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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第六十七話

ムカミさん

第六十七話の投稿です。


華佗編とでも名付けましょうか、そんな内容

2015-03-14 11:55:12 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5398   閲覧ユーザー数:4261

建業を発って数日、一刀たちは遂に許昌へと帰り着いていた。

 

集団構成が3騎の騎馬のみ、そのいずれも駿馬とくれば、多少長めの休息を入れつつも、他より移動速度は速い。

 

「ふぅ、着いた。華佗、疲れていないか?」

 

「それはこっちの台詞だ、一刀。建業でも言った通り、本来ならお前には安静を言い渡しているべきなんだ。

 

 普段感じないような怠さとか体の動きに違和感なんかは無いか?」

 

普段は軍務に携わる人間では無い華佗を心配して声を掛けた一刀であったが、むしろ逆に医者の立場から華佗に心配されてしまった。

 

それだけ言えれば大丈夫か、と判断し、一刀は華佗の質問に素直に答える。

 

「こうしている分には何も問題無いよ。ただ、調練やその先の戦闘なんかになると、まだどうか分からない。

 

 普段気にしないような細かい動きにまで戦闘中は気にかけてしまうからな、そこらくらいの小ささでは違和感を覚える可能性はあるかも知れない」

 

「ふむ、なるほど。とにかく、日常生活は問題無いということだな。それならひとまずは安心だ」

 

「まあ、建業を出てからも体調にはそれなりに気をつけてはいたよ。起きてすぐ動いたから再び毒が回りました、なんて、冗談にもならないからな」

 

「うん、それが一番だ。だが、許昌に着いたからにはここで数日は安静にしてもらうぞ?」

 

「ああ、分かった。華佗の言う事だ、それは守ることにするよ」

 

華佗に向かって頷いてから、一刀は月と恋に顔を向ける。

 

「ひとまず華琳のところへ直行しようかと思うんだが、それでいいか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「……ん」

 

月と恋は即答で受諾。これで最初の行動は決まった。

 

次いで一刀は再び華佗に話を向ける。

 

「華佗、お前はどうする?」

 

「そうだな……ここでやると決めているのは一刀の経過観察だけだ。それを優先するにしても、それほど時間は取られないだろうしなぁ。

 

 だから、それ以外の時は許昌の街ででも病人の治療に当たろうと思っている」

 

華佗の予定を聞き、それならば、と一刀はある提案を投げかけた。

 

「そうか。だったら、華佗、お前も華琳に会っておいた方がいい。

 

 城の方に華佗の部屋を用意出来るだろうから、その方が何かと便利だろう」

 

「お、それはありがたい!拠点確保の時間を省けるのは大きい。是非頼む、一刀」

 

一刀の提案に華佗は喜ぶ。

 

これくらいお安い御用さ、と一刀はその役目を快く請け負った。

 

 

 

 

 

華琳の下へ一番に向かうとは言っても、まずは厩舎へ行かねばならない。

 

建業より一刀達を運んでくれた3頭をそこへ連れて行き、丁重に労う。

 

無事役目を終えた3頭は誇らしげに鼻を鳴らし、休憩の態勢に入った。

 

それを見届けてから、一刀達はいよいよ華琳の下へと向かう。

 

城門の兵に帰還の旨を伝えたところ、華琳は王の間にて待つとのこと。

 

なので、4人はそこを目指して廊下を進む。

 

珍しく目的の部屋へと辿り着くまでに誰ともすれ違うことは無かった。

 

王の間の大きな扉の前で一度立ち止まり、念の為に他の3人が揃っていることを確かめる。

 

そしていつもの習慣からノックを入れ、扉を開いた。

 

開いていく扉の向こうに、まずは華琳が見える。

 

そして徐々にその左右にも、整然と整列した将達が控えていることがわかってくる。

 

数日振りに見るという事実以上にどこか感慨深いものが一刀の胸にこみ上げてくるが、今はそれをグッと堪えた。

 

開ききった扉をくぐって歩みを進める。

 

視界の端には春蘭が飛び出そうとし、秋蘭にさりげなく止められている様子が映る。

 

その2人が特に顕著だっただけで、他の面々も様々な表情を醸していた。

 

一刀は歩みを止めずに華琳の目前まで達すると、拱手して報告を述べる。

 

「北郷一刀、ただ今帰還致しました。この度の不手際、面目なく存じます」

 

シン、と静まり返る部屋。

 

