「蓮華様、何故に国の和を乱そうというのです。御自身の御立場をお忘れですか!」
「冥琳、私の心に迷いは一片も無いわ。そして私は自分の立場を忘れた事など片時も無い」
「戦いもしないうちから他国の軍門に降る選択を取るなど、正気とは思えませぬ!ましてや独断で使者を送るなど、貴女にそんな資格はない!」
「ならば内乱を引き起し、守るべき民に逆に災いを為す孫家にこそ統治者の資格は無いわ」
「蓮華様!!」
・・何という事だ。
覚悟はしていたが、最早御心が覆るとは思えぬ。
傍に控える思春や亞莎をはじめ、文官の重鎮である張昭・張紘殿達を含めた多数の者達が賛同している。
中には武官の者もおり、先代孫堅様の頃から仕えていた者まで。
ここまで、ここまで御遣いは人心に影響を及ぼしたというのか。
反乱を起こした豪族達とは違い、孫家への忠誠を疑うべくも無い者達に。
「姉様。お願いします、華国に御降り下さい。一刀は必ずや喜んで姉様を迎えてくれます。我等孫家の夢と共に」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第45話
アイツの頭って、一体どうなってるのよ。
先日にやっと魏国の建国案がまとまって式典の準備をしてたのに、大量の水を被せられた気分よ。
西平に新しい国って、平定した涼州の一部を無償で割譲するって。
将来を見据えれば悪くはない案よ、上手くいけば得られるものはとても大きい。
だけど普通考えないわよ、少しの土地でも争いの種になるのに。
・・ホントに、何考えてんだろ。
でも、五胡との和平を考えてた月はきっと喜んでるよね。
天水の領主でしかなかった時は漢の目もあって馬騰や韓遂も賛成してくれなかったし。
僕もそうだった、なんだかんだ言って否定してた。
こうして離れて今迄の事を思い返してみたら、僕って月の気持ちを押さえ込んでたよね。
僕の判断が一番月の為だって決め付けてた。
ゴメン、月。
一刀の許で月の願いは確実に前に進んでる。
僕はどうしたらいいんだろう?
袁紹と戦いながら、その間に曹操軍は豫州を支配下においた。
洛陽で取り込んだ名家や豪族達の力と縁故を利用して、ほぼ無血でだから最上の結果だと思う。
でもこれで、いよいよ華国との戦が現実味を帯びてきた。
華琳と一刀が自国の隣州である豫州を、特に汝南を今迄攻めなかったのは互いの本拠地の喉元に軍を置く事を避けたかったからよね。
これで華琳はいつでも一刀の寿春を攻める事が出来る、一刀がこれ以上自由に動けないように楔を打ち込んだ。
華琳は両国にあった暗黙の了解を破って踏み込んだわ。
様々な状況を判断した上ではあるけど、両国の緊張感はこれまでと比較にならなくて、いつ戦になっても不思議じゃない。
一刀と華琳。
古き慣習を改めようとしてる点は同じだけど、対応の仕方がかなり違う。
理想と現実、折り合いの取り方が大きく異なる。
一刀は既存勢力をほぼ敵にして、全てを一から作り上げようとしてる。
時間と手間がいるけど権力や身分のしがらみが無い分、結束力はとても強い。
華琳の場合、上下関係は徹底させるけど、従えば地位を保障するから内心はどうあれ力を持つ者が臣従してくる。
僕はどっちかというと華琳寄りだ、手っ取り早く戦力を増やせるし、妥協する事も必要だと思う。
だけど僕や華琳の考えを、いつだって一刀は超えてくる。
涼州の平定も早すぎるし、味方も従来とは異なるやり方で増やしてる。
月と戦うなんて絶対ありえない!
