トリスタから列車に乗ること1時間……サラ教官とA班メンバーは実習地であるケルディックに到着した。
「ここがケルディックかぁ。」
「のんびりとした雰囲気だけど、人通りが結構多いな。」
「本当ですね。おそらくは正面に見える市場がお目当ての商人や観光客なのでしょう。」
ケルディックに近づくにつれて見えた車窓―――風車や収穫時期を迎えた春小麦畑による黄金色のコントラストも感動的であるが、風光明媚な街並みや雰囲気はかなり良好なようだ。ただ、この視点自体がケルディックに対する“第一印象”ということを忘れてはいけない。
「外国からの商人も結構多いと聞く。」
「成程ね。帝都とは違った客層が訪れているのね。」
地方と都市とではその生活形態も異なれば、それに呼応して土産物や特産物にも違いが出てくるのはごく自然なことだ。そうなると客層も自ずと異なってくる。流石に競争の観点から言って都市における強み―――人口という武器が決定的差につながる。双方が生き残るには自分たちの強みを最大限に発揮することが大事なのだと……話が逸れた。
「ちなみに、この街の特産はライ麦を使った地ビールよ。君たちは学生だから飲んじゃだめだけれどね。無論、年齢は満たしてるけれどアスベルもよ。」
「唐突に何言っているんですか、教官。大人げないですよ。」
「教官が勝ち誇っても悔しくないですね。といいますか、俺はあの親父のように酒を嗜むことはしてないですから。」
ご機嫌なサラに対し、ジト目でサラの方を見て容赦ない一言を浴びせるリィンとアスベル。ともあれ、今回の実習に当たっての宿泊地である宿酒場に案内されることになるのだが………先導するサラとアリサ、ラウラ、エリオットが続き、アスベルとリィンが歩いていた時、遠くから感じる気配に気づいたリィンが歩きながらも小声で話しかける。
(アスベル……)
(こっちも気付いた。敵意はなさそうだが……この感じだと『執行者』か?)
(ああ。)
アスベル自身はその視線の人物との関わりは少ないので断言はできないが、リィンの方は一度対峙していたためにその気配に心当たりがあった。執行者で帝国絡み……まぁ、転生者であるアスベルには確実に“あの人物”だと解ったが。
(とはいえ、手を出す様子はないようだ……そもそも、行動原理が一般的に理解できない相手に深く考えたら負けだろう。)
(その意見には概ね同意かな。)
こちらに敵意を向けていない以上、そっとしておくのがこちらにとっても利益になる。先導している四人に遅れないように歩くアスベルとリィン……その視線を送っていた張本人である白いコートを身に纏った男性は、意味深な笑みを浮かべる。
「フフ、偶々立ち寄った場所で面白いものが見れるとは。“紫電”の君に“紫炎の剣聖”、それとあの場所で戦った少年がいるとは…そして、興味深い雛鳥たちもいたようだが…まあいい、行くとしようか。」
宿酒場<風見亭>に入り、サラはここの女将であるマゴットに話しかける。
「やっほ、おばちゃん。」
「あら、サラちゃんじゃないかい。連れがいないようだけれど、喧嘩でもしたのかい?」
「そっちのほうは問題なしよ。今回はこの子たちの引率でついてきたの。」
「そうだったのかい。って、そっちにいるのはアスベル君じゃないか。」
「お久しぶりです、マゴットさん。元気そうで何よりです。」
「礼儀正しいアスベル君がサラちゃんの教え子だなんて……明日は雪かしら。」
「なぁんですって~、おばちゃん。」
学生であるので忘れがちになりそうだが、アスベルも遊撃士……しかも、S級の一人。一応休職の身ではあるが、立場的にはサラよりも上である。マゴットの言葉に思わずジト目になるサラ。一方、他の五人は置いてけぼりな感じであった。特にステラがその対象であった。
「えと、アスベルさんはどういった方なんですか?王国出身ですよね?」
「親の仕事で帝国や共和国にも付いていったことがあるらしいんだ。」
(まぁ、間違ってはいないわよね。)
