No.833835

司馬日記外伝 恋姫たちのバレンタイン

hujisaiさん

para様より拝領のリクとはずれてしまったかもしれませんが、その後のとある恋姫たちのバレンタイン群像です。
バレンタインっていつでしたっけ…

2016-02-27 22:52:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:9920   閲覧ユーザー数:6835

調理場の前を通り掛かると、質実な我が家では滅多に嗅ぐ事の無い甘い匂いが漂ってくる。

「姉様」

「ん…叔達か。なんだ」

こちらに振り向きもせずに答え、湯煎の鍋をかき混ぜている。

「一刀様へのばれんたいんでーのちょこれーとでしょうか」

 

「ああ。折角材料が買えたのでな」

分かりきった事を聞く。先日買い物袋を片手に微笑を浮かべて帰宅したのを、流石にぎょっとして何があったのか聞いたのも私だ。

「良い物が出来そうですか」

「私なりでしかないが」

その後姿を見ながら、心底幸せそうだと思う。余人が見れば無表情で鍋を凝視しているように見えるだろうが、私や家族には姉様の周りに桃色の気まで漂っているのが見えるようだ。

容姿に優れ頭脳も明晰な一方恐ろしく気の利かない一面があるこの愛すべき姉は、強力な競争相手でもあるが幸せに成って欲しい存在でもある。

「当日は御出勤になったら、一番でお渡しされるのですね」

折角の一刀様に近しい姉の職場だ。貧相な体つきの後宮の元締めや、目つきと一刀様への態度の悪いメガネ似非メイドたちの顔を思い浮かべながら司馬家の誇りとしてせめて一番で渡して欲しいと思う。

「いや?前日の昼にはばれんたいんでー用の一刀様向け贈り物箱が第三会議室に設置される。課長職以下は記名してその箱に入れておく事になっているだろう、通達を見なかったのか」

 

「姉様はそれで良いのですか、日々顔を合わせて居られるでしょうに」

「私の私的な進物如きの為に貴重な一刀様の御時間を割くわけにはいかん」

「…規則に厳しいのですね」

心の中で舌打ちする。あんな通達は既に後宮入りしている者達には有名無実な紙切れではないか。

我が姉ながらこの堅物め、と思わずにはいられない。小さくため息を吐くと、背後から肩を叩かれた。

「まあよいではないですか、仲達がそれで良いと言うのですから」

「伯達姉様…」

何時の間に背後に居たのか。武芸の心得がある仲達姉様は足音を忍ばせて近づくことは『ある程度出来る』と言っていたが、伯達姉様はそれほどでもない筈なのにどうしてこうも容易背後を取られるのだろう。

 

「仲達も熱心になるのは構いませんけれど、明日に響かぬように作るのですよ」

「はい」

こちらをちらりと振り向きまた鍋に向かう仲達姉様をよそに、邪魔をせぬようと思われてか伯達姉様が私の肩に手を添えられたので大人しく自室に戻るべく廊下に戻る。

 

「…仲達姉様は謙虚に過ぎるのではないでしょうか」

「あれが持ち味なのですよ」

幾度となく繰り返した伯達姉様とのやりとり。もし私が仲達姉様だったなら、朝一番に一刀様を待ち構えてお渡しし、言外に褒美を求めただろう。あわよくば御伽を、しかし各王を差し置いてその日にと言うのは現実には考えがたい。御口付けと後日の御伽を御申し付けられないだろうかと願わぬということはないだろう、叶うかどうかはさておき。

きっとあの姉は真心をこめた自身の渾身の贈り物が郵便の如く一刀様の手元へ送られるちょこれーとの山の末端に添えられるだけで十分満足し、一刀様が皆の分は食べきれないからと呂布や許褚に渡されたとしても一刀様の御健康が第一であるのでとさして不満にも思わないのだろう。正直、凡人の自分にはその心情は理解し難い。

