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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五十二話

ムカミさん

第五十二話の投稿です。


一方その頃、編 其の弐

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2014-11-01 12:23:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6800   閲覧ユーザー数:5038

”大陸”の西側、成都の街。

 

そこにそびえる城の廊下を足早に歩く女性が一人。

 

紫の髪を長く垂らし、たおやかな雰囲気を纏っている。細身の体に豊満な双丘を携え、何気ない所作の数々に他の若い武将には無い大人の魅力を感じることの出来るこの女性とすれ違えば、男は思わず振り返ってしまうだろう。

 

髪の色に合わせて、それよりも明るい紫の、チャイナドレスのような服に身を包んだ彼女は、その長い髪を棚引かせて廊下を進んでいく。

 

向かう先はつい先日より成都を、引いては蜀を治めることとなった少女、劉備のいる執務室。

 

彼女こそは正史において蜀の五虎将の一人にして老当益壮の代表格としても知られる黄漢升その人。

 

とは言っても、どう見てもそこまで老けてはおらずむしろ妙齢の女性であった。

 

何故彼女がここにいるのか。

 

それは彼女、黄忠はその親友、厳顔、さらにその部下の魏延と共に成都を目指す劉備の前に立ちはだかり、激戦を経て劉備の為人を知り、彼女に与することを決めたからであった。

 

特に黄忠に関しては統治していた街の民からの熱い嘆願もあり、劉備のみならず部下皆が彼女を信頼して迎え入れるに至った、という事実もある。

 

ちなみに厳顔と魏延はそんな彼女の助言で軍に引き入れており、その事からも既に黄忠が劉備軍内で確固たる存在感を放っていることが分かるというもの。

 

そんな彼女は今、とある任務から帰還した兵の報告を携えて廊下を急いでいた。

 

とは言いつつもはしたなく走るのでは無く、その速足の様にどこか妖艶さが滲んでいるのはさすがと言うべきだろう。

 

「失礼します」

 

その足取りを緩める事無くやがて執務室の扉まで辿り着くと、躊躇うことなく部屋へと入った。

 

執務室では劉備の他に諸葛亮と龐統もそろって事務仕事をしていた。

 

その内の君主である劉備に対して正面から向き合うと、黄忠は遊びを入れずに報告を入れる。

 

「桃香様。急ぎお耳に入れておきたいことが」

 

「あ、紫苑さん!どうしたんですか?」

 

「兗州の方に出していた間諜の方から報告が上がりました。曹操さんと袁紹さんの間に戦が起こった、とのことで」

 

「っ!!そ、それで、曹操さんは……」

 

「待ってください、桃香様」

 

思わず聞き返した劉備を横合いから諸葛亮が止める。

 

どうしたのか、と問う劉備の視線に対し、諸葛亮は龐統と目配せし合って一つ頷いてから答えた。

 

「紫苑さんが急ぎの用としてこれを持ってこられたということは、簡単に片付く話とは思えません。

 

 であれば、愛紗さん他現在の主要な将の方々を皆さん集めてからの方が余計な手間や妙な齟齬が発生する可能性も減ずることが出来るものと思います」

 

「そうですわね。自分で持ってきておいて何ですが、大事な情報はきちんとした共有が大事ですから。私からもそれが宜しいかと進言致しますわ」

 

「そう、ですね。分かりました。朱里ちゃん、雛里ちゃん。皆に集合を掛けてくれるかな?」

 

「はい。軍議は半刻後に軍議室にて、ということで宜しいですか?」

 

「うん、それでお願い」

 

「では、直ぐに皆さんに伝えてきます!」

 

「あ、待って、朱里ちゃん!私も行くから手分けして―――」

 

駆け去っていく2人の声が遠ざかる。

 

諸葛亮と龐統が連れ立って執務室を出ていく様を微笑ましく見守る黄忠。

 

そんな彼女に劉備が声を掛けた。

 

