第七話 写真と湯当たり
1月某日、サキの許に一通の封書が届いた。
「ん、なにこれ。差出人は・・・・轟!・・・・高校?紛らわしい。一瞬あいつかと・・・」
サキは一瞬のときめきを返せなどと思いながら開封してみた。
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寒さ厳しき折、益々御健勝の事と思われます。
中略
この度、近隣番長親睦会として、1泊2日の温泉旅行を企画いたしました。
ツアー中はいつもと違った勝負でお楽しみ頂きたいと存じます。
つきましては振るってのご参加をお待ちしております。
尚、成績優秀者一名には賞品も用意しております。
連絡は以下へ。
後略
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「は?近隣番長親睦会?なんだそりゃ・・・近隣って事はつまり、アイツだろ、それからチャッピーにノリオ、それにアタイって事?ふん、ばかばかしい。アタイは奴らとつるんで仲良しごっこなんかやるつもりは無いよ!」
サキはそう言って案内を放り投げる。
「どうせならあいつと二人っきりで・・・」
自分で言い掛けて恥ずかしくなったのか口ごもるサキ。だが、そこである事に気付く。
「二人っきり・・・じゃないにしても!まさか・・・・!」
慌てて案内書を引っ掴み、文面を確認する。
「あー、やっぱりいー!あの娘も参加するんじゃん!やばい、やばいよー。この旅行を機に更に親密に!なんて事になったら・・・ヤダヤダヤダ!・・・これは参加しないと!」
旅行当日の朝。案内を受け取った全員がきっちりと集合した。その面々の前で操が挨拶を始めた。
「えー、本日は皆様、賑々しくご参加頂き真にありがとうございます。私、今回ツアコン並びに進行役を務めさせて頂きます、青山操と申します。と言っても既に皆さんご存知かとは思いますが☆ともあれよろしくお願いしまーす。」
「・・・お前、そんなキャラだったか?」
筆者がこの話で固めたキャラ設定である。
「はい、不粋な質問は無視しますー。では本日のスタッフを紹介致します。引率兼マイクロバス運転手に伊集院薫先生!」
「鬼のしごきも愛の鞭~♪」
突然歌い出したこの男の名は伊集院薫。轟高校の教師であり、轟金剛の師匠的立場の男である。口髭と、頭頂部にのみ髪の毛が生えた独特のヘアスタイルが特徴だが、それはヅラである。
「はいはい、カラオケは現地でどうぞ。続きましては保健担当桜井マチコ先生!」
「いやーん、まいっちんぐ☆」
「だからみんなキャラが・・・」
操は轟の言葉を更に無視して紹介を続ける。
「ついでにパシリ担当、舎弟君!」
「んーっんーっ」
見れば舎弟はノリオにボンタン狩りされている。
「はいそこ、反射的にボンタン狩りしないように。」
「ウヒョ。」
(なんだ、別にそんなに色っぽい雰囲気になりそうな感じじゃないな・・・いやいや、油断は禁物。)
サキはその様子を見ながら状況の分析に余念が無かった。
「シツモンデース。」
「はいどうぞ、煉獄のチャッピーさん。」
今操に声を掛けた、白ランにアフロヘア、それもV字と言うかハート型と言うか、ともかく個性的な髪型で、俗にキャッツアイと呼ばれるサングラスを掛けたこの男の名はチャッピー。黒人。アメリカンスクールで何故か習慣が無いはずの番を張る。通り名は煉獄のチャッピー。
「ショウヒンッテ、ナンデショー?」
「それは秘密という事で。参加者各々向けの品物を用意しておりますが、ゲット出来るのは一名のみ。敗者は賞品がなんだったのか知る事すらできませーん。」
「ワカリマシター。」
「それでは皆さん、準備はよろしいですか?では温泉に向けてしゅっぱーつ!」
「はーい」
一同は小学生かと言いたくなるような返事をしてバスに乗り込む。
(ブツブツ・・・接近を阻止というよりむしろアタイが接近・・・ブツブツ)
