No.842245

司馬日記外伝 恋姫days

hujisaiさん

随分間が空いてしまいまして申し訳ありません。
一度こういうガチのドロドロを書いてみたかったり。
御笑覧頂ければ幸いです。

2016-04-13 22:59:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:9361   閲覧ユーザー数:6641

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「それで、彼は優しくしてくれました?」

「貴女に答える義務はないけれど」

夕日を背に生徒会室の扉に凭れて腕を組み、のんびりとした調子で聞いてくる七野の言葉を半ば無視しながら自分の荷物を鞄に詰め込む。

 

「まぁそうですねぇ。私に言う義理はないでしょうけど、春欄さんには教えてあげた方がいいんじゃないですかぁ?」

「…っ」

春欄の名を出され、思わず片眉が上がろうとするのを抑えながら彼女が立つ扉に近づく。

「私も忙しいの。そこをどいてくれるかしら?」

「まあまあ、二三言でいいですから付き合って下さいよ。そしたらすぐにどきますから」

「余り踏み込んだ事を聞くものではないわよ」

「校内唯一の男子生徒と名家中の名家、曹家の跡取り娘にして美人生徒会長の恋愛譚に興味持たない人なんていませんよ」

一般論ではそうだろがこの女だけは違う、単純な下世話な関心だけでこんな話を振ってくるような女じゃない。そんな嘘をいけしゃあしゃあと並べるこの蛇のような女にはいつも得体の知れない苦手感を感じる。

 

「それは私には関係のない事だわ」

「寝ましたよね。彼と」

「…」

初めて彼女と目線を合わせる。いつもと何も変わりない穏やか気な、人を食った表情に抑えようの無いイラつきが湧き上がる。

「そうだとして、何?」

 

証拠は無い。私の私室か、銀雀台、そして体育倉庫。全て予め確実に人の耳目の及ばない事を確保してから事に及んでいる。私の返事を自白証拠として騒ぎ立てようとしても無駄であるのは自明の筈だ。

 

「いえ?花琳さんも結構いい趣味してしてるんじゃないかなぁって思っただけで」

「何の話?」

「花琳さん、被虐プレイとか似合いそうじゃないですか」

「…」

斜め下からねめあげるような七野の視線に、背筋が冷える。

…知らないはず。知る方法など無いはず。

「そう、かしら」

極力表情を変えず、動揺を見せないよう答える。それに、鼻で笑うかのような溜息を被せて廊下を見る。

「中々いい趣味…って言うか、いい考えだと思いますよ?一刃さんくらいの年なら、やっぱり女に求めるもののうち体って結構な部分を占めてるだろうと考えるのは妥当だと思いますし、体のメリハリじゃ元カノの春欄さんを超えられないから別の点で一刃さんを惹き付けようって思うのも自然じゃないですか?」

廊下に視線を投げていた七野が、再び私を見据える。

「そこで、貴女は自己分析をした。『自分は春欄さんよりも可愛い女になれるだろうか』結論は否。桃佳さんや亜莎さん達みたいには今更なれない。厳密な意味でなれないわけではないけれど、なろうとしても却って彼にとっても周囲にとっても違和感が酷くて『自分の所為で花琳が歪んだ』と思われて距離を置かれかねない。それよりも自分の性格を逆手にとって、自分に被虐趣味の性癖をつけてみようと考えた。一般的な男性なら征服欲は多少なりともあるものですから、才気煥発で美貌に加え気高さと強い自尊心を持つ生徒会長が、自分には身も心も隷従して悦ぶ雌奴隷だったら――――?これなら彼の歓心を、春欄さんを忘れさせる程買えるかもしれない。それに彼の比較的温和な性格を考えれば、このプレイをきっかけに彼が極端な加虐趣味に走る可能性も低い。そこまで考えて、一刃さんを誘ったんじゃないですか?――――体育倉庫に」

 

「…素敵な妄想ね。夢なら家で見るといいわ」

あるはずがない。予め私自身で体育館全館に誰もいない事と施錠されている事を確認して、それから秋欄に門番を任せて一刃を連れて来る為に体育館を離れた。私が再び体育館に入った後も秋欄がずっと門番をしていた、彼女が秋欄の目を盗んで侵入するなど不可能だ。ましてや秋欄が私を裏切るなんてもっと有り得ない。

なのに、何故。

 

