(壱壱)
憎しみが起こした戦は終わり、正式に五胡の王から謝罪と不可侵を約束する文が届けられた。
初めは何かの冗談かと思っていた華琳達だが、姜維のことを親身になって心配している事を知りとりあえずは最低限の警戒にとどめる事にした。
それから舞香の葬儀が彼女の生まれ故郷で執り行われ、安らかに眠る彼女を葵は涙を流しながらもしっかりと別れを済ませた。
一刀の提案で薄化粧をほどこされた舞香は本当にただ眠っているだけのように、穏やかで見る者は皆、生きているのではないかと思った。
「約束するよ。舞香さんの分まで葵ちゃんを守るから。だからゆっくり休んで」
墓が建てられ、一刀はその前で両手を合わせて舞香の冥福を祈った。
それを真似するかのように雪蓮達も両手を合わせて黙祷をささげた。
葬儀が終わると今度は雪蓮の懐妊が話題に上った。
まったくそんな感じを見せなかっただけに一刀ですら気づかなかったが、雪蓮は驚かせようと黙っていたようで、予め準備はしていたが今回の一件で言うタイミングが多少ずれてしまった。
「とうとうあなたも父親ね」
意地の悪い笑みを浮かべる華琳に一刀はどう反応すればいいのか困っていた。
「一刀が愛情たっぷり注いでくれたからよ♪」
よほど嬉しいのか葬儀が終わってから終始、笑顔が絶えない雪蓮は一刀に寄り添っていた。
「でも不思議なものね」
「何がかしら?」
「だって母様が亡くなったとき、こうなるなんて思わなかったもの。孫家の再興と母様の理想だけを望んでいたから、自分が子を宿すなんて考えてもいなかったわ」
一刀と出会って三年。
数多くの困難を乗り越えてようやく実らせた一刀との愛の結晶を愛でるように雪蓮は自分のお腹を優しく撫でる。
「今更ながら思うわ。私が今までしてきたことは自分のためではなかった。母様や民の為だったんだって。でも、今は違う」
愛する人の為に自分は生き、そして子を宿した。
誰の為でもない、自分が得た自分と愛する者の幸せ。
「だからって無茶しすぎよ?」
子を宿していながら戦場を駆け回ってはあまりよくないと華琳は嗜める。
「当分は剣を持つこともお酒も控えなさいね」
「え~~~~~。お酒ダメなの?」
「ダメよ」
あっさりと華琳は否定する。
「そうだよ。雪蓮は呑みすぎるからお腹の子供まで酔っ払いになってしまうからね」
「ぶーぶー」
頬を膨らませて抗議する雪連だが一刀と華琳の二人の前に折れるしかなかった。
「まぁあの調子だと隠れて呑みそうだからしっかり見張っておくのよ」
「そうする」
はたして一刀にそれができるだろうかと苦笑する華琳。
そこへ風と葵がやってきた。
「そろそろ準備ができましたよ」
風はそう言いながら一刀の横にやってきてさりげなく腕を掴んだ。
「なぁ風」
「なんですか?」
「本当にいいのか?」
一刀は華琳の方を見て風に問う。
いくら華琳が自由にしてもいいと言ってもいきなり側室になるといい、このまま一刀と雪蓮についていくといった時、驚きを隠せなかった。
「風はもはや程昱ではなくなりましたよ。今はただの風なのです」
「華琳……」
「いいんじゃあないかしら。私としてはその方が好都合よ」
何が好都合なのか分からなかったが一刀は風ののんびりとした表情の中に、自分をしっかり見ていることに気づいた。
「それに風と葵ちゃんを側室にしてくださると言ってくれましたし。これはついていくしかないのです」
すでに一刀の側室気分を隠すことなく表している風に対して、葵は困ったように苦笑いを浮かべていた。
「まったく、旅先で側室をつくるなんてね……」
呆れるような華琳の視線に一刀は泣きたい気持ちになる。
「同感よ。私が懐妊してもまったくお構いなくだしね」
寄り添っている腕を捻りながら雪蓮も呆れたように言う。
「お兄さんらしいといえばらしいですね」
事の張本人までもが一刀に呆れていた。
三人からの集中攻撃に一刀は最後の一人に助けを求めるが、葵は何度も頭を下げて自分では助けられないと態度で示した。
「はぁ~……」
肩を落として自分の立場の弱さを嘆く一刀に風は頭を撫でた。
「なでなでですよ」
「まったく」
これ以上からかうのは可哀想だと思った雪蓮と華琳はお互いを見て笑った。
「それでこれからどうするわけ?」
「とりあえず洛陽に行くつもり」
自分達が新婚旅行をしていることはしっかりと覚えている雪蓮は予定通りの洛陽へいくつもりだった。
