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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五十三話

ムカミさん

第五十三話の投稿です。


麗羽、斗詩、猪々子の参画、処遇の決定に関して、が主ですね。

2014-11-10 02:39:26 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6553   閲覧ユーザー数:4733

袁紹軍との決戦から数日後のこの日、一刀達の姿は魏領は許昌、その城内にある王の間の扉の前まで来ていた。

 

早馬でこの日の到着は既に伝わっており、目の前の扉の向こうには華琳を初め、魏の主たる将が揃っているはずだ。

 

「さて。それじゃあ華々しく凱旋報告と行こうか」

 

投げかけた一言に皆が首肯で応じる。

 

それに一刀も一つ首肯を返し、扉に手を掛けると、一息に開け放った。

 

開いた扉とその奥から現れた人影に、部屋に集う皆の視線が向けられる。

 

既にかの地での様子や結果はある程度伝わっているのだろう、拍手のような類は有りはしないが、それぞれの表情にははっきりと労いや称賛の色が見て取れた。

 

一刀達はそのまま歩き続け、華琳の前まで来ると拱手と共に報告を口にする。

 

「北郷一刀以下8名、ただ今帰還しました。なお、事前に早馬にて報告致しました通り、袁紹以下3名の投降を独断にて認めたこと、お許しください」

 

「ご苦労だったわね、一刀。春蘭達もよ、ご苦労様。

 

 もうそこまで畏まらなくてもいいわ。一応事前にその可能性を示唆してくれていたのだしね」

 

笑みとともに放たれた華琳の労い。予想以上に柔らかいそれはおよそ場に満ちる緊張感とはかけ離れたものではあったが、既に幾度も類似の経験を経た魏の面々は然程気にせず華琳の甘んじる。

 

その一方で極度に緊張してしまっているのが袁紹達3人だった。

 

いくら袁紹達の投降を一刀が、”天の御遣い”が認めたと言おうとも、その本人は突き詰めれば地位的には華琳の配下でしかない。

 

つまり、華琳の意向によってどうとでも出来る状態である以上、緊張するなというのが無茶というものではあった。

 

「さてと。それじゃあ、話を進める前に……麗羽」

 

華琳の突然の呼びかけに袁紹は肩をビクッと竦ませる。

 

そんな彼女の様子を気にかける事もなく、華琳は淡々と確認事項を口にする。

 

「さすがにこれだけは聞かせてもらうわ。貴女、今の状況と己の立場、全て正確に理解しているのかしら?」

 

「も、勿論ですわ。私はそこの北郷さんに負けました。ええ、潔く認めましょう」

 

いつもどこでも響かせていた高笑いや無駄に溢れさせていた自信は、今の袁紹からは欠片も感じられない。

 

それはその言葉が真実である裏付けとも取れるものだった。

 

故に華琳はその言葉を信じる。

 

「そう。安心したわ。さ、一刀。貴方が考えている処遇、聞かせてもらう時が来たようね」

 

その言葉はここからの軍議の進行を一刀に明け渡す宣言に同義。

 

そこで一刀はまず謝罪から入り、引き継いで軍議を進めていく。

 

「ん、そうだな。すまなかった、今まで伏せていて。何せ顔良さんを引き込める可能性は五分五分くらいだと踏んでいたんでね。

 

 さて、お3人方。今聞いた通りで貴女達の処遇は全て俺が一手に引き受けている。

 

 つまり、もう分かったとは思うけれど、今更手の平返しで処刑執行、とかそう言ったことは無いから、まずは安心して欲しい」

 

その一刀の言葉は若干ならず袁紹達に安堵を齎した。

 

そうなると気になるのは今後どう扱われるのか。

 

その疑問は続く一刀の宣言によって解消されていった。

 

「3人の扱いについてなんだが、実は俺の中で決めていたのは顔良さんの役割だけだった。袁紹さんと文醜さんがどうなるか、終わるまで本当に分からない状態だったからね。

 

