~第三学生寮 リィンの部屋~
実技テストが終わり、シオンとエリゼが加わって少し賑やかな夕食の後……リィンの部屋を訪ねるものがいた。
「失礼します、兄様。」
「エリゼか。まぁ、特に何かあるわけじゃないけれど……」
リィンの妹であるエリゼの姿であった。立ち話も何なので、部屋の中に入るエリゼは、そのまま部屋のベッドに座り込んだ。そして、エリゼが唐突に放たれた一言は、リィンを驚かせた。
「そういえば……兄様はラウラさんと“済ませた”のでしょうか?」
「い、いきなり何を言ってるんだよ……!?そもそも、婚約の件だって………」
正直、リィンにとっては身に余るということで……士官学院卒業後に答えを出すということで何とか先延ばししてもらったものの、それはエリゼからすればやきもきする要因となっていた。その関連から、ラウラとはそういった関係になるのを躊躇っていた。一緒に寝るぐらいはあったのだが……
「……聞けば、ソフィアとも会ってらっしゃらないと聞いています。私の手紙には寂しそうな雰囲気を漂わせるような文脈でしたから。」
「いや、女学院に行くときに余所余所しかったから、兄離れなのかなって思って……」
「あまり変なことになる前に会いに行かれた方が宜しいかと。それとは別ですが……どうやら、兄様の妻になられる方はかなり多そうですね。……私もその一人ですが。」
「………えっ?エリゼ?一体何を言って……」
リィンという人間は、あまり自分を省みなさすぎる……師父に言われ、兄弟子にも言われ、クラスメイトにも言われ、しまいにはエリゼから言われる始末。そういった意地の堅さは父親譲りであるとエリゼはため息を吐きたくなった。それと同時に、彼のそういったところは他人を持ち上げるという性質に変わり、それが“天然の女たらし”に繋がっている。
「私はただ兄様に守られる存在ではありません。ですから、ユン師父から兄様と同じように剣術を学び、アスベルさんやカシウスさん、他にも色んな方から教えを請うています……兄様の隣に立ち、支え合うために。今は解らなくても構いません……あまり遅いと、既成事実を作ってでも兄様を縛ってしまいますからね。(ラウラさんはその可能性が低いですが……見たところ、ステラさんでしたか……可能性はありますね)」
「………善処はするよ。」
エリゼの言葉の意味……彼女の雰囲気とその言葉の意味をそれとなく察し、リィンも頷く他なかった。すると、リィンの部屋に来客―――扉を少し開けて様子を窺う人物。アスベルの存在であった。
「失礼する……って、これは空気が読めてなかったな。必要とあらば処置位はするけど?」
「処置って何!?意味わからないんだが!?」
「(………)いえ、私も用事は済みましたので。代わりにアスベルさんに用事が出来ましたので。」
「………解った。俺の部屋でちょっと話すか。……ああ、そうだ。」
リィンは訳が解らないと言いたげであった。一方、エリゼのほうは何を考え付き、アスベルに用事があると言い、それで大方の事情を察したアスベルは静かに頷いた。で、部屋を出る前にリィンの方を向き、忠告を言い放った。
「アスベル?」
「人の事は言えねぇけど、お前はもう少し周囲に対する言動―――女性に対する言動を考えろ。忠告はした。それで直らなかったら、もう知らんぞ。」
「………何の事なんだ?」
何が言いたいのか理解できなかったリィンはただ首をかしげることしかできなかった。一方、アスベルの部屋に招かれたエリゼ。アスベルはその本題を早速切り出した。
「……で、教えてほしいのは“そっち方面”ということかな。“縁”もあるし、別に構わないが……もしもの時の既成事実という奴かな。」
「ええ。私としてもそう言う手段には打って出たくはないのですが……何せ、ご自分の事を省みない兄様の事です。少し強引にでも改善していくためにはそうするしかないかと思いまして……私としては、最終手段として取っておくつもりです。……アスベルさんは見たところ、経験豊富そうですので。」
要は“保険”ということだ。散々事あるごとに言ってきたのにもかかわらず、あの頑固さだ。いざとなれば、“縛る”ことも考慮しなければならない。そこで、エリゼは裏の事情に通じているアスベルを頼ったのだ。ちなみに、エリゼもアスベルのことを知る数少ない一人であり、そのきっかけは酒を飲んでしまったレイアがうっかり口を滑らせたことが原因だ。その後でシルフィアにバックブリーカースペシャルを喰らっていたのだが。