「それじゃあ私と一緒に行きましょう」
「もうここを離れてもいいのか?」
いくら戦が終わったからといっても多少の事後処理も残っていたが、華琳はそれは本来、秋蘭がすることなのだと説明した。
「それに旅は人数が多いほど飽きないでしょう?」
つまり華琳はせっかく目的地が同じなのだからわざわざ別々で行かなくてもいいということを言いたかった
「華琳」
「何かしら?」
「もしかして俺を酒の肴にするつもりじゃあないだろうな?」
一抹の不安を感じながら念のため確認をする一刀に華琳は満面の笑みを見せた。
「当然でしょう。こんな面白い事、私一人除け者にされたくないわ」
「さいですか……」
どうやら洛陽に着くまで華琳からもいじられる事が確定した一刀はため息をついた。
「安心しなさい。別に雪蓮からあなたをとろうなんて思っていないわ」
「といいつつも華琳様は羨ましいと思っているのです」
何事も無いように風はそう付け加えた。
「風……貴女ねぇ……」
急に頬を紅く染める華琳は元家臣を睨みつけたが、風は気にしていなかった。
「風は知っているのです。言葉ではお兄さんをとらないといいつつも、こっそりと情報を集めていたことを」
「なっ!?」
「ちょうど五胡の一件もありましたからよかったものの、お兄さん達が事前に来ることを調べていたのですよ」
華琳自身も誰にも悟られないように計画を進めていただけに、風のまるで見てきたかのような口ぶりに顔を紅くしていく。
「だから極秘だといって長安までわざわざ来たのですよ」
「なるほどね」
何かに気づいたかのように雪蓮は頷いた。
「そういえば以前、華琳から誘われた……ぐばっ」
一刀が自分に誘いをかけてきたことを思い出している最中に華琳からの容赦のない鉄拳が飛んできた。
「今更隠しても遅いわよ」
雪蓮もそのことをすでに知っていることなので特に驚かない。
「本当は風ではなくて自分が一刀の側室になりたいって思っていることぐらい誰でもわかるわよ」
「遠慮することはないと思いますけどね」
風からしても素直になる方がどれほど楽なのかぐらいは知っていたからこそ、こうして一刀の傍にいることを望んでいた。
だが華琳は魏王としてのプライドというものがあるために、風のように気軽に考えるわけにはいかなかった。
それにここで側室になるといったところで、形式的に一刀はまだ呉の一軍師であり、呉という国に事実上の下につくことが何よりも問題だった。
一刀がいった三国共存はあくまでも対等でなければならなかったかだ。
「二人とも余り冗談が過ぎると怒るわよ?」
「ぐぅー……」
「「「寝るな!」」」
「おお~。何やらよからぬ匂いがしたので思わず意識が飛びかけたですよ」
どんな匂いだと三人は思いながら風を見る。
「とりあえず、今はこれ以上増えるのだけは勘弁してくれ」
ただでさえ自分の許容を超える人数がいるのにこれ以上増えたら身体が持たない上に、蓮華達がどんな顔をするか容易に想像がつく。
「そう」
そう答えてあっさりと引き下がった華琳に一刀はとりあえず感謝した。
「とりあえず洛陽まで一緒に行きましょう。路銀も節約できるでしょうし」
二人でなら野宿もできたが今はさらに三人増えた為、宿を取るしかないと思っていただけに華琳の提案は一刀にとってありがたいことだった。
「何だか悪いな」
「別にいいわよ。これぐらいの器量を見せないと曹操の名が泣くわ」
照れ隠ししながら言う華琳に一刀は感謝した。
「ところでお兄さん」
ようやく一段落しようとしたところに風が一刀に声をかけてきた。
「どうしたんだ?」
「風としましては雪蓮さんのようにお兄さんの姓をつけてもらいたいのです」
「どういうこと?」
今の風は姓も名も字も持たないただの風。
華琳によってそれらを捨てさせられた風にとって一刀の姓を名乗りたいという思いがあった。
「う~~~~~ん、俺は別にかまわないけれど……」
問題は雪蓮がそれを許すかどうかだった。
月や詠は事情が事情なだけに雪蓮の合意があったのでこれに関しては何も問題はなかった。
「ダメよ♪」
雪蓮は笑みを浮かべて反対した。
「北郷を名乗っていいのは私と二人の義妹だけなのよ♪」
「おやおや、それでは風は名無しの風ですね」
雪蓮に反対された風は懇願するような瞳で一刀を見上げる。
「えっと……」
一刀本人からすれば苗字をつけることについては何にも問題はなかった。