 まあ、そんなわけでここに帰ってくるまでの道中で色々と考えておいた。

 

 が。とりあえず、まずは顔良さんからだな」

 

いよいよ処遇が決定するとあり、名を告げられた顔良はゴクリと唾を飲み込む。

 

開けられたたったの一拍の間が、顔良には途轍もなく長い時間に感じられる。

 

そんな長くも短い時間は部屋に響く一刀の声によって終わりを迎えた。

 

「俺が評価した顔良さんの能力。それは大集団の肝を見極める能力だ。

 

 袁紹軍は相当の大所帯だったが、統率者的な役割は実質顔良さん一人だったと聞く。そうでありながら、きちんと軍としての体を為していた。

 

 これは大集団の動きを把握出来ていたということ。きっと顔良さんの視野が相当広く、要点把握の効率がいいんだろうと踏んだんだが……そこのところ、どうかな?」

 

突然問われたことに顔良は目を丸くする。

 

彼女自身、今までそういったことは考えたことも無かった。

 

ただ必死になって自分の出来ることをし、軍が回るようにしていただけ。それが彼女の認識だった。

 

しかし、いくら驚いたとは言え黙っていることはよくないと判断。内容を推敲もせぬままポロポロと言葉を溢す。

 

「そ、そんな風に考えたことは無いですけど……私はただ兵の皆さんを見て、その都度どうすれば良いかを考えていただけですし……

 

 えっと、その評価は誰が……?」

 

「まあ、ほぼ俺の独断だ。だが、桂花も割と認めているぞ?顔良さんのことは」

 

「ぇ……?」

 

それは顔良にとってあまりに意外なものだった。

 

彼女は依然南皮にいた頃、実に不遇な扱いを受けていた。

 

ただ一人、顔良だけは袁紹に対して桂花を取り立てて内政を任せるべきだと幾度も進言してはいたが、他の文官武官の手前、表立ってそれが出来てはいなかった。

 

顔良がそんな姿勢だったからか、袁紹も全く聞き入れようとせず桂花の不遇は続き、ある日突然別れを告げて出て行ったのだ。

 

桂花のその後はすぐに耳に入った。

 

南皮を出た彼女はその足で陳留へ、そのまま筆頭軍師として篤く迎え入れられて数々の実績を残し、今に至る。

 

そんな境遇だったからこそ、自身を含む袁紹軍幹部3人には恨みこそあれ、いい感情は持っていないものと考えていたのだが……

 

「そんなに意外かしら?でも、私は軍師。人の能力を正しく評価出来なければやっていけないわ。それに……

 

 あんたはあそこにあってほぼ唯一まともだったからね。私個人としてもあんたにはそんなに悪い印象は抱いて無いわ」

 

呆けた顔を晒す顔良に桂花は仕事として当然のことだと返す。

 

それをきっかけに驚きの一色に染まっていた顔良の内に異なる感情が混ざり始める。

 

今までは袁紹から様々な仕事を投げられてそれをこなす、そんなことがさも当然のように行われていた。だが、面と向かって能力が高いと褒められることが……

 

(こんなにも……嬉しいことだったんですね……)

 

顔良の胸の内に広がりつつある感情、それは嬉しさと気恥ずかしさだった。

 

正当に己の能力を評価されること。当たり前のようでいてその実、中々叶わないそれが為された今、それらの感情が湧きあがるのはどうしようも無いことだろう。

 

かと言って袁紹への忠誠や文醜への友誼が綻んだというわけでも無い。が、魏に対しての警戒レベルが下げられたことは確実だった。

 

「まあ、実際に上手く機能するかは今後見ていくこととして……俺は顔良さんのその視野の広さが欲しかった。

 

 つまり、だ。結論を言えば、顔良さんには今後、軍師の視点に立って武官の立場からの意見をがんがん入れていってもらいたい。

 

 局所的な武官の意見というよりも、全体を通してこういったもの、あるいは制度があれば武官が動きやすいだとか連携が取りやすい、といったことをね。

 