「他人の事は心配しなくても良いのですよ」

「わかっています」

私は私なりに策はある。当日は一刀様は各部局を巡回なさる、そこで文書局にいらした際に私の時間も僅かながらいただける事になっている。材料は既に購入済みだ。温めれば柔らかくなると聞いているが後は当日、どうやって温めておくかだけが問題で――――

 

「聞くところによりますと」

「はい?」

当日の段取りに思考を巡らせていると、唐突に独り言のように姉様が前を見たまま切り出された。

「無理矢理実験台にされた陸遜さんが、胸の谷間を軽く火傷されたとか。何故かは知りませんけれど」

「………」

「その甲斐あってか、人肌よりも低い温度でもとろけるものが開発されたとか。おかげで流琉ちゃんは今日からの講習含めて二日不眠不休だそうですよ」

 

「…所用を思い出しました。ちょっと庁内食堂へ行って参ります」

 

 

 

 

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「鍋は中火!中火です!煮立たない程度にして下さい!」

ざわつく食堂内に若先生の声が響き渡る。その姿を横目に、あたしは材料用のちょこれーとを載せた台車を運ぶ。

「こっちこっち、こっちの隅に置いて。で、下さいって人が来たらこの袋に特大匙で二杯分入れて渡して」

「あーはいはい。じゃあ燕(許攸)さん次の分倉庫から取ってきて。ところでこの講習会今何周目?」

「まだ二周目よ、今日中にあと四周だって。じゃ、杏(逢紀)、今度私搬入してくるから」

「はーい」

前掛けをパタパタと翻して特設の食料庫へ駆けていく燕さんを見送って若先生の顔を見ると、眼の下のクマが凄い。

 

受け付け用の机に座ると、ちょこれーと作り講習会の申込帳簿をつけていた劉璋さんに声をかけた。

「若先生大丈夫ですかねぇ、眼とかギンギンですよ?」

「うーん…でも今日明日乗り切れば御褒美ですから、何とか頑張りきっちゃうんじゃないでしょうか」

「御褒美?」

「あ、流琉ちゃんはばれんたいんでー当日は何もしない代わりに翌々日にまる一日一刀様と御一緒なんですって。流琉ちゃんのを食べちゃうと他の皆さんのが霞んじゃうからというのもあるみたいですけれど」

手元を止めて顔を上げて微笑む。初対面の頃はおっとりさんの劉璋さんと調子が合わなくて暫く苦手だなぁと思っていたけど今はもう気にならない。

「ところで張任さんは?」

「今日は生徒です。ほら、あそこに」

指さす方を見ると一番奥の調理台に向かい、いかにも慣れない手つきで鍋をかき混ぜる張任さんの姿があった。

 

「…大丈夫ですかねぇ?」

「良い勉強ですよ、これからは料理くらい出来ませんと」

垂れ気味の眼を細めて眺める姿にああこの二人仲良いんだなあと思っていると、背後から声が掛かる。

「すみませんが」

「あっはい、講習用の材料ですか?そしたら申込書をこちらの」

「いえ、購入のみなのですが」

「あ、そうですか」

見上げるとどこかで見たツリ目の爆乳美人が立っていた。このおっぱい誰だろう…と記憶をたどると、三国一の落書き帳の納め先になっている文書局にいる司馬孚さん…仲達さんの妹さんに行き着いた。

「あれ?司馬孚さん…ですよね、もう御購入済みってなってますけど」

「はい、そうなのですが…改良版が売られていると」

「?そんなのありましたっけー…劉璋さん知ってる?」

「あ、私分かります、改良前の品の受領証有りますか?お受け渡しは第二倉庫になりますのでそちらの係員に受領証を御提示下さい」

「有難う御座います、失礼します」

 

