No.762525

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第六十六話

ムカミさん

第六十六話の投稿です。


一刀、帰還。

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2015-03-06 00:07:43 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4957   閲覧ユーザー数:3908

 

 

 

 

 

――刀、――――奥義――――――誰にも――――ない――

 

――――らば、きっ――――――待してい――――――――

 

 

 

 

 

――さんは――――――こんな――――単なこと――――

 

――――識を変え――――――んにも絶対――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……」

 

微かな呻きと共に、至極ゆっくりと一刀の瞼が開かれた。

 

夢を見ていた気がする。内容どころか、長いかも短いかさえも判然としない。

 

なのに、なぜか懐かしさが起きた後にも残っているような、そんな夢だったように思う。

 

しかし、開かれた眼から否応なく入ってくる情報が、そんな曖昧なものをすぐに流し去ってしまった。

 

ぼやける視界。その奥に見える天井はまだはっきりとしないものの、見覚えが無い気がする。

 

まだ頭には薄靄が掛かっていて、頭の回転が遅い。

 

体を起こし、軽く頭を振って靄を払おうとして、明らかに体の調子が悪いことに気が付く。

 

体が極端に重い。思考も未だにはっきりとして来ない。

 

原因を考えようとしたところで、ようやく現状を思い出してきた。

 

思わず両手を見つめ、握っては開きを数度くり返す。

 

体の感覚は間違い無くある。ということは……

 

「……俺は、まだ生きてる、のか?」

 

呟きが漏れる。

 

それだけ一刀にとって意外なことだった。

 

2つの意味で死を免れた理由が分からない。

 

と、その時、斜め後方から予想だにしなかった声が掛かった。

 

「はい、生きています。ですが、何もしない方が身のためだと言っておきます」

 

「っ!?しゅ、周泰、さんか……ってことは、まさかここは、建業?」

 

これだけ近くにいて気配を悟れなかった、とはつまり、今の自分の状態は相当に悪いのだと分かる。

 

ひとまず少しでも現状を確認しようと発した一刀の問いには、実に冷たい答えが返って来た。

 

「聞こえませんでしたか?”何もしない方が身のためだ”と言ったのですが?」

 

「…………」

 

抜身の刀のような剣呑な雰囲気を纏っている周泰の様に、口を閉じた方が無難だと判断した。

 

ついでに隠しきれていない、というよりも隠すつもりのなさそうな敵意に触れ、ようやく一刀の頭の靄も晴れてきた。

 

見れば周泰の手元には大太刀のような剣もある。確か彼女の得物だったはずだ。

 

恐らく、彼女は見張りなのだろう。

 

少なくとも一刀が周泰に気付いてからは一瞬たりとも目を離さず、気を張り詰めている。

 

だが、こちらは体が全くもって本調子では無い上に得物も見当たらない。

 

加えて敵意も無ければ逃げる気も無いのでそこまでガチガチに気張らなくても良いだろうに、と思ってしまう。

 

すぐに、反対の立場に立って考えれば周泰の反応が正しいのだと考えなおしたのだったが。

 

それはともかく、先程の短い会話から分かるように、周泰は一刀に発言すらも許さないような状態である。

 

となれば、一刀には何も出来ることは無い。

 

今の自分の状態を確認しようにも、下手に立ち上がれば周泰に斬り殺されかねない。

 

やれることも無く、ただ何となくぼんやりと周泰を観察する。

 

姿勢よく座っているその姿は、どうにも”小ぢんまり”という表現がしっくりくるような気がする。

 

その服装、大太刀ではあるが装備が刀のような剣、黒いストレートロングの髪、そして極めつけはその髪の奥に見える額当て。

 

彼女を一言で表現しろ、と言われれば迷わず、”くノ一”と答える。そんな容姿をしていた。

 

今まで出会って来たこの世界の将の例に漏れず、間近で見ても難癖すら付けづらい非常に整った顔立ち。

 

しかし、戦場で出会った時の大きな存在感とは裏腹に、思ったよりも実際の彼女の背は小さいようだ。

 