次に言葉を発するべき華琳が溜めを作ったためにそうなったのだが、これが存外皆にとって重い沈黙であった。

 

今回の一件、全ては華琳が判断することになっている。

 

従って、既に処刑された兵以外、誰がどうなるかも分かっていなかったためであった。

 

そんな重い沈黙を破って、華琳はゆっくりと話しだす。

 

「まずは、おかえりなさい、一刀。よくぞ無事に戻ってきてくれたわ。

 

 向こうで何があったのか、初めにそれを聞かせてもらえるかしら?ああ、畏まらなくていいわよ」

 

「分かった。それじゃあ、それほど長い話にはならないと思うが……」

 

そう前置きしてから一刀は建業で体験したことを華琳に話す。

 

主となるのは孫堅の下した一刀に対する判断の下り。

 

孫堅の語った相殺の基準については多少ボカしはしたものの、暗殺から孫堅を守ったことを強調しておくことで流した。

 

どうして相殺としたのか、その真なるところは不明とした上でその後に月と恋と合流して帰路についたことを話し、建業でのことに関する報告が終わる。

 

「帰路の途上にて恋が建業に残った理由は聞いたんだが……これについては後で少し話し合っておく。

 

 迷惑を掛けたと思うが、すまなかった」

 

「いえ、それほどでも無かったわ。月の行動が早かったおかげね。その点は貴女に感謝しているわ、月」

 

「い、いえ、そんな……全部詠ちゃんのおかげですから」

 

どうして恋達が建業に残ったのか。それは一刀が倒れた直後のことに原因がある。

 

一刀を連れて孫堅が華琳に会いに本陣まで足を運んだ折、華琳は最小限の将のみ側に残して他は下がらせていた。

 

だが、一刀が倒れたことで春蘭、秋蘭、そして華佗の叫びが響くことになる。

 

それを聞きつけ、皆が何事かと駆けつけた。

 

そんな皆の目に映るは倒れ伏した一刀に縋る春蘭と秋蘭、そして状態を確認する見知らぬ男一人。その周り、一番近いところには敵方の大将。

 

その光景を目にして誰よりも早く動いたのが詠だった。

 

詠は隣にいた月にすぐに恋を止めるように簡潔に指示を出す。

 

一拍の後には、恋が孫堅に向かって駆け出しかけていた。

 

詠の判断と行動の早さが功を奏し、間一髪、月が恋を押し留めることに成功する。

 

その後は建業にて孫策からも聞いた通り、恋が一刀の側を離れようとせず、月と共に留まることになったのだが。

 

どうしてそのような行動を取ったのかというと、恋曰く、『……恋、約束した。月と一刀は、恋が守る』とのこと。

 

恋の中では、”誰かの役に立ちたい”がイコール”誰かを己の武で守る”という図式になっていたらしい。

 

そこの認識も少し改めさせた方がいいな、などと考えながら、一刀は報告を締め括った。

 

「なるほど、ね。確かに貴方の言う通り、孫堅の判断には思うところがありそうだけれど……

 

 ともあれ、貴方には感謝するわ、一刀。我が覇道が致命的に穢されるような事態にならなかったのは貴方のおかげよ」

 

華琳のその言葉は知らず部屋中を覆っていた重い緊張を吹き払う。

 

「今になって思えば、少し焦りすぎていたのかも知れないわね。一度計画が滞った時点で些細な変化まで全てを考慮して練り直す必要があった。

 

 覇道を急ぐあまり、多少の焼き直し程度で計画の実行に許可を出してしまったのは私の失策だわ。

 

 そのせいで我が覇道が穢されるばかりか、優秀な人材を何人も失いかけて……ほんと、とんだ体たらくね」

 

今日までそれをずっと悔いていたのか、華琳は随分と落ち込んだ瞳を見せていた。

 

だが、一刀としては華琳の言う事が全てだとは思わない。故に、それをそのまま言葉にする。

 

「俺はあの時の華琳の判断は特に間違ってはいないと思っている。

 

 あの時、魏は麗羽率いる袁軍を破って領土を大きく拡大し、その統治も順調に進んでいた。誰が見ても、魏国は勢いに乗っていたんだ。

 

 風向きが追い風ならばそれに乗るのが当然の考え。わざわざ勢いを自ら殺すのも勿体無いだろう。

 

 加えて言えば、どれだけ時間を掛けて準備を整えても不確定要素付き物なんだ。

 

