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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第六十五話

ムカミさん

第六十五話の投稿です。


両軍、遂に……

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2015-02-26 09:51:45 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5124   閲覧ユーザー数:4007

 

「――――ではその案件は亞莎に一任するということで決定と致します。

 

 これで現状上がっている案件は以上となります。月蓮様、他に何かありましたら」

 

建業の城にある軍議室ではいつも通りに軍議が開かれていた。

 

それももうほぼ終わり、周瑜が最後の確認を孫堅に取る。

 

聞かれた孫堅はというと、腕を組んだままであり、いつもとは少し様子が違う。

 

姿勢はそのままに、ポツリと漏らすように周瑜に問う。

 

「例の件の報告はまだなのかい?」

 

「長江流域の件でしたら恐らくもう少――――」

 

周瑜の返答を遮るように、大きな音を立てて扉が開く。

 

そこから一人の兵が転がり込むようにして入ってくるなり、息も整えずに報告を捲し立てた。

 

「ぐ、軍議中申し訳ありませんっ!緊急の報告をお持ちしましたっ!

 

 ちょ、長江を渡り侵攻中の敵軍を発見!魏の軍と思われます!き、規模は膨大!じゅ、10万は下らないかと……っ!」

 

途端、室内は騒然となる。

 

ある者は椅子を蹴って立ち上がり、ある者は呆然と口を開く。

 

そんな中で最も冷静だったのは孫堅だった。

 

多少の愚痴を交えつつも、今後に必要な情報を得んとすぐに動き出す。

 

「チッ!今朝からやたらと”勘”が騒ぐと思ったら、こういうことだったのかい……!

 

 おい、そこのお前!奴らが建業に至るまでの目算は?!」

 

「これまでの行軍行動が不明のため、はっきりとしたことは言えませんが、明日の正午には到達されるかと……!」

 

「一日半かい……曹操の奴め、随分と思い切ったことをしてくるじゃないか……」

 

「幸い本格的な職務はまだ振っていなかったので将は皆ここに集まってはおりますが、如何せん戦の準備の方は……」

 

「ああ、冥琳、それが不幸中の幸いだ。なんだが、恐らく、狙われたぞ……」

 

「……戦の直後、最も気が緩む時期を、ということですか」

 

「事実、締め直す前の緩んだ警戒を完全に突かれた。全く、やってくれる……」

 

状況を推測しながら周瑜と孫堅の交わす会話を聞き、周囲もようやく動きを取る。

 

とは行っても未だ混乱の渦中、まともな動きを取れる者が少ない。

 

「皆、落ち着きなさい!どう動くにしても大殿の指針を聞いてからよ!」

 

「策殿に権殿もじゃ!上に立つ者はこういう時にこそ冷静にならねばならんのじゃぞ!」

 

宿将2人に叱責され、多少の落ち着きが戻ってくる。

 

その間も思考に沈んでいた孫堅は、しかしこれぞという劇的な策が思い浮かばない。

 

やがて、まずは行動あるべしと考えたようで、ガシガシと頭を掻きつつも指示を出し始めた。

 

「ええいっ、今はグダグダやってる場合じゃねぇ!起こっちまったもんはしょうが無い!

 

 冥琳!軍師を纏めて策を立てな!武官連中は各々の部隊の兵を纏めな!軍師連中の部隊は早く終えた奴から手伝ってやれ!」

 

『はっ!』

 

「美羽!あんたも冥琳に付いて行きな!但し、今回はその動き方を見ることに徹するんだ!あんたはまだ余計な口出しはするんじゃないよ!

 

 それから、七乃!まだ美羽から下った連中の配属を決めきっていない。そこの統率はあんたに任せる!出来るね?!」

 

「はいなのじゃ!」

 

「了解いたしました!」

 

「よし、全員行けっ!」

 

孫堅の号令と共に各自軍議室を出て振られた役割をこなしにかかる。

 

一人、最後に残る孫堅は心中に何を思うか。

 

目の錯覚か光のいたずらか、部屋を出る直前に孫策が盗み見た母の口元は、微かに吊り上がって見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが休むこと無く動き続けること一日。

 

翌日の早朝には建業城門前に集い始めた集団は、どうにか戦の準備を整えた様子だった。

 

今現在、皆の中心となって動いているのは筆頭軍師の周瑜。

 

伝令をフル動員する勢いで各部隊、各将に矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

 

いつもは周瑜の補佐をしている陸遜や呂蒙も、今は部隊統率の為に持ち場に付き、指示出しはほぼ周瑜一人が担っていた。

 

