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押忍!番長より ~ サキと轟 第四話

136さん

第四話

2016-04-20 00:46:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:821   閲覧ユーザー数:821

第四話 聖夜と傷

 

12月24日。

言わずと知れたクリスマスイブ。

日本では、カップル達があんな事やこんな事をする日、というキリストの聖誕祭

である本来の意味を考えればなんとも不謹慎な日になってしまっているのだが、

「サキ、今夜のご予定は?」

今日は2学期最終日でもある。終業式を終えた後の教室で一人の女生徒がサキに話しかけた。彼女はサキのスケバングループでNo.2の立場にいる瑠璃という女生徒である。スケバンと言っても彼女の出で立ちは金髪ツインテールに制服のスカートは極端に短く、どちらかと言うとサキとは真反対の今時のギャル風であった。

「クリスマスかい?・・・?フン、そんなもんアタイにゃ関係ないね・・・」

「あらま、まだあの事引き摺ってんだ。いい加減忘れていい男見つけた方が・・・」

「うるさいよ!」

あの事、夏から秋にかけて、少なからずショックな出来事(第零話参照)を体験したサキに

とっては関係無いどころか、憂鬱でしかない日だった。

「おー、怖い。じゃ、私は待ち合わせあるから。」

「待ち合わせ・・・ってアンタ、今彼氏いないんじゃなかった?」

「いないわよ。今夜限定。合コンみたいなもん?」

「またアンタはそんな・・・」

「はいはい、人の事はいいから、サキも誰か誘ったら?今からでも遅くは無いわよ?」

「いいって言ってるだろ!ほら待ち合わせあるんだろ?さっさと行きな!」

サキは、基本的に自宅や学校内、それと瑠璃に対しては地の女の子言葉で話すのだが、機嫌が悪かったりするとこのように姉御口調が顔を出す。

「へーい。それじゃメリクリー。」

瑠璃はそう言って教室を出て行った。

「ふん、なにさ・・・男なんか当分いらないって決めたんだから・・・」

そう呟いた時、何故か彼女の脳裏に轟の顔が浮かんだ。

「って、なんでアイツの事思い出さなきゃいけないのよ!」

サキはそう言いつつも、

「・・・轟高も今日で終わりのはずよね・・・今年最後の勝負、しに行こうかな。」

思った事を口に出してみる。

「いや、だから日が悪いって!クリスマスなんだから、変な勘違いされてもまずいし!」

その独り言に、クラスメイトが興味本位で耳を傾けているのにサキは気付かなかった。

「いや、そうよ!これは真紀ちゃんとの約束を守るって事なんだから、何を気にする事があるのよ!よし、そうと決まったらアイツ探さないと!」

そしてサキも教室を後にした。その様子を見ていたクラスメイトの目には、恋する乙女がいそいそと出掛けて行くような、そんな風にしか見えなかったという。

 

そして約一時間後。

湖畔と河川敷を探したが轟を見付ける事ができなかったサキは、轟高校までやって来た。

「・・・いつもの場所にいなかったって事は・・・やっぱりアイツも今夜は誰かと?」

そんな考えがふと頭をよぎったサキは、急にさっきまでのモチベーションがしぼんだ。

「そうよね、そりゃクリスマスだもん不思議は・・・無いけど、アイツとクリスマスってのも、かなり不似合いな気が・・・」

サキは想像してみた。クリスマスのイルミネーションで飾られた町並みを、彼女を連れて

歩く轟の姿を。轟はいつものガクラン姿、隣には・・・操がいた。

「却下。違和感が酷いわ・・・でも、やっぱりあの娘と一緒なのかな、今日は。」

「サキちゃん。」

校門前でウダウダ考えているサキ。その背後から声が掛かった。彼女の事を「サキちゃん」などと呼べる人物は一人しかいない。外出から戻ったマチコがそこにいた。

「あ、先生・・・」

「今日はなに?やっぱり轟君?」

「ええ、そうなんですが・・・アイツ、いますかね?」

「まだいるはずだけど・・・今日はどうかしらね?」

「あ・・・やっぱり。じゃあ、今日は遠慮しときます。」

「あ、あらあら、そういう事じゃないのよ。そうね、体育館に行ってみなさい。」

「体育館?」

「そう。行ってみればどういう事か判ると思うから。」

そう言ってマチコはウインクしてみせる。サキは意味も判らず、促されるまま体育館に向かった。

 

