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真恋姫無双幻夢伝 第六章2話『対陣 それぞれの事情』

いよいよ赤壁の戦いが始まりました。ご覧下さい。

2015-02-04 17:06:13 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1802   閲覧ユーザー数:1700

   真恋姫無双 幻夢伝 第六章 2話 『対陣 それぞれの事情』

 

 

 長江の北岸と南岸にそれぞれの陣が出来上がった頃には、季節は初夏に差しかかっていた。ここまで遅れたのには理由がある。1つは曹操軍が全軍揃うのに時間がかかったこと、そしてもう1つが

 

「まさか船の材料ごと集めてくるとはな」

「船が無ければこの戦争は出来ないさ。華琳はそこのところはちゃんと考えているよ」

 

 陣の中で華雄とアキラが話しているように、華琳は20万の兵士が長江を渡るための船を作る木材を集めてきたのであった。当時の大型船に当たる楼船は長さ20m前後、艪の数は片舷20前後、6~700人が乗船できる。この船でも相手に匹敵する兵士数を乗せるには50隻は必要であり、とてもじゃないが汝南が持っている船の数では追いつかない。そこで華琳は対陣しながら船を建造しようと思い立ち、それに使う莫大な木材を華北から集めた。その運搬に手間取ったのである。

 戦うことにしか興味が無い華雄は感心するばかりであったが、もう1点褒めたいことがあった。

 

「曹操もすごいが、お前はそれを作る船大工をいつの間にか集めているじゃないか。さすが、抜け目がないな」

「木材を運搬していると情報が入ったから、先回りしただけさ。ついでに武器職人も華北・江南問わずかき集めた。今頃、呉では困っているだろうな」

 

 ニヤリと笑うアキラを見て、この男の敵にはなりたくないなと、華雄はつくづく思った。

 この状況を見て、彼女は予測する。

 

「この戦争、長引くと見ていいだろうな」

「2か月はかかると見た方が良い。華琳は北の異民族を袁紹討伐の折に手なずけているし、西は馬騰死後の内紛で攻め込む力が無い」

「なるほど」

「それに華琳の元に劉備に追われた劉琮一派が逃げ込んでいる。早めに攻め込まないと、彼らに対する義理が立たない」

「彼らの中には蔡瑁たちもいると聞いたが」

「そうだ。水軍の指揮を任せられる人材だ。祖国を取り返したいという意欲も高い。華琳はこの時期を江南征伐の好機と考えたのだろう」

「とても分かりやすい説明だった。ところで…」

 

 華雄は先ほどまでの視線と違い、じろりと彼を睨む。

 

「その姿は何だ?」

 

 うん?と首を傾げる彼は、膝までの長さの紫色の短袴(短パン)と袖の短い貫頭衣(Tシャツ)を着ていた。そして釣竿を肩に担いで、桶をその逆の手で持っている。何をしに行くか、それは明白である。

 

「確かにちょっと格好が悪いけど、今日は暑いから良いんじゃないの?」

「そういう問題じゃない!今は戦争中なのだぞ。釣りなんかしている場合ではない!」

「でもさあ、今は船を建造している最中だから、正直暇なんだよ。訓練する必要もあるし。しばらく戦いは無いんじゃない?」

「相手が攻め込んできたらどうするんだ?!」

「その時は戻るさ。他の細かいことは詠やねねに聞いてくれ」

 

 飄々と答える彼に対して、華雄は血が頭に上り過ぎて、言葉が出せなくなる。彼女がプルプルと震えだしたのを見ると、彼はそれが爆発する前に急いで行こうとする。

 

「恋、行くぞー」

 

 どこからともなく、ひょこりと現れた恋が走り寄ってくる。そして走り出したアキラの背中を、ぴったりと付いて行く。さながら犬とその飼い主そのものだ。

 釣り場に走って逃げて行く彼らに、ようやく華雄の罵声が飛んだ。

 

「この、おおバカものー!!」

 

 