「なかなか刺激的な夢だったもので妙によく覚えてるんですよ。下半身だけ脱げって彼に命令させたり、跳び箱に自分を縛らせて背後から犯させたり。最中もマゾ奴隷としか思えないような事を叫び散らしたりとか。あの花琳さんがそんなことする筈ないですから、きっと私の夢だったんでしょうけどね」

「………っ」

絶句し、背筋を嫌な汗が流れる。あくまで淡々と天気の話でもするように語るこの女は、間違いなく現場を見ていた。何故?私は自分で全てを確認して――――

 

「―――――狭いところで寝てたもんですから、きっと変な夢を見たんですよ。私」

「………!」

 

していない所が一箇所だけあった。それは、

『体育倉庫の用具入れの中』。

 

どんなにそんな馬鹿げた事があるか、私と一刃が来なかったらまさしく何の意味も無い事をする奴が居るというのか。私や他の人が不審に思って気づく事だって有り得るし、私の気が変わって寮の自室に場所を変えれば完全に無駄だ。

しかしそれ以外は説明がつかない。それ以外は、『完全に有り得ない』。

 

ということは、これが―――『正解』。

 

「………覗きとはなかなかいい趣味ね。恐れ入るわ」

 

あの時の事を至近距離から観察されていたという意識が、憎悪になって頭に血液が集中していく。

 

「いえいえ偶然ですよ。それよりも私花琳さんて『目的のある屈服』ならあまり苦にしない性格だろうなって思ってはいましたけど、結構満更でもなさそうで」

「余計なお世話だわ」

「まあわざと演じてる感が出ちゃったら彼の方で気を使われてるの察知して醒めちゃうでしょうから、花琳さん自身その『性癖』を積極的に楽しもうとされたんでしょうけど。そこらへんに花琳さんの一刃さんに対する執着を垣間見たって言いますか」

「…帰っていいかしら?私も貴女の感想に付き合ってられるほど暇じゃないの」

 

この女―――七野は、無駄にこんな事を話す人間じゃない。何かこの後に言いたい事がある筈だ。

 

「あ、どうぞ?別に、私以外に見た人が居るわけじゃないですから、誰かに言ったところで品行方正な生徒会長様がそんな事をするなんて信じる人も居ないでしょうし」

「そう」

拍子抜けと言うか、釈然としないものを抱えたまま扉の前の彼女の目の前を通り過ぎて廊下に出たところで、あ、でも、と声を掛けられた。

 

「春欄さんには喋っちゃいましたけどね」

「…春欄に………!?」

「だって聞かれちゃったんですもん」

やれやれというように両手を広げる七野を睨みつける。聞かれたなんて方便だ、この女なら春欄に聞くように仕向けるなんて造作も無い。

 

「一刃さんて春欄さんと付き合ってた頃からそういうプレイ好きだったんですかって聞いたら、春欄さんそういうことに疎くてした事無かったんですって」

「黙りなさい」

静まりかけていた血液が沸騰し始めるのを自覚する。

「春欄さんが一刃さん振っちゃったのはそういう性癖が嫌だったからかと思ったんですけどねぇ」

「黙れと言ってるのが聞こえないのかしら」

この学校に転入してきた私が春欄の恋人と知らずに一刃に恋をしたと知って、曹家の跡取り娘であった私の為に泣きながら身を引いた春欄。

いずれ、春欄がどんなに遠慮しても、嫌だと言っても、手錠に繋いで一刃に犯させてでも彼女を引き戻す。

春欄の幸せは絶対に一刃と私の隣にあるのだから。

だというのに、この、五月蝿く囀る蛇女は。

「馬鹿ですよねぇ、主家筋の娘が来た程度で別れるなんてきっと大して好きでも無かったんでしょうね春欄さんは」

 

 

私の右手が、勝手に振り抜かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------

 

左頬に人生で受けたことの無い衝撃を受けて、私は吹っ飛んだ。

一瞬、あるいはもっと長い時間か。視界が明滅して頭に衝撃を受け、暗転する。

 

「春欄は誰よりも一刃を愛していたわよ…侮辱する女は許さないわ…!」

頭上からの声にようやく意識が戻り、反射的に声が出た。

「許されないのは、どちらでしょうね?」

「何ですって?」

薄目をあけて彼女の背後に目をやると、二教室ほど離れた廊下に連華さんが『予定通り』立っていた。

 