 要は、今回の件で言えば、その不確定要素への対応に失敗してしまった俺達の失策と言える。

 

 だから、華琳。君は気に病むな。君主として、王として、毅然としていればいい」

 

「…………どうしてかしらね?貴方がそういうことを言うと、不思議と信じてしまいたくなるわ」

 

そう言った華琳の顔には、歳相応の少女らしさが浮かんでいた。

 

不安を抱えていたり落ち込んでいたり、そんな心が弱っている時に自信を損なっていない者の言葉はどうしてか惹かれてしまう、と。

 

ただそれだけのことだったのだが、敢えてそれは口にしない。

 

華琳は自信に満ち溢れて毅然としている方が”らしい”と思ったのは事実だったからである。

 

「取り敢えず、一刀。貴方には後々褒章を与えるわ。それと今は休みなさい。

 

 貴方に関することはこれで終わりね。ところで……」

 

と、そこでようやく華琳の視線が華佗へと向く。

 

「そこの男は何者なのかしら?」

 

「そうだった。紹介するよ。彼の名は華佗。大陸に名の知れた名医であり、俺の友にして命の恩人だ」

 

一刀の紹介を受けて華佗も一歩進み出て華琳に挨拶をする。

 

「お初にお目にかかる、曹操殿。此度は主に一刀の治療後の経過観察の為に許昌まで同行させてもらった。

 

 ついては暫くの間許昌に滞在し、街の病人の診療も行いたいんだが、それについて許可を頂きたい」

 

「華佗……聞いたことがあるわね。一所に留まること無く大陸を渡り歩いて民を治療して回る旅の医者。

 

 いくつもの街でその地の医者が匙を投げた病すら治すその腕を評し、付けられた呼び名が『神医』。

 

 ……桂花からの報告と孫堅から聞いた話から、一刀は毒矢に射抜かれたはず。それを治したというのだから、噂は本当のようね」

 

そうそう拒否されることは無いと踏んでいたが、一刀の予想以上の好感触を得ている様子。

 

これならば華佗に提案した事項もすんなりいけそうだ、と一刀は華琳に進言する。

 

「華佗の腕は俺も保証するよ。それでお願いしたいことがあるんだが、俺もまだ数日は華佗の世話になる。

 

 だからと言ってはなんだが、華佗に城内のどこか一室を貸し与えてやってほしい」

 

「その程度ならば何の問題も無いわ。零、すぐにでも手配してあげなさい」

 

「はっ」

 

即諾。迷う素振りすら見せない即決振りであった。

 

「ありがたい!心より感謝する、曹操殿!」

 

「当然のことじゃないかしら?ああ、その他の細かいことはまた後日話し合うことにしましょう。

 

 どうやら何人か、そろそろ我慢出来なくなりそうなのよね。此度の緊急軍議はこれで閉幕としましょう」

 

華琳がそう宣言すると同時、2つの影が飛び出した。

 

いや、正確に言えば飛び出したのは1人で、もう1人は動き出しこそ早かったものの、所作自体は落ち着いていた。

 

「一刀~~~~っっ!!」

 

まずはその飛び出した人物、春蘭が一刀に飛びつく。

 

彼女の立場を考えれば、随分と心配を掛けてしまったことは容易に想像がつき、忽ち申し訳ない気持ちになる。

 

「無事だったのだな、一刀。良かった……本当に良かったよ」

 

少し遅れてやってきた秋蘭も気のせいではなく瞳を潤ませている。

 

なまじ一刀の裏事情を知っているだけに、それなりの覚悟はしていたのだろうが、やはりそう簡単には割り切れなかったのだろう。

 

「ごめん、春蘭、秋蘭。本当に心配を掛けた」

 

「いや、お前が無事に帰って来てくれただけで十分だ」

 

嗚咽を堪えるのが精一杯の春蘭に変わって秋蘭が答える。

 

それでもすまない、そしてありがとう、と一刀は呟く。

 

直後、一刀の周囲に他の者達が群がってきた。

 

集うは主に古参の将と董卓軍からの編入の者達。

 

洛陽より生還した時を彷彿とさせるそんな光景を眺めながら、それを知らない麗羽はポツリと華琳に感想を零す。

 

「薄々感じていましたけれど、北郷さんは随分と皆さんに好かれていますのね。

 

 華琳さんもそのようですけれど、方向性が全く異なっているように見えますわ」

 

「事実、その通りよ。以前、一刀と軽くその話をしたことがあるわ。

 