 

 

 

 

 一方で呉の軍勢も着々と軍備を整えつつあった。侵略されている側の彼らの士気は非常に高い。それは外から来た一刀たちの目から見ても、一目瞭然だった。

 

「さすがは江南の覇者!兵の士気は我が軍に勝るとも劣らず。さらにこの水軍には圧倒されますなあ、主よ」

「確かにこの船の数はすごい!これだったら曹操たちなんかすぐに倒せるんじゃないか?」

「一概にも言いきれませんけど、この光景は頼もしいですね!」

 

 星と一刀、そして朱里の3人は江夏から長江を下ってここまで到着し、すぐに目に入ったこの光景を見入っていた。初夏の眩しい日光に照らされた船団は、華北に長くいた彼らの興味をかきたてた。

 そこに彼らを迎える使者が訪れた。亜莎だ。彼女は丁寧に頭を下げ、挨拶をする。

 

「北郷様ご一行とお見受けしました。私は呂子明と申します。お迎えに上がりました」

 

 彼女はそう言うと、ゆっくりと頭を上げた。正直、彼女は期待していたのだ。噂に聞く天の御遣いがどのような人物であるのか、見てみたいと好奇心に動かされて歓迎役を買って出た。

 ところが彼女の期待は良いようにも悪いようにも裏切られた。目の前にやってきたのは、覇気があまり感じられない、どこにでも居そうな好青年だった。特徴といえば、変わった服を着ているぐらいだ。

 彼は彼女ににっこりと害のない笑顔を見せた。

 

「お迎えしてくれてありがとう。じゃあ、案内よろしくね」

 

 彼女は内心首を傾げつつも、アキラに対するものとは異なる好感を持った。

 

 

 

 

 

 

 一刀たちは孫権の本陣へと案内された。その幕内に入ると、長い机が置かれた向こう側で、固い表情の蓮華たちが彼らを待っていた。

 

「ようこそ。孫呉の陣へ」

 

 代表して冥琳が挨拶をした。彼女たちは表情を崩さない。一刀を品定めしているようだ。

 そんな彼女たちの態度に、一刀は若干怖さを感じるも、この世界で覚えた愛想笑いを浮かべて蓮華たちに挨拶を返す。

 

「俺が北郷一刀だ。よろしく」

 

 彼は蓮華に向けて手を出した。その手を彼女は怪訝に見つめる。彼は自分の行動の不自然さに気が付いて、慌てて説明を加えた。

 

「ああ、これは天の国での挨拶なんだ。お互いの手を握るんだよ」

 

 朗らかに笑う彼の顔と手を蓮華は交互に見る。しかし彼女はその手を握ることはなかった。

 

「私たちの文化ではしない」

「えっ……ああ、分かった」

 

 残念という感情を思い切り顔に出しながら、彼は机の周囲に置かれた上座の席に案内されて座った。その姿を見ながら蓮華もその隣の席にすわる。彼女の心の内では、失望の念が湧き上がっていた。

 

(天の御遣いと言われているが、存外頼りない。アキラだったら…)

 

と、意図せぬ内に描かれるあの男の姿を、急いで打ち消す。戒めなければならない。戒めなければ。

 その傍らで、冥琳は別の意味で彼らに失望していた。

 

「物入りのこちらの事情を気づかってもらい感謝する。まさか500人でいらっしゃるとは思わなかった」

 

 水軍とは言わずとも、数千人の兵士と関羽を始めとした猛将の援軍を期待した呉軍にとって、この程度の援軍は予想外だった。冥琳の辛辣な皮肉の言葉にもその意図がはっきりと表れており、理解した朱里の表情は曇り、一刀や星はムッとした表情を示す。

 星が大胆にも挑発的な言葉で返した。

 

「おや、不服かな?呉の皆さまも不安と見える」

「いや、そんなことはない。500人は“慰安”にしたら多いぐらいだ」

 

