頭を過ぎったのは、母の姿だった。
いつか越えてやりたいと思っていた、あの背中。
今にして思えば、死ぬ覚悟を決めていた、あの目。
見ることが叶わなかった、母の最期の瞬間に思いを馳せる。
母もこんな心地だったのかな?
死にたくはない。
殿や剣丞を邪魔する輩をぶち殺してやりてぇし、もっともっと強ぇ奴とも死合いてぇ。
でも…大切な奴を護って死ぬってのは、こんなにも誇らしく、清々しいもんなんだな。
剣丞を護ったわけじゃねぇが、ころならオレよりずっと器用だから、これからも剣丞のことを色々と助けてやれるに違いねぇ…
すまねぇな、各務。
森一家のこと、任せたぜ。
すまねぇな、お蘭、お坊、お力。
次はお前らが、殿と剣丞を護るんだぞ。
すまねぇな、剣丞。
不甲斐ねぇけど、先に母のところに逝くぜ。
……祝言、挙げたかったな。
――――
――
小夜叉が戦っている集落まで辿り着いた剣丞たち。
「あちらです!」
ころが指差す方には、鬼の小山が見えた。
あの中に小夜叉がいるのか。
現有戦力でどうにかできる数ではない。
「雫!」
「はい!剣丞さまが敵後方を撹乱。その隙を突き、明命さんが小夜叉さんを救出。その後、速やかに撤退します」
「上等!」
剣丞が全てを言う前に献策をする雫に、思わず笑顔で頭を撫でる。
「それで行こう。明命姉ちゃん、よろしく!」
「了解です!」
早く来やがれ、鬼ども…
小夜叉は精も根も尽き果て、大の字に倒れていた。
しかし、散々に散らされた同胞の姿が焼きついているのか、鬼は小夜叉を囲んでいるものの、なかなか動こうとしない。
人間無骨を未だに握っているのも、鬼を警戒させている理由の一つだろう。
一方の小夜叉は、澄み切った心持ちだった。
常に戦いの中に身を置いてきたが、死を覚悟したのはこれが初めてだった。
しかし、全力を出し切り、護るべきものを護った。
そして残った想いを吐き出した今、悟りにも似た境地にあった。
のだが…
「――ちっ!」
舌打ちをし、目を見開く。
「嫌なもの…思い出しちまったぜ」
小夜叉の脳裏には、いつか見た、祈りを捧げている梅の横顔が映った。
全く理解できなかった穏やかな顔。気に食わない顔。
オレも、あんな顔をしていたのか?
「んな顔して…死ぬわけにゃいかねぇなっ」
最後の力を振り絞り、愛槍を杖に立ち上がる。
「鬼武蔵に相応しい死に顔は、敵の返り血浴びながら笑った顔がお似合いよ!さぁ来いゴミども!小夜叉最期の死に舞台だぁ!!」
「「「ギャァァァアアァァ!!!」」」
小夜叉の口上を遮るように鬼の絶叫が鳴り渡る。
小夜叉に襲い掛かる喚声でも、小夜叉に襲われた悲鳴でもない。
何故か輪の後方から聞こえてきた。
と――
「あなたが小夜叉さんですね」
突然音もなく、まるで小波のように、小夜叉の眼前に少女が現れる。
「誰だ、テメェ!?」
「御免!」
小夜叉の問いには答えず、小夜叉を抱え上げる少女。
「お、おい、コラっ!」
見知らぬ少女に抱え上げられ、小夜叉は抵抗を示す。
しかし、消耗しきった小夜叉の抵抗など物ともせず、また小夜叉の重みなど感じさせずに、少女は高く跳んだ。
二人は鬼の包囲網から姿を消した。
「シッ!」
剣丞の刀が振るわれるたび、鬼の身体には確実に傷が刻まれる。
相変わらず、鬼に対する効果は絶大だ。
しかし――
「やべっ…」
別の鬼からの攻撃をすんでで避け、一度大きく間合いをとった剣丞。
武器についてはこちらが有利だが、如何せん数が違いすぎる。
ころと雫は戦力にならないので、剣丞の後方、村の入り口でいつでも逃げられるよう、馬と共に待機してもらっている。
突破されれば、二人に鬼の手が伸びてしまう。
しかし、なるべく鬼の目を自分に引き付けなければならない剣丞は、難しい戦いを強いられてていた。
「まだなのか、明命姉ちゃん!?」
「剣丞さん、お待たせです!」
剣丞の言葉が聞こえていたかのような時機で現れた明命。
肩には小夜叉が担がれている。
「ナイスタイミング!」
「け、剣丞だとっ!?」
剣丞の声に驚きの声をあげる小夜叉。
「小夜叉、助けに来たよ。よし、それじゃあ退こう!」
とは言ったものの、明命は小夜叉を背負っていて戦えない。
鬼もただでは見逃してくれるはずもなく、どうしたものかと剣丞が思案していると、
「剣丞さん、これを!」
明命が胸元から何かを二つ取り出し、剣丞に渡す。
「こ、これは…」
剣丞の手元には、拳より少し大きな紙張りの玉が二つ。
まだ少し温かい『それ』を、剣丞はマンガなどで見覚えがあった。
「真桜さん謹製の煙玉です!こんなこともあろうかと、常に持ち歩いていたのです!」