2学期最終日の、終業式の後片付けも済み、誰もいない体育館。サキはその片隅に人影を見付けた。轟だった。何やら声が聞こえて来る。

「プレゼントよーし!衣装よーし!」

「何やってんだ・・・?」

怪訝そうに近付いて行くサキ。轟の周りには、何か白い袋に入った荷物が二つ三つ置かれている。近付いて来るサキに轟も気付いた。

「よお、疾風の!」

「あ、ああ・・・何やってんだいアンタ。」

「ああ、済まんな。今日は勝負は勘弁してくれるか?大事な用があるんだ。」

(って、やっぱり駄目なんじゃない。)

サキはそう思いつつ足下の荷物に目をやる。不思議そうにしているサキに轟が告げる。

「ああ、これか?俺、今日はサンタになるんだ。」

「サンタぁ~?」

思わず間抜けな声で返答するサキ。

「ああ、サンタだ。実はな、轟高校には小等部と中等部がある。それに付随して学童保育所があるんだが、俺はここ数年、そこで開催されるクリスマスパーティーでサンタ役をやってるんだ。」

「アンタがサンタ・・・」

「・・・駄洒落か?今の?」

「違うよ!」

「そうか・・・そうだ、お前も付き合わんか?」

「ちょっと、またアンタはすぐそうやって人を・・・だいたい真紀ちゃんの時だって・・・!」

「・・・・・・・・・・・」

サキはしまった、と思った。真紀がこの世を去ってからまだほんの数週間。話に出すのは早すぎる。

「・・・・・・・・・・・」

轟の顔は明らかに曇っていた。

「・・・・・悪かった。」

「き、気にするな。それに気遣わせてると思うと心苦しい。禁句だとは思わないでくれ。」

明らかに強がっている、とサキは思った。そしてこの後、真紀についての事はサキにとってタブーとなった。

「で、だ。本当は操も来る予定だったんだが、風邪引いたらしくて来られないんだ。その代役という事でひとつ。な?」

「・・・分かった。アタイは何をすればいい?」

さっきまでの、クリスマスなんてと思っていたサキなら馬鹿馬鹿しい、と取り合いはしなかっただろうが、彼女は真紀の話を出してしまった負い目から引き受ける事にした。操の代役という事に、ちょっとカチンとは来たが。

「そうだな、じゃあこれに着替えて来てくれ。」

轟はそう言って袋の一つをサキに渡す。受け取ったサキは、何かデジャブを感じながら自然に更衣室へ・・・

入った所でデジャブの正体に気付いた。

「これって初めてアイツと会った時と同じじゃない・・・」

サキは嫌な予感がした。袋を開け、渡された着替えを見てみる。

「って、なんだよ、これ・・・」

それは、クリスマスのコスプレのお約束、ミニスカサンタドレスだった。しかもスカートは異常に短い。

「おい!なんだよこのカッコは・・・!」

サキは叫びながら更衣室を出た。律儀にもちゃんと着替えを済ませて。そして、不覚にも完全に初対面時の出来事を再現してしまった事に、彼女は心の中で苦笑いした。

「ああ、済まんな。それは操の趣味だ。」

そこには既にサンタのコスチュームを着た轟が待っていた。その姿―――――いつものガクラン上下をサンタスーツに、学帽を例の帽子に変えた轟を想像して欲しい。もちろん上半身は裸にスーツ、前は大解放。―――――を見たサキは思わず呆れた。

