『帝記・北郷:十七~忠烈汜水関・弐~』
「李典!于禁!各々二千を率いて張遼の攻城を後押ししてください!!孫礼、郭淮は弓騎を五百ずつ率いて土穴を掘っている者達を援護しなさい!!」
蒼亀の指示を受け、四将の率いる四軍がすぐさま展開する。
司隷郡汜水関。史実では汜水関とは虎牢関の別名なのだが、三国志演技では二つに分けて語られている。
この世界でもそれと同じように汜水関と虎牢関は二つ別々の関として、されどさながら一つの大きな要塞であるかのような様態で新魏軍の前に立ちはだかっていた。
「大盾隊に弓隊と連携を取らせて衝車の進路にある死体を片付けさせなさい!!片付ける者が死体になっては話になりませんよ!!」
三人抱えの大盾に隠れた無数の兵士が何組も隊列を組んで、城門前の味方の死体を脇に寄せて行く。
そこを狙い城壁の上から雨霰と矢や石が降り注ぐが、革張りの大盾に弾かれて兵士を殺すには至らない。
まるで土嚢のように脇へと投げられていく亡骸達。
その中にかつての戦友の顔でも見つけたのか、一人の兵士が動きを止めた。
不運にも、その事により彼は丁度後ろへと引いた大盾からその身を曝してしまう。
情け容赦なく降り注ぐ殺戮の雨。
彼がその身をかつての味方により放られるにはさして時間はかからなかった。
「兵は消耗品……か……」
遠くよりそれを見つめる新魏王・北郷一刀はそう呟いた。
彼の位置から先程の兵士が見えたはずはない。されど、彼は確かにそう呟いた。
「………」
何も言う事なく、指揮を飛ばし一刀の傍らで戦況を見つめる蒼亀はその視線を一刀に移す。
堅牢な汜水関に数に任せて兵をぶつける。
一見すると無謀に思えるかもしれない。しかし、現状ではこれが最も適した方針だと言う事は、一刀にも解っていた。
そもそも、策というものは不利な状況を打破し効率の良い勝ちを収めるものである。
反董卓連合の時は、連合軍が烏合の衆であったこともあり力技は禁忌であったが、兵力、士気、練度全てが磨かれた新魏軍ならば下手な小細工を弄するよりも力押しで言った方が望ましい。
ましてや初戦から策を弄しているようでは、新魏軍は小細工無くして勝てない腑抜けの集まりだという風評を生みかねない。
まずは一戦。それで駄目だったら次の手を考える。
その結果が、冒頭の兵士達である。
「……慣れちゃったなぁ俺も」
それが兵の死に対する言葉であることは蒼亀にも解った。
「…慣れたくはありませんでしたか?」
「そりゃ慣れたいものじゃないさ」
自分の為、誰かの為に死んでゆく兵士達の姿。
乱世であればそれは当たり前の光景。
しかし、戦とは無縁の暮らしを長くしてきた一刀にとってははっきりとした『異常』。
ずっとそうだった。華琳のもとで数多の戦をくぐり抜けても、自分で敵を斬っても。
「でも慣れないといけないものだったしさ……王として」
儒教において君主の在り方は二つあるとされている。
一つは王道。仁徳により天下を治める事。
もう一つは覇道。武により天下を治める方法。
王道の方が理想であることは言うまでもないだろう。
しかし、理想とは常に叶う者にあらず。
乱世においては覇道こそが君主の唯一の道。徳で知られた周の武王とて、武によって殷を討ち天下に覇を唱えたのだ。
乱世に生きる王である一刀とて、それは避けては通れない道。
平和な天下の為という大義の元に、大勢の人間を殺す。
「……申し訳――」
「謝るのは無しだよ蒼亀さん」
頭を垂れようとした蒼亀を遮り、一刀は微笑む。
「この道に進まないっていう選択はあった。それでも俺がここにいるのは、俺がここにいる事を選んだからだよ」
龍志から維新の話を持ちかけられた時。そもそも断ることはできたのだ。
龍志に頼み込めば維新から離脱することもできただろう。
しかしそれをしなかった。
その理由を他者からの期待に求めることは容易い。
だが、一刀は思う。
自分がここにいるのは、自分がここにいるべきだと信じているからだと。
何故再びこの世界に戻ることができたのか?
どうして龍志の元に現れたのか?
自分がこの世界にいる意味は何なのか?
それらの答えが自分の選んだこの道の先にあることを信じて……。
「……とはいえ、尻を叩いてくれる人がいなくなったのはちょっと寂しいかな」
自嘲気味に笑みを変え、南の空を見ながらそう呟く。
王として、友として、人として。
自分の甘さも弱さも認め、それを強さだと信じてくれていた男。
「……」
主の姿にギリリと蒼亀は唇を噛む。
蒼亀は龍志ではない。義弟ではあるが、二人の思考には決定的な隔たりがある。
龍志は公私を問わず非合理や非効率な事にもかなり寛容である。
一方蒼亀は私はともかく、公においては完全な合理主義者だ。
故に、一刀を評価しているものの彼に甘さを完全に許容出来ているわけではない。
故に、彼は一刀にとっての龍志になりえない。
それが蒼亀には口惜しくてたまらない。
彼とて北郷一刀に惹かれその才略を尽くして仕えている身だ。
(私では義兄さんの代わりには成りえない…義兄さんの代わりに成れるのは義兄さんの全てを受け継いだ者だけ……ですが、そのような存在は我が軍にはいません…いえ、いたのですが、今は……)
「……うん?蒼亀さん、あそこ見て」
「はい?」
不意にそう言われて蒼亀が一刀の指さす方向を見てみれば、楽進隊、李典隊、于禁隊の三体が丁度接している辺りで旗が乱れている。
「伏兵でもいたのかな?」
「いえ、それにしては乱れ方が小さいですし、軍氣も……っ!!」
不意に言葉を切ったかと思うや、蒼亀は馬に鞭を当てて旗の乱れている方向へと駆けだす。
「副長殿!北郷様をお願いします!!」
「は、はい!!」
「蒼亀さん!?」
戸惑う二人の声を背に、蒼亀は走る。
(この氣…そしてその乱れ!戻って来たのですね、敵も味方も失ってあなたは!!)
手綱を握る蒼亀の手に、ジワリと汗がにじんでいた。
~続く~
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帝記・北郷の続きです
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