「ありがとうございます、紫苑さん。ご迷惑をおかけします」

 

「あら、当然のことですよ?桃香様は我々蜀の民に笑顔を絶やさせない、と仰ってくれました。その為の努力に惜しむべきものなど無い、と。

 

 でしたら私もまた、桃香様の理想を支えるべく、出来ることに手を抜いたりなどはしませんわ」

 

「それでも、です。曹操さんに、それに北郷さんに、私の理想を認めさせるには、もうこんなちょっとした事で躓いてなんていられませんから……」

 

「桃香様……分かりました。でしたら、そのお言葉は桃香様の理想を実現するまで取っておいてください。最早立ち止まれないのは、私達も同じなのですから」

 

黄忠の諭すような口調に劉備は内容をよく噛み締めて頷きを返すのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸葛亮と龐統が告知した通り、半刻後には蜀の幹部連は皆軍議室に集まっていた。

 

その全員の顔を劉備はまずゆっくりと見回す。

 

桃園の誓いを交わし、ここまでずっと共に歩んできた親愛なる義姉妹、関羽と張飛。

 

黄巾の乱の折、義勇兵として各地を転々としていた劉備の下を訪れ、その類稀なる知を預けてくれることとなった、諸葛亮と龐統。

 

連合戦の少し前、公孫賛の食客を切り上げて劉備の下へと馳せ参じてくれた、趙雲。

 

その隣には世間に行方不明と思われている公孫賛の姿まである。彼女は袁紹に敗れて後、僅かに残った部下と共に劉備の下へ亡命、つい最近まで戦にて負ってしまった深手の治癒に専念していたのであった。

 

平原の地を追われることになる以前からの幹部たる彼女らのみならず、今では更に幹部の数は増えている。

 

その一人が先程も劉備の執務室に報告を持ってきてくれ、どこか劉備軍幹部連の母親のような様相となっている、黄忠。

 

その隣には簪らしきものを髪に差した菫色の髪に同色のゆったりとした服を着た、黄忠に負けず劣らず豊満なものを持つ妙齢の女性。

 

黄忠とは異なり、歴戦の武官然とした荒々しくも頼もしい雰囲気を纏った彼女が、先日劉備軍に引き入れられた黄忠の親友、厳顔である。

 

更にその隣には白い髪が一部に混じった短い黒髪を持ち、動きやすそうな半袖短パンに身を包んだ、いかにも活発そうな少女。

 

どこか陶酔したような眼で劉備を見つめている彼女が、厳顔と共に下った部下、魏延だ。

 

彼女達3人は劉備が蜀へと入り、成都へと至るまでの道のりの中で参入した幹部。

 

が、新たな幹部はその3人だけでは無かった。

 

諸葛亮と龐統の両隣、大まかに分けた文官側の立ち位置にも更に2人、増えている。

 

諸葛亮の隣に立つのは、彼女と同じくらいの背丈の茶髪の少女。頭に小さめのモルタルボードのような帽子を載せたその様はまるで博士号を取得した秀才然としており、またその眼光は鋭く、高い知性が感じられる。

 

紺を基調とした上着に赤いスカートを纏った彼女の名は、徐元直。

 

過去に諸葛亮や龐統と共に水鏡塾にて学んでおり、彼女らが主と定めた劉備が成都に落ち着いたことを知って駆け付けたのだった。

 

劉備軍の2大軍師からの熱烈な推薦もあり、彼女が成都を訪れたその日の内に高位の文官、軍師として召し抱えられることとなっていた。

 

そしてもう1人、龐統の隣に佇む少女。

 

こちらは実に奇妙な経緯で参入した変わり種の人物である。

 

背丈は徐庶と同じく低め。薄めの橙色の髪を背中の中程まで伸ばしているその少女は、服装の面で周囲の文官とは異なっていた。

 