 武官だからこそ分かることってものがあるはずだ。それは文官たる軍師の皆にはどうしようもないことだから。

 

 ああ、勿論顔良さんには普通の武官としても役割も受け持ってもらう。そっちは差し当たって実力の底上げだね。

 

 俺や恋がその調練を受け持つつもりだ。他の武官も手が空いていれば参加してくれたりするだろうし、こっちの環境は申し分ないだろう。

 

 こんな感じなんだが。いいかな、顔良さん?」

 

そんなタイミングで告げられたからか、顔良にその裁定を拒否する姿勢は一切無かった。

 

「はい……はい、分かりました。謹んでお引き受け致します。

 

 私にどこまで出来るかは分かりませんが、今後は力の限り魏に、曹操さん、北郷さんに報いたいと思います」

 

「うん、そうか。ありがとう、顔良さん。取り敢えず、顔良さんへの通達は以上になる。

 

 それで、袁紹さんと文醜さんだが……」

 

ここで話の矛先が向いた2人は僅かに緊張の度合いを増す。

 

「まず、文醜さんの方は桂花から聞いていたことや自分で見聞きした情報から考えて、武官の選択しか無いと考えた。

 

 あるいは何かしら他に特技があって、それに準ずる役職に就きたいという希望があるならば検討する余地があるにはあるが」

 

「いや、あたいはそれで構わねぇ!……です。

 

 自分が頭良くないのは十分に分かってるから、せめて戦でくらいは役に立って見せる……ます!」

 

「ん、了解。なら文醜さんは武官に、ということで。

 

 但し、まずは暴走癖を矯正するところから、だな。例え恋程の武があろうとも、単独暴走なんてされたら軍自体が立ちいかなくなる可能性もあるからな」

 

「は、はいっ!」

 

緊張から妙な口調になってしまってはいるが、こちらもまた滞りなく処遇が決定する。

 

そして残るは袁紹のみとなったのだが……彼女の扱いをどうするべきか、ここ数日の一刀の思考はほぼそれにかかりっきりであった。

 

一刀自身が口にしていた通り、顔良の扱いは予め頭にあり、文醜も選択肢が限られているために決定は楽だった。

 

「そして、袁紹さんなんだが……ん~……」

 

だが、袁紹だけはどうにも扱いに悩んでいた。

 

これと言った特技も分からず、自身の眼で見たものは失態と呼ぶべきような事柄ばかり。

 

さて、どうするか、と考えあぐねていると、意外な所から助け舟が差し伸べられた。

 

「貴方でも麗羽の扱いには困っているみたいね、一刀。

 

 私から一つ意見を出させてもらうと、麗羽には書類仕事、文官の仕事をひとまずは振っておけばいいのではないかしら?

 

 麗羽はこれでも私塾での成績は主席。そこいらの有象無象よりかは役に立つでしょう」

 

「主席?確か華琳と同じ私塾なんだったよな?」

 

「ええ、そうよ。麗羽は私塾の先生の”教えた通り”を忠実にこなせてはいたわ。だから、よ。

 

 私は独自の解釈や新たな切り口で解答してばかりだったから、頭の固い者達には受け入れられなかったようね」

 

思わず投げられた疑問に溜息と共に華琳が返す。

 

それで納得した一刀は次いで華琳の提案を検討する。

 

華琳がこうまで言うのならば、実際に袁紹は文官として使えるものではあるのだろう。

 

逆に袁紹にしか出来ないようなことが何かあるのか。それを今改めて考えてみても、やはり一刀には思いつくことが出来なかった。

 

「……うん、そうだな。それじゃあ袁紹さんは取り敢えず華琳が言ったように。

 

 後々、より適した役職を考え付けば、その時にまた打診する、といった感じでいいかな?」

 

「え、えぇ、構いませんわ」

 

ホッと胸を撫で下ろしつつ袁紹が返答し、ようやく3人の処遇が決定した。

 

