常人の理解を越えている。

『死』を感じることができないが故に死ぬことがない。それは半ば不死に近い。『死』を感応しないかぎり目の前にいる男は死ぬことは無い。

例え何度殺そうとも、男が自らの死を許容しない限り死ぬことがない。

「でも良い線に来ましたよ貴方達。私の思考を上回って来ましたからね。かなり死を感じられそうでした…ですがまだ足りない。やはり私に思考の『闘争』と『死』を教えてくれるのは……私と同じ龍志さんしかいないのでしょうね」

「……どういうことだよ」

「え?」

不意に一刀が口を開く。

「お前と龍志さんが一緒ってのはどういう事なんだよ!あの人はお前と違う!俺達と同じ人間だ!!」

「え?そこですか?っていうか聞いていないのですか?」

心底驚いたように琥炎は切れ長の目を白黒させる。

「…ああ。彼は心底あなたに惚れ込んでいたのですね。だからあなたに見捨てられるのが怖くて…ふふ、成程成程」

「だからどういうことだよ!!」

「どうもこうも…彼も元はあなたと同じく別世界に飛ばされてきた人間なのですよ。そしてその世界は管理者によって壊された。以降五百年、人でありながら人にあらざる身として生きてきた……重要なのはそこです。私も一応、元人間なのでね。そう言う意味で同じという意味ですよ」

琥炎の告げた事実に、愕然とした鏢徐をする雪蓮達。そんな中、質問をした本人である一刀は逆に納得した様な顔をする。

「…意外ですね。もっと驚くかと思っていたのですが」

「驚いたさ。でも、龍志さんが俺達とは違った存在なんじゃないかってことは薄々感じていたし…それに」

「それに?」

「龍志さんが何であれ、俺の仲間であるという事には変わりないよ」

何の迷いもなく言い放たれた言葉。その言葉に、初めて琥炎の顔に心から感心したような表情が浮かんだ。

「これはこれは…確かに大した器です。龍志さんが五百年の歳月の果てに君主に選んだのが納得できました」

「納得したなら見逃してくれないか?」

「それは無理というものです。前座は前座としてキチンと終わらせなければ…そうでなければ本編が気持ちよく始まらない」

「やっぱりか……」

乾いた笑みを浮かべて一刀は白狼を抜く。

雪蓮も凪も副長を始めとする近衛兵も獲物を構えた。

敵わないことは解っている。それでも最後まであがいて見せる。志を受け継ぎ大きくしてゆく、それを最後まで止めることはない、それが新魏。

「良い覚悟です…では、これにて前座の幕といたしましょう!!」

外套を打ち鳴らし琥炎が高らかに宣言した…その時だった。

 

「否。前座はもう終わっている。これから始まるのはお前の終幕劇(フィナーレ)だ」

 

風が踊る。砂が舞う。旗が歌う。

激しい風から顔を庇いながら見上げた空に一刀は見た。

深緑の輝く瞳で風を纏い宙に浮く、龍の化身を。

(ああ…やっぱりピンチの時に駆けつけるヒーロー役はあの人の方が合っているな……)

 

                      ~続く~

 

 

中書き

お久しぶりの帝記北郷です。

今回はもうあえていつもよりも恋姫色を拭ってみた…つもりだったのですが一刀とかが出ている時点で何時もより恋姫色が濃いですよね

 

アルェ~~(・・?

 

次回で二雄落花も最後となります。話自体を期待しておられる方が何人いらっしゃるかは解りませんが、格好良い一刀君を約束します。

 

しかしあれですね…個人的に琥炎って私の中では書きやすいキャラなんですよね。ほっといても勝手に動いてくれるのは夢奇さんですし、適度に手綱をつけておけばいい動きをしてくれるのは龍志君なんですが……。

 

あ、孫呉の王と龍の御子も読んでくださっている方々、ありがとうございます。おおっぴらには言えませんが、読んでるといい事があるかもです

 

では、次作でお会いしましょう


 
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