~トールズ士官学院 グラウンド~
……“紫炎の剣聖”。実は、昔出会ったことがある。二年前ではなく八年前……エリゼやエリゼの双子の妹であるソフィアは覚えていないが、力を使い果たした俺に迫りくる魔獣……だが、その狂気は一瞬にして排除された。血飛沫すら浴びず、吹雪でありながらもしっかりとした足取り、そして手に握られていたのは太刀……それは、俺とあまり歳が変わらない印象の少年であった。
『……大丈夫か?』
『怖く、ないのですか?』
『そんなこと言ってる暇があるのなら、足を動かす。このままだとここで一夜を過ごさないといけないからな。』
血塗れの俺の事情を聞かず、俺やエリゼ、そしてソフィアの命が最優先だと言って峡谷の道を下りた。父さんから後で事情を聞いたが、その少年はとある遊撃士―――“剣聖”カシウス・ブライトの連れであり、手の離せなかったカシウスの代わりに探しに来てくれた……彼の名はアスベル・フォストレイト……ユン師父から聞かされた“筆頭継承者”の少年……十にも満たぬ歳で“剣聖”の領域に至った人間。
「ふぅぅぅぅぅ…………はあっ!!」
「いきます………はあああっ!!」
アスベルは『凄龍功』、エリゼは『軽功』によって自らの身体能力を上げ、闘気を高める。その覇気は、自分が知るものを遥かに超越していた。そして、守るべき存在だと思っていたエリゼもまた、並ならぬ闘気をその身に纏っていた。その力の衝撃波の様なもの…“氣”の爆発…これには流石のリィンも冷や汗を流していた。
「な、何なんだ……!?」
「エリゼも凄いが、アスベルのアレは……」
「あれが、“人”の出せる闘気なのか……?」
「凄まじい闘気……アスベルのほうは余裕そうですね。」
(そりゃそうだ。何せ、アイツが全力の闘気を解放したら、それこそ『鋼』と同格以上だ。)
『影の国』で、アスベルは図らずも“鋼の聖女”と一対一の勝負を繰り広げた。その勝負を偶然にも見ていたルドガーは彼の全力の闘気を間近で感じた……率直な感想だった。自分もそれに負けない程度の自負はあるのだが……ただ、ルドガーもアスベルも別に“最強”を目指しているわけではない。各々の目的のために研鑽しているのであり、その結果に“強さ”が付随しているだけの話だ。
「―――臆するだけでは、意味がないと思われますが?」
「気風を見せてくれるのでしょう?遠慮せずに剣を振るえばいいだけの話です。」
エリゼだけでなく、アスベルも同年代の人間に対して普段はあまり使わない敬語で話す。これには流石のパトリック達もその挑発に乗る形で口火が切られた。
「いいだろう……はぁっ!!」
「せいっ!!」
パトリックの放たれたクラフト『ライトニングバード』……そして、それに続く形での貴族生徒たちの連続攻撃。確かに宮廷剣術を嗜んでいるだけはあってその腕は見事なものと言わざるを得ない。だが、
「………ふっ!!」
「なっ!?」
「すぅっ………せいっ!!」
何と、アスベルは闘気を纏った太刀でそのクラフトを真正面から断ち斬り、エリゼのほうは貴族生徒の連続攻撃に対して太刀を駆使した最小限のいなしで貴族生徒達の攻撃をぶつけ合わせるように仕向け、攻撃を回避した。
「三の型“流水”……その基礎である“流舞”。凄いな、完全に物にしている。」
「衝撃波を斬るって、そんなことできるの!?」
「出来るとは思いますよ……そういうのは極少数かと思いますが。」
「うかうかしていると、守られる側になっちゃうんじゃないの?」
「……ああ、そうだな。」
エリゼにしっかりとした実力を身に付けさせる……これは、兄弟子でもあるアスベルなりのお節介の一つだ。そこら辺もきちんとカシウス・ブライトやアラン・リシャールに言い含めた上で。ただ“守る”という一方的なものでは駄目なのだと……とりわけ、八年前の出来事のせいでそれに拍車がかかっているのも事実であった。
果たして、それをリィンが自覚できる日が来るのはいつになるのか……できれば、最終手段は使いたくないものだと思いつつ、アスベルは意識を切り替えてパトリック達との戦いに集中する。
彼らが戦い始めて3分位経っていた……ふと、その様子に違和感を覚えたラウラが尋ねる。
「……妙だ。明らかにアスベルとエリゼから“攻撃していない”。あくまでも回避に徹している。」
「確かに……」
「ああ……成程な。シオン、今3分位だろ?」
「だな。ということは……そろそろ動くかな。」
時間……それが一体どういう意味を持つのか……だが、それを待つ前にパトリックの一言が引き金となった。
「ぐっ……“浮浪児”を拾った成り上がりの貴族風情に侵略者風情が…貴様らのような“格下”に…!!」
「………あ。」
「(あの馬鹿……言っちゃならない言葉を……!!)」