事前の一刀の言の通り、誰しもが悪い扱いにはなっていない。

 

本当にその約束が守られるのか半信半疑だったこともあり、その安堵感も一入だった。

 

「さて、と。これで3人の扱いが決定したんだが、あと一つ、俺から言っておくことがある」

 

安堵も束の間、再三の緊張に見舞われる袁紹達。

 

しかし、今度の緊張は直後に霧散、代わりに困惑が3人を支配することになる。

 

「改めて名乗っておこう。俺の名は北郷一刀。真名は無い。敢えて言うならば”一刀”が真名のようなものではあるが、まあ好きなように呼んでくれ」

 

突然の出来事に返事も忘れて目を白黒させる。

 

一刀の言いたいことが伝わっていないわけでは無く、むしろ伝わっているからこそ、困惑しているのだ。

 

真名を預けるという行為。言うまでも無くこの世界において最大級の敬意、信頼、親愛を示す行為。

 

それを投降したばかりのその身に対して実行する意図を読み切れなかったのである。

 

妙な沈黙がその場を満たしかけたその時、3人を更なる、しかも先程をも上回る衝撃が襲う。

 

「あら、一刀。少し気が早いのではないかしら?それは皆にも聞かなくてはいかないでしょう?

 

 皆に問うわ。麗羽達に真名を預けること、嫌な娘はいるかしら?勿論、拒否したからと言って罰は無いわよ」

 

「私は構いません!!全ては華琳様の仰せのままに!!」

 

「華琳様と一刀が宜しいのであれば、姉者と同じく私にも異議はありません」

 

間髪入れずに返された最古参、夏候姉妹の諾の応え。

 

それを発端としてあちこちから諾が返る。

 

その口々から語られる簡潔な理由には、華琳や一刀の名。

 

どれ程2人が魏において人望を得ているか、それが一目でよく分かる構図となっていた。

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさいな、華琳さん!!」

 

突如響く、場を遮る袁紹の声。皆がそれに応じ、不思議そうに袁紹を見た。

 

集まる視線に怖じる余裕も無いのか、そのまま華琳に向かって捲し立てる。

 

「貴女、ちゃんと分かっていますの!?私が言うのも何ですが、私達はつい先日まで貴女達の、て・き、でしたのよ!?

 

 それをそんな簡単に真名を預けるなどと……少なくともそこまでおバカさんだとは思っておりませんでしたわ!」

 

「随分な言いようね、麗羽。でもまあ、今は許しましょう。

 

 事の重大性は勿論分かっているわよ。私もずっと大陸で生きて来たんですもの。でもね、麗羽。だからこそ、なのよ。

 

 今の時代の荒波を越えていくには堅固な結束が必要不可欠。であれば、私が信頼すると決めた配下の者には例外無く真名を許すわ。

 

 勿論、皆にまで真名を強要している訳では無いのだけれど、私のこの考えに賛同してくれているのは喜ばしいことね」

 

華琳の反論に袁紹は何も言い返せなくなる。

 

今華琳は真名を預けると言っている。裏を返せばそれだけ投降したばかりの3人を信頼すると決めた、と宣言したのだ。

 

現在の大陸の常識や生まれ持った名家という立場の矜持、今まで袁紹が生きていく上で培ってきた価値観とはまるで異なる華琳のその感覚。

 

一見軽々しく見えるその行為だが、別の側面から見れば己の魂にも等しいものをも道具にする胆力があるとも言える。

 

袁紹はそこに確かな”器”という物を感じ、それに圧倒されてしまったのだった。

 

「……参りましたわ。華琳さん、私は貴女を、貴女の覚悟を見縊り過ぎていたようですわ。最早言い訳のしようもありませんわね」

 

「あら?貴女がそこまで正直に己の非を認めるなんて、珍しいわね。ふふっ、これは、もしかすると予想以上に役に立つかもしれないわね、一刀?