そんな中、サキは脳内シミュレーションをしながら小声で独り言を漏らしていた。
そしてマイクロバスで出発して2時間ほど。目的地の温泉旅館に到着。部屋に通され一息つく一同。
「んー、着いたか。よし、早速ひとっ風呂・・・」
「はいストーップ。ここで本日の勝負第一ラウンド!温泉卓球ー!ワーパチパチパチ」
風呂に向かおうとした轟を制して操が言う。
「な?着くなりか?しかも卓球って、いつもと同じじゃねえか。」
「ちっちっちっ。今日ここでやって頂くのは世間一般で言う所の卓球。力任せの轟流ではありませーん。KOは無いので一発逆転無し、テクニックが要求されまーす。」
「オヘヒョヒョクヒャンヒョウヒャニャ!」
ノリオが喚く。
「へ?」
当然と言うか、思わず間抜けな声を上げたサキはもちろん、誰も何を言ったのか理解できなかった。
「オレノドクダンジョウダナ、トイッテマース。」
この男、チャッピーを除き。
「お前、外人のくせに俺らにも聞き取れない奴の日本語を・・・」
轟は目を丸くしてチャッピーを見た。そう、ノリオは前歯が何本か欠けていて、言葉の発音が明瞭ではなかった。いや、既にそんなレベルすらも凌駕して、喚き声にしか聞こえないのであるが。
「イミハワカリマセーン。」
「解らなくていいから。通訳決まりな。」
「アリエナーイ。」
チャッピーはそのサキの言葉に、両掌を上に向け、肩をすくめるいかにも外人なポーズを見せた。
そして一行はそのままぞろぞろと旅館内の卓球場へ向かった。
「では勝負のルールを。普通の卓球で勝敗を決め、トップには1ポイント、最下位には罰ゲームが与えられます。これ以降も複数の勝負をこなし、最終的にポイントの最も多い人が勝者となります。順位付けは逆トーナメント方式。勝者ではなく敗者を決めます。4人なので敗者が決勝、いえ、最下位決定戦に進み、最下位が決まります。勝者の二人は・・・ジャンケンでもして首位決めて下さい。」
「なんだ?なんで決勝がジャンケンなんだよ!」
操のルール説明に轟が疑問の声を上げた。
「いい質問です。それは勝者の1ポイントより敗者の罰ゲームの方が盛り上がるからですね。」
「悪趣味な・・・・」
轟はやれやれ、という風に首を振るとそこにあったピンポン玉を何気なく手に取った。
(ヤバい・・・軽すぎる。)
彼は、初めて轟流の卓球を経験した時のサキと同じく球の重さにーーー全く逆のベクトルでーーー違和感を感じていた。
そして、敗者決定戦に進んでしまったのは轟とサキ。サキは、卓球を得意とするノリオが相手で勝てる訳も無く普通に負けたが、轟に至っては、いつもの癖でチャッピー相手についボディーばかり狙ってしまい自滅。ジャンケンの勝者は本来卓球を苦手とするチャッピーだった。
「フォンヒャヒョヒャヒュウヒョイヒヒャニャイ!」
「コンナノタッキュウノイミガナーイトイッテマース。」
「では最下位決定戦、開始~!」
操の合図で試合は開始された。二人は卓球台を挟んで対峙する。
「疾風の、悪く思うな。勝たせてもらう!」
「その言葉、そっくりお返しするよ!」
・
・
・
「なんで、なんでテーブル上に入らないんだーーーー!」
結局、力の加減が出来なかった轟はまたも自滅。最下位が決定した。
「ふう。最下位だけは免れたか・・・で、罰ゲームってなんなのさ?」
「特訓開始~~~~~!!」
「な!こんな所まで来て特訓ですか!」
薫の声に、文句を言いつつ条件反射で指立て伏せを始める轟。
「こんな所だからこそ罰ゲームになるのよ。さて、一位から三位の皆さん、こちらにございますロープをご覧下さい。」
操が指し示したそこにはいつのまにやら天井から例のロープが下がっている。
「さて、今から一人ずつこのロープを引っ張って頂きます。その結果、鉄塊が落ちて来たなら特別に1ポイント獲得となります!では、3位のサキさんからどうぞ!」
「鉄塊って・・・?落ちて来るってどこにさ?」
