(壱拾)
乱戦の真っ只中、魏蜀連合軍は必死になって戦っていた。
だが、そんな中で一番に何かを気づいたのは霞だった。
「秋蘭、なんかおかしないか?」
「どうした?」
「いや、五胡って五十万やったよな」
「ああ。そしてそのほぼ全軍と我々は戦っている」
冷静に話をしながら五胡の兵士を倒していく二人。
「なのになんでこんなにぬるいんや?」
霞の言いたいことは簡単だった。
普通に考えれば十倍の兵力差ならいくら霞達が善戦しようか潰されるのが時間の問題だった。
現に、戦い始めた頃は押されっぱなしで戦線を維持するだけで精一杯だったのが、ある時から幾分か余裕が持てるようになってきた。
「たしかに」
自分達の主君が突撃していった辺りから攻撃の苛烈さが収まってきていた。
だからといって手を抜けるほどでもなかった。
「そういえば馬超の姿がないな」
それらと何か関係があるのかと秋蘭は思った。
「霞、我らの命令は何だったか覚えているか?」
「命令?たしか雪蓮はんを援護……あれ?」
援護するはずの雪蓮の姿がどこにもなかった。
「どこいったんや?」
「さあな」
他人の心配よりも自分達の方を優先させる秋蘭とは違ってまだ余裕を感じさせている霞は辺りを見回しながら戦う。
「雪蓮はんになんかあったら一刀にどやされるよな……」
「案ずるな。あの小覇王がそう簡単に倒れるはずがない」
「せやけどな~……」
困ったように飛龍堰月刀を振るう霞。
そんな彼女を見て口元を緩める秋蘭は仕方なく周りを見る。
「あ~~~~~もう、うっとうしい」
力任せになぎ払い、馬を飛ばしていく。
「霞!」
それに気づいた秋蘭だがすでに遅かった。
「やれやれ」
呆れていたがその表情は笑みがあった。
その頃、激しく息切れをしながらも舞香は槍を構えて、目の前にいる小覇王を見ていた。
馬から下りてすでに三十合ほど打ち合っているが、息を切らしているのは舞香のほうだった。
「はぁ……はぁ……化け物め」
息一つ切らすことなく剣を片手に持ち、悠然と立っている雪蓮の表情は嬉しそうだった。
「失礼ね。私以上に化け物なんていくらでもいるわよ」
「孟起以上のやつとこうして手合わせするとは思わなかったわ」
息を整えていく舞香だが槍を握っている手が震えていることに気づいた。
「ねぇ、一つ聞いていいかしら」
「どうぞ」
「どうして攻撃していない兵士がいるわけ?」
秋蘭と霞だけではなく雪蓮もそのことに気づいていた。
そのおかげで自分達が全滅せずにすんでいるのだが、雪蓮からすれば少々苛立ちがあった。
「よくわかったわね」
何十万という中でそれを見抜く雪蓮に舞香は賞賛の気持ちが浮かんだ。
「母に連れられて昔から戦場にいたから、これぐらいは分かるわ」
「そう」
久しぶりの強敵と出会えて嬉しいのか雪蓮は楽しんでいた。
「いいことを教えてあげるわ」
「どんないいことかしら?」
「もう少しで我々は兵を引くわ」
「そうなの」
特に驚くこともせず雪蓮は聞き流す。
そんな彼女の態度に表情を曇らせる舞香。
「貴女、何か知っているの?」
「さあ、どうかしら」
槍で攻撃してきた五胡の兵士を何人か斬り伏せて一歩ずつ舞香には近づいていく。
「正直に言うわ。貴女が何をしようがどうでもいいの。私がこの先にいく理由はただひとつ」
「北郷殿か?」
「正解♪」
嬉しそうに答える雪蓮。
そして剣を振り払い、その切っ先を舞華に向けた。
「もし一刀に何かあれば、五胡だろうがなんだろうが潰すだけよ」
その言葉を聞いて舞香は確信した。
(この女は何かに気づいている)
だからこそ、早く自分の目的を達成させなければならないと感じた。
「安心していいわよ。北郷殿には何も危害を加えないわ。それと悪いけれど貴女の相手はここまでよ」
そういうと五胡の兵士が雪蓮を取り囲んでいく。
馬に乗った舞香は兵士に囲まれて尚、まったく臆することなく自分を見返している雪蓮を見下ろす。
「ほんのしばらくでいいわ。そこから動かないでくれるかしら」
「それは命令?それとも……」
「どちらでもないわ」
不敵な笑みを浮かべ馬を走らせて去っていく舞香。
「仕方ないわね」
頭を掻きながら息を漏らし、そして冷たい笑みを浮かべた。
「一刀を迎えにいこうかしら」
剣を前に掲げると五胡の兵士達は無意識に一歩後ろにさがった。
五胡の本陣付近。
魏蜀連合軍が突撃を開始で始まった親衛隊との戦い。
数で勝る五胡の親衛隊だが、魏蜀連合軍を率いているのは魏王、曹操こと華琳と蜀の五虎将軍、馬超こと翠だったために、兵の士気は高かった。
斬っても次から次と沸いてくるかのように五胡の親衛隊だが、臆することなく華琳も翠も前に進んでいた。
そしてある程度進んだところで、突然、五胡軍は戦闘を止め、道を開いていく。
できた道を一人の少女、姜維が馬に跨って進んでいく。
「貴女が大将?」
鮮血が滴り落ちる絶を手にしたまま華琳は姜維を見る。
疲労感がすでに極限近くまで来ているだけにこれ以上はさすがに厳しさを感じる華琳だが、隙を見せるわけにはいかなかった。
翠も華琳以上に疲労感があったが銀閃を握る力は衰えていなかった。
「華琳、馬超さん」
そこへ風を前に乗せた一刀が馬を進めてきた。
「「風(北郷)!」」
姜維の横に馬と止める。
「程様、北郷さん、危ないですから下がっていてください」
姜維がそう言っても一刀は下がろうとしなかった。