薄い緑を基調とした上着は三分袖程度で、それより先は肘から腕にかけて、そこにフィットしたアームカバーのようなものを付けている。

 

薄紫色のスカートも長いものでは無く、足の機動性を十分に確保したもの。

 

服装だけ見れば文官というよりも武官のような彼女の名は、姜伯約。

 

徐庶よりも更に新参の彼女はほんの数日前に参入したばかり。

 

関羽が連れてきた彼女自身は初め武官を志望していたのだが、劉備と会談した際の言いざまに、内なる才を見た諸葛亮が文官としての役職を与えることを進言した。

 

そして皆が集まって色々と話し合った結果が、両取り。つまり、武官の仕事も文官の仕事も与えることとなったのだった。

 

この新たな2人、実に対照的なのである。

 

毅然とした佇まいを崩さない徐庶とは違って姜維の顔には明らかな緊張が浮かんでおり、ソワソワとこの場の空気に慣れていない様子がよく分かる。

 

尤も、そういった点もこれから鍛えていけばいい、というのが皆の一致した意見ではあるのだが。

 

 

 

このような錚々たる面々に、劉備は軍議を始める前にいつものように心中で感謝する。

 

トップとは斯くあるべし。その一例を、魏領を抜けるに当たって設けられたあの場で、あの3人はその身で、その弁論で、劉備に示した。劉備はそう理解している。

 

だが、彼女はその内容に一部納得を示しつつも、やはり自分とは相容れないものを感じていた。

 

かといって、かつてのままでいいはずが無い。劉備は彼女なりに考えた結果、その結論に至っていた。

 

以前の彼女は関羽や張飛、その他軍の皆を共に戦う大切な仲間だと言いつつ、様々な方面において助けてもらってばかりだった。自分はある種の神輿のようなものだと理解しつつも、それでも今考えれば酷いものだったと思える。

 

あれだけ毎日のように人を頼ってばかりでは、頼りないと思われても仕方が無い。その癖、自らの思い描く理想は押し通そうとし、皆に苦労ばかりを掛けてしまっていた。

 

その積み重ねが洛陽の真実を隠されていたことに繋がったのだ、と、それに気づき、噛み締めた。

 

何に対しても素直すぎた所で、その結果は以前と同じようなものになってしまのではどうしようも無い。

 

ならば、強かさを身につければいい。その考えに行き着いた次は、ではどうするか、ということ。

 

この解決には然程時間を掛けずに結論に至れていた。

 

即ち、”あの3人から相容れる部分を盗んでしまえばいい”。

 

かと言って北郷のような武も無ければ曹操のようなカリスマも董卓のような芯の強さも今はまだ持てていない。

 

では今の彼女にも出来ることは何か。

 

考え抜いて出した答えは、”出来ることには自信を持って、そして君主であることを忘れない”。

 

その成果が早速出たのか、信頼に足る仲間が5人も増えた。だからこそ、今この場でもそれを忘れない。

 

 

 

そんな思いを胸に、劉備は軍議を始めるべく口を開いた。

 

「皆さん、急なことなのにちゃんと集まってくれてありがとうございます。

 

 この軍議の目的ですが、どうやら曹操さんと袁紹さんの間に動きがあったそうで、その対応を話し合います。

 

 では、紫苑さん。お願いします」

 

「はい。今桃香様からご説明があった通り、今回の議題は曹操さんへの今後の対処です。

 

 こう言えばもう分かるかと思いますが……結果から言いますと、先の戦で勝利を収めたのは魏軍、つまり曹操さんの陣営です。

 

 あまり声を大には出来ませんが、この結果だけでしたら朱里ちゃんや雛里ちゃんなら予測できていたんじゃないかしら?ですが、問題はそこではありません。

 

 その戦の内容、いえ、展開、と言うべきでしょうね……」

 

一度言葉を切った黄忠を急かすような視線はこの場には無い。

 

