第五話 晴れ着とりんご飴
1月1日元旦。某神社。
金髪に染めた髪を日本髪結いにし、晴れ着姿という違和感はあるが非常に目立つ女性が初詣に来ていた。
正月ぐらいは、と朝から母親に着付けされ、神社に送り出されたサキである。
「たく、初詣や晴れ着なんかガラじゃないのに・・・お参り済ませて、おみくじ引いたらとっとと帰ろう・・・とにかく窮屈だわ・・・」
境内はたくさんの露店、人で溢れていた。ふと、ある露店がサキの目に入る。りんご飴の露店だ。
「あ・・・りんご飴。買って帰ろうかな。でもりんご飴って不思議よね。りんごと飴ってだけで、別にとりたてて美味しい物でもないのに、こういう所で売ってるのは何故か美味しく感じちゃうのよね。」
などと言いながらサキはりんご飴と書かれた暖簾をくぐる。
「りんご飴、ひとつ下さいな・・・あーーーーーー!」
サキが大声を出した理由は、テキヤの兄ちゃんに見覚えがあったからだ。
「へいらっしゃい!・・・どうしました?お客さん。」
轟だった。隣には舎弟もいる。
(へ・・・?気付いてない?)
それもそのはず。今日のサキは晴れ着に日本髪、更にはいつもの赤いシャドウは無し、ルージュもナチュラルな色の物で、
いつもとは別人と言ってもいいくらいの状態だったのだ。
「い、いいえなんでも・・・(やっぱりアルバイトかな?)」
「?そうですか?あ、りんご飴一つでしたね。500円になります・・・はいどうぞ。」
「は、はい・・・」
りんご飴を受け取ったサキはその場を後にした。それを見送り舎弟が呟く。
「はぁ・・・綺麗な人だったっスね。」
「ん?そうだったか?俺よく見てなかった。」
「駄目っスよそんなんじゃ!接客の基本はお客様の目を見てにこやかな笑顔!はい!」
「こ・・・こうか?」
「凄んでどうするスか!もういいっス。ここは自分がやってるスからその辺でスマイルの練習してきて下さいス!」
「お、おう。悪いな。」
何か釈然としないものを感じながら、轟はなんとなく社の方へ向かって歩き出した。
「あーびっくりした。なんであいつがテキヤやってるのよ・・・もうちょっと高校生らしいアルバイトなんかいくらでも・・・っていうか、容姿が高校生離れしてるからむしろテキヤがあってるかも・・・プッ」
サキは自分で言っておかしくなり、思わず吹き出した。
「あ、さっきのお客さん。」
そこへいきなり後ろから轟の声が聞こえ、サキは飛び上がった。
「うわっ!・・・ってなんであんた・・・」
「あ、おどかしちゃいましたか、すみません。」
(これは・・・本気で気付かないみたいね・・・)
サキの心の中で、悪戯心がむくむくと頭をもたげて来た。
(ここは別人になりきってからかってやろうかな・・・ふふっ。)
「お兄さん、お店は?ひょっとしてさぼりかな?」
「いや、さっきしゃて・・・いや相棒に接客がなってない、笑顔の練習して来いって言われて。」
「(確かにこいつの営業スマイルなんか想像できないけど・・・)ふーん、どれ、ちょっと笑って見せて。」
「え、ここでですか?・・・こんなもんで。」
「それは・・・確かに駄目出しも貰うわね・・・いいわ、ちょっと付き合いなさい。」
「え?」
「自然な営業スマイル、出来るようにする練習よ。」
練習とは轟を謀るための欺瞞だった。
(これで別人と思ってる所に、最後に実は疾風のサキでした~とかやったらコイツどんな顔するかな、はははっ)
サキはそう思いながらニヤニヤしていた。
実際サキはほぼ轟を連れ回し、普通に参拝しているだけだった。賽銭を投げ願い事をし、破魔矢を買い・・・
そんな中、サキは轟に対して姉御言葉を使わず素のしゃべり方で接する新鮮さを楽しんでいた。
「すまんが、これで練習になってるとはどうも・・・」
「いいから。考えないで一緒に行動してて。さ、おみくじ引きましょう。」
「ああ。」
サキは巫女がおみくじを売っているのを指差して言う。
「ほら、あれが営業スマイルの見本よ・・・げっ!」
「どうぞ。お一人100円で・・・・あ、轟君。」
サキは巫女の顔に見覚えがあった。そう、巫女をやっているのは操だった。
「おう、おめでとう。お前もバイトか?」
「おめでとう、轟君。そうよ~。可愛いでしょ巫女さん。お前も、って轟君のはバイト?どう見てもデートじゃない。まったく隅に置けな・・・」
操はそう言いかけて顔を背けているサキに目をやる。
「あーーーーむぐっ」
彼女はそう叫びかけた所で瞬間移動とも錯覚するスピードで接近したサキにその口を塞がれた。
(しっ、轟は気付いてないんだから、台無しにするんじゃないよ!)