その代わりに風が口を開いた。
「伯約ちゃん、華琳様に馬超さん、少しだけでいいので風のお話を聞いてもらえないでしょうか」
「裏切り者の言葉なんて聞きたくないわね」
華琳の冷たい言葉にも臆することなく風は半分閉じている瞳を姜維に向けた。
「程様、すぐに二人を倒します。だから下がってください」
すでに槍を構えている姜維は華琳達を睨みつけたままいつでも動けるようにしていた。
「ふざけんな、ガキ」
そう言って翠が馬を飛ばして姜維に斬りかかっていく。
姜維はその鋭い一撃に対して両手に力を入れて槍で受け止める。
「やるじゃん」
「……」
翠はさらに一撃を繰り出すがそれをかわすと、姜維は反撃に出た。
一撃を繰り出しそれを受け止めた翠だが、何かに気づき馬から後ろへ飛び降りた。
「嘘だろう……」
自分のわき腹に一閃入れられていた。
(もう少し遅かったら串刺しかよ……)
一撃を抑えたかと思った矢先に二撃めを素早く胴体に向けて放った姜維を子供だと思って油断していた翠はすぐに銀閃を握りなおした。
姜維は馬から下りてまっすぐ翠に向かっていく。
「「ハァアアアアアアア!」」
再びぶつかり合う二人の槍。
激しく打ち合いをしながら二人は一刀達から離れていった。
「困りましたね」
本人が言うほど困っているようには見えない風に一刀はどうしたのかと聞いた。
「これでは本当に仇討ちしてしまいそうです」
「まずい……んだよな、それって」
「そうなのですよ」
二人はどうしたものか考えるが今、下手に止めに入れば間違いなく斬られる。
しかも疲労していない姜維の方が二十合の打ち合いを過ぎた辺りから翠よりも攻撃を上回り始め、それにともなって翠は防戦にまわり始めていた。
「お兄さん」
「なんだ?」
「お兄さんが止めてくれませんか?」
無茶苦茶なことを風はのんびりと言う。
「風……」
「なんですか?」
「俺にあの二人止められると思うか?」
呆れるように言うと、風は一刀を見上げて懇願するような瞳を向けていく。
「風には無理です」
「俺も無理だって」
それでも風は一刀を見上げるのを止めない。
そうしている間にも姜維と翠は戦いを続ける。
「お兄さん」
「あのな……」
「お兄さんでなければあの二人は止まりませんよ」
どうしても一刀に止めさせようとする風。
「武器もないんだけど……」
「大丈夫です。お兄さんが危ない目にあうことはないですよ」
信じられないといった感じで風を見るが、これ以上、同じことを繰り返していれば彼女のいうように本当に仇討ちが成功してしまうため、仕方なく馬を前に進める。
だがその前に華琳が立ちはだかった。
冷たい視線を二人にぶつける華琳は絶をしっかりと握っていた。
「裏切り者にはお仕置きをしなければいけないわね」
「華琳……」
容赦をする気は華琳には毛頭なかった。
「お兄さん、先にいってください」
「お、おい」
心地よく一刀の前に座っていた風はそこから滑り落ちるようにして馬から降りた。
「お兄さん、伯約ちゃんのことをお願いします」
いつもののんびりとした口調ではなくまるで覚悟を決めたように言う風を一刀は戸惑いながらも馬を走らせる。
華琳の横を身構えながら通り過ぎたが何も起こらず、そのまま姜維と翠の元に向かった。
残された華琳と風はお互いを見る。
「説明しなさい」
絶を風の目の前に突きつける。
「その前に、お兄さんを見逃してくれてありがとうございます」
礼を言いながらも絶の刃を恐れる事がない風。
「風はとてつもない大きな罪を作りました。それはきっと風の命を差し出しても償いきれない罪なのです」
「どういうこと?」
風はそこで初めて今回の騒動の原因を華琳に話した。
ゆっくりと話す風の一言一言に華琳は表情を変えることはなかった。
復讐を手助けしただけでも重罪に値することをした風にとって自分の保身のためではなく、たった一人の少女のために話していく。
そしてそんな自分に協力してくれると言った一刀には何の罪もないことを華琳に伝え、全ての責任は自分にあるとした。
「なるほど」
短く答えた華琳だが絶を引いたわけではない。
「つまり、その子のためだけにここまでの茶番を演じたわけね」
「そうなのです」
視線を逸らすことなく華琳を見上げる風は続けた。
「天下を安寧に導いたお兄さんならば風にはできないことをしてくれると信じています。復讐からは何も生まれないことを知っていると思ったからです」
誰かを恨むのではなく手と手を取り合い、笑顔で一緒にいる。
簡単なようで難しいそれを成し遂げた一刀だからこそ姜維の心を救ってくれる。
そのための命がけの茶番を演じていたが、それすら一刀に見破られた時、風はすべてを一刀に委ねる事にした。
「だからといって今の状況でどう説得するつもりなの?」
「風にはわかりません」
「わからない?」
ではなぜ一刀を送り出したのか、華琳には理解できなかった。
「わかりませんが、大丈夫だと風は思います」
ようやく二人のもとに着いた一刀だが、あまりのも激しい二人の戦いにどうしたらいいのか困っている様子が風から見えた。
「華琳様」
「なに?」
「もし風が思っているように事が進んだらこの頸を刎ねていただきたいのです」
それがせめてもの敬愛する主君に対する罪滅ぼし。
「考えておくわ」
それに短く答えた華琳は絶をようやく引き、一刀達がいるほうに馬を向けた。
「「はぁ……はぁ……はぁ……」」