豊富な経験から選択される彼女の行動は、一見不思議に思えても意味がある。まだ短い付き合いながらも既に幾度かそういった経験をしていたが故である。

 

今回の間にしても、前置きからその後の衝撃に対する心構えを多少なりさせることが目的だった。

 

5秒程の間を置き、黄忠の報告が再開する。

 

「以前に桃香様からお話頂いた通り、この戦にて連合で死亡したと見做されていた董卓、賈駆、呂布の3名の生存、及び小規模ながら事実上の董卓軍の復活が確認されました。

 

 復活した董卓軍は天の御遣いを自称する魏国の将、北郷が率い、復活の旨を高らかに宣言、そのまま戦に突入。結果は魏軍、いえ、新生董卓軍が兵数にしておよそ十倍にも及ぶ袁紹軍を奇策妙計を弄して破っています。

 

 袁紹以下3名の将は捕縛され魏軍本陣へと連行。その処分までは見届けられず、そこで間諜の方が見つかってしまい、からがら逃げ帰ったそうです」

 

この報告に各所で息を呑む音がする中、黄忠の隣からは全く別種の、感心を表す声が聞こえた。

 

その発声主、厳顔が感想に近い意見を発する。

 

「そやつ、中々やりおるのう。桃香様が仰るには若い男だというが、久しく表れなんだ異性の好敵手となる予感がビンビン来ておるわ。

 

 のう、紫苑。お主はどうじゃ?」

 

「そうね、私もこの北郷さんは厄介な相手だろうと考えているわ。色々な意味でね。

 

 だからこそね、桔梗、もしかしたらこの相手、好敵手、なんて言っていられないかも知れないわよ?」

 

「ほぅ?それは一体どういう意味じゃ?」

 

「そのままよ。桔梗も気付いているんじゃないかしら?少なくとも朱里ちゃんや雛里ちゃん、雫ちゃんは気づいているわよね?」

 

突然話を振られた諸葛亮、龐統、徐庶の3人は、しかし誰一人として慌てた様子も無く首肯する。

 

3人は軽く目配せすると代表して諸葛亮が黄忠に答えを返した。

 

「以前お話した魏領を抜ける際の顛末、その仔細の検討と董卓さん達の生存の裏を推察すると、北郷さんのとんでもなさが徐々に浮彫になってくるんです。

 

 あの時、北郷さんは曹操さんの後ろから口に手を回して塞ぐ、といった行動を取りました。それに対して曹操さんは多少恨みがましそうな目をしてはいましたが、本気で罰するような気配はありませんでした。

 

 この一事からも北郷さんが魏国内で相当な権力を持っていることが推測されます。

 

 それと陳留の居を構えていた頃からの画期的な政策の数々ですが、献策者は当時は正体不明だった”北郷”という名の文官。これはまず間違い無く御遣いを名乗る北郷さんです。

 

 天の御遣いに関する予言から引用すれば、『比類なき「武」と「知」』、その『知』を確かに持ち合わせているものと考えられます」

 

「なるほどのぅ。確かに儂は政治屋は苦手じゃが、戦に出てきてしまえばそう問題は無いじゃろう?」

 

「大変申し上げにくいことではありますけど、どちらかと言えばむしろ『武』の方が大きな問題かも知れません。

 

 北郷さんは連合の折、確かに単騎で呂布さんに対する足止め役を担いました。そこで見た北郷さんに呂布さんの闘気は偽りのものでは無かった、と愛紗さんも仰ってます。

 

 つまり、北郷さんは呂布さんとの一騎討ちにどのようにしてか生き残り、或いは勝ち、その後恐らくその足で洛陽に赴いて董卓さん達を連れ出したことになります。

 

 そして曹操さん達との交渉時のことですが、明らかに北郷さんが血気に逸る呂布さんを抑えていました。

 

 こちらもまた推測でしかありませんが、北郷さんの武はそれこそ呂布さんと同等とも考えられるんです」

 