不意に、一刀は周泰の鍛錬風景を見てみたくなった。

 

その小さな体に対して不釣り合いにも思えるほどの大太刀を構えて振り回す様を想像すると、無性に目に入れてみたく……

 

(いやいや、何を馬鹿なことを考えているんだか……まだ頭が上手く働いていないみたいだな、うん)

 

明後日の方向に飛んでいった思考に脳内で無理矢理収拾をつける。

 

その間も周泰は姿勢も張っている気も一切崩さない。

 

そのまま奇妙な沈黙が場を包む。

 

それは扉が外から開かれるまで、実に半刻もの間続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

反応に困る沈黙を破ったのは、扉の外から聞こえてくる会話であった。

 

「おいおい、孫堅殿!前から言っているだろう?例え一刀が目を覚ましていたとしても、まだまだ絶対安静なんだって!」

 

「あいつの身柄は今私が預かっていることになってんだ。それをどうしようが私の勝手だと、私こそずっと言っているだろうが」

 

「とにかく、まずは俺に任せてもらう!それだけは譲れない!」

 

「あ~、分かった分かった。それでいいよ、もう」

 

扉の外にあってよく通る2つの声。

 

片方は周泰の主たる孫堅で間違い無い。

 

そしてもう1つの声は、以前にも聞いた覚えがある。あの時も同じような状況で。

 

「周泰殿、一刀はどう――――おおっ、一刀!良かった、目覚めたか!」

 

扉を開けて入ってきたのは、洛陽以来の再会となる赤髪の熱血医師、華佗であった。

 

「か、華佗?何で――」

 

一刀の言葉は、入ってくるなりツカツカと歩み寄って来て一刀の目の前で拡げられた華佗の手の平によって遮られる。

 

「色々言いたいことはあるが。まずは……」

 

言うやいなや、華佗の拳が一刀の頬を襲った。

 

もし避けそうと思えば、一刀ならば避けられただろう。

 

だが、この華佗の拳は避けてはならないものだ、と。何故かそう思ったのだった。

 

上半身が大きく傾ぐ。それだけ華佗の拳には力が篭っていた。

 

が、倒れきらずに耐えて、一刀は体を起こす。

 

その直後、華佗の怒声が一刀に浴びせ掛けられた。

 

「お前は何をやっているんだ、一刀っ!!前にも言ったよな?もう無茶はするなって!

 

 それがどうだ?毒矢の雨の中に自分から飛び出したって?

 

 いくらなんでもやりすぎだろっ!毒矢に突っ込んだらどうなるかなんて、ちょっと考えただけでも分かるだろうっ!?

 

 周りが見えなくなるにも程があるってものだぞ!

 

 お前はもっと自分の体を大切にしてくれよ。本当に……」

 

声を荒らげる華佗。そこには真に一刀を思っている様子が如実に表れていた。

 

そんな華佗を見て、初めて一刀はあの時の行動を反省する。

 

確かに、余りにも衝動的過ぎて、全くもって冷静さを欠いた状態であったことは否めない。

 

思い返せば、その前からして既に余裕が無かったのかも知れない。

 

最終的な行動は結局変わらないにしても、その過程や結果は十分変わり得た可能性が見える。

 

それがそのまま一刀にとっての反省点となった。

 

そして何より、この華佗のように、損得感情抜きに一刀を心配してくれる人々の事を忘れていたこともまた。

 

「……確かに、浅はかなところはあったようだ。

 

 また迷惑をかけて、そして心配も掛けてしまって。本当にすまない、華佗」

 

座ったままではあるが、深々と頭を下げる。

 

華佗にも、一刀がただの形式として頭を下げたわけでは無いことは、その声の調子から読み取れた。

 

「これからは本当に、本・当・に・無茶はするなよ?」

 

「ああ、そうだな。まあ、普通はそんな場面に陥るようだったら、結局それまでなんだろうが」

 

「そうだ。だが、一刀、お前は生きている。まさしく”天”がお前を生かしているようじゃないか!