「さっすが明命姉ちゃん!ご都合主義バンザイ!」
剣丞はポケットから火打石を取り出すと、手際よく導火線に火をつける。
「くらえっ!」
放物線を描き、敵軍前方に着弾した煙玉から、濃度の濃い白い煙が大量に湧き出る。
「真桜姉ちゃん、相変わらずいい仕事してるぜ!」
剣丞たちから鬼は全く見えなくなった。ということは逆もまた然り。
「今のうちに逃げよう!」
明命と真桜のおかげで、剣丞たちは鬼から逃げおおせることが出来た。
…………
……
「ここまで来れば、大丈夫かな…」
元々乗ってきた馬に分乗し、かなりの距離を稼いだ剣丞たち。
剣丞は一人で一頭に乗っているが、雫はころと、明命は小夜叉と乗っているため、馬の負担も大きい。
この辺で一度休憩を挟むことにした。
「け、剣丞…」
「小夜叉!」
蚊の鳴くような声で小夜叉が剣丞を呼ぶ。
明命が小夜叉を馬から下ろし、剣丞は優しく抱きとめる。
「大丈夫か?」
まじまじと見ると、致命傷はなさそうだが、大小様々な傷が小夜叉の肌を埋めていた。
意識もハッキリとはしていないようだ。
「んなこたどうでもいい……ころは…ころは無事か?」
「小夜叉ちゃん!」
馬から降り、小夜叉が心配で近寄ってきたころが、小夜叉に縋る。
「ころか…」
「うん!小夜叉ちゃんのおかげで無事だったよ!ありがとう、小夜叉ちゃん!」
小夜叉の手を握りながら、涙ながらに感謝を示すころ。
「そっか……ははっ…」
その様子に笑みを浮かべる小夜叉。
「なぁ……剣丞」
「なんだ?」
「オレは……よくやったか?」
「あぁ。ころを護ってくれて、ありがとう」
そう言い、頭を撫でながら、少しクセのある小夜叉の髪を優しく梳く。
「でも、小夜叉が無茶を…」
「そっか…へへっ……なら、良かっ、た…ぜ……」
ガクッと、小夜叉の身体から力が抜ける。
「小夜叉!」
「大丈夫です。眠ってしまっただけなのです」
そう言うと、明命は剣丞に小夜叉の身体を横たえさせる。
「剣丞さま。今日はこの辺りで野営をしましょう。小夜叉さんをこのまま動かすのは得策ではありませんし、ころも少し休ませませんと」
「でも…」
こうしている間にも、駿府屋形に魔の手が伸びているかもしれない。
そう思うと、一刻も駿府に早く帰りたくなる剣丞。
そんな剣丞を、
「私も雫さんの意見に賛成です」
「明命姉ちゃん…」
「小夜叉さんなら、一晩ぐっすりと休めばきっと元気になります。ころさんも、今は足を休ませることが何よりも大事なのです」
明命は諭す。
「分かってるけど…」
「剣丞さん。あなたは大切な人に無理をさせてでも、他の大切な人を護りたいですか?」
「えっ…?」
「剣丞さんの気持ちも分かりますけど、今は無理をするべき時ではないのです。駿府屋形の仲間を信じ、今は休みましょう。
休むことも大切なお仕事です。焦りは禁物なのです」
諭すような口調から、ニッコリと笑顔を見せる明命。
あぁ…やっぱり、姉ちゃんは姉ちゃんなんだなぁ、と剣丞はしみじみと感じた。
「分かった、姉ちゃん。今日はこの辺で野営しよう」
「はいっ!」
最後には、大輪の笑顔の花を咲かせた。
「それでは明命さん、場所の選定と設営を手伝って頂けますか?」
「了解です!」
「あ、俺も手伝うよ」
「いえ、剣丞さまはころと小夜叉さんについていてください」
「こっちは二人で大丈夫なのですよ」
そう言って二人は並んで、近くの森へ入っていった。
「すいません、剣丞さま。こんな時に…」
ころがすまなそうに肩をすぼめる。
「いいんだよ。明命姉ちゃんが言ったとおり、俺も焦りすぎてた。今はひよや詩乃たちを信じて、ゆっくり休もう」
ころの隣に腰を下ろし、ころの頭に手を乗せる。
「…はいっ」
「小夜叉も、ころを護ってくれて、本当にありがとうな」
普段からは想像もできない、童のように穏やかな顔で眠る小夜叉の頭も撫でる。
「ん…んぅ……」
気持ち良さそうな声を出す小夜叉。
思わず目を合わせて微笑む二人。
そんな二人の横顔を、夕日が朱に染めた。
こうして剣丞たちは、しばしの休息を取るのであった。
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どうも、DTKです。
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、39本目です。
駿河編小夜叉の章?が今回で一区切りです。
次回からは駿河編は一休みで、一刀らの陳留編に入ります。
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