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真恋姫無双幻夢伝 第六章1話『戦鐘の唄』

新章赤壁編スタートです!

2015-02-01 05:18:32 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1838   閲覧ユーザー数:1697

   真恋姫無双 幻夢伝 第六章 1話 『戦鐘の唄』

 

 

 春を迎えた汝南の状況は刻々と悪化していた。もたらされる報告に記された不吉な予兆に、詠は苦々しい表情を浮かべる。執務室の空気は冷たく重い。

 

「やっぱり孫権と劉備は同盟を組んだそうね」

「確証が得られたのですか?」

「ええ」

 

 暗い表情の音々音にそう答えると、詠はふう、とため息をついた。彼女が机に投げ出した報告書には『劉備・孫権陣営に複数回の使者の往来有り。さらに北郷一刀と諸葛亮が呉に向かったことも確認』と記載されている。十分な証拠だ。

 さらに悪い知らせは続く。凪が執務室に飛び込んできた。

 

「報告!華雄さまからです!」

「読みなさい」

「はっ!長江南岸に孫権軍結集の動き有り。さらに江夏にも劉備軍が集まりつつあるとのことです!」

「動きが速いのです!」

 

 音々音が椅子から飛び上がる。詠はすぐに状況を分析し始めた。

 

「だけど、これだけ急速に軍備を整えているとなると、その兵数は限られるわ。孫軍主力のみと考えると、その数は2万ね。ねね、劉備軍はどうかしら」

「そちらの方が集められる数は少ないですね。曹操領と隣接している荊州北部の守りは解けませんし、最近では蜀に攻め入る動きがありますから、主力は西部に移動しているはずです。おそらく1万もいませんぞ」

「合わせて3万か、多くて4万。でも、こちらも田植えの時期だから、無理な徴兵は出来ないし……。凪、こちらはどのくらい集められる?」

「おそらく5千程度。それ以上は民の生活に差し障りが出ます」

「そうよね……」

 

 4万と5千。籠城するにしても不利な戦いだ。さらに主戦場が長江になる以上、強力な水軍を持つ呉が主導権を握る。同等数の兵力がいても、厳しい戦いだ。

 

「さあて、どうするかね」

「アキラ!」

 

 ふらりと部屋に入ってきたアキラに、一同が驚く。彼はのんびりした足取りで自分の席に座ると、こう続けた。

 

「こうなっていたことは分かっていたはずだろう。その時期が早かっただけだ。そんなに驚く事か?」

「何、のんきなことを言っているのよ!ボクたちが大変な状況であること分かっているの?!」

 

 怒鳴り散らす詠に対して、彼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「……何か策があるの?」

「悪いことは続かないさ。次に良いことが待っている。そういうものさ」

 

 その時、部屋に恋が入ってきた。彼女もいつもと変わらない飄々とした態度のままだ。

 

「アキラ……来た…」

「おう、分かった」

 

さてと、と言って彼は立ち上がると、この部屋にいる者たちに号令をかけた。

 

「さあ!良い知らせを迎えに行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 汝南の校外、アキラたちは小高い丘の上に簡単な陣を築いて彼らを待った。しばらくすると遠くから黒い筋が近づいて来た。

 

「こ、これは!」

 

 延々と続く黒い筋。全て兵士の群れだ。その数の多さに、凪は驚きを隠せない。彼女にとって初めての光景だ。

 やがてその先頭がこの丘に差しかかり、その内の数名がこちらに上ってきた。

 

「ようこそ、汝南へ」

「久しぶりね、アキラ」

 

 春蘭と秋蘭、そして桂花を従えた華琳が、ニコリと笑いかけた。詠が納得したという表情を見せる。

 

「確かに、これは良い知らせね」

「ああ」

(それにしても、良く許してくれたこと)

 

 心の内で感心する詠をよそに、アキラは華琳に近づいて感謝の言葉を伝える。

 