「経験豊富って……俺の場合はなし崩し的なのが多いからな。それでも、関係を持ったのは三人だけだ。無論、そのことは両親に話したが……『一夫多妻大歓迎』という回答だった……」
「シルフィアさんとレイアさんは知っていましたが……もしかして、一昨年に仲良くなった方―――アリサさんでしょうか?」
「ご明察。というか、流石だな。」
「兄様と違って責任を持っているというのがはっきり感じ取れましたので。正直、兄様もアスベルさんのようになっていただけると私も気が楽なのですが。」
人間、そう都合よくなんて出来てはいない。アスベルのような“自覚のあるフラグビルダー”なんてごく一部だ。なので、アスベル自身は学院の女子生徒に対して一定の距離を置いて接している。そうしないと、最近“一人落とした”ルドガーのようになりかねない。
「………とりあえず、リィンの部屋に防音は仕込んでおく。必要なら“そういう処置”も出来るけど……どうする?早めに行動しないと面倒なことになると思うぞ?アドバイスはするけど、俺は賛成も反対もしない……必要とあらば、手を差し伸べるよ。」
「神の使者というか悪魔の手先ですね……お願いします。」
「了解。ラウラにはセリカに頼んでおくよ。」
ルドガーに対しては“親友”の好があるのでまだ許しているのだが……リィンに関しては、情状酌量の余地なんてない。同じような境遇を持つシオンですらようやく落ち着いたというのに……アレを落ち着いたと言っていいのかは疑問であるが。
ある程度話した後、“ちょっとしたアイテム”をエリゼに渡したアスベル。それを受け取り、礼をして部屋を出たエリゼ。それを見届けて部屋へ戻ろうとしたアスベルの制服の裾を引っ張る人物―――ちょっと拗ねたような表情を浮かべるアリサの姿だった。
「およ?どうした?」
「その、エリゼがあなたの部屋から出てきたのを見ちゃって……」
ああ、成程…“やきもち”ということのようだ…アリサにも可愛らしいところがあるな、と思いつつ、アスベルは部屋に招き入れた。そして、先程エリゼがいた理由を話した。
「そ、そうだったの……てっきりエリゼに興味でもあるのかと……」
「言っとくが、好きな人がいる女性を無理矢理襲う様な趣味はない。自分の好奇心を満たすような行動をするのはあの“変態仮面”だけで十分間に合ってるよ……」
「何ソレ?」
「―――帝国を騒がす“怪盗B”。その所業と物言いから“変態仮面”って呼んでる。またの名を帝国屈指のストーカー。」
「………嘘よね?」
嘘だって言いたい気持ちは解る。怪盗だと世を騒がす人間がストーカーだなんて認めたくないのも頷ける。だが、事実は小説よりも奇なりだ。事実、幽霊騒ぎ起こすわ、公共施設の看板盗むわ、戦車を盗むわ、石像盗むわ……しかも、クローディア王太女に対してストーカー行為を働いていた。本人は否定するだろうが、あの報告書とクルルからの言葉を聞けば『これストーカーだ』まったなしだ。
「……明日に関しては、リィンの部屋に入らないことを勧める。その辺はスコール教官に任せることにする。」
「……妥当な人選ね。」
「それはそうと……アリサもやきもちなところがあるな。これでも弁えている方なんだが。」
「うぅ………」
流石に明日は授業もあるので、互いにキスをする程度にして別れ、眠りに就くことにした。その前に、リィンの部屋にちょっと“処置”をした上で。あと、就寝する前にアリサからARCUSで連絡が入ったのだが、どうやらラウラとステラも自分の部屋にいなかったらしい。
「………な~んか、明日の朝食はちょっと豪華になりそうかもな。」
翌日…まだ日は昇っていないが、うっすらと明るくなり始めた頃…いつものように朝の鍛錬をこなし、シャワーを浴びてから食堂に来たアスベルとルドガー。Ⅶ組の中では一、二に早い時間に姿を見せる。すると、厨房では管理人であるシャロン・クルーガーが楽しそうに食事の準備をこなしていた。
「おはようございます。アスベル様にルドガー様。」
「おはようございます、シャロンさん。」
「おはよう。何というか、全力で楽しんでるよな。“死線”の時の冷酷さとは大違いだ。」
「ふふ……“京紫の瞬光”“神羅”と呼ばれる方々とは思えない台詞ですね。」
本来ならば敵対する側の組織の人間が同じ空間にいる……とりわけ、シャロンが仕えている家の令嬢の将来の旦那が“星杯騎士”というのは、どこかしら皮肉がきいている。すると、其処に姿を見せたのはスコール。どうやら、リィン達を起こしに行って、そのままやってきたようで……疲れていた。