一刀には返しきれない恩がある。
・・でも軍師賈文和は、智の限りを出し尽くせる一刀との戦いを、心のどこかで望んでいるかもしれない。
幾度も挑み続けた劉備軍本陣への突入。
よしっ、今度こそ届く。
煩わしい張飛と関羽は左慈殿が引き受けてくれた。
ついて来てる兵はかなり削られたが、劉の牙門旗までもうすぐだ。
「どけええええええ!!」
立ちはだかる敵を打ち払い、遂に敵大将の劉備が視野に入った。
「貴様が劉備か、その首、魏文長が貰い受ける!」
劉備は返事を返さずに私を見据える、胆力はあるようだ。
「桃香様、お引き下さい。此の場は私が守ります」
傍に控える小娘や兵が劉備の前に立つが、笑止。
「貴様如き小娘が何をほざく。戦場では力こそが全てだ。精々悔やむがいい」
渾身の力を込めて鈍砕骨を振り下ろす、が、手応えは痺れるような衝撃。
・・この衝撃には、覚えがある。
「久しいな、魏延よ」
「華雄殿!」
大きく後ろに跳び、間合いから外れる。
「華雄殿、何故貴女が劉備を護っているのです、主の下に戻った筈では?」
「その主より劉備殿の護衛を任された。魏延よ、随分強くなったようだな」
くそっ、大将首は直ぐそこだというのに、よりによって華雄殿だと。
先の一撃で分かる、まだ私の実力は及ばない。
それに恩ある華雄殿に剣を向けるなど。
「ここは引きます。劉備、降伏を勧めておく。貴様等に勝ち目など無い」
またも返事は無い、フン、只の小心者か。
「華雄殿、劉備に護る価値などありません。主の下に戻られるが良いかと」
無駄とは思うが忠告をしておく、何とか華雄殿を捕らえる手を考えるか。
退く私に華雄殿が声を掛けてきた。
「魏延よ、先の一撃でお前が懸命に鍛練していた事が分かる。だが、その強さは以前の私と同質のものだ。私のような愚行を起こす前に、何の為の強さなのかを今一度考えてみてくれ」
何を言っているのか分からなかった、強さとは敵を上回る実力ではないか。
華琳が豫州を制して魏を建国。
并州は戦線が膠着状態か。
他にも各地の情報が入ってくるたびに頭を整理する。
咄嗟の機転なんて出来ない俺には、可能な限りの準備を普段から整えておくのが基本だ。
「一刀様、本当にたんぽぽが涼州州牧の地位に就くの?」
「うん、暫定だけど半年間は頼むよ。他に適任者がいないんだ」
涼州を任せようと思っていた馬騰殿が、西平への建国に出発した一団に参加したのは予想外だった。
「馬騰殿にお任せ出来ない以上、他にはおりませぬ。涼州の民も馬一族の蒲公英殿なら不安が軽減されるのです」
「だったら本来なら翠お姉様の役目じゃない。お姉様の馬鹿ー」
あー、翠も罰として半年間の西平行きを命じたんだよな。
役目は西平での守備、一団には新しい国の将軍もいるからあくまで一兵士の立場でだけど。
「堪忍したりいや。馬騰はんが劉皇家の二人を連れていったんやし、娘としても支えてやれるやん」
「お姉様が居たって叔母様の苦労が増えるだけだよ」
ねねと真桜の言葉に即座に反論する蒲公英。
「そんな事ないさ、翠が傍にいるだけで馬騰殿の力になるよ、きっと」
「・・一刀様、本気で言ってる?」
ハハ、きっついなあ。
俺が滅ぼした漢帝国皇家の姉妹、劉弁、劉協の二人。
以前に書簡で馬騰殿に預かって欲しいと頼んでいた。
忠臣の伏完や王子服が庇護すると言ってきたが、俺は二人が自分の足で立って生きていけるよう教育できる人に任せたかった。
正直にその事を書いて、返事には了承したと書かれていた。
漢の臣として最後の務めを果たすと。
故郷を離れて西平に向かわれたのも、国を興そうとする苦労や人の営みを肌で感じて欲しいからだと言われた。
病の身でありながら人の強さを教えてくれる馬騰殿に、俺はただ頭を下げた。
「韓遂のじじいもむかつくー、戦を起こした張本人の癖に」
「それは同感なのです。楽しそうに西平に向かって、背中に蹴りを喰らわしてやりたかったのです」
「城も財も軍も全部差し出すから儂も西平に行かせてくれって、ぬけぬけと降伏してきたもんな。許したったら踊りながら帰ってったで、それはもう楽しそうに」
うん、次の日には建国の主導者達に混じってたよな。
何て言うか、新しい玩具を与えられた子供みたいに目を輝せて。
「まあ、人材としては申し分ないし、きっと建国に貢献してくれるよ。俺達もあの元気は見習って頑張ろう。涼州州牧も蒲公英なら大丈夫だから俺は安心してるよ」
蒲公英ってさりげなく視野が広いし、柔軟な心を持ってるからな。
「もう。わかりました、謹んでお引き受けします。でもまた離れるんだから洛陽に戻る明後日までは一緒だからねー♪」
「待つのです。今晩は恋殿とねねが御一緒する予定なのです」
「ウチは昨日一緒やったから別にええよ」
何時もの事だけど、俺の意志は何処に?
さ、仕事に戻ろう、今日中に片付けたいのがあったし。
だが全ては星の来室によって白紙となる。
「残念ながらそうはいかぬようだぞ。主、時代は我等に休む暇を与えぬようです」
蓮華お姉ちゃんから預かった大切な書簡。
明命と一緒に寿春に行って、案内をつけてもらって西涼でようやく御遣いに渡せた。
それから三日しか経ってないのに、今は江陵に来てる。
お姉ちゃんの書簡を読んだ御遣いは疲れてるシャオに謝って、でも絶対に一緒に来て欲しいと言って、翌日の朝には一緒に江陵に出発した。
それから書簡をシャオに返した、祭に渡してくれって。
「尚香様、これは真に権殿が一刀へと?」
「うん、蓮華お姉ちゃんは本気だよ、シャオも呼ぶまでは帰ってくるなって」
それがどういう意味か、シャオだって分かる。
孫家の血筋を残す為だって事。
どうしてよ、蓮華お姉ちゃん。
雪蓮お姉ちゃんと戦ってでも御遣いと一緒に居たいの?