いつも稟としている周瑜であるが、どうしてか今日の彼女はどこか思い詰めたような雰囲気がある。

 

そんな彼女の下に親友が心配そうな表情を伴って声をかけた。

 

「冥琳、あなた大丈夫なの?本当なら休んでないといけないんじゃない?」

 

「雪蓮か。いや、問題ない。体調はすこぶる良好なんだ」

 

「それでも、無理はしないでよ。冥琳ってば、必要以上に頑張ってしまうところがあるんだから」

 

「そうだな。雪蓮の忠告は有り難く受け取っておくよ。だが、今回はそれ以上に月蓮様達に負担が行ってしまうだろう。

 

 戦力的な問題で仕方が無いとは言え、あまりに心苦しい。せめて他の部分では私が頑張らねば……」

 

「そんなのっ――――」

 

「それをお主が感じる必要は無いんじゃぞ、冥琳?」

 

重苦しく放たれた周瑜の言葉に孫策が反論しようとしたその時、孫策の背後から声が割って入ってきた。

 

声の主は黄蓋。彼女は現れるなり周瑜を諭す。

 

「お主は今の孫軍の筆頭軍師なんじゃ。それが最善へ繋がると見たのなら、例え主であろうともお主が動かせ。

 

 粋怜なぞ、一時期軍師のようなことをやっておったが、堅殿を躊躇いも無く死地に放り込んでおったぞ?アレくらい図太くて軍師は丁度良いわ」

 

「あ~ら、言ってくれるじゃない、祭?あれは大殿の武への信頼と私自身の武の自負があったからこそ取った策よ?」

 

黄蓋の後ろから更に一人、程普が軽い批難の言葉と共に現れる。

 

戯れ程度に黄蓋にひと睨み効かせてから、程普もまた口を開く。

 

「祭のあれは少し言い過ぎだとは思うけれど、概ね言いたいことは私も同じよ、冥琳。

 

 それに、冥琳、さっき”達”って言ってたけれど、私達なんてそれこそ気に掛けなくていいわ。

 

 使える武があればどんどん使いなさい。その使い方を貴女が大きく間違えることは無いと思っているわ」

 

「祭殿……粋怜殿……」

 

思わぬ角度から投げ込まれた思いやり溢れる言葉に思わずその名を呟いてしまう。

 

その様子を目にして、程普は口元に笑みを湛えると結論付けるように言った。

 

「まあ、何にしても、冥琳。私達も、そして大殿も、貴女に任せておけば大丈夫だと思っているのよ。

 

 貴女にはそれだけの能力がある。頼りにしているわよ」

 

言葉の終わりと共に周瑜の背をパシっと叩く。

 

それは些細な行動かも知れない。

 

しかし、主たる孫堅の大きさを扱いきれる気がせず、落ち込みかけていた周瑜にとっては大きな意味を持つものとなった。

 

程普の行動によって気合を入れなおすことが出来た。

 

切り替えた頭で改めて現状に思考を戻す。

 

すると、とあることにふと気が付く。

 

「そう言えば、月蓮様のお姿が先程から見えませんが」

 

そんなことにも気付かない程に切羽詰まっていたのか、と我が事ながら驚く。

 

心中で反省しながらそれを問い、黄蓋から返って来た答えに対応していく。

 

「堅殿ならば今日に戦が起こるに際して少し一人になりたそうじゃったからの。さすがに今日ばかりは明命に加えて思春も付けておるが」

 

「予測では半日後とは言え既に十分危険だと言えますのに……祭殿、それは伝令で呼びに行ける場所でしょうか?」

 

「詳しい場所を知らぬ兵でも探せばすぐ見つかるはずじゃ。よし、そちらは儂が手配しておいてやろう」

 

「すいません、お願いします。おい、そこの。雪蓮の部隊に――――」

 

作業の流れを元に戻し、孫軍は着々と準備を整えていく。

 

そんな朝の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻。

 

魏軍は平野をひた走っていた。

 

しかし、その位置はなんと……建業一歩手前。

 

孫軍側の予想を大きく上回っていた。

 

「さて、桂花の策は予定通り運んだのかしら?」

 

「さぁな。こればかりは運だろう。上手く引っ掛かってくれたら儲けものだ」

 

「そうね。いい引っ掛けだとは思うけれど、相手に対する仮定が二つも入っているものね」

 

一刀と華琳が話す桂花の策。

 

それは長江を渡り終えた直後に仕掛けられたものだった。

 

予てより決めてあった進軍速度アップ。それを桂花は意図的に1刻遅らせていた。

 