「花琳…」

「……そういう事ね。……………見ての通りよ」

連華さん、そんな弱気丸出しじゃ駄目ですよ。あっさり腹を括っちゃった花琳さんとどっちが弱い立場か分からないじゃないですか。

それともあれなんですかね、罪悪感に苛まれる自分って可愛いとか思ってるんですかね。

 

「言うべきことを言いなさい。それが貴女、生徒会副会長の仕事よ」

「…え、ええ…分かって、いるわ。…校則第十八条、校内で暴力を振るった者は三ヶ月から一年の停学とする。また生徒会役員の資格を失う。…塾長先生には私の方から報告しておくわ。事情聴取の連絡をするまで、寮で待機して………しなさい…」

「…それでいいのよ。後の事は任せるわ」

連華さんに背を向けて悠然と歩き出し、私の脇を通り過ぎていく。

 

「…御免なさい、花琳…!」

ああ、どうしてそこで謝って逃げてっちゃうんですかねぇ?花琳さんなんか振り向きもしないのに。

まあ兎も角、私の仕事はここまでだ。ああ、疲れた。

 

半身だった体を仰向けてごろりと廊下に寝転がると、口の中に血の味がするのにようやく気がついた。倒れた時に強かに打った右肩もズキズキと痛む。覇王とか言われてる花琳さんの本気のビンタを受けて平気な程、私体丈夫じゃないんですよ。

そう思いながら廊下の開けっ放しの窓を見上げていると、パシッという音と共にそこに長い指が掛けられた。

一瞬間をおいて、長い桃色の髪が空中転回をしたかと思うと長身の女性が飛び込んでくる。

 

「雪連!そういう荒っぽいことはやめてって言ってるでしょう!」

「だってこっちの方が早いじゃなーい!?」

階段のある廊下から近づいてくる声に答える雪連さん。ここ、二階なんですけどね。まあきっと花琳さんや連華さんのどっちとも顔を合わせたくなかったんでしょう。

 

「やっほ♪お疲れ様」

「…ええ、疲れましたんで起こしてもらえます?」

別に本気で起きられない訳じゃないけれど、その程度の追加報酬はあってもいいでしょう。

 

「どうぞ」

「どうも」

長い指を伸ばした雪連さんの手を握り、のろのろと起き上がろうとする。一瞬、クラッとするのをなんとか堪えて廊下の窓に凭れた。

 

「まあ、これでお約束通りって事で」

「流石ねぇ」

「…七野、分かっているとは思うが」

 

遅れてきた冥林さんが厳しい表情で念を押してくる。

 

「他言無用、勿論分かってますよ。その代わり、御嬢様の件」

視線を雪連さんに投げる。

「分かってるわよ、実はもう手配済みよ。今夜にも寮に帰って来るわ」

「それはありがとう御座います」

賢い冥林さんに答えると言を左右されて約束が守られない可能性を感じて雪連さんに問うたが、予想外なほどあっさり『報酬』の支払いを約束された。

冥林さんではいまいち疑わしいが、雪連さんは嘘はつくことはない。間違いなく、御嬢様は帰ってくる。

 

あと数日―――――。下手をすれば明日にでも、御嬢様を軟禁しているあの変態中年―――許貢の慰み者になりかねないところだった。

 

『七野。主様とは又会えるかや?』

『ええ会えますよ。御嬢様が少しの間いい子にしていればすぐですよ』

『そうか。では妾は良い子にして居るぞ』

 

そういって浮かべた御嬢様の無垢な笑顔を思い出して胸の奥が苦しくなる時間もあと少しだ。あと少しで虎口を逃れる。

両肩に掛かっていた重圧が外れる感覚に、思わず足が震えるのを身体の痛みを思い出すことでなんとか抑える。

「まだ事を成してないうちに手配して頂いちゃうなんて、随分信用してくれてたんですね」

「貴女が言い出した事でしくじるってあまり想像できなかったのよね」

飲み仲間にでも言うように、にいっと笑う雪連さんに多少の苦手感を感じる。敵にしても味方にしてもおそらく裏切らない、理でなく感覚で行動する極めて操りにくい人だからだろう。

「ま、では私の仕事はここまでですから。失礼しますね」

「じゃあね」

雪連さんのあっさりした言葉を背に、階段を降り昇降口へ向かう。

口の中に滲んだ血の味がする。事を成した証だ。

花琳さんに張り倒された時に頭を打った所為でまだ多少フラフラするが、帰れないほどじゃない。

 

