~士官学院第三学生寮~
『実技テスト』から三日後……予定されていた通り、『特別実習』の1日目を迎えた。B班の面々は既に駅に向かっており、A班の8人―――リィン、アスベル、ユーシス、ガイウス、アリサ、エマ、ステラ、リーゼロッテであった。
「あふ……ちょっと眠いです。」
「って、またちょっと徹夜したのか?」
「あ、うん。やっぱり、やるからには完璧に仕上げておきたいんです。」
そう言っているリーゼロッテがこなしているのは“とあるプログラム”。時間があるとはいえ、出来るだけ完璧に仕上げたいという彼女の性分なのか、ここのところは徹夜気味であった。しかも、今回の実習の合間にもできるところはやっておきたいらしい。
「しかし、驚いたよ。まさか、“ノルド高原”が実習地に選ばれるなんてな。」
「でも、士官学院を設立したドライケルス大帝所縁の地でもあるんですよね。」
「ああ、“獅子戦役”の折、大帝が挙兵した場所だったな。」
「逆に言うと、そのくらいしか知らない場所だけど……」
ノルド高原……エレボニア帝国に住む人間ならば、その歴史を学ぶ上で誰しもがその名を一度は聞くことになる。約250年前の“獅子戦役”の折、かの“獅子心皇帝”ドライケルス・ライゼ・アルノールと共に帝国の混乱を収めたノルドの戦士たち……その戦士の末裔“ノルドの民”が暮らしている場所である。
「そうですね。その出身であるガイウスを除けば、行ったことがあるのはアスベルだけですし。」
「ま、遊撃士絡みで数回足を運んだ程度だよ。そもそも、あの地は交通の便が悪いからな。」
「ノルドのことについては、行きの列車で説明しよう。とにかく長旅になる。アスベルも少し話したが、片道8時間以上は列車に揺られることになるだろう。」
未開の地ゆえの弊害……交通の便が悪いため、余程の物好きな人間でない限りはその場所に立ち入ることがないだろう。だが、それが却ってノルドの環境を今日まで維持できていたというのもある。
「8時間以上ですか……オルディスからパルフィランスぐらいでしょうか?」
「そこまではいかないとおもうぞ。せいぜいアルタイル市ぐらいだろう。」
オルディスからヘイムダルまで5時間、ヘイムダルからガレリア要塞まで2時間ぐらい……ガレリア要塞からカルバード共和国アルタイル市まで1時間ぐらいと考えれば妥当なラインだろう。そこまで長時間乗っていると流石に体が痛くなるが。
「え、アスベルさんにリーゼロッテちゃん、そんな長い距離を乗ったことがあるんですか?」
「一緒に乗ったわけじゃないけどな。ま、俺は父さん絡みだが。」
「私の場合はラグナ教官やリノアと一緒に行ったことがあるんです。そういえば、この前レクターさんから手紙が届いて、『頼むから戻ってきてくれ』とか言ってましたが、『お断りします』と返信しておきました。」
「笑顔でサラッということか?それ……」
リーゼロッテの偶に黒い部分を垣間見て、冷や汗を流したアスベル。“漆黒の輝星”の名は伊達ではないようだ……それはともかく、8時間列車に乗るということは、朝食や昼食の事も考えなければならない。車内販売もあまりアテにはできない……パンでも買っていくのがいいかというアリサの言葉であったが、
「―――それには及びませんわ。」
そこに食堂の方から姿を見せるシャロンの姿。その手にはバスケットを持っていた。勿論、アリサはジト目でシャロンの方を警戒しているのだが。
「シャロンさん。どうもおはようございます。」
「そろそろ俺達も出発するつもりです。」
「はい、お気を付けていってらっしゃいませ。それと、よろしければこちらもお持ちください。」
シャロンはリィンに、その手に持っていたバスケットを差し出した。
「これは……」
「サンドイッチと、ポットに入れたレモンティー、それとリーゼロッテ様用のミルクティーでございます。朝食を用意できませんでしたので列車でお召し上がりいただければ。」
全員分の朝食、それと甘い物好きのリーゼロッテの事も気遣っての飲み物の用意には驚嘆という他ない。
「おりがとうございます、シャロンさん。」
「わざわざ用意してくださってありがとうございます。」
「ふふっ、ありがとうございます。」
「すみません、助かります。」
「気が利くな、管理人。」
「ありがたく頂戴する。」
「朝早くからここまでしていただいて、感謝します。」
「いえいえ、皆様のお世話がわたくしの役目ですから。」
リーゼロッテ、ステラ、エマ、リィン、ユーシス、ガイウス、アスベルが感謝の言葉を述べ、シャロンは謙遜した様子で答える。で、残るアリサはというと……ため息を吐いたのは言うまでもなかった。あれだけ反対したというのに、すっかりなじんでいるシャロンの豪胆さには呆れてしまうほどであった。
「はあ、すっかり管理人として馴染んじゃってるし……あれだけ反対したのにまんまと外堀を埋めたみたいね?ちゃっかりアスベルまで味方に付けちゃって……」
他のⅦ組はともかくとして、アスベルまで味方に付けられてはそこまで強く言えないのも事実であった。その辺は解っていても言わずにはいられないのがアリサの性分なのだろうが。