渡河途中に目視出来た一騎。それは孫呉の偵察で間違いないだろう。

 

そしてここからは桂花の予想となるが、その偵察は一度姿を隠し、こちらの様子を伺うはず。四半刻から半刻、長くて一刻、観察を続け、進軍経路と到達予想時刻を算出するだろう。

 

そこを逆手に取り、目測を誤らせる。更に、少々危険ながら日が落ちても暫くは進軍を続行し、野営は夜半に絞る。翌日も夜明け前には出陣した。

 

随分と強行軍ではあるが、行動を読ませないことを第一に組んだ策。

 

二重の誤測を生じさせること。それが桂花の狙い。

 

しかし、そこには確かに華琳の言う通り2つの仮定が入っている。

 

一つ、相手側があの時点で初めて魏軍の存在に気付いたとしていること。一つ、目測の為の兵が別途来るのでは無く偵察兵がそのまま観察に残ること。

 

勿論どちらかの仮定が外れただけでも策の効果はかなり薄れるだろう。

 

それでも、一刀と華琳の話し振りにはどちらであろうと問題無いとする様子が見えた。

 

それだけ桂花に信を置いていると言える。

 

「華琳様、直に建業が見えます。この辺りで半刻程休息を取り英気の回復に当てた方が妥当かと」

 

噂をすればなんとやら、話題の人物が現れる。

 

桂花の提言に華琳は頷いて答えた。

 

「確かに、兵達にも疲労が見えるわね。分かったわ。但し、気を抜き過ぎないよう注意なさい」

 

「御意」

 

「あ、そうだ。なあ、桂花、ちょっといいか?」

 

華琳の承諾を得て指示を出しに行こうとする桂花を、ふと思い出したように一刀が呼び止めた。

 

「何?あ、ちょっと待って。そこの伝令!零に華琳様の承諾を得たと伝えてちょうだい!」

 

「はっ!」

 

「これでよし。それで、どうしたの、一刀?」

 

桂花は手早く零に仕事を投げてから一刀に向き直る。

 

そのやり取りを見終えてから一刀は桂花に問うた。

 

「まだ詳しく聞いてなかったからな。今回の戦、火輪隊、或いはその他で担うべき重要な役割はあるか?」

 

一刀が言外に込めた意味を桂花も受け取る。

 

それはつまり、黒衣隊としての力を主体として必要としているのか、ということ。

 

必要とあらば、火輪隊は月に任せ、一刀自身は黒衣隊を率いて行動する腹積もりでいるのだ。

 

そしてそれは桂花も承知している。

 

その上で桂花が決めた今回の一刀の役割は何としたのか。

 

「火輪隊は他の部隊と同じく配置するわ。部隊人数が少ない分少し厳しいかも知れないけれど、そこは何とかなさい。

 

 それとあんた自身についてだけど、これについては――――」

 

 

「室ちょ――荀彧殿!緊急事態です!」

 

 

桂花の言葉が遮られる。

 

一刀の役割を伝えることなどより、明らかに優先すべき事態が飛び込んできた。

 

割り込んできた兵が黒衣隊員であることを見るや、言葉を省いて目で先を促す一刀と桂花。

 

兵の方も相当焦っていたようで、一気に報告を捲し立てた。

 

「第一種・第二種複合報告!第一警戒対象逃亡!現在他四名が追跡中!」

 

「第二種は確定なの!?」

 

「はっ!ほぼ間違い無く!どこに隠していたのか、逃亡時に孫軍の兵装を身につけており!その報を入れるための人員交代の隙にやられました!」

 

「詰めが甘かったとしか言いようが無いわね……!」

 

兵と桂花のやり取りは明らかに緊迫したものである。だが、内容を上手く把握出来なかった華琳はどうしたものか、と状況を見極めに出て無口となっていた。

 

一方で一刀は内容を全て理解出来ている。だからこそ、その緊急性もよく分かる。

 

が、表向き間諜組織に関わりを持たない一刀が、この会話を理解しているとオープンにするのはよろしくない。

 

なので、気付いてくれることを祈り、一刀は桂花に視線で語りかける。

 

この限られた状況によってか、それは功を奏した。

 

「一刀!あんたが行って対処してきなさい!あんたの馬が頼りよ!」

 

「了解!おい、そこの!案内と説明を頼む!」

 

「はっ!」

 

これが一刀と桂花が即断したギリギリの線。

 

冷静に分析すればおかしな点が見つかるだろう。

 

が、ここは勢いでどうにか誤魔化す。それしかないと考えた。

 

一刀は報告に来た隊員を伴って走り出す。

 

