「天の御使い……やはりそうか」
目の前に噂の天の御使いがいるにも関わらず、特に驚いた様子も見せず司馬懿はそう言う。
「ん?『やはりそうか』ってどういう……?」
一人で納得している司馬懿が不思議に思ったので迷わず聞く一刀 。
「こちらの話だ。それより、貴下は曹操殿の命令でここに来たのか?」
「あ、うん。華琳に君を登用するように頼まれてここまで来たんだ」
「曹操殿が、か」
一刀が質問に返答し終えた後、司馬懿は後ろを向き、屋敷内に戻ろうと扉まで歩み始めた。
「入るが良い。茶程度なら出す」
「え、いいのか?赤の他人の俺を家に招いて?」
「まだ貴下には話の続きがあるはず。そして我も貴下に問いたい事がいくつかある。なければこのまま帰ってもらうが?」
背を向けながら感情が全く込められていない声で告げる司馬懿。
一刀から見ればその姿は『早くしろ』と告げているようにも感じ取れた。
「じゃあお邪魔させてもらおうかな」
一刀はそのまま屋敷内に足を踏み入れる。
「すごいな……」
司馬家の屋敷に入って口にした最初の言葉。
城内ほど豪華ではないにしろ、屋敷内はかなり広く、珍しそうな骨董品も置いてあった。
「それにしてもすごい数の本があるな……」
骨董品よりも目に入ったのが尋常ではない本棚の数。
この一階の大半が本棚(それも兵法書や内政関係の本ばかり)で埋め尽くされていた為、ここが三国志の名軍師の一人である司馬懿の家だという事が納得できる。
あまり他人の家の中をジロジロと見るのも少し失礼だと思った一刀はすぐに近くにあった腰掛け、侍女からお茶を受け取る。
すぐ目の前にあった椅子には司馬懿本人が座り、その小さく冷徹な瞳で会話を始めた。
「我が知りたい事は三つ 。曹操殿はこの乱世で何を目指しているのか。我に何故あそこまで出仕を求めるのか。そして、北郷一刀。天の御使いである貴下自身の目的を」
「わかった。まず、かり……曹操は……」
そして一刀は語る。
現代からタイムスリップした自分を拾ってくれた華琳が成し遂げようとしている覇業を。
華琳が司馬懿に執着するのは名門出身であるにも関わらず、それを鼻にかけるような事はせず、常に安定した結果を出し続けている司馬八達の中でも一番優秀な司馬懿を配下に加えたい事を。
そして、一刀自身は、この時代の人間からすれば胡散臭い男にしか見えない自分を条件付きとはいえ、配下に迎えくれた華琳には感謝しきれないほどの恩を受けた為、彼女の覇業の手助けをする事でこの乱世を終わらせる事を決意したと司馬懿に語った。
聞きたい事を全て聞き終えた司馬懿は一刀にその他の質問をいくつか聞き、一刀がやってきたという天の世界と彼の知っている歴史がどんなものなのかを問い出した。
「(この男はこの乱世の結末をうろ覚えとはいえ……知っているのかもしれぬのか)」
司馬懿は表情を全く変えず、ただ一刀を見つめながら彼の返答について黙念する。
一刀が言った華琳の理想、それは自らの手による天下統一。
この理想に司馬懿は共感できた。
何せ司馬懿自身も力、もしくは有能な者による統一こそこの乱世を終わらせる可能性が一番高いと信じているからだ。
そして次に一刀の決意。
彼の性格を一通り確認した結果、もしかすればこの乱世には向いていない甘い人物かもしれないと考えたが予想は外れた。
あまり威厳を感じないとはいえ、この殺されるか殺されないかの時代を変えたいという思いは確かだと感じ取れたのでそこはもう追求しなくても良しと判断した。
彼の軍内での役割は主に街の警備隊の隊長を務めていると聞き、出した結果も決して悪くないので彼に関してはそこそこ有能だと結論する。
しかし、最後に一番気になるのが一刀の言う歴史について。
彼曰く、自分を含むこの時代に存在する様々な人物の事は多少ながら知っており、一部の人物に関してはその末路もうろ覚えながらも覚えているという。
ここで司馬懿は悩んだ。
自身が今後どうなっていくのか聞くべきか、否か。