一刀が見た二人は傷だらけだった。
顔にこそ傷はなかったものの、腕や足、それにわき腹まで所々が紅く染まっていた。
それでもお互いを睨み、隙あらば一撃で討ち取ろうと狙っていた。
「姜維さん、馬超さん、やめるんだ」
馬から下りた一刀の制止などまったく聞こえていないかのように二人はお互いから視線を動かすことはなかった。。
「馬超さん!」
「煩い!怪我したくないならどこかにいってろ」
一刀がいては邪魔なだけと言わんばかりに翠は声を荒げる。
「北郷さん、どいててください」
姜維も今は目の前の敵だけに集中し、ようやくめぐり合えた仇に彼女の憎しみを増していた。
お互いを目指して突き進み槍同士がぶつかり合う。
「俺の話を聞いてくれ」
何度も同じ事を繰り返すがやはり聞こえていない。
五胡と魏蜀連合の兵士達も静かに姜維と翠の戦いを見守る。
華琳や風ですら黙って二人を見ていた。
そんな中、翠は自分の傷が増えていくことに焦りを覚えていた。
(ちょっとやばいなぁ……)
鋭さを増していく姜維の攻撃を受けながら翠は限界を超えかけていた。
蜀の五虎将軍としての名誉と馬家としての誇りが辛うじて彼女に力を与えていたが、憎しみの刃と化した姜維の攻撃に隙が見えなかった。
一刀はこのままでは風が言ったように、本当に仇討ちを成功させてしまうと思った。
それではここに風と共に来た意味がなくなってしまう。
姜維と風を救うと決めていたのだからどうにかしなければならない。
「やめるんだ、二人とも!」
どちらが倒れてもそれは何の解決にもならない。
それでも止めることができない自分の非力さを呪う一刀は後ろを振り返った。
華琳の横に立っている風を見た。
それに風も気づいたが、すぐに一刀が何をしようとしているのかが分かった。
「ダメです、お兄さん」
今まで一度も大声というものを発したことのない風が初めて発した。
「風?」
その異変に気づいた華琳が風を見ると、すでに前に走り出していた。
「風!」
すぐに絶影を走らせようとしたが、それよりも早く影が横切っていった。
「なに?」
華琳は絶影を止めその影を見送った。
風が一刀の元にたどり着く前に、一刀は槍を構えて相手をめがけて駆け出し始めた姜維と翠の間に入った。
「「えっ?」」
目の前に立った一刀をすぐさま確認したがすでに槍を突き出していた。
「お兄さん!」
生涯最初でおそらく最後の全力疾走をしてきた風が見たものは痛々しい一刀の姿だった。
二本の槍は右肩と左のわき腹に突き刺さっていた。
激痛が一刀の意識を一時的に失いかけたが、倒れるわけにはいかなかったため何とか両足で踏ん張った。
翠はすぐに銀閃を引き抜いて自分が誰を刺したのかを確認すると頭の中が混乱していった。
一方、姜維は初めて味わう感触に襲われ、槍を引き抜くことができなかった。
「お兄さん」
風の心配する声に苦痛を浮かべながらも安心させようと笑みを浮かべる一刀だが、突き刺さったままの姜維の槍がさらに傷を抉っていく。
「一刀!」
声と同時に槍を斬り落とされた。
そこに立っていた人物に安心したのか膝をついた。
「やあ……雪蓮」
「やあ……じゃあないでしょう!」
すぐに一刀に刺さっている折れた槍先を掴んだ。
「痛いけど我慢しなさい」
「ちょっ……」
何かを言う前に雪蓮は勢いよく槍先を引き抜いた。
「いたっ……」
「当然よ。風、何か止血できるものない?」
「包帯ならありますよ」
服の袖からいくつかの包帯を取り出して雪蓮に渡した。
「まったく……」
雪蓮は何に怒っているかぐらいは一刀も容易に見当がついていたので黙って応急手当を受けていた。
「ごめん……」
「後にしなさい」
いつになく雪蓮の声は冷たさを含ませていた。
「雪蓮」
そこへ華琳もやってきた。
「これでよしっと」
「一刀、大丈夫なの?」
「あ、ああ、何とかね」
笑おうとするが痛みが走る一刀は申し訳なさそうに華琳を見る。
「さてと」
剣を手にして雪蓮は翠と姜維を交互ににらみつけた。
「二人とも覚悟はできているわね?」
容赦する気配などまったく感じさせない雪蓮の覇気に翠は銀閃を落とさなかっただけまだましだったが、一刀を刺したときよりも恐怖を感じていた。
「馬超、貴女にはあとでお仕置きしてあげるから覚悟しておくことね」
吐き捨てるように言い放ち、もう一人の人物の方を見た。
姜維はこの世の者ではないものを見ているかのように歯を鳴らし、身体は激しく震わせ目には涙が溢れてきていた。
「小娘の分際でよくも私の旦那様に傷を負わせてくれたわね」
一歩間違えば取り返しのつかないことになっていただけに、雪蓮は翠以上に容赦をするつもりはなかった。
一歩、また一歩、前に進んでいくだけで姜維は折れた槍を捨て後ろに下がっていく。
目には見えない闘気にあてられ、尻餅をつきそれでも這うように逃げる。
「こんなのが五胡の大将だなんて呆れるわね」
姜維を見下ろす位置まで近づいて冷たい視線を容赦なくぶつけていく雪蓮。
「あ……あ……い……いゃ……」
なぜ自分がこんな目にあわなければならないのか。
自分はただ仇討ちをしたいだけなのに、どうして今自分が地に無様な姿を晒しているのか。
恐怖の中で姜維はその答えを探した。
「貴女」
「ひいっ……」
「仇討ちするなら失敗すればどうなるか分かっているわよね?」
剣を姜維の目の前に突きつけた。
「死になさい」