その胸に宿る覚悟を、しかし華琳には伝わらないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桂花と華琳から十分遠ざかってから、一刀は天の御遣いから黒衣隊長への顔へ切り替える。

 

「状況は?!」

 

「抜け駆けで孫堅の暗殺を狙っている模様!個人的な恨みからのようです!」

 

「ならば目標が向かうは建業か?!」

 

「恐らく!」

 

問題となっている兵達は例の襄陽近辺から流れ着いた者達。

 

確かに彼らの情報は有用で、長江渡河までのルート選定には大いに役立ったらしい。

 

しかし元々魏に来て日が浅く、信も薄かったために、様々な可能性を考えて片翼の端の部隊に加えられていた。それが裏目となった形だ。

 

走りがてら詳しい経緯を聞けばまさにそこが悔やまれるものだったのだ。

 

何でも、長期間故に目標に気付かれぬよう隣接する部隊の兵に紛れ込んで監視を行っていたが、交代の隙と逆方向への離脱の2つの要因で気付くのが遅れたそうだ。

 

「起こってしまったものは仕方が無い!暗殺の形態は?!」

 

「会話を読むに、毒殺かと!」

 

「チッ!選択肢として妥当っちゃ妥当だが、今の状況じゃあ最悪の一手じゃねぇかっ!」

 

思わず乱暴な言葉が溢れ出る。

 

だが、それも致し方無い。

 

暗殺と毒殺。それは卑怯者の代名詞ともなり得る2つ。

 

覇道の為ならば偽悪上等の体の華琳だが、常から卑怯・卑屈は決して許さないと公言している。

 

そんな華琳を戴くから魏だからこそ、今回の件を実現させてはならないのだ。

 

「奴らは真っ直ぐ建業に向かっているのか?!」

 

「恐らくは!ですが、進路を変えられても他の隊員が適宜対応しているかと!」

 

「よし、分かった!ならば俺は先行する!本隊の方、後のことは頼んだ!」

 

「はっ!申し訳ありません、お気をつけて!」

 

 

 

報告に来た隊員を残して、一刀は愛馬を走らせる。

 

一刀の愛馬・アルストロメリア、愛称アル。

 

協に贈られた白馬にして恋の赤兎馬に並ぶ足を持つ馬。

 

とは言え、他の馬の倍の速度で走れる、という程では無い。

 

従って、いくらアルを全力で走らせたところで、詰めれる距離は少しずつでしかない。

 

中々見えてこない目標に徐々に焦れてくる。

 

このまま建業に至ってしまうのでは無いのか。それがそのまま任務の失敗を意味するのではないのか。

 

脳裏に過ぎる嫌な予感を頭を振って振り払う。

 

不安と戦いながら更にアルを走らせていると、ふと出陣前に秋蘭と話したことを思い出す。

 

”どんなやり方を用いてでも、華琳の覇道を阻む者、穢す者は排除する”。

 

秋蘭は気付いていただろうか。あの時、一刀がその言葉に込めた意味に。

 

改めるまでも無く、覚悟は既に決めている。それを一刀は再確認する。

 

やがて前方に一騎の兵が目に入った。

 

「隊長!」

 

こちらに気付いたその兵が大声で呼びかけつつ駆け寄ってくる。

 

それは詳しく見るまでも無く黒衣隊員だった。

 

「どうした?!まさか見失ったのか?!」

 

「いえ!そうでは無く、僅かに進路が異なっていることが判明したため、私が残りました!」

 

進路が異なる。つまり、建業から逸れる。

 

何故その進路を取っているのかは分からない。これが吉と出るか凶と出るかも分からない。

 

今はただ、間に合うことだけを信じて足を進めるしか無い。

 

「どっちの方向だ?!」

 

「こちらです!」

 

一刀は合流した兵と併走して方角を定める。

 

それが定まったら、再び兵に一言置いて一刀が先行。

 

今目標を追っている隊員は3名。

 

つまり、単純に考えて後3回このようなことがあれば、一刀にはどうしようもなくなってしまうことになる。

 

残る距離を考えればそれは無いだろうが、それでも、祈る。

 

アルを走らせ続け、その間に一刀は考える。

 

目標は一体どういったストーリーを思い描いているのか。

 

いくら孫軍の兵装を纏っていても、攻め込まれる正面から行ったのでは信用など得られるものでは無い。

 

進路を曲げたということは、それくらいは分かっているということだ。

 

ならば建業の側面から入るのか。

 

いや、それも考え難い。

 

攻め込まれることを考えれば、遊撃部隊等を警戒して側面もある程度は固めるはずだ。

 