諸葛亮の推測を聞くや厳顔は目を輝かせた。

 

「ほぅ!音に聞くかの呂奉先と同等!それはまたなんとも!」

 

「あの、桔梗様。呂布はそれほどまでに強い者なのですか?」

 

「ふむ、儂が直接手合わせしたわけでは無いからのう。愛紗よ、呂布の強さはいかほどのものだったんじゃ?」

 

「正直に言って私では手も足も出ませんでした。私の他に曹軍と孫軍からも数人居合わせており、協力して挑みましたが、まるで相手にならず……

 

 奴はまさしく化物と呼ぶに相応しい武人でした」

 

「愛紗を含む複数の将を同時に!?た、確かに化物だな、そりゃ……」

 

「愛紗ほどの者にそこまで言わせるか。紫苑よ、儂はむしろ益々興味が湧いたぞ」

 

「貴女も大概ね、桔梗。とにかく、その北郷という者が厄介なのは予言の通りに武と知を高い水準で持ち合わせている可能性が高いということよ」

 

主に黄忠と厳顔の間のやりとりが終わる頃には大半の者がそれぞれなりの整理をつけ終えていた。

 

それを基に、まずは直接袁紹とやり合ったこともある公孫賛が発言するべく挙手する。

 

「紫苑、一つ聞きたい。いくらその北郷とかいうのが呂布と同じ武を持っているとしても、あの麗羽……袁紹の軍の数を相手にそう簡単に勝てるとは思えない。

 

 双方共に相当の被害が出ていて戦力の低下は必至なんじゃないのか?」

 

「私もそう考えて同じことを聞いたわ。そして驚いた。

 

 遠目からの確認ではあるけれど、両軍合わせて死者はごく少数。その代わりに袁紹軍の怪我人は比にならないほど多かったそうよ。

 

 魏軍に至ってはその怪我人ですら少なめ。理由は全部隊が長射程の弓技術に加えて高水準の白兵戦技術も持ち合わせていたから、だそうよ。

 

 しかも、半数は馬上戦闘でというおまけつき。一体どうやったらこうなるのかしらね……」

 

「……俄かには信じられないな」

 

公孫賛の呟きは一同の心中を代弁していた。

 

一瞬出来た沈黙に感心の溜め息が再び、今度は姜維の下から聞こえてくる。

 

「ふわぁ~、凄いんですねぇ、北郷さんは。武も知もどっちも高いなんて……」

 

「何を感心しているのですか。(あん)にもそうなってもらうのですよ。そうなんでしょう、朱里、雛里?」

 

「ひゃわっ!?あ、はい、そうです、雫ちゃんの言う通りです!杏ちゃんにはいい軍師になれる素質があるんですから!」

 

「えっと、えっと……朱里ちゃんが見込んだんだから、杏ちゃんには出来ると思う、思いますです、はい!」

 

予期せぬ話の流れを振られ、諸葛亮と龐統の返答は噛み噛みになってしまう。

 

が、その返答を聞いた姜維はそんな2人以上に焦って余裕が無くなってしまった。

 

「わ、わ、私がですか!?いえいえいえいえ!無理ですよ!そんな、北郷さんみたいになんて……!私ではあんなに強くなんてなれませんよぅっ!!」

 

「そんなに力一杯否定しなくてもいいでしょう?何事もやって見なければ分かりませんよ。

 

 それに、北郷になれ、というのでは無くて、武と知を高く兼ね備えた将になれ、ということです。貴女なら可能性はあると、私も思っていますよ。

 

 朱里や雛里から幾らか話を聞いていますが、全てが本当なのだとすれば、あれは呂布と同じ怪物でしょう。そうそうあれと同等になんてなれないでしょうね」

 

徐庶の冷静な言葉と分析を聞き、徐々に姜維も落ち着きを取り戻す。

 