 そこで出した結論は、私は相手を惚れ込ませ、背中に従える人間。一刀は相手に向き合い、共に輪を作る人間。

 

 傾向は違えど、案外共存出来るものだということに2人して驚いたものよ」

 

「……今更ですけれど、本当に末恐ろしい国ですわね」

 

「ふふ、でしょう?それでいて楽しいのだから、申し分無いわ」

 

珍しく心からの笑顔を見せる華琳。

 

それは古くからの知己たる麗羽しか見てたことのないもの。

 

そしてそれは今この瞬間でも同じなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……うん、よし!どうやら氣の乱れも無く、大丈夫そうだ!」

 

皆の篤い歓迎もそこそこに自室へと戻った一刀は、早速華佗の診察を受けていた。

 

とは言っても、事前に華佗が言っていた通りほとんど時間は掛からず終了となる。

 

診察が終わったタイミングで一刀は華佗に問いかけた。

 

「なあ、華佗。安静と言われたけど、全く動いたらダメなのか?」

 

「む、そうだな……実は附子毒が腕や足だけならばともかく、弱いものとはいえ体全体に回ってしまった患者の治療をしたのは初めてなんだ。

 

 あれの強さはよく知っている。だから、俺も全力を尽くしたとは言え、もしかしたら俺が見逃した小さな”核”がまだお前の中に残っているかも知れないんだ。

 

 そういったことを考えると、少なくとも調練、鍛錬の類は完治のお墨付きを出すまでは絶対禁止だ。出来れば歩きまわるのもあまり推奨は出来ないな」

 

多少細かめに禁止事項を伝える華佗。

 

その内容を聞いて一刀は顎に手を当てて考えつつ華佗に質問を重ねる。

 

「多少動く程度なら問題無いんだな?だったら書類仕事くらいはやってもいいと思っていいのか?」

 

「ああ、それくらいなら大丈夫だろう。ただし、少しでも体に不調を感じたらすぐに切り上げて休むんだぞ?」

 

「そうだな、そこは守ろう。我が儘を言ってすまない、華佗」

 

「いや、問題無い。むしろ凄いと思っているくらいだ。仕事熱心なのはいいことだしな。

 

 さて、それじゃあそろそろ俺は街の方に出てくるよ」

 

そう言って華佗が立ち上がる。

 

その背に向けて一刀は最後に一言、報告を投げた。

 

「華佗が城に戻ってくるまでには零が部屋を用意してくれているはずだ。仕事の早さは俺が保証する。門兵辺りに聞けば分かると思う」

 

「了解した。ありがとう、一刀。ではまたな」

 

部屋を出て行く華佗の背を見送った後、一刀は起こしていた上半身を寝床に沈めた。

 

久方振りの無警戒での睡眠。

 

心安らぐその時間に身を委ねるのだった。

 

 

 

 

 

それからの一刀の数日は実に地味な日々であった。

 

一刀の状態と華佗からの進言もあり、負担を減らす目的で、華琳が特段の用事が無い限りは一刀の部屋を訪れることを禁止としていた。

 

それでも時折こっそりと訪れる者はいたのだが、そこは一刀が少し話した後にやんわりと仕事へと戻してやっていた。

 

当の一刀はと言うと、昼過ぎ頃に少しの時間統括室を訪ね、今なお集まってくる各地に散った隊員からの報告を纏め上げる作業をしていた。

 

桂花はこのところ零と共に非常に忙しいようで、本来桂花がするはずの情報分析まで一刀が少し担っているほどだった。

 

それも、黒衣隊のレベルで情報を集めるまでも無く俄に国境線が騒がしくなっているからなのであるが。

 

ともあれ、数日の休養を経たこの日、一刀はようやく華佗から完治のお墨付きを頂くこととなった。

 

 

 

「今日も氣の流れが澱んでいるところは無いな……うん。

 

 これだけの日数を置いても氣が乱れていないのならもう大丈夫だろう!