 

 あぁ、そうだ、忘れてたわ。顔良、文醜。貴女達にも我が真名を預けましょう。今後の働きに期待しているわ」

 

「は、はいっ!あ、私の真名は斗詩です。力の限り、頑張らせて頂きます」

 

「あ、あたいは猪々子ってんだ。え~っと……こ、今後ともよろしくお願いします」

 

華琳と麗羽のやりとりを呆然と見ていた斗詩と猪々子も、その決定に特に異議など無いようですぐに応じて真名を預けた。

 

そこからは滞りも無く、各々互いに真名を預け合う。

 

それが一段落着くと、締めの言葉を華琳が紡いだ。

 

「さて、皆。これで麗羽の持っていた領地、河北四州を魏に統一出来たわ。今回の戦に出た者達、大成果よ。ご苦労だったわね。

 

 当面は河北四州の街や邑の整理、治安の安定を第一とし、再び地盤固めの時となるわ。

 

 但し、決して気を抜かないこと。どこかを攻めた直後の国は、得てして他のどこかから攻められやすいものなのだから。

 

 各自への細かい伝達は後々に桂花達からしてもらうわ。それに沿って適宜な行動をしてちょうだい。

 

 皆の今後益々の働き、期待しているわ!」

 

『はっ!!』

 

一段と大きくなった部屋を揺るがす諾の声。

 

その大きさはそのまま魏という国の大きさを示しているが如きものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か~ずとっ!恋も、お疲れさんっ!折角帰ってきたんやし、早速手合わせしよや!」

 

軍議が終わるや否や、霞が満面の笑みで飛びついてくる。

 

「おっと。どうしたんだ、霞?やけに上機嫌みたいだが」

 

それをいなしつつ、一刀はやたらテンションが高い理由を問うた。

 

「そんなん当たり前や~ん!ずっと待っとったんやで?一刀や恋、惇ちゃんや菖蒲が帰ってくんの!

 

 そら、凪もチビッ子達も強なってきとるけど、まだまだ思いっ切りは仕合えへんからなぁ」

 

「あぁ、なるほどな。そう言えば春蘭も秋蘭も菖蒲さんも、援軍として来てくれたってことは、ずっと手前の砦に詰めてたってことだもんな」

 

「せやねん!やから、早よやろうや!あんたらが帰ってくるって聞いてから、久々の全力で出来る仕合、ずっと楽しみにしとったんやから!」

 

「霞は本物の戦闘狂だよなぁ……分かった、いいぞ。恋はどうする?」

 

「……ん、行く」

 

「いよっしゃ!さっすが一刀に恋やで!ほな、早速行こ♪」

 

意気揚々と調練場へと向かう霞の背を追おうとする一刀の後ろから、更に別の声が掛けられる。

 

「あっ、兄ちゃん!調練場に行くんだったらボクも!」

 

「お久しぶりです、兄様!あの、お疲れでなければ稽古を付けて貰いたいんですけど……」

 

振り向いた一刀の前には季衣と流琉のチビッ子コンビが揃っていた。

 

流琉の言葉にもあった通り、一刀が部隊と共に砦へと発って以来、実に一月以上もの期間会っていなかったこともあり、久々の再会にこちらもテンションが上がりに上がっていた。

 

帰って早々このように稽古を申し込まれるとは思ってもみなかったが、そこに不満などあろうはずもない。むしろその向上心に頬を緩めていた。

 

特段強行軍を強いたわけでも無いため、一刀自身の疲れは然程でも無い。となれば、2人の頼みを断る理由は無かった。

 

「ああ、構わないぞ。ただ、さすがに霞が先約だからな。その仕合の後でだ」

 

「うん!ありがとう、兄ちゃん!」

 

「ありがとうございます、兄様!」

 

さて、こうもテンションが高い3人が集まれば、当然周囲の注目も集まるというもの。そして交わされる会話の内容が内容だけに、このまま5人ですんなり調練場へ直行、などとは当然行かない。

