第六話 鉤裂きと失恋
1月某日。河川敷。
小春日和のうららかな放課後、サキは今日も何の気なしに、轟を探しに河川敷まで足を伸ばしていた。
轟とは、お互いに片思いしているという妙な関係になっていたが、サキはひとまずその事は考えない事にしていた。
「ん・・・今日はこっちじゃないのかな・・・湖か・・・それとも学校?」
などと彼女が独り言を言っていると、見知った顔が歩いて来るのを見つけた。轟の舎弟である。
舎弟の方もサキに気が付き、小走りで近付いて来ると声を掛けてきた。
「ちわっスサキさん。あの、番長見ませんでした?」
「お前・・・仮にも敵対校の番に、随分と気軽に話しかけるね。」
「敵っスか?自分はサキさんは敵だなんて思ってないっスよ。もちろん番長もスね。」
舎弟のその言葉にサキはちょっと安堵しながらも対面を繕う。
「冗談を言うな・・・敵は敵だろう。」
「うーん、そうスね、番長が言うには例の番長勝負、あれに付き合ってる時点でもう話し合いの通じる相手、なんだそうっスよ。」
「・・・話し合った覚えはないよ。」
「いやいやだから、話の通じない相手の場合は喧嘩を売って来て、番長に敵わないと思えばそのまま二度と現れなくなるんスよ。」
「・・・・・」
「だからサキさんは話が通じる相手、敵じゃない・・・あ、敵じゃないって言うのは相手にならないって意味じゃないっスからね。」
「ふん、そんな事はどうでもいいよ・・・お前も轟を探してるのか?」
この話に付き合っていたら余計な事を言ってしまいそうだ。サキはそう思って轟の所在に話を戻した。
「も・・・って事はサキさんもスか。」
「ああ・・・ここにいないって事は湖かい?」
「いや、今見て来た所なんスけどいなかったっスね。学校にもいないス。」
「そうかい・・・お前、ここに来ると思うかい?」
「五分五分っスね。すれ違ったかも知れないス。」
「・・・じゃあ、ここで待ってみるか。」
「今日も勝負スか?」
「当たり前だろ。他に何の用があるんだよ。」
いや、既に彼女にとって勝負は目的ではなくなっていたのだが。
「いえ別に・・・じゃあ自分もつきあうっス。」
「勝手にしな。」
そして二人は浅めの草むらに座り込んだ。
数十分後
「・・・で、そしたら番長がですね。」
「ふんふん。」
サキは舎弟による轟情報のリークにすっかりペースを握られていた。
「えーーーーーー、そんな事するのかい?あいつが?」
「これが意外にも。」
「これはちょっと面白い事を聞いたかな。ははっ。」
「番長には内緒っスよ?・・・お耳汚し失礼したっス。」
「・・・でもお前って、なんかこう、あいつ・・・轟に負けないぐらい不思議な奴だねえ・・・」
サキは完全にこの男に対する警戒心を解いていた。
「は?」
「話に引き込むのが上手いって言うか、そうじゃないね。相手に会話する気にさせる才能に長けてるとでも言うのかな・・・」
「はあ。」
「それそれ。そのいい意味で緊張感が無い所が相手の警戒心を緩めるんだよ。」
「褒められてるのか貶されてるのか判らないっス。」
「あはは。もちろん褒めてるんだよ。それって強力な武器だよ。上手く使いな。」
「今ひとつピンと来ないスが・・・」
その時、ふと表情の柔らかくなったサキを見た舎弟、
(やっぱり綺麗な人っスよね・・・あれ?)
何かが引っ掛かる。少し記憶を辿ると、頭の中で過去の映像と今見ているサキの顔が音を立てて合致した。
「あーーーーーーーーー!」
「な、なんだい?」
「は、初詣、りんご飴!」
「げ」
「そうだったんスね。あの綺麗なおねーさんはサキさんだったスね・・・え?」
サキは無言でゆらり、と立ち上がる。そしてそのまま巨大化し、道場の仁王像のように目が赤く輝いた・・・ように舎弟には見えた。
「ばーれーたーかー。」
「うわわ!」
身の危険を感じた舎弟は思わず逃げ出そうとする。しかしサキはズボンのベルトをがっちりと掴んだ。
「ほらほら、脱げよ!」
「あわわわ!ボンタン狩りっスか!そんな、女性にボンタン狩りされるなんて困るっス!」
「そーれ!」
すぽん。脱がされてしまった。ちなみにパンツは青かった。
「あははは!うっそーーーーーーーーーーー!」
サキは笑いながらズボンをパタパタ煽り、再びその場に座る。
「しくしく・・・お婿に行けないっス。」
「バカ言ってんじゃないよ。ほら、ここはほつれてるし、ここは小さい鉤裂きが出来てるじゃないか。特に鉤裂きはほっといたらでかくなるだろ。」
彼女はズボンを舎弟に見せながらそう言うと、ポケットから携帯用裁縫セットを取り出した。
「え・・・縫ってくれるっスか?」
舎弟はそれを正座して覗き込む。
「こういうの見ると、気になってしょうがないタチでね。」
「ありがとうございまっス!」
「いいから。好きでやるだけだからさ。ただし、さっきの話は轟には言うんじゃないよ。」
「さっきの話って・・・」
「は・つ・も・う・で・の・は・な・し・だ・ろ」
サキは眉間にしわを寄せる、いわゆるヤンキー顔で凄む。
「はいはいそうでしたっス。ええ。しかし番長が知ったら驚くっスね。まさか一目惚れの相手が・・・」
そう言いかけた舎弟だったが、サキの殺気を感じて話題を変えた。
「た、他言はしないっスから。ところでいつもそんな物持ち歩いてるスか?」
「そうだね・・・喧嘩なんかで服が破れたりする事も多いからね。いつも持ち歩いてるよ。もっとも最近はめっきり使わなくなったけどね。ふふっ。」
サキがなにか楽しげにほつれと鉤裂きを繕っているのを見ていた舎弟、何かが心に芽生える。
(美しくて、こんな事に気が付いて、表向き不良やってるけど、実は結構良妻賢母型じゃないスか・・・ほ、惚れたっス!)
「ほら、出来た。はいよ。」
と、ズボンを舎弟に渡す。
「ありがとうございましたっス!」
「だからいいって・・・早く穿きなよ。」
「あ、そうっスね。」
慌ててズボンを穿く舎弟。そこに聞き覚えのある音が聞こえて来た。からん・・・ころん・・・下駄の音だ。
「!」
ばっ、と音の方を見るサキ。轟が来たのだ。そのサキの様子を見た舎弟はいきなり落ち込んだ。
(今の表情って、まるでご主人が帰って来た時の飼い犬みたいじゃないスか・・・いや、例えが悪いスね。そう、恋人を待ってた女性そのものスよ・・・それってつまりは両想いって事じゃないスか・・・)
「轟!やっと来たね!勝負だよ!」
そう叫んで轟の許へ走るサキ。その背中を見送りつつ、自分の恋はほんの数十秒で終わった事を知る舎弟だった。
つづく
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第六話