~ルーレ駅~
列車は11:50―――昼前の定刻通りに到着した。“黒銀の鋼都”ルーレ市……ノルティア州の中心都市であり、最大の特徴は街の半分以上を占めている工業プラント。そして、それを統括しているのがラインフォルトグループ。帝国では最大の工業メーカーであり、Ⅶ組の持っている戦術オーブメント“ARCUS”の出所である。厳密に言ってしまうと違うのだが、ここでは割愛する。この街の北側にある『ザクセン鉄鉱山』は帝国最大の鉄鉱山であり、軍事大国の屋台骨とも言える場所なのだ。
このルーレ駅からゼンダー門に向かうためには、貨物列車に乗る必要がある。ここから四時間となると、ここで昼食を買っておかないと厳しいというのは解り切っており、アリサが一端改札を出ようと提案した所、
「―――それには及びませんわ。」
「あれ……シャロンさん!?」
「って、どうしてあなたが先回りしてるのよ!!」
姿を見せたのは、バスケットを持ったシャロンの姿であった。その光景がデジャヴに見えても、おかしいとは言わない。声を荒げるアリサ……一方、微笑みを零すシャロン。正直言って、エレボニア帝国には“そういった要素”が必要なのかと思ったが、そういうのを“才能の無駄遣い”とか言うのであろう。
確かに同じ乗り物ならばいくらシャロンといえども先回りは出来ない……だが、違う乗り物ならばそれが可能となる。
「フン、ラインフォルト家のメイドは主人を驚かせるのが趣味らしい。大方、帝都で定期飛行船に乗り込んだというところか。」
「あっ……!」
「飛行船を使えば、確か列車の半分の時間で着きますね。」
「はい。お弁当は飛行船の厨房をお借りして拵えました。どうぞお召し上がりください。」
「ありがとうございます。」
ともあれ、折角作ってもらった弁当なのだから、ありがたく頂くと言ってリィンがシャロンからバスケットを受け取った。だが、アリサの懸念はまだあったようだ。……まぁ、『そう思っても』仕方ないというか…
「って、シャロン。まさかこのままついてくるとか言わないわよね?」
「できればそうしたかったのですが、この後はあいにく用事が入っておりまして……トリスタに戻るのも少し遅れるかもしれません。」
「用事?」
簡単な用事などすぐにこなしてしまうシャロンが、一緒に付いていけないほどの事……これにはシャロンの事をよく知るアリサも首を傾げるが、その答えは彼等に投げかけられるかのように聞こえてきた声であった。
「―――ええ、私の仕事を手伝ってもらうことになったのよ。」
その出で立ちは“キャリアウーマン”とでも言わんばかりの風格。そして、A班の面々の中でアリサが一番面識のある人物がシャロンの隣に姿を見せた。
「か、か……母様!?」
「久しぶりね、アリサ。……―――アリサの母のイリーナ・ラインフォルトです。不肖の娘が上手くやれてるか心配だったけれど、余計なお世話だったようね、シャロン。」
「はい♪信頼できる殿方もおりますし、ご学友にも恵まれたようですから。」
「何こんなところで世間話してるのよ!大体忙しいんじゃないの!?」
「甘いわね。効率よくやれば2倍や3倍のスピードで仕事は終わるわ。これぐらいの時間を作れないで、ラインフォルト社は勤められないわよ?」
表向きは仕事人間なのだが、その実は一人っ子である娘の事をちゃんと心配している母親……であるのだが、子も子なら親も親というか……どうしても強い口調になってしまうようだ。一応リィン達も自己紹介をした。すると、その中のアスベルに気づき、小声で話しかけてきた。
(アスベル君。シャロンから聞いたのだけれど……“奪った”そうね?)
(……そうですね。“責任”はしっかり取らせていただきます。)
(ふふ、それはそれでいいんだけれど……あの子、貴方を満足させてあげられたかしら?)