「に、似合わない・・・なんだい、その着こなしは。せめて前ぐらい留めなよ・・・」

「俺なりのポリシーだからな。まあいい、行くぞ。」

「行くぞ、ってこの格好でかい?」

「ああ。」

「その学童保育ってどこにあるんだい?」

「そう遠くはない。そうだな、歩いて十分も掛からん。」

「って事はこの格好で外を歩くんだよな?」

「そうだが。」

「現地に行ってから着替えるって選択肢は無かったのか?」

「あ。」

「やれやれ・・・あれ?これは?」

サキがそう言って手に取ったのは、トナカイのコスチュームだった。

「ああ、それは余りだ。セットで借りてるが必要が無いんでな。」

「そうかい・・・なんか勿体無いね・・・」

その時、サキに一つのアイデアが閃いた。

「アンタ、舎弟がいたよね?」

 

しばらくの後。

「って、なんスか。この格好は・・・」

轟とサキの前にはトナカイのコスチュームを着た舎弟が立っていた。

「確かお前スクーター乗ってたよな?で、これを引っ張れば・・・」

「これ」とはリヤカーだった。いつの間にやら倉庫から拝借して来たらしい。

「どうせ着替えちまったんだ。やるなら本腰入れるよ。」

「おお、これは確かにソリっぽいな。」

サキは知らぬ間にやる気を出していた。

「はあ・・・いきなり呼び出すから何かと思えば・・・」

「まあそう言わず付き合え。こういう時は人数が多い方がいい。」

そして一同を乗せた「ソリ」は学童保育へ向けて出発した。

 

「じんぐっべー!じんぐっべー!」

舎弟はやけくそになっていた。ただでさえ目立つコスプレに加え、スクーターでリヤカーを引くという行為、あまつさえそのリヤカーにはつがいのサンタが乗っているという状況。やけになるなと言う方が無理がある。更にはこのトナカイのコスチューム、着ぐるみと言うよりは全身タイツに近い。昼間とはいえこの寒空の下―――――ちなみに曇天。いつ雪が降ってもおかしくないような気温―――――スクーターを走らせるというのは防寒面でかなり厳しい。歌でも歌ってないと気力が持たないのだ。そう長くはない道のりだけが、彼にとって唯一の救いだった。寒さで言えば、「後席」のサキも同じなのだが、彼女はちゃっかりとコートを着込んでいた。轟は、いつもの格好とさして変わらないので涼しい(?)顔をしている。

「びえーっくしょいぇこんちくしょう!ズズッ着いたっスよ!」

舎弟はくしゃみと同時にブレーキを掛け、学童保育所の前にソリを止めた。

「悪いな、舎弟。よし、行こうか。」

一行はソリから降り、荷物を持って門の前に立った。しかしよく考えてみればえらい3ショットである。

目つきの悪いトナカイに、ガタイの良過ぎるサンタとスカートが短過ぎる金髪ロングの女サンタ。まるでクリスマス時期のチラシ配りのバイトか何かである。しかもいかがわしい店の。そしてその姿を見つけた児童の一人がが遊びを放り出して駆け寄って来る。

「轟サンタだ!轟サンタが来たぞ!」

その声に反応して、保育所内の子供達が一斉に飛び出して来た。そして轟の足元に群がる。

「へえ・・・結構人気あるじゃ・・・」

そう言いながら轟の横顔を見上げるサキ。優しい笑顔を注ぐその表情は初めて見る物だった。その表情を見たサキの心臓が軽く暴れる。

(ちょっ・・・なに轟なんかにときめいてるのよ、この馬鹿心臓は!)