ただ、それでも一つ言いたいことがあったようで、再度姜維は口を開いた。

 

「雫さんはそう仰ってくれますけど……武官を志望しておいてなんですけど、高い武を備えるなんて無理ですよぅ……」

 

その泣き言に反応したのは誰あろう趙雲だった。

 

「ほぅ?杏よ、つまり主は引き分けたこの私もまた、武が低いと?」

 

「そ、そ、そ、そういうことじゃないですよ~ぅ!!」

 

「何が違うと?事実、仕合とは言え私は主と一騎討ちをし、引き分けているではないか?」

 

「あ、あんなの、まぐれじゃないですか!?偶々ですよぅ!!」

 

「その”まぐれ”とやらが一体何度あったというのか……なぁ、愛紗よ。お主でも杏とやって全て勝つのは厳しいのではないか?」

 

振られた関羽は少し考え、そして口の端を歪めつつ返答する。

 

「ふむ、そうだな……確かに杏の”まぐれ”をどうにかせねば、取られる仕合もあると思う。勿論、それ以上に勝つ仕合の方が多いだろうがな」

 

「あ、愛紗さんまでぇ~……」

 

「それはしょうがないのだ。だから諦めるのだ、杏。鈴々も杏とはあんまりやりたく無いって思ったくらいなのだ!」

 

「うぅ……もういいですぅ……」

 

無邪気な張飛の一言が姜維への止めとなった。

 

趙雲、関羽、張飛に弄られ涙目になっている姜維だが、参入に当たっての武力のテストで趙雲と引き分けたのは事実だった。

 

ただ、その内容が実に不思議なものだった。故にこうして度々話題に挙がっていたのだった。

 

「さてと。それでは、杏。これから私達が取っていくべき行動は?」

 

「ふぇ!?わ、私ですか!?」

 

それまでの流れを完全にぶった切る唐突な徐庶の質問に、しかし姜維はただ驚愕を返すのみ。

 

そんな彼女に徐庶は少々の呆れを滲ませた溜息と共に補足を入れていく。

 

「何を驚いているのです?さっきも言ったでしょう。貴女には武と知を兼ね備えた将になってもらうと。

 

 そして今のこれは貴女を成長させるいい機会なのですから、当然のことですよ。

 

 尤も、現状で取れる方策は基本に沿ったもの程度。つまり私達3人の考えは恐らく既に一致しているでしょうからこそ、貴女が学ぶ機会にするのです。

 

 ほら、考えて言ってみなさい」

 

「は、はいぃ。え~っと……

 

 魏国の、特に北郷さんや董卓さんの情報を探る為に許昌への間者を増やす、でしょうか?

 

 あ、それから河北四州の民の動向も把握する必要が。後は……調練密度を上げて部隊の強化を図る、でしょうか?」

 

杏の出した回答を吟味して徐庶は脳裏で点数付けを行う。

 

評価の基準は自らの出した回答ではあるが、諸葛亮や龐統も認め、憧れるその智謀ならば十分にその価値はあると言えるだろう。

 

「……及第点はあげましょうか。確かに杏の言ったこともやらなければいけませんが、それ以前になるべきことが残っていますね」

 

「それ以前に、ですか?」

 

「はい。朱里と雛里は当然分かっていますよね?」

 

「はい、勿論です。杏ちゃん、私達はまず地盤固めをもっとしっかりとしておかないといけません。

 

 まだ桃香様が蜀の地を治め始めてから日も浅く、施策の全てが隅々にまで行き届いているわけではありません。

 

 当然、色々とまだ不十分な地の民には不満を持つ者もいるでしょう。そういったところから治世に綻びが出てはどうにもなりませんからね」

 

「朱里の言う通りですね。いつの世も大切なのは、天の時、地の利、人の和。この内地の利と人の和は自らの力でいくらでも作り上げることが出来るものです。

 

 だからこそ、そこには決して手を抜いてはいけません。分かりましたか、杏?」

 