だが世間体からすれば「北郷」という姓は大きすぎる意味を持っているために、簡単に与えていいものではないと雪蓮は言いたかったのではないかと一刀は思った。
「仕方ないですね。とりあえずは側室ということで満足しておくことにしましょう」
風も雪蓮の言いたいことを理解したのか素直に諦めた。
「ではその代わりに風がお兄さんにご奉仕することにしましょう」
「「「「奉仕?」」」」
その言葉に一刀はなぜか顔を紅くし、雪蓮と華琳は表情を曇らせ、葵は理解できていなかった。
「おや、ご存じないのですか?」
「い、いや、言葉の意味は知っているけど、どう奉仕するんだ?」
「風はお兄さんの側室。ならばすることは唯一つなのですよ。幸いにも雪蓮さんはご懐妊中。つまりお兄さんの夜を健やかに過ごせるようにするだけです」
のんびりと言い放つ風に葵を除く三人は唖然とした。
「風お姉ちゃん。それはどうするのですか?」
葵の質問に風の目が光った。
「待ちなさい、風」
それに気づいた華琳。
「何を教えるつもりなのかしら?」
「側室としての心構えですが何か問題でもありますか?」
「「「大アリよ(だ)!」」」
見事にハモった一刀達。
一人状況についていけない葵はどうしたらいいのか困っていた。
「はあ~……。華琳様も雪蓮さんはともかくとしてお兄さんまで恥ずかしがる事ないと思いますよ?」
「恥ずかしがる事を教えようとしていたのか」
程昱でなくなったといえ、風はどこまでいっても風だと三人が改めて強く思った。
「本当に変な旅になりそうだな」
一刀は呆れつつも洛陽までの旅は楽しくなりそうだと思った。
「お兄さん」
風のいつもののんびりした声に気づき、彼女の方を見る。
そしてその隣に葵もやってきた。
「風はこれまでたくさんの罪をつくりました。華琳様や馬超さん、葵ちゃんに龐徳さん。たくさんの人に迷惑をかけました。そしてお兄さんにも……」
自分のせいで多くの人々を傷つかせ、苦しみを与えた罪。
自分が背負うべき罰に対して程昱という名は死んだ。
だがそれは華琳達に対して償いであり一刀に対しての償いは何一つされていなかった。
「お兄さんにも痛い思いをさせてしまいました。風はどんな罰をお兄さんから与えられてもすべて受けます」
「わ、私も……受けます。一刀さんに傷を負わせてしまいましたから」
下手をしたら死なせてしまっていたかもしれないという罪悪感から葵も風と同じように自分の憎しみで招いた罪の対する罰を受けるつもりだった。
二人の気持ちがわかる一刀にとってどう罰するべきか考えもしなかった。
ただ、一つ。
これは二人にとって罰になるか分からないが一刀はそれを言った。
「ならもう二度と一人で苦しまないでくれるかい?」
何もかも一人で背負えるほど今回の罪は小さくなかった。
それに押しつぶされる寸前まで追い込んだ二人を一刀は嗜めた。
「天の御遣いとしての俺はあまり役に立たないけれど、誰かの苦しみを分かち合うことはできると思っているよ。俺だけじゃあない。雪蓮や華琳もいる」
「「お兄さん(一刀さん)……」」
二人は一刀の優しさに包まれていくような感じを受けた。
「まったく、一刀はお人よし過ぎるわね」
「同感ね」
二人の王と元王はそろって苦笑する。
「でもそれが一刀なのよね♪」
敵対している相手にまで心配する。
乱世では甘いと思われることを一刀は押し通してきた。
そして今回もそれを罪と罰を背負った二人に向けられた。
「ありがとうなのです、お兄さん」
風は柔らかな微笑みを見せた。
誰もがその微笑みに見とれてしまうほど純粋で無垢なものだった。
「一刀さん……」
「葵ちゃんもだよ」
「はい!」
改めて葵は一刀と出会えてよかったと思った。
そしてこれからも傍にいられる喜びを全身で感じていた。
「ねぇ華琳」
「なにかしら雪蓮」
「一刀の浮気癖を直す方法あれば教えてくれるかしら?」
「無理ね。一刀はどうも世の女人を虜にする魅力があるみたいよ」
「はぁ~……。そうね。一人の例外もないわね」
雪蓮の言葉に僅かに反応する華琳。
「いっそうのこと荊州を一刀の直轄領にしたらどうかしら。そうしたらみんなに平等に接してくれるわよ」
「ダメよ。一刀はあくまでも呉の種馬だもん」
「貴女が言うと妙に説得力があるわ」
一刀の子供を授かっている雪蓮の余裕さに少し羨ましいと思う華琳だが、それを決して口にはしなかった。