帰れば、御嬢様に会える。

折を見て御嬢様を一刃さんに引き合わせよう。

御嬢様が望むなら、それ以上の間柄に。

彼の情に甘過ぎる性格なら、体を押し売ってそれを盾に御嬢様とも結ばせるくらい簡単だ。私も彼の甘っちょろ過ぎるあの性格は不思議と嫌いでない。

この森を抜けて、あの寮に帰れば。

 

 

 

 

 

 

 

「――――命令ですので。すみません」

 

背後にそんな声と、延髄に鈍い衝撃を受けて私は意識を失った。

 

-------------

 

 

 

「しかし珍しいな。ここまでお前が連華様の世話をするなどな」

「そぉねえ」

それは自分でも思わないでもない。

 

「でも、孫家には一刃の血が必要なのよ。必ずね」

「まあ私としても一刃が帰ってくるなら否やはない。そこまでお前が断言するのなら、私はついて行くだけだ。ひいては一刃の為にもなる」

「信頼が厚くて嬉しいわぁ、たとえ私情込みだったとしても♪」

何故かは分からない。でも何故かは重要じゃない。『そう』なのであるから、それに向かって行動するだけ。

 

「しかしついて行くと言っておいてなんだが、連華様は気持ちがまだ熟していないんじゃないのか?」

「そんなの待ってらんないじゃない?」

目の前を光る矢が飛んでいく。それが欲しければ、見た瞬間に手が切れようが腕を伸ばさなくては二度と手に入らない。

連華は良い意味で女らしく育ったと同時に、刹那の直感に身を委ねられない大人しさ――――悪く言えば鈍さもある。

自分がその男に惚れているかも分からない。ましてやここで体を投げ出せば手に入るとしても逡巡する。

しかし今後の孫家の事を考えれば、確実に自分よりも家督を継いで天の御遣いの血を引き込む人材としては優れている。

その為の今回の小細工だ。花琳と一刃の間が固まる前に、なんとしてでも大きな楔を打っておく。そして花琳の停学中に強引にでも連華ともう後に戻れない関係にまでは進めておきたい。

 

「もし連華様が嫌だと言ったら?」

「シャオだって居るわ」

「お前じゃないのか?」

「あら、冥林的には私でもいいの?それよりお客さんみたいよ?」

「そのようだな」

階段を上ってくる、凍えるような張り詰めた気。ああ、日ごろは隠しててもあの娘ってこんな気を放つのね、と妙に納得する。

 

 

 

 

 

「―――お前達だな?」

「何がかしら」

階段を上りきった廊下に、怒髪天を衝く秋欄が青白い闘気を纏って立っていた。

 

「――――花琳様が世話になったようだな」

「大したお世話はしたつもりはないけれど?花琳が校内暴力を振るった現場にうちの連花が立ち会ったって程度よ」

「貴様等が手駒に下品な挑発をさせたおかげでな?」

「安い挑発に乗るほうが悪いんじゃない?花琳が聞いたらそう言うわ」

「正直今だけは花琳様が何と言われるかには興味が無くてね。…私が関心があるのは花琳様と私の弟の一刃…そして、そして姉者のっ!!!気持ちを虚仮にして遊ぶ奴等を殴り飛ばすことだけだッ!!」

ぶわっ、と膨れる『気』に窓硝子がピシリと音を立てる。

 

――――こうでなくては。

卒業以降感じる事の無かった感覚が蘇り、血が沸き立って掌が歓喜に震える。

「そう?じゃ、やってみる?」

「いや、こいつは私の方でも用がある」

口の端を歪めて笑う冥林が私の前に出る。入学以降、久しく見なかった獰猛な笑み。

「今回の件は私の計画だ。面白い趣向だっただろう?」

「下種が…!」

「下種だと!?」

 

ぎり、と奥歯を鳴らす秋欄に、冥林が怒気を飛ばす。

「下種は貴様らだろうが!!戦乱ではぐれた一刃を天の御遣いと知って軟禁し!情が移った雌犬がたらしこんだかと思えば今度はその主人が上前か!?貴様も姉面するのもいい加減にしろ…一刃は!血など繋がっていなくても一刃は私のたった一人の弟だっ、二度と御前達の好きにはさせんぞ!」

 

「ひゅーー♪冥林私情ダダ漏れーー」

「茶化すな!」

「まあいいんじゃない、ここらでどっちが姉かはっきりさせたら?でも私一人置いてきぼりでも寂しいからさぁ、…そろそろ出て来てくれない?」

階段を見やって登場を促すと、カラ、コロ、と下駄を鳴らしてもう一つの巨きな紫色の気が廊下に膨れ上がった。

 