「ふふっ、滅相もない。お嬢様、どうか道中、くれぐれもお気を付けください。このシャロン、一日千秋の思いでお待ちしておりますわ。尤も、“信頼できる殿方”がおりますので、私も安心できますけれど。」
「朝っぱらから何を言ってるんだか……って、シャロン。あなた“また”何か企んだりしてないわよね?」
「?何の事でございますか?」
「ち、違うんならいいのだけれど……それじゃ、行ってくるわね。」
過剰な反応をすれば思う壺……前科の事もあってか念を押すように放たれたアリサの言葉にシャロンは首を傾げた。シャロンと言葉を交わし、寮を後にしたA班の面々。それを見送ったシャロンのところに姿を見せたのは、意外にもスコール教官であった。
「あら、スコール様。おはようございます。折角でしたらお見送りに行かれた方がよろしかったのでは?」
「既に実習は始まっている……と、ここにサラが姿を見せたら、言っているだろうな。」
「そうでございますわね。ところで、そのサラ様はどちらに?」
「昨日からレグラムにな。アルゼイド家(実家)からの呼び出しだが……ま、別に変な事じゃない。」
今回の特別実習に関しては、サラがレグラムの方に呼び出しを食らったため、A班の方はスコール、B班はラグナが担当することとなった。向こうの用事が終わればA班の担当に合流ということだが。
「ところで……管理人さんは“いつ戻ってくる”予定なんだ?」
「……本当に、スコール様は『あの時』よりもお鋭くなって困ってしまいます。そうですね……お嬢様方が戻られるぐらいには、とだけ。」
「父上の影響だがな。それと、『剣帝』のお蔭でもあるが……その件については、サラに報告しておく。……お互い、隠し事があるというのは大変だな。」
「ええ……よろしくお願いいたします、スコール様。」
そうやって言葉を交わすスコールとシャロン……幾分かほんわかとした空気であった。
~トリスタ駅 改札前~
その頃、街を回って準備を済ませたリィン達は駅に到着すると、B班の面々も既に列車を待っていた。先月や先々月のマキアスやユーシスのような険悪さまでとはいかないが……不協和音がバリバリ伝わってくる様子……その原因は、ラウラとフィーであった。
「……空気が痛いんだが。」
「それを言うな……いつか、あの教官を痛い目に遭わせたい。」
「それだったらスコール教官に頼めば一発だと思うぞ。」
「アイツも忙しいからな……変に苦労は掛けたくねえのよ。」
元は同じ場所にいた故の配慮、という奴なのかもしれない。フォロー役にルドガーとセリカがいるとはいえ、それで余計に拍車がかからないか心配なのだが。ともあれ、無事に帰ることを最優先に考えて行動するように話した。で、ヘイムダルまでは同じ道のりということで同じ列車に乗るのだが……そこでも、ギスギスした感じになるラウラとフィー……リィン、ユーシス、ガイウス、アリサ、エマ、ステラが同じ席に……マキアス、エリオット、ラウラ、フィーの組……で、ここで同じ席ではない“転生者”組―――アスベル、リーゼロッテ、ルドガー、セリカの四人が同じ席に座っていた。
「そこは、こういう風に迂回させて……そうそう、で、メインとサブルーチンで処理するようにしてあげると……」
「成程。助かります、セリカさん。」
「……要は、逃げてきたオチか。」
「こん時ぐらいは休ませてくれ。」
シャロンに持たされた朝食を食べつつ、リーゼロッテの作業を手伝うという名目で同じ席になっていたのだ。B班の二人はあの空気から逃げ出してきたというのが正しいが……誰だって、好き好んであの空間にはいたくないだろう。そんなんでいいのかと思いたいが、マキアスとエリオットでどうにもならなくなったら対処はするということなので、信頼はしておくことにした。
「それにしても、セリカは意外だったな……ま、“元々”そういう知識はずば抜けていたし。」
「大したことじゃないのですが。」
「アレを“大したことない”って言うのはお前だけだ。」
転生前のセリカはコンピューター知識に長けており、それこそプロのハッカーですらやり込めてしまうほどの実力の持ち主。導力ネットであってもその知識を如何なく発揮しつつ、第七機甲師団を“神速”と呼ばせるだけの武器を与えた張本人だ。それと、リーゼロッテのほうも転生前はそっちの知識が豊富にあったようで、色々話した結果、セリカとは面識があったことが判明したのだ。
「私がこのクラスに来れたってことは、大方の事情は察してます。尤も、そういった面はアスベル達に任せることになりますけど。」
「……そういや、“大方”のは出来てるのか?」
「まあな。とはいえ、流石に博打続きにはなりそうだが。」
……“最終リミット”まであと四ヶ月。そこから先は“三つのプラン”を用意している。とはいえ、一番最後のプランだけはあくまでも“最終手段”でしかない。とはいえ、どのプランであろうとも、リベールには十全に動けるだけの余力があることも事実であった。IBC関連で“あの一家”が資産を凍結しても、今のリベールが受けるダメージ自体は“微々”というか“ほぼ無傷”でしかないということは、彼等も知らないことだ。