しかしサキが感じたのはそれだけではなかった。

(でもなんだろう・・・なーんか、引っ掛かるな。)

微笑みの中に、何か影のようなものを感じたサキだったが、この時点でそれ以上は考える事は無かった。

 

建屋の中の広間。

「よーし、良い子のみんな!いい子にしてたか!?」

「いい子にしてたから良い子っていうんだろ?良い子って呼んだ時点でもう決まってるじゃん!」

「あっ、かわいくねー・・・まあいい、良い子にはプレゼントだ!お前ら、一列に並べ!」

「いや、配り役は三人なんだから三列では・・・」

「アンタ突っ込まれっ放しだね・・・」

「・・・そう、三列。三列に並べ!」

そしてプレゼント配りが始まった。

サキは改めて室内を見回してみた。保育所の学童は、やはり低学年が多かった。全部で三十人ほどいるだろうか。

その内十人程が中高学年、もしくは中学生だった。中学生は女の子が一人。制服を着ていたのでそれはすぐに解った。

「えーと男の子は青いリボンで女の子はピンクだったね・・・はい、メリークリスマス。」

男の子にプレゼントを渡すサキ。その子供に優しく接する態度を見た舎弟は、少なからず驚きを感じていた。

(番長、サキさんて、あんな顔する事もあるんスね・・・悪いけど意外っスよ・・・)

小声で轟に話し掛ける舎弟。

(そうか?俺は意外でもなんでも無いがな。)

(実は子供好きなんスかね・・・ちょっと見る目が変わったかも知れないっすスよ。)

轟は真紀と接するサキを知っていたので彼にとっては当然だった。そしてそんな会話の流れから二人がサキの方を見ていた時、それは起こった。最初にプレゼントをもらった男の子がサキの後ろに回り込み、

「あ、まずい・・・」

轟がそう言うよりも早く、彼女のスカートを思いっきりめくり上げたのだ。一瞬空気が固まる。

「い、いやあああああああああああああ~~~~~!!!!!」

サキは思いっきり女の子の悲鳴を上げ、スカートの裾を掴んででその場にぺたんと座り込んだ。そしてばっ、と轟と舎弟の方を振り返る。二人が自分の方を見ている事を見たサキは顔をひきつらせ、

「みみ、見た!?見た!?」

狼狽しつつ訊ねた。

「もろ見えだったっスね・・・」

「ああ・・・」

「白だったっスね・・・」

「ああ・・・」

まるっきりデリカシーの無い返答をする二人。

「へへーん!もうプレゼントもらったから悪い子になったっていいんだもーん!!」

加害者は嬉しそうに囃し立てている。

(見られた・・・轟に・・・轟に見られた・・・)

その時、プツンという音を、その場にいた者全員が聞いたような気がした。

「んなぁにしやがる!このクソガキャあ!」

「あ、キレた。」

豹変したサキに、子供は慌てて逃げ出した。一転、追い駆けっこが始まる。

「・・・さっきの台詞、撤回しとくっス・・・」

「まちやがれコラァ!」

「やーだよー!」

「あいつはそういう悪戯者だって、注意しとこうと思ってたんだが忘れてた・・・済まんな。」

轟は苦笑しつつそうサキに詫びるが、この状況で彼女の耳に入るはずも無かった。

 

やがてクソガキはサキに捕らえられ、頭を一発はたかれて解放された。彼女もキレたとは言っても、

子供相手に本気で殴ったりするほど子供ではない。そして騒ぎも収まりプレゼントも行き渡り、今は轟と舎弟が子供達と遊んでいた。轟はプロレスごっこ、舎弟は見た目の通りトナカイになり、背中に子供を乗せていた。そんな様子を、壁を背にしてスカートめくりに警戒しながら見ていたサキに、唯一の中学生の、あの女の子が話し掛けて来た。