しかし一刀はさらに、この時代の進み方が 彼の知っている歴史とはほんのわずかながら違いがあると言ったのだ。
具体的に何が、とは言わなかったが(彼曰く軍事機密)これではあまり当てにならないと判断した司馬懿は自分の結末について聞き出す事を断念した。
「(曹操の軍に入れば我が理想がより達成しやすくなる。……が、それと同時にこの平和な時間とも半永久的に別れを告げる事になる。どちらも非常に尊い……が、どちらかは必ず切り捨てねばなるまい)」
自分がどうするべきかを必死に考え、そして彼女はついに決意する。
「(やるしか……ないか)」
*
突然司馬懿が椅子から立ち上がり、一刀は驚愕してしまう。
「ど、どうしたの?答えは決まったのか?」
「決まった。曹操殿のところまで案内せよ」
司馬懿をスカウトする事に成功した一刀は喜びを隠せなかった。
「そうなんだ、よかったよ!じゃあこれから俺た「ただし」?」
同じく椅子から立ち上がった一刀が言おうとした事を司馬懿が遮る。
「これはあくまで体験として、だ。一度でも不便だと思った場合はすぐに出させてもらうつもりだ」
司馬懿はあくまでも冷徹な姿勢は崩さないつもりらしい。
「大丈夫だよ。ちょっと気難しい子もいるけど、きっと好きになれると思うよ、俺は」
そう言った一刀は司馬懿に手を差し伸べる。
「なんだこれは?」
「握手。だって俺たちはこれから仲間だろ?」
司馬懿に優しく微笑む一刀。
「確かにまだ正式ではないとはいえ、しばしの間は貴下と同じ主任の下で働く事になる。よろしく頼もう」
表情や声質は相変わらず変わらなかったが、きちんと一刀の手を握る司馬懿。
「しばし待たれよ。支度をしてくる」
握手を終えた司馬懿は二階までやや早く上がっていく。
そして1分も経たないうちに司馬懿は一階まで戻ってきた。
「では行くか」
「ずいぶん早かったね……って何それ?」
普段ならこのタイミングですぐに目的地へ行くだろうが、一刀は聞かざるを得なかった。
何せ司馬懿がこの後漢時代には存在しないはずの代物、ペスト医師のマスクを被っていたからだ。
「(女性用の下着とかがある時点で時代背景もクソもないと思ったけど、ここまでとは……)」
「仮面だ。知らぬのか?」
「いや、仮面が何かはもちろん知っているけどさ……。ただなんでこの時代にこんな仮面があるのかとちょっと疑問に思って……」
「そのような事より早く曹操殿の元へ行った方がいいのでは?」
一刀がこの世界の時代背景の無視を気にしていたのを気にもせず、ただ華琳の元へと行く事を勧める司馬懿。
「そうだな……今に始まった事じゃないから早く華琳のところへ行こうか」
こうして馬を出した二人は華琳の元へと旅立った。
かつて三国志最後の勝者と言われた軍師、司馬仲達。
この乱世を終わらせるために現代からやってきた天の御使い、北郷一刀。
この二人が同じ戦場に立つ事によって何が起こるかは、まだ誰にもわからない。
ちなみに城へ向かっている途中、一刀は先ほどのやりとりにもう一つ疑問を感じていた。
「(あれ、そういやまだ司馬懿さんの真名、まだもらってない……よな?)」
いつもすぐ真名を預けてもらっていたためか、それがいつの間にか自然だと感じていた一刀には違和感を覚えざるをえない状況であった。
この外史は基本的に魏ルートをたどっていますが、所々にオリジナル展開や設定をも取り組んでいく予定です。
これからもこの作品を宜しくお願い致します。
尚、タイトルだけを見ると一刀アンチにしか見えませんが、このssは決してアンチ・ヘイトものではありません。
平凡な高校生と冷徹な策略家を中心とした物語として見る事ができれば幸いです。
作者自身は恋姫で嫌いなキャラは一人もいません。
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劉邦柾棟様が前回素晴らしいタイトルを提案してくれたので、それを採用する事にしました。
一刀は果たして司馬懿を勧誘する事ができるのか?