~ノルドの集落 ウォーゼル家~
辺りはすっかり暗くなっており、ウォーゼル家では歓迎の意味も込めての夕食となっていた。ノルドの自然豊かな食材を用いた料理の数々にリィン達は舌鼓を打っていた。
「それにしても、王国人であるアスベル君がガイウスの級友となったことには驚きと言う他ない。カシウス殿についてはゼクス殿から少し話は聞いたが、元気でやっているのか?」
「ええ。本人はため息を吐きつつ職務に励んでます。本人としては遊撃士の仕事の方が性分に合っているようですから。」
「フフ、そうか。」
ラカンとアスベル……一見すれば、距離的にも中々面識があるとは思えない二人が知己であることに、リィン達は不思議そうな表情を浮かべていた。
「相当馴染んでるな……ガイウス、アスベルとの付き合いは長いのか?」
「ああ。彼の保護者と言っていた人―――カシウス殿と3ヶ月ほど滞在していたことがあってな。俺や父さんの槍術も“カシウス殿の棒術の延長”ということで、僅か1ヶ月でモノにしていた。本来の得物ではないと言え、父さんと互角に渡り合えるほどだからな。」
「い、1ヶ月で!?」
「普通なら、ありえないと思いますが。」
「確かに、信じられん、と言いたいが……兄上ですら気に掛けるほどの人物なら、それぐらい余裕やもしれんな。」
“弘法筆を選ばず”とも言うが、彼の場合は周囲にいる人間が多彩な武器を駆使しているため、自ずとその対策のために学んだ知識を持って運用しているだけに過ぎない。言うだけならば簡単なのだが、武器が変わるということはその間合いや特性も全て理解していなければ武器の性能を十全に発揮できない。その辺りはアスベルの転生前の経験―――“裏の剣術”絡みで彼が戦ったあらゆる武器の達人クラスとの戦闘経験がここに生きているのだ。
「それにしても、本当に美味しいです。」
「ええ、体の芯に染みていくような感じでしょうか。」
「これ、どんな風に味付けしてるんですか!?」
「キジ肉を、岩塩と香草で包み焼きしてるの。帝国の方の口には合わないかもしれないけど。」
「とんでもない……どれも凄く美味しいです。この炙った串焼きも味が深くて美味いなぁ……」
「あ、それはカバブっていう羊肉を串焼きにした料理です。」
普段から帝国の味に親しみ慣れている者にとって、異郷の地での食事は新鮮な感覚そのものである。それ以上に、この雄大な自然の恵みを味わっていることにリィン達も嬉しそうな表情を綻ばせていた。
「……どの品もとても美味しく頂いている。他の地方に行った班に申し訳ないくらいの味だ。……正直、アスベルはもう少し自重すべきとは思うが。」
「ん?」
「私達の倍は食べてますよね、それ……」
「ふふ、いいのですよ。」
「えへへ、おかーさんのゴハン、だいにんきだねー。」
「……確かに、あの馬をコントロールするのは並大抵ではない。普通の者ならば次の日に全身が筋肉痛に苛まれるほどだからな。」
帝国の貴族の店には中々ない“温かみ”を感じつつ、感謝を述べるユーシスであったが……ジト目でそう述べた先に見えるのは、少なく見てもリィンの2倍以上食べているアスベルの姿。これにはステラも冷や汗を流したが、ラカンとファトマは笑みを浮かべつつ、その食べっぷりも“当然”なのであると述べるほどであった。その一方、リリは嬉しそうな表情でファトマの方を見つめていた。
「それだけでなく、長旅で疲れていたのもあるのだろう。ノルド料理は疲労に効く滋養の高いものが多いからな。」
「なるほど、確かに身体の芯から効いてくるような。」
「……あとでレシピを聞いてシャロンにも教えてあげようかしら。」
この広い高原を駆けるためには、そういった体力も養っていく必要があるし、次の日の行動のためにも栄養価の高いものを摂取する必要がある……料理と言うのは、その地域の特性を色濃く反映したものとなるので、自ずとそういった滋養の高いものになるのは自然な事でもある。
「あのあの、こちらのお茶も召し上がってくださいっ。ノルドハーブを使った消化にいいお茶でっ……」