「ちょっといいですか?」

「ん?ああ、なんだい。」

「違ったら悪いんですけど、ひょっとしてあなたがサキさんですか?」

「そうだけど・・・なんでアタイの名前を!?」

「やっぱり・・・!あ、私典子っていいます。・・・真紀とは仲良くしてたんですよ。」

真紀の名前が出て来た事にサキは驚いた。

「え!ちょっと真紀ちゃんって・・・あの?」

「その真紀でいいと思います。・・・轟さんから聞きました。真紀に良くしてくれたって。」

「良くなんか・・・ちぇっ、あのおしゃべりめ・・・」

典子はばつが悪そうに毒づくサキに微笑を返しながら続けた。

「あの子も、病気になるまではこの学童保育にいたんですよ。」

「あ、それで轟と・・・って言うか、アイツ・・・轟って、ここによく来てたのかい?」

「ええ、こういうクリスマスとか、何かある時はもちろん、折を見てはボランティアで私たちの面倒をよく見てくれてるんです。」

「だろうね。でなけりゃ子供があんなに懐いてる訳ないもんな。」

「ええ、真紀についてはお隣っていうのも大きかったとは思いますけどね。ここではあの子が一番轟さんに懐いてました。」

「そりゃ、お嫁さんになりたかったって言ってたぐらいだからね・・・」

サキは自分で言った台詞に胸を締め付けられた。

「・・・そうなんですか・・・本当に仲が良くて、本当の兄妹みたいでしたからね。」

「うん・・・それで?」

「あの子が亡くなってからなんです。轟さん、なんか元気が無いって言うか、表面上は明るく振舞ってるんですけど、どうも無理してるような気がするんです。」

ピンと来た。さっき真紀の名前を出してしまった時の強がり。そして駆け寄ってきた子供達に向ける笑顔の中の影。あれは子供達の中に真紀がいない事で、彼女が死んだ事を嫌でも思い知らされるからではないか。サキはそう思った。

「そうやって無理してると思うと、痛々しくて・・・辛いんです。」

「そうだね・・・」

「忘れるなんて事は無理なのは分かります。でも・・・」

典子はそう言って言葉を詰まらせる。その様子を見たサキは割り込んだ。

「待った!今泣きそうになったのは轟のためだね?」

「・・・よく判らないです・・・」

「いや、そうだよ!全く、女の子泣かせるなんざとんでもない奴だよ!よし、アタイが後で説教しといてやるからさ!」

「いえ、そんな・・・」

「いいから、まかしときな!」

サキはそう言って、典子にウインクして見せた。

 