配置された覚えの無い兵をそうあっさりと内部へ入れるとは思えない。

 

目標の狙いをどうにか推測しようとしつつ更にしばらく駆けていると、視界の端に建業の城壁が見えてきた。

 

それでもまだ前方に現れない目標に本格的に焦りを覚え始めたその時、またも一つの騎影が現れる。

 

この状況でこのルート上で一騎孤立して佇んでいるとすれば、それは黒衣隊員でしかありえない。

 

「今度は何があった?!」

 

「奴らの狙いが恐らく判明致しました!」

 

それは光明を見いだせる言葉。

 

瞬時に一刀は食らいつく。

 

「どうなんだ?!」

 

「奴らが向かう先はこの先の山、建業近場の山です!そこから建業内部に紛れ込むつもりかと!」

 

「となれば、山中移動の速度で勝ることが出来れば……!隊員3人に俺とで計4人か……

 

 人数としては厳しいが、やるしかない!行くぞ!」

 

「はっ!」

 

兵の先導で目的の地へ向かう。

 

ここに来てようやくするべきことが明確になった。

 

後はそれを遂行するのみ。

 

自然、手綱を握る手に力が入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは走破を優先!しかる後、索敵にて目標を殲滅!いいな?!」

 

『はっ!』

 

「よし!散!」

 

一刀達が全速力で山の裾に着いた時、今まさに山中に分け入らんとしていた隊員2人に追いついた。

 

彼らを呼び止め、共にいた隊員と合わせて3人に簡潔に指示を出し、ようやく山中へ。

 

見た目からしてそれほど大きい山では無い。木々も鬱陶しいほど密生している訳では無い。

 

ある程度の視界が確保でき、比較的走りやすいのは良いが、逆に目標もまた速度を出せるのはネックになる。

 

焦らず急ぎ、視界を狭めず集中する。

 

ここまで来てしまえば既に任務は成否の瀬戸際。

 

だが、ここで踏ん張って成功へと傾けなければ全てが無駄となってしまう。

 

どこかに目標の手掛かりは無いものか、と一刀は目を凝らす。

 

足跡、折れた枝など何でもいい。通った道筋を読める何かを探しつつ分け入っていく。

 

そうして集中していた一刀の前に、”それ”は現れた。

 

「っ!?つあっ!」

 

ギィンッ、と鈍い金属音が響く。

 

突如頭上から攻撃が放たれるも、間一髪のところで受け止めたのだった。

 

襲撃者は多少の驚きを見せるも隙を作るほどでは無く、すかさず距離を取って相対する。

 

「やりますね。ただの侵入者というわけでは無……なっ!?その顔はまさか、北郷っ!?何故ここにっ?!」

 

「周泰……っ!」

 

最悪だ。一刀は心中で独りごちる。

 

陳留で一度取り逃がしたことのある周泰。それが故に、このような場所でかち合えばまず振り切ることは出来ないと分かっているのだ。

 

が、どうやって周泰を抜くかを考えるよりも先に、周泰こそ何故ここにいるのかが気にかかる。

 

その疑問はすぐに解消された。

 

「どこから嗅ぎつけたのかは知りませんが、月蓮様には指一本触れさせませんっ!!」

 

周泰の気迫の篭った台詞を聞き、一刀の耳には血の気の失せる音が聞こえた。

 

月蓮。その真名には聞き覚えがある。

 

それこそがまさに、孫堅の真名だったはずだ。

 

周泰がここにいる理由は判明した。そして同時に、孫堅が近くにいることさえも……

 

あの孫堅を相手に暗殺が成功するかどうかなど、実を言えば二の次のこと。

 

問題となるのは成否に関わらず、”暗殺が企てられた”という事実が成立するかどうかなのだ。

 

最早一刻の猶予も無い。

 

出来る限り会話を成り立たせる為にも、構えに油断を入れられない。

 

その上で必要最小限の情報を引き出し、与えたい。

 

「……俺の他に、誰か侵入しているのか?」

 

「……私は見かけていませんが、思春殿もおられます。いくら仲間を連れてきていても、無駄です」

 

ルートの問題か運の問題か、目標は周泰をスルーしていることが判明した。

 

尚更にまずい状況。

 

致し方なし、と一刀は一か八かの行動に出ることを決めた。

 

「……周泰。君に一度だけ言っておきたい。

 

 本気で孫堅の命を守りたければ、協力してくれ。魏としては無理だが、個人的になら秘密裡にだが報酬も出す……」

 

「何を馬鹿なことを……敵の戯言など聞く耳を持ちません!」

 