シャオには全然分からないよ。
「明命」
「は、はい」
「城が混乱状態の間に尚香様を無事に脱出させよ。儂が囮となって兵を引きつける、よいな」
「祭様、まさかっ!?」
「よいな、お主に任せたぞ」
祭、御遣いを殺すつもり?
そんな事したら祭だって絶対に死んじゃう。
「だ、駄目「祭、入るよ」
御遣い!よりによってこんな時に。
部屋に入ってきた、兵はいないけど護衛が二人ついてる。
「一刀、何用じゃ。愚かな儂を笑いにきたか」
「・・蓮華の書簡、読んだね」
「ならば儂がどんな行動をとるか、言うまでもないの」
護衛の二人が構える、確か呂布と趙雲っていう有名な武将。
いくら祭でも一人で勝てる訳無いよ、でもシャオと明命も加われば。
え!?
祭が、跪いてる?
「頼む、一刀。孫家に江南の地を与えてやってくれ。お主に逆らう事など絶対にさせぬ。儂も、孫家も、お主に絶対の忠誠を誓う。頼む!」
祭。
・・あの祭が、跪いてまでお願いするなんて。
「出来ないよ、祭」
信じられない、祭がここまでしてるのに断るって言うの。
「この人でなしっ、何が天の御遣いよっ、只の暴君じゃないっ!」
「暴君とは聞き捨てならんな、孫家の姫君」
「何よっ、違わないじゃない!」
「主が真に暴君なら黄蓋殿は真名を預けたりせぬ。そして主も意味無く黄蓋殿の願いを退けたりはせん」
それは、確かに祭ならそうかもしれないけど。
気を削がれたシャオに御遣いが話しかけてきた。
「孫尚香殿」
「な、何?」
「・・俺は祭も蓮華も、雪蓮だって従うというなら信じられるよ。口に出した事を覆す彼女達じゃない」
「だったらいいじゃない、どうして駄目なのよ?」
「それは、未来を棚上げした逃避だからだよ」
御遣いが話を続ける。
孫家だけ特別に自治領を与えれば、誰もが不平不満を持つ。
同じように求める者も当然出て来る。
でも民族が違うのならともかく、同じ民族で複数の国があれば争いが無くなる事はまずありえない。
争う理由なんて、それこそ湯水の如く湧き出てくる。
力の差があれば尚更、強い国が弱い国を食い物にしようとする。
例え当代は無事であっても、次代、更にその次代はどうなるか。
そこから芽生える負の感情は子孫に引き継がれていく。
人々の不満は膨れ続け、必ず爆発する時が来るって。
「以前の俺も、戦争から逃げたいから感情だけで目の前の平和に飛びついた。仲良しこよしで上手くいくなんて何も考えていないのと一緒なのに。結局は根本の原因から逃げて、負債を次代に押し付けただけなんだよ」
御遣いの言ってる事、全然考えた事なんて無かった。
孫家だけ良かったらいいって考えてた。
「俺は国を一つにする。民の上で胡坐を掻いて自らを特別と思う者などつくらない。自分の居る場所に感謝できない考えなんて引き継がせない!」
ズキン!
どうして?・・胸が痛い。
「恒久の平和や国なんて無い。でもそれは人が生きてるからだ。腐敗した漢を華が滅ぼしたなら、華が腐敗した時は必ず民の為に立ち上がってくれる者が出てきてくれる。俺が引き継いで欲しいのは力じゃなくて、その心なんだ」
「・・・」
・・力じゃなくて、心。
・・そっか、なんか、少し分かった気がする。
お姉ちゃん達が御遣いに魅かれてる理由。
王様とか、戦が強いとか、そんな些細な事じゃないんだ。
「どうしても、駄目か」
祭が力無い言葉と共にゆっくりと立ち上がる。
呂布達も武器を構え直す。
だ、駄目!
「駄目ーーーーーーーーーーーーーー!!」
祭にしがみつく、ちっちゃな頃からずっと護ってくれてた祭に。
「こんなの違う!こんなの誰も望んでないっ!お母さんだって望んでないっ!!」
「離してくだされ、尚香様」
「お願い、止めて、祭!シャオ達の為に自分の心を殺さないで。祭ならシャオなんかよりも御遣いの言ってる事が分かってるんでしょ!」
涙が止まんない。
力で祭に敵う訳なんてない。
でも、絶対離さない。
「やだよ、祭。死んじゃやだ」
グスッ、グスッ。
お母さんが死んだ時、ずっと抱き締めててくれた。
もう二度とあんな悲しいのは嫌。
暫くして、祭の体から力が抜けたのが分かった。
「・・何故じゃ、一刀。何故お主は袁術殿のもとに降り立ったのじゃ。何故儂等のところに来てはくれなかったのじゃ」
こんな辛そうな祭の顔と言葉は初めてだ。
ずっと、ずっと苦しんでたんだ。
御遣いが傍に歩いてくる。
「祭、迎えに行こう」
心に染みて来るような、温かい声。
「彼の地に住んでる、俺の家族になって欲しい人達のところに」
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様々な思いを背に、姉妹は相対する。
たとえ真の願いは同じだとわかっていても。