そして子供達もちらほらと帰って行き、パーティーはお開きとなった。

「それじゃ、俺達も帰るか・・・お?」

そう言いながら昇降口から出て、空を見上げた轟は、白い物が舞っているのに気が付いた。

「雪?」

「ホワイトクリスマスっスね・・・って冗談じゃない!」

そう言うと舎弟は慌ててソリへ駆け寄った。

「積もったりしたら、自分帰れなくなるっスよ!」

舎弟はソリに駆け寄ると、てきぱきとリヤカーを切り離し、エンジンを掛け、

「それじゃ、自分はこれで!」

そう言い残しスクーターを発進させ・・・る前に余計な一言を残した。

「今年のクリスマスは忘れられそうにないっスね。なんたってサキさんのパ・・・」

ガシッ

サキの拳が飛んだ。

「忘れて。」

ゴキ

「忘れるわよね。」

ボク

「忘れなさいよ。」

「ば、番長、暴力っスよ!」

「まあ、これは仕方ないだろう。自業自得だしな。」

堪らず助けを求める舎弟だが、轟はそう言って突き放した。

「忘れてね。」

パキ

笑顔で女の子言葉を発しつつ舎弟を殴るサキ。普通に凄まれるより数倍の恐怖を感じた舎弟は

「さいならあああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

逃げ出すようにスクーターを発進させた。庭にはリヤカーが寂しく残された。

「まったく・・・で、このリヤカーどうする?やっぱり学校まで・・・」

そのサキの台詞を遮るかのように轟が言葉を発する。

「俺は忘れない。」

「なっ!・・・アンタまで!」

「真紀の事だ。」

「え・・・」

「さっき典子と話ししてたろ。内容は想像付く。でも俺は絶対に忘れたりしない。」

サキは意外と目ざとい轟に少し驚いたが、反面安堵した。

「そうかい・・・丁度いいよ、アンタからこの話に入ってくれるとは思わなかったからね。」

自分で真紀の名前はタブーと決めた手前、どうやって「説教」を切り出そうかと考えを巡らせていたのだ。

「この話?真紀のか。」

「ああ・・・とりあえずな、強がるんじゃないよ!」

「お、俺は強がってなんか・・・」

「いーや、強がってる。アタイにも解る位だし、あの子、典子って子も敏感に感じ取ってるよ。」

「・・・・・」

「悲しむなとは言わない、忘れろとも言わない。でもな、周りに気付かせちゃ駄目だろ?」

「そんな事言ってもな・・・どうすればいいんだよ。俺は、自分ではいつも通りのつもりなんだぞ?」

「つもり、だからじゃないのか・・・?滲み出てるんだよ。正直な気持ちが。変な所まで馬鹿正直な奴だからね・・・」

「つもり、じゃなければいいって事か?でもどうすればいいのか俺には判らない・・・」

「フン、そのぐらい自分で考えな。まあ、どこかでケジメ付ける事だね。はい、説教終わり。アタイは帰るよ。」

「お、おい、送っていくぞ。」

「アンタは学校にリヤカー返しに行きな!アタイはこのまま帰るから。」

サキはそれだけ言うと、轟に背を向けて歩き出した。

「・・・・・・・・」

轟はその背中を無言で見送るしかなかった。

「どこかでケジメ、か・・・まあ、ひとまず学校へ・・・」

そう言いながらリヤカーの中を見た轟は、

「これは・・・」

そこにあってはいけない物―――サキのセーラー服―――を見つけてしまった。

 

その夜、轟は夢を見た。

幸せそうな親子連れ、両親と女の子が楽しそうに散歩している夢だった。最初は第三者の視点だったが、いつの間にか父親の視点になって娘を見下ろしている視界に切り替わった。自分の左手を握り締める小さな右手、その持ち主は真紀だった。満面の笑顔を轟に向けている。轟はその展開に驚くでもなく、当たり前の事として受け止めていた。そして真紀の左手が握り締めるその手、視点を上げていくとロングの金髪が目に入り―――

 

ピピピピピピピ

 

目覚ましが鳴っている。轟は片目だけ開けて現実を確認する。直後、やおら起き上がり壁に掛けてある長ランに歩み寄ると、内ポケットに手を差し込んだ。そこから取り出したのは真紀の紙力士―――あれから肌身離さず持ち歩いている―――だった。轟はそれを、机の引き出しから探し出した茶封筒に収め、再び机の引き出しの、最下段の一番奥にしまい込んだ。

「忘れる訳じゃない。だが今はひとまずさよならだ。心の奥底にな。分かってくれるよな、真紀。」

そう言いながら、轟は引き出しをゆっくり押し込んだ。

 

その日の午後、今日から冬休みなのだが、轟はいつものように河川敷で昼寝をしていた。うっすら程度に積もっていた昨夜の雪がまだ日陰に残っていたが、轟には気になる物ではない。気になるレベルだったとしても、今日はサキを待たねばならない。そして、案の定彼女は紙袋を片手にして現われた。ばつの悪そうな、あるいは照れ臭そうな顔で。

「おい、轟・・・」

「ん?なんだ?今日は私服か?そりゃそうだな、冬休みだからな。」

「意地の悪い事言うんじゃないよ!」

「ははは、悪かった。ほら。」

轟はそう言って、立ち上がりながらセーラー服が入った紙袋を差し出す。サキは持って来たサンタドレスの入った紙袋と引き換えにそれを受け取ると、

「たく・・・からかうんじゃないよ・・・ん?」

そう言いながらふと轟の顔を見る。

「目が違うね。うん、いい表情(かお)だ。合格だよ。」

「ああ、今朝、俺なりにケジメが付けられた。・・・済まなかったな心配させて。」

「心配なんか!・・・するもんかい。アタイは典子ちゃんの事を思って説教しただけさ。それに空元気のアンタと勝負したって面白くもなんとも無いからね、それだけの事さ。」

「ああ、そういう事にしとこう。」

轟はクスっと笑いながらそう言った。

「そういう事って、違うって言ってんだろ!」

 

そして轟は彼女のお陰で心の傷が癒えていくのを感じていた。

 

つづく


 
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