 

「一刀殿!よろしければ私にも、一つ手合わせを!」

 

「あ、あ!一刀様、恋様!是非私も!!」

 

「なんだなんだ、仕合をするのか、一刀?ならば私も行こう!ここ暫くはずっと秋蘭と菖蒲との仕合ばかりだったからな!」

 

「ふふ、姉者もこう言っていることだし、私も行かせてもらおうかな」

 

「あ、一刀さん、私も同行致します。折角ですし、皆様と手合わせ願いたいものですから」

 

凪が、梅が、春蘭が、秋蘭が、菖蒲が。一刀達の帰還に合わせて仕事の空き時間となっていたこの時に、ここぞとばかりに集ってくる。

 

結局、あれよあれよという間に魏の誇る武官が勢揃いする格好となった。

 

こうなったんだったら、と一刀は斗詩と猪々子にも声を掛ける。

 

「斗詩さん、猪々子さん。折角の機会だ。貴女達も来るかい?」

 

「あ、はい。それでは同行させていただきます」

 

「あたいも行っくぜ~!あ、そうだ。アニキ!あたいのことは猪々子って呼び捨ててくれ!

 

 アニキの強さはこの身で味わったんだ。敬語使われちゃうとなんか痒くなっちゃうよ」

 

「あ、私も斗詩で構いません。北郷さんには色々と恩がありますし」

 

「ア、アニキって……ま、まあいいか。それと、了解。これからは猪々子、斗詩と呼ばせてもらおう。

 

 ああ、それと斗詩。それなら斗詩の方も一刀でいいぞ?そっちがあんまりガチガチだとこっちもやりにくいしさ」

 

「あ、えっと……分かりました。あの……一刀、さん」

 

どうにも呼び捨てには慣れない、そんな雰囲気が斗詩からは感じ取れた。

 

恐らく菖蒲タイプの人間なんだろうな、と考えれば納得できない事もない。

 

なので一刀もそれ以上追求することも無く、2人を誘って調練場へと向かうことにしたのだった。

 

「ん、まあそんな感じでお願い。それじゃあ、行こうか」

 

「おうっ!」 「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錚々たる面々によって構成された集団が調練場に着くなり各所で仕合が行われ始めた。

 

相手を入れ替えつつ久方ぶり同士の対戦を楽しむ面々。

 

初参加の斗詩と猪々子は皆に促されて時に見学し時に立ち合い、その目で、その身で、魏の武官のレベルを味わっていた。

 

そして。

 

武官の性とでもいうのか、一同の中心となっていたのは一刀と恋であった。

 

皆が2人と勝負をしたがり、終始引っ張りだこだったのである。

 

初めこそ霞や春蘭が本気の仕合を幾度も挑んでいたのだが、彼女達が諦めた後は主に集団の上位層が立ち合いにて指導する形となっていた。

 

そんなこんなで今一刀が稽古を付けているのが季衣と流琉。

 

共に華琳の親衛隊長をしていることもあり、連携訓練の意味も込めて同時に相手をしていた。

 

「兄ちゃん、覚悟!てやあっ!!」

 

「よっ、と。残念。気合い入れの発声は構わないが、入りすぎて動きが大きくなりすぎているぞ」

 

「あぅっ!ま、まだまだっ!!」

 

渾身の一撃を弾かれても決してめげず、季衣が懸命に連撃を叩き込む。

 

一刀は正面からそれを捌きつつ、季衣への指導を口にしていた。

 

そんな季衣の気迫に紛れて一刀の側面から背後へ、なるべく音を消して忍ぶ流琉。

 

季衣の連撃を捌くために一刀の視線は正面に固定されている。流琉の密やかな動きに一刀が気付いた様子は見えない。

 

(隙有りです、兄様!)