氷の微笑と共にゆっくりと手を引いて勢いよく剣を姜維に突く。
「い、いゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
悲鳴を上げる姜維に迫る剣。
「させるか!」
雪蓮が声に気づいた時には体当たりをされていた。
身体を軽やかに動かし距離を置いて着地すると、雪蓮の視線の先には槍を持った舞香が姜維を庇うように立っていた。
「遅かったわね」
先にここに向かったはずの舞香が雪蓮より遅れて着いた。
「あの包囲をどうやって……」
「そんなの潰してきたからでしょう」
雑兵ごときいくらいようが関係ないといった感じの雪蓮。
「とりあえずその子を渡しなさい。仇討ちがどれほどくだらないものかその身に教えてあげないといけないのよ」
「断ると……言ったら?」
舞香は槍を構え雪蓮に相対する。
「そうね。こうするわ」
雪蓮の動きに警戒を強める舞香が見たのは鞘に剣を収める姿だった。
「お膳立てはしてあげたわ。あとは貴女に任せていいわよね、風?」
意外な人物の名を口にした雪蓮に全員が風を見る。
そして指名された本人はというといつものように寝ていた。
「「「起きなさい(起きろ)!」」」
「おお~。お兄さんの傷を見て思わず昇天しかけましたよ~」
ここが宴会場であればそれも冗談で済まされたが残念ながら戦場だったため、風はすぐに真顔に戻った。
「お兄さん、ごめんなさいです」
「風?」
安全だといっておきながら傷つけてしまった罪悪感が風を包み込む。
「やはり風はダメな子です」
自分という存在があるからこそ悲しみや苦しみを生み出している。
そんな感じを漂わせている風に一刀は左手を伸ばして彼女の頭を撫でた。
「今まではそうだったかもしれないけれど、今からならまだ大丈夫だぞ」
「お兄さん……」
一刀の笑顔に目を細める風は頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「龐徳さん、これ以上の戦闘はもう必要ないと思いますからすぐに止めてくれますか?」
「……そうね」
舞香はそう答えて伝令をすぐに向かわせた。
ゆっくり姜維のもとに歩いていき、今だ震えている彼女を風は優しく抱きしめた。
「伯約ちゃん。もう大丈夫ですよ。誰も伯約ちゃんを傷つけたりしませんよ」
「ひっく……ひっぃ……」
姜維は風の胸の中に顔を埋めて泣きじゃくる。
雪蓮はそんな二人を見ることなく一刀のもとに戻った。
「雪蓮」
「たくさん言いたいことはあるけれど、後でいいわ」
「うん」
雪蓮に支えられながら立ち上がり一刀は風達のもとに行く。
「華琳、馬超さんもきてくれないかな」
「いいわよ」
「あ、ああ……」
華琳は平然と、馬超はまだ雪蓮に睨まれた恐怖が残っているかのように警戒しながら近寄っていく。
「姜維さん」
風に抱きしめられている姜維は涙目を一刀に向ける。
自分のせいで傷を負わせてしまった罪悪感はまだ戦場で人を殺めたことのない彼女の心を痛めつけた。
「大丈夫だよ。これぐらいの傷なんか大したことないから」
「で、でも……」
「大丈夫ですよ。こう見えてもお兄さんは天の御遣いなので運だけはいいんですよ」
それもどうかと思う言葉だが、この時は有効だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
傷つけるつもりなど初めからなかっただけに、姜維は幼子のように恐怖し泣きじゃくる。
「泣かなくていいから」
手を伸ばして姜維の藍色の髪を撫でる。
「この子が私と馬超のせいで母親を失ったのね」
「な、なに?」
華琳の言葉に翠は驚いた。
それも普通の驚きではなかった。
「この子は姜維。貴女達の争いに巻き込まれて母親を殺された哀れな娘よ。そして……」
舞香は言葉を止め、何かをかみ締めるかのように悲痛な表情を浮かべた。
「私のせいでこの子の母親は死ななければならなかった……」
初めて舞香の表情から罪悪感が生まれた。
「ほう……とくさん……?」
風に抱かれたままの姜維は舞香を見上げた。
「ごめんね。今まで黙っていて」
本当の仇がまさか自分が姉のように慕っていた舞香だとは思いもしなかった姜維は何がどうなっているのか分からなかった。
「まさか、あの時の弓は……」
ようやく三年前の記憶を掘り起こした翠は舞香に問いただす。
「そう。私の弓よ」
その弓を手にしたばかりに姜維の母親は無残な最期を迎えなければならなかった。
そして幼い少女に取り返しのつかない深い傷と憎しみを与えてしまった。
「舞香さん……」
一刀も初めて聞く真実にどういえばいいのか分からなかった。
「あの戦いは私の初陣だった。曹操を倒し馬騰様を救出するという孟起に賛同して未熟ながらの武をもって参加した。しかし……」
舞香の瞳は悲しみに染まっていく。
翠の挙兵を諌めるために華琳と共にやってきた馬騰。
物陰に隠れて華琳を矢で仕留めようとしたが、その時、彼女を見つけた者がいた。
それが姜維とその母親だった。
焦った舞香は照準をきちんと定め損ねて矢を放つと華琳の隣にいた馬騰の胸に刺さってしまった。
騒然とするその場から舞香は恐怖を感じ、弓を捨てて逃げ出した。
だがその弓を偶然にも拾った姜維の母親は犯人として翠の率いていた兵士達に殺された。
手当ての為に華琳は馬騰と共に陣に戻っていき、翠も引き下がった中で母親を殺された姜維は泣きじゃくった。