「おぅ待たせたなぁ。…安心せぇや、退屈はさせへんで」

「あら、今日は一人なのね?あのいつも一緒のわん子ちゃんはどうしたの?」

「凪はまだ在校生やからなぁ?派手な事させられへんからネズミ捕り任したわ。なぁ秋欄、雪連の方はうちでええやろ?」

「任せる」

「楽しみやわぁ、私闘は禁止やったから在校中は一回もやれんかったからしんどかったわ。それにウチとしても理由の無い仕合でもないしな」

霧の吊り上げた口の端から、犬歯が覗く。

「そうなの、貴女は私と闘りたいだけだと思ってたけど」

「…まだ一刃は、月達から引き剥がされたら困るんや。折角皆、漸く落ち着いてきたところやさかい」

 

「精神安定に一刃が必要なのは貴女もなんじゃない?」

「…さぁなあ?まあごちゃごちゃ言わんととっととやろかい?」

だらりと腕を下げたまま、前に出る霧。

 

「得意の弓は要らないのか?私が将軍を辞して軍師になるのはうちの人材事情でな。素手同士は結構嫌いじゃない方だ」

「弓など無くとも素人の貴様一人程度造作も無い。何しろ私には愛する姉と『弟』が、力を分けてくれるのでな」

「…貴様、絶対に許さん」

拳を構える二人。

外はいつの間にか、夕立になっていた。

 

霧の咆哮と共に繰り出される拳を蹴りで弾いたのを合図に、四つの拳が交わる。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

ぼんやりと視界が戻る。

ああ、そうだ。背後から斃されたんだ。

暗い。視覚がおかしくなっているのか、夜か夕方なのか。

頬に何か当たるこれは、雨か。

感覚がいまいち戻らない右頬は自重で出来た水溜りに漬かっているけれど、まだ起きられそうも無い。

 

これは結構まずいかもしれない。

体の感覚が弱まっている所為か良く分からないけれど夕方から夜は結構冷えたはず。

場合によってはこのまま死ぬかも。

しかし体は動かない事にはどうにもならないし、とにかく眠い。

とりあえず、一眠りして目が覚めたら考えよう。何しろ、御嬢様は救い出せたのだから。

ああ、眠い。

生理的欲求に従って、瞳を閉じようとした。

 

「ん?お?…おいあんた、大丈夫か!?」

 

そんな、特徴の無い声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

(五巻に続く)

 

 

 

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「うぉおおおおお!!怖っえー!怖っえーよ!!なあ続き、五巻どこだよ五巻!」

「貴様少し静かにしろ、今私が読んでるところだ」

「遅っせーよ早く読め!ってか一緒に読むから初めの頁に戻れよ!」

「陽(太史慈)、貴女ちょっと位待ちなさいよ…まだ時間あるんだから」

「っせーなぁ、今いいとこなんだよ雪蓮」

「伯道(郝昭)も譲ってあげて、少し飲みなさいよ」

「は…ですが御嬢様、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言います。この猿との決闘前ですので控えておこうかと」

「いいのよ、少し飲んでからやるのがこの決闘法の正式なやり方なのよ、ねえ孫策さん?」

「そうそう。一刀も『陽たちの決闘をどうしても目の前で見たい』って言ってるし(嘘)、貴女も少し飲んでおきなさい」

「そうかよ、まぁいいけどよ…んく…」

「ところで孫策さん、この店の非後宮関係者用の席に行きましょうって言われるからどうしたのかと思ったら、こんな小説置いてるんですね…」

「面白いでしょ、曹真さん!ちょーっと冥琳とかには見せられないけどねぇ」

 

「ところでよォ雪蓮」

「ん?何?」

「この『雪連』ってのと『冥林』って奴、何か俺の知ってる奴の誰かに似てる気がしねえ?」

「御嬢様、私もこの『花琳』という人物はどこかで見た方のような気がするのですが」

「「気のせいよ」」

 

「ふーん…まぁいいや、あと半刻くらいか?一刀様のお時間が空くまで。一刀様の目の前でこのクソ女を殴り飛ばすのが楽しみだぜ、」

「私の方こそ楽しみだ。その下卑た性格をこの鉄拳で矯正してやる、」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「その『野球拳』ってやつでな!!」」

 

 


 
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