 

 っと、これ以上は話が逸れ過ぎるな。ここからは医者の仕事だ。一刀、体の調子はどうだ?」

 

華佗の真剣な様子は変わらないが、中で何らかのスイッチが切り替わったのは分かった。

 

だから、一刀も話を引きずることはせずに素直に華佗の患者となる。

 

「特別悪いとは感じない。それよりも、俺が生きていること自体、かなり信じられないんだがな」

 

「ん?何故だ?」

 

「華佗も知っている通り、俺は毒の矢を受けた。塗られていたのは俺自身の症状から考えて恐らくトリカブト――附子と言った方がいいな。それだろう。

 

 あれを受けて、気を失うところまで行って。華佗の治療を受けたと言っても、それでも生きているのが信じられないんだ」

 

一刀の言葉を聞いて華佗は目を丸くする。

 

そして感心したように口を開いた。

 

「確かに一刀が侵された毒は附子だ。よく使われるからでは無く、症状からそれを見抜いたのか!一刀、お前はもしかして医学にも明るいのか?」

 

「あ~……いや、そうじゃないんだ。まあ、ちょっとしたことで知る機会があった。それだけの話だ」

 

まさか、そういったことを調べたがるお年頃な友達が近くにいたからだとは色々な意味で口には出来ない。

 

そのため、一刀は曖昧に誤魔化した。

 

尤も、華佗にとってもそこは特に重要と思わなかったようで、この話自体はそれで流れて華佗の説明が始まった。

 

「俺が自分の氣と”五斗米道”の術を使って治療を行っているのは洛陽の時に話したよな?

 

 基本的に目に見えるような傷なんかは、俺が高めて整えた氣を鍼を通して相手の体に送り込んで、患者自身の治癒力を飛躍的に高めているんだ。

 

 まあ、こっちの方は血を流し過ぎない限り、俺が治療せずともいずれ治るだろう類のものだな。

 

 だが、”五斗米道”による究極の治療は全く別の形なんだ。氣を使うことは変わらないんだがな」

 

「自己治癒力を高める……なるほど。考え方としては、どこか漢方医学に通じるところがあるのか。

 

 こっちは確かに分からないでも無いんだが……究極の治療?氣についても知らないもんだから、全く見当もつかないな……」

 

「普通はそうだろうさ。漢の中に氣を扱える者は非常に少ないんだ、その実態は謎が多くて当然だ。

 

 話を戻すが、”五斗米道”の奥義、究極の治療法、それは俺の氣により病魔の”核そのもの”を覆滅することだ。

 

 核さえ見つけられれば、病魔の種類は問わない。尤も、病魔の人体に対する脅威度に比例して覆滅に要する氣の強さも増していくんだがな。

 

 で、だ。今回の一刀は”附子毒の侵食”だと分かっていた。本来、附子毒を覆滅するに必要な氣の量は並大抵のものではない。

 

 だが、一刀が自ら切り裂いたという腕。あれ、毒を血ごと抜こうとしたんじゃないか?

 

 まあ、どういう意図があったにせよ、一刀のその行動が結果的に好転したことになる。

 

 あれでどうやら附子毒の”核”が弱まったらしい。それでも俺の氣では覆滅にギリギリだったんだが」

 

言葉も出ないほど、一刀は驚き一色に染まった。

 

華佗の”治療”は、一刀の知る治療の概念を根底から覆すようなものだと知ったからである。

 

まさにチート級の技。だが、それくらいで無くては重症だったらしい馬騰を治して、かつ建業まで来るのにこれだけ短期間では無理だっただろう。

 

そう考えれば、いやそうでなくとも、華佗とその技術には感謝の念に絶えることはない。

 

驚きと共に心底感心している一刀とは対照的に、華佗はここで少し渋い顔をして続きを話す。

 

「ただなぁ……この奥義、少しだけ欠点があるんだ。

 

 確かにこの奥義をもって治療すれば、他の医者では治せないような病も治すことが出来る。

 