隠れていた舞香はその泣き声に引き寄せられて戻っていくと、母親を失って泣いている姜維を見つけた。
母親の近くに弓が落ちていたが、それが自分のものでそれを手にしたばかりに身代わりになって死んだんだと理解した。
目の前で泣く姜維に罪悪感を感じた舞香はこの原因を馬超と曹操という二人の人物のせいだと嘘を教えて、その復讐をしたいのなら一緒に五胡に行こうといった。
母親を失った悲しみに浸っていた姜維はその言葉をそのまま信じた。
復讐を手伝うという舞香をいつしか姉のように慕い、復讐するべき二人の人物を討ち取るための武芸を教えてもらった。
それから三年。
驚くほどの速さで武芸や兵法を身につけた姜維は風の手引きによって兵を借りて今回の戦を起こした。
本当の仇が傍にいることをつゆ知らず、姜維はただ二人を討つためだけにここにいた。
全ての真実を話し終えた舞香に姜維は信じられないといった感じで見つめていた。
「だから本当の仇は私。孟起でも曹操殿でもないのよ」
槍を握ったまま瞼を閉じ、自分の罪に押しつぶされないように力を込めていく。
「うそ……ですよ……ね?」
風から離れてまだ震える身体でゆっくりと舞香のもとにいき、彼女にしがみつく。
「だって……龐徳さん、いつも私のことを考えてくれていたんですよね?」
母親を失った悲しみを包み込むようにして毎晩、一緒に夜を過ごしたこと。
初めて行った五胡での孤独感を救ったこと。
仇を討った後、二人でいつまでも暮らそうと約束したこと。
いつも一緒にいたいということ。
その全てが舞香の話した真実によって壊れていった。
「姜維。貴女に何度も真実を伝えなければと思ったわ。でも、私をありのまま信じてくれて、姉のように慕ってくれていた姿を見て、私は言えなかった」
それは風と同じ罪の重さを背負っていた。
「龐徳だったわよね。一つ教えて欲しいのだけどいいかしら?」
「何かしら?」
「どうしてこんな茶番を仕組んだわけ?」
雪蓮の言う茶番、それは大規模な兵を動員してまでの今回の一連の出来事だった。
「冗談にしては少しおいたが過ぎないかしら?」
「そうね」
そう言って姜維を突き放し持っていた槍を構えた。
「龐徳さん?」
「それはね、こうするためなのよ!」
槍を姜維に向けて突き出す。
すぐさま避ける姜維に追撃をかける舞香。
「龐徳さん、やめてください!」
避けながら舞香に叫ぶ姜維。
それを見ていた一刀達はとっさに動けなかった。
翠や姜維にも勝るとも劣らない槍さばきに一撃、二撃と腕と足に傷を与えていく。
「これを使いなさい」
雪蓮は剣を姜維に放り投げた。
「これで終わりよ!」
渾身の一撃を舞香は放ちそれを姜維は剣を拾い、無我夢中で槍を弾いた。
「チッ」
舌打ちをしてなお、もう一度、力を込めて槍を構える。
「やめてよ……龐徳さん、どうしてこんなことをするんですか!」
「煩い!」
強烈な一撃に姜維は両手で剣を持って受ける。
「私は貴女が怖かった」
攻撃の手を休めない舞香。
「何時真実に気づくか。何時寝首をかかれるか。それなのに貴女は何もしなかった。ただ私の言ったことを信じた」
激しい音と共に舞香の槍は剣を弾き飛ばした。
「だから私は貴女の復讐を利用した。私の本当の目的の為に」
「龐徳……さん」
「だから、死になさい」
その時、姜維は舞香の頬に一筋の雫が流れ落ちるのを見た。
槍を勢いよく突き出していく。
静寂が訪れる。
そして姜維が目にしたのは自分の目の前で止まった槍と、胸に折れた槍が突き刺さった舞香の姿だった。
その折れた槍を風が突き刺していた。
槍が手から滑り落ちていき、ゆっくりと両膝を折り曲げていき大地に横たわっていった。
「てい……様?」
なぜ風が舞香を刺したのかわからない姜維。
華琳ですら風の今まで見たことのない機敏な動きを見過ごすほどだった。
大地に横たわる舞香の横に行き、胸に突き刺さっている槍を力の限り引き抜いた。
誰もが想像していなかっただけに動くことすらできなかった。
「龐徳さん、わざとですね?」
空を見上げる舞香をいつもの眠たそうな表情といつもののんびりとした口調で話す風。
風の力であれば斬ることできても刺さることはありえなかった。
「程昱殿……貴女がいてもらわないとあの子は笑えないわ」
「風はそんなにできた子ではないですよ」
風の答えに笑みを浮かべる舞香。
「龐徳さん」
涙で顔が濡れている姜維が虚ろな瞳をしている舞香を見下ろす。
「姜維……」
「はい」
「貴女の仇を程昱殿が討ってくれたわよ」
華琳でも翠でもない本当の仇である舞香。
最愛の母親の仇を討ったというのに姜維の表情は悲しみに染まっていた。
「嬉しいでしょう?仇が討てて」
「うれしく……ないです……」
いつも傍にいてくれた人が仇であって、その人を敬愛する風が討っても何も嬉しくもなかった。
「何も嬉しくないです……」
「そう……。ならばもう終わりにしてもいいわね」
華琳と翠を討つ理由もなくなった今、これ以上の無用な血を流すことはない。
「貴女にこんな気持ちにさせたくなかった。それなのにそれを防ぐ事ができなかった私を許してもらえるかしら?」
憎しみだけでは何も解決しない。
それを理解させるために舞香は自分の命をかけて茶番を演じた。
そしてそれを知っていたのは五胡の王と風の二人だった。
「舞香さん」
傷つきながらも雪蓮に支えられながらやってきた一刀。
