No.754920

真恋姫無双幻夢伝 小ネタ9『弁護士のいない裁判』

いつも通り、章間に小ネタを挟みます。
第五章9話と10話の間の話です。

2015-01-31 09:02:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1669   閲覧ユーザー数:1572

   真恋姫無双 幻夢伝 小ネタ9 『弁護士のいない裁判』

 

 

「これより、審議を始める」

 

 詠は一段高い席から、厳粛に宣言した。

 まだ昼だというのに、黒い衣で窓をおおわれた部屋の中は暗く、陰湿な空気が漂う。その中で詠たちがアキラを取り囲むように坐る。呉から凱旋してきたばかりの彼には、自分がなぜ縄でグルグル巻きにされて、椅子に張り付けられているのか、見当もつかなかった。

 

「なあ、詠」

「被告はしゃべるな」

「詠ってば」

「口を閉じなさい」

「お~い」

「今度、言葉を発したら、その口を縫うわよ」

 

 仕方なくアキラは黙り込む。そして詠は周りを見渡すと、再び宣言する。

 

「これよりアキラの呉における女たらし行為を裁くわ」

 

 傍聴人から次々と非難の声が上がる。

 

「隊長、なにしとるねん!」

「ここの女に飽き足らず、呉の女も毒牙にかけるとは」

「アホー!この浮気もん!」

「た、隊長……」

「ちょっと待てよ、お前ら!」

「静粛にしなさい!アキラ、縫うわよ」

 

 俺だけに厳しくないか、と彼は思いつつも、言われた通りに口をつぐんだ。他の者も眉間に皺を寄せた顔をして、静かにする。そうして静寂さを取り戻した部屋の中で、詠は粛々と裁判を進める。

 

「では証言者、前へ」

 

 立ち上がったのは、沙和と音々音、呉に同行したやつらだ。まず、沙和が口を開いた。

 

「隊長は孫権様といっつもベタベタしていたの!最初はあんなに仲が悪かったのに」

「具体的にはどんな様子だったの?」

「街で買い物して、一緒に稽古して、挙句の果てには人目に付かないところで腕を組んでいたの!その間ずっと、孫権さまは楽しそうにして、時々顔を赤くしていて、全然入り込めなかったの!私もそんなことしたかったのに…」

 

 詠の質問に、沙和は嫉妬交じりに答える。華雄がボソリと呟いた。

 

「……これは、死罪だな」

「おいおい!これだけだろ。死罪はちょっと」

「これだけではありません!」

 

 そう言ったのは音々音だった。こちらを見てにやりと笑う姿に、(ああ、こいつは面白がっているだけだな)とアキラは理解した。

 音々音は告発する。

 

「そのバカ君主は、呉の臣下も口説いていたのですぞ!」

「「「な、なにー!!」」」

 

 部屋中に驚きの声が響く。詠は表情を変えることなく、低い声で話を促した。

 

「……続きを」

「はいです。まず、呂蒙殿に服を買って与え、陸遜殿には本を買ってあげていました。さらには甘寧殿や周泰殿とは一緒に稽古をして、その上、周瑜殿と囲碁を嗜むなど、その相手は分刻みで変わっていたのです。全員と極めて親しげであり、その見境のなさは犬畜生にも劣るのですぞ!」

「うわ~、これは洒落じゃすまされへんで」

 

 彼女の報告に、霞が本気でひいている。他の傍聴人は彼を憎々しく睨み続ける。

 このままでは危険だ。彼は反撃に転じた。

 

「お前ら、まず聞いてくれ!俺は別にあいつらを口説いたわけではないし、ましてや本気で愛そうとしたわけではない。単なる社交辞令だ」

「社交辞令だと?!」

「そ、そうだ!服や本を買ってあげたのも、稽古や碁に付き合ったのも、同盟国の武将と仲良くなるための一つの術だ。蓮華とだって、ああやって仲が良いところを世間の目にさらすことで、両国の仲が良いことを知らしめる狙いがあったんだよ!」

「隊長、それ、ほんまか~?」

 

 疑いの眼差しを向けた真桜に、アキラは大きく頷いた。確かに呉の武将は全員可愛かったが、こちらから誘ったことはなかったし、特に蓮華などがこちらに好意を向けていることは分かっていても、手を出したりはしていない。浮気も本気もしていない、多分。