リベールでの知名度は高いが、それ以外の場所では主にカシウスの裏方をすることが多く、手柄は全てカシウスに被せてきた。彼の身上を知る面々―――リィン、ラウラ、アリサ、エリオットに対しては、必要以上に自分が遊撃士であるということを知らせたくないということでお願いはしている。
意外な所での再会もあって話が逸れたが、マゴットの案内でA班一同は今回の宿泊部屋に案内されたのだが……その光景に全員が言葉を失くした。
「ほら、ここがアンタたちが今夜泊まる部屋さ。」
「え……」
「これって………」
「ベ、ベッドが5つってことは……ええっ、男女同じ部屋!?」
「ふむ……一夜を過ごすには十分すぎるほどの部屋だな。」
「いや、男女一緒という次元の話じゃないぞ、これ。」
そう言い切りつつも、頭を抱えるアスベル……その理由は、置かれたベッドにあった。A班の人数は六人。対して今回泊まる部屋に置かれているのはシングル4つのダブル1つ……いや、なんでこんな街にダブルサイズのベッドがあるのかが疑問なのだが、それよりも大事なのは……『このうちの二人がダブルベッドを使わなければいけない』ということだ。
「アタシも迷ったんだけれど、サラちゃんが構わないからということで強く念を押されてね。」
「う~ん、僕たちは問題ないけれど、女子の皆はそうもいかないだろうし。」
「まぁ、この学校に入ったからには覚悟していましたが……ラウラ、アリサ。」
「うむ。士官学院の生徒である以上、仕方がないだろう。そもそも軍は男女問わず寝食を共にする世界。事情はどうあれ、慣れる必要もあるからな。」
「解ってるわ……不埒な真似したら許さないわよ。」
「あはは、しないってば。」
「それはしない。そこまで飢えてないよ……(男は狼とか言われることもあったりするけどさ……)」
「右に同じく。」
男子が強く否定した言葉を聞いて、アリサとラウラが少し残念そうな表情を浮かべたような気がしたが……アスベルは目を瞑って冷や汗をかき、リィンに至ってはそれに気づいていない様子だった。
その後マゴットから封筒を渡され、彼女が退出してからその内容を確かめることにした。特別実習の内容は、まさしく遊撃士の依頼そのものであった。
特別実習・1日目 実習内容は以下の通り―――
・東ケルディック街道の手配魔獣
・壊れた街道灯の交換
・薬の材料調達
実習範囲はケルディック周辺、200セルジュ(20km)以内とする。
尚、1日ごとにレポートを纏めて、後日担当教官に提出すること。
(必須が2つに、任意が1つか……)
「………」
「えと、これが特別実習ですか?」
「そうみたいだけれど……」
「何でも屋というか、お手伝いというか……」
「魔獣退治なども入っているようだが……」
何はともあれ、折角来ているのだからサラに話を聞きに行こうとした一同……すると、隙間から紙が落ちたことに気付いたアスベルが拾い上げてその紙―――メモ用紙位の紙を見てみると、そこには補足文らしき文章が。
『ちなみに、ダブルベッドに関しては――――と――――専用だから。』
「…………」
敢えて言わせてもらおう。これを書いた本人は親類の意向を反映したのだろうが……そんなんでいいですかね、それで、とアスベルはため息をつきながら彼にかかるであろう気苦労に同情したくなった。
アスベルが1階に下りると、五人は先に外に出たようで、カウンターにはサラが呑気に酒を飲んでいた。
「あら、珍しいわね。アンタがここにいるのは。」
「……同業者として、一言。教官が不純異性交遊を認めるようなものを入れるんじゃない。」
「あ、あれ読んだんだ。しょうがないのよ……あの人には逆らえないんだから。」
「それでいいのか、この国……一応隠すには隠すが、やむを得ない事情の場合(領邦軍相手でも)加減抜きでいくからな。」
「期待してるわよ。そういった意味でのA班抜擢なんだから……う~ん、やっぱり美味いわ。」
色々諦めというか開き直ってやっていくしかない……アスベルはその場を後にして、外に出た五人と合流するために行動を開始した。
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第13話 上下関係と特別実習の因果関係