と言いつつ無造作にロープを引っ張るサキ。そして轟の背中に見事に落ちてくる1t。
「ぐわあああああああ!」
「うわっ・・・・おい、これ大丈夫なのか?」
「大丈夫、だ・・・いつもの事だ。」
轟きはそう言いながら指立て伏せを続ける。
「・・・あんたの馬鹿力の理由が解ったような気がするよ・・・」
「アヒャ」ぐいっ
「ぐわあああああああ!」
「イキマース」ぐいっ
「ぐわあああああああ!」
鉄塊が人の背中に落ちてくる、という危険極まりない場面を見たにも関わらず、この二人に躊躇は無かった。
そして見事16t。サキはその様子に若干引きながら操に訊ねる。
「ところでさ、まさか轟以外が最下位になってもこれやらされるのかい?一般人は死ぬよ、これ・・・」
「ご安心下さい。これは轟君専用罰ゲームです。」
「行くぞおおおおおおおおおおおお!」
間も何も無く薫が叫ぶ。
「はい、それでは次の勝負に参りましょうか!」
「おい待て、ぜえぜえ、休ませろ、はあはあ。」
轟は息も絶え絶えに要求した。
「休みの必要はありませーん。次はゆっくりと温泉に浸かって頂きます。」
「それならそうと・・・待て。なんでそれが勝負なんだ?」
「第2ラウンド~!熱湯温泉我慢比べ~!」
「・・・台が違わないか?それ・・・」
ちなみにこの機種現役当時、麻雀物語という台が稼働していたという。
・
・
・
またしても轟が最下位。事前に特訓で汗を流していたのが敗因だった。首位はチャッピー。我慢したと言うより湯当たりで動かなくなったのに誰も気付かなかっただけだが。因みにサキはスクール水着着用。
そして16t。
「第3ラウンド~!温泉射的~!」
16t。
「第4ラウンド~!」
16t。
「第5」
16t。
「・・・・・・・・・」
「あれ、動かなくなっちゃいましたね。でも大丈夫。最終ラウンドは頭脳勝負!最終ラウンド~!温泉の夜と言ったらこれ!温泉麻雀~!」
「ちょ、ちょっと、アタイ麻雀なんか知らないよ!」
操のタイトルコールにサキは慌てて抗議した。
「おや、未経験でした?では簡単にルールの説明を・・・あーやってこーやってうんたらかんたら・・・」
「ふんふん。」
「んでもってこうなったらこうなって・・・」
「ふむ。」
「まあ、要するに3個が4組、2個が一組の状態になったら上がれるって事。」
「基本的な事は解ったような気がするけど、その役っていうのを覚えなきゃ話にならないんじゃないか?」
「そこはご心配無く。舎弟君をフォローに付けますので。」
「ダツイハアリマスカ?」
「ありません☆」
「ザンネンデース。」
「ウヒ。」
「ではここで麻雀勝負のルールを説明します。東風戦、ダブロンあり割れ目あり、飛びで終了です。なお、得点はこの勝負に限り持ち点がそのままポイントとして加算されます!最下位の轟君にも充分逆転のチャンスがある訳です!それではがんばって下さい!」
因みにここまででチャッピー7点、ノリオ7点、サキ6点、轟0点である。
「?」
麻雀の点数を知らないサキは首を傾げたが、
「ウヒョヒャイヒャヒャヘヒョヒョオフニョヒヒハ!」
「ソレジャイママデノショウブノイミハ?トイッテマース。」
1000点2000点をやり取りする麻雀、ノリオのその抗議はもっともな話だった。
「もうなんでもいい・・・」
疲労困憊の轟を尻目に操はゲームスタートを告げる。
「それでは、闘牌開始い~!」
起家はサキ。下家にチャッピー、対面にノリオ、上家に轟、割れ目サキ。
「えーと、3・3・3・3・2だったよな・・・って事は捨てるのはこれか。」
洗牌するサキの後ろで見ていた舎弟の顔がなにやら凍りついている。
「リーチ・・・でいいんだよな?」
舎弟の方を振り向き訊くサキ。舎弟はぶんぶんと首を縦に振る。
「エー、ダブリーデスカー。アタッタラコウツウジコデース。」
チャッピー打北。通り。
「ウヒャ。」
ノリオ打北。安牌。