 低い声で思春は言った。慰安。つまり戦闘目的ではない見物客であり、援軍ですらないとみなされたことになる。星はダンッと机を叩いて立ち上がって睨んだ。思春も睨み返す。

 

「やめなさい」

 

 蓮華の一言に、思春は睨むことを止めてそっぽを向いた。星も椅子に座り直す。

 しかし孫権軍の信頼を失っていることは明白であった。朱里がせめてもと取り繕う。

 

「江夏の対岸にも曹操軍の姿を確認しました。それで、そちらの守備に兵力を裂くことに…」

「自国の領土を守りたいということですか。なるほど、なるほど」

 

 冥琳がしつこいほど頷き、その姿を見て「はわわ」と小さな声を朱里は漏らした。次の瞬間、ちっと呉の誰かが舌打ちをした。目じりを釣り上げた星が当たりを見回し、再び空気が強張る。

 この状況に、蓮華がため息交じりに再びたしなめた。

 

「軍議を始めましょう。こうしていてもらちが明かないわ」

 

 

 

 

 

 

 冥琳の進行で軍議が進められる。その大半は新しく参陣した一刀たちへの状況説明だ。特に曹操軍の現状について詳しく説明を受けた。

 

「間諜からの報告を読む限りでは、曹操軍の船団は一か月後には完成すると考えています。それらが攻め寄せてきたら、我らといえども勝機は薄い。なんとしてもこの一か月で華々しい戦果を上げて、敵の士気をくじき、あわよくば撤退に追い込む必要があるかと」

「あの」

 

と手を上げたのは北郷一刀だった。全員が注目する中、彼は次のように提案した。

 

「呉の水軍が強いなら、今すぐ曹操たちの港に攻め込むことは出来ないのか?」

 

 呉の武将たちからため息と嘲笑が零れる。冥琳が子供に教えるような口調で、彼に説いた。

 

「水軍に詳しくないとはいえ、港にはそれなりの備えをしているはずです。その備えの情報が無いまま攻め込むことは、とても危険なのですよ」

「な、なら、港の近くに上陸して、陸から奇襲を仕掛けるとか」

「その奇襲が失敗したらどうしますか?たとえ我々の全軍を投入したとしても、20万の敵に包囲されたらあっという間に全滅してしまいます。第一、我々には矢が足りない」

「ちょっと待ってください」

 

 冥琳の言葉に反応した朱里が声を上げた。今度は彼女に視線が向く。

 

「何か?」

「矢が足りないとは、本当ですか?」

 

 朱里の指摘に、呉の武将たちが顔を見合わせる。冥琳は蓮華と目で会話をすると、自分たちの事情を話した。

 

「これは口外しないでもらいたいのですが、現在、我々は深刻な矢の不足に陥っています」

「どうしてですか?」

「職人を奴らに取られたのじゃ。高い報酬に目がくらんで、良い職人は北へと渡って行った。おかげでロクな職人が残っておらん」

 

と言った祭は、「くそっ!李靖め!」と吐き捨てるように続けて言った。

 

(敵にしたくなかった)

 

 以前は彼を味方にしていた呉の武将は、心の底ではそう感じている。戦わずして相手を苦しめるアキラの手腕は、敵対してようやく実感することが多い。

 彼らの複雑な表情を眺めていた朱里は、おそるおそる手を上げてみた。

 

「あのぅ、矢を集めればいいのですか?」

「ああ、そうだが」

 

 朱里の言葉に、冥琳たちは怪訝な面持ちを浮かべる。荊州から運んだとしても時間がかかる。今日明日にでも必要があるのに、そんなに悠長に待っていられないことは、彼女も分かっているはずだ。

 朱里は考える。ここで一定の成果を上げておかなければ、自分たちに対する呉の信頼は失ったままになる。それは絶対に避けなければならない。

 彼女はその責務を心に抱きながら、蓮華たちに提案した。

 

「矢を集めてきますから、その……数隻の船をお借りできますか?」

 

 

 

 

 


 
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