司馬孚さんが頭を下げると一瞬遅れておっぱいも礼をして去っていった。おっきいのに全く垂れてない、あれが若さか。

有難う御座います劉璋さん、と言うといえいえと会釈した彼女に少しだけ不思議に思う。

「よく知ってましたね?講習会担当には(改良品の受け渡しについて)特に説明無かったと思うんですけど」

「あ、私も買ってたので…たまたまです」

「そうだったんだ。あれって何が改良されてるんです?」

「え、えっとですね…ちょっとお耳いいですか?」

「?いいですけど」

何気なく聞いたら、なんだか照れ笑いをされたのが気になって彼女の口元に耳を寄せる。

 

「あれは作る用じゃなくってそのまま…」

「ふんふん」

「…は自分の身体に…」

「は?」

「…そ、それを旦那様に…」

「おおー!?」

「…でそのまま…体中…とか、きゃっ」

「」

世の中には恐ろしい事を考える人達がいるもんだ…。ってか、

「すけべー!すけべだよ劉璋さんさすが総務室のエロ担当!一刀さんと夜な夜なそんな事してたんだー!?」

「い、いつもなんてしてませんよ!それとなんですかエロ担当って!?」

「いえ私の(主に冀州方面の)知り合いたちが『弱ぶる女は夜凄い』とか『(自分の役割は)これ(夜伽)しかないと思い決めた女は吹っ切れてる』とか『守ってオーラ(性的)が半端無い』とか言ってたけど本当だったのかと」

「私そんな目で見られてたんですか!?」

「おい貴様、御嬢様をすけべ呼ばわりとはどういうつもりだ!」

「わぁっ!?ち、違うんです張任さん、劉璋さんがすっごい魅力的だから一刀さんもきっと満足だろうなぁって!」

「当たり前だ!先日旦那様に御奉仕されていた時だってむぐぐ!?」

「貴女も黙りなさい!と言うか講習中なんですから席に戻りなさい!」

「ちょっとなにやってんのよあんた達!?倉庫の方、もう次回分のちょこれーとが納入されてるから早く取りに来なさいよ!」

 

この後、目が血走ってる若先生から静かにしなさいって滅茶苦茶怒られた。

 

 

 

 

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小さな猪口型に練った餅の端部を飴の包み紙のように捻り、そっと横に傾けると餅の中から透明な雫が染み出す。

「ふむ。これも失敗だ」

「失敗では仕方ない、それは儂が貰おう」

向かいに座る祭の手が伸び、中の酒が零れぬようそっと摘んで口へと運んでいく。静かに咀嚼しながら、眉根が僅かに寄っていく。

「つまみにしては、餅がちと甘すぎるな」

「まあそういうものらしいからな」

確かに甘すぎる。祭の失敗作を三個ほど処理した(食べた)ところで先に自分は降参し、持参したスルメの足を小さくちぎって口へと運ぶ。

 

「二人とも、さっきから一個も出来ていないわよ」

「仕方ないじゃろ。流琉も多分無理じゃと言うておったしな」

優雅に微笑みながら杯に口をつける紫苑に、手酌をしながら祭が答える。小娘共が『ばれんたいんでー』だなんだと騒いでいたので何なのかとお館様に聞くと意中の男にちょこれーとなる菓子を送る日らしい。『天の国の若い娘向けの行事だ』と言うお館様にでは老いぼれは関係有りませんなと一睨みすると、あわてて弁解するように大人向けには中に酒が入った菓子を贈るのもあると言われた。その話を祭にしたところ興味を持ち、連れ立ってそれは作れるのかと流琉に聞くと酒を密閉するのが難しいと言う。しかし餅なら出来るかもと言い、一通り要領と餅の在り処を説明するとこれから料理教室だと言って慌てて去っていった。

 

「紫苑、お前は作らんのか」

「もう殆どお餅も残ってないでしょう?それに、璃々が作ってますから」

にっこりと笑う紫苑の笑顔には娘への全幅の信頼を感じる。最近の璃々の姿を思い浮かべ、本当に紫苑に似てきたと言いかけて『おばさんみたい』と紫苑に二度ほど笑われたのを思い出して喉の奥に仕舞い込む。