「北はあるがいきなり四風連打してもな・・・西。」
轟打西。
「ロロロロ、ローーーーーーン!っス!サキさん!」
舎弟が叫ぶ。
「え?え?ああ、上がりって事か。ロン。」
牌を倒すサキ。
「な?いきなり地獄待ちかよ。まあ交通事故・・・ってええっ!?」
その牌構成に轟は悲鳴に似た声を上げた。白が3枚、發が3枚、中が3枚、東が3枚、西が一枚。早い話が四暗刻単騎・大三元・字一色のフォース役満。48000×4=192000の、更に割れ目で倍の384000点。有り得ないほどの高得点。ついでに一発のおまけつき。
「ビギナーズラックにも程があるっス・・・」
東一局、一巡目で飛び。轟は真っ白な灰になっていた・・・
「結果発表~!1位は384006点でサキさん!おめでとうございます~!2位は7点でチャッピーさんとノリオさん、4位はマイナス384000点の轟君!残念でした!」
「それでは賞品の授与を行います。ぶっちぎりでトップのサキさん!どうぞ!」
操はそう言いながらサキにちょっと大き目の封筒を渡す。
「なんだこれ・・・」
開封しようとするサキを操が制する。
「おーっとっと、それはお家に帰ってからにした方がいいですよ?」
「なんだいそりゃ。まあそう言うならそうするけどさ。」
「終わりだな?終わったんだよな?俺、普通に風呂行って来る・・・」
露天風呂男湯
「・・・死ぬかと思った。無意味な特訓五連荘はさすがに堪える・・・全部16tだったし。てか落ちてきたら、じゃなくて必ず落ちるようになってたろ!あれ!」
「あはは、大丈夫かい、轟。」
「うわっ疾風の!お前どこに・・・って仕切りの向こうか。」
女湯にはサキが来ていた。
「ちょっと訊きたいんだけどさ。」
「なんだ?」
「今回の旅行、企画したのってひょっとしてあんたかい?」
「ああ。」
「やっぱりな。どうせいつもの喧嘩なんかやめて仲良くしましょうってノリか。」
「まあ、そんなところだ。」
「まったく、相変わらず甘っちょろい事言ってるんだね。・・・でも、まあ楽しかったけどな。」
「そうか。そりゃ良かった。」
「だけど戻ったらまた敵対関係なんだぞ・・・」
「まあ、それはそれで仕方ない。でもこの旅行は無駄じゃないと俺は思う。」
しばしの沈黙。やがて、
「・・・帰りたくないな」
小声でサキが言う。
「・・・・・・・・」
「ア、アタイ」
意を決して言ってみる。
「あ、あんたと一緒だから楽しかったんだと思う・・・よ。」
「・・・・・・・・」
「轟?いないのか?」
「・・・・・・・・」
「おい!兄ちゃん!大丈夫か!」
「おい脱衣所まで運べ!湯当たりだ!」
男湯からはそんなやりとりが聞こえて来た。
「・・・・・・バカ。」
サキはぽつりと呟いた。
その頃。旅館内のバーでは薫とマチコがカウンター席で酒を飲んでいた。
「轟から聞きました。今回の旅行の黒幕はマチコ先生だったそうで。」
「あら、黒幕だなんて人聞きの悪い。助言者と仰って下さいな。ふふ。」
「いや、これは失礼。でもまたなんで・・・?いや、旅行の趣旨はいいと思いますよ。ただ・・・」
「そうですわね。近隣の番長を集めて旅行なんて、普通だったら常識外れもいい所ですものね。」
「ええ、まあ・・・ちゃんとガキどもが誘いに応じたのも驚きでしたが・・・」
「それについては最初から大丈夫だと確信してましたわ。少なくとも一人については。」
「一人・・・?」
「ええ。実は、私の本当の企みは、その一人のお尻を叩いてあげる事だったんです。」
「うーん、今ひとつ意味が解らないんですが・・・」
「解らなくていいんですよ。プライベートに立ち入る問題ですから。」
「そうですか・・・分かりました。ではその事は考えない事にしましょう。はっはっはっ。」
そこでいきなり話題が尽きる。
(そう・・・俺だって今回の旅行に期するものはあるんだ・・・マチコ先生に、この想いを今日こそ!)