 だが、俺の氣をもって病魔を覆滅するってことは、言い換えればその患者の体を外から掻き回すようなものだ。

 

 整えられていない他人の氣ってのは、その人の体の調子を狂わしかねないんだ。

 

 普段この奥義を使わなければならない時は、なるべく病魔の”核”の強さと送り込む俺の”氣”の強さを合わせて使うんだが……

 

 さっきも言った通り、今回はギリギリだった。つまり、細かい調整なんて出来るような状態じゃあ無かった。

 

 だから、一刀。お前の中にはきっと俺の氣が残ってしまっているだろう」

 

華佗の説明を聞いて一刀は少しだけ考える。

 

そして一つだけ華佗に問うた。

 

「調子を狂わすかも知れない、と言っても、大きく崩す、つまり寝込ましてしまうだとか、あるいは死に直結するだとか、そういったことは無いんだろう?」

 

「それは当たり前だ。そんなことになるようなら、そもそも俺は奥義を使わないさ」

 

「なら問題無いよ。むしろそんな些細なことは気にしないでくれ、華佗。

 

 自分でも半ば以上諦めていたこの命を掬い上げてくれただけで、感謝してもし足りないくらいなんだからさ」

 

「お前がそう言ってくれると、俺も救われるよ。

 

 何にせよ……うん、一刀の氣を見ても、もう正常な状態に戻っているな。改めて、生還おめでとう、一刀」

 

「ああ、ありがとう、華佗」

 

華佗が差し出してきた手に躊躇なく一刀も手を伸ばす。

 

2人はガッチリと握手を交わし、再会と生還の喜びを分かち合った。

 

「一件落着、みたいな空気を出してるところ悪いが、そうなるかはまだ分からないぞ、北郷?」

 

割り込んできた孫堅の声が場に緊張を呼び戻す。

 

一刀も失念していたわけでは無かったのだが、如何せん今の今まで孫堅が意識的に気配を消していたために驚きを禁じ得なかった。

 

「あんたのやる事は終わったんだろ?なら、どいてもらおうか」

 

孫堅にそう言われ、華佗は大人しく引き下がった。

 

必然、一刀と孫堅が正面から向き合う形になる。

 

と、斜め後方から僅かに殺気が漂ってきた。

 

どうやら周泰が臨戦態勢に入ったらしいと感じるも、だからと言って一刀に出来ることは無いのでスルーを選択する。

 

孫堅のすぐ後ろには黄蓋と周瑜、そして恐らく程普と思われる女性が控えていた。

 

3人は一刀が少しでも妙な動きをすれば即座に斬り捨てると言わんばかりに一刀に厳しい視線を向けている。

 

こちらも今のところはスルー。まずは孫堅が何を思って一刀を今も生かしているのか、素早くそこを見極め、動き方を決めなくてはならない。

 

一刀が出方を伺って無言でいることなど気にも掛けず、孫堅は前置き無しに本題に入った。

 

「北郷、私の記憶が正しければ、あんたは華佗、そして碧――馬騰を通して私と娘の孫策に警告を発したらしいね。

 

 それだけじゃあ無く、そこにいる周瑜。こいつ自身すら気がついていなかった病を華佗に教えた、と。

 

 普通に考えれば、あんたには感謝してしかるべきなんだろう。だが、あんたの立場を考えると事はそう単純じゃ無い。

 

 私から聞きたいことは3つ。それに答えてもらおうか」

 

「孫堅殿に納得していただけるかは知りませんが、私に話せることは全て話しましょう」

 

流れに身を任せ、一刀はそう答える。

 

孫堅は、当然だ、とでも言うかのように一つ頷くと、問い掛けを並べ立てた。

 

「あんたは何を知っている?私らを救うような真似をして何が目的だ?あんたは、何者なんだい?」

 

「なるほど。では一つずつ……

 

 何を知っているか、とのことですが、どう答えたものでしょうか……各地から集めた情報を分析し、可能性を追っているだけですので。ドンピシャだったのは私も驚きましたね。

 