 

攻撃を気取られぬよう発声を無くし、攻撃の出だしをすら派手に叫ぶ季衣の発声に合わせて流琉が自身の得物を撃ち込んだ。

 

取った。季衣も流琉もそう思った。はずだったのだが……

 

「ふぇ……?」

 

「な、なんで!?」

 

一刀は斜め後ろから迫る流琉の武器を紙一重ながらも避けてみせたのだった。

 

「こら、そんなガラガラの隙を作るなよ」

 

一刀の叱責にハッとなるも、時既に遅し。

 

瞬く間に距離を詰められた正面の季衣が有効打の位置に刀を持ってこられ、脱落。

 

反転して流琉と向き合った一刀はそのままもう一度ダッシュする。

 

すっかり焦ってしまった流琉はそのまま為す術もなく負けてしまった。

 

「片方が注意を引きつけてもう片方が背後から攻めかかる。作戦はいい。実行に移せたところも合格点をあげよう。

 

 だが、それで決まったと思い込むのはいけない。どれほど完璧な作戦であろうとも、失敗の可能性は常に考慮するんだ。

 

 さもなければ、今のように致命的な隙を作ってしまうことになる。もしそれが戦場だったら、その先に待つのは、死だ」

 

「う……はい、ごめんなさい、兄ちゃん」

 

「兄様の仰る通りです……すいません」

 

「失敗は誰にでもある。それがこういった練習の時で良かった、とそう思うべきだ。

 

 それを反省し、二度繰り返すことの無いようにする。それが大事だからな」

 

『はいっ!』

 

元気よく返事する2人に見守っていた皆が笑みを零す。

 

そこには真面目な雰囲気を保ちつつも重くなりすぎない、適度な緊張感が実現されていた。

 

「ねぇねぇ、兄ちゃん。そういえばさっき、どうして流琉の攻撃を避けれたの?」

 

「あ、確かにそうです。兄様に気付かれてないと思っていたのに……」

 

季衣と流琉が発した純粋な疑問。そこに加わったのは意外や、猪々子だった。

 

「そう言えば、アニキはあたいと一騎討ちした時も斗詩の横からの攻撃にすぐ反応してたよな?

 

 あれ、味方のあたいも気付いて無かったんだけど、なんで反応出来たんだ?」

 

気づけば3人の視線以外にも周囲からいくつか興味津々といった視線も感じる。

 

一刀としては隠すことでも無い、どころかむしろ知らないならば教えておいた方がいいだろう、とその疑問に答え始めた。

 

「簡単に言えば、集中していたから、ってことになるな」

 

「集中?流琉にってこと?」

 

「いや、それは違うよ、季衣。言うなれば戦闘に、ってとこかな。誰かに集中、では無く、その場に集中ってこと」

 

「??よく分からないよ、兄ちゃん」

 

「すいません、兄様。私も分かりません」

 

「ん~、そうか……どう言えばいいのかな……周辺視野……って言っても理解出来ないか……」

 

尚も首を傾げる季衣と流琉にどう説明したものか一刀は首を捻る。

 

暫く考えた後、結局己が理解している限りのことを順に教えていくことに決めて口を開いた。

 

「そうだな、季衣、流琉。2人は人間が見えてる範囲が実は意外に広いってことは知ってるかな?」

 

「え?前だけじゃないの?」

 

「うん、だけじゃ無いんだ。2人とも、前を向いたまま手を顔の横に持ち上げて。それをゆっくりと真っ直ぐ前に出していく。

 

 勿論ずっと前を向いたままで、だ。そして、自分の手がそこで手を止めて、その位置を見てみな?」

 

「ん~……あ、見えた……え!?こ、こんなところ!?」

 

「わ、わ!?ほとんど真横です!」

 

周りでもやってみていたようで、凪や梅を始め、斗詩や猪々子、果ては春蘭まで驚いている様子が見て取れた。

 

一通り皆が落ち着くのを待ってから一刀が説明を再開する。

 

「普段は正面の一部分しか注意してはいないけれど、実はそれだけ広い範囲が見えている。それが人間の目というものなんだ。

 

 正確に言えばちょっと違うんだけど、この普段は見えていても気にしていない範囲のことを周辺視野って呼ぶ。

 

 ここまでは大丈夫かな?」

 

「う、うん」

 

「はい、なんとか」

 

「よし。それで、だ。この周辺視野から得ている情報を意識的に認識すること。それが俺の思う”正しい”集中の仕方だ」

 

「正しい……集中?」

 

「そうだ。ちなみにその簡単な導入部分は既に教えているんだぞ?