「北郷殿……。こんな茶番につき合わせしまったわね」
「どうして……?」
その問いに答えない舞香にはまだやらなければならないことがあった。
「北郷殿。私との……約束を果たしてもらうわ」
「でも……」
そのことが現実になるとは思いもしなかった一刀は答えるのに戸惑いを隠せなかったが、舞香の視線を感じていくうちに頷いた。
「姜維……。これからは程昱殿と北郷殿が傍にいてくれるわ……」
言葉に力が失われていくのを誰もが感じた。
「北郷殿、あなたがもたらした平和の中で……姜維の笑顔をどうか守って……」
「約束するよ」
そうすればいつか姜維の心が強く成長すると舞香は思った。
そして自分の役目はこれで終わった。
舞香はそう自分の中でつぶき満足感に包まれていく。
「龐徳さん……」
「大丈夫。貴女の心は北郷殿と程昱殿が助けてくれる……」
過去を共有する事はできてもこれからの未来は違う。
それが自分の背負った罪と罰。
姜維がこれから少しずつでも笑顔を取り戻せるのであればそれだけで満足だった。
「曹操殿……孟起……」
「「なにかしら(なんだよ)?」」
二人の表情も悲痛なものを感じさせていた。
「これ以上……この子のような娘を作らない世の中を北郷殿とともに……」
「……ええ」
「……わかった」
自分達が引き起こした悲劇。
それは取り返しのつかない過去の出来事。
だからこそもう二度と繰り返してはならないことを二人は心に誓った。
「姜維……」
「はい……」
「貴女に真名を……」
姜維は涙を腕で拭う。
母親から授かる前に失ってしまったため、未だに真名がなかった。
「真名は……葵……」
「あおい?」
「ずっと決めていたの……貴女の髪の色を見ていて……」
嬉しそうに空を見上げ、そしてゆっくりと瞼を閉じていく。
「楽しかった……。葵と過ごした日々は何よりも……」
「舞香……お姉ちゃん……」
葵は舞香の手を握った。
「嬉しいわ……。初めて真名を呼んでくれ……」
微笑みを葵に向けたのか空に向けたのか、本人も見ていた者もわからなかった。
だがそれは心から満足していた。
「舞香……お姉ちゃん……」
葵は声を上げて泣いた。
自分をいつも温かく見守ってくれていた舞香の真名を何度も呼んだ。
だがもう二度と葵の真名を呼ぶこともなかった。
全ての戦いは終わった。
五胡も魏蜀連合軍も戦いをやめ、負傷者の手当てを始めるそんな中で、主だった将が集まってこれから行われる出来事を静かに見守っていた。
まずは華琳と翠による葵に対する謝罪。
誰もが華琳の頭を下げる姿に驚き、そして事の重大さを痛感せざるおえなかった。
葵もそれを受け入れたが表情はまだ暗かった。
華琳もそれを感じてか必要以上に謝罪をすることはなかった。
翠も同じだったが、一つ違うのは舞香を別の方法で救えなかったのかと自問していた。
なぜもっと早く真実を話してくれなかったのか。
そうすればそれ以上の悲しみなど増える事がなかったのではないかと翠は思った。
だがそれも今になってわかったことであり、すでに遅かったと感じ華琳以上に悲壮感があった。
一通りの葵に対する謝罪が終わると、次に待っていたのは風の処遇だった。
一時的とはいえ裏切り行為をした風を華琳は許すつもりはなかった。
それだけに秋蘭や霞達だけではなく葵も口を挟む事ができなかった。
「何か言い残す事はあるかしら?」
「そうですね。できることならばお兄さんの側室になりたかったです」
ここにきてなお、風は恐れる事をせず、いつもどおりののんびりとした口調で答える。
その一刀は治療のために別室で雪蓮の手厚い介護のもと監禁されていた。
「では程昱仲徳に申し渡す。貴女は五胡と内通したばかりか我が軍を窮地に追い込んだ。その罪は万死に値するものである。よって斬首を言い渡す」
当然といえば当然の刑だったが、それでも助命の声は上がった。
「華琳様」
「助命願いならお断りよ、秋蘭」
「しかし……」
これではまるで全ての責任を風一人に押し付けているとしか思えなかった。
「せや。斬首じゃなくてもっとほかの刑でええやんか」
これ以上の血を流すことは無意味だと霞は訴える。
「これは王として決めたことよ。口出しは無用よ」
「しかし……」
秋蘭が言葉を続けようとしたが華琳の冷たい視線に何もいえなくなってしまった。
「これは決定事項よ。何人たりとも逆らう事は許さないわ」
そう言って絶を風の首にかける。
風はゆっくりと瞼を閉じて自分の最期を待つ。
「霞、この子の髪を束ねなさい」
「なんでや?」
「いいから束ねなさい」
命令口調の華琳に顔をしかめる霞は仕方なく風の長い髪を手で束ねていく。
「さようなら、風」
そう言って絶を引いた。
風はなかなかやってこない絶の感触に目を開けて華琳を見た。
そこへ長い髪を手に持って霞が視界の中に入ってきた。
「私の知っている程昱はこの時をもって斬首されたわ」
「華琳様?」
「ここにいる貴女は程昱ではない。そして同時に私の忠実な部下でもないわ」
その証に風の長い髪はばっさりと切られていた。
肩まで短くなった髪。
「これで貴女は自由よ。何処へなり好きなところに行きなさい」
それだけを言い残して華琳は部屋を出て行った。
「風」
今にでも泣きそうな顔をしながら稟は風を抱きしめた。
「まったく……貴女という人は……」
もしかしたら初めて見る稟の泣き顔に風は両手を彼女の背中に回した。