 次に孫堅殿達を救った目的ですが、特にありません。強いて挙げるとすれば、英傑や才ある者達にはつまらない死に方だけはしてほしくなかったから、といったところでしょうか。

 

 そして、何者か、と問われましたが……これにはもう、人間です、としか答えられませんね」

 

「ほ~ぅ……」

 

一刀の回答を受けて、孫堅は真偽を見極めんとジッと睨め付ける。

 

涼しい顔で孫堅の視線を正面から受け止める一刀の様子をどう思ったのか。

 

たっぷり1分も経ってから、孫堅は背後の3人に目配せをする。

 

言葉を発さずとも黄蓋、程普、周瑜の3人は孫堅が何を問うたのか分かっているようで、黙って静かに首を横に振った。

 

満足な答えで無かったのだろう、孫堅は溜め息を小さく一つ吐いてから徐ろに口を開いた。

 

「口から出まかせを言っただけか、それとも本当か……判断が付けられないなんてねぇ。

 

 全く、厄介なやつだね、ほんと」

 

「嘘を言ったつもりは無いんですが、そう感じられましたか?」

 

「嘘どころか真実味も感じないから困ってんだよ。ってか、あんた……分かってて言ってないかい?」

 

「まさか。孫堅殿がそう感じられるのは、恐らく私がまだ目を覚ましたばかりだからなのでしょう」

 

「はっ!まあ、そういうことにしておいてやろうかね」

 

仕方がない、といった風に孫堅は首を軽く左右に振りつつそう言った。

 

そして、俄に真剣な表情に戻すと、孫堅は一刀に対して宣言する。

 

「さて、孫家としてのあんたへの対応についてだが……さすがにこれには随分と迷ったよ。

 

 どんな意図があったにせよ、あんたには私と、そして冥琳が命を救われている。

 

 雪蓮はまだどうなるか分からんが、少なくともあんたが言った”于吉”とやらと対峙するならば予め警戒出来るだろう。

 

 暗殺未遂の不始末も、結果的に私が助けられたことに変わりはないわけだ。あんたは私ら何人かの恩人とも言える。

 

 だが、同時に明確な敵でもある。現に今回も最終的に建業に対して何もせずに引き上げはしたが、攻めてきていたことは事実だ」

 

一刀は身動ぎ一つせず、孫堅から下される判決を待つ。

 

気分はさながら裁判の結果を待つ被告人である。

 

「……なあ、北郷。最後に一つ、聞きたいことがある。

 

 あんた、陛下と何か繋がりがあんのかい?」

 

「血の繋がりは当然ながらありません。ですが……

 

 協と、そして弁と、洛陽にて友誼を結んだ。それは事実です」

 

思わぬ方向に飛んだ話だったが、事実を述べるべきだと即断した。

 

「友誼。友誼ねぇ……」

 

またもや見極めるような視線を向けられ、やはり正面から一刀は見つめ返す。

 

「実はねぇ、私はあんたが天を騙っていると聞いた時点で陛下に伺いを立てたんだ。

 

 けれどもどうしたことか、陛下からの返答はただ一言、特別口を出すつもりは無い、と。

 

 ……個人的にはまだ納得がいってないんだけどねぇ。陛下がそう仰るのであれば仕方が無い。だから、これは置いておこう。

 

 つまり、あんたへの対応には私らに対してあんたがしたことで全てを決めた、ということをまずは理解しておきな」

 

いよいよ処分内容が判明する。

 

覚悟はあってもさすがに緊張はするもの、一刀は小さく唾を飲み込んだ。

 

「私は家族を、身内を傷付けられることを決して許さない。今までもその手の輩には手厳しく対応してきた。

 

 だが、これは裏を返せば身内に利する者には手厚い対応を取って来たってことだ。

 

 今回のあんたはどちらにも当て嵌まる。だが、どちらかと言えば前者は未遂に終わっていると言える。

 