凄みを効かせた小声で囁くサキ。コクコクと頷く操。それを確認したサキはゆっくりとその手を離した。
「ぷは。あははは・・・それではくじをどうぞ。・・・えーとイの十番とホの三番ですね。お待ち下さい。」
「さっきのなんだったんだ?巫女さんと。」
顔を逸らしたままのサキに轟が訊ねる。
「なんでもない。なんでもないから気にしないで。」
「そうか。まあいいが。」
やがて操がおみくじを手にして戻って来た。
「お待たせしましたー。こちらが轟君。こちらがサ・・・そちらのお姉さんですね。」
「どうも。じゃ行きましょ。」
サキはその場から逃げるように歩き出した。
「お、おう。じゃ、操。バイトがんばれよ。」
「まかせといて!」
操はそう言って両拳を握るポーズを見せる。そして二人がある程度遠ざかったところで呟いた。
「はあ、びっくりした。サキさん凄く綺麗・・・」
そしておみくじ売り場のすぐ近くの木――おみくじがたくさん結び付けてある――の下へやって来た二人はおみくじを開けてみた。
「中吉・・・普通で面白くないな。あなたは?」
「・・・・・・・・」
轟はじっとおみくじを見ている。
「どうしたのよ?」
サキは轟の横に回りこみ、覗き込んだ。
大 凶
そこにはその二文字が見えた。
「・・・・・・・・・プッ。うふふ。あはは。」
「笑うなよ・・・」
「ごめんなさい。でもいまどき大凶まで用意してる神社って・・・あはは。」
コロコロと笑うサキ。だがその様子を見て、轟の心は和んでいた。
「確かに舎弟の言った通りだ。」
「え?何?」
笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながらサキが聞く。
「綺麗だな、って。」
「ばっ・・・何言ってるのよ・・・」
顔を赤くしながらうつむくサキ。だがふと気付く。轟の笑顔に。
「それよ。その顔よ。」
顔を上げて轟の顔を直視する。優しい笑顔だった。その途端サキの心臓はドクン、と音を立てた。
(え・・・何これ・・・)
「この顔・・・ったって、自分じゃ見れないからなあ。」
サキはそれ以上轟の顔を直視できず、横を向いたまま言う。
「今の気持ちを思い出せば自然とその顔になるわよ。大丈夫。」
「そうか・・・ありがとう。」
「さ、おみくじ結んじゃいましょ。」
二人で木のなるべく高い所におみくじを結ぶと、
「おにいさん、ちょっと楽しかったわよ。それじゃアタ・・・私この後用があるから。じゃあね。」
サキはそう言うと、木の枝をくぐり人ごみの方へ向かおうとする。と、頭のかんざしが枝に引っ掛かり、何の抵抗も無くするりと抜けて
そのまま枝にぶら下がった。
「お、おい、あんたこれ。」
轟はかんざしを取り、サキに呼びかけるが、サキはそのまま小走りで人ごみの中へ消えてしまった。
「参ったな・・・どうするよこれ。あ・・・そう言えば、まだ名前も聞いてなかったな。」
サキはドッキリの落ちを放棄、結局轟は最後まで気付けなかった。
「さて、露店に帰るか・・・うおっ!」
轟は何故か胸を押さえてうずくまった。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
彼は先ほどのサキと同じ現象に襲われていたのだった。
場面は変わり、人ごみの中を早足で歩くサキ。
「な、なによこのドキドキは。アタイどうしちゃったのよ。」
さっきの轟の笑顔を思い出すたびに鼓動が早くなるのが分かる。
(・・・さては惚れちゃった?サキちゃん?)