「ふふ、ありがとう。」
「ほっとするような懐かしい味ですね……」
シーダが出してくれたお茶に喉を通しつつ、しっかり食べた一同はラカンからこの地についての説明や実習に関しての説明を受けることとなった。
「このノルドの地はある意味、とても自由な場所だ。アスベル君は異なるが、帝国人である君達には新鮮であり、不便でもあるだろう。だが、そんな場所であっても君達と関係がないわけではない。」
「ドライケルス大帝。“獅子戦役”を終結させた時の皇帝ですね。」
「確か、この地で挙兵したという逸話がありますね。」
250年前となると現実味がない部分があるのも事実なのだが、帝国各地に残っている史書やこのノルドの地にて語り継がれている話は決して嘘ではなく、紛れもない事実。当時皇子であったドライケルス大帝が、自ら親友と呼んだ人物や“友”となったノルドの戦士たちと共に、帝国の混乱を収めていったという史実。
「ああ、ノルドの民の間でも伝承として語り継がれている。そして戦役が終わった後、ノルドの民は、彼の継いだ帝国と長きに渡る友情を誓い合った。その善き関係が、今日に至るまで継いでいるというわけだ。」
「成程……正確にはこの場所は“帝国領ではない”。」
「互いに友情を誓い合った“友人”ということですか。」
「良き関係ですね。」
戦役後、その関係は長き間保たれてきた。だが、時代の流れというものは安寧というものを許さぬかのようにこの地にも忍び寄っていた。その最たる存在は、帝国と不倶戴天の仲であり、“三大国”の一角を担う東の大国の存在。
「ああ、しかし昨今、“カルバード”という東の大国が高原の南東に進出してきた。東に住む一族などは交流を深めているようだが……どうやら、それが少しばかり緊張をもたらしているようだな。」
「……帝国と共和国は昔ながらの宿敵同士ですから。」
「ここ数年、直接的な戦争こそ起きていませんけど……政治・経済的な対立はむしろ深まっていますね。」
「つい最近も、クロスベルで大きな事件が起こったようだが……その背景にも、帝国派と共和国派の対立関係があったと聞いている。」
“三大国”―――西の軍事大国である“エレボニア帝国”、“百日戦役”を経て南の経済大国・導力先進国となった“リベール王国”、多彩な文化を積極的に受け入れている東の多民族大国の“カルバード共和国”。
この中ではリベール王国のみがクロスベル自治州やノルド高原と国境は接していないものの、一昨年締結された“不戦条約”を機にして、圧力ではなく対話を主とした積極的外交戦略を取り、他の二国が軍事的行動をとらないよう“監視”している。無論、それを裏打ちするための力も保有しており、エレボニアとカルバードも警戒はしているが、彼の国の“絆”が強いことは“百日戦役”と“百日事変”にて証明しているも同然。『眠れる白隼』の名は十二年経った今でも健在であった。
「そうですね。その事件の関係で議員たちも大幅に変わりましたし……ただ、帝国と共和国の圧力は露骨になりましたけれどね。」
「リーゼロッテちゃん……?」
「……そういえば、リーゼロッテの出身は聞いたことがなかったけれど……」
「私はクロスベル自治州の出身です。帝国と共和国が“支配”しようとしているあの場所の。で、私が詳しいのは知り合いが議長さんの秘書をやっているんです。リノア・リーヴェルトといいますよ。」
「リーヴェルトって、確かクレア大尉も同じファミリーネームだったはずだけれど……」
「クレアさんの妹だって、聞いたことはあります。」
「………」
“支配”……帝国の人間からすれば“たかが自治州”なのだろうが、其処で生まれ育った者にとっては、彼等がやってきた結果による“犠牲”に対する謝罪なしという状況には、憤りを感じずにはいられなかったのは事実だ。この地がクロスベルのような状態になるかはさておくとしても……ある意味当事者としてのリーゼロッテの言葉には、リィン達も苦い表情を浮かべたのは言うまでもなかった。そこにアスベルが窘めた。