 対して後者はさっきも言ったように私と冥琳が既に救われたことは分かっているわけだ。悩んだが、最後は君主権限で決めた。

 

 結論を言おうか。

 

 北郷。今回に限り、あんたがしたことは全て忘れよう。このまま許昌に帰るがいい。それで全てを相殺とする。

 

 もし異論があるならば一応聞いてやろう」

 

「…………いえ、異論はありません。孫堅殿の寛大な措置に感謝致します」

 

意外な判決だった。

 

話の流れから多少は減刑されるかも知れないとは思っていた。

 

だが、まさか相殺という形を取っているとは言え、お咎め無しに近い決定がなされるとは思ってもいなかった。

 

暫し呆けた後、自然と感謝の言葉が一刀の口を突いて出ていた。

 

「感謝なんていらんよ。まあ、そういうことだから、起きたんならさっさとここから出て行きな」

 

「おい、孫堅殿!一刀はまだ安静が必要なんだからそれは――――」

 

「分かりました。すぐにでも去りますが……」

 

「明命。北郷をこいつの得物を置いてある場所まで案内してやりな」

 

「はっ」

 

一刀が最後まで言う前に孫堅は周泰に指示を出した。それを受けて周泰はすぐに動き出す。

 

接収の可能性もあっただけに、ここは敢えて何も言わずに一刀は周泰の後に従った。

 

立ち上がり、動き出す際、一刀は華佗に目配せをする。そこに、すまない、これが最善だから、との意味を込めて。

 

全てが伝わったわけでは無いだろうが、華佗も渋々と言った様子で2人に続いて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

話す者がいなくなり、4人いてもしんとする部屋。

 

一刀達が出て行ってからしばらくして、孫堅が再び口を開いた。

 

「冥琳、あのことだが、裏付けは取れたのかい?」

 

「はい。残念ですが事実だったようです。曹操より送られていた首は、黄祖の軍の残党のものでした」

 

周瑜の肯定の言葉に、孫堅は呆れたような声で応じた。

 

「詰めが甘かったのはこっちの方だった、ってのかい。

 

 それで助けられてたんじゃあ……まったく、私も随分と鈍っちまったもんだよ」

 

「仕方がありませんよ、大殿。あの時は美羽ちゃんのことが重なって十分な時間が取れなかったのですから」

 

「そうじゃぞ、堅殿。それに堅殿が鈍ったなぞ、策殿が聞いたら怒り出しそうなもんじゃ」

 

「ふっ、そうだね。少なくとも雪蓮にきちんと跡を継がせるまでは、弱音は吐くべきじゃない、か」

 

孫堅の下した決定の裏にあった事情を、一刀は知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?北郷がここを歩いてるってことは……母様は北郷を処分しなかったのね。ま、そうなるんじゃないかな、ってちょっと思ってたけれどね」

 

周泰に従って建業の城の廊下を歩いていると、孫策とすれ違った。

 

孫堅の決断を孫策ですら知らなかったようであるが、その内容に別段驚いている様子はない。

 

もちろん、だからと言って友好的な態度であるわけでも無い。

 

なのだが。

 

「母様のことだし、今からでも追い出されるんでしょう?だったらその前に聞いておきたいことがあるわ」

 

敵意よりも好奇心の方が強いように見える。

 

一刀の何がそれほど孫策の好奇心を刺激するのか、心当たりが無く、困惑してしまった。

 

「あなた、どんな手を使って呂布を手懐けたのかしら?

 

 実際に剣を交えたから分かるのだけれど、あれは誰かに従うようなタマじゃないはず。

 

 なのに、あなたの為に迷わず危険に身を曝すなんて、あの母様ですら驚いていたわ」

 

「恋――いや、呂布を手懐けた、なんてそんなことはありませんよ。

 

 ただ、真剣勝負の場で刃を交わして実力を認め合い、その後に互いの意志目的を尊重し合えるようになった。ただそれだけです」

 

「ふぅ~ん?たったそれだけで武器も無しに敵陣のど真ん中を歩きまわるような真似、普通は出来ないわよ?」

 

「……?えっと、すいません。言っている意味がよく分からないのですが?