「華琳が直々に率いてくるとは思わなかった。援軍、感謝する」

「官渡で大きな借りを作ったからね。そのお返しよ。ただし……」

 

 華琳はかかとの固い靴を大きく上げると、思いっきりアキラの足の甲を踏みつぶした。

 

「うぐっ!」

「まだ許したわけじゃないのよ」

 

 悶絶してうずくまるアキラを見て、彼女は満面の笑みを浮かべる。彼女の後ろにいた秋蘭はため息をつき、春蘭と桂花は(当然だ)というように、フンと鼻を鳴らした。

 華琳はつかつかと歩いて移動し、丘の南側を眺める。この向こうに長江、そして孫権の領土がある。

 

「それに、ただあなたたちを助けに来たわけじゃないの。私はもっと欲深いわ」

 

 彼女は大きく宣言する。

 

「さあ!長江の龍を狩りに行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 曹操軍到着の噂は、瞬く間に江南全土に広がった。その数は誇張されて伝わることもあったが、孫権軍は正確な情報を得ている。

 

「先発隊だけで5万。総勢20万か」

 

 冥琳はそれを聞いても表情を変えない。曹操軍の援軍が来ることは織り込み済みであり、その数も予想していた通りだ。

 ただし、まさか曹操自身が出陣して来るとは思わなかった。彼女がただの援軍で来るはずがない。その事実は、呉の征服を行うことを意味している。朝日に照らされた彼女の横顔が、かすかに曇った。

 

「面白くなりそうじゃのう、冥琳」

「祭殿か」

 

 笑みを浮かべて部屋に入ってきた呉随一の猛将に、冥琳は苦笑いを浮かべた。

 

「今の呉でそんなに強気なのはあなたぐらいでしょう」

「なんじゃ、お主もおじけておるのか。呉の大督(前線総司令)が聞いてあきれるわい」

「私は冷静なだけです」

 

 20万という軍勢は、人口が少ない江南では経験のない話だ。冥琳も汝南の討伐や董卓討伐軍で見たことがあるくらいだ。今度はそれを相手にしなければならない。国中に恐慌が走っているのは当たり前である。そして降伏も議論されたことがあったが、それは冥琳たちが心配するまでも無く消え去った。雪蓮を暗殺した敵に、降伏することはありえない。結局、怒りが恐怖に勝ったのだ。

 祭はまだ笑みを浮かべながら、腕を組んで彼女に質問する。

 

「作戦はどうする?」

「水際で食い止めるしかありません。陸ではまず勝てませんから。幸いにも今の季節は南東の風が吹いていますので、水軍なら優勢に戦えるでしょう」

「おいおい、せっかく敵の君主が2人も揃っておるのじゃぞ?まとめてつぶす好機ではないか」

「……あなたは少々楽観的すぎます」

 

 冥琳の指摘に、祭は高笑いを発する。その時、穏が部屋に訪れた。

 

「お話し中、申し訳ありません。冥琳さま、蓮華さまがお呼びですぅ」

「分かった。今行く」

 

 部屋を出て行こうとする冥琳に、祭はずけりと指摘した。

 

「『策殿がおればなぁ』と思っておるのではないだろうな」

 

 冥琳の足が止まる。こんな時に雪蓮がいてくれたら。ついついそう考えてしまう。

彼女は祭の方を向くと、こう言い返す。

 

「それはあなたもではありませんか」

「……まあのう」

 

 だが、と祭は言い続ける。

 

「策殿はもういない」

「ええ、だから我々が呉を守るしかない」

「命に代えても、じゃな」

 

 そう述べた祭は部屋を出て行った。そして振り返ることなく、背中を向けたまま手を振る。

 

「作戦は任せたぞ。大督殿」

「はい」

 

 そう返事をした冥琳は、祭とは反対の方向へと歩いていく。

 カツカツと廊下を歩く二人の影。彼らの頭の中で、孫家代々の戦鐘の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 


 
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