「娘に菓子を作らせて、自分は礼に一刀を食うつもりじゃろ」

「さあ?璃々次第ですわ」

 

祭と紫苑の軽口に、紫苑と璃々の間の変化を実感する。旧蜀に居た頃は、今と変わらぬ優雅な挙措の中にも必死に娘を守ろうとした姿があった。それがお館様と出会い安住の地を得て幸せに暮らす姿には他人事ながら喜ばしいと思っていたが、近年では成長著しい娘をお館様にぐいぐいと売り込んでいる姿が目に付いていた。母親であるのだから娘の事が心配なのだろうと思っていたが、悲願叶って璃々が側室の一人に収まると彼女らの間に多少の距離感―――勿論相変わらず非常に仲睦まじいのだが、娘を一人の人間として認めているように見える。また璃々も、容姿と気の置けない者とのやりとりにはあどけない部分を残しながらも非常に大人びた面も見せるようになった。賢い娘でもあり既に声望も高く今後の

蜀を背負って立ってもらう事に何の不安も無い。

 

(これからは、一人の女としての幸せを追うといい)

「?私の顔に何か付いてる?」

気付くと見つめていたらしい。眼を閉じ、杯を軽く掲げて答える。

「いや。甘過ぎるつまみも、たまには悪くないと思っただけだ」

紫苑と璃々の幸福に。

 

 

 

ついでに、二人には内緒で焔耶に買わせたお館様用のちょこれーとに。

 

 

 

 

 

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積み上がっていた書類の最後の一枚の決裁欄に署名をし、『決裁済』の箱に移す。

んっ、と一つ伸びをして席を立ち、お茶を求めて厨房へ向かう。その途中のメイド控え室をちらりと覗くと、月の姿が無い。

まあそうか、と思いながら廊下の角を曲がると案の定の小さな後姿が台所に向かっていた。

「…出来そう?」

「あ、詠ちゃん。うん、もう少しだよ」

近づいて厨房の壁にもたれながら、型を団扇で扇いでいる月の穏やかな横顔を眺める。

「今年は作ったのね」

「うん…去年はちょっと良くなかったからね」

少し困り顔で振り向く月に、去年のバレンタインデーを思い出す。

事前調査から、馬鹿ちんこに送られる見込みであった圧倒的な物量をどういう順番でどこに行って受け取るか、どこで一時保管するか等で総務室一同はてんてこ舞いしていた。それで忙しいのもあったとは思うが、昨年は月は作らなかった。と言うか、一刀に贈りさえしなかった。

ただ、むしろ月は少し気を利かせ過ぎた。各所でチョコレートを味見し続けた一刀に、きっと多少食傷気味だろうと考えて口直しにとお茶と漬物を間食に出したところそれがおおいに一刀に喜ばれ、馬鹿ちんこは馬鹿ちんこで不用意に『今日食べたもので一番旨かった』とぽろっと言ってしまったのが方々に知れてしまった。一刀の歓心を買うには妙手と言えば妙手ではあったが、新参の娘達を中心に『一人だけ目立とうとして』と暫く風当たりが強くなってしまった。月の揺ぎ無い、時には母親のようでさえある一刀への愛情を知る者達は月が今更そんな点数稼ぎじみた事をする事は無いと知っているがそうではない者達から見れば地位を利用した悪辣な逆張りと見えなくも無い。

 

「そんなに、気にする事ないわよ?」

「ううん、でも折角のバレンタインデーだし」

そう言う月の手元を見ると、チョコレートの型も特に凝っていないただの立方体だ。それに材料に使ったと思しきチョコレートも市販の品。対外的なものを考えて無難なものにしたのだろう。ただ、流石に味気なさ過ぎると思ったのか香料の小瓶が脇に置かれていた。

自分の立場を十分意識した、むしろ後宮運営での自身の功績に比して気を使い過ぎなのではとさえ思える作り方に密かに嘆息する。

 