(それは、もう……はい。)
(……色々大変だろうけれど、あの子の事、見捨てないでやってほしいの。誰かさんに似て寂しがり屋な所があるから。)
(ええ。俺の方が見捨てられないか不安ではありますけれど。)
イリーナとアスベルの関係……実は、昨年の半ばごろ、コンラート社の“古代遺物”絡みで、アスベルは“遊撃士”ではなく“星杯騎士”として出向いたことがある。仕事という理由もあるのだが、そういった事にも精通しているイリーナに対して隠し事はしたくないという理由であった。無論驚いたものの……アリサもそのことを知っているということを聞き、
『―――なら、お互いに秘密を知った関係として、これで対等ね。このことはお互いの胸の内にしまいましょうか。』
淡々としたような口調であったが、受け入れてくれたことは確かであった。その後も、アスベルを家に招待したり、学院に入る際は学費を負担してくれたりと、アスベルにとっては帝国における実家のような感覚であった。
「むぅ………」
「お嬢様、やきもちですか?」
「ち、違うわよ!母様がアスベルに変なこと吹き込んでないか心配なだけなんだから!!」
(それってやきもちなんじゃ……)
一方、何を話しているのか気になってしょうがないアリサにシャロンが問いかけ、それに対してムキになったようにアリサが答えるのだが、あきらかにやきもちを焼いていることが誰の目から見ても明らかであった。暫くすると話が終わり、
「さて、これで失礼するけれど……ああ、そうそう。私も“常任理事”の一人として、貴方方が実習を無事に終えれるよう“空の女神”にでも祈っておくわ。機会があればまた会いましょう。行くわよ、シャロン。」
「かしこまりました。それでは皆さん、お気を付けて。」
…………
「……って、今凄い重要な事を言って去っていきましたけれど……」
「兄上やシュトレオン殿下と同じ、トールズ士官学院の常任理事とはな。」
「ARCUSの事を考えると、あり得なくはないと思いますね。」
「……何と言うか、もうツッコむ気がしないわ。」
サラッと言った重大な事―――イリーナもまた、トールズ士官学院の常任理事の一人であるということに、その場に残されたA班一同は驚きを隠せなかった。で、アリサはアスベルの手を引っ張って他の面々と距離を取ると、先程の事について尋ねた。
「で、母様と何話してたのよ?」
「クロスベルでの“事実”の件だよ。……恐らく、一部始終バレてる可能性が高い。言っておくけど、聞いた俺が吃驚だったし。」
「ええっ!?……って、大方シャロンの仕業よね。」
あのメイドが盗聴器とか盗撮用カメラとか仕込んでいても、不思議に思わないあたり……毒されているのだろうと思った。ともかく、クロスベルでの一件に関してイリーナのその詳細を知っていたことには、話を聞いたアスベルも苦笑を浮かべたのは言うまでもない。
「あの二人、仲が良いみたいだが……」
「あれは、間違いなく付き合ってますね。」
「アスベルさんも隅におけませんね。」
「“風”も二人を祝福しているようだ。」
「何というか、隅に置けん奴だ。」
「アリサさんも何だかうれしそうですからね。」
一方、その様子を遠目で見ていた他のA班の面々は微笑ましそうな表情を浮かべて二人の様子を見つめ、戻ってきた二人に対して生暖かい目を向けていたのであった。
「……斜め四十五度で行けば、直るか?」
「何が!?」
少しというか、かなり恥ずかしい事実を突き付けられつつ、A班一行は貨物列車に乗り込み、一路ゼンダー門を目指すこととなった。その中で、ステラが気になる質問をぶつけた。
「そういえば……アスベルさん。先程の様子を見てるとイリーナ会長とはまるで家族ぐるみのような感じでしたけれど……」
「それに近いかな。俺が学院に入る際、学費の半分を出してもらってるから。」
「ええっ!?それ初耳なんだけれど!?」
アリサのほうは、イリーナが理事を務めているということもあって、学費は母親が全額支払っているようで……アリサが祖父から頂いた学費口座の残高が減っていないそうだ。そんな状態のアリサでも、よもやアスベルの学費まで負担していることには驚きという他ない。
「それは何というか……」
「明らかに、気に入っているということの裏返しですね。」
「もしくは、お前を婿にするための印象操作かもしれないな。」
……ユーシスの言葉がリアルすぎて、笑い事にできなかった。いや、笑いごとで済まないのは解ってはいるのだが……先程の会話だって、“時期尚早”というよりは“いつでも覚悟は出来てる。ハリーハリーハリー!!”と言わんばかりの雰囲気であった。流石のアスベルも学生生活を満喫したいので、すべき対策はすべてやるのだが……これが相手(アリサ)方の親族だけならばともかく、アスベルの両親も似たようなものなのだ。……せめて、卒業するまでは勘弁してください。
「アスベルさん。……今度、ご教授願えますか。」
「私にもお願いします。」
「………別にいいけど。はぁ……」
「ご苦労様。」
そして、リーゼロッテとステラが期待の目でアスベルを見ていた。その対象は自分の親友と弟弟子……距離を置きたいのに、何故か女性が寄ってくる彼らに対し、アスベルができるのは……祈りだけであった。それを察したのか、アスベルに対して労うアリサの姿がそこにあった。