「そうか……ならば…………」

 

一刀は徐ろに刀を鞘に収める。

 

周泰にはその行動の意図を読めず、困惑して動けない。

 

そんな彼女をよそに、一刀は自然な動作で腰を落とし。

 

「飛燕っ!!」

 

連合での対恋戦以来となる居合の実戦使用を試みた。

 

一刀から繰り出される神速の二連撃には、速度が売りの周泰も反応が遅れる。

 

「くっ……!うあっ……!」

 

一撃はいなされたものの、二撃目で周泰を大きく弾くことに成功する。

 

一刀はその隙を逃さず。

 

「ふっ!」

 

斬りつけるでなく、走りだしつつ懐から苦無を二本、取り出して投げつけた。

 

苦無が狙うは周泰の右肩と足元。

 

機動力を奪われまいと、周泰は崩れ気味の態勢ながら大きく左にサイドステップを取って苦無攻撃から逃れる。が。

 

「あぁっ!?待てっ!止まれっ!!」

 

一刀が攻撃によって作り出したのは周泰の横を駆け抜けるための隙。

 

予想通りに周泰が避けてくれたおかげで、見事に右側を走り抜けることに成功したのだった。

 

 

 

後ろを周泰に張り付かれながら一刀は山中を駆ける。

 

決して速度は緩められない。

 

周泰がどうしても行かせたく無さそうな方向は走り出して比較的すぐに割り出せた。

 

今更孫堅に気付かれるかも知れないリスクなど知ったことか、と一刀はその方向へ全力疾走している。

 

他の隊員はどうなったのか。あるいは甘寧の方に発見されている可能性。あるいは運良く目標を捕捉出来ている可能性。

 

最悪の事態だけは避けなければ。それだけを考え、ひた走る。

 

そして。

 

木々の生い茂る山中にして、突然、一刀の視界が開けた―――――

 

 

 

 

 

―――――――――――

―――――――――――

 

 

 

 

 

「美羽は、あんたの娘はようやく自分の道を歩み始めたってのに……

 

 こんなことになっちまって、あんたには申し訳ない気持ちで一杯だよ、逢」

 

普段部下に見せることのないしんみりとした様子で、孫堅は一人たそがれていた。

 

心持ち寿春の方角を向き、かつて交流を深めた相手に思いを馳せる。

 

袁術を引き取るような形になってからというもの、孫堅は度々袁逢との思い出が蘇るようになっていた。

 

最近、この沢によく一人で訪れるのもそれが理由だった。

 

「これからあの子がどんな道を築き上げていくのか、それはあの子次第だ。

 

 だからこそ……こんな始まりで途切れさせるわけにはいかないね」

 

孫堅と袁逢の間にどのような交流があったのか。袁逢亡き今となっては確かなところは分からない。

 

だが、その娘の為にも、と改めて気合を入れ直す孫堅の様子を見れば、推して知れようというものだった。

 

「さて。そろそろいくかね……」

 

呟き、孫堅はその身を反転させて歩き出した。

 

その場で作っていた空気のためか、この時孫堅は自身でも気付かぬ内に油断してしまっていた。

 

それ故に。

 

 

 

突如として斜め前方から現れた人影に、対応が完全に遅れてしまうのだった――――――

 

 

 

 

 

―――――――――――

―――――――――――

 

 

 

 

 

一刀の眼前に開けた視界の先では、今まさに孫堅が振り返ろうとしていた。

 

そこに、こちらに気付いているような様子は見受けられない。

 

腰に剣を佩いてはいるが、緊張した様子もまた見られないことから、どうやら目標はまだここに到達していないか気付いていないようだ。

 

そのことにホッと胸を撫で下ろそうとし、視線を前に向けた瞬間、一刀の背筋が凍りつく。

 

孫堅を挟んでほぼ対称の位置、木陰の奥に隠れるようにして蠢く影。

 

目を凝らせば、梢の間から差す光を複数の鏃が反射している。

 

この瞬間、任務の失敗は確定した。してしまった。

 

だが、最悪の事態だけは起こさせるわけにはいかない。

 

気付けば一刀は飛び出していた。

 

孫堅は驚きに色に顔を染める。視界の端に映ったそれに、また珍しいものを見ているのでは無いか、とやけに冷静な感想が湧き出ていた。

 

「孫堅、伏せろっ!」

 

「北郷!待っ……月蓮様っ!」

 

一刀と周泰が叫んだのは同時。

 

周泰の声が聞こえ、かつ行動指示があったからか、孫堅は素早い反応で身を屈める。

 

直後、風を切る音とともに5本の矢が飛来した。

 