「詠ちゃんは作らないの?」

「ガラじゃないし、月のと一緒に並べられるのも御免だしね。市販のやつ買ってあるわ」

「もう…そんな事言って、御主人様だって詠ちゃんから手作りの貰ったら喜んでくれるよ」

「まあ、作りゃ喜びはするでしょうけどね」

軽く両手を広げて肩を竦める。まああいつはこれ作ったの、良かったら食べなさいよと言われたらそれまでに何百個食ってようが必ず有難う、旨いねと言うだろう。しかし、自分と一刀の間柄――――はそこには無い、と思う。それは月だって知っている。私に近い奴は大方感づいているだろうし、遠い人なら『あのぶつくさ五月蝿い女は出来合いのチョコをそっけなく渡すだけの女だ』と思うだろうから特段問題は無い。

そこまで思いを巡らせて、自分も大概に政治の中で生きる女に慣れてしまっているなと密かに苦笑する。とは言え、そもそも西涼で月に付いて上京した頃はと言えば女ですらない、女であることすら忘れていた。それを思えば平和で幸せな事だと多少思い返し、月に声をかける。

 

「美味しそうに出来たじゃない。先に私に一つ頂戴よ」

「いいよ。あ、でもまだ固まってないかも」

「この寒さならちょっと外置いとけば固まるわよ。ボクお茶入れとくから、その間にあいつの分包んじゃいなよ」

「うん、お願いね」

 

特別な日にも他愛のない、日々の幸せ。

 

 

 

 

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濡れた髪を拭きながら部屋の扉を開くと、いまだに寝台の上でお姉様は腕組みをしていた。

「ねえお姉様ぁ、まーだやってんのー?」

「んー…」

生協のチョコレート販売目録を睨みつけている姿は私が風呂に行く前と何も変わっていない。

「早く決めないと締め切り来ちゃうよ?後何日も無いじゃない」

「そりゃ、そうだけどさぁ」

 

漸く顔を上げた姉様の表情は優柔不断を絵に描いたようなものだった。

「そんなに悩む時間があったら作れちゃうよ、流琉の手作り教室今からでも申し込めば?」

「あたしがそんな器用なこと出来ないの知ってるだろ」

再び目録に目を落としてうんうん唸るお姉様に少し嘆息しながら、やれば出来るでしょうにと心の中で突っ込む。

だいたいお姉様は虫がいい、市販品のちょっといいのを渡せばご主人様が自分になびくと本気で思っているのか。

碧(龐徳)だってやったこともない編み物を紫苑に習って必死にお守りを編んでいる、あんな目つきで作られたお守りは執念というか、情念がこれでもかと言うくらい詰め込まれてさぞ御利益があることだろう。尚私は不意打ちの口移しで渡す予定だ。多分同じ事を考えているシャオをどう出し抜くかだけが問題で…

 

―――流しの方へ向かい、棚の二本の小瓶を取る。

 

話が逸れた。姉の虫がいいというのは今に始まったことじゃない。そんな禄に攻めない、煮え切らない受け身でよくここ(後宮)を追い出されないなとさえ思う。一体昼間の、騎馬隊を率いていたお姉様はどこへ行ってしまったのか。

 

「碧だって頑張ってるよ?」

「んー。夜遅くまで毎日よくやってるよな」

 

―――小瓶に半分ほど酒を注ぐ。

 

そりゃ確かにお姉様は美人だ、つい手が出るところはアレだけどご主人様にとってはまあ可愛げの内だろう。問題は、自身が可愛げが足りないと思い過ぎているところだ。

 

「お姉様だってここは貫禄みせなきゃいけないところなんじゃないのー?」

「あたしはいいよ、似合わないし」

 

―――棚の奥から、箱に隠した更に小さい薬瓶を取り出す。

 