「おはようございます、スコール教官。」
「ああ…アスベル、アレはどうしたらいいんだ?……アレというのはリィンのことだが。」
「何かあったのか?」
「まぁ、夜の格闘技だな。」
「寝技、ということですね。」
「何で嬉々としてるんですかねぇ……このメイドは。」
リィンの部屋にいたのは、リィンは当然なのだが…エリゼ、ラウラ、ステラも同じ部屋にいたのだ。身内(アリサ)とは関係ないはずなのに、まるで自らの身内のように楽しんでいるシャロンにはそこにいた三人が揃って冷や汗を流した。
「リィンを叩き起こして、とっとと片づけるように言ったが……名誉のために言っておくが、全員ベッドで寝ていたから問題は無い。」
「……身内の兄にしては、煩く言わないんですね。」
「それぐらいは大目に見てやらないと。エリゼやラウラがいる以上、その辺は弁えているだろうからな。リィンは憐れという他ない。」
………彼曰く、アルゼイド家の人間は一癖変わった人間と関わることが多いそうで……ある意味巻き込まれた側であるリィンに対しては同情しているとのことらしい。
「そういえば……今日はフレンチトーストですか?それに品数も1品ほど多いような……」
「はい。今日は何かいいことがあったような気がいたしましたので。夕食に関しては少しばかり豪華なものにする予定です。」
「……この人、ニンジャですか?」
「メイドだと思うぞ……多分。」
「隠密はヨシュアで間に合ってるから……」
いつもよりちょっと豪華な朝食……これには、事情が呑み込めないメンバーは首を傾げ、事情を知った面々は苦笑したり、顔を赤らめたそうだ。
~聖アストライア女学院 寄宿寮~
一方その頃、帝都ヘイムダルにある聖アストライア女学院―――貴族の女子のみが通うことを許されている学校。その寄宿寮の一室で自らに宛がわれた机に座り、手紙を書いている一人の黒髪の少女―――その容姿はエリゼと瓜二つの人物であるソフィア・シュバルツァーの姿であった。そして、ルームメイトがまだベッドで眠っていることを確認してから素早く便箋を畳み、封をする。
「ふぅ……姫様にも困ったものです。」
この学院に進学したソフィア……そこで待っていたのは、苦労の毎日であった。<五大名門>の一角ということで別に苛められているわけではない。寧ろ畏まられる方であった。それに関してはまだマシなのだが……それ以上に大変なのは、二人の人物の相手であった。すると、ノックの音がして、ソフィアが答えると……姿を見せたのは、金色のウェーブがかった長い髪を持つ少女の姿であった。
「おはようございます、姫様。」
「おはよう、ソフィア。その様子ですと、また“お姉様”にしつこく聞かれたようですね。」
「ええ……解っているのなら、止めていただけるとありがたいのですが。」
「それは難しいでしょうね……何せ、お姉様も機会があればお近づきになりたいと言っておられましたから。」
「そ、それって……」
ソフィアが“姫様”と呼んだこの少女。そして、ソフィアのルームメイトであり、ソフィアと会話している少女が“お姉様”と呼んだ人物。この二人……皇帝に次ぐ権威を持つ公爵家よりも上の存在―――ようするに“皇家”の人間なのだ。
「私としては、ソフィアもお姉様も応援する立場ですので……贔屓は出来ませんけれど。」
「お、応援って……私は別に、お兄様とは……」
「口でそうは言っても、本当はお兄様の事が大好きなソフィアですよね?」
「姫様!!」
………この後、ルームメイトが起きて、二人に散々弄られる羽目となるソフィアであった。
……直接的な表現は避けるに限る。何があったのかって?……察してください。と言いますか……書いたら、私が壁殴りに移行してましたよ!リィン、爆発しろ!!(泣)
アスベルのスタンスは、『節度云々は本人たちの意志に任せる』という前提での行動です。人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくないのは、アスベルだって同じです。スコールに任せたのは“身内”かつ“妻帯者”として冷静な対応をしてくれる理由からです。
そして、最後の方でちょっと登場した二人です。三人目に関しては……後々わかるかと思います。
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第48話 複雑な導火線