「は、はい!勉強になります!」

 

徐庶の物言いは淡々とはしているが、自らが蓄積している軍師のいろはを姜維に教えようとする意思が確かに見える。

 

それを感じているのか、或いは生来の真面目さか、真剣な眼差しで姜維は講義を受けていた。

 

その様子を何とも言えない微妙な表情で見つめる人物が1人。関羽である。

 

彼女の様子に気付いた趙雲は軽い調子で質問を口にする。

 

「どうしたというのだ、愛紗よ。眉間の皺がいつもよりも多いぞ?」

 

「ん?あぁ、杏のことなんだがな。なぜああも真面目な杏が賊風情なぞと繋がりがあったのか、と不思議でな……」

 

「あぁ、そう言えば杏は愛紗のところの新しい部下が推薦して来たんだったな。あの賊上がりの」

 

「だからあの人達は賊じゃ無いですよ~ぅ!あの人達は義賊さんで、私達は随分と助けて貰ってたくらいなんです」

 

耳聡く関羽と趙雲の会話を聞きとめた姜維が訂正の為に声を上げる。

 

そのやり取りは姜維の参入以来幾度か繰り返されたもの。そしてこの後に来る関羽の反論もまたいつもと同じ。

 

「いくら義を振りかざそうとも賊は賊だろう。真に世を憂うならばそのような方法では無く、もっと他にもあったはずだ」

 

姜維の参入に当たっての奇妙な経緯、それは今の会話にほとんど含まれていた。

 

劉備軍が蜀を治め始めて間も無く、関羽は領内の賊の討伐に北方の地に赴いた。

 

そこで遭遇した賊が、先の会話にも出ていた義賊の集団。

 

重税等で民を苦しめるだけの腐敗した官僚を襲撃し、奪った金品の一部を手元に残すと後は搾取されていた民にばら撒く。

 

その集団はそういった事を蜀領内各地で行っていた。

 

しかし、そんな彼らも関羽の部隊にはさすがに敵わず、その大半は早々に投降して捕縛された。

 

元々質の悪い賊では無かったことと関羽に、そしてその上の劉備にならば従っても良いといった態度が踏まえられ、関羽の下にそのまま一部隊として付けられていた。

 

そしてある日、その集団で頭を張っていた者が関羽にとある官を薦めてきた。その官こそが姜維である。

 

初めこそ大いに訝しんでいた関羽であったが、実際に姜維に会ってマイナスの印象は打ち払われた。

 

それからはあれよあれよという間に姜維の参入が決定していたのだった。

 

そんな経緯があったからこそ、姜維を認めた今となってもどうしても納得のいっていない部分が残ってしまっているのだった。

 

「そ、それはそうかも知れませんけど……ですけどっ……!」

 

「ま、まぁまぁ、愛紗ちゃん、杏ちゃん!取り敢えず今はその話は置いておこう!ね?」

 

空気が悪くなりかけたことを敏感に察知してすぐに劉備が止めに掛かる。

 

こうなってくるといくら双方ともに言い分があろうともそれを引っ込めるしか無い。

 

「はっ。申し訳ありません、桃香様」

 

「は、はい、すいません……」

 

関羽も姜維も謝罪の言葉を口にして元の場所へと戻った。

 

それをほっとした顔で見やってから、劉備が改めて声を上げる。

 

「報告と方針の説明ありがとう、紫苑さん、朱里ちゃん。そういうわけみたいです、皆さん。

 

 確かに曹操さんが持っている力はすごいのかも知れません。ですが、やっぱり私の理想とは相容れないことは事実です。

 

 私は皆に笑顔になってもらいたい。争いなんて起こらない世界になって欲しいって、今でもやっぱり思っています。

 

 ですけど……きっとそれは難しい。それは北郷さんと曹操さんに嫌という程この身に教えられて理解したつもりです。

 