どうせ自分は可愛く振舞えない。がさつ。フリフリの服などもっての外。ご主人様がすきんしっぷ?だっけ、肩を抱いてきたりしてもエロエロ魔神とか言って場合によっちゃ逃げようとさえする。一度始まっちゃえば自分だってエロエロ魔神(魔女?)のくせに。

 

「こないだの遠駆けだって、ほんとに遠駆けだけで帰ってきちゃうしさぁ」

「…ご主人様だって楽しかったって言ってたじゃないか」

 

―――瓶に書かれた用法注意を読む。『一刀に服用させる場合は一度に約3滴まで。それ以上服用すると翌日以降に差し支える。女性側が服用する場合も基本的には同じ。薬草から作った精力剤を原材料にしているが、体調不良時は服用しない事。 華陀』

 

それでもご主人様が機嫌が良い…と言うか、気が向いている時にはお姉様が(口では)やめろよとか嫌がって見せてもかさにかかって構ってと言うか弄ってくれて上手くいけばそのまま寝台へという事もあるけど、その頻度は明らかに春蘭の方が多い。春蘭のあのいじめてオーラは異常だ、お姉様は競合する脳筋同士であれに勝たなくてはいけないのに。

 

「そんなんだから脳筋って言われるんだよ」

「うるさい」

 

―――片方の小瓶には3滴だけ薬瓶から垂らし、振り混ぜて蓋をして『ご主人様用』と書く。少しだけ思案して、もう片方にはとぷとぷと半分ほど注いで『お姉様用』と書き、お姉様の居る寝台の方へ向かう。

 

 

「そこまで悩んでるんだったらさぁ、ご主人様さっき部屋に帰るって言ってたからお酒でも飲みながらどっちがいいか聞いてみたら?」

 

 

 

ああ、私ってなんて姉思い。

 

 

 

 

 

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ゆっくりと、細くチョコレートを搾り出していく。この寒さなのに手に汗をかいている。

「あっ、蓮華さん上手上手!綺麗にハートマーク出来てるよ、これで完成だね!」

焼き菓子の上にチョコレートの線を引ききると、お揃いの前掛けと三角巾姿で隣で見ていた桃香がぱちぱちと手を叩いた。

 

「有難う桃香。随分手伝ってもらってしまったから、包装は自分でやるわ」

「そう?じゃあ、私自分の包んじゃうから判らないことあったら聞いてね。あ、チョコが冷えて固まるまでは触ると乱れちゃうから気をつけてね」

はじめに飾りつけた分の焼き菓子から順に紙の箱におそるおそる収めていきながら、自作分を綺麗な手際で包んでいく彼女の手元を横目で見る。その姿は実に楽しそうで、鼻歌さえ聞こえてきそうだ。

 

「桃香はいいわね。料理上手で」

「えーっ?そんなことないよ、華琳さんとか流琉ちゃんとかに比べたら話にならないよ。一緒に御料理習ってたじゃない」

「比べる相手が悪すぎるし、私に比べたら大分上だわ」

正直、桃香とは少し差があると認めざるを得ない。一緒に料理を習っていた頃は似たようなものであったし自分も真剣にやっていたつもりだったが、その後桃香は練習も重ねたのだろう。更に元々料理もしていた桃香との生まれの違い、またこういったことに対する器用さと言うか、素の能力の高さは決して評価されていないが素直な吸収力を持っている彼女との差を痛感する。

 

私は一事が万事こうだ。

王として姉に及ばない。

妻としても一番でない。

女としても周囲に劣る。

一刀は変わらず愛情を注いでくれているけれど、そんな不安に陥る事もある。

「…でもこれ、一刀は喜んでくれるのかしら」

「えっ?」

「他の子があげるやつの方がずっと美味しいんじゃないかって」

正直な思いが口を突く。考えてはいけない、と思いながらもつい溢れてしまった。

 