「よかったな、風」
秋蘭と霞、それに凪達も風に対して安堵の表情を浮かべていた。
「風お姉ちゃん……」
その声に風が振り返ると涙が流れるのを必死になって我慢している葵が立っていた。
「おやおや、葵ちゃんは稟ちゃんと同じぐらい泣き虫さんですね」
その言葉に我慢できなくなった葵は泣きながら風に抱きついた。
「なでなでです」
藍色の髪をした少女を慰めるように風は優しく撫でる。
「とりあえずはお兄さんに報告しに行きましょう」
何もかも無事とはいえなかったが終わったことを一刀に報告しようとする風だが、それに対して秋蘭は苦笑を、霞達は呆れていた。
「今行くと、修羅場に巻き込まれるからやめといたほうがええで」
「そうだな」
「それはまた楽しそうですね」
そう言ってのんびりと立ち上がる風に全員が止めた。
「「「「「「「やめとけ(やめといたほうがいいです)(ですの~)」」」」」」
風は珍しく呆れたように息を吐いた。
「お兄さんにはいろいろ恩を返すだけなのにそんなに止めることはないと思いますよ」
困ったものですといわんばかりに天井を見上げた。
その一刀だが寝台の上でなぜか雪蓮に馬乗りをされていた。
「そろそろ本気で怒るわよ?」
「だから~……ごめんって言っているだろう?」
何かと問題があればそれに顔を突っ込み怪我をして戻ってくる。
いくら一刀が大好きだと言ってもそう何度も同じ事を繰り返されるとさすがに頭にきていた。
「一刀は私を置いて逝くことに何にも感じないのね」
「そんなことないって。俺だって風が安全だからそうかなあと思っていたんだぞ」
それが気が付けば大怪我をしていた。
下手をすれば国際問題に発展しかねない事態なのだが、一刀はそれについては何一つ文句を言うつもりはなかった。
「まったく……。いい加減にしてもらわないと私達は知らないわよ」
「悪かった………………って私達?」
妙に引っかかるその言葉に一刀は雪蓮を見ると、僅かに頬が紅く染まっていた。
「鈍いわね……。こんな父親だと呆れられるわよ?」
「父親って……。雪蓮、もしかして」
ようやく彼女の言葉を理解した一刀。
「そういうこと♪」
さっきまでの怒っていた表情が一変、満面の笑みに変わった。
一刀は内から沸きあがってくる喜びを爆発させた。
「本当なのか?本当に雪蓮の中に子供がいるのか?」
見た目はいつもと変わらない雪連だが、確かにいると彼女は答えた。
「私と一刀の血を受け継いでいるわ」
孫家と天の血ではなく雪蓮と一刀の血と言ったのは雪蓮がそれを望んでいたからだった。
「そうか……。俺達の……」
「だからもう二度と無茶はしないでよ」
「うん。そうだな」
さすがに子供ができればそんなことはできない。
「雪蓮」
急に真面目な顔をする一刀に雪蓮も吸い寄せられるように顔を近づけていく。
後もう少しで唇同士が触れ合うというところで部屋の入り口が勢いよく開いた。
「おお~。あれが夫婦愛なのですね~」
「「ふ、風!?」」
起き上がった二人に風はのんびりと歩いていき、その後を葵達が気まずそうに入ってくる。
そして最後に華琳がこれ以上ないぐらい呆れた表情を浮かべながら入ってきた。
「風、その髪……」
「さっそく気づいてくだされるとはさすがお兄さんですね」
寝台までやってきた風は雪蓮の方を一瞬見て、何の遠慮もなく一刀の頬に手をあてて唇を重ねた。
何が起こったのか誰もすぐには分からなかった。
その為に風は時間をかけて一刀のと口付けを堪能できた。
「風……?」
唇を離して満足そうにしている風に一刀はどういうべきか言葉が出てこなかった。
「風はお兄さんの側室になることにしました」
「そくしつ……?」
何のことなのか頭の中で整理をしていく一刀。
「「「「「「「「側室!?」」」」」」」」
葵以外全員が声をそろえて風の爆弾発言に反応した。
「ち、ちょっと一刀。どういうことなのよ?」
せっかく二人の子供ができたことで幸せな気分に浸っていた雪蓮は容赦なく一刀の襟を掴んで尋問をする。
「し、知らないって!」
「おや?お兄さんは風を側室にと思っていたはずですが?」
もうひとつ爆弾を放り投げる風。
「か~ず~と~!」
「お、落ち着け。お腹の子供に障るぞ」
「「「「「「「子供!?」」」」」」」
「あっ……」
見事に自爆する一刀。
「まったく……」
心底呆れる華琳と秋蘭だけが冷静さを取り戻していた。
「それはおめでたですね。ではついでにお願いがあるのですよ」
そう言って風は葵を呼び寄せた。
「風だけではなく葵ちゃんも側室にしてほしいのですよ」
もはや風の暴走というべき事態にこれまた珍しく雪蓮が絶句し、一刀は呆然と、葵は何がどうなっているのか分かっていなかった。
「ちょっと待て。なんでそうなるんだ?」
さすがに一刀も葵まで側室にするつもりはなかったし、舞香が死んでから時間も経っていないのに平然とそんな話をする風を疑った。
「風はこの耳でお兄さんと風で葵ちゃんの心を守って欲しいと龐徳さんから聞きましたよ」
舞香の遺言を風はただ実行しているだけに過ぎなかった。
いつまでも悲しみ暮れていても自分達が生きている以上、それすら糧にしなければならない。
風は風なりに葵のことを思っての行動をとっているだけに過ぎなかった。
「それに雪蓮さんのお腹に子供がいるということは龐徳さんの生まれ変わりかもしれませんよ?」