「はっ、だああぁぁぁっっ!」

 

孫堅の背後まで躍り出るや、矢を弾く。弾く。

 

3本目を逸らし、4本目を防ぎ……しかし、5本目には僅かに届かなかった。

 

「ぐっ……!」

 

一刀の刀を逃れた矢が肩口に突き刺さる。

 

その勢いでよろけそうになるも、間際で踏ん張り前方を睨め付ける。

 

「ちっ!退くぞ!」

 

暗殺者達は失敗に舌を打ち、しかし固執せずに即座に逃げ出した。

 

それを見届けてから、一刀は地に片膝を付く。

 

それから思い出したように慌てて刺さった矢を引き抜いた。

 

「……あんた、北郷だね?これは一体――」

 

「隊長っ!?」

 

まだ状況を理解しきっていないのだろう、困惑のままに発された孫堅の言葉を、しかし遮って一つの声が通る。

 

散開した隊員の内の一人だ。

 

「追えっ!向こうだっ!決して逃がすなっ!」

 

「はっ!」

 

隊員は一刀の示す方向に脇目も振らず走り出す。

 

後は彼に任せるしか無いだろう、とその背を目で追う一刀に、再び孫堅が声を掛けてきた。

 

「そろそろ説明してもらおうか、北郷」

 

「ああ、分かっている。だが、その前に、少しだけ時間をくれ……」

 

一言断ってから、一刀は苦無を取り出す。

 

どうやら孫堅に行動を止められていたらしい周泰が一刀の行動に対して構えようとするも、再び孫堅に止められていた。

 

一刀はそちらには一切目をやらず、取り出した苦無を肩の傷口に当て……

 

「……ふっ!ぐぅっ……!!」

 

深くなり過ぎないよう注意しつつ、自らの肩を切り裂いた――――――

 

 

 

 

 

―――――――――――

―――――――――――

 

 

 

 

 

油断をし過ぎていた。が、それはもう悔いても仕方が無いこと。

 

今は状況を正確に認識すべき時だ。孫堅は自らに言い聞かせて心を落ち着かせる。

 

先程は突然のことに思わず身を屈めた。

 

直後にこちらへ向かって走りこんできた男。その男に斬りかかろうとして、しかしその視線があらぬ方向を向いていた為に様子見に出た。

 

即座に防御に移れるよう、体勢を調整し、そして気付いた。背後から攻撃を受けていた。

 

気付いて、混乱した。男の行動の意図が読めない。

 

先程確認した顔。あれは例の”天の御遣い”、北郷に違い無い。

 

明らかな程に敵。それに助けられたという今の状況が分からない。

 

見れば北郷の背後から周泰が来ている。

 

状況認識を優先し、孫堅は取り敢えず周泰を留めて事の成り行きを見守っていた。

 

 

 

怒涛のようにいくつもの事が起こった。

 

自らが事に関わっていない間に孫堅なりの推察は出来る限り終えていた。

 

そして今、ようやく孫堅を交えて事が動こうとしている。

 

その前に目の前の男、北郷は懐から取り出した妙な武器で自らを斬り付けた。

 

「なっ……」

 

周泰は訳が分からないと言うように首を振る。

 

しかし北郷は気にしていない様子。いや、気に掛けられる状態では無いのだろうか。

 

作業を終えて改めて向き直った北郷は息が荒く、脂汗もかなり浮いていた。

 

息を整えることはせず、されど詰まることも無く、北郷は先ほどの孫堅の問いに返答を始めた。

 

「孫堅殿はある程度察しておられるかも知れません。ですが、私の口から改めて説明と謝罪を致します。

 

 先ほどの者達、あれは我ら魏軍の一部隊の兵です。

 

 見ての通り、奴らは不遜にも孫堅殿の暗殺を企てており……我らはそれを阻止せんとし、出来ず仕舞いとなりました。

 

 この度の一件は我らの不徳の致すところ。

 

 卑劣な行為を許してしまったばかりか、あまつさえ孫堅殿の身を我々の望まぬ形で危険に曝してしまったこと、魏王に代わり深くお詫びいたします」

 

最後の言葉と共に北郷は土下座する。

 

魏国は曹操と北郷のツートップだと、孫堅達はそう認識している。

 

その片割れがこうもあっさりと非を認め、敵に頭を下げたことに少なからず驚いていた。

 

どう対応するか迷っていると、どこからか甘寧がその場に現れる。

 

「月蓮様、ご報告が――……これはどういった状況なのでしょう?」

 

「まあ、ちょっとな。で、どうした?」

 