 

 念のため今日もう一日だけ安静にして、明日からはもう制限無しでいいぞ、一刀」

 

「明日から、か。了解。何日もの間、本当にありがとうな、華佗」

 

「なに、何度も言っているが、医者として当然のことさ」

 

いい笑顔でそう言われてしまえば、この話はそれまでとなる。

 

この話の途切れ目に、一刀がここ数日の間考えていたことを話そうと考えた。

 

「なあ、華佗。ちょっと聞いてもらいたい話があるんだが、今少し時間いいか?」

 

「ん?どうしたんだ、一刀?別に時間ならあるが」

 

華佗の返答に一拍置いてから、一刀は”それ”を告げた。

 

「華佗、俺達の、魏国の仲間となってその腕を振るってはもらえないか?」

 

「……すまん、一刀。いくらお前の、友の頼みとは言え、それだけは受けるわけにはいかないんだ」

 

「そうか……理由を聞いても?」

 

華佗の返答を残念に思うも、しかしどこかでそのことは分かっていたのかも知れない。

 

しつこく食い下がるような真似はせず、だがせめて理由だけでも、と一刀は問う。

 

それに華佗は快く答えた。

 

「勿論だ。いや、むしろ一刀には知っていて貰いたい、と言った方が正しいか。

 

 俺が五斗米道の秘技を以て大陸中の病人を治療して歩いていることは一刀も知っているだろう?」

 

「ああ。だからこそ洛陽でああいった事を頼んだ訳だしな」

 

「もし俺がどこかの勢力に属した場合、きっとどれだけ動けたとしてもその領地内まででしか無いだろう。それでは俺の医者としての矜持が保たれない。

 

 だからこそ、俺はどこにも属さず、そして分け隔てなく病や怪我に苦しむ人々を救う、とそう決めているんだ」

 

目の奥に情熱の炎を燃え上がらせ、熱く語る華佗。

 

本物だ、とそう一刀は感じた。

 

現代世界においてはほぼ見られなかった、しかしこの世界において主に将達が持つもの。

 

己の中心を貫く信念、それに伴う覚悟。それらに基づいて己の行動原理を定めている。

 

文字通り命を懸けてでも守り通さんとするそれを華佗の中も確かに感じたのだった。

 

「一刀、俺は洛陽でのお前の演説を今でもはっきりと覚えている。お前はあの時こう言っていた。

 

 ”俺はこの大陸に安寧を齎すために降り立った”。つまり、民衆を救ってくれる、と。

 

 俺もこの医術を以てどうにか民衆を救えないか、ずっと考えてきた。だが、政治を知らない俺にはそれは無理だった。

 

 俺は大陸を巡って病や怪我に苦しむ民を救いながら、ずっと悩んでいたんだ。そこに一刀、お前が現れた。

 

 一刀の言葉には力があった。引き込まれ、信じる気にさせてくれる不思議な力が。

 

 一刀。俺はお前ならきっと、大陸の安寧を成し遂げてくれるだろうと思っている。だからこそ、俺も俺のやり方で、少しでも大陸中の民を救おうと思うんだ。

 

 それが俺の戦いだと思っている。同じ平和を望む者同士、分かってくれると嬉しい」

 

一刀は華佗の熱い想いに心打たれずにはいられない。

 

華佗もまた本気で大陸の未来を、そして民達を案じ、良くしようともがいていた一人だったのだ。

 

そして、そんな華佗が自分をここまで信用してくれている。

 

ここまでしてもらって、どうして華佗の想いを無碍に出来ようか。

 

だからこそその上で、と一刀は思う。

 

「ああ、分かるよ。お前のその想いが本物だということは、疑いの余地が無いくらいはっきりと伝わってきたよ。

 

 ならば、華佗。魏国に属してくれとはもう言わない。だが、華佗の活動を俺達に援助させては貰えないか?」

 

「援助?どういうことだ、一刀?」

 

「なに、簡単なことだ。旅路の支援と情報収集を手伝おう、ってことさ。

 

 いくら華佗といえども、道中危険なところもあるだろう?それに、どこで病が流行っているか、或いは多くの怪我人が出ているか、そういった情報も一人旅では得難いはずだ。

 

 魏国の情報収集力は大陸においても有数だと自負している。その情報から華佗の活動に役立ちそうな情報を常に渡そう。

 

 勿論魏国内に限らず、大陸中の情報だ。我等が情報部隊の力をもってすれば相当量の情報が集まるはずだ。そうすれば、今までより遥かに効率良く各地を回れるだろう。

 

 また、そのための連絡手段と護衛を兼ねて、一般人に偽装した魏の兵も数人、立ち代わりで華佗に同行させよう。

 

 勿論、こちらから華佗の行動を制限するようなことはまず無い。こちらの情報と華佗自身が見聞きした状況を鑑みて自由に行動してくれていい。

 