ルドガーがそう思ったが……時は既に遅かった。先程のものとは比較しようがないほどの速さ―――いや、速さというよりは最早何かが駆けていったのかを感じる間もなく斬られる生徒達、その背後に立っているのは、風を纏った太刀を構えるアスベル……そして、それを振るった。
「秘技、『極・裏疾風』!!」
「ぐはああっ!?」
「ぐっ!?」
「なぁっ!?」
「馬鹿なっ!?」
走るとかのレベルを超越した二の型の秘技―――『極・裏疾風』。だが、彼らが息をつく暇もなく、周囲を凍らせるように舞う氷の粒。そして、パトリックらがその粒によって身動きが取れなくなっていく……その中心に立つのは、蒼きオーラを身に纏うエリゼ。彼女が先人たちの技を学び、己の才覚で編み出した彼女だけの“極式”。
「我が剣に集え、蒼き光…その刃を以て、敵を打ち砕け……三の型が極式、“氷龍烈破”!!」
周囲の氷すらも己の刃とし、縦横無尽の攻撃を浴びせるエリゼにしかできない三の型“流水”の極式“氷龍烈破”。だが、これで終わりなどではない。その場を離れたエリゼの背後に姿を見せたのは、アスベル。彼は何と、そこからたった一撃で彼らの武器をへし折り、四人をほぼ同時に空中へ打ち上げた。
「『気が変わった』―――テメエ如きには勿体ないが……見せてやる。“本気の十歩手前”の実力をな。」
「!?……」
「なっ………!?」
「ア、アスベル………」
「気になってきてみれば……パトリックの奴、火にガソリンを注いだか。」
「……こればかりはハイアームズの自業自得だな。」
「むしろ火にダイナマイトですかね?」
更に闘気を解放するアスベル……その余波によって、彼の周囲の地面に亀裂が走り、その力は最早“人”とよばるのか疑わしいもの……闘気を感じて様子を見に来たスコールとラグナはアスベルのその様子を見て、大方の事情を察してしまったようだ。そして、彼が放つのは……彼が最も得意をしている五の型“残月”。二年という月日を経て、さらに磨き上げた神速の抜刀術。
「五の型“残月”が極式―――“天衝絢爛(てんしょうけんらん)”」
かつての極式“天神絢爛”を極限まで磨き上げ、完成させたアスベルのみが使える五の型“残月”の奥義“天衝絢爛”。アスベルが太刀を鞘に納めると……その四人は地面に叩き付けられる格好となった。見るからにボロボロだが、致命傷に至るような怪我を負わせていないことは誰の目から見ても明らかであった。得物である武器を破壊されては戦闘継続も不可能……これを見たシオンがサラ教官に話しかける。
「……サラ教官?」
「―――あ。しょ、勝者、アスベル・エリゼペア!!」
闘気を収め、一息ついたアスベル……すると、エリゼが武器を納めてアスベルのほうに近寄ってきた。
「その、申し訳ありません。」
「何で謝るのかな……ま、俺も流石にカチンと来たからな。俺自身の事はどうでもいいが、弟弟子の事やパートナーの事、俺の出身の国まで侮辱されて……おまけに“格下”発言だ。……ちょっとやりすぎたかもしれん。」
「そのようなことはないかと思います。私の方も兄様をそのように言う不届き者は許せませんでしたので……おあいこということで、よろしいのではないのでしょうか?」
「そっか。」
だが、当人たちはともかく、気になるのは周りの反応で……貴族クラスの女性生徒は完全に腰が抜けてしまったようだ。まぁ、言うなれば一方的な“力”を見せつけられたのだから、そうなっても不思議ではない。
「はは……凄いな、アスベルは。」
「……」
「な、なんへふふぁりひへひっはるんふぁ(何で二人して引っ張るんだ)!?」
「……―――ご自分の胸に御聞きになってください。アスベルさんもそう仰りたいということです。」
「えりふぇ(エリゼ)!?」
少しは自分を省みて、行動しろという裏返し……これにはアスベルとエリゼの気持ちがシンクロして、リィンの両頬を引っ張っていた。この息の合った行動には周囲のⅦ組メンバーも冷や汗が流れた。
「さて……そこにいる四人は俺らが保健室に連れて行こう。」
「だな。ったく、トマス教官ももう少ししっかりしてくれりゃあな……」
そこにいた貴族生徒はスコールとラグナが連れていくことになった。それを見て呆気にとられつつも、アスベルとエリゼを褒めた。
「その、ありがとうアスベル。」
「別に褒められることはしてないつもりなんだが?」
「フン、何を言う。自分の事で怒らないお前があそこまで怒ったんだ……要は、感謝の気持ち位、素直に受け取っておけということだ。」
「まったく、君という奴は……」
アリサの言葉に首を傾げたが、ユーシスがそう言い放ち、マキアスはそれに対して『相変わらず』とでも言いたげな表情を浮かべた。
「俺も少しは強くなったつもりではいたが……アスベルには敵わないな。」