「はっ、侵入者がありまして。2人発見し、交戦しておりましたが、更に1人が現れるとそのまま退いていきました。

 

 単独での深追いは少々危険と判断し、月蓮様にご報告申し上げに来た次第です。黙って付いて来ていたことは謝罪します」

 

「侵入者ね……ああ、北郷、頭を上げな。ちょいとこちらから質問だ。今の侵入者ってのはあんたの仲間かい?」

 

北郷は孫堅の言葉を受けて頭を上げるも、そのまま正座する。

 

未だ息は荒いままで、肩も大きく上下していた。

 

「その通りです」

 

「何故退い――いや、そう言えばあんたさっき、何やら指示を出してたね」

 

「はい。下手人を捕らえに行かせています」

 

「なるほどね。ふぅ、こりゃ参った。どうするかね……」

 

通常であれば未遂と言えど暗殺を企てた相手の上役を許しなどはしない。

 

だが、今この瞬間に限り、2つの要因が孫堅を悩ませていた。

 

甘寧と周泰は孫堅の決定に全て従うとばかりに一歩下がって事の成り行きを見守っている。

 

更に、今はあまり悠長に思考に沈んでいるような時間も無い。

 

そこで、孫堅は自身が今まで往々にして頼りにしてきた”勘”に従って動くことにした。

 

「北郷、あんたはこの落とし前、どうつけるつもりなんだい?」

 

「全面的に非はこちらにあり、従って無理矢理にでもすぐに進軍をやめ、撤退させます。

 

 また下手人の首は5つ全て並べて示し、その上で手綱を取りきれなかった責は私が負うつもりです」

 

「そうかい。本来なら、あんたをここで許すことは無い。だが、状況が状況だし、何よりあんたにはまだ聞きたいことがある。

 

 ひとまず、魏軍を止めて撤退はしてもらおうか。但し、保険としてあんたの身柄は拘束させてもらうよ」

 

「はい」

 

孫堅が取った選択は、保留だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穢されてしまった華琳の覇道。それを最も雪ぐことが出来る方法は無いものか。

 

一刀の導いた答えは単純なものだった。

 

即ち、”天の御遣い”の命。大陸の者にとってはある種異端の存在。これを禊に用いること。

 

自ら神輿になって高めた首の価値を、今こそ使う時が来たのだと、そう感じていた。

 

衝動的に取ってしまった行動もあったが、そこに後悔は無い。

 

あるいは単にそれを感じるに割く時間が無かっただけなのかもしれない。

 

全てを覚悟の上で話したが、どうやらまだ少し生きられそう――いや、そうでも無いようだ。

 

奴らの企んだ暗殺の方式は毒。

 

間違い無く鏃には毒が塗ってあったはずだ。

 

傷口を切り裂き、血ごと毒を抜きにかかったものの、既に一部は回ってしまっていたようで、手足に痺れを感じる。

 

心なしか、呼吸も苦しくなって来始めた。

 

それでも、この仕事だけは最後にこなさなければならない。

 

それだけを念じ、一刀は足を進める。

 

 

 

最早一刀の頭はまともに回ってはいなかった。

 

それでも役はこなさんとする。

 

孫堅と、その他将クラスであろう数人に伴われ、一刀は魏の本隊の下へ。

 

一刀を矢面に立たせていたからか、すんなりと通っていけた。

 

孫軍から誰が付いて来たのか、それすらもはっきりとしていない。

 

だが、本隊へ着いた先、待ち構えていた面々の顔だけははっきりとしていた。

 

華琳が、春蘭や秋蘭が、桂花や零が。王と文官武官の重鎮が揃っている。

 

華琳は理解を示してくれるだろうか。

 

そう思いながらも、痺れて上手く回らない舌を懸命に動かす。

 

感情を抑えこみ、能面のように動かない華琳の表情に少し不安を覚えつつ、一刀が話し終えると、華琳の声が微かに聞こえてきた。

 

「今回の件、発端の大凡の次第は荀彧から聞いていたわ。

 

 貴女には申し訳ないことをしたわね。心より謝罪するわ。

 

 我らは今この時を持って進軍を止め、撤退する。愚かな行動を起こした者共の首は後程、改めてそちらに示すわ」

 

どうやら桂花が既に色々と手を回してくれていたようだ。

 

華琳の言葉を理解した途端、安堵により一刀の緊張の糸がプッツリと途切れる。

 

視界が、思考が黒く沈んでいく中、一刀はいつも側に聞いていた2つの声を、そしてどこか懐かしい1つの声を、遠くに聞いていた。

 


 
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