 

 攻撃の時も防御の時も相手の全体をよく見て行え、と常々言っていると思うが、これがそうだ。

 

 相手の手元に、或いは目に、焦点を合わせていてもそれ以外の部分の動きは見えているだろう?

 

 その範囲を相手の体だけでなく、周囲全体に広げていく。それには鍛錬が必要ではあるけれどな。

 

 これが出来るようになればこっそり背後へ行こうとしてる者や横合いから飛び込んでくる者にも気づくことが出来る、ってわけだ。

 

 菖蒲さんや秋蘭は分かってたんじゃないかな?」

 

「ええ、そうですね。随分と苦労しましたけれど」

 

「私は弓使いだからな。視界の広さが無ければやっていけないさ」

 

一刀の説明に納得する様子を見せていた2人はすんなりとそれに応じる。

 

ちなみにそれが出来ているはずの者はまだ3人いるのだが、1人を除いて理解しているかは怪しいものだった。

 

「むむ~……一刀!よく分からんぞ!」

 

案の定その内の1人、春蘭が声を上げた。

 

やっぱりか、と思いつつも一刀は春蘭に答える。

 

「理解出来ずとも春蘭は実践出来ているはずだよ。春蘭は相手の一般兵と多対一の状況になっても相手の動きに翻弄されたりはしないだろう?」

 

「そんなのは当たり前だ!雑兵如きにこの私が遅れを取るはずが無い!!」

 

「なら大丈夫だ。言わばこれは強くなるために登らなければならない階段の内の一段だからね」

 

「むぅ……そんなものなのか……」

 

誤魔化された感に渋々と言った声を漏らす春蘭はひとまず置いておき、一刀は季衣達に向き直った。

 

「まあ、そういうことだ。目の前の敵の相手をしていても周囲の状況を把握する。これが出来るようになること。

 

 季衣、流琉。それに凪と梅。あと猪々子もかな。皆にはこれが出来るようになってもらわないとな。

 

 とは言っても一朝一夕で出来るようになるものでは無いから、これから仕合を通して少しずつ鍛えていこうか」

 

『はいっ!』

 

名を挙げられた5人の一斉の返答。

 

それは話の終わりと同時にこの日の調練の終わりをも告げていた。

 

「さあ、もう結構な時間だ。今日はこれで終わりにしておこう。皆で片付けてから出ようか」

 

一刀の言葉で各々取り出していた道具類の片付け作業に入る。

 

その作業の最中、ふと思いついて一刀は斗詩に尋ねた。

 

「そう言えば、斗詩。さっきの話、斗詩は実践出来ているか?」

 

「あ、それなんですが……その、見えてはいるのですが、反応が追いつかないことが……」

 

「反応が追いつかない、か……いくつか原因が考えられるけど、その当たりはまた今度にしておこうか」

 

「あ、はい。よろしくお願いします、一刀さん」

 

「いや、仲間の戦力補強の為なんだ、当然のことさ」

 

それ以降は特に無駄口を叩くことも無く、片付けを済ませた後、解散の流れとなったのだった。

 

 

 

常に向上心を持って高みを目指す。

 

その姿勢が新たな目標を季衣達4人に与えた。

 

そして新たな仲間にしても、参画初日にして猪々子のみならず、斗詩の課題までも見つかった。

 

求められるレベルは日に日に高いものになっていくにも関わらず、決してへこたれない決意も新たに。

 

それほどに濃くなった一日の出来事なのであった。

 


 
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