「別に最強を目指しているわけじゃないが……」
「しかし、アレを聞いた瞬間、本気でパトリックの命を心配したんだが。」
「………まぁ、迷いがあったのは事実かな。」
何せ、立て続けに身内を侮辱されたのだ。とはいえ、こんな場所で殺すというのは倫理的にも宜しくない……何より、そうしてしまった時の対応が面倒なことになるので、それによって思い止まった。
「ア、アスベルってこんなに強かったんだ……」
「正直私でも予想外だったかも。」
「あははは……」
「成程。父上が気に掛けるのも無理はないということか。」
「流石だな、アスベル。」
エリオット、フィー、エマ、それとラウラとガイウスの言葉……まぁ、多分これが真っ当な感覚の人間の反応なのだろう。厳密に言えばエリオットぐらいなのであろうが。
「お疲れ様、二人とも。予想はしてたけれど、まさか無傷で勝っちゃうなんてね……お姉さんの立場がなくなるわ~。」
「……なら、スコールさんに頼んで特訓10倍コースですね。」
「やめて!あたしが死んじゃう!!酒が飲めなくなっちゃう!!」
「………そ、そっちなんですか。」
「情けねえな、教官風情が。」
「酷くないですか、殿下!?」
ある意味サラらしいというか何と言うか………余談だが、戦った貴族生徒は全員骨折ものだったが……ベアトリクス教官の治療で、次の日の武術教練には問題なく顔を出したらしい。シオンとエリゼは明日の朝早くにリベールへ戻るということで、第三学生寮には空き部屋もあるのでシャロンにはアリサ経由で連絡をすることになったのだが
「『すでにお二人の寝床はご用意してあります。』とか言ってたんだけれど。」
「………」
シャロンさん=ニンジャス○イヤーとかガチで思いそうな会話であった。もう、あの人がどんな存在であろうとも驚いたら負けのような気がした。流石ラインフォルト家のウルトラスーパーデラックスメイド。
「さて、予想外のハプニングはあったけれど今月の『特別実習』を発表するわ。各自一部ずつ受け取って頂戴。」
そう言ってシオンとエリゼを除くⅦ組のメンバーに配られる特別実習の実習地。
【6月特別実習】
A班:リィン、アスベル、ガイウス、ユーシス、アリサ、エマ、ステラ、リーゼロッテ
(ノルド高原)
B班:エリオット、マキアス、ルドガー、ラウラ、フィー、セリカ
(ブリオニア島)
「これって……」
「“ブリオニア島”は確か……帝国南部の外れにある島だったな。」
「ラマール州の沖合いにある遺跡で有名な島だったはずだ。しかし――――」
「………」
(……ルドガー、ひょっとして)
(察しの通りだよ……不幸だ)
……意図的な班分け、再び。といったところだろう。何かと問題のあるラウラとフィー……そこに、表と裏の双方に通じているセリカを入れることで緩衝させようとする狙いなのだろう。それはともかく、一つ疑問があった。
「教官、A班の人数が多いようですが……これは?」
「ああ、それね。ガイウスから話を聞いて、人数が多い方がいいと思ったという理由よ。」
「行ったことのある人間なら、解る話だがな。」
「……ああ、理解した。」
A班の実習地―――ノルド高原。その場所に行ったことのある人間ならば、その場所の特性が良く解っているだけに納得できた。ここにいる中で言えば、シオン、アスベル、ルドガー、セリカ、そしてそこの出身であるガイウスが該当する。
「“ノルド高原”は帝国北東の先の方でしたよね?」
「ええ、ルーレ市の先……国境地帯の向こうになるわね。」
「古くより遊牧民が住む高地として知られる場所だな。」
「雄大な場所だと聞いてます。初めてですから、楽しみですね。」
エマの言葉にアリサとユーシスが答え、リーゼロッテは行ったことのない場所に期待を高まらせていた。あの場所を見たものならば、言葉なんて意味をなさなくなること間違いなしだ。
「あ、それって確か……」
「ガイウスの故郷だったよな?」
A班の実習地がクラスメイト―――ガイウスの故郷である事に気付いたエリオットは目を丸くし、リィンはガイウスに視線を向けた。
「ああ、そうだ。A班には高原の集落にあるオレの実家に泊まってもらう。よろしくな―――リィン、ステラ、アスベル、アリサ、ユーシス、委員長、リーゼロッテ。」
名前で呼んでもらえない委員長……
次回、リィン……修羅場な感じ?(オイ
あと、今回の班分けは本気でどうしようかと思いましたが……やむを得ず、こんな形にしました。だって、
セリカ→ヴァンダール絡み
リーゼロッテ→<子供達>絡み
ステラ→リィンとのフラグ
要はフラグだらけなんです。
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第47話 十歩手前