「マチコせんせへい!」
薫の声が裏返る。
「はい?」
笑顔で返事するマチコ。
「自分は・・・自分は・・・!」
「あ、マチコ先生!ここだったんだ!早く露天風呂行きましょうよ。入浴時間終わっちゃう!」
「あら、いけない。約束してたわね。ごめんなさい、今行くから。・・・で、なんでしょうか先生?」
「いや、なんでもないです・・・どうぞお風呂行ってください。」
話の腰を折られ、心も折れた薫だった。
「そうですか?それじゃ失礼しますわね。操ちゃん、おまたせ~。」
一人残された薫は寂しく酒を煽り続けた・・・
更に一方その頃。卓球台を挟んでノリオとチャッピーが対峙していた。
なお、この二人だけだと読者には何がなんだか解らなくなるので自動通訳でお送りします。
「待ってたぜ、煉獄の。」
「何の用だ?狂犬の。」
「何の用もないだろ。ああ?解ってんじゃねーのか?」
「操さんの事か。」
「おおよ!彼女を賭けた勝負!受けてもらう!」
そう、実はこの二人、操に惚れている。
「それで自分の得意な卓球か・・・恥ずかしくないのか?それに賭けるも何も俺もお前も彼女と付き合ってる訳じゃない。告白の優先権とでも言った方がいいんじゃないのか?」
「黙れぇ!行くぞ!ウヒャヒャヒャヒャ!」
ノリオがサーブのモーションに入ったその時、後ろの通路を通過する者の話し声が聞こえて来た。
「あの二人、見てて面白いわね。」
「ノリオさんとチャッピーさんですか?」
操の声が聞こえて動きが止まり、耳ダンボになるノリオ。
「そうそう、なんか漫才コンビみたいで。ね、仮にどちらかと付き合わなきゃいけないとしたらどっちを取る?」
「ノリオさんは無いですね。だって、何言ってるか聞き取れない人とは付き合えないですよ。」
「あ、早く行かないと、露天風呂に入れる時間終わっちゃうのよね。」
「お風呂楽しみ~!」
コーンコーンコーンコンコンコンコココ・・・ノリオの手から落ちる球。
ぴしっ、という音が聞こえたかも知れない。ノリオはサーブのモーションのまま固まっていた。
チャッピーは無言でその肩をぽん、と叩き、立ち去った。狂犬のノリオ、戦わずして敗北。
再び一方、
「不器用で実らぬ恋もある~♪」
他に客のいないバーでは薫が一人で歌っていた。
そして温泉の夜は更けて行く・・・
翌日、帰りのマイクロバス内
「・・・ねえ、何があったの?」
「ヨクハワカリマセンガ、ナニカカナシイコトガアッタラシイデース。」
操の質問にとぼけるチャッピー。操が気にしているのは最後列の窓際で、外を眺めながらさめざめと泣き続けるノリオだった。操は車内据付の温蔵庫から缶コーヒーを取り出すと、ノリオの許へ歩く。そして缶コーヒーを差し出して
「どうぞ。何があったのかは判りませんけど、元気出して下さいね。」
そう言ったが、操の優しさは今のノリオにとって凶器だった。缶コーヒーを受け取ったノリオは、操の顔と缶コーヒーを交互に見て
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
とひときわ大きな声を上げて泣き出してしまった。たまらず退散する操。
一方、轟とサキは隣同士の席になっていたが、
「・・・・・・」
「おい、どうした?今朝から仏頂面で。」
サキは昨夜の露天風呂の件で虫の居所が悪かった。
「・・・・・・」
「シカトはないだろう、おい。」
「・・・・・やかましい。昨夜、戻ったら敵同士だって言ったろ?もう慣れ合いは終わりだよ。」
「はいはい分かりましたよ、っと。」
そう言うと轟は帽子を目深に被り、ひと寝入りする事にした。
・
・
・
すー
「・・・・・・・・」
すー
「・・・・・・・・」
すー
「・・・・・・・・」
「あらあら、静かだと思えばこれはこれは。」
轟とサキの様子を見つけたマチコは嬉しそうにからかいを入れる。
「しっ・・・」
人差し指を立て沈黙を促したのは、轟だった。
「はいはい、失礼しましたー。」
小声でそう言いながら退散するマチコ。寝息を立てていたのは、轟の肩を枕に居眠りするサキだった。
同日、帰宅したサキ
「あーもうなによなんなのよ!恥ずかしいったら!寝たなら起こしてくれればいいじゃない!あんな事言った後に肩借りて寝てたなんて、カッコ付かないじゃないの!でも、起こさない所があいつの優しさなんだろうけど・・・話しかけたのに突っぱねられた相手にどうして優しく出来るのよ・・・ほんとに、勝てないよ・・・」
彼女は自室に入るなり、一人で一気にまくし立てた。
「あ、そういえば賞品ってなんだろ・・・」
思い出したように封筒を取り出して開封してみた。
「写真?それもあいつのばっかり・・・・・!」
釈然としないながらも一枚ずつ見ていくサキ。
「あ、この写真いい!こっちは・・・やーん、なにこれ寝顔?かわいい!」
などと、一人はしゃいでいたが、そこである事に気付く。
(それは秘密という事で。参加者各々向けの品物を用意しておりますが・・・)
「まさか、あの娘気付いてる?だとしたら何これは?余裕のつもり?」
混乱するサキだったが
「あ・・・・」
ある一枚の写真を見てそんな事はどうでもよくなった。どうしても欲しかったが撮る訳にもいかない轟と自分の、(結果的に)2ショットになっている写真を見つけたのだ。
翌日、そのナリに似合わないファンシーショップで可愛めの卓上写真立てを買うサキがいた。
つづく
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第七話