「こらこら、リーゼ。気持ちは解るが……ラカンさん、実習の方はいきなり“全域”にするんですか?」
「いや、明日の午前中は南側のみにする予定だ。その課題については、今日はもう遅いから明日の朝、改めて渡すつもりだ。」
「南側と言うと……」
「俺達が通ってきた場所、ということになるな。」
「理由でもあるのですか?」
「ああ。アスベルは解っている話だが、このノルドの地は広い。馬での移動とはいえ、かなり時間がかかるからな。」
……理由と言うか、この地の特性所以だ。何せこのノルド高原……移動範囲だけでもかなり広大であるのだ。馬での移動とはいえ、時間がかかるのは目に見えている。おまけに導力バスや飛行船などといった移動手段もない。裏技を使えば出来なくもないが、あれは“最終手段”故に使えない。そういった意味でも、午前中は南側に範囲を限定するのはありがたいことだ。
「そうなると、朝の課題はその範囲の物になるんですね?」
「ああ、その通りだ。―――ガイウス、昼頃には戻ってくるようにしておけ。昼餉の際に残りの課題を渡すとしよう。」
「わかった、父さん。」
「それでは、今日のところはこのくらいで休むといいだろう。遊牧民の朝は早い――――ゆっくり休んで疲れを取るといい。」
「解りました。」
ともあれ、離れにある住居に来た一行……ここで、リィン達は用意された寝床が“6つ”しかないことに気付いた。
「あれ?」
「見た感じでは、男子2人の女子4人の感じですけれど……」
「ガイウスは向こうで寝るんだよな?」
「ああ、妹たちにせがまれてしまってな。それと、アスベルもだ。」
唐突に出てきたアスベルの名前に、その当の本人は首を傾げつつガイウスに尋ねた。
「俺?何でなんだ?」
「話してなくて済まないな。どうやら、トーマやシーダはアスベルから色々話を聞きたいらしい。」
「あ~……ま、確かにあの馬の事とかあるものな。というか、俺に拒否権あるのか?これ……」
その当時を覚えていなくても無理はないリリはともかくとして、面識があるトーマとシーダからすれば、あの馬の事は色々ガイウスやラカン、ファトマから事情は聴いているだろう。……このまま野宿と言うのも嫌なので、結局はガイウスの提案に乗るしかなかったのだが。
「ふふっ……」
「人気者じゃないか、アスベル。」
「はは………」
「茶化すな。……リィンだけ夜明け前に起こすぞ。」
「何でなんだ!?」
「フフ……夜明け位に起こし来るから、今日はゆっくり休んでくれ。」
これには他のA班のメンバーも笑みを零したりするほどであった。その過程で謂れのない怒りをぶつけられたことに驚愕するリィンであったが……ともあれ、ガイウスとアスベルはその場を後にし、リィン達も明日の実習のために早く寝ることにしたのであった。
「あ、あんちゃんにアスベルさん!そ、その……」
「す、すみません。わがままを言ったりして……」
「もう過ぎたことだし、別にいいよ。こちらが世話になってしまう側だからな。」
「さて、もうそろそろ寝ないとな。明日は少し手伝ってもらえるか?」
「……まぁ、早起きは慣れてるから問題ないかな。」
トーマとシーダからの言葉に対して笑みを浮かべて答え、ガイウスのお願いに対しても快く引き受けた上でガイウスと彼のきょうだい達と一緒に一夜を過ごすことになったのであった。……まぁ、この実習中はウォーゼル家で寝泊まりすることも確定的に明らかであるのは言わぬが花だ。
……余計かもしれませんが、変なことはありませんでした。“こちら側は”
最後の一文は何か?って……まぁ、自ずとわかることです。感じろ(何
あと、文章だと説明しにくい現時点でのエレボニア東部の地図です。
……閃Ⅰの地図ベースに作ったものなので、大きいようでしたらご指摘ください。
追記)ちょっとだけ修正しました。
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第53話 その地ゆえのもの