 ただ、華琳――曹操を納得させるために、ちょっとした条件を飲んでもらいたいが……

 

 どうだろう?受けてもらえるか?」

 

「なるほど、それは魅力的なものだ。だが、その条件とは?」

 

「そうだな……例えば、大陸の情勢を動かすほどの大戦、それが起こる時には華佗を魏国に呼び寄せる、とかそんな感じになると思う。

 

 いくら力を付け、策を練ろうとも死傷者が出ないことなんて無いからな。逆に言えば、それだけ大きな戦でも無い限り、華佗の自由は保証する。

 

 さっきも言ったが、基本的に魏の側が華佗の行動を縛ることは無いと約束しよう」

 

一刀の言葉に華佗は暫し考え込む。

 

ふと、華佗は気づいたように一刀に問う。

 

「……なぁ、一刀。一つ、聞かせてくれ。

 

 どうして俺にそこまでしようとしてくれるんだ?たった今、俺はお前の頼みを断ったというのに」

 

「華佗の瞳から、言葉から、本当に大陸を案じていることは簡単に読み取れる。しようとしているその行動も、多くの民のためになるだろう。

 

 魏が大陸の統一を目指すのは大陸の安定、民の安寧のためだ。目的が同じならば、支援するに吝かではない。

 

 それに何より……友だから、だな。勢力だとかそんなもの関係なく、北郷一刀個人として、華佗を支援したいんだ」

 

即座に返ってきた答えの内容に、華佗は軽く目を見開く。

 

勿論、華佗とて一刀が国を背負う位置につけていることは分かっている。

 

その立場に立って考えた時、華佗の力は魏が国としてこれだけの代償を支払ってでも手の中に残しておきたいものだとの結論が出る。

 

が、一刀が語った理由もまた、嘘偽りが無いのだと本能的に察していた。

 

華佗は暫し考えこむ。そして最終的に出した結論は……

 

「他の誰かが出したものだったら罠なりを警戒するんだが……他ならぬ一刀の提案だしなぁ。

 

 以前にお前がくれた情報は2つとも正しく、有益なものだった。そして、あの日以来陳留とここ許昌を中心にして聞こえてくるお前の色んな噂……

 

 戦なんて無いに越したことは無いんだが、過去のことを見ても、大陸がこうなってしまっては避けては通れない道、か……

 

 うん、お前を信じよう、一刀!その話、受けさせてくれ!」

 

快諾だった。

 

華佗にとっても魅力的な条件であったこともあるが、何よりも友の心意気を感じ、それを信じたが故の結論。

 

共に大陸の、民衆の平和を望むもの同士、固い握手を交わし合うのだった。

 

「そうか!ありがとう、華佗!」

 

「いや、礼を言うのは俺の方だ。ありがとう、一刀。

 

 俺はお前と友になれて、本当に幸運だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の一刀の動きは早かった。

 

この明くる日には華琳と主要文官に話を通し、国にとってのメリットを強調することで承諾を得た。

 

華佗を支援する側控えの人選も諸々の都合を考えて黒衣隊員から選出。

 

そして黒衣隊の任務内容に各地の流行病の情報収集を加え、支援体制を万全のものとした。

 

華佗が許昌の街での民の治療を一通り終えて発つ頃には、全ての準備が整っていたのだった。

 

 

 

「何から何まで用意してもらって……すまないな、一刀」

 

「何を言うんだ、華佗。こっちも世話になったし、これから世話になることもきっとあるんだ。お互い様さ」

 

華佗が許昌を発つ日、街の門前にて会話を交わす一刀と華佗の姿があった。

 

早朝の街は静まり返り、静かな声で話していても互いの声はよく聞き取れた。

 

「多少名残惜しい部分もあるが、そろそろ行くよ。

 

 一刀、大陸の民に平穏の時を教えてやってくれ。お前なら出来ると信じている」

 

「ああ、必ず。お前も、病に苦しむ人々を救ってやってくれ。それはまさしく他の誰でもない、華佗にしか出来ないことだ」

 

「勿論だ。お互い、それぞれの戦いに全力を尽くそう。

 

 それじゃあな、一刀。また会う日まで、達者でいろよ」

 

「そっちもな。また会える日を、楽しみにしているよ」

 

最後に堅い握手を交わし、華佗は許昌に背を向ける。

 

その背が地平の先に消えるまで、一刀は華佗と結んだ友誼の熱さを胸に感じながら、ずっと見つめているのだった。

 


 
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