サキは足を止め、右手に持ったりんご飴に目を落とし、そして顔を上げる。
(そうだね。せめて自分には素直になろう・・・アタイはあいつが好き!)
それがサキの初恋と言ってもいい、初めて芽生えた感情だった。
その晩、人もまばらになった境内に、晴れ着から着替えた普段着のサキが再び来ていた。
ちゃりーん、からんからん。賽銭を投げ込み鈴を鳴らす。
(神様、昼のお願いは取り消します。今年はあいつ・・・轟金剛と・・・なんていうんだろ、結ばれる?いや、それはちょっと露骨だしえーと、そう!両想いになれますように!)
一人初詣のやり直しをするサキだった。
冬休み明け某日。湖畔ボート乗り場。
サキは休みが明けてから初めて轟を探しに来た。轟の事が好きだと自覚してからは中々足が向かなかったサキだが、
それでもなんとか勇気を出して湖畔までやって来た。
「今日はいるかな・・・いなけりゃいないでいいけど、いや、でもやっぱり会いたいし・・・」
恋する乙女の微妙な心情であろうか。そしてボート乗り場が視界に入る。
「あ、いた・・・」
彼女はしかし、あっさりと轟を見付けた。轟はいつものようにボートで昼寝、そして乗り場には舎弟がいる。
だが何か様子がおかしい事をサキは感じた。しかしそんな違和感を感じつつもいつものように呼びかける。
「おい!轟!今年初めての勝負受けてもらうよ!」
「ん・・・ああ、疾風の・・・あけましておめでとう。」
軽くコケるサキ。思わずひそひそ声で側にいる舎弟に訊ねる。
(お、おい、どうしちまったんだ?いつもの覇気が全然無いぞ?)
(・・・恋煩いだそうっス。)
舎弟も小声で答える。
(こ、恋煩いいいいいいいい!?)
(はいっス。自分ら正月に神社で露店のバイトしたんスけど、その時に来たお客さんに一目惚れ、みたいな事になってるらしいっス。)
(その、その客って・・・)
彼女は恐る恐る訊いてみる。まさかと思った。だがその客には心当たりがあり過ぎた。
(自分も見たんスけど、金髪の日本髪で晴れ着着た、綺麗な人だったっスよ。)
「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
間違い無い、自分の事だ。そう確信したサキは思わず大声を上げた。
「うわあっ!どうしましたスか?サキさん?」
「い、いや・・・なんでもない・・・」
「よし!」
轟がいきなり声を出す。
「?」
「ひとまず会えない人の事は忘れる!グダグダしててもしょうがないからな!疾風の!今行くぞ!」
と言いながらボートの上に立ち上がる轟。が、
「あ、あ、あああああ」
バランスを崩し、派手な水しぶきを上げてボートから落ちてしまった。
「・・・どうやら強がりっスね。あれ?サキさん?」
「・・・今日はもういい・・・」
サキはのろのろとその場から歩いて行った。
その夜。サキの部屋。
「そんなぁ、そんなぁ・・・・そんなぁ~~~~~~~~~!」
近所に聞こえそうな大声で狼狽するサキ。
「なーにをやってるのかしらねえあの子は・・・まあ悩め、若者。」
階下で呆れる母親。
「ちょっと神様!意地悪な願いの叶え方しないでよ!確かに両想いだけど、あいつが一目惚れしたのはアタイだけどアタイじゃなくて・・・そんなの残酷じゃないのよお~~~!もう、こんな事なら変な事考えるんじゃなかった~!」
その晩、夜半までサキの狼狽は続いた・・・
「そんなぁ~~~~~~~~~!」
つづく
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