さすがにそれはないだろうと誰もが思ったが、一刀だけは真剣にそれを聞いていた。
自分に何かあれば葵を守って欲しいという舞香の望み。
天の御遣いとして救えなかった命の想い。
「姜維さん」
「はい……」
「俺は舞香さんと約束したんだ。彼女に何かあったときは俺が君を守るって。側室とかそういうのではなくて、一緒にいて欲しいんだけど、どうかな?」
近くにいれば悲しみを共有することもできる。
一人で泣くこともない。
何かあればすぐに守ることができる。
「でも……私は北郷さんに傷を負わせました……」
その結果、誰かに助けて欲しいと思うほどの恐怖を全身で感じた。
「そんな私が傍にいても迷惑をかけるだけです」
「そんなことないよ」
一刀は安心させるように葵に笑顔を見せる。
「傷なんて治るし迷惑なんか今更どうってことないよ」
「でも……」
「俺は誰も恨んでいないよ。ただ、舞香さんを救えなかったことだけは君に謝らなければならない。ごめん」
頭を下げる一刀に葵は涙が流れていく。
「葵ちゃん、風は言いましたよね。お兄さんの胸の中で泣くといいと」
葵は舞香を思い出しているのか、それとも風の優しさにふれたせいか、葵は一歩、また一歩、一刀に近づいていく。
「今までよく頑張ったね」
その言葉に葵は一刀に泣きついた。
舞香が死んだ時よりも悲しく切なく、ありのままに葵は泣いた。
「もう大丈夫だから」
失ったものの大きさとそれに匹敵する無限の優しさ。
藍色の髪の少女は復讐に生き、そして大切な人を失った。
何もかもを失った彼女だが、自分を受け入れてくれる優しさがあることを知った。
それが舞香の葵に残したたった一つの想い。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
一刀は思った。
葵の心を救ったのは天の御遣いでも魏の軍師でもない。
己の罪と罰を背負いながらも、懸命に道を踏み外さないように共に歩んだ舞香なのだと。
砕けた心を繋ぎとめ、新しく作るきっかけを与えたのも彼女なのだ。
短い時間の中で一刀を信じ、自分の想いを託した舞香。
憎しみに染まった心は新しく生まれ変わろうとしていた。
「仕方ないわね。特別よ」
雪蓮も風と葵を受け入れることにした。
彼女も葵の気持ちが痛いほど分かっていたからこそ、復讐というものがくだらないことを教えるために刃を向けた。
「でも、一刀。蓮華達が知ったらどうなるかは覚悟しておきなさいね♪」
新婚旅行をしながら側室を作ったと知れば間違いなく一刀は呉に残っている全員から集中攻撃を受けることになる。
罵声だけで済めばいいなあと思いつつもそれだけでは済まないだろうとため息をつきかけたが、今は一人の少女の心と一人の少女の想いを救えたということで満足した。
それから間もなく、葵は一刀に真名を授けた。
(座談)
水無月:え~突然ですが、仕上げた原稿をおじゃんにした愚か者です(泣)
華琳 :同情の余地ないわね。
雪蓮 :まったくね。
水無月:一回目に書き上げた原稿を保存する前に寝ぼけて消してしまい、二回目は上書きをしてしまい、不貞寝をしていました!
霞 :今すぐ、土下座して謝ったほうがええんちゃうか?
秋蘭 :まったくだ。
水無月:遅くなってスイマセンでした(><)
雪蓮 :まぁとりあえず五胡編もこれで終わりということはようやく新婚旅行を再開かしら?
風 :風と葵ちゃんを側室に迎えたお兄さんですね。
雪蓮 :一刀、戻ったらどうなるかしらないわよ♪
一刀 :ヒィィィィ(泣)
水無月:とりあえず次回からはまた新婚旅行(?)の再開です。あと、今日はこの後に初めてのあとがきがあるのでそちらもご覧ください~。
(あとがき)
いつも読んでくださいまして心から御礼申し上げます。
さてさて今回の五胡編ですが実のところ非常に悩みました。
一つは龐徳こと舞香をどうするかということでしたが、初めは生きているはずでしたが書き直しながら考えた結果、死ぬ事になってしまいました。
生きて欲しいと思っていただけに、水無月としてもそうしたかったのですが、彼女の死がなければおそらく姜維は復讐という概念から抜け出せなかったかもしれないと思いました。
憎しみからは何も生まれない。
そのことを舞香が命を懸けて姜維に教えたかったのです。
そして本来は一刀が教えるはずだったのですが、これも急遽、舞香に変えました。
オリジナルキャラを出して挙句に死んでしまうという結果は、もしかしなくても皆様に満足いかないものがあると思いますが、ご了承のほどよろしくお願いいたします。
もう一つは姜維の真名です。
これはご存知かと思われますが小説で最後のほうでちらっと出てきました。
水無月としてはどうするか友人とも話して色々悩みましたが、今回は藍色の髪にちなんで「葵」とオリジナルの真名をつけました。
キャラとしては外見は蒲公英のおとなしい版をイメージとして書きました(髪形はポニーテールではないですが)。
以上が今回の補足みたいな感じです。
今後ともよろしく皆様の温かいご支援のほどよろしくお願いいたします。
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五胡編最終話です。
今回もかなりシリアスはお話です。
今回も長いお話なので最後までよろしくお願いいたします。
キーポイントは舞香さんかな?