シャロンが作ってくれたお弁当に舌鼓を打ちつつ、8人を乗せた列車はアイゼンガルド連峰の険しい地帯を通り抜けるように……そして、最後のトンネルを抜けると……今までの山岳地帯とは変わり、山の合間に……遠目ではあるが、一瞬見ただけでは奥が見えないような高原が広がっていた。
「す、すごいです……」
「フフ、それは到着して、実際に見てからの方がいいだろう。」
ルーレから約4時間……貨物列車の終点である帝国軍の拠点『ゼンダー門』に到着したA班。到着した彼らを出迎えたのは、右目に眼帯を付けた帝国軍人。そして、ガイウスが学院に来るきっかけを与えた人間である。
「無事、到着したようだな。」
「お久しぶりです、中将。」
「うむ、数ヵ月ぶりになるか。士官学校の制服もなかなか新鮮ではあるな。“トールズ士官学院”……深紅の制服は初めて見るが。」
「これが自分達“Ⅶ組”の象徴である色だそうです。」
ガイウスと他愛のない話をした後、ガイウスに促されるような形でリィン達も自己紹介をする。すると、その人物は見知った顔であるアスベルとステラの姿に目を丸くするように驚きつつも、二人に対して声をかける。
「そして、話には聞いていたが、まさかこのような形で再会にすることになろうとはな。アスベル・フォストレイト。久しぶり、と言うべきなのだろう。それと、ステラ君も久しいな。」
「ええ。その節は“お世話になりました”、ゼクス中将。今の俺は“士官学院生”ですので、宜しくお願い致します。カシウス中将も気にかけていましたが、お元気そうで何よりです。」
「お久しぶりです。お元気だということは兄上から伺っておりましたが、こうして会えるとは思いませんでした。」
「フフ、成程……第三機甲師団長、ゼクス・ヴァンダールだ。以後、よろしく頼む。」
帝国軍中将ゼクス・ヴァンダール。第三機甲師団の師団長にして、リューノレンスの実弟なのだが……二人を見比べるとゼクスの方が年上に見えるという事実。“隻眼”の異名を持ち、帝国正規軍でも五指に入るほどの実力者。一昨年の『百日事変』による“命令無視”により鉄血宰相の怒りに触れ、危うく軍法会議に掛けられるところであったのだが……アルフィン皇女の護衛任務という大任を成し遂げた功績から左遷という処分に落ち着いたのだ。
「“ヴァンダール”……!」
「ヴァンダール家……アルノール家の守護者か。そして、“隻眼”のゼクスと言えば、帝国正規軍で五本の指に入る名将とも聞き及んでいる……アスベル、中将と知り合いなのか?」
「まあな。会うのは一年半ぶりぐらいになるけれど……そうだ、先月バリアハートでリューノレンスさんに会いました。それと、今回は別の班ですが、セリカとも会いましたよ。」
「ほう、兄上とか。相変わらずの優男の風貌だと聞いている。あれでいて“帝国最強”の名を冠しているのだから、良く解らないものだ。それと、セリカも学院に通うことになるとはな。」
人間のみならず、見かけに騙されると痛い目を見るというのは解り切ったことだ。
「顔馴染もいる故、おぬし達の話も聞きたいがさすがに時間も時間だ。今日中に帰るつもりならすぐに出発した方がいいだろう。」
「ええ、そのつもりです。すみません。お願いしていた件は………?」
「うむ、用意してあるぞ。……で、その関係で妙なことになってしまってな。」
「???」
時間的に言えば、もうじき暗くなる時間だ。だが、ここから先となると“この場所”故の事情もあって徒歩では厳しい。そのための移動手段をガイウスがお願いしたとのことだが……それに関してゼクスがどこか神妙な表情を浮かべていたことにお願いしていた側のガイウスですら首を傾げる始末であった。
「お願いしていた件……?」
「えっと、今日中にガイウスの実家に行くのよね?」
「……ひょっとして、移動手段の確保ですか?」
「ああ、リーゼロッテの言う通り、俺の実家に向かう為の移動手段を中将に用意していただいた。」
「フフ、ついてくるがいい。」
何はともあれ、ゼクス中将の案内で門の外に出ることとなったのであった。
一応補足ですが、本作(前作も含みますが)アリサの父親が生きているという設定です。本編では6章以前に一度登場予定です。なので、アリサの進学理由も変わっていたりします。それに合わせてイリーナ会長の性格もある程度変わっていたりしています。その辺は追々ということで。
次回から本格的にノルド編ですが、色々フラグ満載です。その陰で『犠牲になったのだ……』という人も出るかもしれません。あと、ルドガーが知る最後の“転生者”も登場します。まぁ、前作の時点でネタバレしているようなものですが。一体誰なんだ(棒)
それとその次の章(4章)では、色んな人が登場するのに加え、“登場したけれど出番がなかった人”にもスポットを当てます。……どの道、怪盗紳士は沈むことになりますが(何
……まぁ、第4章は絆イベント絡みで忙しくなりそうですがね。主にリィンが。何故かって?……ヒントは、“社交界”と“リィンの実家”、そして“妹のソフィア”。
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第51話 家庭の事情