「そういや……この前、アイツの部屋から“四つ”気配を感じたんだが……」
「ああ、アレか?……まぁ、階段を上ったってところか。」
「え、えと、それって……」
「……焚き付けたんですか?」
「そのつもりはなかったが、あの性質(たち)からして『為すがまま』になるのは目に見えてたからな。それを伝えたらお願いされたってだけだよ。」
「あ~……それには納得ですね。」
大雑把にしか言っていないが、それで大方の事情を察してしまったセリカは冷や汗を流した。とはいえ、今のところ目当ての人物がいないセリカがその毒牙にかからないか心配な部分はあるのだが。あの後、エリゼにどうなったのかこっそり聞き、礼として教えてくれたのだが……“一番”はエリゼがちゃっかり頂いたらしい。というか、エリゼにしろ、ラウラにしろ、ステラにしろ……皇族キラーの属性でも持っているのかと思わざるを得ない。
「そうでした。私の友達―――あっちの繋がりですが“出向している”そうです。本音は、そのリーダーのハートをキャッチすることだそうですけれど。」
「は?……なぁ、ソイツ“緋水”とか言わねえよな?」
「え?知ってるんですか?ルドガーは知っててもおかしくないですが……」
「あ~、そうだった……アイツ、ファンだった。」
「え?ええ?知り合いですか?」
ふとセリカから出た言葉に、繋がりとその内情からルドガーが予測した答えである“緋水”……見事に当たり、その人物に心当たりのあるアスベルとルドガーは揃って頭を抱えた。何せ、その人物も“転生者”なのだが……もぐりこんだ先の組織のリーダーに対して“愛”を覚えたほどらしい。それをすっかり失念していた二人は頭を抱えた。そして、彼女は『執行者』の一人……No.ⅩⅦ“緋水”の異名を持っている。
「……ほっとこうか。好きにやらせよう。」
「だな。馬に蹴られて死にたくはねえし。」
「あはは……」
「???」
何故か納得しているアスベルとルドガーに対し、苦笑するセリカと不思議に思ったリーゼロッテであった。列車は30分という短い道のりを経て、その列車の終点駅であるヘイムダル中央駅に到着した。さて、フィーとラウラのフォローに回されたマキアスとエリオットであったのだが……
「な、何だか自信がなくなってきた……今更ながら、ルドガーの気持ちが解ったような気がする。」
「ちょ、ちょっと……!まだ目的地に着いてないのに、諦めるの早くない!?」
「フン、まったく情けないな。」
マキアスやユーシスの時とは異なり、互いに弁えているからこそ簡単には埋まらない溝……互いが歩んできた道……己の生き様そのものの問題。早くから気付いたマキアスですら音をあげても仕方がないことだ。
「ま、何も今回の事で解決しろとは言わない。ひょっとしたら、仲直りの切っ掛けが生まれるかもしれないからな。」
「ああ。無理はせず、お互いに無事に帰ること……それが第一だと思う。」
「……コホン、そうだな……解った。」
「危険な状況に陥らないよう、それだけは気を付けておくよ。」
さて、ここからA班は北部を目指すためにノルティア本線へ、B班はオルディスを目指すためにラマール本線に乗り換えとなるため、別行動となる。
「それじゃあ、ここでお別れだな。」
「B班が向かうのは西……海都オルディス方面の路線か。」
「俺達A班は北東……鋼都ルーレ方面の路線になるな。」
「ガイウスの故郷かぁ……土産話、楽しみにしてるから!」
「ああ、そちらこそくれぐれも気を付けてくれ。」
「アスベル、そっちも“大変”だとは思うが、気を付けろよ?」
「ああ、ルドガーのほうもな。」
マキアス、リィン、ユーシス、エリオット、ガイウス、アスベル、ルドガー……男子達は互いの顔を見て、それぞれの無事を祈った。
「フィーちゃん、ラウラさん、セリカさん。どうかお気を付けて。」
「その、お互い元気な顔で再会できるようにしましょ。」
「お三方に限って滅多なことはないと思いますが、お互いに頑張りましょう。」
「ブリオニア島でしたっけ……お土産話、待ってます。」
エマとアリサ、ステラとリーゼロッテはB班の女性陣を見つめ、
「……そうだな。」
「ん。」
「解りました。お互い、無事に戻ってこれるように頑張りましょう。」
ラウラ、フィー、セリカはそれぞれ頷き……A班、B班共にそれぞれ列車の乗り場へと向かった。
ちょくちょくネタが入ってきます。
で、敵側に忘れかけていた人物をテコ入れしました。……まぁ、<C>は頑張れとしか言えませんが(他人事)
アスベルとルドガーにしてみれば、油断はしませんが、そこまで脅威とは感じていません。
何せ……アスベルは一度勝っていますし、ルドガーは元“No.Ⅰ”ということからお察しください。
“誰かさん”の妹は次回登場。
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第49話 進展は少しずつ