 

 もしかして私が倒れる直前に何か呂布が失礼を働きましたか?何分、倒れる直前の記憶が曖昧なもので……」

 

「あら、何も聞いてないのかしら?ま、いいわ。得物を取りに行ったら分かることでしょうし。

 

 取り敢えず、呂布に伝えておいて。今度は負けない。1対1で打ち勝ってやる、って」

 

言いたいことだけ言って孫策は去っていく。

 

いくつか会話の中で判然としない事柄があったが、ひとまず今は刀を返却してもらうことを優先する。

 

その後は誰ともすれ違うことなく、周泰の案内で目的の部屋へとたどり着いた。

 

「ここです。但し、街の外までは私が得物を運びます。あの者達と一緒にすぐにでもここを出て行ってください」

 

「あの者達?」

 

周泰の言葉にまたも疑問を抱く一刀。

 

そしてそれは、部屋に入って再び出てきた周泰の手元を見た瞬間により一層深まった。

 

「それは……恋の方天画戟、か?何故虎鉄だけじゃなく、それが……?」

 

「呂布殿、そして董卓殿、この2人が建業に留まっているんだよ。まったく、すごい覚悟だ。

 

 それも、一刀、お前を心配してのことだ。孫策殿も言っていたが、普通は出来ないことだよな」

 

後ろから華佗が補足を入れてくれる。

 

それによってようやく一刀も得心がいった。

 

「なるほど。ということは、意識を失う時に3人の声を聞いた気がしたんだが、あれって月と恋、それから華佗だったのか」

 

「いや、違うぞ、一刀。確かに俺は駆け寄った。だが後の2人は夏侯惇殿と夏侯淵殿だ。

 

 彼女らはあの場で留まると言い張っていたんだが、曹操殿に一喝されていたよ。これ以上迷惑を掛けて恥の上塗りをするな、と」

 

「なら、どうして恋は?」

 

「誰に言われても一刀の側を離れようとしなくてな。董卓殿の言葉にだけ、少し耳を傾けはするようだから、仕方なく董卓殿にお前と呂布殿を任せた、といったところだ」

 

「……そのことも、後で華琳に謝罪しなきゃならないな」

 

実のところ、恋は魏の将ではあるが、華琳に真の忠誠を誓っている訳ではない。

 

月や一刀の為にその武を振るうことを決めた、と、これは彼女自身が言っていたことである。

 

この2人の為、と言ってもそれは結局のところ部隊の将として動くことに他ならない。

 

そのため今まで放置気味にしてきてしまったのだが、その影響がここで出た、ということだろう。

 

(帰ったらちょっと恋とその辺りのことについて、改めて話し合う必要があるな)

 

そんなことを考えていた一刀の耳に、不機嫌さを増した周泰の声が届いた。

 

「……いつまでくっちゃべっていますか?ここを離れる気が無いのですか?」

 

「っと、すみません、周泰さん。えっと、董卓と呂布がいるのでしたら――――」

 

「2人がいる場所は大体分かります。それを拾ったら、何度も言っていますがすぐに出て行ってください」

 

そう言うと、周泰は一刀の返事も待たずに再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月と恋は意外なことに、街の路地裏のような道にいた。

 

建物の間から差す光に群がってきたのか、大群の猫がいる。

 

その中心では恋が猫達をやさしく撫でてやっており、月はそれを微笑んで見つめていた。

 

道の角を曲がってその光景が目に入った瞬間、周泰は歩みを止めていた。

 

なので、一刀は周泰を追い越して2人に歩み寄る。

 

足音に気付いて振り向いた2人は、一刀の姿を目に入れるや笑顔を咲かせて問いかけてきた。

 

「一刀さん!あのっ、お体の方は大丈夫なんですか?」

 

「……一刀、平気?」

 