 アキラはもう一度、大きな声で答える。

 

「俺は呉の誰かと特別仲が良くなったりはしていない!全て、沙和と音々音の主観に基づくでっち上げだ!」

「むう~」

「ぐぬぬ」

 

 確かに実際に事におよんだ現場を押さえていないため、これ以上追及が出来ない。沙和と音々音はしかめ面で悔しがる。

 

(勝った)

 

 心から勝利を確信したアキラは、高笑いを上げそうになる。だがこの時、一人椅子から立ち上がった者がいた。

 

「雪蓮とは…?」

「………なに?」

 

 アキラが視線を向けた先には、今まで眠そうにして発言していなかった恋が立っていた。詠が好機とばかりに話を振る。

 

「話しなさい!」

「…夜……アキラと…雪蓮がいた……庭に…」

「庭って、どこの庭なのですか、恋殿?!」

「柴桑の…近くの……小屋………散歩していたら…見つけたの」

 

 音々音の問いかけに、恋は正直に答えた。アキラの背中に冷や汗が伝わる。

 

「れ、恋!まっ!」

 

 彼は声を上げて話を遮ろうとしたが、華雄が後ろからその口に手を当てて塞いだ。

 

「ふがふが!」

「構わん。続けろ」

 

 恋はコクリと頷いて話を続ける。

 

「2人は…抱き合って……小屋に…入った」

「「「そ、それで?!」」」

 

 全員の視線が恋に集まる。彼女は珍しく朱色が入った表情を見せると、顔を伏せた。

 

「それ以上は…言えない……恥ずかしい」

 

 それだけ聞いて全員理解した。ああ、この男やらかしたなと。

 暗い部屋の中、その眼鏡の奥の目だけを光らせて、詠が判決を下す。

 

「この絶倫男。なにか言い残すことはある?」

「は、早まるな!誰か、弁護してくれる人はいないのか!」

「何言っているのよ。ここには“裁く”者しかいないわよ。私を含めてね」

「く、くそっ」

 

 両側から持ち上げられようとされて抵抗した結果、アキラは椅子ごと床に転がった。もはや、彼に助かる手段は残されていなかった。

 しかし彼には天使がいたことを忘れていた。

 

「み、みなさん。なにをやっているのですか?」

「ゆえ~~!!」

 

 部屋に入ってきた月は真っ先に窓から黒い衣を取り、大きく開けた。新鮮な空気と光が部屋に入ってくる。

 そしてアキラの捕えられた状況を確認すると、ちょっとだけ怒った様子を見せた。

 

「アキラさんをいじめてはダメです!」

「で、でもな、月」

「霞さん、どんな事情があろうと、私たちを助けてくれたのはアキラさんなのですよ。詠ちゃんも、命の恩人を信じてあげないと」

「いや、でも、ボクは……」

 

 一気に形勢が変わった。旧主の言葉には逆らうことが出来ず、音々音や華雄もたじろいだ。月の怒った姿を始めて見た凪たちも、戸惑いを隠せない。

 ホッと安堵の息を漏らすアキラの元に、月が近寄る。

 

「大丈夫ですか、アキラさん?」

「ありがとう、月。大丈夫だよ。だから早くこの縄を…」

 

 その瞬間、アキラは月の方を向いていたことを後悔した。いたずらな風が彼女の給仕服の裳(スカート)をふわりと持ち上げ、寝転がる彼にその中を見せた。

 

「あ……」

「きゃ!」

 

 彼女が裳を押さえた時には、もう遅かった。目を丸くして見つめる彼に気付いて、彼女の顔が鮮やかに赤くなる。

 

「あ、あの」

「………」

 

 彼女は何も言わない。そして結局、込み上げてきた恥ずかしさに耐えきることが出来ず、彼女は顔を押さえて部屋を飛び出していってしまった。

 残されたアキラ。彼は悲痛な叫び声を出す。

 

「嘘だろ?!ゆえー!」

「さっさと引っ立てなさい!!」

 

 怒り心頭となった詠が怒鳴り散らす中、アキラはその椅子ごと持ち上げられ、どこかへと連れて行かれた。

 どこへ行ったかは知らない。

 

 

 

 

 


 
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