「あんな、いつまでうちらまたなあかんわけ?」
「「「「「えっ?」」」」」
全員が大声ながらも呆れたように部屋の入り口に立っている霞を見つけた。
「風と葵っちが呼びにいったのになかなかもどってこうへんから、どないしたんかとおもったで?」
「す、すいません!」
葵は申し訳なさそうに誤り、風は、
「ぐぅ~……」
「「「「寝るな!」」」」
本日二度目になる風の寝たフリに葵以外がこれまた綺麗にハモった。
「おお、つい本気で寝てしまいましたよ」
「あほなことしとらんでいくで」
霞はそう言って出て行った。
「霞達をこれ以上待たせない為にも行きましょう」
「そうね」
華琳が立ち上がると雪蓮もそれに続いた。
「俺達もいこうか」
「「はい!」」
こうして風と葵も正式に一刀と雪蓮に付いて行くことが決まった。
外に出ると眩しいほど天気がよかった。
華琳は雪蓮の身体を心配して馬車を用意していた。
「一刀と一緒の馬がいいでしょうけど、無理はしたらダメだからこれで我慢しなさい」
中を覗くと五人が乗るには少し狭いが、誰かが馬を動かすのに前に行けば問題なかった。
「馬は一刀と……そうね、姜維にしてもらうわ。私と雪蓮、それに風は中でいいわね」
馬に慣れている葵と一応、男ということで一刀が選ばれるのは妥当だった。
洛陽までの護衛として霞と凪が付き、秋蘭と稟は長安に残ることになった。
真桜と沙和は翠の見送りが終われば洛陽に戻る予定だった。
「北郷」
一刀のもとに翠が申し訳なさそうな表情を浮かべながらやってきた。
「そ、その……済まなかったな」
「うん?なんのこと?」
「お前の……肩だよ」
「肩?」
翠に刺された肩の傷はまだ完全に癒えていなかったが、当の本人は多少の痛みが残っているものの特に気にしていなかった。
「いいよ。これぐらい」
この程度の傷で事態が解決できたのであれば安いものだと一刀は思っていた。
「お、お詫びにあたしの真名をお前に授ける」
「え?いいのか?」
それほど大した事ないのに真名を授けられる事に戸惑う一刀だが翠は違っていた。
「いいんだよ。あたしが授けたいからさ」
「うん……」
「な、なんだよ。授けられたくないのかよ?」
妙にムキになって一刀に絡みつく翠。
仕方なく一刀は素直に彼女の真名を授かる事にした。
「わたしの真名は翠。これが傷を負わせたお詫びだ」
「ありがとう、翠」
せっかくの真名にしっかりと受け答える一刀を見て翠は顔を紅くする。
「き、姜維のこと頼むぞ」
「ああ。俺ができる限りのことはするよ」
「や、約束だぞ」
そう言ってぎこちなく手を差し出してくる。
顔を横に向けながらじっと待つ翠に一刀は笑うのは失礼だと思い、手を伸ばして握った。
「姜維!」
後ろにいた葵に声をかける翠はこう言った。
「あたしを許してくれなんて言わない。でも、わたしはいつお前が戻ってきても歓迎するからな」
それだけを言って手を離して去っていく。
葵はそんな彼女の後姿に静かに頭を下げた。
「ほな、いくから乗った乗った♪」
霞に催促されて一刀達は馬車に乗り込んだ。
「出発~!」
ゆっくりと一行は長安を出発していった。
(座談)
水無月:ようやく新婚旅行が再開されます~。
雪蓮 :長かったわね。
風 :本当ならば今回から風と葵ちゃん、それにお兄さんとの珍道中のはずなのに、まったくだめですね~。
水無月;言い返せない自分が悔しいです!(#゜皿゜)!
雪蓮 :はいはい。そんなことはいいから、次からはちゃんと私の中にいる子供のことも書きなさいよ。
風 :風としてはここはやはり葵ちゃんと二人を相手に大活躍するお兄さんに期待なのですよ。
葵 :風お姉ちゃん・・・・・・それはちょっと・・・・・・・。
華琳 :どっちにしてもきちんとしなさいよ?
水無月:了解であります!
風 :おや、華琳様も本当はお兄さんともっと親密になりたいのではないのですか?
華琳 :別にそんなことはないわ。(風ったら鋭すぎだわ・・・・・・・)
水無月:とりあえず次から本格的にまた甘々な新婚旅行ということで一つよろしくお願いします(><)
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今回は五胡編のおまけです!
新婚旅行再開といいつつ、まだ書き残していた事があったのでそれを短くまとめました。
そのへんは大変申し訳ございません(><)