 それでも私に出来る限り、そんな世界を実現したい。その為に、今は力を付けないといけない。きっと戦も避け続けてなんていられない。

 

 だから……これからやろうとしていることは理想とはちぐはぐかも知れないけれど、皆には力を貸してほしい。それが今の私の本当の気持ちです。

 

 きっと北郷さん達はこれもまだ私の我儘だって言うと思うけど……それでも!どうか私に、私の理想の世界を実現する為に、力を貸してください!」

 

劉備は一同に向けて深々と頭を下げる。

 

君主らしさを、と胸にしていながら、結局は君主らしからぬその行動に、しかし以前から彼女を知る幹部は、やっぱり劉備は劉備のままだなぁ、と笑みを漏らす。

 

新参幹部も劉備のこういったところを嫌うどころか、むしろ好意的に受け取っていた。

 

故に否の応えなど返って来ようはずも無く。

 

『はっ!!』

 

軍議場を震わせるほどの大音声が響き渡る。

 

その気迫はそのまま劉備の力となり自信となる。

 

「皆っ……ありがとう!」

 

当然のことだ、とばかりに一同は首肯を一つ。

 

その後、これからの指示を出すべく諸葛亮が声を張り上げた。

 

「先程も言いましたが、しばらくは内政固めと許昌への情報収集を最優先事項とします!武官の皆さんも文官の皆さんも、お仕事がたくさんありますが、頑張ってこなしていきましょう!

 

 皆さんの詳しいお仕事の内容はまた追って連絡します!」

 

事実上の軍議終了、解散宣言に各々了解の旨の返答を残して軍議場から去っていく。

 

その様子を視界に収めながら、劉備は心の中で宣戦布告を行っていた。

 

(北郷さん、曹操さん。これが私の選択です。確かに私は甘かった。でも、その甘さを捨て切ることはしません。

 

 だってそれは、そんな私に付いてきてくれた人たちへの、裏切りにもなりかねないから……

 

 だけど、私達は貴方達には負けません!絶対に……奪わせませんから……!)

 

もし、強い意志が籠められたその瞳を見れば、きっと一刀も華琳こう思っただろう。

 

ついに、曹孟徳の宿敵たる劉玄徳が目を覚ました、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建業、成都の地でそれぞれ今後を左右する重大な軍議が開かれている一方で、同じ情報を得ても軍議らしい軍議すら開かないところもあった。

 

それがここ、西涼の地、馬騰の領地である。

 

朝の定例軍議にて報告を受け取った馬騰はただ一言、そうか、とだけ口にした。

 

それに対して大きく騒いだのは娘の馬超だった。

 

「何を呑気に構えてるんだよ、母様!陛下を差し置いて”天”を騙ってるんだぞ!?」

 

そう憤る馬超の言葉にもさして取り合わない。

 

それでも尚食い下がろうとする馬超に対して、馬騰は短くこう言ったのだった。

 

「陛下から討てと勅が下ればすぐにでも行くさ。だが、今はこの地で五胡の奴らから漢の地を守る。それが漢の臣たるあたいの役目だ。

 

 …………尤も、陛下からそんな勅は来ないだろうとは思うけどね」

 

その日の軍議はたったそれだけ。その言葉を最後に馬騰は軍議室を出て行ってしまったからだ。

 

「母様……何を考えてるんだよ……母様には一体何が見えてるってんだ?」

 

理解の出来ぬ謎だけを残され、馬超は途方に暮れてしまうのだった。

 

 

 

その謎が解消される日が果たして来るのかどうか。それは誰にも分からない。

 

しかし、馬騰は予感していた。近々、大きな、余りにも大きな事件が起こる予感を。

 

今大陸が見舞われているのは覆いつつある暗雲か、はたまた八重霞をも吹き飛ばす新風か。

 

馬騰は人知れず久々の高揚感を楽しんでいた。

 


 
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