「あはは…正直に言っちゃえば、私達のより流琉ちゃんの教室で作るやつとか市販の高級品とかの方が美味しいかもねぇ」

「そうよね…」

「でもいいんじゃない?」

溜め息から顔を上げると、桃香が笑顔で真っ直ぐこちらを見ていた。

「これが私達の精一杯だもん。一生懸命作ったんだから、これでいいんだよ。もしご主人様に不味いって言われちゃったら、来年又頑張ろう?」

澄んだ瞳というのはこういう瞳なのだろう。呉内からは、知識の少なさや覇気を感じさせない姿から蜀王としての資質を危ぶむというか疑う声もたまには聞くが、蜀からは聞いた事が無いのはこの揺ぎ無い姿があるからなんだろう。

 

「…桃香が眩しいわ」

「えーっ、何それ!?」

苦笑すると、馬鹿にされたと思ったのか変な顔をする。

 

「でもその通りね、私なりに頑張って作ったわ。これを一刀にあげたい」

「うん」

「でも不味いとか言ったら、思春に殴ってもらうわ」

「ひどーい!あははっ」

「ふふふ」

公私共に、私の目指すものはまだ遠いけれど。

 

自分なりの全力で。

 

 

 

 

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チョコレート良し。

鍋良し。

火の準備良し。

前掛け良し。

型良し。

 

 

「さあ、やるぞ!今年こそ!」

そう自分に気合を入れた瞬間に、背後から抱きすくめられた。

 

「ひゃ!?ご、ご主人様!?」

「何してるの?愛紗」

「あ、い、今からバレンタインデーのチョコレートをっ」

「そうなんだ、でもそれより俺は今すぐ愛紗を食べたいな」

「でも今はチョコっ、あふっ…ん、んむ」

いつもと違っていきなり強めに胸を揉まれ、力が抜けそうになるところに顎に手を添えて振り向かされ、唇を塞がれる。

 

「…っ、ぷあっ…だ、んっ、ダメですっ、そういって去、去年も一昨年もっ」

「第一、愛紗自身よりも美味しいチョコなんてあるのか?」

「そ、そんな言い方ずるいですっ、んっ、あはぁっ」

ご主人様の指が服の中へ差し入れられて乳首を捕らえられ、下着もずり下ろされる。

「料理中に襲われちゃう陵辱えっち、いっぱいしようか?」

そう耳元で囁かれると、私の頭の中はどう言って拒絶すれば押し切ってもらえるだろうか、という事しか考えられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「…寝たかな?」

「うん、寝かした。明日夕方までは寝てるんじゃないかな」

「いいなぁ愛紗ちゃん、毎年毎年…」

「うん桃香、必死なこっちの気持ちも察してね?」

「ごめんなさい…」

 

 

 

 

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「ねえ、本当にあげないの?」

「はあ」

台所から顔だけ出した御嬢様に、何回目かの同じ返事をする。これだけ気の無い返事をしても尚聞いてくる御嬢様は中々に根気がいい。

背も伸びて、そんな根気も身につけた御嬢様に私はちょっとだけ嬉しくてそこそこ寂しいです。

 

「七乃があげないと私が怒られるのよ?」

「怒られちゃって下さい、それも人生勉強ですから」

寝台に寝転びながら手にした雑誌から目を上げず、脇の机に置いた煎餅を取ってぱきりと齧る。

「ただでさえ七乃の事『態度悪い』って言う人だっているんだから…」

「言わせておけばいーんじゃないですかぁ?今更ですよ」

 

『あの女はこんな大事な行事にチョコレートもあげないで、愛情も無いくせに巧言を弄して一刀様を操ろうとしている』とか言われてるのくらいは想像に難くない。誰が言ってるかさえ大体目星がつくくらいだ。

「もう…」

諦めたように厨房内に御嬢様が戻った。まあ、さぞ御嬢様の作ったチョコレートは普通に美味しくて、普通に一刀さんも有難うとか喜んで、御嬢様もそれを見て満足することだろう。それはそれで何の不満も無く、寧ろ喜ばしい。

 