「ごめん、月、恋。心配を掛けた。体はもう大丈夫だ。なんたって華佗が治療してくれたんだからな」

 

「おい、一刀。お前はまだ安静が必要な状態なんだ。大丈夫とは言い切れないんだぞ?」

 

一刀の返答に華佗が後ろから指摘を入れる。

 

が、一刀はそれに対して、もう死ぬことは無いって点は同じだろ、と笑んだ。

 

直後、一匹の猫が鳴き声を上げる。

 

恋はその猫に向き直るとこう言った。

 

「……そう。恋の、もう一人の大事な人」

 

その瞬間、周囲の猫達の内のいくらかが一斉に一刀に寄ってきた。

 

余程恋が手懐けているのか、野良のはずなのに人懐っこい猫達である。

 

そう思いつつ寄ってきた猫を順番に撫でてやっていると、後ろから周泰が声を上げた。

 

「ずっ、ずる――――んんっ!北郷、呂布達を連れてさっさと出て行ってください。ついでにその子たちと仲良く出来る方法も置いて行ってください」

 

先程までの鋭い抜身の刀のような印象はどこへやら、咳払いを挟んでも色々と駄々漏れな残念な状態だった。

 

が、月はそんな周泰の状態を特に気にすること無く、発言内容の一部に着目していた。

 

「一刀さん、全て終わったのですか?」

 

「ああ。色々あったが、ひとまずの決着は着いたようだ。

 

 もしかしたら細かい調整を後々に入れるかも知れないが……今は帰ろう」

 

「はい!」

 

月の顔には安堵と喜色がありありと浮かんでいた。

 

そんな月に続いて恋も立ち上がり、周囲で鳴く猫にこう言った。

 

「……うん、お別れ。またね」

 

最後にもう一鳴きしてから、猫達は路地の奥へと消えていく。

 

羨ましそうにその様子を眺めていた周泰であったが、一刀が先導を待って周泰を見つめていることに気が付くと、先程までの雰囲気へと戻した。

 

言葉少なに再び先導を開始した周泰に続き、一刀、月、恋の3人が歩き始める。

 

その時、ふと気付いたように一刀は華佗に話しかけた。

 

「ここでまたお別れかな、華佗。洛陽に続いてまた助けてもらったこと、重ねて感謝する。本当にありがとう」

 

「待て待て、一刀。いくらなんでも完治のお墨付きを出していない患者を放り出すようなことはしないぞ。

 

 丁度建業の街での病人も一通り診終えたところだったんだ。俺も一刀達に付いて許昌へ行こう」

 

「それは、えっと……いいのか?荷物とか、孫堅殿への挨拶とかは?」

 

「ああ、構わない。孫堅殿とこういった話はしていたし、俺の荷物はこの鍼だけだ」

 

言って華佗は懐から自慢の鍼を取り出して見せる。

 

付いて来るという華佗の様子に躊躇などは微塵も見られない。

 

ならばありがたく同行を頼むことにしよう。一刀はそう考えた。

 

「分かった。それじゃあ、短い間かも知れないが、またよろしく頼む」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

周泰が一刀達を連れてきたのは孫軍の厩舎のすぐ近く。

 

そこには一刀、恋、月の馬が繋がれて、大人しく待っていた。

 

「月蓮様よりの命ですので得物と馬をお返しします。すぐに建業を去ってください。

 

 なお、我らの領内の街や砦にあなた方がちょっかいを出した場合、許昌に無事に帰り着けるものとは思わないでください」

 

「承知した。ここまでありがとう、周泰さん。

 

 華佗は馬を持ってないのか。なら俺の後ろに乗ってくれ。アル、いいな?」

 

一嘶きし、アルは肯定の意を示す。

 

一刀はやさしく首をポンポンと叩いて褒めてやってから華佗と共に跨った。

 

「よし、行けっ!」

 

一刀の掛け声でアルは駆け出す。

 

恋と月も馬を駆って後に続く。

 

3つの馬影はそのまま真っ直ぐに許昌へと向けて消えていくのだった。

 


 
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