「あっ」

しかし御嬢様はまだ私が気になるらしく、また顔を出した。

「分かってると思うけど!」

「?」

「明日、突然一刀さんとふっとどこかに消えたりしないでね?」

「しませんよ、そんなこと」

何かと思えば、大方誰ぞから言われたのだろう。

 

「あー、でも」

「御嬢様が明日、昔みたいに『主様!妾がチョコレートを作ったのじゃ!妾もろとも食べてたも、食べてたも♪』って言ってくれるんでしたら私も作りますし、御嬢様を食べてもらえるようにしますけど?」

「………も、もういいわ!出来上がったから、私楓(曹真)先生のところに包み方習いに行ってくるから!じゃあね!」

一瞬悩んでから、型に入れたチョコレートを手にぱたぱたと出て行かれた御嬢様チョロ可愛いです。いつまでもそのチョロさは失わないで下さいね。

室内に、私の煎餅を齧る音だけが静かに響く。

 

まあしかし、どうして丸一日かけて山ほどチョコレートを貰って、どれ一つにさえ嫌な顔一つせず嬉しそうに食べてみせる相手の事には皆さん気が回らないんでしょうかねぇ?

去年の月さんのは中々いい考えだとは思いますけど、まあ色々角も立つでしょうし。

 

 

 

 

 

 

「日常の中にこそ愛情ってあるって思いませんかぁ?御嬢様」

雑誌の頁をめくりながら、なんとなく呟いた。

 

 

 

 

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「部屋の中には華琳様のチョコレートが二体ある。好きな方から食べろ」

「二体?いや、私が作ったのは一体だけだがむぐぐ!?」

「うん私も一体作ったのだ、ゆっくり食うといい。さ、姉者は私と行こう」

「むぐもが!?」

秋蘭が春蘭の口を塞いで引き摺っていくのを見送りながら、本日最後のチョコレートの受け取り会場―――別名華琳の部屋の扉を開ける。

 

 

 

 

「…これは凄い」

部屋に入って、思わず出た一言。

 

まず部屋に入って向かって右―――春蘭謹製と思われる、華琳像。

勝気な―――あるいは不敵な、表情。堂々と立った姿で右手を高く掲げ、突撃の号令をかける場面だろうか。

服や瞳の細部まで精緻にかたち取りや色づけがされており、精巧なフィギュアにも見えるがたちこめる匂いからして巨大なチョコ像なのだろう。

そして左。

その右のフィギュアと寸分変わらない姿で、微動だにせず立つ『華琳像』。

流石の春蘭でもフィギュアにしてはリアル過ぎる、胸だけが緩やかに上下する秋蘭曰くの『チョコレート』。

 

「凄えなぁ…」

これだけのチョコレートフィギュアを作る春蘭も春蘭だが、微動だにせず全く同じ姿を保持する華琳も凄い。

「今日一番ビックリした」

室内からは答えはない。何故ならここにあるのは彫像二体だから。

ここまでで凡その意図は察したところで、秋蘭の言葉を思い出す。

これで冗談でもチョコ像の方から食べ始めたら流石に華琳も怒るだろうな、と思いつつも好奇心には勝てず、チョコ華琳の方に歩み寄ってその像の前で膝を折る。

 

「おー…パンツは白か」

「殴るわよ」

左側から声が聞こえたが、振り向くと表情も何一つ変わりない華琳像がそこにあった。殴られる前に止めておこう。

春蘭には悪いが食べるべきものから手をつけようとして改めてその姿を見ると、右脇の下が目に付いた。

 

「…脇の下から食べ始めようかな」

「…」

 

一瞬眉根が寄った様な気がしたので流石にやめてその身体を柔らかく抱きしめ、桜桃のような唇に自分のものを重ねて口腔内を味わう。

表情はそのままで、チョコにしては熱く甘い彼女の舌がそれに答えるように絡められ。

 

キスしたままで、器用にも

『馬鹿』

と言われた。

 


 
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